デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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魔王、降臨。


第四十八話『眠りのプリンセス』

 

「――――――悪いが、我々はここで失礼させてもらうことにするよ。生き延びたならまた会おう。タカミヤ(・・・・)――――いや、イツカシドウ」

 

「なに……?」

 

 悠然と佇むウェストコットが発した言葉に、士道は眉を寄せた。タカミヤ、崇宮……それは、士道の実妹を自称する真那の姓。つまり、薄ら笑いを浮かべる妙に気に食わない(・・・・・・・・)このウェストコットという男は、士道が知らない彼の何かを知っている、という事になる。

 

「ちょっと待て、あんた……俺の事を知ってるのか!?」

 

「いいや、知らないさ――――――イツカシドウの事はね」

 

「っ、おい待て!!」

 

 ウェストコットが隣に立つエレンの肩に手を置く。すると、随意領域を凝縮させ彼を包み込み、そのまま士道の静止を聞くこともなく空の彼方へ飛び去って行った――――――この、奴らが好き勝手した〝結果〟だけを置いて。

 

「くそ、あの野郎……!!」

 

 やりたい放題しておいて、後はこちらに全て丸投げとはいい根性をしていると皮肉の一つも言いたい気分だった。が、その余裕すら彼から奪い去る〝精霊〟が上空にいた。隣にいる美九ではなく、彼らが助けに来たはずの彼女――――――

 

「あとは……貴様らか」

 

 夜刀神十香と瓜二つの誰か。そう思いたくなるほど重苦しい殺気を放つ、強大な精霊が士道たちを見下ろしていた。

 

「……ちょっと、あなた知り合いじゃないんですかー? ていうかあの子、助けに来る必要もないくらい激強じゃないですかぁ。一体何がどうなってるんですー?」

 

「そう言われても……俺だって何が何だかわかんねぇよ」

 

 思い出すのは、あの時……士道がエレンの凶剣に命を奪われかけたあの瞬間。士道は十香の絶叫を聴いた。どこか、身に覚えがある(・・・・・・・)。そんな風に思えてならない怨嗟の叫びと、黒い光の粒子が辺り一帯を埋め尽くした。

 光が開けた時、全てが変わっていた。漆黒の完全なる霊装を身に纏い、王の如き超越の威圧感を纏う。十香であって十香ではない(・・・・・・・・・・・・)誰かが、そこにいたのだ。

 

「……ふん」

 

「っ、やべ……っ!!」

 

「きゃあっ!!」

 

 僅かに視線を流すように二人を見た十香が、その手に持った剣を乱雑に振り抜く。咄嗟に手にしていた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を盾にするように掲げ、黒い衝撃波を受け流した。

 

「やはり〈鏖殺公(サンダルフォン)〉……なぜ貴様がその天使を持っているのだ?」

 

「十香……!!」

 

 今の攻撃は間違いなく、受け流す事が出来なければ美九と二人揃って死んでいた可能性すらあった一撃だった。十香であれば、このような行動はありえない。少なくとも〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の事は知っていて、十香であって十香ではない誰か……全く、こんな時だというのに頭がこんがらがってしまう。冷静に物事を観察出来る人物の助けが欲しい気分だ。そう、例えば――――――

 

「……あいつに頼りすぎだな、情けねぇ」

 

 頭を振って思考を切り替える。今彼女は隣にはいない。ならば、様子がおかしい十香を元に戻すために自分が努力をするしかない。

 状況を冷静に把握し、対策を考える。単純な霊力の逆流、ではないのは間違いない。今の十香が纏い、手にしているものは士道の見知った霊装や天使とはまた違うものだ。写真にポジとネガがあるように、後者、つまりネガの部分が表に出てしまったように、霊装も天使もその姿を変えていた。

 

 特にあの天使、と呼んでいいのか分からない剣。彼女が〈暴虐公(ナヘマー)〉と呼ぶ黒い輝きを放つ片刃の剣。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と似て非になる巨大な剣に、士道はどこかで見たような、否――――――手にしたことがあるような(・・・・・・・・・・・・)……そんなありえない既視感を覚えた。

 漆黒の剣に目を奪われ、士道が奇妙な感覚を覚えたのと同時に、ふと十香が鋭くした視線を困惑を含んだものに変え、声を発した。

 

