デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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真新しい感情に戸惑う少女。そして二人の攻防戦


第三十六話『平行線』

「……あの精霊、〈ディーヴァ〉について詳しく、と言っていいのかは分かりませんが……色々と判明はしました」

 

「珍しく歯切れが悪いですわね」

 

 少女にしては珍しい言い淀んだ口調に、報告を受け取る狂三が首を傾げた。歌姫の精霊、〈ディーヴァ〉との邂逅からそう間を開けず情報が舞い込んできた。

 狂三はDEM側を、白い少女は〈ディーヴァ〉側を当たっていたのだが、言ってしまえば精霊の方は〈ラタトスク〉が集めた情報が大半のようだ。無断で悪いとは思うが、ここは存分に組織としての諜報力にあやかるとしよう。〈ラタトスク〉の司令官様が聞いたら何してんのよ、と青筋を浮かべそうな事をしでかしている二人であった。

 

「……ん。見たことないくらい個性的な精霊でしたので……少し戸惑ってるんですよ私も」

 

「あなたでもそういう事がありますのね。まあ、なかなかに個性的な方ではありましたが」

 

 いつものように微笑みを浮かべる狂三。彼女にとってはあのレベルでさえなかなか(・・・・)であるらしく、豪胆というか慣れている彼女の態度に改めて少女は苦笑してしまう。〈ラタトスク〉が調べ上げた中身は、かなり(・・・)驚くべき内容であった。少女にとっては未知(・・)と言い換えるべきかもしれない――――――〝対応〟を含めて。

 

「では、〈ディーヴァ〉……改め、誘宵美九の来歴を」

 

「誘宵美九さん……確か、アイドル(・・・・)の方ですわね」

 

「……ご存知でしたか」

 

「えぇ、わたくしも名前くらいは聞いた事がありますわ」

 

 とはいえ、狂三が誘宵美九を知ったのは最近になってのこと。具体的には、雑誌やTVの情報などを少し気にするようになってから。もっと具体的に言えば、今日の運勢、特に恋愛運(・・・)やその他諸々を気にし始めてから必然的に名前を見る機会が増えた。なぜそんな事を気にし始めたかは――――――閑話休題。とにかく、ジャンル違いであるにも関わらず狂三が名前を知っているほどの有名人が誘宵美九であり……〝精霊〟である。

 

「……なぜ精霊がアイドルをしているかは知りませんけど、デビューは半年前。『聞く麻薬』なんて言われるくらいの声で驚異的なヒットを連発。しかし、一度たりとも雑誌などには姿を見せた事は無い、写真すら皆無……らしいですよ」

 

「そのような方をよく特定できましたわね」

 

「……ライブの盗撮映像を相当苦労して手に入れたようです。〈ラタトスク〉のクルーの方がね」

 

「それは……労わるべき、なのでしょうか?」

 

「さあ……?」

 

 二人揃って首を横に倒す。前々から思っていたが、あの組織のメインクルーはどの方も強烈過ぎてどう言うべきなのか迷ってしまう。それをまとめ上げている五河琴里は大したものだと思うが。

 

「……とにかく、〈ディーヴァ〉と誘宵美九が合致したお陰で色々と判明しました。五河士道を見た瞬間に態度を変えた理由と、鳶一折紙を見た瞬間にまた態度を変えた理由が」

 

 塩対応なんて次元ではない。ジェットコースターもビックリな態度の違い。その理由を知った時、少女は困惑を隠す事が出来なかった。何せ、本当に初めての経験(・・・・・・)であるのだから。

 

「……誘宵美九は男嫌いで、近づくことすら嫌になるくらいなそうです。シークレットライブでは、女性ファンを限定として……尚且つ、噂レベルですが気に入った女性ファンを……その……持ち帰って……」

 

「言い難いなら結構ですわ。要は、美九さんという方は女の子が大好きで堪らない、という事なのでしょう?」

 

 コクリ、と言葉を途切れさせた少女が頷く。

 まさかの百合っ子(・・・・)。別に個人の嗜好に四の五の言うつもりはないが、これは困った事になったなと狂三は頬に手を当て内心でため息をこぼした。ついでに言えば、珍しく唸って悩む様子の少女のケアも必要だなと思考する。

 

「わたくしには、そういった趣味はありませんが……あなたは美九さんに嫌悪感を抱いてしまいましたの?」

 

