デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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スーパーくるくるみんタイム


第四十二話『VS〈破軍歌姫〉』

 深淵より現れ(いづる)は影の軍団。それら全てが美しき少女であろうと、全く同じ顔(・・・・・)であったなら人は恐怖を覚えることだろう。悪夢(・・)を見ているようだと。

 

「な――――――なんですかこれはっ!!」

 

「奇跡を起こせるのが自分だけと思うのは傲慢ですわ。あなたが千を超える人を操れるというのなら、わたくしは千を超える『わたくし』自身を従えてみせましょう」

 

 美九の起こす奇跡を塗りつぶしていくように、次々と美九に心酔する少女たちが捕らえられていく。手を、足を、身体を。一人として逃れられない。美九の支配領域は、一瞬にして狂三の支配領域へと塗り変わった。

 影が笑う、千を超える『狂三』が笑う。美九の狼狽も無理からぬ事だった。人を従える不条理を行える彼女とて、全てが同じ姿形をした少女達という不条理をすぐに受け入れろという方が無理な話だ。

 

 刹那、影と『狂三』が塗りつぶした領域に風が舞う。影を吹き飛ばすのではないか、そう思えるほどの暴風。

 

「〈颶風騎士(ラファエル)〉――――――【穿つ者(エル・レエム)】!!」

 

「呼応。〈颶風騎士(ラファエル)〉――――――【縛める者(エル・ナハシュ)】」

 

 人知を超える風。『狂三』はまだしも、人間である士道が耐えられる筈がない。

 

「くぁ……っ!!」

 

 人間一人を軽々と吹き飛ばす暴風。その力で壁に叩きつけられてしまえば怪我では済まない。だが為す術はない。〈灼爛殲鬼(カマエル)〉による回復能力に頼るしかないと一瞬で覚悟を決め、目を閉じて壁に叩きつけられる――――――が、素早く察知した狂三の分身体が、影から上半身だけを覗かせ彼を受け止めた事で事なきを得た。

 

「悪い、助かった……狂三、でいいんだよな?」

 

 実のところ何度か目にはしていたが分身体と話すのは初めてだったため、確認のような問いをしてしまう。こうして見ると本当に瓜二つだが……何故だろうか、いつも話している狂三と分身体の違いが士道には分かる(・・・)。どこが、と言われると困るのだが、時折感じる狂三が近くにいると分かる時の感覚とそれが似ているとしか言いようがない。

 そんな士道の様子に『狂三』は楽しげに笑い、声を発する。あと、助けてくれたのはありがたいが、妙にがっちり掴まれて身動きが取れないのは何故だろう。ていうか手があちこちに動いてこそばゆい。

 

「うふふ、気にしないでくださいまし。むしろ役得ですわ。このような形でないと、士道さんと触れ合う事も出来ませんもの」

 

「う、うん? そうか……?」

 

「ええ、ええ。『わたくし』はわたくしながら独占欲が――――――」

 

 ペチンペチン! といい音を立てて『狂三』の両手を叩いた狂三が、その隙にサッと士道を奪い返す(?)ように引き寄せた。

 

「なぁにをしていらっしゃるのかしらぁ?」

 

「あら、あら。酷いですわ『わたくし』。わたくしは『わたくし』の指示に従い士道さんをお助けしたまで。お叱りを受ける理由はございませんわ」

 

「なら士道さんに必要以上に触れる必要はありませんわよねぇ? 手をあちらこちらと動かしているように見えましたわよ」

 

「ぎくっ、ですわ。それは『わたくし』の目の錯覚ですわ。わたくしは士道さんの身体に異常がないか、念入りに確かめたに過ぎませんもの」

 

「しっかり自白しているではありませんの!!」

 

「お、おい狂三……ああいや、どっちも狂三か。二人ともこんなことしてる場合じゃ――――――」

 

 コントのようなやり取りをする狂三と『狂三』の姿に困惑し取り込まれかけたが、今はこんな愉快な事をしている場合ではない。論す士道の声を遮り、突風が巻き起こる。

 

