「けど、狂三も変わったよな」
「そうですわねぇ……確かに以前までのわたくしなら、きっと誰かに弱音を打ち明けたりはしませんでしたわ」
「自覚はあるんだな……」
当たり前ですわ、と肩を竦めて微笑む狂三を見て士道は苦笑する。自己分析をここまで冷静に行えるのは流石というかなんというか……これでもう少し素直に優しさを表現してくれたら、と白い少女なら思った事だろう。士道はと言うと……大体似たようなものだった。
「わたくしの事をこんなにも変えてしまった士道さんには、是非責任を取っていただかねばなりませんわね。つきましては、そのお身体を少し……」
「何する気!? あと変わったってそういう意味は含んでないからな!?」
「あら、あら。士道さんは何をご想像なされたのかしら」
絶対わざとそう聞こえるように言ってる。たまに強襲してくる
ちなみに、狂三の内心では諸刃の剣となっているのは言うまでもない。彼女のポーカーフェイスは日々進歩しているのである。
「ふふっ、士道さんは相変わらず純朴な方ですわね」
「う、うるせっ。狂三はチャラくなった俺が見たいのかよ」
「…………なんとも言えませんわ」
「……いや、なるつもりはないけどな?」
チャラいの度合いにもよるが、士道の場合は誰彼構わず口説く姿を想像すれば話は早いかもしれない。士道の呼び掛けを軽く受け流しながら考え込み、その場面を想像してみることにする。
必要な場合ではなく、精霊相手という縛りもなく、皆を口説く士道の姿を思い描いて――――――
「……わたくし、そんな士道さんを見たら、嫉妬で泣き崩れてしまうかもしれませんわね」
「何を想像したんだよ!?」
士道も自分のことを見て泣き崩れる狂三を軽く想像してみる…………想像しただけで心が痛くて痛くて罪悪感で死んでしまいそうになった。
「……でも、嫉妬はしてくれるんだな」
「あら、あら。わたくしとて、好きな殿方の事を想えば嫉妬の一つや二ついたしますわ……なんですの、そのお顔は」
赤面した顔を片手で押えてなんとも言えない、嬉しさを我慢した顔というか……ニヤつきが抑えられないというか、そんな風な表情をする士道を見て狂三は怪訝な表情になる。
「いや、そんなこと言われて嬉しくない男はいねぇっての」
「……殿方のお心というものは、複雑なものですわねぇ」
「どうだろうな。女の子の心よりは単純だと思うがね」
「士道さんが仰ると、何故か説得力を感じてしまいますわ」
「ははは……」
乾いた笑いとはまさにこのような笑いの事を言うのだろう。女の子の機嫌を損ねると大惨事になる生活をしているのだから、多分世界中の誰よりも説得力を持った言葉である。士道にとって乙女心とは、どんなに訓練をしても読み切れる気がしないのだ。
「まあとにかく、わたくしにも他人を羨む心はありますわ。でなければ、美九さんのあなた様への呼び方に対して、冗談でもあのような反応はいたしませんもの」
「そ、そうだったな……」
冗談とは思えない迫力があった、とは口が裂けても言えそうになかった。あの時の教訓は、狂三を絶対に怒らせてはいけないという事である。普段、並大抵のことは水に流したり受け止めてくれるからと、その優しさに甘えてばかりいてはダメだという学びだった。なんだか少し違う気がするが、そういう事にしておこう。
そんな冗談を口にした狂三が、ふと表情を切なげな微笑みに変え声を発した。
「――――――その嫉妬をぶつけられるほど、嫌な方々なら良かったのでしょうに」
「え……」
「皆様、笑ってしまうくらい優しい方々なものですから。わたくしの、こんな矛盾ばかりの想いで一方的に踏み躙ることは出来ませんわ」
誰もが傷ついて、泣いていた。それなのに、誰一人として心というものを失っていなかった。誰もが、その胸の内に美しいものを宿していた。そうして傷ついた彼女たちを、士道は真っ直ぐに手を差し伸べて救い出した。
それは狂三が美しいと思うものだ。それは狂三が手にしてはいけないものだ。それは狂三が――――――〝なかったこと〟にしなければならないものだ。
