デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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アンコール第二弾、兼リハビリ。アンケートで勝ち抜いたから書いたけど何か考えてたのと違うな!?という感じになった。
アナザーの名の通り『狂三イマジナリー』の続編になります。語られるはずのなかった後語り。七罪の目から見つめる時崎狂三という存在。お楽しみいただければ幸いです。






『七罪アナザーダイアリー』

 

「なんでこうなったなんでこうなったなんでこうなったなんでこうなったなんでこうなったなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」

「いきなり呪詛を吐くのは止めてくれる!?」

 

 同級生、五河琴里の鋭いツッコミにも負けじと七罪は体育座りで頭を垂れる。若干おかしい表現な気もするが、ド陰キャな私には相応しいわね……と彼女は考えたりなどしていた。

 もっとも、彼女を囲む友人はそう思っておらず、大半は誇らしげな笑顔で七罪を迎え入れたのだけれど。

 

「元気出してください、七罪さん……私たちも、お手伝いしますから……」

「むん。微力ながら、じゃがな」

「やっぱり私の目に狂いはなかったわ! さすがは七罪さん!」

「四糸乃、六喰……諸悪の根源」

「えっ!?」

「まあ根本を掘り返すとそうなっちゃいますよねー」

 

 氷芽川四糸乃、星宮六喰、綾小路花音(諸悪の根源)、小槻紀子。高校(・・)へ進学した七罪の中学から付き合いのある友人(・・)たちである。

 ――――そう、友人なのだ。七罪に、友人。世界で一番合わない響きではあったが、疑う人間が七罪本人しかいないという欠点を除けば友人たちなのである。

 そんな友人の一人、同じ制服を着ながら見受けられる特徴は比べ物にならない『あー自分の可愛さを理解してるわー』的な少女……と七罪が好き勝手に感じる黒と白のリボンで赤髪を可愛らしいツインテールで括った琴里が、ポンと肩に手を置いた。

 

「まあ頑張りなさい――――就任おめでとう、七罪生徒会長」

「い、い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 怨嗟の声は恨むわ世界。悲鳴の答えは死ぬぞ私。

 鏡野七罪――――都立来禅高校、生徒会長就任事件の始まりであった。

 

「……いい加減、元気出したら?」

「むり」

「重症じゃのう」

 

 ――――と言っても、事件は即座に犯人究明解決が成されたのだけれど。

 そもそも就任の時点で事件は終わり。七罪が生徒会長になるきっかけを作った綾小路花音(諸悪の根源)は、あまり責めすぎると泣き出してしまうので追求は避けたい――七罪もそこまで恨みがあるわけではないし、友達だし――ので、話としては七罪の心境を除いて完全解決だった。何の面白味もありはしない事件だ。

 その七罪の心境ではあるが、玄関を越えて校門前に差し掛かってもなお足取りはフラフラと頼りなく、陰鬱な双眸は半ば白目を剥いている。我がことながら器用な女だな、と言わざるを得ない。多少は認めざるを得ないことではある。器用でなければ生徒会長に落選(・・)しようと画策して当選(・・)してしまうなどできようもないのだから。

 

「もう、それでも私が認めた七罪さんですの?」

「誰のせいだと思ってんじゃごらぁぁぁぁぁぁぁ――――あ、あぁもう泣かないでよ! なんで普段は偉そうなのにそんな情緒不安定なわけ!?」

「三歩歩けば忘れますが、三歩歩くまでは忘れない。前世はもっぱら」

「それはこの前似たようなの聞いた! はぁぁぁぁぁ……こうなったら、投票紙を全部書き換えて……」

「いや、もう遅いでしょ」

 

 仮に直前に実行したところで時間が足りない。まさか、紙に書かれた文字を一瞬にして書き換える(望みの物に変質させる)摩訶不思議な力を七罪が持っているわけでもないのだから。

 結局のところ、七罪は肩を落として諦める他ないのだ。生徒会長、実に気が重いと言わざるを得ない。

 

「ふむん。七罪はむくたちと一緒に生徒会に従事をしたくはない、と?」

「え……そ、そうなの? やっぱり私、七罪さんのお友だちじゃ……」

「……うぐっ。いや、これも物の弾みというか……み、みんなと一緒なのは、嬉しいっていうか……」

 

 決まってしまったことを覆す気はない。結果論ではあるが、皆と一緒というのは悪い気がしない。いやむしろ皆が生徒会役員に立候補してくれなければ七罪は見知らぬ場所で見知らぬ人間と、また視線に悩まされ保護者曰く『考えすぎ』な思考の沼に嵌るところだった。たとえば今のように、だ。

