デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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彼女が従うもの、それはなーんだ。
さあカチコミのお時間です。両者ベタ惚れってレベルじゃないなこれって書いてて思いました


第四十一話『女王が従うものは』

 

「……ッ!?」

 

 気づけば元の光景が広がっていた。高級なホテルを思わせる広すぎる寝室は間違いなく美九の部屋だ。帰って来た(・・・・・)と本能的に理解する。ハッとなり時計を見ると、僅か一瞬の出来事だったのが分かる。断片的に見えた誘宵美九の過去(・・・・・・・)が。

 

「狂三……今の、は……」

 

 訳が分からず狂三に助けを求めるような形で声をかける。今の現象は彼女の〈刻々帝(ザフキエル)〉によって生み出されたものであるはずだった。しかし、〈刻々帝(ザフキエル)〉は撃ち抜いた対象に効果を発揮する(・・・・・・・・・・・・・・・)天使。士道は、ハッキリと狂三が自分だけを撃ち抜いていたのを見ていた。ならば、彼女の言う〝回顧〟の力を発現させる対象は本人のみのはず。

 とはいえ、士道は天使の起こす奇跡の業を全て知っているわけではない。もしかすると、士道が知らないだけで【一〇の弾(ユッド)】にはこういう能力があるのかもしれない、そう思ったのだが……動揺を顕にした狂三を見て目を見開く。

 

「狂三……?」

 

「……士道さん。今、わたくしと同じものを見た(・・・・・・・・・・・・)、そこに間違いはありませんわね?」

 

 神妙な顔で問いかける狂三にこくり、と首を縦に振って肯定を返す。問いかけ、と言うより再確認に近かった。何せ、士道の隣には常に(・・・・・)狂三がいる感覚があった。あの白昼夢のような光景の中であってさえ、でもだ。

 

「……また、ですのね」

 

 呟きながら〈刻々帝(ザフキエル)〉を見つめる。彼女の身長をゆうに上回る時計は、やはり狂三の視線に答えることなく悠然と佇んでいた。

 狂三の知る〈刻々帝(ザフキエル)〉が引き起こす現象との差異。【五の弾(ヘー)】に続き二度目、それも【一〇の弾(ユッド)】はあの時以来、既に数度使用しているにも関わらず、なぜ今になって士道を巻き込む形で能力が変化したのか。力を失ったように数字の色が変わった【四の弾(ダレット)】、【六の弾(ヴァヴ)】と何か関係があるのか。

 考えたところで答えは出ず、〝天使〟は持ち主の問いに答える口を持たない。そして思案する時間さえ与えないと言うのか、窓ガラスを震わす凄まじい音が辺りに流れた。

 

「っ……これは美九の――――!!」

 

 奏でられる音は奇跡の産物。パイプオルガンを通して演奏される荘厳な音と、美九の妖艶な歌声が合わさって紡がれた楽曲は奇跡としか言い様がない。それによって引き起こされる現象も、また然り。

 精霊の加護を持つ士道でさえ、しっかりと拒絶の意志を取らねば〝持っていかれる〟。この辺りの住人も彼女の支配下に置かれ、動き出してしまうと見ていいだろう。

 士道と同じく演奏に心奪われることの無い狂三は、先程聴いたCDの時とは違い少し不愉快そうに眉を寄せながら口を開いた。

 

「随分と派手にやってくれますわねえ。これ以上カードを増やす時間は取らせてもらえないようですし、そろそろ美九さんの元へ参りましょう」

 

「そうだな、急ごう」

 

「はい。しかし、わたくしに出来るのは交渉のカードを増やすこと。そして、士道さんの舞台を整える事だけ。それより先は――――――」

 

「分かってる。俺の役割、だろ?」

 

 士道からすれば十分すぎるくらいだった。〈ラタトスク〉の支援がない中、狂三の力でこれ以上ないほど状況は良くなっている。無論、予断を許さない位置に足を置いているのは変わっていないが、彼女の助力がなかった時のことを考えるとゾッとする。

 狂三に出来ることは戦い、道を切り開くこと。士道に出来ることは対話し、精霊を救うこと。どちらが欠けても、あの駄々っ子を説き伏せることは不可能な奇跡の即興チーム。否、即興というのは間違っているか。何せどうしようもなく繋がりが深いくせに、繋がることが出来ない二人であるのだから。

