デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

24 / 223
章は短くなると言ったが一話が短くなるとは言ってない


第二十三話『女王を愛した者たち』

 

 

 

「精……霊ッ!?」

 

 折紙の驚愕を他所に彼女を蹴り飛ばした勢いで飛び退き、折紙の激情に呆然とし(・・・・)空中を漂う琴里を白の少女が抱き抱え地上へと落下していく。

 

 突然現れた精霊。それも自身の随意領域(テリトリー)に侵入したにも関わらず感知できない(・・・・・・)異質の存在。随意領域はその名の通り、魔術師(ウィザード)が持つ己の領域。その領域に存在しているものは、領域の所持者の思うがままと言っても過言ではない。しかし、折紙のユニットを蹴り飛ばした白い精霊は、その攻撃を受けた瞬間ですら随意領域で捉えられなかったのだ。

 見たことも無い、未知の精霊。だが……関係ない。精霊であり、〈イフリート〉を庇うと言うなら今の折紙には邪魔者でしかない。

 

「ッ、逃がさない……!!」

 

 崩れた体勢を即座に立て直し、搭載されたコンテナユニットから夥しい数のミサイルを解き放たれ、その全てが視認した先にいる白い精霊へ向かって軌跡を描く。精霊が地に足を付ける――――二秒と置かずに、爆撃の雨が降り注いだ。

 地面を軽々と抉り取る火力。直撃したのならば、精霊と言えども只では済まない。黒煙が晴れる……クレーターと化した地上の一角には誰もいなかった(・・・・・・・)

 

「――――上。気をつけた方が良いですよ」

 

「な――――!」

 

 空中を飛ぶ折紙のさらに上、聞こえた声に驚き半ば反射でレーザーブレイドを構えると、そこに寸分たがわず(・・・・・・)刀が叩きつけられた。

 おかしい、と折紙は即座に勘づく。わざわざ警告されたこの一撃が、如何に彼女とはいえ防ぐ事が間に合う筈がなかったのに何故か(・・・)間に合ってしまった。

 

「よっ――――と!!」

 

「っ!?」

 

 一瞬レーザーブレードと刀が鍔迫り合い、白い精霊が折紙のユニットを掴んだ(・・・)。そして、掴んだ手の力で身体を回転させ、精霊を薙ぎ払う光の刃を容易く避けながら背中のユニットに向けて、今度は勢い良く回転蹴りを叩きつける。

 

「防性随意領域、展開っ!!」

 

 それは折紙の一声で展開された随意領域によって防がれる――――が、少女はそれを足場に反動で跳躍、落下に錐揉みを加えながら刀を力任せに打ち付けた。

 

「く……っ!!」

 

 攻撃を防いだ折紙が苦悶の表情を浮かべる。防いだ事というより、随意領域を展開したこと自体が彼女の負担となっているようだった。少女から逃れる為か、衝撃を受け流すように折紙が地面へと向かって落下して行く。少女もそれを追いかける形で降りて行った。

 

『あのユニット、解体した方が早そうですわねぇ。あなたなら簡単な事なのではありませんの?』

 

「無茶言わないでくださいよ。大体、アレを壊したら鳶一折紙の首が飛びそうじゃないですか」

 

 事も無げに言うメイド狂三に、少女は呆れ半分で言葉を返す。ただでさえ正規の手段で持ち出したとは思えない品の上に、魔術師一個人が扱うには少々過剰な兵装だ。仮に壊しでもしたら、折紙の首一つで済むのか少女には怪しく思えてしまう。

 

『きひひ! こんな時に敵の心配だなんて、余裕の現れですこと』

 

「彼女は私の敵じゃないですからね。無闇に傷つける理由もないでしょう」

 

 これは、時崎狂三が間に関わっていない事柄だ。ならば鳶一折紙は少女の〝敵〟となり得ない。それ故、少女は折紙を倒しにかかるだけの理由がない。だからこそ、少女は折紙の足を止める事に専念していた。

 今、武力で止めたとしても知らぬところで繰り返しになるだけだ。折紙は、それだけの怨念を持って力を振りかざしている。ならば、彼女を止める可能性を持つのは、理由は不明だが折紙が過剰な執着心を見せる〝彼〟しかいない。

 

「〈イフリート〉は――――――」

 

 新たな精霊に構っている暇はない。憎き〈イフリート〉を倒し、一気に決着をつける。そうすれば全てが終わる。自分の生きる意味が、ようやく果たされる。この時のために、折紙は傍から見れば異常な程に己を鍛え上げてきた。

 砲門を構える。狙うは一点のみ、〈イフリート〉の反応がある方向へ砲門を向けた折紙は――――――

 