 

「あの、せっかくですから……七罪さんの会長就任をお祝いしませんか?」

「うぇ!?」

 

 と、そこで全宇宙超女神(スーパーゴッデス)の四糸乃が思わぬ提案をしたことで七罪は素っ頓狂な声を上げた。無論、七罪ごときを祝ってくれるその優しさに感涙をしてしまったのは間違いない。やはり四糸乃は女神。結婚したい。

 

「あ、いいわねそれ。みんなでパーッとやっちゃいましょ。場所は」

「ふふふ、ここはもちろんこの綾小路花音にお任せを――――――」

「七罪の家でいいんじゃない?」

『ウ゛ェ!?』

「綺麗に声が揃いましたね」

 

 とても綺麗とは言えない声を揃えたところで何になるのか。というか、七罪はともかく花音は見た目が良いのだから合わさせてしまって申し訳ない、もう少し慎ましい声を……などと考えている間にトントンと話は進む。下校も大通りに出た辺りになったところで、ふと琴里が声を発した。

 

「あ……提案しておいてなんだけど、七罪の家にお邪魔しても大丈夫?」

「え゛」

 

 それは暗に『おまえの家とか上がりたくねーからぁ!』と言っているのかと考えた七罪だが、四糸乃が続けた言葉で合点がいった。

 

「そういえば……七罪さんのお家にお邪魔したこと、なかったです」

「あれ……そう、だっけ? …………そ、そうだったかも」

 

 言われてみれば、というのと七罪が家に友だちを呼ぶ、などという超絶ド陽キャなイベントを自主的に解禁などしているはずもなかった、という話にもなってはくるだろう。

 

「ふむん。御両親にも了承は必要じゃな」

「あ、今は従姉妹の家に預かってもらってるから……その人に聞けば、いいと……思う」

 

 ――――言葉を濁した理由は幾つかある。

 先ず以て、友人とはいえいきなり七罪の暗い過去を説明などできるはずがない。特に実の親に殺されかかったなど、なかなかにショッキングな話だ。

 第二にその保護者(・・・)の問題。七罪があまり自分の家柄、家系を語らなかった理由の半分以上は彼女にあった。

 眉根を寄せた七罪に六喰たちが小首を傾げる。何かあるのか、と問われてまた言葉を濁せば嫌な思いをさせてしまう。七罪は両親の件で聞くべきではなかった、と困った思いはさせたくない――――だから言わなかった。どっちつかずな選択をしていたのだろう。

 

 ここからどう言葉を繋ぐべきか。そう七罪が思案していると、道路側からクラクションが鳴った。

 

「ん……は?」

 

 見てみれば、歩道間際に停めた黒い小型車がそれを鳴らしたことがわかるが、七罪からすればそれが問題中の問題であった。

 

 何せそれは――――件の保護者が駆る愛車であったのだから。

 

 

 

「いや何してんのあんた!?」

 

 開幕の一声。七罪を乗せた小型車(曰くディテールが可愛らしくてお気に入り。七罪的には何故かバギーを乗り回す方が容易に想像できた)が走り出した際に我慢をできず、荒らげた一声はそれはそれは大きなものであった。

 

「あら、あら。母親が子の送り迎えをすることは不思議ではありませんわ。可愛いですわ七罪さん。生徒会長就任おめでとう、ですわ」

「あんたいつもは母親とか名乗らないでしょ! ていうか高校生にもなって送り迎えってあんたじゃあるまいし! そもそもなんでしってんだクソが!」

「いえ、わたくしも高校生で送り迎えを受けた覚えはありませんわ。それと、乙女であれば言葉にも気を遣うべきですわね。せめて〝くそったれ〟など如何です?」

「じゃあなんで迎えに来たのよ! 嫌がらせか! ていうかクソより悪化してるわよくそったれ!!」

 

 まあもっとも、運転席の女は涼しげな顔から細緻な黄金が垣間見える横目で七罪を見つつ、見事に流してからかって見せたのだが。

 まるで不良娘とその母親のようなコントをしたところで――――――

 

「ああ、ちなみに会長就任に関しましては単純な想像ですわ。夜な夜な裏目に出そうな工作を試みる、健気で愛らしい七罪さんを見守っていたわたくしですし、就任決定は嬉しいお話でしてよ?」

