――――――ジェシカ・ベイリーを……いや、彼女達を襲ったのはたった一人の〝軍隊〟であった。そうとしか表現出来ない〝力〟であった。
敬愛するアイザック・ウェストコットの命令を受け、圧倒的な戦力を携えて精霊を急襲する。二十にも及ぶ〈バンダースナッチ〉と、この作戦の為にこのような辺境の地へ集い、DEMインダストリー最新鋭の装備を整えた彼女を含む十人の魔術師。
完璧だ。如何に精霊と言えども、この戦力での急襲を受ければ一溜りもあるまい。見事作戦を成功させ、ウェストコット様にお褒めの言葉をいただく。その為ならば、ジェシカの中では巻き込まれる一般市民など
「なにヨ……なにヨなにヨなにヨッ!!!!」
ありえない。有り得るはずがない。そんな完璧な作戦が、
最新鋭の装備、確かにその通りであろう。ジェシカ達が装備しているのは、DEMインダストリーの技術力を結集して作り上げられたものだ――――――しかし、決して〝最強〟の装備ではない。
では〝最強〟の装備とは何か。それは、人が兵器を扱うという当然の事象を欠落させ、類まれなる英知を持って作り上げられたもの。DEMが生み出した究極の兵器にして、人が扱う〝物〟としては
DW-029・討滅兵装。認識名――――――〈ホワイト・リコリス〉。それを扱う操縦者の名は――――――
「なぜ……!! なぜ貴様如きが〈リコリス〉を動かせていル――――――鳶一折紙ッ!!」
「…………」
ジェシカの問いに答えてやる義理はない。そう言わんばかりに白き翼〈ホワイト・リコリス〉を飛翔させ、無言で脳に指令を発し圧倒的な武力を行使する。
対抗など、不可能。〈ホワイト・リコリス〉という兵器はそういうものであり、故に欠陥兵器なのだ。DEMの魔術師ですらものの三十分の駆動で廃人にしてしまった代物を、ASTの魔術師如きが乗りこなせる筈がない。では、今目の前にある光景は……飛翔する〝怪物〟はなんだ?
答えは簡単。彼女は、鳶一折紙という少女はDEMの魔術師など比較にもならぬ努力を重ね続けた〝天才〟だと言う事だ。
「…………っ!!」
何人目かの魔術師と人形兵器を撃墜し、間髪を容れずに視線を巡らせる。数において圧倒的に不利なこの状況でも、〈ホワイト・リコリス〉と折紙の戦闘技術があれば物の数では無い。
精霊を討滅するための翼を、魔術師を倒すために振るう。全く持って矛盾した行為だった。そもそも、こんな物を持ち出した時点で今度こそ折紙の懲戒は免れない――――――それを承知の上で、彼女はこの場を飛んでいた。
ASTの隊員たちの〝独り言〟を頼りに、このふざけた作戦内容を折紙は知る事が出来た。捕獲対象に夜刀神十香だけではなく五河士道も入っていることを。
覚悟は、とっくに決まっているのだ。修学旅行の、よりにもよって精霊に助けられたあの時とは違う。無力な鳶一折紙ではなく、力を持った鳶一折紙が彼を救う。救ってみせる。たとえ力を無くすことになろうとも、折紙はこの〝最強〟を持って心の拠り所たる士道を救うのだ。
――――――奇しくも、愛する者を救う為という想いが、行動が、憎むべき〝精霊〟と同じである事を……鳶一折紙は知る由もない。
「――――――〈
光が死んだ
霊装。精霊が持つ絶対の鎧。しかし、今この場において美九が纏うそれは、鎧としての力ではなく彼女を引き立たせる煌びやかなドレス衣装としての在り方であった。
「上げていきますよー。ここからが本番です!!」
熱狂が蘇る。マイクすら通さず、美九の声量のみで広い会場全てに余すこと無く彼女の声が鳴り響く。
歌う。ただ歌う。それだけの行為……スピーカーも照明も存在しないというのに、美九の歌声に全てが呑み込まれて行くようだった。
甘く見ていた、誘宵美九という人物を。彼女は〝アイドル〟である。〝声〟の力など無くとも、きっと彼女は〝アイドル〟なのだ。それが誘宵美九――――――五河士織が勝負を挑んだ、圧倒的な存在だった。
「………………」
「うむ、凄かったな!!」
十香が屈託のない心からの賛辞を述べている間も、士道は声を発することさえ出来なかった。
地鳴りのような拍手が聞こえてくる中、士道達も階段を下りて控え室へ戻る。
「どうしたのだ、シドー。元気がないと勝てるものも勝てなくなってしまうぞ?」
「……そうだな」
十香の言う通りだ。言う通り、ではあるのだ。それでも士道の心には不安感が強くこびりついてしまっている。