 

 

「良い表情ですわ。それでこそ士道さん」

 

「はは、狂三に褒められて嬉しいよ……それで、どうやって美九の所に行く気だ?」

 

「もちろん――――――正面から、ですわ」

 

「へ……?」

 

 

 呆気に取られた士道の前で、狂三は自信に満ち溢れた不敵な表情で、笑った。

 

 

 

 

「……マジで、正面からかよ」

 

「あら、信じてくださらなかったのですか? わたくし悲しいですわ、泣いてしまいますわ」

 

「狂三を信じるのと、呆気に取られるのは別だろ?」

 

「きひひ。以前に比べて口達者になられましたわねぇ」

 

「そりゃどうも。お前を口説くには、これでも足りないくらいだよ」

 

 気楽な応酬だと正気で聞いている人間は思うだろうが、士道は汗を滲ませて平静を装うのに精一杯であった。

 それはそうだろう、万を超える人間たちが残らず彼へ殺意の籠った視線を向け、完全に包囲しているのだ。これで焦らない人物は、死地を潜り抜け続けた者か、自らの力に絶対の自信を持つ者くらいだろう。まあ、士道の隣に悠然と立つ人物は、数少ない例に該当するかもしれないが彼自身はそうはいかない。

 天宮スクエア。天央祭の舞台、天宮市大暴動の発生地点及び……誘宵美九の本拠点。当然、人の数は他の場所の比ではないし、ヘリが飛び交っている場所に狙われている人物が自ら姿を現すなど正気の沙汰ではない。そのようなこと士道がよく分かっていたが、それ以上に狂三がこの選択をしたのならそれを信じるだけだと、すくみそうになる足を押さえ込んでいた。

 

「ふふっ、お上手ですわね――――――ご心配なさらずとも、必ず士道さんを美九さんの元へお送りいたしますわ」

 

「それは最初から信じてるさ。俺がお前を疑うわけないだろ」

 

「……本当に、お上手ですこと」

 

 このような状況を作り出してなお、自分に全幅の信頼を寄せ笑顔を向けるお人好しに対する呆れか、困ったような表情をする狂三。元より嘘を言ったつもりはないが、士道に信頼を向けられると俄然やる気が出るのだから狂三自身、自らの感情に不思議な想いを感じていた。

 

『わざわざ私のお城に戻ってくるだなんて、随分と余裕があるんですねー。士織さん――――――いえ、五河士道……ッ』

 

「美九……!!」

 

『一体何のつもりかは知りませんけどぉ、こうなった以上はもう逃げられませんよー? さ、皆さん、捕まえちゃってください。少しくらいなら痛めつけてもいいですけどぉ、できるだけ丁重に扱ってくださいねぇ? でないと、私がやる分が減っちゃいますしぃ』

 

 スピーカーを通した美九の声は、恐ろしいほどの冷たさだった。こちらの声は届かず、一方的な指示だけを飛ばし音声が途切れる――――――同時に、地面が割れんばかりの怒声が鳴り響いた。

 

 ――――――狂三が、士道の手を握る。

 

 

「狂三……?」

 

「士道さん、離さないでくださいまし」

 

「ん……分かった」

 

 

 ギュッと手を握り返す。華奢で、温かい手の感触は、目の前の絶望的な状況でさえ関係なく彼の心を落ち着ける。一瞬感じた恐怖は、たったそれだけの事で霧散した。

 狂三が瞳を閉じた。武装した軍勢は手を伸ばせば届く距離にまで迫っている。それでも、祈りを捧げるような少女の神々しさすら感じる姿だけに、士道の視界は奪われていた。

 

 紅と金時計の双眸が、表を上げる。刹那、霊力が舞い上がるように彼女の黒髪を揺らし――――――世界が、静止した。

 

 

「――――〈時喰みの城〉……」

 

 

 口にした名は、何度も目撃した影の総称。黒く淀んだ闇が成す〝城〟。静止したのは世界ではなく、人だ。時崎狂三が持つ力の一つ、影を踏んだ者の意識を奪い取る〈時喰みの城〉が士道の視界に収まらぬほど広域に展開されていた。無論、影を踏んだ人間は誰一人として立ち上がれるものはいなかった。例外は、狂三と手を繋いでいる士道だけだ。