だから、狂三は自らの嫉妬を彼女たちにぶつけることは、決してしない。彼女たちのデートの邪魔をすることなど、出来ない。それがどうしようもない矛盾だとしても、時崎狂三という少女はエゴを押し通す残酷さを失っていた。
いつかこの手で全てを奪い去ると知っているのに、半端な甘さで自制心を働かせる狂三はさぞ滑稽に映るのだろう。それでも狂三の想いは、プライドは、
その優しい手を取れたなら、そう少女は思った。その手を取ることは決して出来ない。そう、精霊は決心した。
「そんな事を考えていながら、わたくしは皆様から士道さんという大切な存在を奪おうとしている。ねえ、士道さん。わたくし、矛盾ばかり抱えた、どうしようもない精霊ですわ」
「うん、そうだな……けど――――――そんな
肩を抱いて、狂三を抱き寄せる。寄り添うように、お互いの体温を感じられる距離まで。
矛盾とか、嫉妬とか、悪いことのように狂三は言うけど、そんなの士道だって感じていることだ。
「俺だって、お前と同じだよ。いや、もしかしたら狂三の事を考えたら、お前の何十倍も誰かに嫉妬するかもしれねぇ。そんな俺を、狂三は嫌いになるか?」
「いいえ、いいえ。わたくしは、士道さんがどのような想いを抱いていたとしても、愛していますわ」
「だったらそれで良い。矛盾や嫉妬、ドンと来いだ。そのくらい狂三が優しくて――――――俺達がお互いを〝好き〟って証拠だろ」
矛盾を孕んだ考えを持っているということは、それだけ狂三が他者を思いやる心を忘れていないという意味だ。それの何が悪い、矛盾した考えの何が悪い。人は誰であれ、矛盾を抱えて生きていくのだ――――――狂三を〝好き〟になったと自覚した瞬間から、彼女に狂った彼自身がそれを知っている。
「ああ、ああ……士道さん。好きです、大好きですわ。あなた様を愛していますわ。愛しすぎて、狂ってしまいそう。それでも、好きですわ」
「好きだ。誰にもお前を渡したくない、渡したりしない。狂ったっていい、俺もお前を愛してる」
「き――――ひひひひ!! おかしいですわ、おかしいですわ。悩みも、迷いもあったはずなのに……結局、こうなってしまうのですわね」
狂三の迷いは、きっと何を言ってたところで解消されることはない。これは彼女が抱えて生きていかねばならないものだ。その身に背負った罪と共に、時崎狂三の旅路が終わるまで、永遠に。
だから、そう……
「けどさ、こういうのが
「うふふ、そうですわね。これが、わたくしたちなりの
「ああ。どうしようもないくらいお互いが大好きな俺達の――――――デートだ」
なんのしがらみもないデートとは、いかないかもしれない。だとしても、二人なりのデートの形。
いつか終わりを迎えることを知っている少女。その終わりを認めない少年。矛盾だらけの少年少女が織り成す歪な時間。
「……もう少しだけ、傍にいてくださいまし」
少女の囁かな願いを、少年は彼女の肩を抱く力を強めることで答える。士道に寄りかかるように、彼の存在をもっと感じられるように、狂三は目を閉じて彼の肩に身を委ねた。
どうしようもなく歪で、どうしようもなくまどろっこしい二人だけの
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「え――――――」
「? 何かあったの」
夜闇の中、迷いなく前を歩いていたイヤリングの持ち主である彼女が、小さく声を上げた少女の方へ振り向き、首を傾げる。
「……あ、いえ。見間違えたみたいです、気にしないでください」
「……そう」
持ち主である彼女になんの反応もなく、少女の答えに多少怪訝な顔を見せこそしたがすぐに視線を戻した。彼女が何も言わないということは、さっきの現象は少女の気のせいだったのかもしれない。たとえ見間違えでなかったとしても……目の前の彼女の運命が、変わるようなものでは無い。
「……あなたは、誰にも知られず消えるのですか?」
「…………」
ふと口に出した問いかけは、要領を得ないものだったと思う。けれど、立ち止まって振り向いた彼女にはそれで伝わったらしい。無言で少女を見遣る桜色の瞳に僅かに揺れるものを見た、気がした。
「消える。構成するものを残らず分解し、私という存在を消滅させる」