美九のステージは素晴らしかった。アイドルに興味が無い士道ですらそうだったのだから、会場にいた人達は尚更そう思うだろう。こちらのバンドメンバーに〝声〟を使って妨害する、という美九の行動に対抗して〈ラタトスク〉がステージに細工を施した――――――それさえも、美九は己のステージにしてしまったのだ。
自分たちが挑む相手の強大さ、そして今朝から連絡が取れない折紙の行方、美九の〝声〟によりメンバーの亜衣、麻衣、美衣はステージに立つことは出来ない。様々な要素が重なり、彼の強い決意に一抹の不安が突き刺さる。
「――――――暗いお顔をされていますわねぇ」
「っ……!?」
振り返る。彼がその声を聞き間違えるものか。十香と二人だけだったはずの控え室に、いつの間にか彼女の……狂三の姿があった。怪しい笑みを浮かべて、士道の視線の先で佇んでいた。
「おお、狂三ではないか!!」
「はい、微力ながら応援に駆けつけさせていただきましたわ」
駆け寄る十香の腕を取り、仲良さげに笑い合う二人。確かに、微力ながら応援しているとは言ったが、まさかこんな場所にまで潜り込んで会いに来るとは予想外だった。狂三にかかればこの程度、お茶の子さいさいと言ったところなのだろう。
「狂三……」
「そのようなお顔では、勝てる勝負も勝てませんわよ」
「分かってるけど……」
彼女の言うことは分かる。如何に相手が優れていようとも、士道がそれに呑まれて負ける事は許されない。分かっているのに、士道の心から不安は消えてくれない。
そんな士道の暗い表情に、仕方がないと言う笑みを浮かべながら狂三が手を伸ばした。両手で彼の頬に触れ、真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。
「いつも通りの、真っ直ぐな士道さんでステージに立てばよろしいのです。些事なことなど士道さんの心には不要。ただ思った事を行動に移す方が、あなた様には似合っていますわ」
「……それ、俺が物を深く考えない人間って言ってないか?」
「違いますわ。考えすぎたところで、結局は真っ直ぐなお気持ちを顕にするのが士道さんでしょう?」
同じ意味に聞こえるのだが、狂三の中ではどうも褒めている扱いらしい。複雑そうな表情をする士織もとい士道を見てクスクスと笑う。
「大丈夫、わたくしがちゃんと見守っていますわ。それに――――――士道さんが繋ぎ止めた方々も、いらっしゃいましたわ」
「え……?」
狂三の言葉に首を傾げた瞬間、控え室の扉が開かれた。同時に、どこかで聞いたような〝二人〟分の声が響き渡る。
「くく、控えよ人間。天からの召喚に応じ、颶風の御子がここに顕現した!!」
「参上。クライマックスには間に合ったようですね」
「――――――耶倶矢、夕弦!?」
クラスの出し物のメイド服を身に纏い、方やカッコいいポーズを決め、方や起伏の少ない表情で現れた二人の少女。
美九のステージが始まる前、琴里が言っていた〝補充要員〟――――――士道が命をかけて繋ぎ止めた二人で一人の精霊・八舞姉妹がそこにいた。
『――――――次は、都立来禅高校有志による、バンド演奏です』
アナウンスに導かれ会場に広がる拍手。舞台袖からステージへ歩く士織、十香、耶倶矢、夕弦の
士織がギター、十香がタンバリン、耶倶矢がドラム、夕弦がベース。補充要員である八舞姉妹の技術は、間近で聞いた士道と狂三が揃って驚く程のものだった。本人たち曰く、第七二試合『嵐を呼ぶドラマー対決』と、第八四試合『ベストベーシスト賞対決』……の賜物らしい。過去、何度も対決を繰り返していたらしい二人だったが、まさかこんな所でその技術が役に立つとは思わなかっただろう。
技術は申し分ない。後は本人たち次第。士道がそれぞれに視線を向け、三人が頷いているのが見える。狂三がわざわざ姿を見せた甲斐があってか、それとも命をかけた精霊攻略を繰り返した結果であるのか、思ったより緊張した様子は見受けられない。これならば――――――そう、狂三が見守る中で事件は起きた。
「……あら?」
伴奏を終えて流れるはずの歌が――――――流れない。元より、士道たちが歌うのではなく用意した音源を使うという反則手に近い事をする、と狂三は知っていたのでこの状況をいち早くおかしいと気付くことが出来た。
そして、士道の様子まで変わったのが狂三には手に取るように分かった。精霊の視力であれば、離れた位置からも口元の動きでさえ視認可能だ。耳に付けたインカムで会話をしている様と、一瞬マイクのハウリングが聞こえた。間違いない、使う予定のなかったマイクのスイッチが入ったのだ。