「でしてよ? じゃない! わかってたんなら言いなさいよぉぉぉぉぉ!! 私の平々凡々高校生活を返せぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 言ったところで聞く耳持たないではありませんの、という最もな意見は聞き流し、七罪は荒らげた息を整えてシートに己のくせっ毛を押し付け、言葉を返した。

 

「で? なんで珍しく車で迎えなんか寄越したのよ」

 

 友人たちとの話が若干答えづらい流れに行きつつあったのと、どの道狂三へ話を通しておかなければならない案件だったため、渡りに船だと飛び込んだ形だった。

 

「偶然、ですわ。この子を駆り出す用事が少々とありましたの。その帰りにご友人と仲睦まじくお話をする七罪さんを見かけた、というだけの話ですわ」

「ふーん……狂三にしては当たり障りのない理由ね」

「普段わたくしがどう見られているか、よく理解ができるお返事ですこと」

 

 狂三にしては本当に安直な理由だ、と腕を組みながら半眼を作る。七罪が狂三をどう見ているかなど、それこそ普段の行いを鑑みれば自己分析など容易いだろうに。

 嘘はつかないが本当のことも語らない。神出鬼没年齢不詳――――〝あの日〟に見た時崎狂三が夢幻だったのではないのかと思えるほど、時崎狂三は『時崎狂三』らしい立ち振る舞いをしている。

 目を見張るほど美しい面。淑女の二文字を体現するような艶やかな仕草は――――いつも、喪服のような黒いドレスを纏っていようと、さして違和感を持てないほどに可憐だった。

 七罪には狂三の考えていること全てがわかるわけではない。他の人間よりは理解しているつもりだが、結局のところはつもり(・・・)でしかないのだ。

 狂三がどんな思いで七罪を引き取ったのか。どんな絶望を〝あの日〟に抱えたのか――――その重苦しい黒の衣装は、誰を想っているのか。それとも、己を戒めるものなのか。

 

「……ん、まあ。ありがと、迎えに来てくれて。ちょっと聞きたいこともあったし……」

 

 素直じゃないとわかってはいるが、感謝を滑り込ませて七罪は言葉を返した。考えたとしても出ない答えを首を振って払って本題に入る。

 

「あら、なんですの? 新作のゲームをご所望? ああ、ああ。ですが課金は家賃まで、ですわ」

「親戚のおばあちゃんの甘やかしか! ……き、聞きたいことっていうのは……い、家に呼びたい子たちがいて――――その時、会って欲しいの。私の友だち、に」

 

 高校生にもなって言う頼み事かとも思ったが、これでも勇気を出した方なのだ。答えが気になり、緊張で正面を向いた顔を戻すと――――――

 

「――――――――」

 

それ(・・)を形容することは、七罪の語彙では難しい。

 嫌悪とは言いきれない。憎悪とも言いきれない。深い後悔の念、とも言いきれない。けれど少女は、己への(・・・)感情をその双眸に、異形の隻眼に込めていた。

 まるで、自分がこの場に、この世界にいることを許せない。優しいが故に苛まれる罰の形――――七罪が言葉にしたことを後悔してしまうほど、狂三の表情は痛ましいものだった。

 けれど、それは本当に一瞬のこと。七罪でなければ見逃してしまう負の感情の具象化だった。狂三はフッと唇を歪めると、優しげな声色を発した。

 

「お好きに、なされば良いですわ。あそこはあなたの家なのですから」

「……何それ。やめてよ……あんたの家でしょ」

 

 私たちの家、と言いきれない歯痒さに七罪は顔を顰めた。

 七罪と狂三は家族だ。そう、七罪は思っている。だけど、七罪は鏡野(・・)だ。時崎ではなく鏡野。あんな親でも愛して欲しかった鏡野七罪(・・・・)なのだ。

 

「ですが会えるかどうかはお約束しかねますわ。数日、こちらを空ける予定が入っていますので」

「ん……」

 

 どうしても会ってほしい。そう言えないのは七罪の弱さか。あるいは時崎狂三の怯え(・・)を見抜いてしまったからか。

 狂三は七罪の友人たちを見た、と言っていた。だから四糸乃たちの顔を知っている。いつもはそつなく事をこなす狂三がああいう顔をするということは。

 

「………………」

 

 ――――中途半端に察してしまう自分が無性に嫌になって、七罪は口を開くことを止めた。

 これが七罪と狂三の距離。埋まらないボーダーライン。あの日から一年が経つ――――あの日からきっと、時崎狂三の時間は止まっている。

 

