空に立つ夜色の魔王。空に乱舞する紅黒の女王。似て非なる彩を持つ少女が、本来交わらざる者たちが、星空の下へ集う。魔王は剣を、女王は銃をその手に宿し――――――
「小癪……!!」
十香が剣を薙ぎ払い、剣閃が漆黒の光となり舞う。先程までのお遊びのような力加減ではない、相手を滅する暴君の斬撃。辺りに飛び交う『狂三』をまとめて斬り裂いていく。しかし、彼女の足を止める分身体は並大抵の数ではない。一閃により消えていく自分たちに動揺も見せず、恐ろしい数の分身が銃撃の雨を降らせる。
「さあ、さあ。十香さん、今すぐ帰って来なければ、わたくしが士道さんの美味しい美味しいお料理をいただいてしまいますわよ?」
「何を言っている。貴様も、私を惑わすか!!」
銃撃の雨は全て霊力の壁、そして、僅かに通ったところで彼女の霊装によって遮られている。対して、彼女が剣を振るう度『狂三』は削り取られていく。狂三の影の弾丸は神秘で守られた防壁を貫く力がある……が、その弾丸以上に十香の発する霊力がデタラメだった。
通常の攻撃では埒が明かない。そんな事は、狂三自身がよく分かっていた。故に、分身体はひたすらに足止めと目くらましに徹している。分身に紛れ込む形で銃を構えた狂三が、一つの弾丸を放った。
「――――【
散弾のように降り注ぐ鉛玉と共に、時を静止させる禁断の一撃が駆ける。誰であろうと、この【
「ち……!!」
「っ……」
時間停止の弾丸が突き刺さる。そう確信したその瞬間、十香が舌打ちと共に弾丸を
無論、避けられたからといっていつまでも動揺を引きずる狂三ではない。すぐにいつもの超然とした表情に戻り、十香の放つ斬撃を回避する。
「貴様……どうやら妙な力を使うようだな。
「きひ、きひひひひひひ!! 恐ろしいですわ、恐ろしいですわ。たったそれだけで、わたくしの一撃を見抜いたというわけですのね」
鋭く睨みつける十香に対し、狂三は優雅な微笑みで返す。狂三の力は確かに強大ではあるが、当たらなければ意味がない。しかし――――――それを初見の攻撃で見抜かれたのは初めてのことだった。
だが、十香ほどの精霊であれば可能だと不思議と狂三は納得していた。夜刀神十香という精霊は、何も他の精霊のように特殊な〝何か〟を持っているわけではない。
精霊はその力の持ち主によって全てが違う。狂三のように時間操作という驚異的な能力に特化した者。四糸乃のように氷を自在に操れる者。琴里のように炎と再生能力を所持する者。八舞姉妹のように人知を超えた暴風を司る者。美九のように声に様々な力を乗せ歌う者。白い少女のように侵されぬ自らの領域を纏う者。
では、特殊能力に長けた〝何か〟を持たない夜刀神十香は精霊の中で劣っているのか――――――否。時崎狂三は彼女こそ〝最強〟であると確信を持って断言しよう。
特殊な力を持たないが故に単純。単純な故に、
「はっ――――――怪物、ですわね。
時崎狂三が戦術を立て、常に冷静さを保ち手段を選ばず戦う女王ならば。夜刀神十香はあらゆる戦術を、暴君のように不条理で強大な力を持って叩き潰す女王……今は、魔王か。
狂三と張り合えるだけの最強の精霊。そんな彼女を相手に、狂三は手加減をしながら戦わねばならない。殺し合いであれば、狂三はあらゆる手段を尽くし、どんな方法であろうとかの最強を上回って見せよう。だが、相手を止める為に戦う狂三と、殺す気で剣を振るう十香ではどうしても差が出来てしまう。
十香の〝反転〟を考えれば、この戦い長引けば長引くほど裏側に堕ちた彼女を引っ張り出せる可能性は低くなっていく。加えて、ここに至るまでの霊力消費、分身体の消耗は狂三にとって不利な要素となる。
自身の力と十香の力。頭の中でそれを反復し、戦術を組み立てる。【
少しでも距離があっては避けられてしまう、あまりにも理不尽な確信。ならば、絶対に避けられずに当てられる唯一の方法――――――手加減、と言ったが最強を相手にするには
「まったく……わたくしともあろうものが、ヤキが回りましたわね」
