デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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気づけば投稿開始からもうすぐ三ヶ月。早いものでここまで続けられているのは一重に皆様の感想、評価があるのが一番です。ありがとうございます。ではタイトルが不穏な三十八話、どうぞ。


第三十九話『敗走』

 

 鳶一折紙の予測と推測は正しかった。エレン・メイザース自ら赴いた或美島での任務……その時に、〈ナイトメア〉が任務の妨害を行ったのは記憶に新しい。人を襲う精霊に仲間意識(・・・・)があるのか、理由は定かではない。だが、精霊を捕獲しようと試みた結果、彼女が姿を現したという事実が重要であった。

 〝あの〟エレン・メイザースと渡り合う力を持つ精霊が、万が一にも再び妨害を行う可能性(・・・)がある。だから、ジェシカの緊急時のコールにも素早く対応出来るように増援の準備は周到に進められ、目論見とは異なるが多くの〈バンダースナッチ〉が辿り着く事になった――――――囮としては(・・・・・)、かなり大掛かりな数だった。

 

 では、〈ナイトメア〉出現の報を受けて送られた人形兵は戦場に辿り着くことが出来たのか――――――答えは否、である。

 

 

 一機、二機、三機――――――反応すら叶わず一刀の元、斬り捨てられる(・・・・・・・)

 

 四機、五機、六機――――――異常事態を察知し、緊急的に迎撃体勢を取り、その間に(・・・・)頭部が墜ち、胴体が真っ二つに割れ、システムが完全に停止する。

 

 七機、八機、九機――――――以下、続く十数機の〈バンダースナッチ〉が解体されていく。共通しているのは、ただの一機とてその姿を捉えることさえ出来なかったこと。

 

 もし、〈バンダースナッチ〉の映像データが生きているのなら、僅かに舞い散る羽根――――――そして、〝天使〟の姿が映っていたかもしれない。

 しかし、その未来は訪れることなく……原因が分からぬまま、人形兵器は使命を果たすことなく数分にも満たない時間で、空から姿を消した。

 

 

 

 

 

「きひ、きひひひひひひ!!」

 

 悪夢が笑う。女王が踊る。白き翼が掻き乱した戦場を、黒き悪夢が火花を散らし侵していく。

 一機、また一機と〈ナイトメア〉の分身体による銃撃によって撃ち抜かれていく。魔術師が随意領域を展開し、〈バンダースナッチ〉も同じようにそれ防ぎ――――――

 

 

「あら――――――ごめん遊ばせ」

 

 

 空を舞った狂三が、そのうちの一体の顔面を容赦なく踏み潰した(・・・・・)。まるで首が落ちた落ち武者のような人形兵器を足場に、言葉とは裏腹に彼女が微笑む。

 

「わたくし、荒事はあまり得意ではありませんの。ここで引いてくださるなら、一番理想的な流れになるのですけれど――――――」

 

「撃テ!! 撃テ!! 撃テぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 焦りと恐怖が入り交じった叫び声と共に、集中弾幕が狂三を襲う。しかし、粉々に撃ち抜かれたのは哀れにも彼女の足場となっていた人形兵。跳躍した狂三は、ひらりひらりと鮮やかに銃口を躱す。その姿はさながら、ステージでダンスを踊る令嬢のようだった。

 

「せっかちな方ですわねぇ……そうは思いませんこと、折紙さん?」

 

「っ……!」

 

 ひょっこり、世間話でもするかのように折紙の視界に現れた狂三に、彼女は咄嗟に脳に指令を送り出したが、次の瞬間、激痛に苛まれ目の前に映る精霊の姿すらあやふやなものとなってしまう。

 

「く……ぁ」

 

「あら、あら。随分とお辛いご様子。心配ですわ、心配ですわぁ」

 

「何が……目的ッ!?」

 

 戦場は既に狂三の手によって掌握されたに等しい。放たれた無数の分身体は魔術師と〈バンダースナッチ〉を嘲笑うような動きで立ち回り、翻弄し続けている。そう、遊んでいる(・・・・・)ようにしか折紙には見えなかった。

 魔術師として圧倒的な実力を持つ真那でさえ、狂三の〝天使〟に及ばなかった。狂三がその気になれば、それ以下の魔術師たちなど……が、彼女は〝天使〟を見せる素振りすらなく、分身体を使って魔術師たちをあしらっている。

