デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第三話『慈愛』

「ああ、来たわね二人とも。もうすぐ精霊が出現するわ。令音は用意をお願い」

 

「……あぁ」

 

 士道と共に艦橋(・・)に着くなり、上から聞こえて来た言葉に頷き、今にも倒れそうなほど分厚い隈に飾られた目の女性〈ラタトスク〉解析官、村雨令音が艦橋下段にあるコンソールの前に座る。

 

 精霊を保護を最大の目的とし、士道を最大限バックアップする為に存在する組織〈ラタトスク〉が誇る〝空中戦艦〟――――〈フラクシナス〉

 その艦長席に座る少女……真紅の髪を黒いリボンでツインテールに編み上げた彼女こそ、この戦艦の艦長にして士道の妹である五河琴里だ。

 

 

「さて、あまり時間をあげられなくて悪いのだけれど――――腹は決まったのかしら、士道?」

 

 

 艦橋に着いてから無言のままだった士道に、琴里が声を掛ける。〈フラクシナス〉に士道を呼んだ理由は勿論、精霊の〝攻略〟の為に他ならない。士道は十香を封印した時点で精霊攻略は終わりだと思っていたが――――精霊が1人だと、誰かが言ったのか?

 

 確かに士道は十香を放っては置けなかった。死の恐怖を味わった、精霊がどんな力を持っているのかも知った。それでも士道は彼女を捨て置く事は出来なかった。だって彼女は自分と同じ(・・・・・)だったのだから。

 

「……ッ」

 

 だが、次があると聞けばまた話は別だ。知らずのうちに己の肩に背負わされていた、世界の命運を左右しかねない運命。その重さを感じながら、軽々しくはい分かりましたと決断することを求めるのは、今の士道には酷というものであった。

 

 しかし、時は士道の迷いなど置いて残酷にも進み続ける。突然、艦内にけたたましいサイレン音が鳴り響く。

 

「な……なんだ?」

 

「非常に強い霊波反応を確認! 来ます!」

 

「オーケイ。メインモニターを、出現予測地点の映像に切り替えてちょうだい」

 

 艦橋下段から聞こえた男性クルーの報告に、琴里はパチンと指を鳴らし冷静に指示を出す。指示通りメインモニターには、空間震警報が発令されたことによりゴーストタウンのようになった天宮市の映像が映し出された。

 

 次の瞬間、映像の中心が〝歪んだ〟。

 

「え……?」

 

 映像の不具合だろうか? そう士道は思ったが、即座に違うと判断する。本当に、歪んでいるのだ。画面の向こう側が、水面が揺れるように波紋が広がっている。

 

「な、なんだこりゃ……」

 

「あら? 士道は見るの初めてだっけ?」

 

 ――――刹那、光が映像を覆い隠し爆音が響き渡る。

 

 画面内の出来事だと分かっているはずなのに、思わず腕で顔を庇ってしまう。そして爆音と光が収まった後、恐る恐る開いた彼の目に映っていたのは……先程までの街並みでは、なかった。

 

「空間、震……ッ!」

 

 それは、1ヶ月前にも同じような光景を見た事がある士道の確信を持った呟きだった。空間の地震、削り取られた物はクレーターが出来上がって〝消失〟する。

 

「えぇ、精霊がこちらの世界に現界する際の空間の歪み。それが引き起こす突発性災害よ」

 

「…………」

 

 廃墟になった街を見るのと、爆発の瞬間を目撃するのとではまるで違う。普段、自分たちが、人々が生活している場所……それらが一瞬で跡形もなく吹き飛んでしまう。頭では理解していたつもりでも、こうして見ると背筋が凍るとはまさにこの事だった。

 

 これが、今自分が運命を投げ出してしまえば、いつ終わるかも分からず続く光景なのだと、嫌でも思い知る。

 

「ま、でも今回の爆発は小規模ね」

 

「そのようですね」

 

 琴里の言葉を肯定したのは、彼女の後ろに控えていた長身の男性、この艦の副司令・神無月恭平だ。ちなみに付け加えると、変態である。

 

「僥倖……と言いたいところですが〈ハーミット〉ならばこんなものでしょう」

 

「まぁ、そうね。精霊の中でも気性の大人しいタイプだし」

 