 

 七罪の就任お祝いは恙無く開催された。まあ、なんで祝われる方がそんなに緊張してるのよ、という至極真っ当な琴里のツッコミは置いておくとして、家に招くという第一のミッションはクリアされた。

 

「さて、と……」

 

 七罪の私室へ先に行ってくれ――もちろん前日の時点で片付け済み――と四糸乃たちに伝え、場所も軽く案内をした。無駄に広い屋敷だが、迷うことはないようにしている。七罪は諸々の準備……やはりこれも祝われる側がするのはおかしくはないかの? と六喰からツッコミが入ったが性分だ、仕方がない。

 とにかく、準備が必要な七罪は最初にすることがあった。家主、時崎狂三を呼びに行くことである。家にいる時に狂三が選ぶ場所は大概書斎だ。逆に寝室はほとんど手付かずの状態だった。

 

「……入るわよ」

 

 そんな不衛生な生活、と七罪が言ったところでブーメランが返ってくるだけな狂三の私室兼書斎にノックをして入る。いつものように遠慮をしないのは。

 

「まあ……いるわけない、か」

 

 家主が不在であることを知っているから、だ。

 恐らく先日言っていた〝予定〟を噛み合わせ、上手く留守を決め込んだのだろう。愛用の靴も見当たらなかったし、音を立てないで居なくなるのは狂三のお家芸だ。

 しかし、およそ二十畳ほどの書斎に敷き詰められた本、本、本――――この山を崩さずに出入りをできるのは神出鬼没がなせる技なのか。東側の窓まで聳えた本の山のせいで、昼間でもわざわざ電灯を点けなければいけないくらいだ。

 

「こんな場所でよく生活できるわね……」

 

 七罪さん、人のことを言えまして? と幻聴が聞こえてくるようで耳が痛い。単に独り言を呟いただけなのに、言撃はしっかりと七罪にヒットしダメージを与えた。何せ狂三の遊びではなさそうなものと、七罪の自堕落な遊び場では比べるのも烏滸がましい。

 

「……何調べて、何しようとしてるんだかね」

 

 それさえ知らない、と七罪は堆く本や書類が積まれた部屋の道を縫って狂三が使う机と椅子に辿り着く。

 よくここで前傾になり、何かの数式をしたためていたり、下手をすれば食事すら忘れることも珍しくはない。

 ――――一体何を調べているのだろうか。そう眉根を顰めた七罪は、机の端にあるものを見つけて手に取った。

 一冊の厚すぎず薄すぎない手軽なノート。狂三が家の中で楽しげに書き記しているところをよく見かけていたため、七罪はそれが何なのかを知っていた。

 

「これ……狂三の日記帳、よね?」

 

 時崎狂三の手記。彼女の手で書き連ねられた日記(・・)だ。当然この中には、狂三が記した文字の数々が浮かんでいるに違いない。

 日記自体は珍しいことではない。七罪も同じようなことをしている。が、時崎狂三の(・・・・・)と名前が付くだけでこうも興味が唆られるのは、何ら不思議なことはあるまい。

 

「…………ま、まあ。ちょっと見るくらいなら」

 

 沈黙は若干の葛藤。その後は好奇心が勝った楽しげな声色。好奇心は猫をも殺すと言うが、慎重な七罪をして狂三の日記帳という悪魔的魅力に敵わず、あー手が勝手にー目が勝手にーと中身を覗いてしまった――――――

 

「って私の観察日記と料理本かぁい!!」

 

 両手を上げて日記を投げる仕草をして叫びをあげる。実際に人の日記帳を投げたりはしないし、ちゃぶ台を返すのもアンティークな机を傷つけるわけにはいかない。あと単純に持ち上がる気がしなかった。

 思わず七罪が叫びをあげた日記帳の中身は、日々成長したり謎の行動(この前の落選運動とか)を取る七罪を面白おかしく書き記し、なぜか無駄に凝られた親子丼のレシピとかが乗っていたりと、狂三の情報は一つもなかった――――そう。一つも、ない。

 

「…………一つもない、か」

 

 この書斎にも。私室にも。それどころか屋敷全体を見渡しても。時崎狂三の存在を表すものはほとんどない。

 

『――――あそこはあなたの家なのですから』

 

 まるで、ここに自分の居場所がないとでも言うかのように。いつでもいなくなる準備はできていると心に決めたような、そんな居心地が悪くなる私物の無さに七罪はギュッと日記帳を握りしめた。