 彼女の言葉をそのまま受け取れるほど、折紙は能天気な人間ではない。しかし士道を襲うように屋上に現れ、散々暴れ回った精霊がこのような不可解な動きを見せている事は、如何に折紙の頭脳が優れていようと答えを出すことは不可能であった。

 

 そんな折紙の考えを知ってか知らずか、手を頬に当て微笑む狂三が声を発した。

 

「わたくしにも色々と事情がありますの。〈刻々帝(ザフキエル)〉は優秀ながら少々霊力を喰らいすぎるきらいがありますわ。加えて、今は霊力を無駄遣い出来ない理由(・・)がありますもの。無益な消耗や殺生は、あの方もお望みになられませんし――――――」

 

「そのような事は聞いていない。あなたの目的を聞いている……!!」

 

「そちらは先程、いの一番にお答えしたではありませんの」

 

気まぐれ(・・・・)。ささやかなお礼、などと言う言葉も耳にはしたが、そんなものは全く信じていないという風に折紙は殺気を込めて狂三を睨むのを止めない。

 

「信用がありませんわねぇ。ですけど、折紙さんと同じ理由――――――などと申し上げたところで、折紙さんはもっと信じないでしょう?」

 

「私と……同じ?」

 

 鳶一折紙の阻止しようとしていた目的。それは、DEM社による士道の誘拐を絶対に止めること。その為に、ASTからの除名覚悟で〈ホワイト・リコリス〉を持ち出し駆け付けた。

 その折紙と同じ、という事は狂三も士道を――――――そのようなこと、確かに信じられるわけがない。だが、彼女が語る以外に理由が思いつかないのが答えであった。人を襲う精霊である彼女がわざわざ姿を見せ、殺すわけでもなく魔術師を戦うメリットが分からないのだ。

 

 怪訝な表情を崩さない折紙に、狂三も困ったような表情で微笑んでいた。律儀に説明してやる義理はないし、説明できるような理由ではないのだ。士道の霊力を〝いただく〟ためという大義名分はある――――――それ以外に、最悪の精霊が色ボケ(・・・)を起こしたなど、堅物の折紙が信じられるはずがないのだから。

 狂三とて、仮に数ヶ月前の狂三本体が未来で狂三がこのようなザマになっていると知ったら、躊躇いなく撃ち殺すであろうと思う。

 

 ふと、会話の中で狂三が眉根を寄せる。僅かながらではあったが、二人のいる位置のちょうど下方――――――士道のいる天宮スクエアに目を向けたと折紙には思えた。

 

「では折紙さん。『わたくし』は置いていきますわ。でも、ご自身の身はご自身で守ってくださいましね?」

 

「――――――ッ!!」

 

 憎むべき精霊にそのような事を言われた屈辱か、はたまた放たれた〈バンダースナッチ〉による砲撃によるものか。焼けるように熱い脳を酷使して〈ホワイト・リコリス〉のスラスターを駆動させ、再び近づきつつある戦線を把握する。

 

 折紙が先程までいた場所に視線を向けた時には――――――会話をしていた狂三の姿は、忽然と消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――――琴里!! 聞こえないのか、琴里!!」

 

 士道を取り巻く状況は最悪、そう言わざるを得ないほど切迫していた。全演奏終了後、ステージの順位発表で士道たちは美九に負けたが勝った(・・・・・・・)。具体的に言うと、ステージでの勝負では及ばなかったが、クラスの出し物であるメイドカフェ(・・・・・・)が大盛況。総合順位で一位を掻っ攫う事が出来た。

 

 そう、個の力で戦った美九と仲間に助けられた士道たち。思わぬところで勝負の命運を分ける結果となった。仲間との絆、それが精霊を打ち負かす事となった――――――

 

 

『仲間? 絆……? 教えてあげます。そんなもの、私の前では無意味だって……ッ!!――――――〈破軍歌姫(ガブリエル)〉!!』

 

 

 何故そこまで人間を拒むのか、何を恐れているのか(・・・・・・・)。今の士道には分からない、考える時間すらない。

 しかし、今現在において逆上した美九が天宮スクエアにいた全ての人を操った(・・・・・・・・)事だけは確かだった。例外は、精霊の加護を持つ士道と幸いにもイヤモニを両耳につけ難を逃れた十香のみ。それ以外の人間は全て美九の手に落ちた――――――観客として来ていた四糸乃、士道と共に居た耶倶矢、夕弦も例外なく。

