デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

33 / 223
書いてて楽しかったです。ただまあ、本当に運悪いなこの人ってなりました。


第三十二話『VS魔術師(ウィザード)

 右手に短銃を、左手に長銃を。紅と黒のドレスを身に纏った彼女は、まるでパーティーに馳せ参じたお嬢様。トン、と狂三が足をかけた木の先端から舞い降りる。ダンスでも踊っているかのように、ヒラリ。吹き荒ぶ烈風など意に介さず、〝最強〟の魔術師の前に〝最凶〟の精霊が舞い降りた。

 

 士道と十香を――――――守る(・・)ように。

 

 

「狂三……お前……」

 

「下がっていてくださいまし――――――そう、長くは待たせませんわ」

 

 

 どうして……そんな士道の言葉を遮るように、時計の左目だけを向けた狂三が声をかける。どの道、〈バンダースナッチ〉に道を阻まれた今の士道はどうする事も出来ない――――――狂三の元へ行く事も、十香の元へ駆け寄ることさえ、出来ない。

 

 拳を握り、己の無力に打ちひしがれる士道を見て、狂三は僅かに微笑んだ。普通の人間が精霊たちの戦いに入り込めないのは当たり前(・・・・)の事なのに、こんな状況でも自分より人の心配をして自分を責めるなんて……全く、どこまでも優しい方。

 

「驚きました、〈ナイトメア〉。あなたまで現れるとは……本当に、積りに積もった不運の代償にしては幸運が過ぎますね」

 

「あら、あら。わたくし、そこまで有名でしたのね。照れてしまいますわ」

 

 わざとらしく、腰に片手を当て大仰にリアクションをして笑う狂三。

 まあ確かに、精霊を求めるDEMからすれば、この状況は願ったり叶ったりなのだろう。上空に二人、目の前に一人――――そして、今まさに捕獲を果たす目前だった一人。大仰な仕草で演技をした狂三が視線を向けた先には、苦しげに倒れる十香の姿。

 

 ああ、ああ。殿方との逢瀬をこんな形で邪魔をするとは――――――あまりに、無粋。

 

「そんなわたくしの顔に免じて、今すぐ尻尾を巻いてお逃げになられるなら止めはしませんわよ」

 

「ふん……なぜあなたがここにいるのか知りませんが、今は〈プリンセス〉が最優先事項です――――――ですが〈ナイトメア〉、あなたが私と共に来てくださるなら、最高の待遇(・・・・・)をお約束しますよ」

 

 差し伸べられた手の先にある最高の待遇(・・・・・)とやらが何なのかは知らない――大体想像出来る――が、随分と余裕のある態度だと狂三は凄絶に笑う。

 ――――――ああ、そうか。DEM直属の魔術師、そのトップ。であれば、幾度となく『わたくし』を殺した崇宮真那(・・・・)とも面識がある、という事だ。なら、それは利用できる(・・・・・・・・)

 

 

「き、ひひひひ! 〝最強〟の魔術師ともあろうお方が、わたくしを恐れて懐柔策(・・・)とは――――――真那さんの方が、まだ骨がありましてよ」

 

「――――――――」

 

 

 瞬間、強烈な殺気と随意領域(テリトリー)が解き放たれる。射殺せてしまいそうな濃密な殺意に身を打たれて――――――狂三(狂気)が、笑う。

 嗚呼、嗚呼。思った通り乗せられやすい。いや、〝最強〟という称号を背負っているからこそ、エレン・メイザースはこの挑発を許すわけにはいかないのだ。

 

 久しぶりだ。血肉が沸き踊る。ぬるま湯に浸かりすぎて、この感覚を忘れるわけにはいかない。ここから始まる――――――殺し合い(・・・・)の感覚を。

 

「安い挑発です。しかし、敢えて乗りましょう。私は真那のように詰めは甘くない――――――望み通り、あなたは切り裂いて、殺して(・・・)から連れ帰ります」

 