「耶倶矢、夕弦……!!」

 

 空に浮かぶ二対の翼。それそれが片翼を担い、巨大な槍とペンデュラムを構えている。双子の精霊、八舞姉妹が天空を支配していた。

 

「また性懲りもなく来おったか!! 相も変わらず面妖な手を使いおって……姉上様に危害を加えようとする者は、たとえ誰であろうと容赦せぬ!! 煉獄に抱かれたくなくば疾く去ね!!」

 

「警告。これが最後通牒です。今すぐ消えてください。これ以上刃向かうようであれば、本気であなた方を排除せねばなりません」

 

 視線が突き刺さる。二人は士道や狂三の事を忘れているわけではない。現に耶倶矢は一度見たと言っていた狂三の力を、夕弦は士道だけでなく狂三も含めて物を語っている。だが、それでいてなお、二人の敵意は本物だというのだからタチが悪い。

 

「士道さん、狂三さん……!! お、お姉様には……指一本、触れさせません……!!」

 

「……趣味が悪いですわねぇ」

 

「ああ、本当にな……」

 

 いっそ覚えていない方がやりやすい、そう言わんばかりの表情の狂三を見て、士道も苦虫を噛み潰したような顔で同意する。過去のことを忘れたわけではない。しかし、美九の存在が何もかもを超えるような形で最上位に刷り込まれてしまっていた。止めるには、やはり美九を説得する他ない。

 四糸乃が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の力を振るい、氷の壁を作り出す事で宣言通り『狂三』の進軍を食い止めていた。

 

「ふ、ふふ……そうですよぉ。私には今、可愛い可愛い精霊さんが三人も付いているんです……!! 負けるはずがありません!!」

 

「き、ひひ。きひひひひひひひひひひひッ!! どうしましょう、どうしましょう。困りましたわ。困りましたわ。そのような態度を取られると――――――本気で叩き潰して差し上げたくなってしまいますわ」

 

「ひ……ッ!!」

 

 息を吹き返した美九に対し、狂三が心なしか低く殺気の篭った声を返すと、余程恐ろしかったのか彼女が小さく悲鳴を上げる。慌てたのは士道だ。彼女の本気(・・)はシャレにならない。

 

「狂三!!」

 

「分かっていますわよ。わたくしも少々、気が立っているようですわ――――――お行きなさい、『わたくし』たち」

 

 やれやれと言うように首を振った狂三が分身体に指示を出す。約束事を破られた(・・・・・・・・)、というのにお優しい方だ。自分なら、地の果てまで追いかけて殺してしまいたくなる。

 『狂三』たちが本体の号令に従い制圧射撃を始める。豪雨にも似た弾丸の雨。しかし、暴風を纏った八舞姉妹には小雨に等しい。

 

「くかかかか!! 斯様なものが我ら颶風の御子に効くと思うてか!!」

 

「一蹴。このような攻撃、夕弦たちの風の前には豆鉄砲と変わりません」

 

「先刻承知、ですわ。怪我をされては困りますもの(・・・・・・・・・・・・・)

 

 通用しないことは知っているし、通用してもらっては困る。限定的な力とはいえ精霊は精霊。狂三の予測を上回る事は無いが、下回る事も無い。何も言っては来ないが、内心では操られた三人のことも心配している欲張りな(・・・・)方の為にも、完璧に役割をこなして見せよう。

 

 狂三が高々に片手を翳す。士道は、見覚えのあるその仕草にハッとなる。謳うは名。奏でるは奇跡。美しすぎる女王が鳴らす、時の号令。

 

 

「さあ、さあ。わたくしたちの力、見せて差し上げましょう。おいでなさい――――――〈刻々帝(ザフキエエエエエエエエエル)〉」

 

 

 号令と共に金色の時計が姿を見せる。奇跡の体現。この世で唯一、不可逆の〝時〟に干渉し得る〝天使〟。狂三が時の女王たる所以。

 

「では、士道さん。準備はよろしいですわね?」

 