 

「士道さんを送り届けるには、これが一番安全な方法ですわ」

 

俺を(・・)、か」

 

「ええ。あなた様を、ですわ。これだけの広範囲……行う機会はそうありませんでしたが、上手く行きましたわ」

 

 確かにこの方法なら士道〝は〟無事で済むだろう。ただ、影を踏んだ人間たちはそうではない。狂三が人の命を奪うようなことはしないと分かっている。だが……無関係な人を傷つける選択をさせてしまったことに、士道はやるせない想いを抱いて彼女の手を強く握った。

 

「悪い。こんなこと、お前にさせて」

 

「このような事は慣れっ子ですわ。気にしないでくださいまし」

 

「……情けないな。お前を救うって言ったのに――――――」

 

「そこまで、ですわ」

 

 口を塞ぐように、狂三が空いた手の指を士道の唇に当てる。

 

 

「たとえ士道さんでも、わたくしの好きな方を悪く言う事は許しませんわよ。それに――――――一緒に背負ってくださるのでしょう?」

 

 

 微笑む狂三を見て、一度は目を丸くした士道がその瞳に力を灯す。ああ、そうだ。彼女にこんな事をさせてしまったのは、自分の力不足だ。だからこそ、あの時の誓いを裏切らないためには――――――必要なのは後悔じゃない。

 

 

「ああ。背負うよ、一緒に。これからお前がどんな悪いことをしたとしても、あの時の言葉を曲げるつもりはない」

 

「き、ひひひひ。この極悪人の罪をあなた様が背負い切れるかどうか……楽しみにしていますわ。わたくしに勝てたなら、の話ですけれど」

 

「期待に胸を膨らませて待っててくれ。絶対、お前を救ってみせる」

 

 

 言葉に微笑みで返した狂三が、先へ歩き始める。その笑みに、どのような想いが込められていたかは分からない――――――いつかの未来で、それを聞いてみたいと思った。

 その未来を引き寄せるために、築かれた人の山を士道も歩く。繋ぎ合った手は、決して離すことなく。

 

 夥しい数の人を跨ぎ、歩き続ける。常識を逸した光景は、常人には負担となり精神の疲弊が襲いかかるが、どうにかそれを堪えながら士道は狂三と共にセントラルステージの入口まで辿り着いた。促すような視線に頷いた士道が、一息に扉を押し開けた。

 中も外と変わらず異様な風景だった。観客席は〈時喰みの城〉の力で倒れた少女達で埋め尽くされ、最奥のステージの上――――――アイドルがいた。パイプオルガンのような〝天使〟を背に、完全な霊装を纏った誘宵美九。付き従うように、メイド服に限定霊装を顕現させた四糸乃と八舞姉妹の姿もあった。

 

「美九!!」

 

「何ですかぁ、その声。汚らわしい音声で私や、私の精霊さんたちの鼓膜を汚さないでくれませんかー? 本当に不愉快な人ですねぇ。無価値を通り越して害悪ですねぇ。たとえその身が粉となって地に還っても、新たな生命を育むことなくその地に永遠に消えない呪いを振りまくレベルの醜悪さですねぇ。ちょっと黙ってくれませんか歩く汚物さぁん」

 

「ぐ……」

 

「取り付く島もないとは、この事ですわねぇ」

 

 間延びするような口調で放たれる罵倒は恐ろしい程の切れ味を誇っていた。顔を顰めた士道の隣へ立った狂三の言う通り、まさに取り付く島すらない。というか、取り付こうとした所に散弾銃を乱射させられた気分だ。

 だが、士道とて負けていられない。こんな所で立ち止まっている時間はないのだ。そう思い負けじと声を張り上げようとした時……美九の視線が真っ直ぐに狂三へ向いている事に気づいた。

 

「――――――いい。いいですねぇ」

 

「あら、あら。わたくしですの?」

 

「はい、最高ですよー。無価値を通り越して害悪とは言いましたけどー、こんな可愛い子を隠してた上にわざわざ連れてきてくれるだなんて、無価値なりに価値はあるんですねぇ」

 

「美九、お前……っ!!」

 

