デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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美九編クライマックス。厨二全開のバトル始まり


第四十九話『最凶VS最強』

 

 

 空に立つ夜色の魔王。空に乱舞する紅黒の女王。似て非なる彩を持つ少女が、本来交わらざる者たちが、星空の下へ集う。魔王は剣を、女王は銃をその手に宿し――――――死合(・・)の刻を奏でていた。

 

「小癪……!!」

 

 十香が剣を薙ぎ払い、剣閃が漆黒の光となり舞う。先程までのお遊びのような力加減ではない、相手を滅する暴君の斬撃。辺りに飛び交う『狂三』をまとめて斬り裂いていく。しかし、彼女の足を止める分身体は並大抵の数ではない。一閃により消えていく自分たちに動揺も見せず、恐ろしい数の分身が銃撃の雨を降らせる。

 

「さあ、さあ。十香さん、今すぐ帰って来なければ、わたくしが士道さんの美味しい美味しいお料理をいただいてしまいますわよ?」

 

「何を言っている。貴様も、私を惑わすか!!」

 

 銃撃の雨は全て霊力の壁、そして、僅かに通ったところで彼女の霊装によって遮られている。対して、彼女が剣を振るう度『狂三』は削り取られていく。狂三の影の弾丸は神秘で守られた防壁を貫く力がある……が、その弾丸以上に十香の発する霊力がデタラメだった。

 通常の攻撃では埒が明かない。そんな事は、狂三自身がよく分かっていた。故に、分身体はひたすらに足止めと目くらましに徹している。分身に紛れ込む形で銃を構えた狂三が、一つの弾丸を放った。

 

 

「――――【七の弾(ザイン)】」

 

 

 散弾のように降り注ぐ鉛玉と共に、時を静止させる禁断の一撃が駆ける。誰であろうと、この【七の弾(ザイン)】の力から逃れる事は出来ない。例外はない、突き刺されば逃れる事は出来ない絶対無敵の弾丸。時崎狂三が持つ切り札の一つと言える、彼女が特に信頼を置く無慈悲な一撃――――――当たりさえすれば(・・・・・・・・)

 

「ち……!!」

 

「っ……」

 

 時間停止の弾丸が突き刺さる。そう確信したその瞬間、十香が舌打ちと共に弾丸を避けた(・・・)。今まで、影の弾をどれだけ撃ち込んでも動揺一つ見せずに霊力を編み込んだ障壁で弾いていた十香が、【七の弾(ザイン)】の弾丸だけを的確に避けた事に狂三は驚きで目を見開いた。

 無論、避けられたからといっていつまでも動揺を引きずる狂三ではない。すぐにいつもの超然とした表情に戻り、十香の放つ斬撃を回避する。

 

「貴様……どうやら妙な力を使うようだな。嫌な匂い(・・・・)がした」

 

「きひ、きひひひひひひ!! 恐ろしいですわ、恐ろしいですわ。たったそれだけで、わたくしの一撃を見抜いたというわけですのね」

 

 鋭く睨みつける十香に対し、狂三は優雅な微笑みで返す。狂三の力は確かに強大ではあるが、当たらなければ意味がない。しかし――――――それを初見の攻撃で見抜かれたのは初めてのことだった。

 だが、十香ほどの精霊であれば可能だと不思議と狂三は納得していた。夜刀神十香という精霊は、何も他の精霊のように特殊な〝何か〟を持っているわけではない。

 精霊はその力の持ち主によって全てが違う。狂三のように時間操作という驚異的な能力に特化した者。四糸乃のように氷を自在に操れる者。琴里のように炎と再生能力を所持する者。八舞姉妹のように人知を超えた暴風を司る者。美九のように声に様々な力を乗せ歌う者。白い少女のように侵されぬ自らの領域を纏う者。

 

 では、特殊能力に長けた〝何か〟を持たない夜刀神十香は精霊の中で劣っているのか――――――否。時崎狂三は彼女こそ〝最強〟であると確信を持って断言しよう。

 特殊な力を持たないが故に単純。単純な故に、強い(・・)。ただ、十香はひたすらに強い(・・)のだ。極限まで研ぎ澄まされた破壊の性質は、並大抵の小細工を捩じ伏せ、叩き潰す。暴君のように圧倒的でありながら、その優れた理性と直感はあらゆるものを見抜き、滅する。

 

「はっ――――――怪物、ですわね。お互いに(・・・・)

 

 時崎狂三が戦術を立て、常に冷静さを保ち手段を選ばず戦う女王ならば。夜刀神十香はあらゆる戦術を、暴君のように不条理で強大な力を持って叩き潰す女王……今は、魔王か。

 

