デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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その運命は定められたものであっても、その結末は確定したものではない。故に少女はその終わりを否定し、少年は定められた運命を認めない。

そろそろエンディングも近づいて参りました。長くならないとか大嘘ぶちかましたがどうかお付き合いいただければ幸いです。




第五十八話『不確定の結末』

 

 

「士道ッ!?」

 

 モニターが閃光を映し出したと思った瞬間、その雷撃は高台公園を直撃した。強固な建造物を容易く打ち砕き、映像全てを包み込む黒煙に琴里は現場にいる兄の名を叫んだ。

 

「状況確認!!」

 

「――――――し、士道くん、無事です!!」

 

 神無月の指示で急ぎ解析作業に入ったクルーの一人が、黒煙が開けた先に士道の姿を確認する。士道だけではない……五人の精霊、しかも士道を守るため限定霊装を纏った精霊たちに加え〈アンノウン〉の姿まであり、更には影も形もなかった(・・・・・・・・)謎の少女までモニターに映し出された。

 

「え……あの子、誰!?」

 

「あの姿……まさか精霊!?」

 

 注視するように映し出された謎の少女。その身に纏うものは琴里の目から見て、明らかに普通の装いとは異なる――――――精霊を守る絶対の盾、霊装。

 なぜ精霊と思われる少女が突然現れたのか。間違いなく可視化した球体と関係がある筈だが……鳴り響くアラームは、琴里に思考の時間を与えない。

 

「球体可視化、展開しています!!」

 

「この反応数値は――――――〝天使〟!?」

 

「っ!!」

 

 息を呑む琴里が見やる先で、精霊たちは動き出そうとしていた。そう、どうであれ始まってしまったのだ――――――審判者による、一方的な断罪が。

 

 

「……全く、ヒヤヒヤさせてくれますね」

 

 即座に限定霊装を展開した精霊たちによる防壁は、素早く士道を守り不意打ちに等しい初撃を躱すことが出来た。直撃した公園の半分は抉り取られ、下まで完全に崩壊している。これが仮に士道に直撃していれば、再生能力を発動させる前に消し炭だと白い少女は苦い顔で〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉を一度見遣り、それから〝アレ〟の管理人格であるはずの彼女へ視線を向けた。

 

「……あなたの意思、なわけないですよね」

 

 白い少女の声にハッとなった万由里が、衝撃から起き上がると滞空する天使へ叫ぶように声を飛ばす。

 

「っ……〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉!! どうしたというの、止まりなさい!!」

 

『――――――――!!!!』

 

「また来る!!」

 

 だが、止まらない。精霊を主とするはずの天使が止まらない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。そんなありえない、しかし現実で起こってしまっている事象に対し白い少女は渋面を作る他ない。

 耶倶矢の警告から一瞬あと、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の球体部分が再び変化した。球体全面に無数の〝目〟を作り、二度三度瞬かせたと思うと――――――雷を無数の小さな槍に変え、凄まじい数を全ての目から解き放った。

 

「ふっ!!」

 

「……!!」

 

『――――ッ!!』

 

 八舞姉妹、四糸乃、美九がそれぞれ風と冷気、目には見えない音圧による壁でこちらに向けられた攻撃は残らず弾き飛ばす。が、攻撃範囲が広すぎて彼女たちでは到底拾い切れるはずもなく、容赦なく公園を薙ぎ払っていく。

 

「攻撃範囲を広げた……マズいですね」

 

「やべぇ……このままじゃ街が!!」

 

 空間震の予兆を感知した、というのならこの天宮市という街は城塞都市と言えるシェルターがある。だがそれは、前提として空間震の予兆があれば、という話である。この騒ぎに空間震警報が発令されたとして、到底間に合う筈もない。

 

 その時、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉を取り囲むように〝何か〟が淡い輝きを放ち旋回し始めた。

 

「あれは……五河琴里の艦の」

 

 白い少女はそれを知っていた。名を〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉。戦艦〈フラクシナス〉に搭載された汎用独立型ユニット。それを琴里の指示を得た神無月が、〈フラクシナス〉から切り離し展開させているのだ。

 名前通り〝葉〟のような形をしたそのユニットは、それぞれ随意領域(テリトリー)を展開することが出来る。普段はその力で戦艦に不可視迷彩を展開しているが、今回の用途は防壁の展開(・・・・・)

 

 〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉と地上を遮るように魔力障壁を展開。それだけに留まらず、巨大な天使をなんとも器用に上空へ打ち上げた(・・・・・)。状況を見据えた素早い対応、それに答えた琴里の部下に少女は賛美の声を上げる。