「折紙!!」

 

「――――士道、邪魔をしないで」

 

 〈イフリート〉の前に立ち塞がる、少年の姿を見た。

 

「止めてくれ折紙っ!! こんなこと……!」

 

「言ったはず。〈イフリート〉は両親の仇。その為だけに、私は生きてきた。生き抜いてきた。私の命はこの時のためだけにある。私は――――五河琴里を、殺す」

 

「…………っ」

 

 分かっていた。折紙が〈イフリート〉の正体を知ればどうなるか、士道には分かっていた。士道は、琴里が折紙の両親を殺したなど信じてはいない。だが、折紙からすればそんな士道の情は関係ない。五年前に生まれたあの地獄を生み出したのは、折紙の両親を奪ったのは〈イフリート〉だと。全てを焼き尽くす炎の精霊だと、彼女は信じ切っている。否、信じ切るしかないのだろう。

 それが彼女の生きる意味、彼女はその道から戻れない(・・・・)――――――

 

 

『本当に――――――お優しい人』

 

 

 士道の脳裏に過ぎったのは、自らを殺そうとする悲しい女の子の姿だった。

 

「駄目だ……駄目なんだよ折紙……その引き金を引いたら、お前は戻って来れなくなるっ!!」

 

 折紙と彼女の姿が酷く重なった。違う、きっとこれは折紙の未来(・・)だ。罪を背負ってしまう、彼女の未来の姿だ。

 折紙が引き金を引き、士道の後ろで倒れている琴里を殺す。その一撃、たった一撃で折紙の心は死ぬ(・・)。自らを殺した折紙は、二度と戻ることは無い。そのままあらゆる手段で精霊を殺して、殺して、殺し続けて――――やがて自らの命すらも殺すだろう。

 

「俺は、そんなお前を見たくない!! 俺は二度も(・・・)見過ごすわけにはいかないんだよ!!」

 

 心を殺す行為を、士道は許容出来ない。五河士道という少年は、そういう(・・・・)感情に恐ろしいほど敏感だ。

 奪った命の上に立っていると、だからこそ戻れない(・・・・)のだと、地獄に堕ちようと構わないと彼女は言っていた。気高くも儚い少女の姿に士道は心が痛くなった、苦しくなった。救ってみせると誓った。

 だから折紙に引き金を引かせるわけにはいかない。悲しみを背負う人を、目の前でその二人目(・・・)が生まれようとしているのを黙って見ているわけにはいかない。愛する妹と、大切な友人を失いたくない。

 

 そして――――どんな形であれ、自らを殺そうとする行為を少年は絶対に見過ごせない。

 

 

「――――構わない。この手で精霊を、〈イフリート〉を殺すために……私は、それを望んでる」

 

 

 それでも、止まらない。五年前の復讐鬼は矛を収めない。憎悪と、士道の言葉による迷いが織り交ぜられたその瞳は変わらず、士道と琴里を射抜く。

 

「っ!」

 

 折紙が身体を浮かせ大きく身を引く。彼女のいた場所へ、白い刃が振り下ろされた。

 

「お前……」

 

「まったく、強情なところまで似てるだなんて――――本当に、やり辛い」

 

 折紙と士道の間に入るように現れた白い精霊は、誰に言うわけでもない愚痴にも似た言葉をこぼした。士道の声に答えたという訳ではなく、独り言のようなものだ。

 

「……退いて」

 

「出来ませんね。あなたの戦う理由も知りましたし、悪いとは思いますが私もこちらに肩入れする理由があるんですよ」

 

 白い精霊が刀を構える。その白とも無色とも言えぬ、正体不明の刃を。折紙も苦々しい顔で、少女を突破すべく思考を巡らせている。

 

「く……そっ!!」

 

 折紙を止めたい。けど、士道にはその力がない。言葉を尽くすだけの時間もない。

 何か、何かないのか。折紙を止められるだけの手段を、方法を、士道は見つけ出さなければいけない。爪がくい込み血が出そうなほど(・・・・・・・・)拳を握りしめた士道が――――――一つ、届いた。

 

「ぁ……」

 

 あった、自分だけに出来る……世界に自分だけが持つと言われる〝力〟が士道にはあった。小さく声を発した士道が、再び口を開く。今度は明確な意思を持って。

 たとえ詭弁だとしても、彼はこの可能性に賭けた。賭ける物は己の命。死ぬつもりはない、少年には人生をかけて救うと決めた女の子がいるのだから。けれど、可愛い妹のために己の命をかける事にも、躊躇いなど必要なかった。

 

「折紙、答えてくれ! お前が仇だと狙うのは〈イフリート〉なんだよな? 死の淵からでさえ蘇って、全てを焼き尽くす炎の精霊……そうだよな!?」

 

