デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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イベント消化中な回。メインヒロインの出番はまだですか。書いてるのお前だろってツッコミはry


第四十六話『歌姫の真実』

 

「美九……どうして……」

 

 美九がわざわざ士道の前に現れた理由が、当の士道には分からなかった。狂三の助けを得て挑んだ対話は失敗に終わり、彼女を怒らせる結果になった筈である。そう、約束(・・)を取り付けることは出来なかった。そこまで考えて、彼はそれに思い至り目を見開く。

 

「まさか、あの約束を……?」

 

「……っ。勘違いしないでもらえますぅ? 私、どこかの不愉快な自殺志願者が勝手にぺらぺら垂れ流していた妄言にも満たない聞き苦しい奇声なんて、これっっっぽっちも気にしてませんしぃ。ここに来たのは、もう一人の精霊さんを私のコレクションに加えようと思ったからですしー」

 

「美九……すまん、恩に着る!」

 

 相変わらず可愛い顔と可愛い声でえげつない罵倒だったが、遠回しに十香を助ける事を認めてくれていた。理由はどうあれ、今は頭を下げながら心の底から感謝を述べる。

 

「ふんっ。あなたにお礼を言われる筋合いなんてないんですよぉ。っていうか、あの人はどうしたんですかぁ?」

 

「あの人って……狂三の事か?」

 

 漠然とした問いではあったが、美九と会った中で該当しそうな人物は彼女しかいないのですぐに分かった。

 

「狂三なら、今はいない……ちょっと前から別行動してるからな」

 

「……ふぅん。見捨てられちゃったんですかぁ。あの子もくだらない事を言っていましたけど、信頼なんて所詮はその程度の――――――」

 

「違う。そんなんじゃない。俺と狂三は……そういうんじゃないんだ」

 

 やれやれと大仰に首を振り、馬鹿にするような言葉を吐く美九に士道は真っ直ぐ言葉を返す。

 

「あいつは俺を信じてくれてる。俺もあいつを信じてる。一緒にいるだけが信頼じゃ――――――」

 

「あーあー、くだらない。ほんっとくだらないですぅ。人間のそういうお寒い理屈にはうんざりなんですー!!」

 

「お、お前な……」

 

 まただ。彼女は頑なに理解を拒む。最初は倫理観のズレから来るものかと思っていたが……反応を見るに違うのではないかと、士道は感じ始めていた。

 何なのだろう。なぜ、誘宵美九という少女は頑なに人を拒絶するのか。過去(・・)であんなにも美しくひたむきな歌を奏でた少女が、このような歪な倫理観を持ってしまっているのか。

 知りたかった、少女の想いを。知りたかった、少女の過去を。それは、【十〇の弾(ユッド)】の力で追憶を経験(・・)した事による影響か。はたまた少年の善性がそう願ってやまないのか――――――両方だ、と少年を知る者は断言するだろう。

 

「人間、人間って……美九、お前だって――――――」

 

「うるさいうるさいうるさぁぁぁぁぁいっ!! 私は十香さんを連れに来ただけで、あなたなんかと話に来たんじゃないんですぅ!!」

 

「あ、おい美九!!」

 

「だから気安く呼ばないでください!!」

 

 苛立ちを抑えず士道を無視するように廊下を歩いて行く彼女を、彼は慌てて追いかけて行った……以前とは違い、明確に彼女の、孤独な歌姫の事を知りたいと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 白の視界の先で青と赤の魔術師が激突していた。ジェシカの〈スカーレット・リコリス〉が飛翔し、真那が纏う〈ヴァナルガンド〉と互角に渡り合う。あの高い実力を持つ崇宮真那と、である。

 

「……趣味が悪い」

 

 少女の調べたジェシカ・ベイリーという人間は、実力はありながらも真那には遠く及ばなかった筈だ。事実、つい数時間前の戦闘では現れた真那の手で一蹴され、今なお痛々しい怪我の跡は残っている。そんな状態で彼女と戦えている理由は――――――身体への強引な魔力処理。恐らく、崇宮真那に施されたもの(・・・・・・・・・・・)と同じような処理を僅か数時間で組み込まれたのだろう。

 長い時間をかけて施された真那でさえ、肉体の負荷によってあと十年(・・)程度しか生きられないという、理不尽な境遇である事を考えると……答えは明確だ、ジェシカ・ベイリーはもう長くない(・・・・・・)。欠陥品の〈リコリス〉を無理に稼働させる代償は安くはない。勝とうが負けようが、そのツケは彼女の命を持って払われることになるだろう。