「それに、貴様……どこかで……」

 

「え……? 十香、もしかして……!!」

 

「十香――――――それが〝私〟の名前か?」

 

 思い出したのか、一瞬そう思い縋るような気持ちで声をかけたが、やはり士道の事はおろか自らの名前さえ分かっていない様子だった。

 

「一体、どうしちまったんだ……」

 

 何度考え、どれだけ冷静に思考を巡らせてもわけが分からない。渋面の作る士道だったが、彼の中でもたった一つだけ確かな事がある。何があろうと、彼女に何が起こっていようと――――――十香を必ず連れ戻す、ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目に見えぬ程に速い神速と、全てを薙ぎ倒す程に強い二つの神風。走り抜ける神速を魔術師たちは感知することすら叶わず、続いて追う神風に彼らは吹き飛ばされていく。

 人の身であれば視認することさえ儘ならぬこの人知を超えた追いかけっこ(・・・・・・)は、当然といえば当然であるが当人たちはお互いの視野に常に入る形で争っていた。

 

「限定的な能力解放なら、ご自慢の飛行ももそれっぽく落ちて欲しいんですけどね!!」

 

「ふははは、我ら八舞からこうも逃れるとは!! やるではないか白いの!!」

 

「狂三は吸血鬼で私は白いのって、格差ありすぎじゃないですか!?」

 

 もちろん、白い少女の異議申し立てなど聞きもしない耶倶矢が、高速移動を維持しながら槍を構え、虚空へ突く。槍の先端部がドリルのように回転し、極限まで凝縮した台風のような暴風を少女に向けて解き放つ。

 

「ち……」

 

 範囲が広く、巨大だ。恐らく少女を追いながら力を溜めていたのだろう。少女は足に力を込め、放たれた暴風の範囲から逃れるべく上空へと一気に跳び上がる。

 

「捕縛。捉えました」

 

 しかし、少女が滞空する一瞬、そのほんの僅かな隙に夕弦が左手から伸びるペンデュラムの鎖で少女の周りを囲う。風を纏ったその鎖は、そのまま少女の身体に絡みつかんと高速で近づいてくる。

 逃げ道はない。ならば、作るまで。小さな鞘鳴りと共に、少女が刀を抜き放ち鎖へ向かって振るう。金属同士がぶつかり合うような音が響き、刀とペンデュラムが衝突する。撃ち合った鎖が、刀身を搦め取る――――――それが狙い。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「驚嘆。なんと……!!」

 

 元より斬り裂くつもりなどない。気合を入れ、螺旋状に搦め取られた刀をスイングするように全力で振り抜き、鎖の先にいる夕弦を強引に投げ飛ばす。更に、振り抜いたその瞬間に刀を手放し勢いのままビルの上へ着地した。

 

「力で夕弦を負かすとは……貴様、見た目にそぐわぬ剛力を持つか」

 

「いえいえ、力技は得意じゃありません。今のが全力ですよ、残念ながらね」

 

 嘘か本当か。ローブに隠れた顔からは窺う事は出来ない。上空から相対する耶倶矢に遅れて、難なく復帰した夕弦が彼女の隣に立つ。

 

「指摘。ですが、唯一の武具を手放すのは悪手と言えます」

 

「あら……助言、痛み入ります。けど――――――」

 

 宙に軌跡を残し、意志を持っているかのように真っ直ぐ刀が少女の元へ飛ぶ。動揺の一つも見せず再び刀を手にした少女が、笑うように言葉を続けた。

 

「実は、なかなかお利口なんですよ、この子」

 

「呵々、面妖な業を使いおるわ。楽しませてくれる……!!」

 

 これで仕切り直し。さて、どうしたものか。と少女が次のアクションを思案する。なし崩しで始まってしまったが、少女が彼女達に付き合う理由はない。ないのだが、一度姿を現した手前AST――――――ひいては鳶一折紙に押し付けていくというのは少々心苦しい。折紙が半死に体な事を考えると、何が起こるか分かったものではない。

 

「……狂三と違って、こういうのは苦手なんですがね」

 

 愚痴るように呟いて刀を構え直す。正面からの戦いは少女にとって好むものではない。相手の土俵で戦うなど、なおのこと避けておきたいやり方だった。

 少女が取れる選択肢は逃げの一手のみ。それも、彼女たちを引き付けるために姿を隠す手段は使えないときたものだ。狂三ほど器用ではない自覚がある少女としては、なかなか綱渡り(・・・)なやり方であったが――――――