「……なぁ、琴里。〈ハーミット〉ってのは、一体何のことなんだ?」

 

 今しがた目撃した空間震が〝小規模〟という事実にまた衝撃を受けながらも、士道は彼らの会話の中で気になった点を見つけて問い掛けた。

 

「ああ、今現れた精霊の〝コードネーム〟よ。ちょっと待ってて……画面拡大できる?」

 

 士道の疑問に答え、更に琴里の出した指示をクルーが素早く実行し、映像がズームして行き真ん中に出来たクレーターに寄って行く。

 

「……雨?」

 

 中心に近づくにつれ映像が暗くなり、突如、ポツリ、ポツリと雨が降り始める。そう、まるで昨日と全く同じように(・・・・・・・・・・)

 

 そして、中心にいる小さな少女が視認出来るようになった瞬間――――その衝撃に、士道は大きく目を見開いた。

 

「あ、れは……」

 

「……? どうしたのよ、士道」

 

 知っている。忘れるはずもない。あの時、あの少女を見た時に、どこかで感じたことのある感覚。アレは気の所為などではなかった。

 

 青い髪をウサギ耳の飾りがついたフードで隠し、その左手に付けているのはウサギの人形(パペット)。間違えるわけがない……だってあの少女は――――

 

「俺、あの子に会ったことが、ある……!!」

 

 ――――狂三と再会した日に遭遇した、少女なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あーあ、〈ハーミット〉が抵抗しないからって、また派手にやってますね」

 

 空間震の被害を免れたビルの屋上。その更に上空で繰り広げられる戦闘――と呼んで良いのか、と思える光景を見て他人事のように白いローブの少女が呟く。ローブが風に揺らめくだけで、その呟きに反応を返す人物は近くにはいない……が、少女の耳にだけ聞こえる返答が来た。

 

『当然ですわね。彼らにとって、精霊とは絶対的脅威(・・・・・)であり倒すべき人類の敵、なのですから』

 

「それは分かりますけど……あまり見ていて気分の良いものではありませんね」

 

『それについては、わたくしも同意致しますわ』

 

 通信の先で僅かに顔を顰めたのだろうか、少し不愉快そうに少女の言葉に同意した通信相手は狂三だ。

 

 少女の見据える先にあるのは、戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的な物だった。物々しい鎧を着込み、それぞれ武装した火器からとんでもない物量の弾薬を放ち、それは飛び回る〈ハーミット〉を追いかけ回した後――――無慈悲にも少女へ吸い込まれるように着弾し爆炎を巻き起こした。

 

「…………来ますかね、五河士道は」

 

『来ますわ、士道さんなら――――必ず』

 

 煙の中から〈ハーミット〉が空に躍り出る……しかし、反撃する素振りすら見せず、再び逃げ回るだけだ。

 

 目の前で繰り広げられる戦闘……いや、一方的な蹂躙を目撃して、少年はこの戦場へ飛び込んで来るのか。そんな少女の疑問に、しかし狂三は一分の迷いもなく必ず(・・)来ると断言した。

 

「随分と、五河士道を高く買っていらっしゃるようで……」

 

『別に信頼しているわけではありませんわ。ただ、士道さんなら必ず彼女を救いに現れる……そう確信しているだけですわ』

 

「…………」

 

 そういうのを、普通は信頼していると言うのではないのか? と少女はツッコミを入れたくなったが、どうせ反論しか帰って来ないので今は何も言わない事にした。

 

 確かに、以前の〈プリンセス〉への対応を見ただけで分かるように五河士道は相当なお人好しだが、実際に死にかけた後で、そう何度も他人の為に自らの命を危機に晒すのかどうか……見て分かる通りここは完全に戦場になっているのだ。

 

 この状況で尚、狂三は士道が来ると確信している――――あの狂三にそこまで言わせるとは、本当に不思議なものだ。

 

『それに、士道さんには是が非でも精霊を封印してもらわなければなりませんもの。来てもらわねば困りますわ』

 

「それはそうですけどね……まぁ、狂三がそこまで言うなら、私もその言葉を信用するだけですよ」

 

 狂三の言う通り士道に精霊を封印してもらわねば、そもそも前に進まないのは純然たる事実なのだ。その為に〝彼〟がいるここへ狂三を連れて来たのだから、士道が精霊の封印を続ける事を祈るのみだ。