「……そう」

 

 当たり前の事を聞いた士道に僅かに眉をひそめつつも、短くそれは正しいと折紙は簡潔に返答した。少女も士道の意図が読めないと言うようかのように少し視線を向けて来た。が、彼が次に吐いた言葉で少女は彼の意図を理解する。

 

「なら、俺の妹――――五河琴里じゃなく、炎の精霊〈イフリート〉が相手って事だよな!?」

 

「……何を言っているの?」

 

「五河士道、あなたまさか……っ!?」

 

 少女が息を呑む。白い少女がどこまで自分の事を知っているのか、なんて疑問は彼方まで追いやられている。士道はただ、必死に言葉を続ける。

 

「答えろ!! お前の仇は炎の精霊……人間である俺の妹は関係ないんだな!?」

 

「……あなたの言うことは不可解。確かに私の仇は炎の精霊、〈イフリート〉。人間ではない。でも、五河琴里は精霊。その条件は成立し得ない」

 

――――いいや、成立する。折紙のその言葉を士道は待ち望んでいた。

 

『きひ、きひひひひひひひっ!! どこまでも欲深い(・・・)方ですわねぇ士道さんは! 琴里さんも折紙さんも『わたくし』さえも諦めない。そのためなら自らの命すら顧みないその精神。えぇ、えぇ。面白いですわ、素晴らしいですわ!!』

 

「……流石は、女王様を口説いた命知らずな人」

 

 鳶一折紙が狙っているのは〈イフリート〉。つまり、自らが(・・・)〈イフリート〉になれば良い。五河士道はこう言っているのだ。

 あまりにも無謀。復讐鬼を止めるため、自らがその対象になろうなど狂人にも等しい考え方だ。琴里も折紙も諦めない、だから自分の命をかけてこの怨念を受け止めようと言うのだ、彼は。これでいて、命を捨てるという後ろ向きな考えはないのだからタチが悪い。命の価値を分かっているからこそ、少年は命をかけることが出来るのだから。

 

 みんなを救いたい。綺麗事で終わらせようとせず、彼はこの言葉を行動に移してしまえるのだ。彼女の言う通り、どこまでも――――優しい(欲深い)男だ。

 

「……それが成立する。そう言ったらどうする、折紙」

 

「……どういうこと?」

 

「お前の言う不可能を、俺なら可能に出来る!! だから頼む……俺と琴里に少しでいい、時間をくれ」

 

「認められない。この状況では、あなたが〈イフリート〉を逃がすための詭弁としか考えられない。〈イフリート〉を討つ最大の好機を、こんな事で逃すわけにはいかない……!!」

 

「では、その時間を作りましょう」

 

 刹那、白い精霊が折紙の眼前に迫った。咄嗟にレーザーブレードを自身の前に掲げ、振り下ろされる刃を防ぐ。

 

「邪魔を、しないで!!」

 

「出来ない相談です。優しい復讐鬼さん」

 

「バカにしてっ!!」

 

「折紙――――!!」

 

 鍔迫り合いのまま、折紙は士道の声を聞いた。刃の先にある、彼の悲痛な表情も、見てしまった。

 

 

「綺麗事かもしれない。俺だって、父さんや母さんが殺されたら、殺した相手を憎んじまうと思う! 矛盾してるのだって分かってる!! それでも俺は、可愛い妹が殺されそうになってるのを無視することは出来ないし、大事な友達が絶望に浸っちまうのを黙って見てることも出来ないんだよ……ッ!!」

 

「…………っ」

 

 

 折紙の剣先が鈍る。憎悪に満ちたその瞳に迷いが生じていた。彼女だって分かっている筈だ、これは繰り返している(・・・・・・・)だけなのだと。憎しみを抱き、憎しみをぶつけ、また新たな憎しみが生まれる。そんな事、分かっているはずなのだ――――理屈で分かっていても、止められないから人はそれを憎悪と呼ぶのだろう。

 

「それ、でも――――私は!!」

 

「……!」

 

 力ずくでがむしゃらに薙ぎ払われた巨大な刃が、白い少女の小柄な身体を投げ飛ばした。その間に砲門を〈イフリート〉へ向け、士道だけを守るための防壁を展開し、全てに終わりを告げる引き金を――――――

 

「――――させるかッ!!」

 

 凛とした声が轟くと同時、備えられた二門のうち片方が何者かが振るった刃によって切断された。

 

「!?――――夜刀神十香……!!」

 

「無事か。シドー、琴里……それに通りすがりの人」

 

「十香!」

 

「これは良いところに、良いタイミングで来てくださいましたね」

 