 

「さすが……五河士道、今のうちに!!」

 

「ああ!! みんな、詳しい事は後で話す。今は力を貸してくれ!!」

 

「言われなくたってそのつもり!! 任せときなさい――――――夕弦!!」

 

「応答。行きましょう、耶倶矢」

 

 士道の要請に頷き、八舞姉妹が風の精霊に相応しい速度で真っ先に先陣を切っていく。あっという間に魔力障壁を超え、翼を広げた天使の元へ二人が駆け抜けた。

 

「〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉……どうして……」

 

「……あなたはここで待っていてください。アレは、まあ何とかして止める努力はして見せましょう」

 

「けど……!!」

 

「最悪、私が何とかします(・・・・・・・・)。だから、大人しく守られてなさいな、お姫様」

 

「……ごめん、なさい」

 

アレ(・・)が彼女の〝天使〟である以上、それを持ち主が止められないのであれば事実上、彼女の力そのものが封印されているのと同義なのだ。暴走の理由が分からない以上、彼女を動かすのは得策ではない。

 眉をひそめ、謝罪を口にする彼女の姿にフッと白い少女は微笑み、刀の鞘に手をかけ声を発した。

 

「……あなたはちゃんと自分の役目を果たした。謝る必要なんてないでしょう。五河士道、彼女を頼みます……あと、その護衛を誘宵美九にお願いしても?」

 

「わかった。お前も気をつけろよ!!」

 

「だーりんを守る係ですねー。役得ですぅ!!」

 

 頷く士道と、こんな状況でもいつもの調子で彼の腕に抱きつく美九の姿に苦笑しつつ、白い少女は十香と四糸乃に並び立つ。十香へ視線を飛ばすと、いつでも行けると言うように彼女は凛々しい瞳に少女を映し出した。

 

「うむ、往くぞ!!」

 

「……はい、参りましょう。ああ、私は氷の女王様の背にご一緒しても?」

 

「わ、私の……こと、ですか?」

 

「ええ。何分、飛ぶことに関しては少々と控えたいもので」

 

『むぅー、難しい言葉を使うんだねぇ。でもおっけー!! だよね、四糸乃』

 

「う、うん……あの、よろしくお願い……します」

 

「……それはこちらのセリフですよ。感謝します」

 

 純粋な幼子というのは、なんと言うか毒気を抜かれてしまうものである。そんな事を考えながら、白い少女は巨大化し優に人を背負える大きさとなったウサギ人形、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背に跨り十香と共に三人は魔力障壁を超えて飛翔した。

 

 上空では〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の標的となった耶倶矢と夕弦が雷を軽やかに避け、暴風による攻撃を仕掛ける。それに続くように十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を勢いよく振り上げ、力の限り振り下ろし光の斬撃を見舞う。更に、四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉が咆哮し、辺り一帯の温度がマイナスまで下がるほどの冷気を解き放った。だが……。

 

「く……っ」

 

 小さく呻き声を上げ、十香がその場を離脱する。反撃の雷は、的確に彼女を付け狙い飛ばされてくる。耶倶矢、夕弦、四糸乃に対しても同様だった。限定霊装の彼女たちとはいえ、あの天使は精霊の攻撃を意に介さず次々と反撃を繰り出していた。

 

「……直接行きます。向こうの攻撃は任せました!!」

 

「あ……は、はいっ」

 

『おうともー、まっかせとけぃ!!』

 

 目を丸くする四糸乃と独特なイントネーションで送り出すよしのんの声を背に、白い少女が跳ぶ。迫り来る雷は全て四糸乃、そして少女の意図を察した八舞姉妹の風と十香の斬撃で打ち消されて行く。

 

「はぁ!!」

 

 落下の勢いをそのままに、色のない刀を抜き放った少女は力の限り、全力を以て機械的な翼へと叩き付けた。

 

「っ……!!」

 

硬い(・・)。今まであらゆる物を紙のように斬り裂いて来た少女の刀が、押し返されていく(・・・・・・・・)。刃が通っていないわけではない。だが、僅かに羽へ喰い込んだ刃を、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉は即座に再生(・・)させている。

 

「はっ、五河琴里の真似事ですか……!!」

 