 十香の助けでキャットウォークに逃れた士道だが、現状は何も打つ手はない。精霊三人を支配下に置かれ、操られた観客たちはあの手この手で士道の元へ迫ろうとしている。一旦、退くしかない。そう判断を下しインカムを叩いて琴里と連絡を取ろうとしているのだが……一向に声が返って来る気配がない。

 

「琴里、頼む出てくれ!! 一体どうしたんだ……っ!?」

 

 声らしきものは聞こえてくる。が、雑音が段々と酷くなっていきノイズまみれで誰の声か判断出来そうにもなかった。士道は、向こうで何かがあったのだと察し――――――迫る美九の脅威に、十香と孤立無援で対処するしかないと一筋の汗を流した。

 

 

 

「士道!! 聞こえる士道っ!? っ――――――あなたたち、何してるか分かってるんでしょうね?」

 

「何を言っているんですか司令。美九様を騙した罪は重いですよぉ?」

 

「はっ!? ちょ、ちょっと離しなさい!!」

 

 クルーの反逆。そうとしか表現のしようがなかった。琴里に忠誠を近い、愛する部下たちの異常な行動に彼女自身困惑を隠す事が出来ない。

 〝天使〟――――――誘宵美九の〝天使〟が発動したその瞬間から、クルーの様子がおかしくなった。琴里にはただの大きな音(・・・・・・・)にしか聞こえなかったそれは、聞いた途端に〈フラクシナス〉のクルーが光悦とした笑みを浮かべ、やれお姉様やら美九様やらと艦の様々な機能を好き勝手に弄り回し始めたのだ。お陰で、追い詰められている士道に声一つ届かない状況までこちらも追い込まれている。

 

 〝声〟。美九の声だ。士道が言っていた美九が人を自在に操れる力。それが〝天使〟を通して拡散した場合、どうなるか――――――直接聞いているわけではない通信越し(・・・・)でさえこの結果を生んでしまった。無事なのは、ステージの音声をチェックしていた〈藁人形〉椎崎と奇跡的に転送装置から艦橋へ移動中だった令音。

 そして、何故か(・・・)〝声〟の効力を一切受ける事がなかった琴里のみ。とはいえ、受けなかっただけで多勢に無勢。非力な女性陣ではクルー達の妨害を振り解けず、組み敷かれるしかない。何とかこの状況を打開するには――――――

 

 

「神無月!! 黙って見てないで手伝いなさい!!」

 

「おや、いけませんねぇ司令。いくら司令でも美九様(・・・)に逆らうのはいただけません」

 

「あ・ん・た・も・かああああああああああああっ!!!!」

 

 

 組み敷かれた状態でいつも通り後ろに立っていた神無月へ一縷の望みをかけたのだが、かけた自分を恥じた。八方塞がりだ、今の琴里では(・・・・・・)彼らを振り解く力がない――――――今の、琴里では。

 

「神無月。あなた、ご主人様に逆らうなんて随分と偉くなったわね?」

 

「ああ! 司令のお叱りをもっと!!」

 

「そう思うならさっさと戻ってきなさい。極上のご褒美をあげるわ」

 

「残念です。本当に残念です司令。司令のご褒美を受け取れないのは。ああ、なんたる悲劇!!」

 

「へぇ、そう――――――なら、遠慮はいらないわね」

 

 愛するクルー達にこのような事をさせたこと、本当に頭にくる(・・・・)。あと、神無月(変態)が自分に逆らうなどいい度胸ではないか。少し、お仕置き(・・・・)が必要のようだと琴里は己の身体に炎を纏わせた(・・・・・・)

 

「が……っ」

 

「少し寝てなさい」

 

 さっきまで力技で琴里を組み敷いていた一人を難なく昏倒させる。あまり使いたくはなかったのだが、こうなってしまっては仕方がないと彼女は揺らりと立ち上がった。

 五河琴里は人間だ。普段の身体能力は並の中学生よりは上程度で、大人の腕力に勝てるような超人ではない。同時に五河琴里は〝精霊〟である。

 それも、己の感情をコントロールする事で意図的に(・・・・)霊力を逆流させることが出来る精霊。とはいえ、今回はコントロールするまでもなく漏れ出てしまったようだ。逆に、霊装が顕現しない程度に押さえつける(・・・・・・)側に回らねばならぬほど、苛立ちというストレスを溜め込んでいた。

 

「……琴里」

 

「平気よ令音。すぐ終わらせるから」

 