「えぇ、えぇ。そうでなくては」

 

 エレンの視線を狂三へ釘付けにする(・・・・・・)。これで、憂いなく戦うことが出来る。〈バンダースナッチ(ガラクタ)〉の数など、最初から考慮に入れていない。あれが十香へ向かって動くと言うなら、一瞬にして撃ち抜かれるとエレンは分かっている筈だ。

 

「ですが、あなたに割く時間はあまりご用意していませんわ。おいでなさい――――――〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 冷徹な呼び声。女王の号令に従い、忠実なる狂三の〝天使〟がその姿を現す。焔の一撃によって大部分を喪失した筈の文字盤が、寸分たがわずその円を影より形を成した。

 そう、刻まれた十二の数字――――――そのうちの〝二つ〟が、白く色を失っていること以外は一ヶ月前に学校の屋上で使用した〈刻々帝(ザフキエル)〉と全く同じものだった。

 

 

「さあ――――――始めましょう」

 

 

 狂三が動く。文字盤に刻まれた複数(・・)の数字から、狂三の両手に握られた銃へ影が流れ込む。

 

「――――――!!」

 

 エレンが動く。先は精霊が取った。しかし、エレン・メイザースは後の先を取る。

 迫る刃。真那と同じく、精霊の霊装すら紙のように切り裂く光の剣。だが、迫り来る死を目前にして尚、狂三は冷静に己に向かって(・・・・・・)引き金を引いた。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【五の弾(ヘー)】」

 

 

 そして狂三は、(未来)光景(ビジョン)奔流(・・)に目を見開き――――――

 

 

 

 

 

「……ぁ……」

 

()が、舞った。〈バンダースナッチ〉に道を阻まれた士道の目の前で、夥しい量の血飛沫(・・・)が。

 

 

 

 

「――――――ぁぁ」

 

 頭が真っ白になって、何も考えられない。ああ、考えられないのではない。ただ、目の前の光景しか士道の中に存在しなかった。大切な十香の事も、助けなければいけない二人の事も、今その瞬間だけは彼の中から抜け落ちていた。

 

 ただ切り裂かれ(・・・・・)た狂三の姿を、その両の眼に映し出して――――――振り抜かれた刃が、一瞬にして狂三の身体を貫いた(・・・)

 

 ――――――プツン。士道の中で何か(・・)が切れた。

 

 

 

 

「ぁ、ぁ――――――ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 

 

 

その身が裏返ってしまう(・・・・・・・・・・・)ような怨嗟の絶叫。極限まで高まった深く黒い感情の昂り(・・)

 

 

 刹那、感情(憎悪)を鏡のように映した黒き極光が――――――解き放たれた。

 

 

 

 

「な……っ!?」

 

 エレン・メイザースが〝それ〟に反応出来たのは、一重に彼女が〝最強〟の魔術師であるが故。でなければ随意領域(テリトリー)による防御すら間に合わず、彼女の後方に広がった光景のように、その右半身をえぐり取られていたであろう。

 

 

「これは――――――」

 

 

 その〝霊力〟が通った先には何も無かった。波のように防御随意領域を乗り越え全てを喰らい尽くし、樹木と彼の……五河士道の目の前にいた〈バンダースナッチ〉を跡形もなく塵芥と化した。

 

「っ……五河――――――士道」

 

 一欠片の興味すらなかったはずの少年が〝それ〟を起こした事による驚愕、そして好奇(・・)が彼女の瞳に宿る。

 

 膝を突いた彼が持つ剣、それは間違いなく〝天使〟だった――――――が、彼が持っている〝剣〟を見て、僅かに眉を顰める。

 エレンがついさっき打ち砕いた筈の〈プリンセス〉の剣、というのもあった。しかしエレンの瞳には一瞬、その剣に黒い影(・・・)がまとわりつき全く別の剣(・・・・・)に見えてしまったのだ。だが、それは本当に一瞬の事で、やはりそこにあるのは〈プリンセス〉が出現させたものと同じであった。