 打ち付けた刃を引き抜き、翼を足場に少女は空へと跳躍する。そこへ素早く駆けつけた四糸乃が再び少女を〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背に乗せ、放たれる雷撃を避けながら冷気による攻撃を加え続ける……が、彼女を含め十香や八舞姉妹の攻撃はやはり本体にかすり傷一つ付ける事が出来なかった。

 

『んもー、硬すぎるよー!!』

 

「このままでは……っ」

 

「同意。埒が明きません」

 

 小手先程度の攻撃は弾けている。しかし、あの天使の防御と再生を貫く手段が今の彼女たちにはなかった。何か別の、強力な攻撃が必要だった。

 

 

『――――――退きなさいみんな!!』

 

「五河琴里……っ!?」

 

 

 少女が広域に響き渡る声の元を辿ると、そこに巨大な空中戦艦がその砲門(・・)を輝かせていた。迷彩を解除した〈フラクシナス〉が天使に劣らぬ巨大な姿を晒し、その破滅の光を解き放たんとしている。

 

「早めにケリを付けるわ。収束魔力砲〈ミストルティン〉、発射用意!!」

 

「了解!! 〈ミストルティン〉、最大出力で――――発射!!」

 

 炎の如く燃え上がる女神の号令を受け、神無月が発射指示を飛ばす。言葉通りの出力最大の砲撃。空中艦搭載型の大型顕現装置で出力された膨大な魔力の塊は、その意を受けて真っ直ぐに〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉に向かって放たれた。

 空を焦がすほど密度の高い魔力砲は、一個人の魔力砲など比較にならない。かの〈ホワイト・リコリス〉の最大火力すら凌ぐであろう。それは光の柱となって天使へ迫り――――――爆炎を上げた。

 

 しかし、精霊たちはそれ(・・)を見て目を見開いた。羽を盾にして――――――傷一つない、天使の姿を。

 

「っ……デタラメですね」

 

 息を呑む精霊達に混ざり、内心では分かっていつつも〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の尋常ではない戦闘能力を見て言葉にせざるを得ない少女。あの驚異的な魔力砲の一撃を、再生能力を発動させるどころか無傷で防ぐなどデタラメ以外に言える言葉などあるものか。

 

「――――っ!?」

 

 奇しくもいつかの狂三と似た愚痴を漏らした白い少女が動揺を見せたのは、天使が光を放ちその球体(・・)を生み出した時だった。

 

「なんだ、アレは……」

 

「……しまった!!」

 

 十香を含めた精霊たちが怪訝な表情で奇妙な球体を見やる中、白い少女だけは〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の狙いに気づき、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背から勢いよく飛び降りる。が、間に合わない。既に球体は高速で降下しているのだ、間に合う筈もない。

 そして球体は目的の場所へたどり着く――――――

 

 

「あ――――っ」

 

 主である――――――万由里の元へ。

 

「万由里!!」

 

 士道が手を伸ばし万由里へ駆け寄るより早く、球体が捻れた柱を伸ばし回転させ、四枚の翼が付いた鳥籠のような〝檻〟を生み出し、主であるはずの彼女を拘束した。

 

『離しなさぁい――――ッ!!』

 

 それを見た美九が〝声〟を放つ。ただの声にあらず、霊力を込めた彼女の魅了の声は複数の人間すら軽く吹き飛ばす音圧となり鳥籠へと迫る。

 

「……ぁ」

 

 その光景に、美九が小さく動揺の声を上げた。美九の自慢の歌声の衝撃波は、翼を羽ばたかせた鳥籠に容易く弾かれてしまう。

 鳥籠は士道や美九の事など目もくれず、そのまま上空へと万由里を連れて飛び去って行った。

 

「万由里――――――!!」

 

 士道の叫びも虚しく、鳥籠は無常にも魔力障壁を超えて〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の元へ舞い戻る――――――

 

 

「この……言うこと聞かないだけじゃなくて自分の主まで捕らえるとか、どんな天使ですか!!」

 

 

 その直前に、白い少女が声を上げながら檻へ手をかけて鳥籠へ強引に取り付いた。

 

「っ、あんた!!」

 

「無事で何よりです。これは一体何を……くっ」

 

「きゃっ……!?」

 

 役目を終えた球体は、天使の下段部分へ融合を果たす。まるで、万由里の力を糧とするかのように(・・・・・・・・・)

 

「け、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉、何を……」

 

『――――――――――!!!!!』

 

 肌が焼けてしまうような錯覚さえ覚える霊力の圧が、変質した。否、膨れ上がったという感覚に近い。天使が声にならない雄叫びを上げると、再び攻撃を再開した。

 