 彼女がそれを分かっているのかどうか。十中八九、そんな事を考える思考すら奪われている筈だ。

 

「……趣味が悪すぎて私の気分まで悪くなってきました」

 

「あら、あら。いつになく不機嫌そうですわね」

 

 吐き捨てるように呟いた言葉を、魔術師の纏うユニットを器用に撃ち抜いた分身体の一人が拾う。ふん、とまた不機嫌に声を発した白い少女が分身体に迫る〈バンダースナッチ〉を軽々と斬り伏せ、近場のビルに着地した。

 

「……ああいう、何も報われない理不尽な行いは嫌いです」

 

 ジェシカの事など少女は知らない。知っているとしても、ただ資料に記された上っ面の情報だけだ。しかし、アイザックを慕っていたであろう彼女が、あのような身体にされなければならない道理はない。自らを慕う部下を物のように扱い、切り捨てる。それは、少し形は違うが真那の境遇にも言える事だ。少女にとって、理不尽(・・・)だと思うに値する事象。

 

「きひひひ! なら、あなたは如何なさいますの?」

 

「……何もしませんよ。私がどうこうする問題でもありませんし、厄介な女(・・・・)もいますしね」

 

 少女が関わったところで、何かが救える訳ではない。少女が戦ったところで、理不尽を解き放てる力はない。あれもこれもと目を向け、わざわざ救いに行けるだけの余裕は白い少女には存在しないのだ……どこかの少年なら、また話は別なのかもしれないが。

 加えて、言ったように厄介な女……DEMインダストリーで最強の魔術師、エレン・M・メイザースまで真那とジェシカの戦いに加わっていた。とはいえ、この場合は戦力云々というより単純に白い少女がエレンと顔を合わせたくはない事情の方が大きいのだが。

 如何に崇宮真那と言えど強化を施されたジェシカと最強の魔術師エレンが相手では、一体どこまで持つか分かったものでは無い。それでも、それを分かっていても、真那に同情する心があっても――――――少女は〝計画〟を優先して動く。

 そんな少女の言葉を聞き、特に驚いた様子も見せず『狂三』がクスクスと笑う。

 

「ええ、ええ。あなたならそう仰ると思いましたわ――――――ところで、折紙さんがこの空域に向かっているようですわ」

 

「……は?」

 

 分身体の言っている意味が一瞬、少女の脳に正しく入って来なかった。

 

「……どうやってここに」

 

「有り合わせの装備で戦場を突っ切っているそうですわ。恐らく、本来のCR-ユニットは権限が凍結されているのではなくて?」

 

「バカですか、彼女」

 

 思わずそう直球に言葉を吐いてしまった少女だが、これは何も間違っていないと自負している。折紙はこの数時間前に〈ホワイト・リコリス〉を稼働限界まで使用し、身体に恐ろしい負荷をかけて戦線を退いていた筈である。それは先刻、ASTの部隊に彼女がいなかった事からも容易に推測が可能だった。

 それが有り合わせの装備を引っ張り出し、あまつさえ真っ直ぐこの戦場に駆け付けた? これをバカと言わなければ自殺願望者と言うべきだろう。

 

「そんな命知らずな行動も士道さんのため、と思えば健気に見えてしまいますわね。ああ、ああ。一途な方ですわぁ」

 

「……一途過ぎて、関係ないこちらが困ってしまうくらいですね」

 

 姿を見られずに残念……なぜ、そう思ったのか理解し難い感情を少女が持ったのは確かだ。だが、まさか本当に命を賭して五河士道を救うために飛び込んでくるとは驚かずにはいられない。

 命知らず、自殺願望者……それらは折紙を表現するには少し違う気がした。彼女はただ、士道の為に全てを投げ出して動いたのだ。決めたら迷わず、ひたすらに頑固で、どこまでも強情で――――――

 

 

「……ああ、もう。そっくりすぎて(・・・・・・・)嫌になります」

 

 

 誰に、だなんて今更言うまでもない。少女が全てを捧げると誓っている彼女に。容姿も、性格も、人間と精霊という事さえ違うというのに――――――鳶一折紙は、どうしても彼女を思わせる。不器用すぎる生き方と、憤怒を宿したあの瞳はどうしても少女の心を揺らがせる。

 

「……仕方ありませんね」

 

