デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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デート・オブ・スピリット。同タイトルの十香ワールドとは様が違いますが精霊の戦争と参りましょう。精霊大戦でも良かったんですけどなんか続きは劇場でエンディングになりそうなのでry

ちなみにダントツで過去最長となりました。さては切り方下手くそだなお前?




第五十九話『精霊戦争』

「狂三……」

 

 どうしてここに。白い少女にとっては、そんな想いが強かった。だが、すぐに思い直す。前線に五河士道が立った時点で狂三が参戦する理由としては十分なのだ。だとしても、霊力を解放した精霊に加えて崇宮真那がいる中で、狂三が無理を押してステージに上がるのは些か理由としてはどこか弱いと感じる自分がいた。今の狂三は、霊力の消耗を抑えなければいけない立場だと言うのに。

 

「……どうして」

 

 だから、少女の出した物はそんなありきたりな疑問の言葉だった。ピクリ、と眉を上げた狂三がため息混じりに声を発する。

 

「どうして、ねぇ……十香さん。申し訳ございませんけれど、その子をしっかり抑えておいてくださいませんこと?」

 

「む? わかった」

 

「……え、ちょっと何を――――――」

 

 しっかり、と狂三の頼みを正しい意味で解釈したのかどうかはわからないが、片手で支えられる形でいた少女を十香が胴体を持ち直しがっちりホールドし直す。絶妙な力加減で抜け出せない上にいきなりの展開に困惑する少女に対して、狂三は空中を軽く蹴るように飛び込んで――――――

 

「ふっ!!」

 

「――――たぁっ!?」

 

 愛用の短銃、その持ち手の銃床部分で容赦なく白い少女の頭をフード越しに殴りつけた。いつもの優雅で上品な狂三を見ていれば、信じられない狂三の突然の奇行に一同総出で目を丸くする。

 

「……いったぁ……っ!! な、何するんですか!?」

 

「言うに事欠いて、どうして、などと宣った罰ですわ。あとこの間の仕返しですわ」

 

「絶対最後が本音じゃないですか!!」

 

 素手のチョップと精霊由来の銃による殴打を一緒にしないで欲しい。抗議の声を上げる少女を見ても、狂三はふんっと不機嫌そうに腕を組んで息を吐いた。

 

「わたくしにはやれ連絡しろ、やれ勝手に危険な場所へ飛び込むなと小言を仰るのに、自分は棚に上げてこのような場所へ飛び込むのですわねぇ」

 

「……私は狂三と違って言い残しはしましたよ」

 

「あら、あら。しばらく留守にする、がちゃんとした伝言になっているのかゆっくり審議をしたいところですわね」

 

 ニッコリと笑ってこそいるが、目は全く笑っていないし言葉もどこか刺々しい。これには少女も流石に分が悪いと見て、降参のポーズを取る。

 

「……申し訳ありません。今回は私の私情でしたので、我が女王を巻き込むわけにはいかなかったんですよ」

 

「私情、という割にはわたくしにも関係がある規模になってしまいましたわねぇ。あなた、わたくしの事を気にかけるのに自身のことは無頓着ですわ」

 

「……本当に途中までは私情だったんですよ。それに、あなたと私では価値がまるで――――――」

 

「同じ、ですわ」

 

 細くしなやかな指が、少女の眼前に突きつけられる。一つの迷いすら見られない、紅の瞳とかちりかちりと針が動く黄金の双眸が白い少女を見つめる。捕えられられたように、動けない。

 

「あなたは〝精霊〟。わたくしも〝精霊〟。そこになんの違いがあるというのでしょう。ありませんわね、そんなもの」

 

「……絶対的に違います。私は欠けたところでどうとでもなりますが、狂三は違う。あなたは……あなただけは、ダメなんです」

 

「どうとでもなりませんのよ、わたくしの(・・・・・)共犯者」

 

「っ……」

 

 鋭く突きつけられる指に、その視線に、少女は無意識のうちに〝恐れ〟を抱いた。何もかもを暴かれてしまいそうな、その強き瞳が――――――ふと、優しく和らいだ。

 

「仕方のない子。あなたが何を悩んでいるのか、あなたが何を隠しているのか、わたくしには推し量ることは叶いません――――――ですが、敢えて言葉に致しましょう。その上であなたを信じていますわ(・・・・・・)

 