 降り立った女王は憎々しげに名前を呼び睨みつける折紙と相対し、水着の上に淡く光るドレスを纏い両刃の剣を握る。極めて限定的ながら霊装と天使を顕現させている十香がこの場に現れた、という事は――――

 

「この――――くっ」

 

 折紙がミサイルを放つ動作を中断し空中へ飛び立つ。彼女の攻撃を遮ったのは一筋の光――――白銀の冷線。あらゆるものを凍てつかせる強烈な冷気。その奇跡を起こせる天使を持つものは、たった一人、否、二人(・・)しかいない。

 

「四系乃まで……!」

 

「はい。大丈夫、ですか……士道さん、琴里さん…………えっ、と……」

 

 不完全な顕現のためか、以前より小さめの、それでも少女を乗せるには十分なウサギの人形が舞い降りる。少女、四系乃は士道と琴里に声をかけてから、少し困ったようにチラリと白い精霊に視線を投げかけた。恥ずかしそうに、というより困惑に近い。多分こんな状況でなければ士道か十香の後ろに隠れてしまいそうな四系乃に、少女はそう言えば向こうからは初対面だったかと名乗り……とも言えぬ声を発した。

 

「……あぁ、私ですか。夜刀神十香と同じ呼び方で構いませんよ」

 

『って事は通りすがり人ー? やっはー、変な人なんだねぇ』

 

「よ、よしのん……!」

 

「名乗るような名前もありませんから……変な人は、ちょっとだけ傷つきますけど」

 

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉から発せられたよしのんの容赦ない酷評に慌てた様子の四系乃。少女としてはどう呼ばれようと構わないのだが、純真な言葉というのは時に残酷に突き刺さるものだった。

 

 一瞬、和やかな空気が流れたがそれは即座に霧散する。放たれた無数のミサイルが、割って入った二人へ降り注いだ。

 

「ぐ……!」

「きゃっ……!」

 

「十香! 四系乃!」

 

 お互いの武器で辛うじて退けたものの、威力を殺し切れていない。士道の目から見ても今の折紙を相手にするには、彼女たちが本来使える全力の一割にも満たない力しか発揮出来ていない。如何に精霊と言えど、このままでは……と、士道の前に立つ白い精霊がそんな士道へ言葉を放つ。

 

「五河士道、妹を連れて早く行ってください。アレの足を止めるのは少々と手間です」

 

「なっ……」

 

「シドー、その者の言う通りだ! ここは私たちに任せるのだ!!」

 

 降り注ぐミサイルを捌き、十香が叫ぶ。白い精霊がいるとはいえ、今の十香たちが折紙とぶつかってただで済むとは思えない。だが、今の状況では一瞬の迷いすら許されない。続けて四系乃がか細い、しかし強い意思で士道に声を届かせる。

 

「そんなに、長くは……保ちません……! だから……!!」

 

「出来るだけ早く済ませてくださいね。私は女王様と違って、あまり器用な事は出来ませんので」

 

「……すまん!!」

 

 息を荒くし、もはや一刻の猶予もない琴里を抱いて士道が駆け出す。彼が今するべきこと、それが彼女たち全員を助ける事に繋がる。そうして、彼女たちの希望は走る。

 

「逃がさない……!!」

 

「こちらの、台詞だっ!!」

 

 士道を、琴里を追おうと加速する折紙へ向かって十香が空中で激突し、お互いの刃をぶつけ合い衝撃と轟音を響かせる。同時に、折紙にとって不愉快な声が発せられた。

 

「もう止めるのだ、鳶一折紙!! こんな事をしても意味などないっ!!」

 

「あなたに何が――――!!」

 

「分かる!! あの時の事を、お前がシドーにした事を忘れたのか!!」

 

「……!!」

 

 鮮明に蘇る。あの時(・・・)。そう、彼女はあの時、大切な少年を、士道を撃った(・・・)、撃ってしまった。その瞬間、絶望(・・)的な想いに打ちのめされた。

 

 

「私はあの時、とてもとても嫌な気持ちだった!! 辛かった、苦しかった!! 貴様もそれを知っているのではないのか!? それなのに今度は――――――シドーに同じ想いを味わわせるつもりかっ!?」

 

「ぁ――――――」

 

 

 誰よりも鳶一折紙は知っていた。知っているからこそ、彼女は二度と同じ悲しみを繰り返さないために両親の仇を討つと誓った。だが今、自分は同じ事を繰り返しているのではないか。士道の言うように――――――憎むべき〝精霊〟が言うように。

 

 