「ちっ、この霊力は……!!」

 

 ただし、放たれる攻撃は先程までと比較にすらならない。球体から放たれていた雷撃は、加えて四枚の翼から放出されるものが増え、複数の棘の付いた車輪のようなものまで飛ばし精霊達を襲い始めた。

 間違いない。〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉は主である彼女を隔離し、その力を増大させていた。ただでさえ手に負えない圧倒的な天使が、更にその力を増大させるという悪夢のような光景に少女は舌打ちを禁じ得ない。

 

 そんな少女の姿を見て、悲痛な表情の万由里が――――――覚悟を決めたように、目を細めた。

 

 

「……聞いて。あんたに頼みがある」

 

「なんですか!? そこから出してって言うなら、今すぐやるつもりでしたから待ってて――――――」

 

「――――――私を、消して」

 

 

 刀の柄に手をかけた少女が、彼女の言葉を耳にしてその動きを止めた。

 

「……私と〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉を消滅させて(・・・・・)。あんたなら、出来るはず。これ以上、彼女たちを傷つけることになる前に早く!!」

 

「っ、あなたは!!」

 

「もう、いいの。私は元から消えるだけの存在だって、あんたは知ってるでしょ? 私自身がそれを果たせないなら、せめて――――――」

 

「――――――ふざけないで!!」

 

「っ!?」

 

 少女が激情のままに、鳥籠を力いっぱい殴りつけた。ああ、彼女の言う通りなのだろう。元々消える筈だった彼女を消す事は、実に合理的な判断と言えた。このままでは精霊たちは愚か、街一つは軽々と焦土と化す。下手をしなくともそれ以上の被害を、この天使は及ぼすのだろう。

 たった一人の消える事が定められた精霊と、世界。本来なら比べるまでもない――――――しかし、少女は絶対にそれを認めてなんか、やらない。

 

 

「私は!! こんな事のために、あなたを彼に会わせたかったわけじゃない!! そんな顔(・・・・)をさせたかったわけじゃない!!」

 

「けど、このままじゃ!!」

 

「それがどうだって言うの!? 私は絶対、こんな終わり方は認めない!!」

 

 

 認めない。誰がなんと言おうと、こんな残酷な終わり方を彼女がしていい筈がない。衝動に身を任せ、自らを偽る事すら忘れて少女は必死に言葉を紡ぐ。

 

「私は……私はあなたが消える事を受け入れこそすれど、一度だって消えて欲しいだなんて思わなかったッ!!」

 

 十香、四糸乃、琴里、耶倶矢、夕弦、美九――――――狂三。彼女たちの〝想い〟を背負って生まれた彼女を。その美しい想いを受け止めて、短い生を使命に全て費やした気高い彼女を……そんな彼女だからこそ、少女はそれに見合うだけの終わりがなければ、理不尽だと思った。

 消えて欲しくなんて、ない。けど、少女は彼女を救えない。救わない(・・・・)。身勝手極まりないと思う。見捨てる事を選んで、何様だと思う。それでも(・・・・)、少女はせめて彼女に救いのある終わりを求めた。

 

 

「私はあなたを救わない(・・・・)。だからせめて……あの人の傍で、あなたが笑って逝くことくらい、許されてたっていいでしょう?」

 

「私、は……」

 

「消えるなら、ちゃんと満足してからにしてよ。消えたくない(・・・・・・)って、言葉にしてよ。そんな悲しい顔しないでよ――――――万由里(・・・)!!」

 

 

 ほら、こんなにも美しい名前があるのだから。少女は、残酷なだけの結末を否定する。

 

「どうして……どうしてあんたが、私のためにそこまで……」

 

「……そんなの、私が聞きたいくらいです」

 

 目を丸くして問いを投げかける万由里に、少女は外れかけた仮面を被り直しいつもの調子で戯ける。少女が生きてきた中でも飛びっきりで、完全に計画の中心から外れた不可解な行動だった。

 ただ少女は、この終わりを許せないから抗う。それだけだ。

 

 

「わかったらそこで待ってなさい、お姫様。今すぐ――――――愛しの王子様を連れて来ます」

 

 

 囚われのお姫様を助けるのは、いつだってカッコいい王子様。どんな物語に於いても、それだけは決まっていると少女は信じていた。今までが嘘偽りなくそうであったように。たとえ〝彼女〟に仕組まれた物語だとしても――――――少女が見てきた〝想い〟は、本物だから。

 少女の得意げな声を聞き呆気に取られた万由里が、何かを見つけてハッと息を呑み声を上げた。

 