「ああ……多少荒っぽくても構わない。やってくれ」

 

「ご安心ください。『わたくし』に変わりわたくしが、あなた様の事を責任をもってお守りいたしますわ。達成の暁には、ご褒美に士道さんの綺麗な腕を一つ――――――」

 

「あなたは余計な口を挟まないでくださいまし……!!」

 

 再び分身体に身体を抱えられながら、彼女たちの言い争いに苦笑いする。士道としても、分身体の言うバイオレンスな報酬は勘弁願いたい。

 作戦の大まかな内容は、ここに来る前に共有済みだ。多少、危険は伴うが士道が今更そんな事を躊躇うはずもない。だからこそ、狂三も覚悟ではなく準備は出来ているな、と聞いたのだろう。

 

「出来うる限りの時間は稼ぎますわ。士道さんはその間に美九さんを説き伏せて改心……は、一度では難しいでしょうけど、十香さんの救出を邪魔しないことだけでも約束させて来てくださいまし。まあ、あの方が約束を守るかは別問題ですけれど」

 

「狂三、美九に対してやけに辛辣だよな……」

 

「わたくしは、守るべき約束事を守らない方は好みません。それだけですわ。士道さんが甘すぎるのではなくて?」

 

「……騙してたのは俺だし、な。まずそこは謝らねぇと」

 

「――――――そういう優しさが、人を引き寄せるのでしょうね」

 

 かくいう自分も、少なからずこういう面に引かれてしまったのではあるが。自分にしか聞こえないように呟いた狂三が皮肉げに笑い、士道を抱えた分身体へ銃を構える。

 

 

くれぐれも(・・・・・)、士道さんを頼みますわよ、『わたくし』」

 

「ええ。承りましたわ、『わたくし』。きひひ。士道さんが心配なのは分かりますけど――――――」

 

「っ、〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一の弾(アレフ)】」

 

 

 声を遮り、銃の引き金が引かれる。狂三が扱う弾の中で一番見慣れた【一の弾(アレフ)】の力は、時間加速。

 

「ぐ……っ!!」

 

 それを理解していても襲いかかる重圧は強烈だった。歯を食いしばる士道を抱え、『狂三』が美九のいるステージまで一息に疾走する。

 恐るべきは八舞姉妹の動体視力だろう。真那でさえ捉えきれなかった加速した狂三の動きを、二人は明確に捉えていた。しかし、それを予測しての『狂三』による制圧射撃だったのだろう。八舞姉妹が動き出す頃には四糸乃が塞ぐステージへと辿り着くことが出来た。

 

「きひひひひひひひひひッ!!」

 

「き、きゃ……っ!!」

 

『のわー!! 狂三ちゃんちょっとずるいんじゃないかなー!?』

 

 氷の壁を生成するより早く、無数の『狂三』が弾丸の如く〈氷結傀儡(ザドキエル)〉へ飛びかかっていく。確かに、数の値で言えばよしのんの言う通り、少しズルいと言うべきなのかもしれないが……狂三がそのようなこと遠慮するはずはなく、士道も今は手段を選んでいられない。

 槍のように降り注ぐ氷塊を紙一重ですり抜けるように避けた『狂三』が、遂に美九の元へ辿り着く。

 

「な……むぐっ!?」

 

 美九がアクションを起こすより先に、肉薄した『狂三』が彼女の武器である〝声〟を発する口を、影を広げ飛び出した分身体を使って塞ぐ。これで近接における攻撃手段は封じる事が出来た。続けて次から次へと這い出た分身体が美九の身体を拘束、〝影〟の中へと引きずり込んでいく。

 美九だけではない、士道の身体も同じだ。だが必死に抵抗しもがく美九に対して、士道は動揺せず〝影〟へ身を委ねた。事前に教えられていたのもあるが、以前、狂三が言っていた影の中(・・・)とはこの事なのだろう。身体の大半が影に呑み込まれたその時、士道が振り向く。一言、彼女に伝えておきたいことがあった。

 

 

「ありがとな狂三!!――――――お前も気をつけろよ!!」

 