「あ――――――うあああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 絶叫。絶望と憎悪と悲しみと、様々なものが入り交じり制御不能となった力は容易く十香を吹き飛ばし、幾多のミサイルを解き放って目の前の障害を討滅せんと空へ舞い踊る。そして――――魔力光が残された砲門へ収束(・・)を始めた。

 

「くっ、すまぬ。助かったぞ」

 

「いいえ、このくらいしか出来ることがありませんから――――っ」

 

 吹き飛ばされた十香を半ば突進するような形で抱え、ミサイルから逃れ地上へと着地した少女がその光に気づく。十香も四系乃も同じだ。片方を失っているとはいえ、あの砲撃はミサイルとは訳が違うと全員が感覚で察する事が出来た。

 

「あんなの本人にも負担がかかるでしょうに、振り切ってヤケになってる人はこれだから……! お二人とも、持てるだけの火力をぶつけられますか?」

 

「は……はい……!」

 

「うむ! だがそれだけでは……」

 

「分かってます。私も手伝いますから、逸らすことが出来れば良いんです――――来ます!!」

 

 少女の警告から一秒と経たず、破壊をもたらす極光が解き放たれた。

 

 

「討滅せよ!!――――〈ブラスターク〉!!!!」

 

 

 光が猛スピードで彼女たちの視界を覆い尽くす。喰らえば一溜まりもない。その規模を予測すれば、回避は元より不可能。四系乃が氷の壁を作り出すが、それでもまだ不十分。

 

「はあっ!!!!」

 

「よしのん、お願い……!!」

『おうともー!!』

 

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の斬撃と〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の冷線が放たれる。本来の威力を持たないそれは、やはり討滅の光を止めるには至らない。故に、少女は更にもう一手を文字通り投げつけた(・・・・・)

 

 

「行って、来なさい――――!!」

 

 

 色のない刀が、光へ向かって槍のように放たれる。それは――――――なんの変哲もないただの投擲(・・)であった。

 

「……良いのか!?」

 

「良いんですよ、どうせ硬いことしか取り柄がないんですから!!」

 

 持ち主が良いと言えば良いのだ。目を丸くする十香と四系乃と共に、少女は氷の壁へ素早く身を隠しながら質量を持った四つの力が衝突する爆音を聞いた。

 凄まじい衝撃波が襲い掛かり、四方八方に破壊の光が拡散して行く。その中の一つが、士道がいると思われる方向へ流れたのを見て少女は目を見開く。

 たとえ拡散した一つでもあの威力の一部分、今の五河士道に当たりでもしたら――――それが爆風をもたらすほんの数瞬の間に、少女は霊力が流れて行く(・・・・・)感覚を肌で感じ取った。

 

 遅れて爆発が起き、鳶一折紙がその方向へ向かって飛び立つ。少女もそれを追いかける形で神速となり、駆けた。五河士道が目的を果たしたのだと、その確信を持って。

 

 

 

 

 

「し、どう……?」

 

 いつになく狼狽を顕にした折紙の声が聞こえてくる。それを聞いた士道は、自らが望んだとおりになったのだと確信した。が、まだ終わりじゃない。さっきまでとは違う『記憶』を得た……いや、琴里と共有したという方が正しい。

 

 霊装が消え、天女のように美しい裸身となった琴里を庇うように立つ士道。琴里を光から庇って重傷を負った筈の彼から、()が這っている。まるで――――忌むべき〈イフリート〉のように。

 

「……折紙。お前は言ったよな。自分の仇は〈イフリート〉であって、人間の五河琴里じゃないって。見ての通りだ――――――今は、俺が〈イフリート〉だ。だから、殺すなら俺を殺せ!!」

 

「な、に……が……」

 

 常人の遥か数倍を行く折紙の頭脳を持ってしても、目の前の光景が理解できない。理解したくない。自分は悪しき〈イフリート〉を追い求めていた筈なのに、なぜ、なぜ――――彼に精霊の力が移ったのか。

 

 驚愕する折紙の前に、〝白〟が降り立つ。今の彼女は、それを見ても攻撃行動どころか警戒すら出来ないほどに混乱していた。少女が士道へ視線を向ける。顔こそ見えないが、少女の意図を理解した士道が頷いた。

 

「大丈夫だ、俺に任せてくれ……琴里を頼む」

 

「……はい」

 

 二人の位置が入れ替わる。士道は再び折紙の前へ、少女は琴里の側へ。少女が膝をついて琴里を見やる。横たわる天女の身体には、傷一つなかった。さっきの爆発から、士道が琴里を命懸けで守った事の証明だった。

 

「聞いてくれ折紙。やっと、思い出したんだ。五年前の、あの時のこと」

 

「……っ、五年前、〈イフリート〉が、私の両親を――――――」

 