時間をかけるわけにはいかず、尚且つ十香を傷つけすぎてもいけない。更には、自らの霊力まで気にする必要がある。なんとも無茶苦茶なオーダー。狂三の力を直感で避けるような相手に無理難題な戦略。
「〈
だが、狂三は迷いなく〝それ〟を選択した。文字通り命懸け。五河琴里との戦いの時、彼女が冷静さを失い狂っていたというのなら、これより先は冷静さを保ちながら狂っていると言わざるを得ない。
時崎狂三には成すべきことがある。だから、本当ならこんな事に付き合う必要はない。狂三は、恐らく
愛しい人が見ている。愛しい人が願っている。誰よりも優しく、誰よりも欲深いあの方が、夜刀神十香を救おうと足掻くなら――――――
「【
応えてみせよう。優雅に、鮮やかに、美しく――――――彼の心を魅了するのは、狂三を置いて他にはいない。
「ほう……!!」
高速化した狂三の
「ようやく本気になったか……それでいい、私を楽しませて見せろ!!」
「っ!!」
神速の領域にいる狂三の攻撃を難なく受け止め、音速の剣技を容赦なく振るう。
音速の剣を受け止める、のではなく受け流し、反撃の打撃を打ち込みながら引き金を引き、影の銃弾を見舞う。銃撃に霊装を抉られながらも、十香の斬撃は鋭さを増す。剣圧でさえ地を抉り取る暴君の一撃。受け流してこそいるが、狂三の霊装も十香と同様に傷を増やしていた。
常人どころか、並の精霊でさえ彼女たちの動きを見る事は出来ない。不可侵に干渉した神速と、その反則手すら上回る音速が衝突を繰り返し、夜空に数え切れないほどの火花を散らす。
何度目か、数えるのが馬鹿らしくなるほどの打ち合いの中の一撃を受け流しながら、狂三はチャンスを待っていた。神速の感覚領域の彼女を上回る音速の太刀筋。近接戦闘に置いて、狂三が最強の十香に勝る道理はない。だが、一撃に関しては狂三には最凶の決定打が存在する。正体は分からない迄も、十香とてそれを承知の上で狂三との打ち合いを行っている。
避けられない本命の一撃。それを狂三は狙い、十香もまた同様だった。そして――――――
「――――――――」
「――――――――――――」
黄金の瞳に映り込む、剣を振り下ろす十香と、銃を構える狂三。一見、互角に見えるその光景。しかし、主である狂三への警鐘を意味しているのであれば、答えは明確だった。僅かに、
この未来を見せたということは、このまま行けば確実に狂三は十香の一刀に霊装ごと斬り伏せられる。たとえ反撃ではなく回避を選び、打ち合いを続けたところで、再びこの未来が待ち受けているだけだろう。【
熟考を極限まで引き伸ばし、選ぶべき未来を予測する。二秒先に引き起こされる未来、それを凌駕する手段――――――――その手の中に、存在した。
一秒。狂三が
「――――――【
「――――――――っ!?」
停止ではなく
「【
二秒。振り下ろされる刃と、構えられた長銃。全てを斬り裂く音速の剣を――――――神速が凌駕した。
不可逆に干渉する絶対無敵の弾が飛翔し、十香へ迫る。紙一重、避けようのない一撃。必滅の一撃を振るっているのは十香も同じこと。そんな状態で避けられる
勝負を制するであろう黒の弾丸が、入った。だが――――――
「っ――――――はぁっ!!」
怪物は、お互い様。その言葉通りに、十香もまた最強の怪物だった。放たれた【
剣の代わりに放たれたのは
「ぐ……っ!!」
防いだとはいえ、十香の右ストレートはそれだけで人を殺せる破壊力だ。真っ向から受け止めて、その場に留まるということは不可能だった。勢いを受け流し、吹き飛ばされながらもなんとか狂三は空中で体勢を立て直す。
「デタラメな方ですわね……!!」
【
「……っ」
次の手を、そう思考を巡らせる狂三の様子が変わる。身体が、どこか軋むような感覚を持っている。それだけではなく、唇から一滴の血が流れた。拳を受け止めた際、唇を切ったというわけではない。鉄の味がじわりと迫り上がる口に不快感を覚えながら、狂三はこの異常の原因を予測していた。
【
「ああ、嗚呼――――――面白くなってきましたわねェ!!!!」
笑っていた。最凶の精霊は、狂気にその身を浸し、命の取り合いを笑っていた。ああ、アア、嗚呼、