士道が息を呑む。誰よりも彼を注視している自信がある狂三だからこそ分かる――――――
「っ!!」
それに気づいた瞬間、狂三は駆け出していた。何をする訳でも、できる訳でもない。これは彼らの勝負なのだから。しかし、ただ
「――――――ぅ、ぁ」
声が出ない。呑まれる、呑まれていく。演奏は止めていない。だが、止まるのも時間の問題なのではないか、そんなネガティブな思考さえ入り込んでくる。
駄目だ、落ち着け、落ち着け、落ち着け! そう頭で念じ続けているのに、身体の震えが止まらない。視界も、思考も、全てが破滅的な物に呑まれかける。
「――――――――――――」
「え……?」
歌が、響いた。配線が復活したわけではない。記憶にある音声とは違う歌声が、呑まれかけた士道の思考を復活させた。
「十……香」
十香が歌っていた。十香が、
「――――――――ぁ」
十香の歌で開けた視界の先に、彼女がいた。会場で唯一、彼女の姿を見つけられたのは自分だけだという自信があった。彼女は、時崎狂三は士道と目が合うと笑い……そして、唇が動いた。動きだけで、声には出ていなかったのだと思う。だがその声にならない声は、確かに五河士道の全てに届いた。
『――――――が・ん・ば・れ』
刹那、士道の身体は自然と動いていた。無駄な考えから解き放たれ、指が弦を強く掻き鳴らす。それを見た瞬間、彼の身体に電流のようなものが走った。彼女の笑顔を見た瞬間、くだらない気負いなど掻き消えていた。
十香の楽しそうな歌を聴いて……更に、
ただ歌いたい。下手でもなんでも良い、十香と一緒に歌いたい――――――狂三に見せてやりたい、自分たちの演奏を。全力を。
「…………!」
二番が始まると同時に、士道が十香に合わせて歌い始める。彼女の力強い歌声に、教本通りの演奏など似合わない。そう言わんばかりに弦を掻き鳴らし続け、八舞姉妹もそんな士道の無茶なアドリブを即座にフォローしていく。
セオリーなどない。観客の姿など目に入っていない。ここが自分たちの
「……ぁ」
「シドー!!」
気づけば曲が終わり、心地の良い疲労感が全身に広がっていた。十香が笑顔で駆け寄ってくる。彼は自然と手を上げていた――――――ハイタッチが交わされた瞬間、割れんばかりの拍手と大歓声が響き渡った。
その中に狂三の姿は、なかった。けど、彼女は自分たちの演奏を最後まで見守ってくれていた。士道は、なんの確証もなくそれを信じていた。
楽しそうな姿だったと、感謝と共に狂三の心に届ける事が出来ていたら良いな――――――そう、思った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………!!」
意図しない方向から放たれた砲撃に対して、折紙が即座に随意領域による防御を行う。攻撃はかすり傷にさえならないが、折紙の認知外からの攻撃という事の方が問題だった。
人形兵器の、増援。目標の半数以上を既に撃墜した折紙だったが、それを遥かに上回る数が次々と姿を見せ始めていた。
だが――――――
「……士道には、指一本触れさせない」
何体来ようと構うものか。全て潰す、全て墜す。誰であろうと彼には辿り着かせない。
〈バンダースナッチ〉と呼ばれる、顕現装置を扱える人形兵器は恐ろしい技術ではあった。が、所詮は操られるだけの機械。顕現装置の制御能力は人間の魔術師に比べ格段に劣っている……既に折紙はその分析を終えていた。
定点随意領域を展開。脳内からの指令に従い、人形と魔術師の足を一瞬ではあるが停止させる。次の瞬間、膨大なミサイルが対象に向けて追走する。
「っ……! なんなのよあなたハ!!」
新品の〈バンダースナッチ〉が、次々と撃墜されていく。数で圧倒していても、歯が立たない。飛翔する白い翼を落とす手立てが存在しない事実に憤慨し、恐怖に震えるようにジェシカが顔を青くし叫ぶ。
無駄だと分かっていても引く気はないのか、ひたすらミサイルとレイザーカノンによる弾幕を繰り返す。〈ホワイト・リコリス〉のスラスターが駆動し、あらゆる方向からの弾幕をすり抜けて行く。その中で避けきれない部分は随意領域が補っていた。
このまま行けば数など無意味であり、殲滅は可能――――――両者共に、そう思えてしまうほど〝最強〟は圧倒的だった。
「…………ッ!?」
しかし、リコリスは〝最強〟であって〝無敵〟では無い。故に欠陥機。鳶一折紙ほどの才能があったとしても、その事実は覆らない。