「琴里は、精霊の力を得てそれが封印されるまでずっと俺と一緒にいた! 火事は確かに〈イフリート〉の力が原因だ……でもそれは琴里の意思じゃない! 琴里は自分の手で人を殺してなんかいなかったんだよ……!」

 

「そ、んな、はず……」

 

 士道の言っていることが本当なら、それは折紙の生きてきた意味を、アイデンティティを崩壊させるに等しい。彼女が認められる筈がなかった。

 

「そんな筈がない! 私は見た! 両親を殺した精霊を!!」

 

「ああ、いたんだよ、もう一人(・・・・)。琴里をこんな目に遭わせた〝精霊〟が……っ!!」

 

「な……」

 

 琴里と共有した記憶の中に、それは確かにいた。琴里に精霊の力を与え、封印する方法を教え、この記憶を封じ込めた異形の者が。そして、それを知っている(・・・・・)のは士道と琴里だけではなかった。

 

「……えぇ。五河士道の言う通りです」

 

 白い精霊が、立ち上がり真っ直ぐに告げる。

 

「五年前の大火災、その現場には確実に(・・・)もう一人〝精霊〟がいました。でなければ、説明が出来ないんですよ」

 

 五河琴里が精霊の力を手にした。であるならば、逆説的に彼女(・・)がいなければならない。そうでなくとも、現場の近く(・・・・・)に狂三と共に様子を見に来ていた少女には、誰に与えたかは分からずとも誰が与えたかは理解出来ていた。

 

 それが――――三十年前の亡霊(ファントム)だと。

 

「その言葉を、信じろと言うの?」

 

「私の言葉は信じられなくても、五河士道の言葉なら、あなたは信じられるのでは?」

 

 折紙の表情が歪む。おそらく、五河士道が提示できる情報はここまでだ。後は鳶一折紙が彼の言葉を信じるかどうか。少女もそこまでは分からない。

 

 ――――――少女にとっては、亡霊が彼女の両親を殺したというのは些か疑問ではあったが。

 

「……本当は、信じたい。でも、そんなこと――――っ!?」

 

 光の刃にノイズが走り、折紙が苦しげに膝をついて大型の武装が地面に落ちた。

 

「活動、限界……こんな、ところで……!」

 

 それは当然の結果だった。彼女が〈イフリート〉を討つために持ち込んだこの〈ホワイト・リコリス〉は、顕現装置を扱うに当たり天才的な才覚を持つ折紙ですら恐ろしい負荷がかかっていた。それを力技で動かし、強引な攻めを繰り返していたツケがこれだった。だが、折紙はまだ力を振り絞って銃を抜こうとする――――彼女に、士道の声が響いた。

 

「頼む、信じてくれ! どうしても信じられないなら、俺を討て! もう琴里は関係ない……あいつが俺を救ってくれた、今の俺がいるのはあいつがいるからなんだ!!」

 

「私……は……」

 

「俺から琴里を奪わないでくれ(・・・・・・・)!! 大事な、かけがえのない妹なんだ――――俺を、信じてくれ……ッ」

 

 折紙が、逡巡を見せた。仇を討つ気があるなら、これを逃せばもう機会は巡ってこないかもしれないのに。それが、答えだったのかもしれない。彼女は――――力なく、その場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

「――――ありがとう。また、助けられたな。俺の妹を守ってくれて、本当に感謝してる」

 

 折紙が倒れてからそう時を置かず、まず士道は目の前の少女へ頭を下げて礼を述べた。これで、少女に感謝を告げるのは二度目という事になる。助けられっぱなしだから、せめて礼だけはしっかりと届けたかった。

 あの後、十香と四系乃がすぐに合流して、少女がインカムを渡してくれた――――なぜ士道が置き去りにした物を少女が持っていたかはともかく――――事によって琴里を含めて〈フラクシナス〉に回収してもらった。

 士道だけは、令音に無理を言ってこうして残っている。どうしても少女に聞きたいこと、そして言いたいこと(・・・・・・)があったからだ。

 

「相変わらず律儀な人ですね。けど、今回は受け取るつもりはありませんよ」

 

「え……?」

 

「私が力を貸したのは個人的な理由です。あなたに〝借り〟があったから、それをお返ししただけですよ」

 

 瓦礫に座り、そう言う少女に士道は困惑の表情を返す。逆ならば分かる。士道は二度も助けて貰ったのだから。しかし、少女へ何かをした記憶も返した記憶もない。

 

「……別に深く考えなくても良いです。あなたにとっては当然の行動が、私にとっては〝借り〟になっただけなんですから。それで? わざわざここに残ったんですから、私に何か言いたいことがあるんじゃないですか?」

 