今そこにある彼女という存在を、彼女という意味を、彼女の意志を、全て残らず消失させる。誰に知られることもなく、彼女は自身の役割を果たして消え去るだけ。その行動に疑問はない。〈システムケルブ〉の管理人格は、そういう風に構成され、生まれてきたのだから。それが彼女の使命だ――――――それに納得ができない、少女がここにいた。
「――――――そんなの理不尽です」
「……どうしてそう思うの。あんたは、私が何をするために生まれたか知ってるんでしょ」
「知っています。あなたの生まれた〝意味〟――――――あなたが生まれ持った、彼への想いを」
「……!!」
彼女が生まれ持った使命だけを果たす機械のような存在であれば、或いはその想いを秘めたまま隠し通せる者であれば、少女はその消滅を見守るだけだっただろう。最初から最後まで狂三とは関係がなく、少女の予想は外れて無駄な私用だったという話で終わっていた。
けど、そうではない。そうではなかった。彼女は生まれながらの使命を持ちながら、同時に彼女自身の〝想い〟を持っていた。それを、少女は行動を共にすることで見たのだ。
「あなたの生まれ持った使命が果たされたなら、あなたは自由になるはずだ。その僅かな時間で、その〝想い〟を伝えたっていいじゃないですか。彼に、会って行けばいいじゃないですか」
「それをしたとして、結局私という存在は消える。あいつに……士道に迷惑をかけるだけ」
「迷惑なんてかけるだけかけて行けばいいでしょう。あの人はいつも人の心にズカズカと足を踏み入れていく、生粋のお人好しです。嫌がらせの一つにはなります」
「何よそれ……」
言っていることがめちゃくちゃだというかのように、彼女は息を噴き出して笑みを浮かべる。対する白い少女は腕を組んで、怫然とした態度だった――――――少女とて彼に土足で入り込まれたのだ、仕返しという〝建前〟には十分な理由だろう。
「……私なんかと違って、あなたは初めから役割を持っている。その役割がなくなったとしても、五河士道への想いという大切な〝意味〟がある。だったら、
生まれながらに役割を決められ、それに従って完遂し、果てに待つのは消滅――――――それは、あまりにも不条理で理不尽だ。彼女がそう思っているかどうかではない。これは少女がそう思ったから、少女の心がそう叫んでいるから、少女自身のワガママだった。
「だから、このまま消えるだけだなんて、そんなの理不尽です。私は認めません」
「……まさかと思うけど、これを言うためだけに私に付き合ってたの、あんた」
「……悪いですか」
〝器〟に対する審判を見届ける、だなんて体のいい言い訳だ。なぜなら、見届けるまでもなく五河士道なら試練を越えられると知っていたから。彼を信じている、と言い換えても良い。
だから少女が本当に見定めたかったものは、〈システムケルブ〉でも五河士道でもなく――――――彼女自身だ。
もっと言えば似て非なる生まれ方をした彼女だから、少女は会ってみたくなった。それだけの、ことだ。
「あんたって、思ったより不器用で優しいんだ」
「……優しいとかそんなんじゃなく、私は私が理不尽だと思った事は許せないだけです。不器用なのは認めますけどね。生憎と私は――――――」
「
「っ……やっぱり、あなた」
その言葉は、少女がたまに口に出してしまう、狂三と自分を比較しての口癖のようなものだった。それを彼女が知っているはずがない……だから、悪戯が成功したように微笑んだ彼女を見て、ようやく違和感は確信へと至った――――――狂三とそっくりな、微笑みだった。
「……どうして簡単に私を傍に置いたのかが疑問でしたが、そういう事でしたか。全く、どういう理屈ですか」
「さあ。私はあの子の記憶も持っていた、それだけよ」
「ますます狂三みたいなことを仰いますね……」
封印した六人の精霊で構成されている、という前提から生じた盲点。ある意味では、〈システムケルブ〉の特性を知っている少女だからこそ気づけなかったのだろう。どういう理屈なのかは不明だが――――――彼女は士道に
なんと言っていいものか、それが分かると途端にやり辛さが出てくるなとローブの下で苦笑いした。