 

 狂三の〝悲願〟の為にも――――自身の〝計画〟の為にも。

 

 逃げる〈ハーミット〉と追いかけるAST。しばらくそれを追跡しながら傍観に徹していると、〈ハーミット〉がその姿を隠し建物へと逃げ込んで行った。

 

「建物へ逃げ込みましたか……五河士道が〈ハーミット〉と接触するなら、このタイミングですね」

 

『えぇ、あの物騒な方々が痺れを切らすまでの時間、それが士道さんがあの子とお話出来る唯一のチャンスですもの。くれぐれも、見つかるようなヘマはしないでくださいまし?』

 

「当然。あの程度の警戒網、あってないようなものですよ」

 

 そう言い、ビルの屋上から少女は消えるように地を蹴りあげ〝跳ぶ〟。顕現装置だろうがなんだろうが感知などされる訳もなく、人間の目での目視など以ての外だ。だからこそ、狂三ではなく自分が五河士道の監視をしているだ。

 

 〈ハーミット〉が隠れたデパートの周りを固めるASTなど存在しないかのように、あっさりと建物の中へ入り込んだローブの少女。そのまま気配と感覚を頼りに〈ハーミット〉を探し当てようとし……

 

「? 話し声が聞こえますね」

 

 僅かだが、恐らく2人(・・)が会話をしているのを少女の耳が聞き取った。微かに聞こえたその声を頼りに、その方向へ進むと――――

 

「……本当にいましたね、五河士道」

 

『うふふ、ですから言いましたではありませんの……〝必ず〟と』

 

 少女が目にしたのは、1ヶ月前と同じように精霊と接触を試みる五河士道の姿……つまり、狂三の言ったように彼は精霊を封印、いや――――救いに来たのだ。

 

 肝が据わってる、と言えば良いのか……こちらとしても都合が良いとはいえ、彼の度胸に少し呆れてしまう少女。だが、隠れてその場を改めて確認すると何やら〈ハーミット〉の様子がおかしい事に気がつく。

 

「……何だか〈ハーミット〉が妙に殺気立っていますね」

 

『あら、あら、彼女は気性の荒い精霊ではありませんのに、士道さんは何を仰られたのやら』

 

 殺気、プレッシャーと言い換えても良いが、とにかくASTの攻撃にすら一切反撃しなかったほど穏やか、と言っていい〈ハーミット〉が士道にプレッシャーを与える……というのは狂三だけでなく少女も不可解な出来事だと首を傾げる。

 

「なにやら、腹話術でしか喋らないのかなぁ……なんて言ってましたね」

 

『腹話術……』

 

 精霊である少女の聴覚は、見つけたばかりの2人の会話ですら確実に拾っている自信がある。少女の伝えた部分的な言葉を聞いて、狂三が通信の向こうでそれを思案するように復唱する。

 

 狂三がしばらく考えに耽る間、監視を続ける少女。どうやら、なんとか〈ハーミット〉の機嫌を直すことが出来た士道が、些か柔軟性に欠ける――大方、通信相手のアドバイスをそのまま受け取ったのだろう――誘い方で彼女をデートに誘い、〈ハーミット〉側もこういったこと(・・・・・・・)に慣れていない彼の言動を気にする様子もなく、士道の誘いを受けたようだった。

 

「どうにか持ち直したようですね。さっきのでなにか分かりましたか、狂三?」

 

『確証は得られませんわね。もう少し情報があれば、といったところですわ』

 

「では、このまま2人を追うとしましょう」

 

 ……というか、今の腹話術という言葉だけで一体なんの〝仮説〟を組み立てたのやら、と狂三の聡明さにも呆れと関心を感じながらも少女は本格的に2人の監視のため動き始めた。無論、見つかるようなヘマなどはしない。

 

 

 

「……ふむ、最初の不穏な空気が嘘みたいに順調のようですね」

 

『えぇ、不気味なくらい順調に見えますわね(・・・・・・)

 

 士道と〈ハーミット〉のデート開始から小一時間は経過しただろうか。2人の言葉通り、恐ろしいまでに順調に彼らが会話に花を咲かせ、デパートの中を歩き回り楽しむ様子が見て取れた。