 

 彼女がどれだけ強くとも、士道にとっては愛すべき少女だ。余計なお世話かもしれないが、この一言は伝えておきたかった。狂三の頑張りに報いるため、十香を救うため――――――士道は、影の中での対話へ挑んだ。

 

 

 

「気をつけろ――――――だなんて。ご自分の心配をなさるのが先でしょうに。バカな人」

 

「そう言う割に顔が嬉しそうですわよ、『わたくし』」

 

「お黙りなさい」

 

「あーれー、ですわー」

 

 わざとらしく悲鳴を上げ、他の分身体と同じく八舞姉妹へと向かっていく分身体の一人へため息を吐く。そのようなこと、指摘されるまでもなく分かっていた。何せ『狂三』は狂三であるのだから。己が士道に向ける気持ちを理解している狂三が、『狂三』が気づく狂三の感情を理解できない道理はない。分身体であれ狂三は狂三、そういうものなのだ。

 士道は万に一つでも、狂三が士道と美九の霊力を総取りする可能性は考えなかったのだろうか……考えなかったのだろうな、あの方はそういう人だと分かっていた。

 

「く……よくも姉様を!! 許さんぞ吸血鬼ッ!!」

 

「その呼び方は変わりませんのね――――――【一の弾(アレフ)】!!」

 

 撃ち込む対象を自らではなく分身体に定め、連続掃射。十数発の【一の弾(アレフ)】が残らず分身体に命中し、その動きを格段に早める。他の分身体と連携し三人の精霊を撹乱する。

 

「奮起。この程度、大したことはありません」

 

「よし、のん……!!」

 

『おうともー!! でもすばしっこいね本当にー』

 

 とはいえ、流石は風の精霊と言ったところか。加速した分身体の動きを完全に見切り、暴風を拡散させ弾き飛ばす。四糸乃も〈氷結傀儡(ザドキエル)〉による冷気で氷柱を生成、幾人もの『狂三』を薙ぎ払っていく。

 限定的な霊力とはいえ三人。しかも、狂三は手加減しながら〝影〟を守る必要があると来た。この後(・・・)の事を考えても、霊力はあまり多く使用することは出来ない。あの子(・・・)から譲り受けた(・・・・・)霊力もあるため戦闘行為自体に問題はないが、それも連続して出来ることではないためやはり限界はある。

 

 〝影〟は狂三の所有する空間。当然、中の会話も聞こえてくる。色々と突っぱねられながらのようだが、会話自体は出来ているらしい。今は、美九が履行すべき約束の話をしている。どうやら、変わりの条件を付けて説得を行っているようだが――――――

 

 

『十香を助けるのを、手伝ってくれ』

 

「………………」

 

 

 狂三が踵で影を強く踏みつけたのは偶然だ。他意はない。士道の考えは分かるし理解もしているがそれとこれとは話が別で……多分、他意はないんじゃないかなぁ?

 

 

 

「っ……今のは……?」

 

 美九との会話中、突然〝影〟の中が振動した事に驚き、士道は思わず辺りを見渡す。美九も驚いているところを見ると、彼女が何かしたというわけではないらしい。もしかしたら、外での戦いの影響がこちらにも出ているのかもしれない。だとすれば、なおのこと話を急ぐ必要があった。

 

「美九、今言った通りだ。十香を助けるのを手伝って欲しい。勝負の約束で求めるのは、これだけだ」

 

「……私の霊力を封印するのが目的なんでしょう? なんでそこまでするんですかぁ?」

 

「十香が大切だからだ。それ以外に、理由なんていらない」

 

 士道が十香を危険を冒してまで救いたいと思う事に、これ以上の理由は必要ない。大切だから……たとえ、十香以外の精霊が拐われたとしても彼は同じ言葉を返す事だろう。だが、誘宵美九にとってそれは最も信じ難い言葉だ。いや、信じたくない(・・・・・・)というのが正しいかもしれない。

 