 狂三と張り合えるだけの最強の精霊。そんな彼女を相手に、狂三は手加減をしながら戦わねばならない。殺し合いであれば、狂三はあらゆる手段を尽くし、どんな方法であろうとかの最強を上回って見せよう。だが、相手を止める為に戦う狂三と、殺す気で剣を振るう十香ではどうしても差が出来てしまう。

 十香の〝反転〟を考えれば、この戦い長引けば長引くほど裏側に堕ちた彼女を引っ張り出せる可能性は低くなっていく。加えて、ここに至るまでの霊力消費、分身体の消耗は狂三にとって不利な要素となる。

 自身の力と十香の力。頭の中でそれを反復し、戦術を組み立てる。【七の弾(ザイン)】の霊力消費を考えると、そう何発も試せるわけではない。警戒をされていては尚更だ。本体よりスペックが落ちる分身体を何体ぶつけたところで、この事実は変わらないであろう。一発の弾丸のためにどけだけ深く逃げ道を塞いだとしても、十香はそれを上回るだけの暴力的な力で覆す。

 少しでも距離があっては避けられてしまう、あまりにも理不尽な確信。ならば、絶対に避けられずに当てられる唯一の方法――――――手加減、と言ったが最強を相手にするには殺しに行くつもりで丁度良い(・・・・・・・・・・・・・)

 

「まったく……わたくしともあろうものが、ヤキが回りましたわね」

 

 時間をかけるわけにはいかず、尚且つ十香を傷つけすぎてもいけない。更には、自らの霊力まで気にする必要がある。なんとも無茶苦茶なオーダー。狂三の力を直感で避けるような相手に無理難題な戦略。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――――」

 

 だが、狂三は迷いなく〝それ〟を選択した。文字通り命懸け。五河琴里との戦いの時、彼女が冷静さを失い狂っていたというのなら、これより先は冷静さを保ちながら狂っていると言わざるを得ない。

 時崎狂三には成すべきことがある。だから、本当ならこんな事に付き合う必要はない。狂三は、恐らく本当はこの場にいなかった(・・・・・・・・・・・・)。しかし、この(・・)時の女王はここにいる。ここにいて、この選択を選び取った。

 

 愛しい人が見ている。愛しい人が願っている。誰よりも優しく、誰よりも欲深いあの方が、夜刀神十香を救おうと足掻くなら――――――

 

 

「【一の弾(アレフ)】――――!!」

 

 

 応えてみせよう。優雅に、鮮やかに、美しく――――――彼の心を魅了するのは、狂三を置いて他にはいない。

 

「ほう……!!」

 

 高速化した狂三の打撃(・・)を受け止めた十香が、直前までの憮然とした表情を僅かに歓喜を含んだものへと変えた。

 

「ようやく本気になったか……それでいい、私を楽しませて見せろ!!」

 

「っ!!」

 

 神速の領域にいる狂三の攻撃を難なく受け止め、音速の剣技を容赦なく振るう。

 音速の剣を受け止める、のではなく受け流し、反撃の打撃を打ち込みながら引き金を引き、影の銃弾を見舞う。銃撃に霊装を抉られながらも、十香の斬撃は鋭さを増す。剣圧でさえ地を抉り取る暴君の一撃。受け流してこそいるが、狂三の霊装も十香と同様に傷を増やしていた。

 常人どころか、並の精霊でさえ彼女たちの動きを見る事は出来ない。不可侵に干渉した神速と、その反則手すら上回る音速が衝突を繰り返し、夜空に数え切れないほどの火花を散らす。

 

 何度目か、数えるのが馬鹿らしくなるほどの打ち合いの中の一撃を受け流しながら、狂三はチャンスを待っていた。神速の感覚領域の彼女を上回る音速の太刀筋。近接戦闘に置いて、狂三が最強の十香に勝る道理はない。だが、一撃に関しては狂三には最凶の決定打が存在する。正体は分からない迄も、十香とてそれを承知の上で狂三との打ち合いを行っている。

 

 避けられない本命の一撃。それを狂三は狙い、十香もまた同様だった。そして――――――

 

 

「――――――――」

 

 

また(・・)、狂三の視る先が移り変わる。左目が映したのは、二秒先の未来(・・・・・・)。警鐘を鳴らすように、起こりうる未来の可能性、それがごく限られた(・・・・)先を〈刻々帝(ザフキエル)〉が見せつける。何もせずにいれば、確実にこの未来が訪れる、そう狂三に進言するかのように。