 

「――――む……?」

 

「疑念。ここは……?」

 

 終わりが見えなかったお遊び(戦い)は、なんの脈略もなくあっさりと終わりを迎えた。好戦的な視線を少女に向けていた耶倶矢と夕弦が、急にお互いの顔を見合わせて不思議そうな表情をした。なぜ自分たちはここにいるのか(・・・・・・・・・・・・・・)、そんな風に態度が百八十度回転した二人に、白い少女も首を傾げ、すぐに推測を立てる。

 

「……術者に、何かあった……?」

 

 彼女たちがこうして戦っていたのは、誘宵美九が天使を使って支配下に置いていたから。効果範囲などが存在しないのであれば、突然解除された理由の可能性はそう多くない。使用者が自らの意志で解除した、もしくは強制的に解除しなければならないほど霊力を消費した(・・・・・・・)、このどちらか以外だと最悪の場合も考えられたが――――――遠くで光り輝く、巨大な二つの霊力(・・・・・)を見て、その最悪の事態は免れていると少女は予測を立てた。

 

「……そこのお二人さん。狂三のお知り合いですよね?」

 

 とにかく、動かない事には始まらない。少女は、混乱する八舞姉妹に気さくに声をかける。

 

「質問。あなたは何者ですか? 夕弦たちはなぜここにいるのです?」

 

「後者に関しては話せば長くなりますね。前者は……まあ、私は狂三の名前のない従者とでも思ってください」

 

「え、なにそれちょっとカッコいいじゃん」

 

「……カッコいい、ですかね?」

 

 これをカッコいいと思うのは、なんかちょっと感性がズレている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「私の身を縛ろうとは――――――身の程を知れ」

 

 

 振り下ろされた剣は、万物を斬り裂く必滅の刃。絶対の鎧である霊装を以てしても、今の美九が耐えられる攻撃ではない。

 

 

「――――――――――」

 

 

 悲鳴を上げる〝声〟さえ失い、美九はその場にへたり込んだ。元々、ここに至るまで霊力を考えなしに使い、その上で十香という怪物じみた力を持つ精霊を相手に動きを止めようと無理をした結果が、これだ。

 失ったのだ、何もかも。〝声〟を無くした誘宵美九に価値などない。誰も私を見てはくれない、誰も私を聴いてはくれない。だから、ここで終わりだ。せっかく、せっかく最高の時間を手にしていたというのに、黙って見ていれば良かったのに、何故か彼に手を貸してしまったばかりにこんな事になってしまった。

 

 彼は、五河士道は、諦めることをしなかった。精霊と人間の信頼などという、反吐が出る理屈を当たり前のように言葉にして、大切な人を救うだなんて愚かな行いをする士道を見て――――――誘宵美九は、信じてみたかったのかもしれない。士道を、そして彼を信じていた精霊……時崎狂三を。

 

 強く、美しかった。同じ精霊である美九をして、その力は圧倒的だった。鮮烈だった。気高さがあった。故に、そうであるが故に、美九はそんな美しい精霊が人間の男と通じあっているなど、信じたくなかった。

 だがもし、もしも、万が一本当に、狂三ほどの精霊が信を置くに相応しい、他人を本当に愛せる人間だとしたら――――――そう思ったのが、運の尽き。

 

 愛し、愛される。そんな当たり前で、だけど難しくて、素敵な関係(・・・・・)。美九がもしも、例えば心に傷を負い、擦り切れてしまった時、そんな時に士道と出会えていたらならば。もっと、何か違う道があったのかもしれない。そんなもしも(IF)のお話、辿らなかった道筋。ありえない幻想。〝声〟を失った自分には、上等すぎる夢想。そうして、美九は目を閉じて――――――――

 

 

「美九――――――ッ!!」

 

 

勇者(ヒーロー)の声に、閉じた目を見開いた。

 

 

 

 走る。走る。士道はただ走った。合理的な判断も、冷静な考えも彼の中には存在しない。美九に迫る十香の斬撃。届かせてはならない、彼女に美九を殺させてはならない。美九を死なせたくない。