「っ、危ない!!」

 

「……っ!!」

 

 警告をほぼタイムラグなしで聞き届けた少女が刀を振るうのと、その歯車(・・)が少女を吹き飛ばしたのは全くの同時だった。

 歯車は高速で回転し刀と火花を散らしながら、少女の身体を強引に宙へと押し出して行く。

 

 体勢を崩され、正面からの歯車を防ぐことで精一杯の少女へ更に四方から刃が迫る。あの体勢では弾くどころか避けることすらままならない。

 

「まず……っ!!」

 

「〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉、やめてぇ!!」

 

 万由里の叫びは聞き入れられない。数秒と待たずして、逃げ道を塞ぐように迫る刃は少女の身体を引き裂くだろう。それを想像して万由里は両手を祈るように握り、思わず目を閉じた。

 

 刹那、何かを弾くような音(・・・・・・・・・)が響き渡った。

 

「――――――無事か!?」

 

「夜刀神十香!?」

 

 白い少女が驚きの声で十香の名を呼んだことで無事だと判断したのだろう。うむ、と頷いて片手で少女を抱えながら一度〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉から距離を取る。

 

「大丈夫、ですか……?」

 

「無茶し過ぎ!! 怪我したらどうすんのよ!?」

 

「同意。危ないところでした」

 

「あなた達……」

 

 少女を救ったのは十香の力だけではない。自分たちも天使の猛攻に晒されているのにも関わらず、四糸乃と八舞姉妹は白い少女の危機を見て突っ込んで行った十香を迷わず援護したのだ。だからこそ、少女は無傷であの窮地を抜け出すことが出来た。万由里から引き継ぐように、今度は少女が目を丸くする番だった。

 

「どうして……」

 

「む。お前を助けるのになぜ理由がいるのだ?」

 

 心底わからん、というように疑問符を浮かべる十香の姿を見て、ああ彼女たちはそういう子達だったなと少女は苦笑した。〝計画〟の為に動く自分などとは違う、損得なしで人を救う事が出来るのだ、彼女たちは。

 

 ――――――今、万由里のために必死になっている少女自身もそうであると、彼女たちや士道の姿に少なからず影響を受けていると少女は気づきもしない。

 

「……いえ、変な事を聞いてしまいましたね。ありがとうございます、皆さん」

 

「うむ、気にするな――――っ!!」

 

 のんびり会話を楽しんでいる時間はない。再開された天使からの雷撃と歯車が、再び精霊たちを襲い始める。凌いでこそいるが、やはり今のままでは時間の問題……そう考えた白い少女は、十香に抱えられたままインカム(・・・・)を耳に装着した。

 

「夜刀神十香。少し時間をください!!」

 

「何か策があるのかっ!?」

 

「それを今から作ります!!」

 

「わかった!!」

 

 少女の返答に迷いなく頷き、少女を抱えているハンデなど全く感じさせない動きで攻撃を避け、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉による反撃まで繰り出す。

 限定的な霊力とは思えない動きに驚嘆を感じつつ、少女はインカムを叩いて目的の人物を呼び出した。

 

「五河琴里、聞こえますか!?」

 

『――――――もっと早く連絡寄越しなさい!!』

 

「……私が連絡する前提ですか」

 

 間を置かず耳鳴りがするほどの怒声が飛んで来たことを見るに、少女からの連絡は来る事が前提だったらしい。まさか、こんなところで預かりっぱなしのインカムが役に立つとは思わなかった。

 ふん、と鼻を鳴らした琴里は矢継ぎ早に声を発する。

 

『当然でしょ。それより、要件があるなら手短にしなさい。こっちはこっちで聞きたい事があるんだから』

 

「……まずそちらの疑問を解消します。彼女は万由里。五河士道を見定めるためにあなた達の霊力(・・・・・・・)から生み出された、言うなれば世界から生まれ落ちた擬似精霊(・・・・)です」

 

『話がぶっ飛んでるわね……いいわ、続けて頂戴』

 

「……万由里は審判者。彼女が〝器〟を資格なしと判断したその時、あの天使は目覚めて活動を開始する。そういうシステムになっています」

 

 精霊一人一人がどれも世界を滅ぼせる絶対的な力を持つのだ。そんな力を一つの器に集約させるなど、本来であれば出来る方法ではない。世界でただ一人、五河士道を除いては。

 故に世界はそれを恐れる。恐れるからこそ、見定める。前提としてありえない話ではあるが、器が私利私欲のために力を振るうような人間であったとしたら……複数の精霊の絶大な力を捩じ伏せるだけの力が必要となる。それがあの〝天使〟、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉というわけだ。

 

『じゃあなに、士道はその世界とやらに認められなかったって言うの?』

 

「……いいえ。それが、私がお聞きしたい話に繋がるんです。あの天使が目覚めるまで、球体の霊波はどうなっていましたか?」

 

『安定していたわ。十香のデートは上手くいっていた。これまでと同じく、球体の霊波は減少傾向にあった。何も起こらなければ、数分足らずで球体は消滅していたはずよ』

 

「……にも関わらず、システムは起動した……」

 

 それがわからない。〝天使〟は主の心を映し出し、その想いに答える物。精霊たちの願いを叶える水晶だ。〈システムケルブ〉は複数の霊力の融合体。擬似精霊とはいえ基本構造は精霊と何ら変わらない。つまり、〝天使〟の構造とて同じのはず。

 万由里は自ら消えようとしていた。それを〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉は認めなかった? いや、少し外れている。

 

 思い返せ、万由里の行動を。万由里はデートを見守りながら、何をしていた――――――デートを辿っていた(・・・・・・・・・)。まるで、自らも士道たちのデートを疑似体験するかのように……否、万由里はデートがしたかったのだ(・・・・・・・・・・・)

 

「そうか……あの、子は……」

 

『何かわかったの!?』

 

「……多分、あの天使の霊波にほんの僅かな変化があるはずです。違いますか?」

 

『っ……たった今解析結果が出たわ。観測した波長が、私たちの物以外にもう一つ増えてる(・・・・・・・・)!!』

 

 ――――――繋がった。天使は万由里の言葉に従っていない。しかし、万由里の〝想い〟には従っていた。それも考えうる中で、最悪の形となって。

 それが暴走を引き起こし、彼女自身でさえ制御が出来ないほど膨れ上がっている。少女は何度も見てきた。なぜ気づかなかったのだ。理不尽で、不条理で、制御が出来ない〝恋〟という感情に潜む一粒。その名前は――――――

 

 

「――――――嫉妬」

『――――――嫉妬』

 

 

 答えは全くの同時に放たれ。白い少女はその声に息を呑んだ。

 

「っ……解析官」

 

『……村雨令音だ。最も、君は知っていて敢えて(・・・)言わないのかな?』

 

「……さぁて、ご想像にお任せしますよ。そんな事より、答えは一緒のようですね」

 

 嫉妬、渇望。有り体に言ってしまえば、欲望。万由里が無意識のうちに抱いていた感情は、本来であれば白い少女の願いを叶えて彼女が士道と僅かでも対話をする。それで、全て消え去るはずだった(・・・)

 それを受け入れなかったのは、万由里の心を映し出す水晶――――――〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉という名の〝天使〟だ。

 

「……万由里自身も予期しなかった精霊たちに対する嫉妬の感情。それをあの〝天使〟は取り込んで、強引に本心を曝け出した。主人思いな〝天使〟ですね、全く」

 

『冗談言ってる場合じゃないわよ!! あの子も士道を……けど、それならどうすれば……』

 

 唯一あの〝天使〟を止められる術を持つ筈の万由里は、止めるどころか囚われの身となってしまった。限定霊装を纏った精霊たちの攻撃は通用していない。〈フラクシナス〉の魔力砲すら容易く弾いたのだ。残る手段は限られてくる。

 

『――――――破壊するしかねーです』

 

「……崇宮真那」

 

 〈フラクシナス〉から流星のように飛び出した少女、真那がCR-ユニット〈ヴァナルガンド〉を纏い、猛スピードで戦線に到達。攻撃を掻い潜り、その手に装備した光の刃を展開した。

 

「事情はどうあれ、このままじゃ街がめちゃくちゃになりやがります。魔力砲が打ち消されるなら、私が直接攻撃で――――――!!」

 

『――――――待ってくれ!!』

 

「ッ……兄様!?」

 

 声が響き渡る。その声を聞き真那はスラスターを稼働させ攻撃を取り止め――――――白い少女は、待ち望んでいた声に口角を上げ笑った。待っていた、たった今〈フラクシナス〉の艦橋にたどり着いたであろう、精霊を統べる王の姿を。

 

「……聞くまでもないと思いますが。あなたの望みはなんですか、五河士道」

 

『万由里を連れ戻す!! 俺がなんとかする……それまで、あれを破壊するのは待ってくれ!!』

 