 

 あまりにも拍子抜けするほど何も無く、士道への反応を見るに拒否感というものも見られない。これなら、士道が封印をする〝条件〟もあっさり満たせてしまいそうだと少女は思ったが……

 

「それで? 狂三はなにか気になる事がおあり……という言い方ですけど」

 

『さぁて、確証も確信もありませんもの。確証を得るまでは話せませんわね』

 

「……勿体ぶるのは狂三の悪い癖だと私は思いますよ」

 

『あら、心外ですわ。あなた程ではありませんわよ?』

 

 痛い所を突かれ、む……と押し黙る少女。狂三に対して隠し事(・・・)が多く、勿体ぶっているようになる事が多いのも事実なので、どうやらこの問答は分が悪そうだ。

 

『わーはは、どーよ士道くん!! カッコいい?  よしのんカッコいい?』

 

「お、おい、そんなところに立ってると危ないぞ」

 

 そんな会話を2人がしている間に、士道側にも動きがあった。なにやら〈ハーミット〉が子供用のジャングルジムに上り、自慢げに声を弾ませているのを士道が慌てて駆け寄っている様子だが……

 

『んもうっ、カッコいいかどうかって訊いてるのにぃ――――っと、わ、わわ……ッ!?』

 

「な……ッ!!」

 

 なんというか、この展開は想像出来たなーと少女は他人事のように思う。手を振った動作で体勢を崩してしまった〈ハーミット〉が、駆け寄ってきた士道の上へ一直線に落下し激突――――

 

 

「……あら、あら」

 

『ッ!!』

 

 

 ――――ばっちりと、口付けを交わしたまま倒れ込んでいた。

 

 

 偶然だろう、偶然だと思いたいが……ここまで綺麗にキスの体勢になっていると恐ろしい偶然だと思う。絵面だけ見たら、小さな少女と高校生の完璧な接吻という完全に通報物であった。

 

「あー、狂三?」

 

『なんですの? 士道さんがどなたとキスをしようと関係ありませんわえぇありませんわ必要な事ですもの〈プリンセス〉の時も致しましたもの関係ありませんわ。えぇ、えぇ、わたくしは、何も、思いませんわ』

 

「……まだ何も言ってませんよ」

 

 通信越しでも相当な圧を感じるし、一息にそう捲し立てられては少女も藪をつついて蛇を出すような事は出来なかった――――触らぬ狂三に祟なし。

 

 さて、事故みたいなものとはいえキスはキス。先程までの様子を見るに、心を開いていないわけではなさそうだし部分的にでも封印処理は――――

 

『あったたたぁー……ごめんごめん、士道くん。不注意だったよー』

 

「ん……?」

 

 そう思った少女だったが、何事も無かったかのようにパペットを動かし同じように陽気な声を発する〈ハーミット〉を見て小首を傾げる。この短期間で完全な封印が出来るかはともかく、1部分なら士道へ力が流れ込むと少女は判断していたが……〈ハーミット〉の霊力が減った様子も、士道へ霊力が吸い込まれた様子も見受けられない。

 

「限定的にでも封印出来るくらいに、〈ハーミット〉は五河士道に友好的だと思っていたんですけど……どうやら当てが外れましたね」

 

『そのようですわね。その代わり、わたくしの〝仮説〟は現実味を帯びたようですわ』

 

 少し得意げな狂三の言葉を聞いて、流石に二度目となると立ち直りも早い……なんて思っているのは勿論口には出さず、彼女の言う仮説の中身を解説願おうと口を開き――――ザッ、と足を踏みしめる音を耳にする。

 

「――――シドー」

 

 如何に会話中だったとはいえ、自身の後ろから来る気配に気づかない少女では無い。ならば必然的にそれは、五河士道側からの足音と声に他ならない。

 

 少し離れた場所で聞いていても、心做しか少し身震いしてしまう程だ。名前を直接呼ばれた五河士道は、さぞ背筋を凍らせたであろう。

 

「――――今、何をしていた?」

 

「……な、何って……」

 

 五河士道を心配して全力疾走で駆けてきたのだろうか、全身ずぶ濡れの少女――――〈プリンセス〉からの問いかけに、士道は思わずといった様子で自分の唇に触れ……己の失策に気づいてすぐさま後ろ手にする。