「ふん……っ!! お断りですぅ!! だいいち、なんで私がそんなことしてあげなくちゃならないんですかぁっ!」

 

「み、美九……」

 

「もう嫌です!! あなたの話なんて聞きたくありません!! 全部嘘です!! 裏があるんです!! 人間みたいな利己的な生き物が、誰かをそんなに大切にするはずがないんです!!」

 

「お前、またそんなこと……どうしてだ!!」

 

 人を信じず、人を物のように扱い、人を拒絶する(・・・・)。そんな美九の生き方、価値観がどうしても士道には理解できなかった。彼女の過去を垣間見て、彼女の歌に込めた〝想い〟を感じ取ったからこそ、分からないのだ。まだ欠けたピースが埋まっていない、そんな気がする。知りたかった、あまりにも悲しい生き方をする誘宵美九を、彼女がそうなってしまった理由を。

 

「なんでそんなに人間を拒絶するんだ!! お前だって――――――」

 

『――――――士道さん、そろそろお時間ですわ』

 

「っ!?」

 

 黒一色の空間に光が、声が差し込む。次の瞬間、二人は揃って引き上げられた(・・・・・・・)。影に呑み込まれた時とは真逆の浮遊感に包まれながら、士道の視界は黒の世界から多原色の世界へ回帰した。

 

「う……狂三……っ」

 

「もう少し時間を差し上げたかったのですが、精霊三人が相手ではそう簡単にはいきませんわね。そろそろ引き時ですわ」

 

 周囲に目をやる狂三を追うように視線を飛ばした士道は、息を呑む。未だ多数の分身体は健在……しかし、同時に夥しい数の屍が転がっていたのだ。もう少し、もう少し美九と話す時間が欲しい、そう言いたかった。けど、言うわけにはいかなかった。限られた時間を引き伸ばしてくれた狂三に報いる事が出来なかったのは、自分の責任だ。

 

「分かった……すまん――――――っ!?」

 

 言葉を途中で切り、目を見開く。正面から迫り来る巨大な氷柱。間違いなく〈氷結傀儡(ザドキエル)〉による霊力の篭った一撃。突き刺さる、なんの構えも取れずそう思う事しか出来なかった――――――刹那、士道と狂三を避けるように氷柱が分断された。

 

 

「お前……!!」

 

「あなたと会う時はいつもこんな状況ですね。五河士道」

 

 

 油断なく刀を構えた白い少女が語るように、士道も少女と会う時はいつも似たような状況だなと思わざるを得ない。気づいた時にはもうそこにいる。そう言っても過言ではなく、瞬きする間に少女は彼の目の前に現れた。

 

「我が女王。ここは引き受けます」

 

「任せますわ――――――【一の弾(アレフ)】」

 

 少女が現れる事が当然、想定内。両者共にそう思わせるほど流れるような短い会話を済ませ、狂三が【一の弾(アレフ)】で高速化を行い、士道を抱えてステージに空いた大穴から夜の空へ離脱する。

 

「に、逃がさないでください……っ!!」

 

「応とも!!」

 

「了解。承知しました」

 

「そのセリフ、そっくりそのままお返しします」

 

『っ!!』

 

 美九の声に従い高速化した狂三に追い縋る八舞姉妹が足を止める。止めねば、その一刀が風ごと彼女たちの身を切り裂いていた。空への道を塞ぐように照明器具に足をかけた少女が、敵意の視線を隠さない三人の精霊へ堂々と立ち塞がる。

 

 

「颶風の御子。あなた達と私、どちらが速いか――――――試して見ます?」

 

「小癪な……っ!!」

 

「応答。望むところです」

 

 

 瞬間、八舞と白い少女の姿が消え失せ――――――疾風と神速が激突した。

 

 

 

 

 

「――――――すまん狂三。約束をさせるどころか怒らせちまった。せっかくお前が頑張ってくれたのに……」

 

 白い少女の援護を受け、無事に離脱しビルの影に隠れるように身を潜めた士道が安堵の息を吐く。そして、不甲斐ない結果に終わったことに小さく唇を噛んでから声を発した。狂三に頼りきりになっている現状、自分の成すべきことはしなければならなかったのに、ハッキリとした答えを得ることが出来なかった。