 

「……はぁ。みんなのところ、帰ろ」

 

 そもそもあの狂三が自分の見られたくない物を軽率に置いておくはずがなかった。またしてもからかわれたと分かり、七罪は思案を切り捨て虚脱感を覚えて日記帳を元の場所に戻す。

 

「ん……このページ、わざわざ破られてる?」

 

 その時、七罪は不自然な一ページを見つけて思わず日記帳を手で取り直した。置いた時に乱れた隙間から、なぜか根元部分から切り取られた頁が見えた。

 別にそれが異様に不自然というわけではない。狂三とて書き損じることはあるだろう。けれど消すのではなく、わざわざ破り捨てた(・・・・・)という点が気にかかった。しかも見るに一ページ、二ページの話ではない。

 頁を開くと、やはりビリビリの根元が破り捨てられたことを証明している。だからといって、その中身がわかる術はないのだが――――

 

「……わひゃあ!?」

 

 ――――瞬間、七罪が何となしに触れた手が頁を光り輝かせた。

 悲鳴をあげて咄嗟に日記を手放すと、本はパラパラと捲れて再び『なかったこと』になった頁を開く。

 

「……え、え? えぇ!?」

 

 そして、再生(・・)した。そこになかったことが嘘であったかのように。あるいは無いものを作り出した(・・・・・・・・・・)かのように。

 

「いや、マジシャンかって……うんまあ、あんな銃を変な影から取り出せる女だし、できるか、うん」

 

 なかったはずの頁が再生し、一度は驚いた七罪だったが狂三のイレギュラーを見ているためそういう仕掛けなのだ、と自分に言い聞かせる。まさか七罪が行ったわけではない(・・・・・・・・・・・・)と考え、軽く半笑いになりながら落とした日記帳を手に取った。

 

『〇月××日。

僅かだが霊脈の活性現象を探知。この世から精霊術式が喪われた今、霊脈を活用できる組織は限られる。アスガルド・エレクトロニクス。精霊〈ナイトメア〉』

 

「……精、霊」

 

 だが、七罪の表情は目に飛び込んできた硬い文字によって凍りついた。

 霊脈。聞いたことがない。アスガルド・エレクトロニクス。琴里の両親が所属している会社の名前。精霊〈ナイトメア〉。精霊――――頭が痛い。痛む頭が指示を出し、手は頁を捲る。

 

『〇月×日。

霊脈の活性化は人為的ではなく自然的な現象であることが判明した。世界に満ちるマナと精霊術式による肉体の構築、それによって高次元な存在として創り出される魔導生命体・精霊。だが仮に、その精霊が産み落とした存在がいたとしたならば。たとえば精霊〈ナイトメア〉。たとえば彼女、たとえば――――無駄な仮定を記してしまった。調査を続ける』

 

「……」

 

 頁を捲る。

 

『〇〇月××日。

できない。するわけにはいかない。なかったことにしたことを、もう一度『なかったこと』にはできない。後悔はない。侮辱をするな。何のためにここにいる。その可能性に懸けたとして、再構築は不可能に等しい。形を失った精霊はマナになって世界へ還る。だが『なかったこと』になっている。産まれが存在しないのであれば、マナは還る以前に使用されていない。あの子は、彼は――――この世界にはいない』

 

 段々と文字が崩れてきている。客観的に書き記していた筆者の感情が溢れ返るように、仮面が剥がれ落ちるように、文字そのものと言葉が崩れ落ちていく。

 

『・四月三日。

また春がやってきた――――――これで最後。二度と可能性を見つけ出してはならない。なかったことを『なかったこと』にしてはいけない。

精霊術式は? 対象の具現化に必要な設計図は? もう一度、過ちを繰り返すのか? あの子の霊結晶は活動を停止している。彼の構成物質は元よりこの世界に存在していない。崇宮■■は彼ではない。ならば始原の精霊を、始原の精霊にでもなるつもりなのか? 忘れろ――――忘れろ、忘れろ、忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ』

 

 呪詛を吐く。その言葉をどこかで耳にした。けれどこれは七罪のように生易しいものじゃない。書き記したものが、その者へと言い聞かせる呪いだ。何度も何度も何度も何度も、言い聞かせて言い聞かせて言い聞かせて、それでやっと忘れることができるはずだと。

 

『いやだ』

 

 けれど、ああ、けれども。そのたった一言で、忘却の棄却は成された。

 