 自分を罵倒された事への怒りとかそんなものは無い。美九は今、狂三へ強い興味を示していた。ただ、自分を喜ばす〝道具〟として狂三の事を見据えていた。狂三が如何に美しく如何に可愛いかというのは最高に同意できる部分ではあるのだが、どうであれ美九のそれを見過ごすことは出来そうになかった。が、彼女は士道には目もくれずに狂三へ向かい声を発する。

 

「ふふ、なんで私の〝声〟が効かないのかは分かりませんけど……どうですかぁ? あなたが私に心から従ってくれるなら、そこのゴミムシ以下の下等生物の話もほんのすこーーーーーーーーしだけ、聞いてあげてもいいですよぉ」

 

「ふざけんな!! お前、いい加減に――――――」

 

 声を荒らげた士道を遮ったのは、他ならぬ狂三だった。手を軽く上げて静止した彼女は、一歩前に出て美九と対峙する。

 

「とても魅力的な提案、ありがとうございます。わたくし、感涙に咽び泣いてしまいそうですわぁ」

 

「あらー、物分りの良い子は好きですよー。それじゃあ……」

 

「けど、残念。残念ですわ」

 

 時崎狂三は従わない。女王は他者に従う者ではなく、他者を従わせる者である。彼女を従わせる物があるとすれば、その身を焦がす衝動、生涯をかけて成し遂げると誓った〝悲願〟。譲る事の出来ないただ一つの誓いのみ。

 しかし、他に僅かにでも可能性があるとするならば、それは――――――その身を燃やし尽くさんばかりのもう一つの炎(・・・・・・)だ。

 

 

「わたくし、心を捧げるならこの世界でただ一人、愛しい殿方と決めておりますの。しかし既に――――――その席の主は決まっていますわ」

 

 

 恋焦がれるのはただ一人。狂おしいほどの愛を捧げるのはただ一人。全てを捧げても良いと彼女に思わせる事が出来るのは、ただ一人。

 

 高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を当て、大胆不敵な告白をぶちまけた狂三。士道は、あー……と血が上った頬をかいてなんとも言えない表情を作った。自惚れとかじゃなく自分のことなんだろうな、と思うと場所は関係なく嬉しいやら何なのやらと照れくさくなる。

 

「――――――くだらない」

 

 唇を噛んで、美九がポツリと呟く。その声量は、段々と強く、高い拒絶の意思(・・・・・)を具現化させた。

 

 

「くだらない……くだらないくだらないくだらないッ!! そういうの、虫唾が走るんですよッ!!!!」

 

 

 虚空に浮かぶ鍵盤を激しく、荒々しく、叩くように指を走らせていく。楽曲が奏でられ、ステージより響く。

 

「〈破軍歌姫(ガブリエル)〉――――【行進曲(マーチ)】!!」

 

 行進曲の名の通り、勇ましく人を奮い立たせる曲調だった。その瞬間、〝城〟を破り少女たちが糸に操られたマリオネットのように、勢いよく立ち上がった。狂三は未だ〈時喰みの城〉を解いてはいない。とすれば、これは美九の〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の力によるものだ。

 

 

「さあ、もう捕まえろだなんて悠長なことは言いません。私に従わない子もいりません!! 私の可愛い女の子たち!! 私の目の前で――――――その二人を殺しちゃってくださぁいっ!!」

 

「あら――――――二人で(・・・)、よろしいんですの?」

 

 

 黒い〝影〟が全てを埋め尽くし、染め上げる。精霊と精霊のぶつかり合い――――――その始まりの合図を、鳴らすように。

 

 

 





Q.手を握ったら〈時喰みの城〉の効果受けないの? A.そもそも今作では狂三が対象を選別できる設定なので実は手を握る必要ないです(直球) 私の趣味だ、良いだろ(プロフェッサースマイル)


〈時喰みの城〉発動シーンは映像なら見開いた目が特撮宜しく光って髪がブワッで舞い上がる感じです。ちなみに筆者は特撮とかでよくある目が赤く光って覚醒する感じが大好きです(趣味丸出し)

人間不信の精霊に見せつけるには酷じゃないかなこれ……みたいなムーヴを正面から堂々としていくスタイル。次回、開戦。

感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!

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