 羽交い締めにされ動けない中でも、琴里を案ずる令音に一声かける。やりすぎてはいけない、破壊衝動に呑まれてはアウト。だがまあ、神無月なら平気だろう、というある種の信頼感に従う

 

「神無月。あんた前に自分にも慈悲が欲しいとか抜かしてたわね」

 

「はい!!」

 

「……本当に操られてるのよね? まあいいわ。それじゃあ」

 

 あまりにも普段と変わらない様子の彼に、琴里は絶妙な表情をしながら小声で呟く。変わらないなら変わらないで、いつもとやる事も変わらない。少しばかり――――――派手に行くが。

 

 

「――――――Are you ready(覚悟はいいわね)?」

 

「出来てますとも!!!!」

 

 

 ――――――女神が、跳んだ。

 

 

「ありがとうござぶぇあ!!!!」

 

 

 人間離れした跳躍から放たれた〝キック〟が神無月の土手っ腹に見事炸裂。爆発……とは流石にいかなかったが、頑丈な艦橋の壁にクレーターを作るくらいには凄まじい威力の蹴りをその身に受けて気絶していた――――――凄い、幸せそうな表情で。

紳士(変態)の鑑、神無月恭平。最後まで操られていたのか不明なままであった。

 

「さて、あんた達も覚悟出来てるわね?」

 

 指の関節を鳴らし、ドスの利いた声で艦橋の上から語りかけてやる。コンソール部分に足をかけ、笑顔ではあるがもう何を言っても司令官様は止まらない。

 揃いも揃って肩を揺らして恐怖の表情を浮かべているが、何をそんなに怖がっているのやらと笑みを深める。なんてことはない――――――おいたをしたら、お仕置するのが当然だろう?

 

 

「愛のお仕置きタイムよ。全員――――――跪きなさい」

 

『ひいいいいいいいいいっ!?』

 

 

 返事の変わりは悲鳴。であるなら、琴里の言葉はもう必要ない。言葉の代わりに司令席から飛び立った琴里が――――――前代未聞の一方的大乱闘を繰り広げた。

 

「……えっと、これはどちらを大人しくさせるべきでやがりますか?」

 

「……琴里以外を、かな?」

 

 駆け付けたはいいが、どうにも状況が飲み込めない崇宮真那(・・・・)に、令音が少し困った様子でそう言った。そのくらい、琴里の暴れっぷりが派手すぎたのだろう。そう長くはかからず――――――艦橋は静けさを取り戻したのだった。

 

 

 

 

「――――――四糸乃!! 耶倶矢に夕弦もやめろ!! 正気に戻ってくれ!!」

 

「何を……言っているんですか? 士道さんや……十香さんこそ、なんでお姉様に酷いことを……するんです?」

 

『そうだよー、君たちがいけないんじゃないのー。ちょーっとお灸を据えないといけないでしょーこりゃー』

 

「くく……何やら士道が酔狂なことを申しておるぞ、夕弦」

 

「驚愕。彼には良心というものがないのでしょうか」

 

「く……そっ。これじゃあ……」

 

 士道がいくら呼びかけても効果がない。四糸乃たちは士道や十香の事を忘れているわけではないようだが、彼女たちの言動が全て美九寄りになっているとでも言うのか。思考や目的の第一に美九が来るように〝侵食〟されてしまっている。

 〝天使〟を顕現させた美九は未だ健在。四糸乃、八舞姉妹、更には何千にも及ぶ観客が士道たちを追い詰める。十香も必死に頑張ってくれてはいるが、詰められるのも時間の問題だった。逃げようにも退路がない。最悪の場合、〈フラクシナス〉にまで声の影響が及んでいるという最悪のパターンまで有り得た。いや、連絡がつかない以上そうなってしまったと考えて動くべきだろう。

 

「士道さん。ご無事……と言える状況ではありませんわね」

 

「っ……狂三!?」

 

 必死に絶望的な戦況からの脱出策を練っていた士道の元に、もはや見慣れてきた〝影〟が躍り出る。姿を見せたのは既に霊装を纏い、微笑みながらも少々と難しい表情をしている狂三だった。

 

「良かった……お前は無事だったのか!!」

 

「人の心配をしている場合ではありませんわよ。簡潔に答えてくださいまし。士織さんと美九さんの勝負はどうなりましたの?」

 

「え……みんなのお陰で俺達が何とか勝ったけど……」

 

