――――――全てのデートの終わりに、彼女は現れた。
「おめでとう」
淡々と、簡潔に。しかし、それでいて感情が篭った声。
不思議な少女だった。靡く金色の髪、士道を見つめる桜色の瞳。どれを取っても美しく、幻想的で――――――何重にも重なる既視感を覚える少女だった。
士道は彼女を知るはずがない。だと言うのに、士道は彼女を知っている。何故か、そう思った。
「
「〈
薄く微笑んだ彼女がもたらした名前を聞き、士道は首を傾げる。が、その瞬間、彼の脳裏に狂三の仮説と可能性が蘇る。十香には見えなかった彼女が士道と狂三にだけ見える理由。霊力による球体の隠蔽――――――〝天使〟。
「……っ!! あれは、あの球体は君の〝天使〟なのか!?」
「あんたの知識で言葉にするなら、それが正しいと言える」
「教えてくれ!! 君はなんだんだ……俺に、なんの用があったんだ?」
一体、何の目的で霊力球体は生まれたのか。一体、何の目的で彼女は現れたのか。一体、彼女の言う〈
「〈
士道の問いを真っ直ぐ受け止めた少女は、語る。霊力球体から始まった全てのデートの意味を。そして――――――
「私の名前は――――――万由里」
出会いと別れの、始まりを。
白い少女がその場に足を踏み入れた時には、もう士道と彼女の対話は始まろうとしていた。その、僅かな時間に彼女の生の全てが詰まってる。
「……我ながら、なんて身勝手」
消えると知りながら、それを救わない。それでいて、せめて彼に会ってから終わりを迎える事を望む。優しさとは程遠い、エゴイズムの塊。けれど、だとしても少女は彼女の〝想い〟を誰にも知られずに消してしまうなど、耐えられなかった。
「おお、通りすがりの人ではないか!!」
「こんにちは、夜刀神十香。他の皆様方もお元気そうで何よりです」
士道と彼女が話す場所から少し離れたベンチに近寄ると、白い少女に気づいた十香が元気に手を振ってきた。それに答える形で少女も手を振り返す。
「……こ、こんにち、は……」
「……貴様、もう少し気配という物は出せんのか?」
「同意。突然現れたように見えて、お化けが苦手な耶倶矢が泣いてしまいかねません」
「ちょっ、苦手じゃないし!! 苦手なのは夕弦でしょ!?」
十香以外は気づけなかったのだろう、〈フラクシナス〉にいる琴里を除く精霊は少女を見て驚いた様子を見せながらも、先日の一件で全員が顔と顔を合わせていたからかさして騒ぎにもならず思い思いの反応を示していた……美九だけは、何故か電撃に打たれたように身体を震わせていたが、少女はなんの事か分からず首を傾げる。まあ良いか、と美九の事がイマイチ理解しきれていない少女は構わず声を発した。
「申し訳ありません。これが私の数少ない特徴みたいなものなんですよ。さて……今日のデートは楽しめましたか、夜刀神十香」
「む? うむ、もちろんだ!!」
なんの憂いもなく純粋に喜びを顕にする十香に、少女はローブの下で頬笑みを浮かべる。十香と関わりの深いこの高台公園でデートを終えている時点で、特に心配はないと思っていたがやはり本人の口から聞けると安心できるものがある。
と、大満足といった様子の十香が、だが、と前置きをして頬を少し膨らませた。
「鳶一折紙が邪魔をしてきた事は忌々しい。なんなのだあいつは」
「……ああ、彼女ですか。まあ、突発的な台風みたいなものでしょう」
そういえば、サラッと士道と十香が食事中に介入してきていたなぁと、その時の光景を思い出して苦笑いする。病院を抜け出して士道の元へ来た挙句、同僚が連れ戻しに来たと思ったら重病患者とは思えない連続バク宙を披露して逃げていった鳶一折紙。
……本当に機械生命体なのではないかと思うと同時に、生き方や目的が似ていてもああいう部分は全く狂三と似てないなぁと安堵を感じた少女であった。
「――――――きゃあああああああああんっ!!!!」
――――――瞬間、少女の目の前に〝何か〟が珍妙な叫び声を上げて
「は――――はぁっ!?」
多分、少女が狂三のこと以外でここ一番に動揺を顕にした瞬間だっただろう。腐っても少女は八舞姉妹と速度勝負ができる精霊。その突撃というか突貫というかダイビングというか、言ってしまえば人間の速度を明らかに超えている気がするフルスロットルスピードなそれを避ける事は出来る。出来るのだが、少女は目の前の突撃してくる人物の身を咄嗟に案じてしまい、避けることなくそれを受け止めてしまった――――――誘宵美九の〝ハグ〟を。