 将来、このまま行けば鳶一折紙は白い少女の〝敵〟となる。そんな確信めいた予感が少女の中に存在した。けれど今は折紙は〝敵〟ではない――――――それが、少女が足を動かす理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――ああ、そうだ。じゃあこうしましょう」

 

 傷を増やし、美九の罵倒を聞き、それでも足を止めずに歩き続ける士道を見て美九が名案を思いついた、と言うようにポンと手を叩く。

 

「今ここで十香さんの事を諦めるって言ってくださいよぉ。そしたら私の〝声〟で、あなたの好きな女の子をいくらでもあなたの奴隷にしてあげます。あの狂三さんって子も、私にかかれば――――――」

 

「――――――ふざけるな」

 

 腸が煮えくり返るような怒りと不快感。自分に対する罵倒なら耐えられる、今気にすることではない。しかし、彼女達への侮辱は絶対に許せない。十香の代わり? 狂三を自分の好きな様に操る? 頭に血が上りすぎて、この場で美九の機嫌を損ねる事が何を意味するか分かっていて、なお士道は彼女を睨み付け、言葉を吐いた。

 

 

「俺にとって狂三はそんなんじゃない……!! 十香だって、代わりなんていない!!」

 

「……ッ! ふ、ふんっ、いつまでも見栄張ってんじゃないですよ!! どうせあなた達の〝好き〟だとか〝大切〟だなんてその程度の物でしょう? 代わりを用意してあげるって言ってるんですから、それでいいじゃないですか!! なんでそこまでするんですか……!!」

 

 

 それは士道への言葉ではないような気がした。自らに言い聞かせる、そうでなくてはならない……そのような悲しい言葉だった。絆を否定し、信頼を拒絶する。そんな彼女の姿に怒りは一度冷え、悲しげな表情で士道は声を発する。

 

「美九……」

 

「人間なんて私の玩具!! 男は奴隷!! 女の子は可愛いお人形!! 人間にそれ以上の価値なんてないんですから、大人しく従ってればいいんです!!」

 

 それ以外に価値などない。それ以外に価値があってはならない(・・・・・・・・)。歪な価値観は美九の世界そのもの。これが精霊として先天的なものであったなら、きっと誰の言葉も届く事はなかったであろう。だが、違う。そうでは無い。なぜなら、誘宵美九という精霊は――――――

 

「どうして……なんでそんなに男を嫌うんだ!! なんで女の子を物のように扱うんだ!! なんで同じ(・・)人間をそんな風に見てしまうんだ……!!」

 

「っ、誰が同じだって――――――」

 

「お前も――――――人間だろ!!」

 

 確信を持って放たれた言葉は、美九を驚愕させ士道へ視線を釘付けにさせるには十分なものだった。彼は真っ直ぐに見つめ返し、言葉を続ける。

 

「もともと人間だったお前に〈ファントム〉……ノイズのような姿をした〝何か〟が、精霊の力を与えた!! 違うかっ!?」

 

「……!!」

 

 美九が息を呑み、言葉を詰まらせた。否定が返ってくる事はなく。

 

「……あなた、どうしてそれを」

 

 睨み付けて放たれたその言葉が、どんな物よりも真実を表していた。

 

「ちょっとした情報通がいてな」

 

 〝天使〟の力を使った反則技、裏技に近いものだった。だがそのお陰で、士道は美九の過去(・・)に僅かながら触れる事が出来たのだ。

 宵待月乃という別名義のCDと共に見つけた、一枚の写真。そこには幼い美九(・・・・)と彼女の両親(・・)と思われる男女が写っていた。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉・【一〇の弾(ユッド)】は過去を伝える――――――もっと正確に言えば、撃ち抜いた対象の過去を擬似的に体感(・・)する弾丸。

 その力で、士道は断片的に美九の過去を垣間見た。自分の妹と同じように、〈ファントム〉の手で精霊にされた人間であること。かつて、宵待月乃という名義でアイドル活動をしていたこと――――――その歌に込められた想い(・・)を。

 

 だからこそ、士道にもまだ分かっていない事がある。誘宵美九がこうなってしまった理由が。もともとが人間であるはずなのに、なぜこんなにも歪んだ価値観を持つに至ったのか。狂三の言う通り、その価値観には相応の〝何か〟がある筈なのだ。あれほど美しい歌を持った彼女を変えるだけの〝何か〟が。

 

「美九……教えてくれ。お前に一体、何があったんだ」

 

「……ふんっ、なんで私がそんなこと」

 

「美九」

 