『士道!?』

 

 琴里が驚きの声を上げるのも無理はない。このような状況では危険の方が大き過ぎる。だが、士道には譲れない想いが、見捨てられない祈りがある。

 

「……それが無茶な願いだとしても、あなたはそれを望むのですか」

 

『あいつは……万由里は、お前の言うようにみんなの霊力から生まれた存在なんだろ!!』

 

 そうだ。万由里という精霊は十香たち全員の霊力……そこに込められた〝想い〟を受け取り、祝福されて産み落とされた者。

 

『十香や、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、琴里。万由里は、精霊みんなの分身なんだ!!』

 

「……ええ。夜刀神十香たちの〝想い〟を受け取り、生誕したのが万由里です。五河士道、先に言っておきます。私は――――――万由里をこんな終わり方で消し去る事は、許さない」

 

『俺だって同じだ!! あいつは言った、自分は役目を終えれば消え去ると……その為だけに生まれたと』

 

 それは、士道がこの世で最も受け入れられない考えだ。無価値だと決めつける事も許せない。だが、消えるためだけの価値など、そんなものもっと願い下げだ。

 

『消えるために生まれる命なんて、あっていいはずがない……!! 終わるために生きる事を決めつけるなんて、絶対間違ってる!! この暴走は、万由里の消えたくない(・・・・・・)って想いそのものだっ!!』

 

「……!!」

 

 士道の言葉に少女は目を見開き、今なお天使を止めるために叫び続ける万由里に目を向けた。

 嫉妬だけじゃない。万由里はきっと、消える事を納得なんかしていなかった。我慢して、押さえ付けて、どこまでも強情に平気な振りをしていただけだ。そうして生み出された、感情を吐き出すもう一人の万由里(・・・・・・・・)が、あの〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉という天使の正体。

 

「……なんだ、ちゃんと言葉にしてたんじゃないですか。意地っ張り」

 

消えたくない(・・・・・・)。万由里はそう叫んでいる。なら、それを受け止めてくれる人(・・・・・・・・・)が必要だろう。

 

「……五河士道。私はあなたに望みを託します。私の……私たちの願いは――――――」

 

『ああ。俺たちはあいつを――――――』

 

 少女は願う、救いのある終わりを。少年は願う、消えさせないための祈りを。辿り着く願いは違っても、果たすべき目的は同じ。士道は高々に、その願いを掲げた。

 

 

『――――――みんなを助けたいッ!!!!』

 

 

 その祈り、切なる願いは――――――一つの奇跡を起こした。

 

「っ……これはっ!!」

 

「夜刀神十香……まさか!?」

 

 白い少女を抱える十香だけではない。四糸乃、耶倶矢、夕弦。そして、恐らくは〈フラクシナス〉にいる琴里と美九の身体も光り輝いていた(・・・・・・・)

 ただの光ではない。波動のように広がる暖かな光、霊力の奔流(・・・・・)。その光は、明確な意思を持ち精霊たちを包み込み、力を解放する(・・・・・・)

 

 

「……霊、装」

 

 

 精霊を守る究極にして絶対の鎧。白い少女が呆然と呟いたのは、先程までの限定霊装ではない完全な形で顕現した(・・・・・・・・・)霊装を見たからだ。狂三がそうであるように、本来精霊が纏うべき鎧が完璧な姿でそこにあった。

 見間違うはずがない。絶対的な威圧感と力を誇る鎧が、封印されているにも関わらずそれを寸分違わず顕現させたのだ。

 

「夜刀神十香、どうやって霊装を……」

 

「むぅ……シドーの願いを叶えてやりたい。そう思った事まではわかるのだが……」

 

「……他の方も同じか。けど、どうして……封印が解放された……?」

 

『……いや、そういう訳ではないようだ』

 

 少女の疑問に答えたのは令音。相変わらず感情の起伏が少ない冷静な声でインカム越しに言葉を紡ぐ。

 

『……理由は定かではないが、シンの言葉にそれぞれの想いが同調した結果、だろうね』

 

「一時的な霊力の解放……万由里の存在が関係してる? とんでもない現象ですけど、今は……!!」

 

『……ああ。この状態がいつまで続くかわからない。だが、チャンスはここしかない』

 

 驚くべきは〝器〟としての力か、はたまた万由里の存在が影響しているのか。どちらにせよ、解析官の言うようにチャンスはここにしかない。

 強大な力を持つ〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉。それに対抗するには精霊の全戦力を結集させるのが一番早い方法だったのだ。それは不可能だと思っていたが、士道と精霊たちがとんだ奇跡を起こしてくれたものだ。