 

 

「――――――――――――」

 

 

 黄金の瞳に映り込む、剣を振り下ろす十香と、銃を構える狂三。一見、互角に見えるその光景。しかし、主である狂三への警鐘を意味しているのであれば、答えは明確だった。僅かに、十香の方が速い(・・・・・・・)

 この未来を見せたということは、このまま行けば確実に狂三は十香の一刀に霊装ごと斬り伏せられる。たとえ反撃ではなく回避を選び、打ち合いを続けたところで、再びこの未来が待ち受けているだけだろう。【七の弾(ザイン)】を今すぐ撃ち込んだところでまた同じ。相打ちに近いタイミングでしか、十香へ霊力を込めた弾を当てることは出来ない。今の狂三(・・・・)では、十香の音速を凌駕する事は叶わない。

 

 熟考を極限まで引き伸ばし、選ぶべき未来を予測する。二秒先に引き起こされる未来、それを凌駕する手段――――――――その手の中に、存在した。

 

 一秒。狂三が装填(・・)を終える。十香が剣を振り上げる。一秒と二秒。その、刹那。狂三が引き金を引いた(・・・・・・・)

 

 

「――――――【一の弾(アレフ)】」

 

「――――――――っ!?」

 

 

 停止ではなく加速(・・)の弾丸。撃つべき対象は十香ではなく狂三自身(・・・・)。既に捻じ曲げた時を、重ねて(・・・)加速させる。

 

 

 

「【七の弾(ザイン)】――――!!」

 

 

 

 

 二秒。振り下ろされる刃と、構えられた長銃。全てを斬り裂く音速の剣を――――――神速が凌駕した。

 不可逆に干渉する絶対無敵の弾が飛翔し、十香へ迫る。紙一重、避けようのない一撃。必滅の一撃を振るっているのは十香も同じこと。そんな状態で避けられるはずがない(・・・・・)

 

 勝負を制するであろう黒の弾丸が、入った。だが――――――

 

 

「っ――――――はぁっ!!」

 

 

 怪物は、お互い様。その言葉通りに、十香もまた最強の怪物だった。放たれた【七の弾(ザイン)】は、間違いなくその力を発動させ、時を停止させた――――――ただし、十香が手放した剣(・・・・・・・・)を。

 剣の代わりに放たれたのは()。何の躊躇いもなく顔面に向けられた素手という名の凶器を、狂三は両手を交差させ正面から防御した。

 

「ぐ……っ!!」

 

 防いだとはいえ、十香の右ストレートはそれだけで人を殺せる破壊力だ。真っ向から受け止めて、その場に留まるということは不可能だった。勢いを受け流し、吹き飛ばされながらもなんとか狂三は空中で体勢を立て直す。

 

「デタラメな方ですわね……!!」

 

 【七の弾(ザイン)】の力を知っているわけではないというのに、攻撃が当たると確信した瞬間、己の武器を手放す判断をするなど思い切りがよすぎる。如何に冷静な狂三と言えど、とんでもない博打を平然とする十香に文句を言いたくもなるというもの。

 

「……っ」

 

 次の手を、そう思考を巡らせる狂三の様子が変わる。身体が、どこか軋むような感覚を持っている。それだけではなく、唇から一滴の血が流れた。拳を受け止めた際、唇を切ったというわけではない。鉄の味がじわりと迫り上がる口に不快感を覚えながら、狂三はこの異常の原因を予測していた。

 

 【一の弾(アレフ)】による時間加速。二発目を延長ではなく二重加速(・・・・)に使うなど前代未聞。狂三本体でなければ耐えられないやり方。不可逆に逆らった罰は、こうしてその身に返ってくる。痛みを感じ、しかし狂三は――――――

 

 

「ああ、嗚呼――――――面白くなってきましたわねェ!!!!」

 

 

 笑っていた。最凶の精霊は、狂気にその身を浸し、命の取り合いを笑っていた。ああ、アア、嗚呼、生きている(・・・・・)。満ち足りていく。戦いを得て、生を実感する(・・・・・・)。そんな、戦う者にしか分からない狂気の感情。正気の少女と、狂気の精霊が両立する時崎狂三の歪な精神。時の女王は、極限の状況で、狂気を己の物として笑っていた。

 

 

「くっ、はは――――――ははははははははッ!!!!」

 

 

 それは、十香も同じだった。

 

 

「良い、良いぞ。もっと私を楽しませろ――――――精霊!!」

 

 