「くっ、はは――――――ははははははははッ!!!!」
それは、十香も同じだった。
「良い、良いぞ。もっと私を楽しませろ――――――精霊!!」
〝十香〟を傷つける者を全て滅する、宵闇の魔王。その中で見つけた、得難き好敵手とも言える似て非になる精霊に、彼女は歓喜の叫びを上げた。
十香が踏み抜くように足を付けた虚空に、波紋が広がる。空を揺らし、王座がその姿を現した。
「〈
「さあ、さあ!! 踊りましょう――――――」
砕け散った王座が、片刃の剣へ纏わり付き、全てを滅する最強の剣は真の姿へと変貌を遂げる。
時の女王が謳う。唯一にして絶対。彼女が持つ最凶の天使。最強との相対に相応しい、悠久の時を刻む。
「――――【
「――――〈
可視化するほど濃密な霊力がぶつかり合い、空間が砕けんばかりの振動が世界を揺らがせる。最凶と最強が相対するこの空間は、精霊が生まれ落ちて以来、これまで前例のない異次元の領域に到達しようとしていた。お互いの霊装が砕け、傷ついているのも構わずに、ただ、
時空が歪み、悲鳴を上げている。そんな音が響き渡る中、二人がお互いの武器を振り抜かんと動く。死か、静止か。
「十――――香ああああああああッ!!!!」
『ッ!?』
「貴様、まだ――――――ぅ、ぁ……?」
この強者との戦いに水を差す無粋な人間。だが、十香は己を見上げる彼を見た瞬間、突発的に動きを止める。止めざるを得なかった。
『――――君、は……』
『……名、か――――――そんなものは、ない』
なんだ。知らないはずの光景が、彼女の脳裏に浮かび上がる。自分ではない自分の記憶に縛り上げられる。左手で額を押さえ、呻き声を漏らす。
「シ、ドー……」
「っ、十香さん……!?」
「ぐ、っ……ぁ……この――――――私を惑わすな、人間!!」
士道の呼びかけを聞き、明確に様子が変わった十香を見て狂三が目を見開く。それを振り払うように、十香は暗く輝いた剣を再び振り上げる。狂三ではなく、自らの邪魔をした士道へ向かって。
「!!」
狂三が士道の元へ飛ぶ。だが、到達までは間に合っても離脱までは追いつかない。音速の剣は振り下ろされ、剣先より到る絶対的な破壊の化身は全てを滅するであろう。そのようなこと、分からないはずがない。けど、彼女は迷わず士道の元へ駆けつけた。それは何故か――――――狂三が信を置く、音速を凌駕する
「ふっ!!」
「……!?」
剣を振り下ろす直前、知覚外の距離から一気に詰め寄った白い少女が、巨大な剣の刀身ではなく柄の部分へ刀をぶつける事で強引に動きを塞き止めた。しかし、並の精霊を遥かに凌駕する十香の膂力を考えれば、少女が拮抗出来るのはこの一瞬のみ。故に攻勢は、これだけに終わらない。
「お二人……頼みますっ!!」
「はい――――〈
『よっしゃーぱわーぜんかーい!!』
少女が合図をしたと同時に特大の冷気が十香へ襲い掛かる。それは、少女が弾かれるように離脱した瞬間を狙いすまし、咄嗟に霊力の障壁を張った十香へと到達した。
白い少女と四糸乃の援護を受け、狂三は僅かばかりの猶予を得て士道の隣へと降り立った。
「わたくしが止めると仰いましたのに……我慢弱いお方ですわ」
「生憎、堪え性がなくってな。それに、そんなにボロボロになるなんて聞いてなかったから身体が勝手に動いちまった」
「うふふ。これで士道さんとお揃い、ですわね?」
「……物は言いようだな」
服装は傷だらけで、身体の中身までボロボロ。そんな状態でさえ、狂三はいつもと変わらず
「さあ、さあ。あまり時間は残されてはいませんわ。わたくしのやり方が嫌だと仰るなら、士道さんにわたくしを納得させるだけの考えがありまして?」
「俺を――――――十香のところへ連れて行ってくれ」
士道の言葉に、向かい合っていた狂三が目を細める。微笑みこそ変わらないように思えるが、士道の判断に呆れにも似た思いを抱いているようだった。
「……わたくしに、あなた様を見殺しにしろ。そう、仰いますの?」
今の十香へ無策で近づくということは、つまりは狂三の言葉に直結する。十香が今なお振りかざす【