 彼の頭の中に、数ヶ月前の光景が蘇る。愛しい少女と愛する妹が殺し合い、そして業火が少女を焼き尽くさんとしたあの瞬間。あの時と同じ――――――違う。

 

 同じではない。同じではダメだ。あの時、士道は何も出来なかった。少女を守ってやることが出来なかった。あまりに、少年は無力だった。それでは何も救えない。今、無力だと言い訳をするには早すぎる。

 あるはずだ、美九を守れるだけの力が。それを士道は引き出せるはずだ。願いと、祈りは必ずその天使に届く、届かせてみせる。

 

 その力を彼は識っている。それは、人を慮る究極の慈悲を持つ少女の力。ならば、人を守るための祈りが、願いが、届かぬ道理などない。

 

 天使が祈りを映し出し、願いを叶えるべく輝きを放つ。黒の極光が目前へと迫る中――――――堅牢なる〝氷結〟の盾が、その前に姿を見せた。

 

 

 

 

 

「よう――――――美九、無事か?」

 

「ぁ――――――」

 

 

 僅かばかりに回復した声で、呆然と美九は少年を見た。

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉。美九を守るように立つ士道が手をかざした先には、氷の天使による盾があった。

 

「ぁにを、やっぇ……」

 

「約束したろ。俺が、お前を救って見せるって」

 

「……っ!!」

 

 それは、ちっぽけな約束だった。

 

 

『じゃあなんですか、私がもし十香さんと同じようにピンチになったら、あなたが命を懸けて助けてくれるとでも言うんですかぁ!?』

 

『当然だろうがッ!! その時は俺が――――――お前を救う。約束だ』

 

 

 ムキになって、迷って欲しくて、子供じみた癇癪に彼が迷いなく答えた、言葉。たったそれだけの約束を、〝声〟を無くした価値のない美九を――――――士道は、守ってくれた。

 涙が、止まらない。悲しさではない感情で涙を流したのは、もうどれほど前のことだっただろう。無意識に手を伸ばし、彼の指先に触れる……不快感は、もうなかった。

 

「小賢しい真似を……」

 

 別の天使を使い斬撃を防いだ士道を見て、その奇妙な力に訝しげな表情をした十香だったが、すぐさま追撃をかけるべく剣を振り上げる。士道が痛む身体を押して、今一度手をかざそうとしたその時――――――〝影〟が、蠢いた。

 

 

『きひ――――きひひひひひひひひッ!!』

 

「っ!?」

 

「なに……?」

 

 

 〝影〟が笑う。聞き覚えがある狂気の声に美九は思わず身体をビクリと震わせ、十香は銃弾(・・)から逃れるように空へと浮き上がった。彼女を追い縋るように影が蠢動し、紅と黒のドレスを纏った幾つもの少女が這い出でる。

 

 

「――――――あら、あら」

 

 

 くす、くす。誰かが、笑った。コツ、コツ。靴音を鳴らす。この中で唯一、舞台の登壇者に一切の動揺を見せない彼が……士道が、暗がりを見つめる。月明かりに照らされて、姿を現したのは――――――

 

 

「また無茶をなされたご様子で……そんなお姿も素敵ですわ、士道さん」

 

「ああ……惚れ直してくれたか?」

 

「ええ――――――もう、仕方のないお方ですわね」

 

 

 言葉通りに、困ったように彼女は微笑んだ。優雅で、美しい、士道の女神が――――――時崎狂三が、変わらぬ姿で士道の隣に立った。

 

「ぁ……く、る……」

 

「美九さん? あなた……」

 

 驚きで名前を呼ぼうとしたが、まだ霊力が戻らない美九では言葉に出来なかった。が、察しの良い狂三はそれだけで美九の異常を見抜いたらしく、眉を寄せる。

 

「そう、でしたの。〝声〟を枯らしてまで……」

 

「っ!!」

 

 狂三が美九に手を向ける。天宮スクエアでのトラウマか、本能的に身を竦めて目を閉じ――――――

 

「――――――感謝いたしますわ」

 

「……ぇ」

 

 意外すぎる感謝の言葉と、優しく頭を撫でる狂三の手に理解が追いつかず声をもらした。なぜ、彼女が自分に感謝などするのだろう。こんな、価値のない自分に対して、なぜ。

 

 