 士道の言葉を聞いた狂三が、気にするなと言うように首を横に振って微笑みを返す。

 

「自分を責めないでくださいまし。聞いていた限り、美九さんは危険を冒してまでこちらの邪魔をするという意思はないご様子でしたわ。わたくしがいる限り、ひとまずは問題ないでしょう」

 

「なるほどな……」

 

 今一番の最優先は十香の救出。それを邪魔しないのであれば、最低限の目的は果たせたということだろう。確かに狂三の驚異を目の当たりにして、こちらを狙ってくるリスクを美九はわざわざ侵さない筈だ。

 

「でェ、もォ……」

 

「でも……?――――――いだだだだだだだだだっ!?」

 

 痛い。突如引っ張られた耳が凄い痛い。この、引きちぎれるとかではないがとにかく痛いという、なんとも絶妙な力加減だった。にっこりと笑顔の筈なのに、嫌に圧力のある狂三に怯えながらも士道は抗議の声を上げる。

 

「狂三!! 痛い、痛いから!!」

 

「ええ、ええ。美九さんの説得を任せたのはわたくしですし、士道さんが適役なのも理解していますわ。しかし、美九さんを仲間に引き入れようとしたのは気に入りませんわ。わたくしとあの子の助力では不足、と仰りたいんですの?」

 

「そ、そういうわけじゃなくて……俺はお前の事だって心配なんだよ!! だから拗ねないでくれって!!」

 

 狂三と白い少女の力は信用しているし頼りになる。が、未だ全貌が見えてこない敵に挑むのに〝確実〟という言葉は存在しない。それは狂三も分かっているだろうと思っていたので、彼女がこんなに分かりやすく拗ねる(・・・)のは驚きだった。

 

「……わたくしは拗ねてなど。士道さんがわたくしを慮っていることも、敵の戦力が未知数ということも理解していますもの。むしろ、あなた様の判断力を賞賛いたしますわ」

 

「いや、相談もしないで悪かった……」

 

 どう考えても言動が拗ねてるし、珍しく拗ねたような表情で頬を膨らませるという是非写真に収めておきたい表情をしていたのだが、如何に士道と言えどやぶ蛇をつつく勇気はなかった。

 

「……そう思うなら、もっと褒めてはくださいませんの?」

 

「え……」

 

「頭を、撫でてくださいまし」

 

「っ」

 

 目を伏せて、遠慮がちに言ういつもとは違った狂三に息を詰まらせる。赤いのは抓られた耳だけではなく、彼の顔も同じだと思う。士道は、そっと手を伸ばして彼女の頭を撫でた。

 

「……少しの間、このままで」

 

「ああ。おやすい御用だ」

 

 絹糸のように細く、線密な黒髪。紅いヘッドドレスの上からだが、それをしっかりと感じられた。その繊細さに驚きながらも、士道は彼女の言葉に従い優しく撫で続ける。いつもの超然とした時とも、戦う時に見せる凄絶な笑みとも違う。例えるなら……心地の良いブラッシングを受ける猫、だろうか。目を閉じて、リラックスした表情で士道の手に身を委ねていた。

 数秒か、数分か。お互い、心地よい空間だった。そうして、士道が微笑を浮かべ狂三を見つめていると……。

 

「……ん?」

 

なんだか、反対の手が勝手に(・・・)動いている気がした。狂三から視線を外し、反対方向へ視線を向けると――――――狂三がいた。

 

「……んん?」

 

「うふふ、士道さんの綺麗な腕……確かに頂戴いたしましたわ」

 

「……ああ。あの時の――――――」

 

 ニコニコとした顔で声を発する『狂三』に、その正体を察した士道が言葉を発したのもつかの間、蠢いていた影が勝手に動き、士道から強引に『狂三』を引き剥がした。酷いデジャヴを感じる。

 

「わたくしの許可も得ず、何をしていらっしゃるのかしら、『わたくし』」

 