 場違い過ぎる問いではあったが、咄嗟にと言った様子の士道が望み通り簡潔な答えを返す。その間にも、十香が美九へ躍りかかり天使の一部を切り裂いたが、美九の〝音圧〟によってこちらへ弾き飛ばされてしまった。

 

「ぐ……っ!!」

 

「十香!! 大丈夫か!?」

 

「なるほど。それでこの状況というわけですのね。美九さんは――――――約束を破られたと」

 

 狂三はそれだけが聞ければ十分だった。目を細め精霊四人を見遣り、銃を構えながら二人の近くへ寄り添うように立つ。士道が勝ち、美九は約束を反故にした。その事実は、狂三に銃を取らせるには十分すぎる理由だった(・・・・・・・・・・)

 

「狂三……!?」

 

「士道さん、十香さん。一度、この場は退きますわよ。余計な観客が多すぎ――――――!!」

 

 ハッと狂三が天井に目を向け、釣られて士道達も上を見上げた。瞬間、十字に切り裂かれた天井からどこか見覚えのある金髪の女性が舞い降りた。

 展開される随意領域。全身を覆う白銀のCR-ユニット。その人物を目視し、士道は目を見開いた。

 

 

「嘘だろ……っ!?」

 

「ち……やはり、あちらは本命ではありませんでしたわね」

 

「――――――〈ナイトメア〉」

 

 

 深い緑青の瞳が明確な殺意を宿して狂三を射抜く。対する狂三は、ここからの動きを頭の中で幾つも立てていきながら優雅な笑みで見つめ返した。

 

「あら、あら。お久しぶりですわね。土の味はさぞ珍しいものだったと思われますが、そちらの傷は癒されまして?」

 

「……あなたに借りを返したい気持ちはありますが、今は――――――」

 

 

 狂三の挑発に眉を動かしこそすれど、DEMの魔術師、エレン・メイザースは迷わず士織……の姿をした士道と十香に目標を定めた。同じ愚を犯す人間なら楽だったのだが、そのような人物が伊達や酔狂で〝最強〟を名乗れる筈がないかと内心で舌打ちを打つ。

 

 

「――――――目標、夜刀神十香に、五河士道……の反応がある女生徒を発見。これより捕獲に移ります」

 

「そのようなこと――――――」

 

「狂三、ここでは(・・・・)ダメだ!!」

 

「十香さん!? ……っ!!」

 

 

 エレンが高速で迫る中、十香の制止の理由を狂三は一瞬で察して眉を顰めた。十香が苦しげに視線を向けた先には、たった今士道たちのいるキャットウォークへ上がってきた観客――――――その中には、士道と十香のクラスメイト(・・・・・・)の姿まで見て取れた。

 〝城〟を展開し、分身体をエレンにぶつける――――――いや、分身体では相手にならない。それに〝城〟を広範囲に広げたところで意味はない。狂三とエレンがぶつかり合えばタダでは済まない。狂三本人も、十香も、士道も……十香が危惧する最悪の事態(・・・・・)まで起こってしまう。〝城〟はそれを加速させてしまう可能性があった。

 

 ――――――以前までの狂三であれば、ここで迷いなくエレンと戦うことを選んだ。なんの躊躇いもなく百を超える分身体を使役し、この場を血にまみれた戦場に変えたであろう。その撃鉄を起こす事を、一瞬とはいえ躊躇したのは幸か不幸か、夜刀神十香が行動を起こす僅かな時間を作る事になった。

 

 

「シドーを、頼む――――――!!」

 

「と……!? う、うわああああああああああッ!?」

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一の弾(アレフ)】……!!」

 

 

 壁に空いた穴目掛けて、限定解除した精霊の膂力を使い士道が全力で投げ込まれる。躊躇いは、お互いになかった。一瞬でも躊躇ってしまえば、十香のした事が無駄になってしまう。迷いなく引き金を引き、加速の弾丸を持って外へ投げ出された士道を追いかける。

 振り返ることはしなかった。十香の優しさと、同じ人を想う心に敬意を払って姿を消す。数秒にも満たない時間で――――――この場の争いは終結した。

 

 

「ぐっ、狂三……っ!?」

 

「絶対に手を離してはいけませんわよ……!!」

 