「そんな風になるまで、士道さんを守ってくださったのですね。こんな危険な場所に来る事になって、大切な声を枯らして――――――美九さんは約束を守ってくださった」

 

「ぁ……」

 

「ありがとうございます。士道さんが無事でいられたのは、美九さんのお陰ですわ」

 

 

 そんな事はない。守ってくれたのは彼だ。約束を果たしてくれたのも、彼だ。美九はただ、意地とくだらないプライドだけでここに来てしまったに過ぎない。

 でも、美九にとっては小さく、偶然であろうとも、狂三にとっては大切な事、なのだろう。戦場で見せた大胆不敵な笑みでも、人を嘲り笑う顔でもなく――――――見惚れるほど優しい、人を想う微笑みが、何よりそれを物語っていた。

 

 人を想って、人を愛して、だから人のために感謝の心を込めて、時崎狂三は美九を思いやっていた。大切に想って、言葉にする。そんな当たり前の、無くしていた事を――――――無くしたと、思っていた心を、誘宵美九は再び見つけ出した。人は、精霊は……こんなに優しく、微笑む事が出来るのか。

 

「さ、後は任せてくださいまし」

 

「……!!」

 

「あら……」

 

 小さく首を振り、狂三を、そして士道を見遣り無茶だと言う視線を向ける。少し意外そうに目を丸くした狂三は、一転して目を細め、不敵な笑みを浮かべる――――――約束を宣言したあの時の彼と、よく似た微笑みを。

 

 

「ご心配には及びませんわ。知っての通りわたくし――――――綺麗なだけの女ではありませんのよ?」

 

 

 優雅で、可憐で、それでいて大胆に。美九に背を向け、金色の瞳だけを美九へ向けた狂三が、告げる。それは、月明かりに照らされ、あまりに幻想的な美しさだった。美九が……ついでに隣に立つ士道が見惚れ、頬を赤く染めてしまうほど、あらゆる美しさを時崎狂三は自らで描いていた。

 

「……ほんと、良い女だよな、お前」

 

「あら、今更お気づきになられましたの?」

 

「まさか。惚れ直しただけさ。俺は、お前の魅力をこの世で一番わかってるつもりだぜ」

 

「うふふ、お上手ですこと。では、参りましょう」

 

「ああ――――――美九」

 

 士道を掴んでいた手を優しく引き離し、微笑みかける。

 

 

「……行ってくる。お姫様を助けに――――――約束を、守りに」

 

「ぁ…………」

 

 

 彼の言葉を受け入れ、コクリと頷いた美九に再度微笑みかけ、士道は真っ直ぐに歩き出す。空で『狂三』と戦闘を続ける、十香の元へ。

 

「さて――――――格好良くお決めになった士道さん? 何か十香さんを救う策はありまして?」

 

「…………いつも通り、だな」

 

「台無しですわね」

 

 半目で手を腰に当てた狂三の容赦のない指摘に、うぐっ、と痛む身体に鞭を打つようなリアクションを取ってしまう。

 

「仕方ないだろ!? 十香がどうなってるのかも分からないし、琴里も可能性があるとしたらそれしかないって言うんだから!!」

 

 先程、十香とエレンの戦闘で天井が崩れたお陰と言うべきか、〈フラクシナス〉との通信が回復して琴里と連絡を取る事に成功はしたのだが、結局のところ士道には十香に何が起こっているかも分からず……琴里が上げた〝可能性〟も、いつも通り(・・・・・)としか言えないのだ。

 とはいえ、その辺の事情を分かっていないとは思えない狂三が、微妙に辛辣な気がするのは……少々不機嫌そうに見える表情から、気の所為ではないと思う。

 

「……こんな時に聞く事じゃないとは思うんだが、狂三、機嫌悪くないか?」

 

「いいえ、全く。少し夢見が悪かっただけですわ。決して、無茶をするなと申し上げましたのに全くお聞きにならず、他の女性に現を抜かすお方の事など、わたくし全く、全く気にしていませんわ」

 

「それで気にしてないって説得力ないよな!? 無茶をしたのは悪かったけど、他の子に現抜かした記憶はないんだが!?」

 

「……そのお言葉、後で後悔なされなければよいですけれど」

 