 〝十香〟を傷つける者を全て滅する、宵闇の魔王。その中で見つけた、得難き好敵手とも言える似て非になる精霊に、彼女は歓喜の叫びを上げた。

 十香が踏み抜くように足を付けた虚空に、波紋が広がる。空を揺らし、王座がその姿を現した。

 

 

 

「〈暴虐公(ナヘマー)〉――――――」

 

「さあ、さあ!! 踊りましょう――――――」

 

 

 

 砕け散った王座が、片刃の剣へ纏わり付き、全てを滅する最強の剣は真の姿へと変貌を遂げる。

 時の女王が謳う。唯一にして絶対。彼女が持つ最凶の天使。最強との相対に相応しい、悠久の時を刻む。

 

 

 

 

「――――【終焉の剣(ペイヴァーシュヘレヴ)】!!!!」

 

「――――〈刻々帝(ザアアアアアフキエエエエエル)〉!!!!」

 

 

 

 

 可視化するほど濃密な霊力がぶつかり合い、空間が砕けんばかりの振動が世界を揺らがせる。最凶と最強が相対するこの空間は、精霊が生まれ落ちて以来、これまで前例のない異次元の領域に到達しようとしていた。お互いの霊装が砕け、傷ついているのも構わずに、ただ、最強(最凶)と見合い――――――笑っていた。

 

 時空が歪み、悲鳴を上げている。そんな音が響き渡る中、二人がお互いの武器を振り抜かんと動く。死か、静止か。

 

 

「十――――香ああああああああッ!!!!」

 

『ッ!?』

 

 

狂気が消える(・・・・・・)。ただの人間の一声で、怪物が正気に返るように。霊力が生み出した衝撃波を受けてなお膝をつくことをせず、二人を見上げた人間。弱い、十香に遠く及ばない、人間が。

 

「貴様、まだ――――――ぅ、ぁ……?」

 

 この強者との戦いに水を差す無粋な人間。だが、十香は己を見上げる彼を見た瞬間、突発的に動きを止める。止めざるを得なかった。

 

 

『――――君、は……』

 

『……名、か――――――そんなものは、ない』

 

 

 なんだ。知らないはずの光景が、彼女の脳裏に浮かび上がる。自分ではない自分の記憶に縛り上げられる。左手で額を押さえ、呻き声を漏らす。

 

「シ、ドー……」

 

「っ、十香さん……!?」

 

「ぐ、っ……ぁ……この――――――私を惑わすな、人間!!」

 

 

 士道の呼びかけを聞き、明確に様子が変わった十香を見て狂三が目を見開く。それを振り払うように、十香は暗く輝いた剣を再び振り上げる。狂三ではなく、自らの邪魔をした士道へ向かって。

 

「!!」

 

 狂三が士道の元へ飛ぶ。だが、到達までは間に合っても離脱までは追いつかない。音速の剣は振り下ろされ、剣先より到る絶対的な破壊の化身は全てを滅するであろう。そのようなこと、分からないはずがない。けど、彼女は迷わず士道の元へ駆けつけた。それは何故か――――――狂三が信を置く、音速を凌駕する神速(・・)。それを見たが為に他ならない。

 

「ふっ!!」

 

「……!?」

 

 剣を振り下ろす直前、知覚外の距離から一気に詰め寄った白い少女が、巨大な剣の刀身ではなく柄の部分へ刀をぶつける事で強引に動きを塞き止めた。しかし、並の精霊を遥かに凌駕する十香の膂力を考えれば、少女が拮抗出来るのはこの一瞬のみ。故に攻勢は、これだけに終わらない。

 

「お二人……頼みますっ!!」

 

「はい――――〈氷結傀儡(ザドキエル)〉……!!」

 

『よっしゃーぱわーぜんかーい!!』

 

 少女が合図をしたと同時に特大の冷気が十香へ襲い掛かる。それは、少女が弾かれるように離脱した瞬間を狙いすまし、咄嗟に霊力の障壁を張った十香へと到達した。

 白い少女と四糸乃の援護を受け、狂三は僅かばかりの猶予を得て士道の隣へと降り立った。

 

「わたくしが止めると仰いましたのに……我慢弱いお方ですわ」

 

「生憎、堪え性がなくってな。それに、そんなにボロボロになるなんて聞いてなかったから身体が勝手に動いちまった」

 

「うふふ。これで士道さんとお揃い、ですわね?」

 

「……物は言いようだな」

 