「……いえ、そういうわけじゃないんです。ただ、その……驚き、というか困惑といえばいいのか。受け入れる事は出来るんですけど、私の中で〝恋〟というのは男女がするという強烈な〝記憶〟があるもので」

 

 上手く言葉に出来るわけではない。少女は誘宵美九の生き方を否定するつもりは更々ない。そういう生き方もある、という事だって知っていた。だが、対面するとどうにも知識の偏りが強いのか受け止めるまで時間を要してしまう。

 そこまで考えて、気づく。この偏り(・・)の原因は二つあって。一つは記憶の中にあるが、もう一つは今目の前にいる人物のせいである事に。

 

「……冷静に考えたら、この奇妙な偏りは我が女王のせいです。えぇ、えぇ、あなた達があんな強烈な恋愛をしたせいで、熱烈な男女の恋が私の固定概念になってしまったんです」

 

「わたくしに責任転嫁しないでくださいまし。大体、わたくしと士道さんの恋愛は普通…………とは言えませんが、健全なものですわ」

 

「……デートで命の取り合いは健全な恋愛から外れると思うんですけど。世界一ややこしい恋愛だと私は思います」

 

「それこそ固定概念ですわ。健全ですわ、平和的ですわ。わたくしにとっては」

 

 そりゃあ、問答無用で五河士道を取り込む選択をするよりは遥かに平和的ではあった。しかし、結局は健全でもましてや平和では全くない戦争(デート)だと少女は思った。提案した手前、強くは言えないのだが。

 

「……まあ、恋愛談議はともかくとして、お陰で上手く受け入れられそうです。感謝します、我が女王よ」

 

「この感謝のされ方、あまり嬉しくありませんわね……」

 

 複雑そうな狂三を見ながら、少女は笑う。知っている二つの〝恋〟事情があまりに強すぎて、奇妙な固定概念を気づかぬ間に植え付けられていたらしい。原因さえ自覚できれば、後は折り合いをつけて受け入れられそうだ。元より、誘宵美九の女性へ向けた感情を否定する気は全くなかったが、自分の中の違和感は消しておくに越したことはない。

 

 ただし否定はしないが、五河士道が精霊を〝攻略〟するに至っては恐ろしく問題しかなかったりする。

 

「しかし、士道さん達はどうされるのでしょうね。男性を拒絶する原因はともかく、ああも頑なではいつものようにとは行きませんわ」

 

「……ん。その事でしたら解決しています…………こっちの方が余っ程、狂三に言い辛いですが」

 

 多分、やっているご本人のが一番知られたくないと思っているんだろうなと少女は予想する。小声で呟く少女に、狂三が不思議そうな顔をして待っている。

 男ではダメ。しかし、五河士道でなければ精霊の封印を行う事は出来ない。普通なら思考停止で詰みだ――――――幸いか、悲劇か。ここに来て、狂三が世辞抜きで語った〝人畜無害〟な顔が幸をそうしたと言えるし、士道にとっては悲劇だったとも言える。狂三にとっては……残念ながら、少女の頭では予想すら出来ない。

 

 

「女の子です」

 

「はい?」

 

「……五河士道が――――――〝女装〟して誘宵美九に接触しています」

 

 

 連絡用端末、もとい撮影用端末を握りしめて躊躇い一つなく部屋を出て行った辺り、適応力は大したものだと感心して、少女はポツリと呟いた。

 

 

「……我が女王を特殊な趣味に目覚めさせないでくださいね、五河士道。いや――――――五河士織(・・・・)さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「は――――ぁ…」

 

 ため息一つこぼす事すら違和感を感じる。自らが出す女の子の声(・・・・・)。うっすらと化粧を施された顔、伸ばされた長い髪。これが他人ならば、美少女なんじゃないかと言えるほどのものだったろうに。自分自身(・・・・)というのがとにかく笑えない。

 

五河士織(・・・・)。それが彼、五河士道が新たに名乗っている氏名である。叩き込まれた化粧技術、〈ラタトスク〉特性某名探偵ばりの絆創膏型変声期。それらを駆使し、士道は完璧なまでに高校生少女へと変貌していた。全ては、男嫌いの誘宵美九を〝攻略〟する為に。

 

 理解も納得もしている。琴里への恨みはあるが、精霊を救う事を諦めろとはなるわけが無いので仕方がない。ではなぜ、学校の屋上で一人黄昏てるのかと言えば、一つは自らの短気な行動が引き起こした事態の自己嫌悪。もう一つは、こんな姿をあの子(・・・)に見られたらどうしようという、もう何度目かとなる考えで――――――