「あ、ああ……」

 

 士道を相変わらずと言ったが、少女も相変わらず掴みどころがないなぁと苦笑する。

 

「……答え、聞いてもらってもいいか?」

 

 以前の、少女の問いかけ、その答えを。少年は既に手にしていた。納得してもらえないかもしれない、バカだと笑われるかもしれない。でもこの答えは、少年の中でたった一つの正しい答えだと、自信を持って言えた。

 少女は答えこそしないが、促すように彼を見つめていた。沈黙が肯定の代わりだった。

 

「みんなが〝悪〟って断言する〝最悪の精霊〟がいたら、俺はどうするのか……だったよな」

 

「はい。では、聞かせてください。あなたの答えを」

 

「――――救いたい。たとえ世界中の人に否定されたとしても、俺はその精霊を救いたいって思う」

 

 迷いはない。以前の困惑するだけだった五河士道とは違う、強い想いを宿した瞳が真っ直ぐに少女を射抜く。

 

「それは、正義感ですか? それとも同情ですか?」

 

「いいや。多分、それよりもっと酷い理由だ。俺は――――」

 

 士道のもたらす救いが、その精霊にとっての救いになるのかなんて分からない。エゴの押し付け、なのかもしれない。そうであっても士道は、この道を選ぶ。たとえ何度世界が巡ろうとも、何度世界が覆ろうとも、あの一瞬の出会いがある限り、五河士道はこの道を選んでしまうのだろう。

 

 

「――――好きなんだ、そいつの事が。自分じゃどうしようもないくらい……だから、俺はあいつを――――――狂三を、救う」

 

 

 時崎狂三を愛して(・・・)しまった。それが間違いであるか、そんな事は知ったことではない。いや、この気持ちが間違いだなんて誰にも言わせない。我欲にまみれた気持ちだとしても……この選択は決して、間違ってなどいない。士道は、そう信じた。

 

 沈黙が落ちる。今度は肯定か否定か、士道には分からない。長く、短いような沈黙は、少女の言葉によって引き裂かれた。

 

「――――ああ。それは、私が一番(・・)信じられる理由ですね」

 

 失笑でも、バカにした声でもなかった。強いていえば、少女が優しく微笑んでいる気さえしたことに、士道はポカンとした顔になる。

 

「……笑わないのか?」

 

「なんで笑う必要があるんですか。我が女王をあなたが好きだと言った。それを私が信じた、それが答えです」

 

「そういうもん、なのか……」

 

「そういうもんです。そうですね、強いて言えば――――強情で、苦労しますよ、あの子は」

 

 冗談めかして放たれた言葉を理解して、士道は……笑った。ああ、それは士道が本当によく痛感した事だった。

 

「く、はははは!! そうだな、よく知ってる。少し強情かもしれないけど、そこも可愛いだろ?」

 

「えぇ。それと、これからも迷惑をかけると思いますよ。我が女王は気まぐれでいらっしゃいますから」

 

「上等だ。むしろ大歓迎なくらいだぜ」

 

 迷惑をかける、という事はまた彼女に会えるという意味だ。なら歓迎する他ないだろう。自信満々に言う士道に、少女は今度こそ声を上げて笑う。

 

「ふふっ、そう来なくては……あなたも気になっていたのでしょうけど、狂三は無事ですよ。ご安心を」

 

「……そっか。良かった」

 

 士道が聞きたかった事を先読みしたのだろう。その言葉に、彼は安堵の息を吐く。多分、少女が狂三の一番近くにいる存在だ。そんな確信がある。その少女が狂三の無事を告げてくれたのなら、心から安心する事が出来る。

 

「……狂三は意地っ張りで、気難しくて、回りくどい子ですけど、あなたの想いはきっとあの子に届いてます。だから、待っててあげてください」

 

「ああ、分かった……そう言えば、令音さんも似たようなこと言ってたな」

 

「……ん」

 

 後半は呟くような小さな声で出てしまったのだが、聞こえてしまったのか少女が奇妙な反応を示したことに士道が首を傾げる。

 

「どうかしたのか?」

 

「……いえ、なんでも。それより、そろそろ鳶一折紙を追ってASTが来る頃です。あなたも妹さんが心配でしょうし、ここでお別れですね」

 

 そう言って立ち上がる少女と士道の視界の先にいるのは、寝かされて目を覚まさない折紙。こんな事をしでかした以上、AST側の処分も軽いものでは済まないのだろう。しかし、今の士道に出来ることはその処分が決まるのを待つことだけだ。そこに関してはAST側の問題である以上、士道にとっても少女にとっても平等に同じ事であった。

 

「そう、だな…………色々と、ありがとな! 受け取らないって言ってたけど、それでも言わせてくれ」

 