「そのような事をなさるのであれば、わたくしはあなた様を今すぐにでも
「嬉しいこと言ってくれるな……俺は諦めたわけじゃない。狂三も見たろ、十香は
気が狂った自暴自棄の選択、で片付けるのは容易い。しかし、士道の瞳は何一つ諦めてはいないし、自暴自棄になったわけでもない。そして、士道の考えが分からぬ狂三でもなかった。
「……霊力を解放した十香さんが、先程のように士道さんの呼び掛けに答える可能性はありますわ。それで隙が出来るとお考えなのでしょうが……」
「ああ、確実じゃない。でも、賭けるには十分だ。こんな俺に
士道には十香を救った
「……てかな。命懸けのゲームって言ったのに、命懸けてるのはお前だけじゃねぇか。わざとああいう言い方しただろ」
「あら、あら。そんなことありませんわよ。動きを止めたところで、十香さんに接敵すること自体が自殺行為のようなものですもの」
さも止めるのは簡単、みたいな言い方をしていたが蓋を開けてみれば狂三の方が遥かに命懸けだった。白を切る狂三だったが、彼女が言った
「そうだな……けど、お前一人が無茶するくらいなら、俺も一緒に行く。言ったろ、一人で五割なら――――――俺とお前で、100%だ」
「あなた様は……」
いつもこうだ。いつもいつも、甘い理想論ばかりを語り、突き進んで行く。狂三の
――――――そろそろ、認めなければならない。散々、言い訳をしてきた。分からないと目を瞑っていた、狂三が目を逸らしていたこと。〝悲願〟の為の理になるから、士道に力を貸していた。その事に偽りはない。でも、全てではないだろう?
それ以上に狂三は、彼の理想を、願いを――――――無にしたくなかったのだ。届いて、
がむしゃらに誰かを救おうとする士道が、もしもその果てに狂三の心に届く時――――――――相反する願いを、今は封じ込める。
僅かな沈黙。士道は一瞬たりとも、狂三から目を逸らすことはなかった。本当に、
「わかりましたわ。策とさえ言えない物ですが、認めて差し上げますわ」
「!! 狂三……」
「勘違いなさらないでくださいまし。これ以上わたくしが十香さんを刺激するより、士道さんの説得に賭けた方が勝算があると判断したに過ぎませんわ」
そもそも、標的が狂三から士道に移った時点で彼女は守りに入らざるを得ないのだ。そんな状態で十香と再び戦う事は如何に狂三と言えど難しい。結局は、彼の説得に全てを託す他ない。
どこまでも欲深い。その底知れなさは献身的、などという言葉では収まり切らない。彼が大切だと思う全ての者に向けられる〝愛〟。その危うさすら感じられる愛を、今この場で一心に向けられているのは――――――
「本当に――――――妬いてしまいそうですわ」
「……?」
「きひひひ!! では、では……お姫様の説得、お任せ致しますわ。それ以外は全て、
スカートを摘み、一礼する。何度見ても鮮やかな仕草に見とれながら、士道は頷き狂三の側へ歩く。狂三に抱えられる形で、士道は十香の元へ飛び立った。
「十香」
「な……っ」
氷の奔流に足止めされながらも、十香は剣を下ろそうとはしない。しかし、士道が呼びかけた途端、怯えるように肩を揺らした。
「よう、助けに来たぜ」
「ッ……来るな……」
「随分待たせちまったな……帰ろう、みんなが待ってる」
「やめろ……ッ!!」
何を怯える必要がある。たったの一太刀で塵に返る人間を相手に、私は何を怯えているのだ。
先程まで戦士としての顔をしていた〝精霊〟が、人間の隣であのような
「――――十香」
穏やかな、微笑みだった。十香、十香、聞き覚えがない名前――――――内に眠る〝彼女〟の名前。
「っ――――――来るなあああああああああああアアアアアアアアアアッ!!!!」
理解することを拒む、絶叫。終焉をもたらす魔王の剣は振り下ろされ――――――士道の視界は、闇に染まった。
「は――――――はは、ははははははっ!!」
滅殺の光は呑み込んだ一切合切を灰塵に帰した。ビルも、地面も、街並みも、一直線に全てを――――――目の前にいた、愚かな人間すらも。
終わった。これで終わったのだ。彼女を惑わす不可解な存在が、〝彼女〟を絶望させる者達が。