「はぁぁぁぁぁん。思った通り素敵ですぅ。恐ろしい抱き心地ですぅ。でもローブ? が邪魔ですねぇ……剥ぎ剥ぎしちゃいましょうねー」
「え、ちょ、待っ……待って待って待って!! お願い待って!!」
抱擁から頬擦り。至福の表情は美九の美貌を持ってしてもちょっと回避したいかなー、という異常な圧力を感じる。更には顔を隠すフードにまで手をかけられたものだからさあ大変。これ以上ないほど大焦りで叫びながら、美九をどうにか押し退けてご自慢の神速を活かしてどうにか十香の背に隠れた。
「あぁん、なんで逃げちゃうんですかぁ。あ、でもそのまま十香さんと一緒にというのは悪くないどころか最高ですよぉ!!」
「……い、意味不明です。理解不能です。夜刀神十香、私をあの魔物から救ってください、お願いします」
「む、むぅ。そう言われてもだな……」
「……大体、私は誘宵美九と殆ど対面した事ないでしょう。いきなりなんですか」
困り顔の十香の背に隠れながら、肩から恐る恐る顔を出して未だに手をワキワキ動かしながら満面の笑みで飛びかかろうとする美九へ声を発する。
美九と少女が対面したのはたったの二回。そのどちらも言葉という言葉は交わしていないし、何よりいきなり抱擁される意味がわからない。少女は性別すら名乗っていないのだ。ありえない過程だが、もし男だったらどうするつもりだったのか。
「なんでと言うかぁ……こう、私の美少女センサーがとんでもない反応を示したんですよー。この子は凄いぞー、って」
「……そ、それだけで?」
「はいー。でもそうでしょう? きっと、私が倒れちゃうくらい可愛らしい顔をしてるに違いありません!! ぜひ見せてください!!」
「嫌です!! 確かに〝これ〟だけは私も自信はありますが絶対に見せませんっ!!」
〝これ〟だけは自信を持っている。いや、持たなければならない。〝これ〟だけは狂三にだって負けず劣らずで評価される自信があるが故に、少女は謙遜する事はしない……しないが、だからといってそう簡単に見せるわけがない。
そもそも、美少女センサーなんて巫山戯た理由で少女の〝天使〟を見透かすなど信じられない。理不尽だ、ありえない。物理法則をねじ曲げるのも大概にしてもらいたい、と物理法則を軽くねじ曲げる精霊なのを棚に上げて少女は内心愚痴を吐いた。
……誘宵美九が、少女の中でよく分からない人から意味不明な天敵に格上げされた瞬間である。
「あぁん、いけずぅ。じゃあせめて熱い抱擁を交わしてあげますぅ。それー!!」
「……せめて、とは言わないですよねそれ!! くっ、八舞姉妹、お願いします!!」
「なっ!? えぇい、我らに振るでないわ馬鹿者!!」
「逃走。激しい身の危険を感じます」
『ほーら四糸乃ー。ボーッとしてると捕まっちゃうよォん』
「え、え……?」
四糸乃が混乱してあちらこちらに視線を巡らせ、その間にも心の底から楽しそうな美九と、白い少女の逃避に巻き込まれた八舞姉妹がわちゃわちゃと入り乱れながら鬼ごっこを繰り広げる。
「――――――なんだよ、それ!!」
そんなドタバタ騒ぎに終止符を打ったのは、士道の叫び声だった。
虚空へ向かって
「だーりんったら、どうしちゃったんでしょう」
「怪訝。先程から一人で話をしてします」
「……彼でしたら、そう長くはかからないと思いますよ」
「通りすがりの人は、シドーが何をしているのか知っているのか?」
不思議そうな表情で小首を傾げる十香に対し、ようやく調子を取り戻した白い少女は肩を竦めて声を発した。
「……まあ、ちょっとした
「どういう事だよ……無に還るって、それはっ!!」
「言葉通りよ。私は役割が終われば消滅する。そういうものなの」
「お前は……お前はそれでいいのかよ!?」
万由里が語った事の真相。それは霊力が一定以上に集約された〝器〟が現れた時、彼女という〝審判者〟が生まれる――――――そして、その審判は終わり、万由里のするべき役目も終わりを告げた。あとは
理解し難い、ではない。理解できない、理解したくない。だからこそ、士道は声を荒らげている。