 

 

「――――――っ!!!!」

 

 

 ――――――警報。空間震警報ではない、士織もとい士道の頭の中だけになる警報。普段は警報でもなんでもなく、〝彼女〟が近くにいると分かる、分かってしまうと言うべき原因不明の代物なのだが、今は緊急警報にも等しい感覚だった。

 

「や、や……やべぇ……!!」

 

 屋上では隠れる場所がない。しかし手を拱く暇はなく咄嗟に出入口が見える付近へ身を隠す。彼が彼女を隠れてやり過ごそうとするなど前代未聞。士道の事を知る人物が聞けば、正気を疑われて緊急検査を実行されるくらいの異常事態。が、今の彼は〝五河士織〟であるため本人からすれば当然の行動である。

 十香、折紙、耶倶矢、夕弦、そもそも発案者の琴里。四糸乃……は、あの純真無垢な瞳で見つめられてはかなり厳しいかもしれないが、まだこの姿を見られてもなんとかなる、立ち直れる。けど、彼女だけはダメだ。絶対に、断じて、この姿を見られるわけにはいかない。

 

 ちなみに、冷静に考えれば彼女に知られていない確率の方が低いのだが、士道は僅かな可能性に縋っていた。

 

「…………来ない、のか?」

 

 ソっと屋上の出入口を覗き込む。少し待ってみても、扉が開く気配はなかった。士道に分かるのは彼女が近くに〝いる〟という確信だけで、彼女がどこにいるのか、離れたのかまでは分からない。

 だからそう、これも冷静に考えれば分かる事だった。彼女は常に神出鬼没だと。

 

「こちらですわ」

 

「へ――――――」

 

 声の方向、つまり後ろを向くと機械音が響く。携帯端末で撮った音、要は写真である。さぞ、美少女となった自分の間抜け面が収められていることだろう。

 

「お元気そうですわね士道さん……いいえ、士織さん(・・・・)とお呼びするべきかしら?」

 

「ぁ……ぁ、あ……」

 

 端末を両手に、ニッコリと可憐な笑みを見せる女の子。世界がひっくり返ったとしても、その圧倒的な魅力は揺るがないであろうと言える少女。黒を基調とした服装は変わらず、二つに軽く束ねられた黒髪も既に見慣れたものだった。

 

 彼女の、狂三の姿を見た瞬間――――――

 

 

「み――――――見ないでくれぇ……!」

 

 

 士道は、情けないとは思うがじわりと涙目なり、それを悟られぬよう背を向けて地面に丸まってしまう。

 

「し、士道さん? 如何なさいましたの?」

 

「ぅ、うう……狂三にだけは見られたくなかったのにぃ……」

 

「……ああ、ああ」

 

 そういう事か、と頭隠して尻隠さずな士織ちゃん状態の士道を見て狂三は納得する。変な勘違いをすること無く、彼女は士道の言葉の裏を正確に(・・・)読み取る。

 狂三にだけは見られたくなかった――――――そんな可愛らしい(・・・・・)事を考えている士道を微笑ましく思いながら、ガタガタと震えながら丸くなる彼を……狂三は、優しく抱擁した。

 

 

「そのような事、言わないでくださいまし」

 

「……けど、こんな格好――――――」

 

「これも精霊を救うため、なのでしょう? でしたら、あなた様は胸を張るべきですわ」

 

「狂三……」

 

 

 この女装は半ば強制ではあったが、狂三の言葉は何よりの慰めとなった。首元に回された腕に恐る恐る……彼女も、それを拒まない。甘い香りが、士道の心を癒していく。

 他の誰でもない、狂三にだけは(・・・・・・)見られたくなかった。精霊を救うために恥を忍んで女性に扮した少年が、誰より時崎狂三という好意を抱く(・・・・・)少女にだけは。

 

 特権だ、これは。どんな精霊にさえ、優しさをもたらす少年が狂三を〝特別〟と思ってくれていること。言葉だけではなく、彼の行動全てが物語っている。好きな人に(・・・・・)嫌われたくないと、そう思ってもらえて嬉しく思わないわけがない。だってこの感情は――――――狂三も同じであるのだから。

 

「嬉しいですわ、愛らしいですわ。士道さんは、わたくしに嫌われたくないのですわね」

 