『忘れられない。忘れられませんわ。忘れさせてなど、くれないお方でしたの。復讐は、怒りは、消えていくのに。あなたの顔が忘れられません。あなたの声が忘れられません。いつまでも、どこまでも。

 

――――愛しています、誰よりも

 

――――お慕いしています、時の果てまで

 

何があっても、あなたの言葉に報いるために。そのために、それだけは、いけないことなのに。けれど、どうして、なぜ、わたくしに、何を、違う、これは、過去を変えない、でも、だけど、どうやって、あの方を、わたくしは』

 

 文字の崩れが酷くなって、紙が水の粒で滲んでいる。要領を得ない言葉の羅列が筆者の感情を表していた。その涙は果たして筆者のものか、それとも言いようのない感情に苛まれる七罪のものか。

 

『ころした。わたくしが、ころした。過去を、未来を、皆様の想いを、あの子を犠牲にしてまで。全てを元に戻すために。なかったことにするために。あの方を、■■さんを。ころして。うばって。それでも――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』

 

 一体、その文字を列挙するのにどれだけの感情と時間と涙を伴ったのだろう。

 

 

 

『あいたい』

 

 

 

 その後の言葉は、読むことが叶わない。形にしようとして、ゆっくりと頁の下に引かれた筆記の痕跡。一本の線に描いて、彼女の手記は終わりを告げていた。

 

「……ねぇ。誰なのよ、あんた(・・・)

 

 ポツリと呟いた言葉は手記の主ではなく、その想いの先にいる、否、その想いの先にいた(・・)はずの者へと向けられていた。

あの日(・・・)、時崎狂三は死ななかった。死なずに済んだ、それだけだ――――人が進むべき刻という絶対不変の摂理の中で、狂三の時間は止まったままだ。

 全てを投げ打って逢いたい人がいる。その想いを押し殺して成し遂げた何かがある。その果てに、狂三の時は止まってしまった。錆び付いた歯車が動かなくなって、鎖で絡め取られた狂三(しょうじょ)が悲鳴をあげている。それでも動かない。彼女は想いを侮辱できない。後悔だけはしない。救われることもない。

 

「あんただって、あいつのこと好きなんでしょ。なら、泣かせないでよ、こんなこと書かせないでよ、あいつの笑顔を取り戻してよ。あんな悲しい顔、させないでさぁ――――どうしてもっと、我が儘になんなかったのよ」

 

 なぜなら、狂三の愛した■■はこの世界のどこにもいないから。

 

「馬鹿――――士道の、馬鹿」

 

 

 

 

 なればそれは、少女が望んだ奇跡の一欠片。

 

 

 

 

 この後語りで言葉にするべきものは多くはないのだ。

 世界は救われた。あの時間は終わりを告げた。春は幾度となく訪れる。平和になった世界で、少年のいない世界で、少女が心を閉ざし笑顔を忘れた世界で。

 

『――――――――ク■■、ァ■ァ』

 

 その()は銃を取り、剣を握った。

 

 なればこそ幕は上がる。ならばこそ悲劇が終わった世界に役者を揃え、新たな物語を始める。それが喜劇か、あるいは新たな悲劇になるのか。確かなことは、後語りでは語り尽くせないものになるのだろう。

 

 天女が告げる。天使と悪魔が、全知が、慈悲の凍土が、鍵が、千変、神風、歌、刀――――時を止めた女王に叫ぶ。

 

【――――――――――――】

 

 嘶くように空が唄い、弾けるように海が啼き、震えるように大地が吼えて――――――白の願いは、今一度。

 

 

 世界にその意志があるのなら、彼女もまた告げるだろう。あなたの望む、私が望む。

 

 

 さあ――――私たちの戦争(デート)を始めましょう、と。

 

 

 

 







いやこの後何も考えてないです。本当なら七罪の部屋が狂三の手で『七罪さん生徒会長就任おめでとうございます♡』みたいな垂れ幕とかパーティーの飾りがされてて、四糸乃たちが良い保護者さんですね、って言ってなっつんがキレる場面があったんですけど流石にいれられんかった。狂三も日記で語り尽くしてえ、何させよう……って感じだったので。
いやまあ一応続きの構想全くない感じじゃないけど、多分形にしないだろうなぁ……一応書ける状態にはしとくか!ってわけです。ちなみに唯一抜けてる未那に関しても設定はあります。出せるかは不明。

アンコールはネタがあれば、書いたお話に反応があればって感じで気まぐれなのです。そんなわけで次があればお会いしましょう。

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