折紙の視界がブレた瞬間、数多の弾幕がリコリスの装甲に突き刺さる。黒煙を振り切り、その場を離脱し体勢を整えた彼女は、己の身に起こった異常に気が付く。
身体が異常に重たくなり、突然の目眩が襲う。
「あ、はハ!! はははははハっ!! どうやら――――――タイムリミット見たいネ」
「これ、は……」
視線は外さず、口元に及んだ血を拭う。急速に視界が歪み、リコリスを対空させる事さえ負担となっていた。この感覚を折紙がよく記憶していた――――――
しかし、折紙とてそれを承知でリコリスを持ち出したのだ。こんなところで、引くわけにはいかない。
「……ま、だ」
「無駄ヨ。そうなったらもう〈リコリス〉は終わりなのヨ」
ジェシカの笑い声に答えるように、後方から更なる〈バンダースナッチ〉のシルエットが現れる。用意周到に増援が放たれているとなると、下手をすればこれ以上の状況悪化さえ予想出来た。
今でさえ絶望的なこの状況で、戦力が増えれば折紙どころか会場にいる士道の身さえ――――――守れない。
「さア。形勢逆転ヨ。よくもやって――――――」
「では――――――選手交代と相成りましょう」
――――――〝影〟が現れた。
「なニ……っ!?」
「…………!!」
網膜センサーに霊波反応。それも、とびきり近く、とびきり強大な物。何よりも、
「わたくしのご忠告を聞き入れる方ではないと思ってはいましたが、相変わらずですのね」
「時崎――――――狂三」
「えぇ、えぇ。お久しぶりですわね、折紙さん」
〝影〟から姿を見せ、人の形を成す。紅黒の霊装。誰もが羨む絶対的な美貌。紅と、時計を宿した金のオッドアイ。
そして、超然とした表情が彼女の存在を裏付けている。
〈ナイトメア〉。悪夢の権化が、たった今折紙の目の前にいる。幻覚を疑ってしまうような光景に、彼女は警戒を隠すことなく殺気の篭った言葉を放った。
「なぜあなたが……!!」
「特別な理由はありませんわ。強いて言えば、わたくしの気まぐれですわ」
「ふざけた事を――――――っ!?」
「折紙さんがわたくしを撃ちたいのであれば、どうぞご自由に。そのお身体で出来るなら、の話ですけれど」
痛みに顔を顰めながら、こちらに視線を向ける狂三を睨みつける。恐らく、狂三の言葉に偽りはない。折紙に背を向けた彼女はあまりに無防備で、撃ちたければ撃てと言いたげな後ろ姿だった。
〈ホワイト・リコリス〉を万全に稼働させられる状況なら、きっと折紙は迷わず狂三を敵と認識しただろう。彼女が折紙を助ける理由はなく、精霊である狂三は折紙にとって討つべき対象である。
だが、士道を守らねばならないこの状況下で、感情のまま無駄に戦力を削る判断をしてしまうほど折紙は愚かではない。だからこそ、狂三と接敵している中でも迂闊に攻撃行動を行っていない。
「な――――――なんなのヨ。あんたハッ!?」
「あら、あら。
魔術師が、数十を超える《バンダースナッチ》が、一斉に狂三へ砲門を向けた。
それを見た狂三が唇の端を吊り上げ、笑みを浮かべる。背筋が凍りつく程、狂気的な笑み。
お望みの……その通りだろう。対象は違えど、彼女もまた精霊の一人。捕獲対象の変わりにはなろう。ただし――――――お姫様と違い、少しばかり狂暴だが。
「少し、遊んで差し上げますわ。折紙さんのお陰で〝良いもの〟が見られましたもの。ささやかなお礼も兼ねて――――――」
数多の〝影〟が踊る。青空と対照的に闇を纏った〝影〟から、白い腕が何本、何十本と姿を見せる。ひっ、と短く悲鳴を上げたのは、どの魔術師だったろうか。
「さあ、さあさあさあ!! わたくしに名を付けたのはあなた方なのでしょう? お望み通り――――――悪夢を届けに参りましたわ」
白き翼の前に立つ黒き悪夢――――――守るべきものは同じだと、誰も気づくことはなく、〈ナイトメア〉が
Q.きょうぞうちゃんもうちょい早く出れなかったの? A.早く出ると下手しなくても折紙と三つ巴なので会場からスタンバってました。凝り性だし最高のタイミング測ってそうだよね。
好きな子に応援されたらそらハッスルですよ。外見は士織ちゃんですけど。
精霊は(特定条件下以外では)士道にお任せ。ただしDEM、テメーはダメだ。別に士道さんのためではなくあの方の霊力をいただくのわたくしですうんたらかんたらと裏で分身体に言い訳をしていた(かもしれない) 原作よりは素直だけど素直じゃない内心を想像すると狂三の登場シーンも楽しいかもしれませんね
感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!