「……当たり前だろ、そんなの」

 

「えぇ、えぇ。その通りですわ、その通りですわ。ねぇ、愛しい愛しい士道さん。わたくしの、士道さん」

 

「……っぁ」

 

 耳元で囁かれる、蠱惑の声。ゾクゾク、とした感覚が全身を通り抜けて――――――耳を甘噛みされる。

 

 

「ひゃっ……!?」

 

「あら、あら。いけませんわ、いけませんわ士道さん。そのような可愛らしいお声を出されては、本当にいけませんわ」

 

「お、お前……」

 

「そのような事をされては――――――食べたくなってしまいますわ」

 

 

 ゾクリと、狂三の言葉が全身を駆け巡る。身を震わせたのは、恐怖ではなく歓喜(・・)。時崎狂三という少女に全てを委ね、全てを奪われてしまう悦楽の感覚。

 果たしてどちらの意味なのか(・・・・・・・・・)。どちらにしろ、どっちであろうと、士道が喜びの感情を抱いているのは事実。これに身を委ねることが出来たのなら、どれだけ幸せな事なのだろうか。困った事に、そう思ってしまう自分がいて――――――少女との勝負(・・)を降りる気はない少年も、また存在していた。

 

 

「そりゃ――――――困っちまうなっ!!」

 

「――――――あら」

 

 

 変わる。強引に、けれどしなやかに体勢を変える。くるり、振り返った士道が狂三を倒すように(・・・・・・・)優しく身体を押す。

 士道が上で、狂三が下。抵抗する素振りを見せず、組み敷かれる形になった狂三は、それでも微笑んでいた。全てを受け入れる、そう言わんばかりの微笑みと、仄かに赤く染まった表情。あまりに扇情的な姿に、ゴクリと喉を鳴らす。しかし、士道も止まらない。

 

 

「俺も……そんなこと言われたら、狂三を食べたくなっちまった(・・・・・・・・・・)

 

「っ……それは、素敵ですわ。情熱的、ですわ」

 

 

 僅かに見せる躊躇いは、果たしてどちら(・・・)なのだろうか。多分、何を考えていようと狂三は拒まない(・・・・)。今この瞬間、彼が少女の服に手を伸ばしたとしても、それを拒絶するどころか受け入れてしまうのであろう。

 許容量を遥かに上回る興奮に、凄まじい勢いで高鳴る心臓の音がうるさい。広大な空の下、聞こえてくるのは二人の息遣いと、金の瞳が奏でる時の音だけ。他には何も聞こえない、感じない。

 

 

「好きだ」

 

「えぇ。わたくしも、好きです」

 

「大好きだ」

 

「同じですわ。大好きです」

 

「愛してる、狂三。だから――――――」

 

「愛していますわ、士道さん。ですから――――――」

 

 

 好きだから、好きすぎて、足りない。

 

 

「お前の全て(・・)を、俺に捧げてくれ」

「あなた様の全て(・・)、わたくしに捧げてくださいまし」

 

 

 足りなくて、求めて、欲して、それでもなお、想い合う。互いの命を取り合う、歪な愛の戦争(デート)は――――――強すぎるが故に、決着がつかない。

 見つめ合い、どちらからともなく笑う(・・)

 

「まあ……そうなるよな」

 

「えぇ、えぇ、そうなってしまいますわ。士道さんは本当に強情ですわね」

 

「こっちのセリフだっつーの」

 

「うふふ。ああ、それと――――――よく似合っていますわ。し・お・り・さ・ん」

 

「……その褒められ方は、あんまり嬉しくねぇなぁ」

 

 

 

 





少女が抱いた感情は嫌悪感とかそういうものではなくあくまで戸惑い。強烈な印象を残す目の前の愛と記憶にある愛が強すぎるが故の戸惑い。ぶっちゃけて言えば少女は狂三以外の感情予測は特定方面以外鈍いです。ともすれば自分のものでさえ。

好きだと知って、好きだと分かって、故にどこまでも平行線で、それを楽しんでいる二人。その果てにはあるものとは。真面目に語りましたけどまさか士織×狂三を書くとか最初は考えてもいませんでしたね。特殊プレイ過ぎるでしょ普通見ないわこんなの。そもそも原作を狂三ルートに変えて書いてる物好きがいなry

感想、評価などなどいつもありがとうございます! どしどしお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!

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