 会場内から放り投げられた士道を先回りして抱き止めた狂三が、彼の返事を聞く前に高速で離脱を始める。

 声を出すことさえ難しい飛翔速度。恐らく、以前彼女が使った天使の力だ。やがて、加速の効果が切れてガクンと狂三の速度が落ちる。だが、会場は既に小さく見えてしまうほど遥か彼方。そこまで来てようやく、士道が言葉を発することが出来た。

 

「っ、戻ってくれ狂三!! 十香が……!!」

 

「士道さんの頼みでも、受け入れることは出来ませんわ。このまま身を隠しますわよ」

 

「どうしてだよ!! このままじゃ……」

 

「えぇ、えぇ。DEM社に捕らえられてしまいますわね――――――戻れば、士道さんも同じ目にあいますわよ?」

 

 分かってる。そんなこと分かっているのだ。けど、十香を見捨てる事など絶対に出来るはずがなかった。

 

「けど!! けど……っ!!」

 

「十香さんの心を分かってあげてくださいまし。あのままでは、多くの人が死んでしまう(・・・・・・)結果になっていましたのよ」

 

「っ……!」

 

 士道が悲痛な表情で視線を彷徨わせる。十香は、あの場において一瞬で戦況を把握していた。エレンの力と狂三の力……ぶつかり合えば、どうなるかを。

 狂三は確かに一度、エレン・メイザースとの死線を制した。しかし、あれは偶然と必然が重なり狂三に天秤が傾いた結果だと、狂三自身よく理解していた。意図しなかった落とし穴。力を変質させた【五の弾(ヘー)】。今回と違い、目標を狂三一つに絞る事が出来た……これらの要素がなければ、負けるつもりはないが勝つ事も容易くはなかっただろう。

 今回は、その天秤がエレンに傾いたと言っていい。彼女の勝利条件は士道及び十香の拉致。その他の対象は眼中にない様子だった。美九に操られた精霊がいたにも関わらず、である。それこそ、狂三が邪魔をするなら観客(・・)の犠牲など無視して排除しようとした筈だ。

 同様に、狂三もエレンと渡り合うためには周りにまで気を配り続けながら戦う、などと甘い戦術は取れない。さらに言うのなら、狂三は士道と十香というハンデ(・・・)を背負うことで、限られた霊力を使い潰す可能性すらあった。

 

 勝つために、何かを犠牲にしなければならない状況で、十香は迷いなく士道を狂三に託し――――――自らを犠牲にした。

 

「ちっ……くしょう。ちく、しょお……!!」

 

「……申し訳ありませんわ。わたくしが――――――」

 

「違う!! 狂三のせいじゃない!! 俺が……俺がっ、弱かったせいで……!!」

 

 狂三は何も悪くない。時崎狂三は強く、聡明だ。彼女なら、どんな状況でも何とかしてくれる――――――そんな考えを、狂三が駆けつけてくれた時、一瞬でも持ってしまった自分を恥じる。

 何が精霊を救うだ、何が狂三を救いたいだ。何も、出来なかった。あの数瞬で、士道の手から全てがこぼれ落ちた。

 

 士道が守らねばならなかった。なのに、今の士道はあまりにも無力だった。精霊を救い、精霊を愛した少年――――――五河士道は、愛しい少女の手の中で、己の非力さを呪った。

 

 

「十香――――――十香ああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 







Q.実際ここでエレンと狂三が戦ったらどうなるの。 A.天宮スクエアの大半消し飛ぶんじゃないですかね。下手したら真那まで参戦してもうボロボロよ。美九も攻略出来なくて詰み。

琴里のシーンは趣味全開で書いてます。え?いつも趣味全開だろって?違いない。今更ですけど私の趣味ネタ全部拾えてる人は間違いなく元ネタのファン歴20年近くあると思います。

エレンさんちょっと手加減して欲しい。敵エネミーとして強すぎる。多分内心はナイトメア見てガチギレしてるけど二度目は流石に任務を遂行されてしまいました。本当に補正ないと困る。

今回は狂三の精霊に対する介入判断の基準を少し仄めかした形になります。狂三ちゃんは何を許せなかったのか。これからこの基準が士道への好感度でどうなっていくのか……ふふふ。あ、展開上削られた百合百合な美九の出番を見たい方はデート・ア・ライブ六巻『美九リリィ』を是非によろしくお願いします。キャラが濃い。本当に濃い。この巻の満を持してのきょうぞうちゃん最高にイケメン。

感想、評価などなど大変に励みになっております。いつも感謝です! ではまた次回をお楽しみにー

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