 何があったのかを知らねばならない。いや、他ならぬ士道が知りたいのだ。美九の過去を、そこにあるであろう彼女を変えてしまった〝何か〟を。

 

「しつこいですねー。ふん……」

 

 士道の熱意に根負けしたように美九がため息を吐き、話を始めた――――――彼女の、過去を。

 

 

 

 誘宵美九には歌しかなかった。他の事は人より劣っている、そんな自覚が彼女にはあった。けど、歌は、歌だけは別だった。周りの誰よりも上手く、綺麗に歌い上げる事が出来た。だから美九がアイドルという職を目指したのは、必然であり当然だった。

 宵待月乃という名前でデビューを飾り、CDも徐々に売れるようになり……何より、ライブが彼女にとって最高の舞台だった。みんなが〝大切〟だと言ってくれて、みんなが〝大好き〟だと言ってくれて、みんなに自分の歌が届いていることが本当に嬉しかった。

 

 でも、そんな幸せな時間は、長く続く事はなかった。

 

「……それなりに人気も出てきたある日、マネージャーに聞かされたんです。あるテレビ局のプロデューサーが私を気に入ってる――――――だから、仲良くしなさいって」

 

「仲良くって……つまり……」

 

 彼女の言葉を裏を読み取り絶句する士道に、酷く悲しげで、見ている彼が辛くなってしまう表情のまま美九は語り続ける。

 

「まあ、そういう事ですよね。もちろん断りましたよ。私はテレビに出たいんじゃなく、歌をみんなに聴いて欲しかっただけなんですから。でも――――――」

 

 話を断ったしばらく後、身に覚えのないスキャンダルが週刊誌に掲載された。言葉にするのもおぞましい、美九を陥れるためだけに捏造された記事。考えるまでもなく、それは先のプロデューサーが一枚噛んでいたことであり、事務所の社長とも繋がりがあったらしく誰も庇ってなどくれなかった。

 辛かった、苦しかった。けれど、何よりもショックだったのはファンの、ファンだと思っていた人達の反応だった。皆が噂を信じ、手のひらを返して美九を誹謗中傷した。

 心が磨り減り、憔悴していった。それでも、美九には歌がある。歌しか持っていない彼女は、それだけで立っていける。歌を聴いてもらえれば、きっとみんな戻ってきてくれる。

 

 そう信じて、自分を奮い立たせ、ライブ会場のステージに立って――――――

 

「診断は……心因性の失声症でした」

 

「っ……」

 

 そうして、宵待月乃の人生は呆気なく終わりを迎えた。歌しかない少女が、人の醜さによって容易く歌を奪われた結果が、その終わりだったのだ。

 何も残っていない。全てを失った少女が、己の人生にまで終わりを告げようとするのは当たり前の事だった。

 

【――――――人間に失望した君。世界に絶望した君。ねぇ、力が欲しくはない? 世界を変えられるくらいの、大きな力が欲しくはなぁい?】

 

 そんな時だった。絶望した美九の前に〝神様〟が現れたのは。そして美九は、〝声〟を手に入れた。

 

 

「私は……失ったんですよ、一度。醜い男共のせいで、声を……命よりも大事な、この声を……ッ!! 何度も自殺を考えました。でも、そこに……〝神様〟が現れて、今の〝声〟をくれたんですよ!! 一たび歌えば人を虜にする、この最高の〝声〟を!!」

 

「……そう、だったのか」

 

 

 神様――――――〈ファントム〉の事を言っているのだろう。なるほど、確かに絶望した美九の前に救いをもたらしたと思えば〝神様〟に見えたのかもしれない。酷く歪で、強い救いを。

 

 やっと、やっと士道にも分かった。彼女の異常な価値観、倫理観、死生観の理由が。過去にあった〝何か〟の正体。彼女の全てを変えてしまった、悲しく怒りが込み上げる事の始まり。

 誘宵美九は人を見下しているのではない。初めから人を道具のように思っていたのではない。ただ、恐れている(・・・・・)のだ。彼女を裏切った、人という存在を。

 

 人に失望し、人を醜いものとして距離を置き、人を操る力を持った美九は自らの〝城〟を作り閉じこもった。絆を拒絶し、否定する彼女の世界が彼女の〝盾〟そのものだったのだ。そうしなければ、美九の心が壊れてしまうから。

 

「だから、私は男が大っ嫌いなんですよ!! 下劣で、汚くて、醜くて、見ているだけで吐き気がしてきます!! 女の子だってそうです!! 私の言うことを聞く、可愛い子がいれば後は必要ありません!! 他の人間なんてみんな、みんな死んじゃえばいいんです!!」