「消えた。消えた。ようやく――――――消えた。私を惑わす奸佞邪智の人間が……!!」
「ふん、何を嗤っているのだ、我が従僕よ。勝ち誇るには未だ一手足りぬのではないか?」
「保護。夕弦たちの先見性は我ながら惚れ惚れします」
「っ!?」
一陣の風が吹いた。その風に導かれるように、十香は顔を上げる。自らがいる場所より更に上空に――――――
「――――――あ」
「悪いな、助かったよ、二人とも」
「ククク、気にするでない。そして、我らの動きをよくぞ見極めたものだ」
「称賛。流石は狂三です」
「うふふ。お褒めに預かり光栄ですわ」
士道の賭けを提案された時点で、姿を隠してくれていた耶倶矢と夕弦の事は狂三も把握していた。でなければ、説得の為とはいえあんなギリギリまで接近したりするものか。十香が【
「……やっぱ、こういう駆け引きはお前にかないっこないな」
「あら、あら。前にも仰ったではありませんの――――――わたくし、賢しい女なのですわ」
ここまで折り込み済みだった事に気づいた士道が、呆れた表情で笑っている。自信満々に、事実だけを誇るような微笑みで狂三は言葉を返した。
「ぐ、なんだ……私、は……?」
巨大な剣を持った〝精霊〟が、士道を
「この光景を、どこかで――――」
「――――――ああ、ああ」
十香ではない彼女が、果たしてどのような記憶を見ているのか。他の誰でもない、時崎狂三には分かる。大切な、夜刀神十香だけの記憶。五河士道の物語が始まった最初に、救われた彼女だからこその
十香の名前を呼びながら、空から降ってきた少年。あの時の狂三は、まだその感情の名を知らなかった。でも――――――とても素敵な光景だと、思っていた。
「こういうのを――――――〝運命〟とでも言うのでしょうか」
十香と士道だけの、運命と。
だとすれば、今の狂三の役割は――――――悔しいが、あの炎の精霊と同じなのだろう。
「狂三……?」
「さあ、士道さん――――――幸運を」
「ちょ……!?」
トン、と背中を押し、風の結界を纏った士道を
どこか懐かしさを覚えながら、士道は一直線に十香の元まで運ばれて行く。最後の最後、可愛らしいイタズラをしてくれたものだなと叫びそうになる浮遊感に耐え……士道は、ようやく十香を抱きしめる事が出来た。そこで、士道が来たことにたった今気がついた十香が言葉を発する。
「な、貴さ――――――」
それが最後まで辿り着く前に――――――彼女の全てが、少年に塗り潰された。
宵闇の光が天に還っていく。粒子となって、消えていく。ぼんやりと浮かび上がりつつある朝日と合わさり、幻想的で、この世のものとは思えない美しい光景だった。
消え行く霊力の波動を肌で感じながら、しかし狂三はその光景に目を奪われることはなかった。こんなものより、もっと
お姫様の呪いを解く、たった一つの奇跡。バカバカしいと一笑して、受け入れる事はありえないと考えて――――――
「――――――羨ましいこと」
今は、誰よりも
「呵々、何か聞こえてしまったなぁ、夕弦よ」
「拝聴。確かに、目の前に集中するあまり誰もいないと思って呟いてしまった……そんな発言を耳にしました」
ピタリ、全身をフリーズさせた。ガッツリ聞かれていた、風に消えてなどいないしどちらかと言えば彼女たちが風そのものの化身だった。
こんな時こそ冷静に、クールに、狂三は取るべき手段を思考する。その手段とは――――――
「…………さて、なんの事だかわたくしにはさっぱりですわ」
「くく……そう恥ずかしがることはないぞ狂三よ。貴様の気持ち、我らにも分かるというもの」
「さて、なんのことでしょう?」
「いやいや、恥ずかしがることないって。狂三にもそういうところあるんだなって、むしろ安心したし」
「さて、なんのことでしょう?」
「……いや、だからさ……」
「さて、なんのことでしょう?」
しかも、厄介なくらい力技だった。
「ね、ねぇ狂三。そんなに意地張ることないじゃん? あんたが士道のこと好きなの、みんなわかってるんだし」
「なんの、ことで、ございましょう?」