 いらないと言われても、しつこいと言われても士道は伝えたいと思い背を向けた白へと声を飛ばした。大切な妹を助ける手伝いをしてくれたこと、だけではない。あのとき(・・・・)自分たちを助けてくれたこと。確証なんてなかったけど、少女がいたから自分と狂三……そして琴里が望まぬ意思で殺戮を行わずに済んだのだ。

 歩き出そうとしていた少女が振り返り、白いローブが揺れる。

 

「――――礼を言うのは、私の方です」

 

 少女の全ては狂三の為にある。それ故に少女は五河士道の事を信じられる。おそらく、自分自身(・・・・)より余程。だから、礼を言うのは少女の方なのだ。それこそ様々な事で、どれだけ感謝を述べたところで足りない。

 そう、彼は自身の〝計画〟に欠かす事が出来ない存在となったかもしれないのだから。

 

 

「ありがとう、五河士道。狂三を好きだと言ってくれて――――――またお会いしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そう言えば、あなたの言う〝借り〟とは結局なんの事でしたの?』

 

「……本当に簡単な話です。五河士道が狂三の事を身を呈して庇ったこと――――それだけですよ」

 

『――――き、ひひひひひひ! それはそれは、実に簡単ではありますけど、とてもとても大事な理由ですわねぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……あ、聞き忘れてたわ。ねぇ士道、あの白い精霊と話して何か分かったことはあったの?」

 

「あいつのこと? うーん……」

 

 お互いに言いたいことを言い合って――――あまりに堂々と行われる買収行為もあったが――――艦橋から出て行こうとした琴里が、再び足を止めて思い出したように士道へ問いかけた。

 

 白い少女。二度も自分たちを助け、まず間違いなく狂三と関係がある精霊。逆に言えば、それ以外の情報は何一つ掴めていない。だがまあ、今日の邂逅で一つだけハッキリとした事があった。

 

「……分かったのは信用出来る、ってことぐらいだなぁ」

 

「何よそれ。二回も私たちを助けてくれたから?」

 

「それもあるけど――――多分あいつ、俺と一緒だから、かな」

 

 はあ? とその発言に半目で見る琴里に、士道は説明のしづらさに頬をかく。本当に漠然と、少女の言葉と込められた想いからそう思っただけなのだ。ああ、想いのベクトルは違うのかもしれない。でもこの子はきっと俺と同じ(・・・・)なんだと。

 ちゃんと説明しなさいよ、と詰め寄ってくる琴里にさてどうするかと思っていると……士道の携帯がメッセージの着信を告げた。

 

「あ、すまん。一体誰から――――!!」

 

「……何よ。そんな来週は特別放送なので番組はお休みです、みたいなこと言われたような顔して」

 

「……狂三から、連絡が来た」

 

「…………はあああああああっ!?」

 

 たっぷり間を置いてから、長時間の検査を終えた病み上がりとは思えない驚きを見せる琴里だったが、驚いたのは彼女だけではなく近くにいた令音も少なくない動揺を見せていた。

 士道はというと……自分でも驚く程に、この中では一番冷静だった。連絡に関して驚きこそしたが、狂三に関しては腹を括りすぎたのか一周回って冷静でいられた。人生をかけるとまで言ったのだ、この程度で驚いていられない……狂三本人を目の前にした場合は、情けないが保証はしない。

 

 

「……狂三は、何を送ってきたんだい?」

 

「――――夜のデートへのお誘い、ですかね」

 

 

 ご丁寧に時間まで記されたそのメッセージは、しかし簡潔に、それでいて士道にだけ分かるような物だった。

 

 

 ――――約束の場所で、会いましょう。

 

 

 あの出会いが始まりだとしたら、その約束は二人の運命を大きく狂わせたもの。様々な想いが交差したこの歪んだ物語に、一つの決着と新たな始まりを。

 

 さあ、答えを出そう。何故なら――――二人の戦争(デート)は、まだ終わってなどいないのだから。

 

 

 







誰が狂三を愛しているか。
狂三がいないのに二人とも狂三の話ばっかしてる……何となく白い精霊を掴んだ士道くん。ある種のシンパシー。中身は親愛、情愛、愛情、まあ種類は違いますけどね。
というか琴里編なのに原作と違わない部分はバッサリやったから琴里の出番自体は他の章の方が余程多くなるって言う矛盾、これ如何に。

次回はいよいよ狂三パート。この章も残すところ二話となりました。物語としては一区切りになるお話、どうかお付き合いいただければ幸いです。

感想、評価などなどとても嬉しくモチベーションに繋がるのでどしどしお待ちしていますー
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。