 服装は傷だらけで、身体の中身までボロボロ。そんな状態でさえ、狂三はいつもと変わらず微笑んでいた(・・・・・・)。さっき見た物とは違う、少女の笑みに士道はひとまずホッと息をつく。二人があんな表情をしながら殺し合いをしている中、黙って見ていろという方が無理な話であった。

 

 

「さあ、さあ。あまり時間は残されてはいませんわ。わたくしのやり方が嫌だと仰るなら、士道さんにわたくしを納得させるだけの考えがありまして?」

 

「俺を――――――十香のところへ連れて行ってくれ」

 

 

 士道の言葉に、向かい合っていた狂三が目を細める。微笑みこそ変わらないように思えるが、士道の判断に呆れにも似た思いを抱いているようだった。

 

「……わたくしに、あなた様を見殺しにしろ。そう、仰いますの?」

 

 今の十香へ無策で近づくということは、つまりは狂三の言葉に直結する。十香が今なお振りかざす【終焉の剣(ペイヴァーシュへレヴ)】は、士道の身体など塵も残さず滅するほどの破壊力を持った最強の剣。その前に彼を立たせるようなことをすれば、何もせず見殺しにするのと同義だ。狂三が怒りこそすれど受け入れる選択肢ではない。

 

「そのような事をなさるのであれば、わたくしはあなた様を今すぐにでもいただき(・・・・)ますわ。その命、誰であろうとわたくしはお譲りするつもりはありませんもの」

 

「嬉しいこと言ってくれるな……俺は諦めたわけじゃない。狂三も見たろ、十香はあそこにいる(・・・・・・)

 

 気が狂った自暴自棄の選択、で片付けるのは容易い。しかし、士道の瞳は何一つ諦めてはいないし、自暴自棄になったわけでもない。そして、士道の考えが分からぬ狂三でもなかった。

 

「……霊力を解放した十香さんが、先程のように士道さんの呼び掛けに答える可能性はありますわ。それで隙が出来るとお考えなのでしょうが……」

 

「ああ、確実じゃない。でも、賭けるには十分だ。こんな俺に救われてくれた(・・・・・・・)あいつだから――――――俺が、正面から向き合ってやらなきゃいけないんだ」

 

 士道には十香を救った責任(・・)がある。彼女の世界を変えた、その責任。一人の精霊の生き方を見過ごす事が出来なくて、彼女の全てを変えてしまった彼だからこそ、再び道を外れようとしている彼女を取り戻さなければならない。

 

「……てかな。命懸けのゲームって言ったのに、命懸けてるのはお前だけじゃねぇか。わざとああいう言い方しただろ」

 

「あら、あら。そんなことありませんわよ。動きを止めたところで、十香さんに接敵すること自体が自殺行為のようなものですもの」

 

 さも止めるのは簡単、みたいな言い方をしていたが蓋を開けてみれば狂三の方が遥かに命懸けだった。白を切る狂三だったが、彼女が言った五割(・・)というのは、そういう事だったのだろう。士道へ向かう危険性を極力排除しようとした、彼女なりの気遣い。が、それで狂三だけが傷つくのは本末転倒もいいところだ。

 

 

「そうだな……けど、お前一人が無茶するくらいなら、俺も一緒に行く。言ったろ、一人で五割なら――――――俺とお前で、100%だ」

 

「あなた様は……」

 

 

 いつもこうだ。いつもいつも、甘い理想論ばかりを語り、突き進んで行く。狂三の心配(・・)を気にもせず……いや、分かっていながら彼は馬鹿正直に諦めることを知らず、走る。たとえその理想が笑ってしまうほど甘っちょろい物であっても、命を懸けた嘘偽りのない理想は現実となる。

 

 ――――――そろそろ、認めなければならない。散々、言い訳をしてきた。分からないと目を瞑っていた、狂三が目を逸らしていたこと。〝悲願〟の為の理になるから、士道に力を貸していた。その事に偽りはない。でも、全てではないだろう?

 それ以上に狂三は、彼の理想を、願いを――――――無にしたくなかったのだ。届いて、救って見せて欲しい(・・・・・・・・・)

 がむしゃらに誰かを救おうとする士道が、もしもその果てに狂三の心に届く時――――――――相反する願いを、今は封じ込める。

 

 僅かな沈黙。士道は一瞬たりとも、狂三から目を逸らすことはなかった。本当に、強情なのはどっちなのだか(・・・・・・・・・・・・)、と狂三はため息を吐く。それが、少し嬉しそうな笑みと共に吐かれたことは、彼女にしか分からない。

 

「わかりましたわ。策とさえ言えない物ですが、認めて差し上げますわ」

 

「!! 狂三……」

 