 

 とにかく、見過ごすわけにはいかない。精霊と同じ〝天使〟を顕現させ、あまつさえ一瞬とはいえエレンに迫る〝力〟を見せた少年。

 

「興味深いですね……五河士道。あなたもこちらに――――――」

 

 

 

 

 

 

「――――――感心しませんわねぇ」

 

 

黒い弾丸(・・・・)がエレンに突き刺さったのは、その瞬間であった。

 

 

「――――――っ!?」

 

 

 恐ろしい反応速度で飛び退き、突き刺さった狂三の死体(・・・・・)を放り投げる。そうだ、確かに死体だ。幾度殺しても死なぬ〈ナイトメア〉。それを知っているエレンだったが……確かに、確実に〝天使〟を使った彼女を討ち取った筈だ。

 

 

「敵を前にして別の獲物に目を向けるだなんて――――――三流以下のやり方ですわ」

 

 

 〝影〟から現れたのは、時崎狂三(・・・・)だった。寸分の狂いもなく、蔑むような笑みを浮かべた彼女が、何一つ傷を負うこともなく立っていた。

 

「バカな……どう、やって」

 

「あら、あらあらあら。わたくしの情報が伝わっていませんの? いけませんわ、いけませんわ。報連相(・・・)は基本だと、幼少の頃に習わなかったのかしら。だとしたら、その力の割に残念な教養ですこと」

 

「ふざけた事を――――――一体、いつ入れ替わったと言うのです!?」

 

 彼女が多数の自分(・・)を従えている、そんな事はとっくの昔に報告に上がっていた。百も承知の上だ。だからこそ、〝天使〟を使った彼女は本体であると当たりをつけていたのだ。まさか、分身ですら〝天使〟を使えるとでも……。

 

 エレンの激昂に、狂三が楽しげに目を細めた。

 

 

「一体いつ、ですか……お答えいたしましょう。あなたに切り捨てられる直前(・・・・・・・・・)ですわ」

 

「っ――――――ありえない!! 私の随意領域(テリトリー)でそのような……!!」

 

 

 魔術師の随意領域というのは、その名の通り自身の絶対領域。その中でなら、魔術師の力量が高ければ高いほどあらゆる物が自由自在に操れ、感じ取れる。〝最強〟であるエレン・メイザースの随意領域(テリトリー)の中で、そんな事が出来るはずがない。

 

 そう思い上がる(・・・・・)人類〝最強〟に――――――精霊〝最凶〟が、凄絶な笑みを浮かべた。

 

 

「では、わたくしからも一つ――――――一体いつから(・・・・・・)、ここがあなたの〝領域〟だと錯覚していましたの」

 

「な……にっ!?」

 

「傲りましたわね、魔術師(ウィザード)。これが――――――〝精霊〟という災厄ですわ」

 

 

 靴音が鳴る――――――〝影〟が辺りを支配していた。影より響く不気味な笑い声。全てを呑み込む闇の〝領域〟。

 エレンの背筋を凍らせるほど、圧倒的な威圧感。

 

 人類〝最強〟の随意領域(テリトリー)? 一体、それがなんだと言うのだ。

 

 精霊〝最凶〟の城の前に――――――そんなものは無意味と知れ。

 

 

「では、そろそろ時間ですわ(・・・・・)

 

「く……っ!!」

 

 銃を掲げ、唇を歪めた狂三にエレンが臨戦態勢を取る。しかし、遅い(・・)。時崎狂三の〝天使〟はその力を発現させた――――――狂三が〝視た〟未来通りに。

 

 掲げた銃にチュッと口付けをして、女王が号令を鳴らす。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【三の弾(ギメル)】」

 

 

 変化は、単純明快だった。

 

「なっ――――――」

 

 装備していたCR-ユニットが解除された(・・・・・)。ただそれだけ。けど、たったそれだけで人類〝最強〟はただの〝最弱〟へと成り下がる。

 