 

 しかし、それは遅すぎる。繊細な乙女の心というものは、その仕草だけでズタズタに傷ついてしまう。その表情は、今にも泣いてしまいそうになっているのを必死に堪えている子供のようで――――その身から、霊力の高まりを感じる。

 

「……あぁ、逆流しますねこれは(・・・・・・・・・)

 

 

「あ、あれだけ心配させておいて――――女とイチャコラしてるとは何事かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 ズダン!! と高校生の少女が出せるような物ではない激音を響かせ、彼女が踏みつけた足場を中心に辺り一帯に凄まじい亀裂が走った。まるで、〈プリンセス〉の怒りと悲しみを具現化させているような光景だ。

 

「……これが修羅場というものですか。私は実物を見るのは初めてですね」

 

『わたくしだって見た事ありませんわよ……こんなに命がけの修羅場も、そうございませんわね』

 

 封印した霊力の逆流(・・)。以前、確かに〈プリンセス〉の霊力は五河士道の中に封印された……が、その封印を通じて彼と封印した精霊の間には簡単に言ってしまえば経路(パス)が繋がっている状態なのだ。そして、大元である精霊の精神状態が不安定な方に悪化――――ストレスを感じると、このように精霊側に霊力が逆流し封印が緩むという現象が起こってしまう。

 

「まぁ逆流した霊力も可愛いものですし、五河士道に頑張ってもらうしかないでしょう。それよりも私としては、名探偵・時崎狂三ちゃんの〝仮説〟をお聞かせ願いたいですね」

 

『なんですの、その妙な呼び方は……まぁ構いませんわ』

 

 軽く流したが、少女と狂三が呑気に会話を続ける間にも向こう側の修羅場は続いている。ただ実際、監視は続けているが余程切羽詰まった状況にならなければ少女があの場に介入するなどありえない話だし、霊力が少し逆流した程度の〈プリンセス〉に気性の穏やかな〈ハーミット〉なら最悪の事態はないと予想して、少女は〈ハーミット〉が封印されなかった〝仮説〟を優先する事にしたのだ。

 

 茶化すような少女の言動に少し呆れながらも、狂三は先程のように勿体ぶるような事はせず、簡潔に〝仮説〟の内容を語った。

 

 

『――――結論から申し上げますと、あのパペットに別人格(・・・)が存在していると思われますわ』

 

「会話可能な二重人格、という事です?」

 

『えぇ、恐らくそのようなものですわ。あの子が人形を手にしている間、あのパペットには意思疎通が可能な個別の人格が存在している……だから、士道さんは彼女を封印する事が叶わなかった。何故なら――――士道さんが必死に戯れていらしたのはお人形さんの方なのですもの』

 

 何故そのような事になったのかは、わたくしにも分かりかねますわね……と付け加えたそれを聞き、少女はなるほどと顎に手を当てて納得する。

 

 確かに狂三の推理が正しければ、五河士道が〈ハーミット〉の封印に失敗した事に辻褄が合う。狂三が言うように、士道に心を開いていたのはパペットの方であり〈ハーミット〉本人ではない、だから封印出来ないのも道理だ。が――――

 

 

「……狂三? いくらあなたでも、さっきの〝腹話術〟というワード1つでこの仮説は組み立てられないと思うんですが……なにか隠してません?」

 

 

 狂三は聡明で人をよく見ている(・・・・・・)子だ。しかし狂三は〈ハーミット〉をデータとこの場の映像越しでしか知らないはず――――だが彼女は、意図も容易くこの推理を組み立てた。そして〈ハーミット〉の事を知っているかのような(・・・・・・・・・・)口振りに、少女は強い違和感を感じた。

 

 問い詰められる形になった狂三だが、あら、と特に悪びれる様子もなくあっけらかんと種明かしをし始める。

 

『とんでもございませんわ。わたくしは昨日の夕刻、〈ハーミット〉とお話する機会があっただけですわぁ』

 

「……私、それ聞いてないんですけど」

 

『当然ですわ、言っておりませんもの』

 

 ――――この女王様は本当に、と全く反省の様子がない狂三に頭を抱え唸る少女。見事なまでに隠し事でしかないが、一度接触していたなら先程の仮説を組み立てられたのも納得が行く。