「勘違いなさらないでくださいまし。これ以上わたくしが十香さんを刺激するより、士道さんの説得に賭けた方が勝算があると判断したに過ぎませんわ」

 

 そもそも、標的が狂三から士道に移った時点で彼女は守りに入らざるを得ないのだ。そんな状態で十香と再び戦う事は如何に狂三と言えど難しい。結局は、彼の説得に全てを託す他ない。

 どこまでも欲深い。その底知れなさは献身的、などという言葉では収まり切らない。彼が大切だと思う全ての者に向けられる〝愛〟。その危うさすら感じられる愛を、今この場で一心に向けられているのは――――――

 

 

「本当に――――――妬いてしまいそうですわ」

 

「……?」

 

「きひひひ!! では、では……お姫様の説得、お任せ致しますわ。それ以外は全て、わたくしたち(・・・・・・)に」

 

 

 スカートを摘み、一礼する。何度見ても鮮やかな仕草に見とれながら、士道は頷き狂三の側へ歩く。狂三に抱えられる形で、士道は十香の元へ飛び立った。

 

「十香」

 

「な……っ」

 

 氷の奔流に足止めされながらも、十香は剣を下ろそうとはしない。しかし、士道が呼びかけた途端、怯えるように肩を揺らした。

 

「よう、助けに来たぜ」

 

「ッ……来るな……」

 

「随分待たせちまったな……帰ろう、みんなが待ってる」

 

「やめろ……ッ!!」

 

 何を怯える必要がある。たったの一太刀で塵に返る人間を相手に、私は何を怯えているのだ。

 先程まで戦士としての顔をしていた〝精霊〟が、人間の隣であのような腑抜けた顔(・・・・・)をしている事が、あまりにも不可解で腹立たしい。だと言うのに、近づいてくる人間一人に、何を――――――

 

 

「――――十香」

 

 

 穏やかな、微笑みだった。十香、十香、聞き覚えがない名前――――――内に眠る〝彼女〟の名前。

 

 

「っ――――――来るなあああああああああああアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 理解することを拒む、絶叫。終焉をもたらす魔王の剣は振り下ろされ――――――士道の視界は、闇に染まった。

 

 

 

 

 

 

「は――――――はは、ははははははっ!!」

 

 滅殺の光は呑み込んだ一切合切を灰塵に帰した。ビルも、地面も、街並みも、一直線に全てを――――――目の前にいた、愚かな人間すらも。

 終わった。これで終わったのだ。彼女を惑わす不可解な存在が、〝彼女〟を絶望させる者達が。

 

 

「消えた。消えた。ようやく――――――消えた。私を惑わす奸佞邪智の人間が……!!」

 

 

「ふん、何を嗤っているのだ、我が従僕よ。勝ち誇るには未だ一手足りぬのではないか?」

 

「保護。夕弦たちの先見性は我ながら惚れ惚れします」

 

「っ!?」

 

 

 一陣の風が吹いた。その風に導かれるように、十香は顔を上げる。自らがいる場所より更に上空に――――――

 

 

「――――――あ」

 

 

あの時と同じように(・・・・・・・・・)少年(シドー)がいた。

 

 

「悪いな、助かったよ、二人とも」

 

「ククク、気にするでない。そして、我らの動きをよくぞ見極めたものだ」

 

「称賛。流石は狂三です」

 

「うふふ。お褒めに預かり光栄ですわ」

 

 士道の賭けを提案された時点で、姿を隠してくれていた耶倶矢と夕弦の事は狂三も把握していた。でなければ、説得の為とはいえあんなギリギリまで接近したりするものか。十香が【終焉の剣(ペイヴァーシュへレヴ)】を振るったその瞬間、【一の弾(アレフ)】の力で加速した狂三は流れるように神速と神速を掛け合わせ、八舞姉妹と共に十香の目から逃れたのだ。

 

「……やっぱ、こういう駆け引きはお前にかないっこないな」

 

「あら、あら。前にも仰ったではありませんの――――――わたくし、賢しい女なのですわ」

 

 ここまで折り込み済みだった事に気づいた士道が、呆れた表情で笑っている。自信満々に、事実だけを誇るような微笑みで狂三は言葉を返した。

 

わたくしたち(・・・・・・)というのは、初めから八舞姉妹を当てにした言葉。彼女たちを含めて、狂三は士道の考えに勝算があると判断したまで。賭け事は、成功の確率がなければ成立しない――――――士道の言う通り、100%成功する少しズルい賭け事ではあったが。

 

「ぐ、なんだ……私、は……?」

 