 【三の弾(ギメル)】――――――本来は不可逆の〝時〟に干渉する〈刻々帝(ザフキエル)〉の弾丸の一つ。その効力は内的時間の促進(・・・・・・・)。有機物であろうが無機物であろうが、平等に進む〝時〟を強制的に進めてしまう力。

 

 例えば、エレン・メイザースが持つ顕現装置(リアライザ)に干渉して、過剰な稼働時間(・・・・・・・)だと〝誤認〟させる、とか。そんなことまでできるのが〝天使〟が起こす奇跡(・・)というものだ。

 

 所詮は子供騙し。エレンが冷静になれば、即座に対処されてしまう技だろう。まあ――――――冷静になる時間があれば、の話だが。

 

 

「本当に、運のない(・・・・)お方ですわねぇ」

 

「は――――なああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 意図しない強制解除での感覚の違いに気を取られたのか、はたまた元の身体能力がお粗末なのか、その辺は狂三も興味がなかった。

 

 ただ、誰かが作った巨大な落とし穴(・・・・)にそのまま足を滑らせて落ちる〝最強〟の姿に、狂三は少しばかり同情してしまっただけだ。

 

「くっ……こんな事で……っ!!」

 

 更に、不運はそれだけに留まらない。深い落とし穴に落ち、だが奇跡的に意識を失わなかったエレンが顕現装置(リアライザ)を再起動させようと――――――した所で、完全にガラクタと化した〈バンダースナッチ〉が穴になだれ込んで来た。

 

「なぁ……!? ど、どうしたというのです――――――遠隔制御室(コントロールルーム)に被弾!? 空中戦艦と戦闘!? そんな指示を出した覚えは――――――」

 

 明らかに機能不全を起こし、火花を散らす〈バンダースナッチ〉の下敷きになりながらも、必死に耳元に手を当て健気に通信を続けるエレンの視界に、黒いブーツが映り込んだ――――――彼女に悪夢を届ける、靴音と共に。

 

 

「はい。あーん」

 

「むぐっ!?」

 

 

 狂三の『あーん』というあらゆる男――主に士道――の夢を受け取って、当然ではあるがエレンの心境は幸せなものでは無い。どこの世界に、こんな状況で無理やり口に箸と物を押し込まれて喜ぶ女がいるというのだ。

 

 無理やり押し込まれ、思わず咀嚼してしまう――――――地獄をもたらす、その物体を。

 

 

「――――――!?!?!?!?!?」

 

 

 もがく、もがく。そのもやしの身体を必死に捩らせ、ひたすらにもがく。だがしかし、狂三が口と頭を精霊の膂力で完全に押さえ込んでいるため、〝それ〟を吐き出す事は叶わない。そして数秒後――――――エレンの意識は、その〝悪臭〟から逃れるように深く閉ざされた。

 

 

「……こんなものを押し付けられるだなんて。あなた、一体あの子にどんな恨みを買いましたの?」

 

 既に聞こえていないであろう問いかけではあったが、呆れ気味に聞かずにはいられなかった。そもそも、こんなふざけた〝贈り物〟を渡す機会があるとは思いもしなかった。

 口に出したくもない〝様々な物〟を練り込み、ご丁寧に狂三には被害がいかないよう特別加工した皮に包み込まれた白い少女からの〝贈り物〟。たとえ、罰ゲームの闇鍋だろうと入れたいとは思わないそれを押し付けてしまった手前、考えるべきでは無いのだが……同じ女性として、不運(・・)すぎる彼女を少し哀れに思ってしまう狂三であった。

 

 

 

「お二人とも、お待たせして――――――」

 

 地上に舞い戻った狂三が、ドレスの裾を掴み上げ優雅な立ち振る舞いお辞儀をし――――――たが、それは長くは続かなかった。

 

 

「バカものおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「っ……と、十香さん……?」

 

 