自分に身に覚えがあるだけに(・・・・・・・・・・・・・)、美九が士道を見る目の変化はすぐにわかった……が、本当はその事に機嫌を損ねているわけではなかった。士道の魅力は万国共通、それは仕方のないことだ。ただ、分かっていてもいつも通り(・・・・・)と聞いて、常に平常心を保っていられるほど、彼女と士道との距離は遠くなかった。その手段が有効(・・)であるとわかるが故に、尚更。

 

「まあ、実のところ琴里さんが言う〝可能性〟は間違っていませんわ。〝裏側〟に眠ってしまわれた十香さんを起こすには、十香さんを強烈な何かで揺さぶる必要がありますもの。理に適ったやり方ですわ――――――そのお身体では、チャンスは一度と言ったところでしょうけれど」

 

「っ!! ……バレてたか」

 

「わたくしを見くびらないでくださいまし。天使の乱用に加え同時顕現……立っているのもやっとでしょうに」

 

 狂三の言う通り、人の身で天使を使い続けた代償は、今この瞬間でも士道の身体を蝕んでいた。身体がバラバラに千切れてしまうような痛み、それを治癒しようと焔が全身を駆け回り焼き尽くす感覚。走ることは疎か、既に立っていることさえやっとの思い。いや、常人であれば発狂していてもおかしくはない。

 だが、士道は平然とした顔で狂三の隣に立っていた。なぜかと言えば、理由は幾つもある。十香を助けるまで倒れるわけにはいかないのが一つ。もう一つ、重要な事があった。人から見れば無意味でも、士道からすれば十分な理由になる男のプライド。

 

 

「知ってるか、狂三。男ってのは……好きな女(・・・・)の前だと、見栄を張りたくなるんだぜ?」

 

「っ――――――本当に、困ったお方」

 

 

 多少の強がりがなければ、好きな女を落とせない。そう言わんばかりの笑みに、月明かりに照らされた狂三の頬が、ほんのり赤く染まった。強がりの効果は、思いの外あったらしい。

 蠢いた影から銃が飛び出し、狂三の手に収まる。それを顔の近くで掲げた狂三が、声を発した。

 

「士道さんの強がりに免じて、わたくしが十香さんの動きを止める役割を担って差し上げますわ。ただし、今の十香さんの霊力を考えると全てが成功するかは50/50(フィフティーフィフティー)。命懸けのゲームですわ。お覚悟はよろしくて?」

 

「狂三で五割なら、残りの五割は俺が受け持つ。それで100%。十香を絶対連れ戻して、お前とのデートの約束もきっちり果たす……これで、完璧だろ?」

 

「ええ、ええ。素晴らしいですわ、最高ですわ」

 

 トントン、と狂三がステップを踏むように靴音を鳴らし、空へと浮かび上がる。

 

「さあ、さあ。始めますわ、始めますわ――――――囚われのお姫様を助けて見せましょう」

 

 一気に空へと舞い上がり、足止めをしていた『狂三』と入れ替わるように狂三が十香と相対する。

 囚われのお姫様。この場合は、眠り姫。どちらにしろ、王子様に救われる事が決定づけられた、乙女であればあらゆる少女が憧れ、夢想する立場だろう。

 

 ああ、嗚呼。では、果たして時崎狂三の場合は――――――どうであろうか?

 

 

「き、ひひひひ!! 柄にもないことを考えますわね、わたくし」

 

「貴様……何者だ?」

 

 

 〈暴虐公(ナヘマー)〉を突き付け、王の威圧を持った眼光で狂三を射抜く。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉が虚空へ浮かび上がる。時の女王は、悠然と、事実だけを答えた。

 

 

「ごきげんよう。わたくしは〝精霊〟ですわ。以後、お見知りおきを――――――可愛い精霊さん(羨ましいお姫様)

 

 

 

 

 






最近元から決まってるタイトル以外が全然良い感じの思い浮かばなくて困ってる人です。いや決まってる方が珍しいんですけどね(VSシリーズとかは元から決まってる)

そんなことはさておき、やっとヒロイン合流と相成りました。原作では有り得なかった相対。ある意味ワイルドカードとワイルドカードがぶつかり合う構図。囚われのお姫様なんて柄ではない、と狂三は語るのでしょうが。最後の言い回しちょっと私としても気に入っていたり(自画自賛)

次回、長かった美九編もいよいよクライマックス。久しぶりに精霊同士の厨二バトル勃発。感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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