 

 〈ハーミット〉が相手ならば狂三が接触しても問題はない。万が一、精霊同士の戦闘行為に発展しても狂三が負ける事はそれこそ万が一にもありえない(・・・・・)。しかし、それとこれとは話が別……狂三を害することの出来る可能性がある数少ない存在である精霊を相手に、自分の知らないところで接触されるのは本当に肝が冷える。

 

「あまり心配させないで欲しいんですが――――っと」

 

 

「……〈氷結傀儡(ザドキエル)〉……ッ!!」

 

 

 〈ハーミット〉が手を翳し、それを振り下ろした瞬間、少女は警戒のレベルを一気に引き上げる。それと全く同時に、床を突き破るように巨大な人形(・・)が出現した。

 

 白い紋様が刻まれ、パペットと同じようなウサギの耳を生やしたそれは、正しく精霊が持つ最強の矛――――〝天使〟。

 

「〈プリンセス〉があのパペットを掴み上げた途端、〈ハーミット〉が不安定になった所を見るに……もう1人の人格は彼女の心の支えのようなものですかね?」

 

『まだ断定は出来ませんわね――――来ますわよ』

 

 狂三の警告より僅かに後、凄まじい冷気を発する氷結傀儡(ザドキエル)が身を反らし咆哮を響かせる。すると、デパートの窓ガラスが次々と割れていく……中に飛び込んできたのは無数の雨粒(・・)。それもただの雨粒ではなく、完璧に氷結した雨の弾丸(・・)だ。

 

 それは辺り一帯に散らばりながら、その1部が〈プリンセス〉の元へ到達する――――

 

「ッ……十香!!」

 

「なっ……シドー!?」

 

 よりも僅かに早く、士道が飛び込むように〈プリンセス〉を抱えるように床に転がり込んで弾丸を紙一重で回避した。普通の人間である士道の反射神経を考慮すると、今のは一瞬でも身の保身を考えていたならば間違いなく間に合わなかった……彼の無鉄砲さを少女は素直に賞賛する。

 

「無茶しますね。再生能力があると言っても、今のは一歩間違えたら蜂の巣ですよ」

 

彼女(ハーミット)が外に出ますわ。士道さんに感心するのは構いませんが、今はそちらを優先してくださいまし』

 

「了解、っと」

 

 その巨体に似合わず俊敏な機動で手放されたパペットを咥え込み、割れた窓を突き破るようにデパートから脱出する。少女も狂三のオーダーに答え音もなく駆け上がり、辺りを見渡せるビルの上に再び舞い戻る。

 

「きゃ――!!」

 

 精霊の聴覚がそのか細い悲鳴を聞き取るのと同時に、律儀に小一時間も包囲を続けていたASTが放ったと思われるホーミング弾が氷結傀儡に直撃、凄まじい爆音と共に爆風に包まれた。

 

 続けざまに放たれる容赦のない銃弾の雨――――しかし遂に〈ハーミット〉は反撃の1つもすること無く、その姿を臨界へ消失(ロスト)させた。

 

「……天使を顕現させても本当に反撃もしないで帰りましたね。臆病(弱虫)……と、決めつけるだけなら簡単ですけど」

 

 言いながら、この表現は違和感があるなと少女は漠然と思う。臆病なだけなら、とっくにASTに反撃している事だろう。それだけの〝天使〟が彼女にはある、にも関わらず攻撃行動と呼べそうなのは士道たちに放った先程の雨粒くらいだ。

 

 データ上では知っていたが、なんとも不思議な精霊だと、手すりに身を預けて消失(ロスト)の跡地を見つめる。

 

「今回はあっさり封印かと思いましたが、そういうわけには行きそうにありませんね。〈プリンセス〉まで関わって五河士道も苦労してそうですし」

 

『そうですわね…………少し、頼み事をしてもよろしいですこと?』

 

 少女の言葉に同意し、少しの間思案するように沈黙した狂三だったが、唐突にそんな事を口走った。そんな彼女の問いに少女が答える言葉は、1つしか存在しなかった。

 

 

「勿論――――女王様の頼みなら、なんなりと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

『ふん、構うな……とっととあっちへ行ってしまえばーかばーか!!』

 