 腰に抱き着いて来た十香に、その仕草を強制的に中断させられてしまったからだ。抱き着いて、と柔らかく表現こそしたが、実態は未だに限定解除したままの十香による強烈な〝タックル〟なので、同じ精霊の狂三でなければ受け止めるどころか共に地面に転がる結果になっていただろう。

 

 あまりに突然の行動に戸惑い、十香を引き剥がそうとするが、どこにそんな力があるのか腰にしがみついたまま全く離れる気配がなかった。

 

「ほ、本当に、心配したのだぞ!! 狂三が死んでしまったと思ったのだぞ……!!」

 

「はあ……そのような事ですのね」

 

「なんだそのような事とはっ!!!!」

 

「きゃっ……! ど、怒鳴らないでくださいまし。わたくしが『わたくし』……ああもう! 自分の分身体を使える事は、十香さんもご存知の筈でしょう?」

 

 このように大真面目に怒鳴られた経験が少なく、素で驚いてしまった。説明をしても涙ぐんで離さない十香を見て、狂三は困った顔で息を吐き出す。

 分身体を一体犠牲にした程度(・・)でこの騒ぎ様だが、分かりやすく複数体使わなかったのは逆効果だったかもしれない。そもそも、つい1ヶ月前には刃を交えた相手をここまで心配するなど、本当にお人好しが過ぎる。

 

 と、狂三が十香の頭に手をやりなだめていると、足音が近づいてくる。丁度いい、十香を止められるのはこの方しかいない。

 

 

「ああ、士道さん。あなた様も十香さんを説得して――――――」

 

「ばっっっ――――――か野郎……っ!!」

 

「ひゃっ……!?」

 

 

 驚いたのは、その怒鳴り声か。それとも、突然の抱擁(・・)か。不意打ち気味に与えられた温もりに、顔を真っ赤にして動揺を表にさらけ出した狂三が……震える士道の身体を直に感じて、ハッと息を呑んだ。

 

 

「お前が強いのは分かってる……!! けど、本当に……本気で、お前が死んじまったと思って……! 目の前が、暗くなって……なんにも、考えられなくなって……!!」

 

「士道、さん……」

 

 

涙声(・・)で要領を得ない言葉を紡ぐ士道。そこまでされて、呆然としていた狂三はようやく理解した。そして、こんなにも二人に身を案じられている事を――――――不謹慎にも、純粋に喜んでしまった。

 

 十香への手をそのままに、もう片方の手を士道へ抱き返すように回す。

 

 

「ご心配をおかけしましたわ。大丈夫――――――わたくしはここにいますわ(・・・・・・・)

 

 

死生観(・・・)が狂っている自覚は、していた。

 

 生と死があまりに近い環境に身を置き、数多の〝自分自身〟を従える己の価値観は、人とはあまりに違いすぎる。代わりはいる、代わりは生み出せる。自分自身を使い捨てる(・・・・・)ようなやり方に、嫌悪感すら持たなくなったのはいつからだったろうか。

 

 こういうやり方を好まないであろう、とは予想していた。だからこそ、必要最小限の犠牲を選び取った。けど、そういう事ではないのだろう。少なくとも、この二人の中では。完全に逆効果だったようだ。

 

 ともすれば、自分自身(・・・・)の価値でさえ、その狂った死生観の中に置いていた。こんな女が〝正義の味方〟を名乗るなど、あまりに滑稽な話だった。そして、こんな狂った女を純粋に案じ、涙を流す二人は――――――あまりに、優しすぎた。

 

「っ……助けてくれたのは感謝してる。けど、反省しろよ。こんなやり方は絶対許さないからな」

 

「……善処は、いたしますわ」

 

「琴里が、それは逃げに使う言葉だと言っていたのだ……!」

 

「………………」

 

 なんて事を教えてくれているのだ、あの炎の精霊さんは。やはり、狂三の天敵なのではないかと思えてしまう。色々な意味で。

 