 

「……ッ」

 

 彼女の悲しみが、彼女の怒りが、彼女の絶望(・・)が、士道には痛いほど分かる。誘宵美九の過去を体感した彼だからこそ、彼女の痛みを理解出来る。けど、彼女の辛さは分かってやれても――――――それだけでは、なかったはずだ。

 

「それは、違う!! お前の絶望は分かる!! そのプロデューサーや記事を書いた記者を今すぐぶん殴ってやりたいくらい頭に来てる!! 手のひらを返したファンにも腹が立つ!! でも、だからって他の人間まで一緒くたにして嫌う事はないだろ!!」

 

「何を……!! 黙ってください!! 男なんてみんな同じなんです!!」

 

「はっ、黙れって言われて黙るほど物分りが良くないんでね!! 言わせてもらう!! お前の歌を楽しみにして、噂なんかに惑わされず歌を聴いてくれる人は本当にいなかったのか!? 絶対に、いなかったって言えるのか!?」

 

「そ、そんな人――――――!!」

 

 と、会話の間に再び魔術師たちが廊下の先から姿を現す。それを見た士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を握りしめ、前へと躍り出る。今、邪魔をされては困るのだ。ほんの少しでも、心を開いてくれた美九に彼は言葉を届けなければならないのだから。

 

「っ……!!」

 

 一振、間髪を容れずにもう一振。魔術師を随意領域ごと吹き飛ばし、なおも迫る魔術師たちがいるにも関わらず士道は美九へ言葉を続けた。

 

「美九、お前は怖いんだ!! 人間が……いや、人間っていう恐ろしい〝幻想〟を自分の中に作り上げちまってる!! だから〝声〟で人を従えて、また幻想が膨れ上がって……余計に、人間と話すのが怖くなってるんだ!!」

 

 恐怖の対象であるが故に従わせ、相手の本当の想いを信じられない。恐ろしい人間を美九は見てしまっているから、それは徐々に膨れ上がり〝幻想〟という恐怖の象徴として美九の中に留まってしまった。

 当然、そんな事を認められるわけがない美九は激昂した声を発する。

 

「はぁ!? 怖い……!? 言うに事欠いて、私が人間を恐れてるって言うんですか!? ていうか今は戦闘中でしょう!! 何を余計な――――――ァァァァァァァッ!!」

 

 魔術師の放たれた弾丸が美九が作り出した声の壁に阻まれる。普通であれば美九の言う通り、この命懸けの戦いに集中しなければならない。けど、今の士道にはそれ以上に美九と話す事が大切だと、それは命をかけるに値する事だと、そう判断しただけだ。

 

「そんなの関係あるかよ!! 何度でも言う!! お前を肯定するだけの人間に囲まれて、生の人間と話す事を恐れて――――――けど、お前は心のどこかで、ちゃんと話したいって思ってたはずだ!!」

 

「何を適当な……!!」

 

「適当なんかじゃない!! だってお前は〝声〟で操れない人間を――――――〝五河士織〟を欲しがってただろ!!」

 

「……ッ!!」

 

 図星を突かれたように美九の表情が歪む。自分の言う事を聞かない人間を恐れ、拒絶していた美九がその〝異物〟である五河士織を強く欲した理由……今なら、士織を求めた理由が士道にも理解出来る。〝異物〟であるからこそ、美九は士織を求めずにはいられなかったのだ。それは、心のどこかで彼女がまだ信じる心を、信じたいと思う心を持っている証明だ。

 

 

「そ、そんなこと……」

 

「それにお前は、〝声〟を手に入れて再デビューした時、宵待月乃でも他の芸名でもなく、誘宵美九って名前を使ったんだろう!? 気安く呼んで欲しくないって言った、親から貰った大切な名前を!!」

 

 

 〝名前〟というのは人を表すだけではない。そこにいると、己を証明するための大切な名だ。そして、大切な人に呼んでもらい、幸せな気持ちになる事だってある――――――士道と狂三が、そうであるように。

 美九だって同じだ。そうでなければ、拒絶しているはずの人間を相手に誘宵美九という本名を使うはずがない。

 

「お前は、知って欲しかったんじゃないのか!? 自分はここにいる(・・・・・・・・)って!! 認めてもらいたかったんじゃないのか!? 他でもない、人間に……ッ!!」

 

「うぐぐぐ……う・る・さぁぁぁぁぁぁぁいッ!! 黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!! 知った風な口を利いてぇ!! バカー!! アホー!! 間抜けぇぇぇぇッ!!」