「はぁ……」

 

 よしのんとの戦争(デート)から一夜明け、雨の降る中外へ買い出しに出た士道の頭に過ぎるのは十香の拗ねた言葉、そして自らの溜め息。

 

 結局、少女を救うと決意し二度目の戦争(デート)へと赴いた士道だったが、結果は失敗した、と言っていい。完全な事故で――狙ってやったなら褒めてやりたいと司令官様は言っていたが――よしのんとのキスに成功したのだが、何故か一定値まで好感度が上がっていたはずなのに精霊の力が全く封印されなかった。更に士道の頭を悩ませたのは、その事故現場を十香に見られてしまい……物の見事に、機嫌を損ねてしまったわけだ。

 

 本来ならば、士道が十香の機嫌を取るのが当然の選択なのだが、解析官の令音曰くこういうのは当事者がいない方が良いらしい。女心の機微、とも言っていたがやはり士道にはまだ理解出来そうになかった。

 

 そんなわけで、十香を令音に任せた士道は手持ち無沙汰になり、昨日色々あって出来なかった買い出しをする事にしたのだった。

 

 そうして雨の降る外を歩き、何気なしに道の角へ曲がったところで――――彼は目を見開いた。

 

「よ、よしのん……?」

 

 ウサギの耳がついた緑色のフード。見間違える筈もない、精霊『よしのん』がそこにいた。何かを探していたのだろうか、地面を探るように手を動かしていた少女が士道の呟きに反応しその方向に目を向け……

 

「……ッ!!」

 

「あ……ちょっ、ちょっとま――――」

 

 士道を認識した途端、一目散に逆方向へ駆け出してしまった。急だったとはいえ、まずは声を出さず様子を伺うべきだったと失策に気づき咄嗟によしのんを呼び止めようとし――――少女の目の前に、影が差した。

 

 否、影ではない。ゴシック風の黒い服装と黒い傘が一瞬、士道にそう認識させただけに過ぎない。その影の正体は――――

 

 

「ッ、狂三……!?」

 

「士道さん? それにこの子は――――」

 

 時崎狂三。路地の先を塞ぐように現れた彼女は、士道に名を呼ばれ驚きからか僅かに目を見開き、更に道を塞ぐ形になってしまった少女を見て思い返すように呟く。

 

 だが、士道が狂三の存在に驚いている間にも、結果的に逃げ道を塞がれる形になってしまったよしのんは顔を蒼白にしあからさまに焦燥した様子になる。そして、いつも少女を落ち着かせる存在(ヒーロー)はこの場には……いない。

 

 

「……ひっ……ぁ……ッ!!」

 

 

 ――――手を掲げる。その、それだけの動作に士道は心臓を直に掴まれたように凍り付く。よく覚えている……それは先日よしのんが見せた〝天使〟を顕現させる為の動きだ。

 

 

「ダメだよしのん!!」

 

 不味い。自分だけならともかく何も知らない狂三を巻き込む訳にはいかない。咄嗟にそう叫ぶが、焦燥するよしのんには届かない。無情にも少女の手は振り下ろされ――――

 

 

「――――大丈夫」

 

 

 ――――思考が、停止する。よしのんが手を振り下ろしたから、では無い。その光景――――いや、その表情に士道の脳はショート寸前にまで追いやられていた。

 

「……ぁ……ぅ……」

 

「わたくしも、士道さんも、あなたを傷つける(・・・・)事は致しませんわ。だから、落ち着いて――――」

 

 投げ出された2つの傘が転がる。降り注ぐ雨を受けても、今の士道にはなんの感情も、不快感も湧いては来ない。

 

 だって、だってそうだろう。自分はやっぱりおかしくなってしまったのだろう、と頭の片隅で思う。

 

 

 少女を抱き締め、小さな子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ狂三の、その表情。士道にだけ見る事が許されたそれは、あまりにも、あまりにも――――聖母のように、神々しかった。

 

 

 ……集い始めていた冷気は、いつの間にか霧散していた。少女が落ち着くまで、狂三は抱擁を続け、士道はその間――――狂三にひたすら、見惚れていた。

 




三話にして色々と士道くんは大丈夫なんでしょうか。多分大丈夫です、序の口です。頑張れ士道くん
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