 二人の涙の意味は分かる。士道に至っては、こんな女を〝好き〟だと言って、命をかけて守ってくれたのだ。だから、分身体の偽装(・・)を行えば本気で心配するのは目に見えていた――――――あのようなこと(・・・・・・・)になる程とは、狂三が狂三の価値を見誤っていた、と思うが。

 

 けど……多分、狂三は変わらない。このやり方を変えることは出来ない。それが時崎狂三という人を惑わす〝精霊〟なのだ。

 

 

「…………はあ。立場上お約束は出来ませんが――――――出来るだけ、控えますわ」

 

 

 だからこれが、狂三に出来る精一杯の譲歩(・・)だった。本当に、時崎狂三ともあろうものが甘くなった(・・・・・)と、二人の体温を感じながら彼女は苦笑するのであった。

 

 

 

 

 

「士道さん、その〝天使〟を」

 

「え、ああ……」

 

 地面に突き刺さった〝剣〟を引き抜き、まじまじと士道が見つめる。士道だけでは無い、十香もそうだ。驚きを隠せない、といった様子だった。それも無理からぬこと……何せ、彼が手にしているそれは、本来〝精霊〟夜刀神十香が振るう〈鏖殺公(サンダルフォン)〉そのものであったのだから。

 

「むぅ……なぜシドーが〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を?」

 

「俺にも分かんねぇ……ただ、狂三が切られたのを見て頭が真っ白になって……気づいたら、手に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を持ってた、んだと思う」

 

 十香の疑問に答えを持たない士道も、また曖昧に感覚で言葉を紡ぐ。人が持つには過ぎた大きさである幅広の刀身、〝形のある奇跡〟を見て士道は困惑の表情であの瞬間(・・・・)を思い出す。

 

 無力感、絶望感。言ってしまえばストレス(・・・・)だろうか。そして、狂三を救うだけの力が欲しい。そう屋上での時(・・・・・)ように……いや、それ以上に強くドス黒い(・・・・)感情が湧き上がって〝枷〟のような物が外れた気がした。

 覚えているのは、そこまでだ。気付けば己の手に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉があり、途方もない疲労感に膝を突いていた。

 

「…………」

 

 ふむ、と顎に手を当てた狂三が戸惑いの表情の士道と顕現した〝天使〟を見やる。

 士道が〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の回復能力を所持している時点で、この可能性は当然のように予想していた。予想外だったのは――――――まさか、発動させたのが狂三に対しての感情(・・・・・・・・・)である事だった。

 

 

『近いうちに分かりますよ――――――狂三なら、尚更ね』

 

「わたくしなら……確かに、その通りでしたわね」

 

 

 ただし、狂三が知るという意味ではなく、狂三が限りなく当事者(・・・)に近いという意味で、だったが。

 

「士道さん、一つ忠告しておきますわ」

 

「お、おう。なんだ……?」

 

 五河士道による〝天使〟の顕現。これは、あの子が言ったように遅かれ早かれ起きる事だったのだろう。それによって増える〝厄介事〟も、これから考えていかねばならない。

 しかし、その前に一つだけ伝えておかねばならい。狂三だからこそ……この優しい少年に〝アレ〟を振るわせてしまった狂三だから、言わなければならない。

 

 

「その〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は士道さんが(・・・・・)顕現させた〝天使〟ですわ。それは間違いありません――――――ですから、どうか正しい心でお使いくださいまし」

 

「え……」

 

 

 〝アレ〟は士道に相応しくない。精霊を救い、こんな愚かな女を救うと言ってくれた心優しい少年を、その感情に引き摺り込む事は許されない。〝アレ〟に身を委ねてしまうような事があれば、きっと帰って来れなくなる(・・・・・・・・・)

 

 

「〝天使〟とは担い手の心を映し出す水晶のようなもの……わたくしの戯言と思っていただいて構いませんわ。士道さんの心の片隅に留めておいてくださいまし」

 

「……分かった。肝に銘じておく――――――ってか、俺がお前の言葉を戯言なんて思うわけないだろ」

 

 

 神妙な顔で頷いて、それから安心させるように狂三に向かって笑顔を見せた。それを見て、交わすような微笑みを狂三も見せる。

 

 きっと、この方なら大丈夫だ。たとえ、間違った道に進もうとしてしまっても、正してくれる人達がいる。それこそ、狂三が死んでしまうような事がなければ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。当然そんなつもりは、毛頭ない――――――士道との戦争(デート)から降りてしまうなど、そんな惜しいこと(・・・・・)出来るわけがないだろう?