 巨大な剣を持った〝精霊〟が、士道を見上げて(・・・・)混乱するように苦しげな表情を見せる。狂三の見つめる先で無意識のうちに、彼女は唇を動かしていた。

 

 

「この光景を、どこかで――――」

 

「――――――ああ、ああ」

 

 

 十香ではない彼女が、果たしてどのような記憶を見ているのか。他の誰でもない、時崎狂三には分かる。大切な、夜刀神十香だけの記憶。五河士道の物語が始まった最初に、救われた彼女だからこその初めて(・・・)。同時に、狂三が初めて(・・・)あの感情を湧き上がらせたあの瞬間。

 

 十香の名前を呼びながら、空から降ってきた少年。あの時の狂三は、まだその感情の名を知らなかった。でも――――――とても素敵な光景だと、思っていた。

 

 

「こういうのを――――――〝運命〟とでも言うのでしょうか」

 

 

 十香と士道だけの、運命と。

 

 だとすれば、今の狂三の役割は――――――悔しいが、あの炎の精霊と同じなのだろう。

 

「狂三……?」

 

「さあ、士道さん――――――幸運を」

 

「ちょ……!?」

 

 トン、と背中を押し、風の結界を纏った士道を突き落とす(・・・・・)ように落下させる。目を丸くする八舞姉妹を見て、狂三は微笑んだ。それが、少し寂しさにも似た何かを感じさせるものだと……彼女たちだけが知っていた。

 

 

 

 どこか懐かしさを覚えながら、士道は一直線に十香の元まで運ばれて行く。最後の最後、可愛らしいイタズラをしてくれたものだなと叫びそうになる浮遊感に耐え……士道は、ようやく十香を抱きしめる事が出来た。そこで、士道が来たことにたった今気がついた十香が言葉を発する。

 

「な、貴さ――――――」

 

 それが最後まで辿り着く前に――――――彼女の全てが、少年に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 宵闇の光が天に還っていく。粒子となって、消えていく。ぼんやりと浮かび上がりつつある朝日と合わさり、幻想的で、この世のものとは思えない美しい光景だった。

 消え行く霊力の波動を肌で感じながら、しかし狂三はその光景に目を奪われることはなかった。こんなものより、もっとロマンチック(・・・・・・)なものを、狂三は見ていたから。

 

 お姫様の呪いを解く、たった一つの奇跡。バカバカしいと一笑して、受け入れる事はありえないと考えて――――――

 

 

「――――――羨ましいこと」

 

 

 今は、誰よりも羨んでいる(・・・・・)。自らにだけ向けた呟きは風に消え、狂三はそうして瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呵々、何か聞こえてしまったなぁ、夕弦よ」

 

「拝聴。確かに、目の前に集中するあまり誰もいないと思って呟いてしまった……そんな発言を耳にしました」

 

 

 ピタリ、全身をフリーズさせた。ガッツリ聞かれていた、風に消えてなどいないしどちらかと言えば彼女たちが風そのものの化身だった。

 こんな時こそ冷静に、クールに、狂三は取るべき手段を思考する。その手段とは――――――

 

 

「…………さて、なんの事だかわたくしにはさっぱりですわ」

 

 

白を切る(ゴリ押し)、であった。振り向きざまに、にっこりと笑顔を作る。まあ、士道くらいしか騙せそうにない汗の滲んだ笑顔だったが。

 

「くく……そう恥ずかしがることはないぞ狂三よ。貴様の気持ち、我らにも分かるというもの」

 

「さて、なんのことでしょう?」

 

「いやいや、恥ずかしがることないって。狂三にもそういうところあるんだなって、むしろ安心したし」

 

「さて、なんのことでしょう?」

 

「……いや、だからさ……」

 

「さて、なんのことでしょう?」

 

 しかも、厄介なくらい力技だった。

 

「ね、ねぇ狂三。そんなに意地張ることないじゃん? あんたが士道のこと好きなの、みんなわかってるんだし」

 

「なんの、ことで、ございましょう?」

 

「…………う、うえええええええん!! 夕弦ー!! 狂三がいじめるうううううううううう!!」

 

「抱擁。おーよしよし」

 

「あら、あら。耶倶矢さんが可哀想ですわー」

 

「よしよし、ですわ。大人気ない『わたくし』ですわー」

 

「本当に。強情ですわー、卑しい女ですわー」

 