「…………う、うえええええええん!! 夕弦ー!! 狂三がいじめるうううううううううう!!」
「抱擁。おーよしよし」
「あら、あら。耶倶矢さんが可哀想ですわー」
「よしよし、ですわ。大人気ない『わたくし』ですわー」
「本当に。強情ですわー、卑しい女ですわー」
ナチュラルに混ざった分身体たちにビキ、と額に怒りを込めた血管が浮かび上がる。なぜ自分たちなのにこちらに肩を持たないのか。それと、誰が卑しい女だ。
なんだか、一気に疲れが押し寄せた気分だ。そんな内心をおくびにも出さず、狂三は戯れる彼女達を置いて一足飛びに瓦礫だらけのビルへ着地した。
辺りを見渡せば、ボロボロに破壊され尽くした街並み。そんな中、四糸乃、八舞姉妹、美九……そして、十香と士道。誰一人欠けることなく終わる事が出来た。こういうのを、一言で纏めると。
「大団円、ですわ――――――」
「なに良い感じに纏めようとしてるんですか、このジャジャ馬の女王」
「ひゃんっ!?」
脳天に勢いよく
結構な勢いだったのか、微妙に痛がって頭を押さえる狂三という貴重な光景を披露しながら、彼女は振り返って凶行の犯人に向かって口を開いた。
「な――――何をなさいますの!?」
「何を、ねぇ……私に、報告一つ入れないで突っ込んで行った女王様への、ささやかな仕返しですが?」
嫌味ったらしく、言葉を区切りながら少女は腕を組んで僅かに狂三を見上げるように立っていた。
……そういえば、士道の元へ向かう際、分身体への言伝を忘れていた気がする。それなりに長い付き合いだからこそ、顔を見なくとも分かる。少女は、今までにないくらい怒っていた。
出来るだけいつものようなキリッとした表情を作り、少女へ弁解を口にする。
「……あ、あなたなら来て下さると思っていましたわ」
「たった今思いついたみたいな言い訳どうもありがとうございます。私はともかく、狂三に何かあったら取り返しがつかないの分かってます? あなたはいつもいつも勝手に飛び出して行って……確かに私は、狂三の行動を肯定します。しますが、どこへ行くか知ってるのと知らないのとでは違うんですよ、その辺り本当に分かってます!?」
「あなたはわたくしの母親ですの!?」
確かに、〝反転〟した精霊と真正面から戦闘を行うという今までの中で一番の無茶をした自覚はあるが、過保護な母親かと言いたくなる、いや実際にそう反論したのだが、こんなところでお説教などたまったものではない。主に、狂三の大人っぽいイメージの崩壊という意味で――――――さっきの迂闊な発言を聞かれた時点で、もはや手遅れだし別にイメージ全てが揺らぐわけではないと狂三が気づくことはない。
「ぷっ――――あはははははははっ!!」
狂三と白い少女のやり取りに皆が呆気に取られる中、士道が突然笑い出した。あまりにも
「っ、士道さん!!」
「はは、悪い悪い。なんか気が抜けちまってさ……」
「まったく、見世物ではありませんのよ」
見ればお互いに、これ以上ないくらいボロボロだった。でも、全員が無事という奇跡のような終わり方。最初に言った通り、彼らの周りは全部綺麗に終わったのだ。
DEM――――アイザック・ウェストコットの目的。あの十香の姿はなんなのか。増えた謎は多いけど、そういうのは後で考えれば良い話だ。
どちらからともなく、士道と狂三は笑いあった。
「お疲れ様、と言わせていただきますわ、士道さん」
「おう、狂三も……お疲れ様だ」
今はただ、この長い一日の
もっと、もっと長く、果てしなく続く二人の
Q.一の弾の重ねがけとか出来るの? A.原作のだと流石に無理な気がする。時間延長くらいは出来そう。つまりリビルド独自の要素。
制約ないなら限界まで分身体使って身動き取れなくして撃つか、時間かけて完璧な不意打ちで決めるかくらいはしそう。何が言いたいかって言うと制約つけないと簡単に無双しかねませんきょうぞうちゃん。あからさまに十香を羨んでて隣の芝生は青いねきょうぞうちゃん。
次回はエピローグ。感想、評価などなどもらえると私が小躍りしてめちゃくちゃ喜びますのでよろしくお願いします。では次回をお楽しみに!!