 

 

「――――――ってやべぇ! 耶倶矢と夕弦を探さねぇと!!」

 

「あ、待つのだシドー!!」

 

「あら、あら……」

 

 

 大急ぎで駆け出す士道とそれを追いかける十香。あのような力(・・・・・・)を使って、まだ動けるだなんて、本当に決めたら一直線なお方だと狂三は微笑む。まあ、そうだと思ったから要点を抑えて忠告に留めたのだが。

 

 とはいえ、ここまで来て傍観者に徹するというのもつまらない話。同じく歩を進めた狂三が……ふと、もう一つ(・・・・)の懸念に眉を顰めた。

 

 

「――――――〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 

 狂三が持つ絶対の〝天使〟。神にすら抗う力を持つ、彼女が誇る唯一無二の力。〝悲願〟のため、共に邁進し知らぬ事などないと思っていた己の力――――――しかし、違った(・・・)

 

 狂三が使った弾は三つ。時を進める【三の弾(ギメル)】。過去の履歴から『時崎狂三』を生み出す【八の弾(ヘット)】。そして【八の弾(ヘット)】と同時使用した――――――未来を見通す力(・・・・・・・)五の弾(ヘー)】。

 

 以前、崇宮真那を相手取り撃ち込んだ時は、正しく効果を発揮し、僅か先(・・・)を狂三に指し示し彼女の斬撃を避ける未来を導いた――――――が、今回は違う。見せられた未来は僅か先ではなく、それでいて複数の未来(・・・・・)であった。

 

「込められた霊力を考えれば、あなたの観せる未来は数秒先(・・・)が限界の筈……」

 

 いいや、込める霊力を増やしたところで複数の〝可能性〟を予測するなど不可能(・・・)だ。だと言うのに〈刻々帝(ザフキエル)〉はあらゆる可能性を導いた。その中で、一番色濃く(・・・)映し出されたのが――――――今は過去となった先程の、未来(・・)であった。

 

 

「一体、どうしたと言うんですの――――――?」

 

 

 その問いに答えるものは、いない。ただ〈刻々帝(ザフキエル)〉は時を奏で続ける。主のために、カチリ、カチリと。白く失われた〝時〟と新たに生み出された〝時〟を指し示しながら――――――

 

 

 





控えろ人類最強。彼女は精霊最凶であるぞ。とまぁそんな感じでしたけど、状況が違えば遥かに長引いたでしょうに本当に運が悪いとしか言いようがないですねエレンさん。ちなみに、エレンを報連相で煽った場面は本当は白い少女があなたが言いますか、あなたが、ってツッコミ入れる予定だったんですけど思った以上にシリアスになったのでボツになりました。忘れてると思いますけど、狂三はたまに少女への連絡すっぽかしますからね(四糸乃編参照)

士道と関わって常識的な面が表に出た狂三ですけど、それでも狂った部分はまだまだぶっ飛んだままなのです。それが狂っていると分かっていながら、それでも平然と実行に移せるのが時崎狂三という精霊の強さであり怖さであり、悲しさである。

遂に士道くんが〝天使〟召喚ですよ召喚。え?なんか違う?〈刻々帝〉もゼ○システムみたいな能力になってる?やだなぁ気のせいですよぉ(すっとぼけ)

そんなこんなで不穏を残しつつも、次回はいよいよ八舞姉妹。果たして士道は彼女達に未来を示す事が出来るのか。感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。