 ナチュラルに混ざった分身体たちにビキ、と額に怒りを込めた血管が浮かび上がる。なぜ自分たちなのにこちらに肩を持たないのか。それと、誰が卑しい女だ。

 なんだか、一気に疲れが押し寄せた気分だ。そんな内心をおくびにも出さず、狂三は戯れる彼女達を置いて一足飛びに瓦礫だらけのビルへ着地した。

 

 辺りを見渡せば、ボロボロに破壊され尽くした街並み。そんな中、四糸乃、八舞姉妹、美九……そして、十香と士道。誰一人欠けることなく終わる事が出来た。こういうのを、一言で纏めると。

 

「大団円、ですわ――――――」

 

「なに良い感じに纏めようとしてるんですか、このジャジャ馬の女王」

 

「ひゃんっ!?」

 

 脳天に勢いよくチョップ(・・・・)が突き刺さり、大変可愛らしい声を上げたことによって一斉に狂三に視線が寄せられた。正確には、狂三の真後ろを陣取って手刀を繰り出した白い少女にもだが。

 結構な勢いだったのか、微妙に痛がって頭を押さえる狂三という貴重な光景を披露しながら、彼女は振り返って凶行の犯人に向かって口を開いた。

 

「な――――何をなさいますの!?」

 

「何を、ねぇ……私に、報告一つ入れないで突っ込んで行った女王様への、ささやかな仕返しですが?」

 

 嫌味ったらしく、言葉を区切りながら少女は腕を組んで僅かに狂三を見上げるように立っていた。

 ……そういえば、士道の元へ向かう際、分身体への言伝を忘れていた気がする。それなりに長い付き合いだからこそ、顔を見なくとも分かる。少女は、今までにないくらい怒っていた。

 出来るだけいつものようなキリッとした表情を作り、少女へ弁解を口にする。

 

「……あ、あなたなら来て下さると思っていましたわ」

 

「たった今思いついたみたいな言い訳どうもありがとうございます。私はともかく、狂三に何かあったら取り返しがつかないの分かってます? あなたはいつもいつも勝手に飛び出して行って……確かに私は、狂三の行動を肯定します。しますが、どこへ行くか知ってるのと知らないのとでは違うんですよ、その辺り本当に分かってます!?」

 

「あなたはわたくしの母親ですの!?」

 

 確かに、〝反転〟した精霊と真正面から戦闘を行うという今までの中で一番の無茶をした自覚はあるが、過保護な母親かと言いたくなる、いや実際にそう反論したのだが、こんなところでお説教などたまったものではない。主に、狂三の大人っぽいイメージの崩壊という意味で――――――さっきの迂闊な発言を聞かれた時点で、もはや手遅れだし別にイメージ全てが揺らぐわけではないと狂三が気づくことはない。

 

「ぷっ――――あはははははははっ!!」

 

 狂三と白い少女のやり取りに皆が呆気に取られる中、士道が突然笑い出した。あまりにも平和(・・)な光景に、笑いをこらえきれないとでも言うような大笑い。それに釣られて、彼を支える十香まで小さく笑っているのを見て、狂三は羞恥で顔を赤く染める。

 

「っ、士道さん!!」

 

「はは、悪い悪い。なんか気が抜けちまってさ……」

 

「まったく、見世物ではありませんのよ」

 

 見ればお互いに、これ以上ないくらいボロボロだった。でも、全員が無事という奇跡のような終わり方。最初に言った通り、彼らの周りは全部綺麗に終わったのだ。

 

 DEM――――アイザック・ウェストコットの目的。あの十香の姿はなんなのか。増えた謎は多いけど、そういうのは後で考えれば良い話だ。

 どちらからともなく、士道と狂三は笑いあった。

 

 

「お疲れ様、と言わせていただきますわ、士道さん」

 

「おう、狂三も……お疲れ様だ」

 

 

 今はただ、この長い一日の戦争(デート)を労わろう。

 

 もっと、もっと長く、果てしなく続く二人の戦争(デート)――――――それを表すように、差し込んだ朝日が影を細く、長く映し出した。

 

 

 






Q.一の弾の重ねがけとか出来るの? A.原作のだと流石に無理な気がする。時間延長くらいは出来そう。つまりリビルド独自の要素。

制約ないなら限界まで分身体使って身動き取れなくして撃つか、時間かけて完璧な不意打ちで決めるかくらいはしそう。何が言いたいかって言うと制約つけないと簡単に無双しかねませんきょうぞうちゃん。あからさまに十香を羨んでて隣の芝生は青いねきょうぞうちゃん。

次回はエピローグ。感想、評価などなどもらえると私が小躍りしてめちゃくちゃ喜びますのでよろしくお願いします。では次回をお楽しみに!!


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