 

 もはや以前までの罵倒のデパートじみたキレはなく、ただの子供の癇癪のような悪口だった。そんな声でも霊力が乗っていれば、魔術師を軽々と吹き飛ばす音圧となり道を切り開いていく。

 

「お、お前なぁ……図星突かれたからって……」

 

「図星なんて突かれてないですもん!! 違いますもん!! あなたがバカなだけですし!! バーカ!! バーカ!! バーカ!!!!」

 

「あぁぁぁぁもうこの、駄々っ子!! やっぱりお前に四糸乃や耶倶矢や夕弦を任せてなんておけねぇ!! 絶対に霊力封印してやるからなこの野郎……!!」

 

 最初の頃の十香を思わせる子供っぽい罵倒に、士道もやけくそ気味な叫びで答える。駄々っ子は駄々っ子でも、以前の狂三とはまた違った系統で本当に頭が痛くなる。これを狂三が聞いていたら『一緒にしないでくださいまし。そもそも、わたくしは駄々っ子でも強情でもありませんわ』とか言いそうだが。

霊力を封印する(・・・・・・・)と聞いた美九が、ビクリと肩を震わせる。

 

「そんなこと……させないんですからっ!! この〝声〟を無くしたら、また誰も振り向いてくれない!! そんな惨めな私に、あなたは戻れっていうんですか!?」

 

「そんなこと、言ってねぇだろ!! 俺は、お前の本当の声で歌って欲しいだけだ――――――狂三だって(・・・・・)褒めてくれた、本当のお前の、綺麗な歌を!!」

 

「――――――ぇ」

 

 意図しない名前を聞き、美九が呆然とした声を漏らす。剣を振るい魔術師を一蹴した士道が、今一度美九と真っ直ぐに向き合った。

 

 

「聴いたよ、宵待月乃の……美九の歌を。ひたむきで、一生懸命で、格好良かった!! それに、あの狂三(・・・・)が褒めてくれたんだ……それが無価値だなんて言わせない。少なくとも俺は――――――俺と狂三は(・・・・・)、お前の本当の歌を聴く!! 霊力なんて関係ない、何があっても離れないファンが、ここにいるッ!!」

 

「な……」

 

 

 聴いたのは、あの時の一曲だけじゃない。士道は狂三の力で何曲も、過去の宵待月乃の歌を聴いた。ひたむきで元気が出る、人を操る歌なんかよりずっと美しい歌だった。最高に、魅力に溢れた歌声だった。

 士道だけじゃなく、あの皮肉屋で強情な狂三が手放しで褒めたたえたのだ。全世界の誰にもそれを否定させてなるものか。たとえ否定されたとしても――――――士道は、美九のファンを貫き通す。

 

「嘘です……そんな――――――そんな言葉、信じないんですからぁっ!! そう言ってたファンは、みんな私の事を信じてくれなかった!! 私が辛い時……誰も手を差し伸べてくれなかった!!」

 

「俺はそうは思わない!! お前を信じて待っていたファンは、必ずいるはずだ!! でも、もし本当にそうだったなら、その時は俺が――――――絶対に手を差し伸べてみせる!!」

 

「都合のいいことを……!! じゃあなんですか、私がもし十香さんと同じようにピンチになったら、あなたが命を懸けて助けてくれるとでも言うんですかぁ!?」

 

 美九は衝動的に叫んだ。士道が、醜い男が答えに窮するであろうと、そうであってくれなければ困ると、そんな本心とは裏腹な叫び(・・・・・・・・・)。だが、目の前にいるのはただの人間ではない――――――五河士道は、一切の迷いもなく声を張り上げた。

 

 

「当然だろうがッ!! その時は俺が――――――お前を救う。約束だ(・・・)

 

 

 そう言って、士道は笑う。愛しい少女と同じ、大胆不敵な笑みで。

 

 迷わない。迷うはずがない。それが五河士道という男――――――世界を壊す〝最悪の精霊〟と向き合い、通じ合い、惚れさせた(・・・・・)少年が……迷う道理があるはずもなかった。

 

 

 







この回は士道と狂三が数話離れてるだけで作者が禁断症状でうおおおおお二人の絡み書きてぇみたいなテンションしてた気がします。この主人公他の子を攻略しながらシレッと狂三の事も話してる……

次回はどたばた戦局が大騒ぎって感じです。メインヒロインもそろそろ……。感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!

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