「『わたくし』ばかりご褒美を貰うのはずるいですわ。と、わたくしは直球に『わたくし』に物申しますわ」

 

「遂に弁解すらしなくなりましたわねぇ!?」

 

「これは全士道さん派閥のわたくしによる意見の総意と受け取って貰って構いませんわ!!」

 

「もう黙っていてくださいまし!!!!」

 

「あーれーひーとーさーらーいー、ですわー」

 

 パチンと狂三が指を鳴らすと、大変愉快な悲鳴(?)を上げながら影の中へと吸い込まれて行った。影から出てきたのに、人攫いとはよく分からない断末魔(?)であった。

 

「……狂三」

 

「見なかった事にしてくださいまし。影には何もいませんわ」

 

「無理があると思うぞ。今のは――――――」

 

「知りませんわ。わたくし、何も知りませんわ」

 

「えー……」

 

 全士道さん派閥とか、凄い気になりすぎる単語があったのだが、狂三は答えるつもりはないのかシラを切り通すつもりなのか士道の視線を左から右へ受け流すように逃れていた。

 先程までの心地よい時間はどこへやら、狂三は内心頭を抱えた。だから、分身体を士道に会わせるのは避けたかったのだが……この暴走した個体より明らかな問題児が控えている事を、本人が一番よく知っているので、もう頭が痛いなんてレベルではなかった。自分の最大の敵は自分、という言葉がこの世で一番似合う気がした。

 

「……あー、私が会話に入っても?」

 

「おわっ!?……あ、〈アンノウン〉……良かった、無事だったか」

 

「無事の算段をつけられないような戦いはしませんよ」

 

 いつから居たのか、なんとも言えない空気になるのを待っていたと言わんばかりに白い少女が暗がりから姿を見せた。狂三が任せたので大丈夫だとは思っていたが、傷一つ見られない少女にホッと胸を撫で下ろす。

 

「そうだ!! あいつらは……」

 

「〈ベルセルク〉ですか? あなた達が離脱する間の時間を稼いだあとは、しっぽを巻いて逃げさせてもらいました」

 

「逃げたって……簡単に言うけど、よく耶倶矢と夕弦から逃げきれたな……」

 

 相手は精霊最速。その上、狂三の時間加速でさえ視認可能な動体視力まであるというのに、こんなあっさり少女が逃げ切れたことに士道は目を見開いて驚く。白い少女が恐ろしく速いのは知っているが、流石に八舞姉妹との速さ勝負で振り切れるとは信じられなかった。それほどまでに、あの二人は速いのだ。

 

「……ん。逃げるのに相手の土俵で勝負する必要はありませんからね。ちょっと姿を隠せば見失ってくれるんですよ」

 

「あなたが本気で隠れたら、誰も見つけられませんものねぇ」

 

「そういう事です。ああ、私の事よりご報告があります。今し方、夜刀神十香の居場所が判明したとこっちに報告がありました」

 

「っ!! 本当か!? どこだ!? 十香は無事なのか!?」

 

 待ち望んだ情報に、士道は掴みかからんばかりに少女へ詰め寄る。焦るなという方が無理な話だった。

 

「士道さん落ち着いてくださいまし――――――それで、十香さんは?」

 

 言葉で制しながらも、狂三は白い少女へ先を促す。少女はこくりと頷き、声を形にした。敵の本拠地、その厄介な場所の名を。

 

 

「――――――デウス・エクス・マキナ・インダストリー日本支社、第一社屋。偉そうな名前で偉そうに構えているそこが、夜刀神十香の幽閉されている場所です」

 

 

 

 




Q.分身体自由すぎない? A.だから士道の前で出したくなかったんでしょうね

分かってるけどそういう気持ちは抑えきれないものでして。ちなみに八舞姉妹と白い少女どっちが速いのかは特撮の作品超えたスピード勝負くらいキリがないものと思ってください。冗談です。

次回は少し脇道それてある二人の会話がメイン。では次回をお楽しみに!



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