「良いも悪いも、私はそういう風に作られた。役割を果たすために、私は生まれた」
「っ……消えるって、簡単に受け入れることじゃないだろ!? そんな方法、取る必要ないじゃないか!!」
「いいえ。これは
「必要って……なんでそんな……消える事が必要だなんて、そんなの認められるかよ!!」
万由里は左右に首を振り、士道の考えを否定する。自ら消滅を選ぶ事が正しい、それを知っているから――――――霊力を集約した
だから本当は、万由里が士道に会う必要などなかった。
「――――――あんたなら、そう言うと思ってた」
「え……っ!?」
万由里が身体に光を纏う。士道はそれに見覚えがあった。いや、既に肌で感じることが出来るそれは、精霊が〝霊装〟を纏う光そのものだった。
「待て、万由里――――――くっ!!」
光が形を成し、万由里を包み込む。まるで
「本当は、あいつに言われるまでもなかった。私は――――――最後にあんたと、話がしたかったんだ」
一度瞳を閉じると、去来する記憶が波のように押し寄せてくる。耶倶矢の、美九の、四糸乃の、夕弦の、琴里の、十香の――――――狂三の、士道との素晴らしい
比べられるものでは無い。どれも素晴らしく、大切な記憶。
それら全てを思い返して万由里は閉じた瞳を開き――――――ほんの少しだけ悲しげに、
黒のワンピースに金色のブーツ。頭と背には純白の翼と、複数の瞳がついた角のような物質に四枚の大きなオーロラにも似た色の翼。それを以て、万由里は天へと舞い上がる――――――役目を終えた天使が、地上から去るかのように。
「万由里!!」
見下ろす万由里を、士道は必死な表情で見上げている。十分だ。十分だと、
「さよなら――――――士道」
万感の想いを込めて、その名を呼ぶ。ああ、ああ、確かに〝記憶〟の通り――――――彼の名前を呼ぶという行為は、とても素敵な気持ちになる。これでおしまい。万由里は存在を分解し、無に還る――――――
光が走ったのは、まさにその瞬間の事だった。
「……っ!?」
「な……っ」
万由里より更に上空から溢れる光。目を覆わなければならないほどの眩しい光に、士道だけでなく
「何あれ!?」
「発光。眩しいです……!!」
士道と万由里だけではない。精霊達も小さく悲鳴を漏らしながら、謎の発光現象を認識していた。
彼女たちには見えないはずの――――――〝霊力球体〟の光を。
「ま、さか――――!!」
光が収まり、透明だった〝霊力球体〟が次々と
ありえない。そう、少女が絶句するのも無理はない。だって、その現象は起こりえないはずなのだ。たった今、管理人格である彼女が
球体が形を変え膨張、収縮を見せた後――――――〝天使〟が、顕現した。
黒の球体を中心に、その〝天使〟はさながら機械神にも似た四枚二対の人工物のような翼を広げ、更に鎖の尾と空中を走る車輪を召喚し完全にその姿を現した。
〈システムケルブ〉が〝器〟に対し霊力を持つ資格なしと判断を下した時、〝器〟を
「〈
他ならぬ万由里の問い、疑問。それに答えるは〝天使〟の役目。だが、〈
故に、〈
「シドー!!」
「っ、この……!!」
チャージは一瞬。青白い光が収束し、白い少女とそれに続くように精霊たちが地を駆けた刹那――――――
『――――――!!』
裁きの雷が、地上を打ち砕いた。
正体不明が理解不能な天敵を得る、これ如何に。美九の美少女センサーは顕現装置や天使の解析感知を上回るのだ!!!!……なんだこれ(なんだこれ) お陰で段々と素が垣間見えて来ちゃってますよこの子。というわけで〈アンノウン〉の苦手な人(嫌いではない)に美九が追加されました。美九、味方になるとあまりにも万能(?)
ついに次回からはVS雷霆聖堂。間違いなく根源の精霊やこの世界にもあったかもしれない輪廻する天使に次ぐチート天使にどう立ち向かうのか。ちなみに文量膨れ上がりました。具体的には次の話が今回の2倍、その次が今回の3倍です。短くなる(一話分を長くする)じゃねーんですよ。だが私は謝らない。この文量を皆様が超えてくださると信じてry
感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!