 

「ぜやぁっ!!」

 

 十香が裂帛の気合いと共に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り下ろす。放たれるは光の軌跡。しかし、そこに込められた霊力は先程の非ではない。

 

『――――――――!!!!』

 

「ふっ、痒いわ!!」

 

「逆襲。行きます……!!」

 

「よしのん……!!」

 

『久しぶりに全力でいくよぉん!!』

 

「真那も負けてられねーです!!」

 

 声にならない雄叫びを上げ、無数のプラズマと刃と化した歯車が放たれる。だが、風が、冷気が、魔力が、そして十香の斬撃が全てを打ち砕く。それどころか、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の本体を怯ませ、初めて押し返した(・・・・・)

 

「これなら……!!」

 

 行ける。白い少女は確信を持って笑みを浮かべた。決定打に欠けて力負けしていた時とは違い、明確に〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の巨体を押し止めている。あとは()が来れば……。

 

「みんな!!」

 

「シドー!!」

 

 来た。〈フラクシナス〉から琴里と美九に支えられる形で士道が前線へ舞い降りる。本来なら、王である彼を前に出すなどありえない。だが、今は彼の力がどうしても必要だった。精霊たちの士気を上げるため、彼の持つ力に賭けるため――――――万由里を助け出すために。

 

「……五河士道。準備は出来ていますね?」

 

「当たり前だ――――――でも、まだ揃ってないぜ(・・・・・・・・)

 

「え……?」

 

 士道のその発言に白い少女だけでなく、精霊たちや真那も訝しげな表情で彼を見遣る。彼が封印した精霊は全員力を取り戻し、真那や白い少女もいる。一体、これ以上誰がこんな危険な戦場に飛び込んで――――――

 

 

「あいつを待ってやらないとな。飛びっきりで最高の援軍(・・)が――――――来る」

 

「っ!!」

 

 

 その、少年の微笑みは強く、鋭く、白い少女を穿つ。だって彼の笑みは、見間違えようもない、見間違えるはずがない士道の大胆不敵な微笑み(・・・・・・・・)は、彼女(・・)にそっくりだったから。

 

 次の瞬間、銃声が爆音で響き渡り士道を除く誰もがその光景に驚きを表した。

 

「なに!?」

 

「げっ……この嫌な気配……!!」

 

 琴里が驚きで声を上げ、真那が(・・・)目の前の光景に眉をひそめて呻く。

 〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉を突如襲った銃弾の豪雨。無慈悲且つ正確な射撃は万由里だけを的確に避けて巨大な天使の羽を完全に封じ込めていた。

 

 文字通り、軍隊(・・)規模の制圧射撃。精霊数あれど、これほどの()による圧倒的な力を――――――少女は彼女以外知り得ない。

 

 

「パーティーの時間には、間に合いまして?」

 

 

 空に一塊の〝影〟が踊る。それは、一瞬にして人の形を成し、神々に愛された女王を形創った。

 十香たちと同じ、精霊の鎧を身に纏い。靡く左右非対称の黒髪は、愛しい人を得てから更に磨きがかかったように見える。その紅と金の双眸に射抜かれた者は、誰であろうとひれ伏すのではないかと思える宝石のような美しさ。

 

 優雅たるかの女王は、神の手で作られたドレスのスカートを摘み、大胆にもこの状況でお辞儀をして見せた。女王にとって、この程度の戦場などパーティーと言い切ってしまえるのだ。

 

 そんな彼女に見惚れるのは何も少年に限った話ではない。誰もが際限なく彼女に――――――時崎狂三に惹かれてしまうのだ。白い少女とて、それは同じこと。

 

 

「皆様ごきげんよう――――――もしよろしければ、わたくしも混ぜていただけませんこと?」

 

「ああ、もちろん。時間ぴったりだ。待ってたぜ――――――狂三」

 

 

 

 







本音ぶちまけ回。救わないと決めながら、少女はその終わりはせめてと願う。なんて歪な愛なのでしょうね。

でまあメインヒロインもようやく参戦。ちなみに毎回地の文の口上はじっくり考えてます。出来るだけ被らないようには努力してたりなんだり。最終的に美しいよ我が女王の一言になるの酷い。

万由里ジャッジメント編も残すところ後(無理やり詰め込んで)三話。次回でとんでもないものが飛び出す……かも。
感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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