「ねえ、冥土の土産に教えて欲しいことがあるんだけど」
「その表現はあなたが使うものではないと思うんですが……」
どちらかと言えば、悪役が冥土の土産に教えてやる、と口を滑らす時などに使うものだと記憶している。消える事が決まっている本人が口にするのは、なんというかそれはどうなのだと言いたくなる。
「良いじゃない別に、私の勝手なんだし――――――あんたの〝計画〟ってやつを、教えてくれない?」
「――――――それは」
「少しは勿体つけられる側の気持ちもわかったでしょ。どうせ私は消えるんだし、誰にも言ったりしない。教えてくれないなら、気になりすぎて化けて出るかもね」
「……私じゃなかったら、シャレにならない冗談ですよそれ」
多分、彼女が消える事を受け入れている少女でなければ怒り狂う事は必定なブラックジョーク。お互いが消える事を承知しているからこその言葉――――――ああ、何とも救えない話だ。
「……私の〝計画〟なんて、聞いて面白いものではないと思いますよ。人にとっては当然のことで、くだらないと感じるかもしれませんし」
「なら、私が聞いても問題ないでしょ。くだらないかどうかは私が決める」
「……はあ。わかりましたよ――――――」
そうして、短く、本当に小さく、少女はその〝計画〟を初めて口に出した。
「――――――――――」
風に吹かれれば消えてしまうかもしれない。けれど、幸運にもその風は吹かなかった。だから彼女は、この世界で少女を含めて二人目に〝計画〟の中身を知る事が出来た。
それを聞いた彼女は、一度驚いたように桜色の瞳を見開いて――――――納得したように、優しく微笑んだ。
「そう――――――叶えなきゃね、その願い」
「叶えてみせます――――――何を犠牲にしても、必ず」
必ずだ。少女は必ず、その〝計画〟を成し遂げる。何があろうと、何が起ころうと、どれほど少女にとって他に大きな存在が出来ようと、誰に同情しようと――――――本願の為ならば、少女は喜んでその全てを斬って捨てよう。
だから、この世界で唯一秘密を共有した彼女も――――――
「……ごめんなさい。私は、あなたを
「うん、わかってる。私は、あんたに救われるわけにはいかない」
――――――少女は、なんの躊躇いや迷いもなく
その言葉の意味を理解して、彼女は儚げな笑みで言葉を返す。その〝計画〟に秘められた少女の想いを、
きっと、この少女の言う通りに彼女は〝彼〟に逢いに行く。生まれ持った〝想い〟に従って。それが、この名前のない精霊の不器用な優しさを叶えることにも繋がるから。そう思って、先に告げておくことにした――――――僅かな時間を共に過した少女との、
「お別れ。先に言っとく……さようなら、不器用で優しい精霊さん。短い間だったけど、あんたといるの――――――結構、楽しかった」
「こちらこそ、ありがとう。たった数日でしたが――――――私も、楽しかったよ」
ほんの僅かな時間の共有だった。たった数回のデートを、共に観察するだけの仲だった。消える事を知りながら、それをやめようとも止めようともしない仲だった。
それでも――――――楽しかったと、二人は笑った。
多分甘々な二人を送り出せたんじゃないかなと思ったりしてます。それでも、狂三はこの時間軸を〝なかったこと〟にしなければならない。矛盾を孕むその決意の深さと悲しさを、いつの日か士道は真の意味で識る時が来るのでしょうか。
意味を持たずに生まれたからこそ、意味を持って生まれた彼女がそのまま消えるのは理不尽だと思った。そしてそう思ったのが嘘ではないとしても、少女には何があっても譲れない〝計画〟がある。惜しむ気持ち、相手を思いやる気持ち、それを少女は持ち合わせていながら、それが決して嘘ではないのに少女はそれら全てを踏み躙る。この辺はまた本編で語る時が来るかと思われます。
次回から万由里ジャッジメント編クライマックスへ向けて動き始めます。万由里の、アンノウンの、士道の、狂三の選択を見届けていただければ幸いです。
感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!