「……はっ、こんな私をですか。酔狂なことですね」

 

「今日は特別、口が達者なようですわね。いいですわ、それならとことんまで言葉にして差し上げますわ。わたくしはあなたを信じます、わたくしに命を捧げる(・・・・・)あなたを信じますわ」

 

 白い少女は狂三を信じている。だが、少女は少女自身のことを信じていない。強烈な否定と劣等感にも似た何か、それを狂三は知ることが出来ない。聞いたところで絶対に少女は口を割らないとわかっているからだ。少女は狂三にだけは(・・・・・・)語らない、そんな確信がある。

 思えば、いつも少女は狂三の事ばかりだった。何をするにしても狂三、狂三、狂三……そんな少女が、今初めて自身が関係しない〝私情〟のために狂三の傍を離れた。まあ、少し素直な言い方をすれば――――――そんなの、水臭いではないか。

 目的は違えど、手段を共にする共犯者(・・・)。それが、狂三と少女ではなかったのか。

 

 

「あなたはわたくしに全てを捧げるのでしょう? なら、その命はわたくしのもの、ですわね?」

 

「……まあ、そうですけど」

 

「わかっていらっしゃるのなら、わたくしの顔に泥を塗る行為は控えてくださいまし。わたくしの(・・・・・)沽券に関わりますわ――――――信じて、いますわよ」

 

 

 そうして、不敵に微笑んで語りかける狂三。その言葉の意味(・・・・・・・)を正しく受け止めた白い少女は……余計な事をしてくれたであろう五河士道に、やはり文句の一つや二つぶつけたくなって小さくため息を吐いた。

 

「……そういう言い方、ずるいんじゃないですか。私が断るわけがないって、わかってるでしょう」

 

「ええ、ええ。あなたはわたくしの頼みを断ったりしませんもの。何度でも言葉にして差し上げますわ。わたくし、あなたを信じていますわ」

 

 自身を信じてくれる人の言葉を信じる。言葉にするだけなら簡単だが、実際にする事は簡単な話ではない。それを、この女王はやってしまうのだ。こんなわけのわからない精霊に対しても、真っ直ぐに。

 普段は捻くれ者の癖に、こういう時はどうして素直なのか。狂三はこう言っているのだ。お前の命は自分のものだ、だから勝手に必要ないと決めつけるな(・・・・・・・・・・・・・・)、と。少女が狂三の言葉を肯定するが故の荒業。

 

「狂三の勝ちだな」

 

「……五河士道」

 

「小難しいこと言ってるけど、要はあんたが心配なんでしょ。狂三の事を考えてるなら、こいつの心配もちゃんと受け取ってやんなさい」

 

 五河兄妹の後押しに白い少女はぐっ、と怯んだように僅かに息を漏らす。

 

 ――――――こうなるから、こうなって欲しくないから、少女は狂三に自分のことを話したりはしなかった。狂三もそれをわかっているから、こんな精霊と共に過しながら決して踏み込んでくる事はしなかった。

 

 

「……仕方ありませんね。まあ、これからは善処しますよ(・・・・・・)、我が女王」

 

 

 それが変わったのは言うまでもなく少年の……いいや彼ら(・・)の影響なのだろう。人も精霊も、誰かに影響されて変わっていく。少女とて少しは(・・・)変わっているのかもしれない。

 そんな少女の返答に呆れ顔で微笑む狂三が言葉を返した。

 

「あら、あら。強情な子ですわねぇ」

 

「あんた程じゃないでしょ。けど、お熱いの見せつけてくれるじゃない。ちょっとは素直になったってことかしら?」

 

「ふふっ、琴里さんの仰っていることが正しいとしたら、それは誰かさん(・・・・)の影響ですわ」

 

「へぇ。良かったじゃない、誰かさん(・・・・)?」

 

「そうだな、きっとその誰かさん(・・・・)は光栄に思ってるよ」

 

「言うようになったじゃない……」

 

 からかい混じりに投げ渡されたパスを得意げな表情で軽々と返す士道。その返答に一度目を丸くして、ニヤッと笑みを浮かべて琴里も言葉を返した。最初の右も左も分からなかった時と思い出すと、本当に頼り甲斐のある兄になったものだ。とはいえ、まだまだ初心で女性の扱いがなっていない事が多いが、まあそれを含めて士道らしいのだろう。

 

 

「……それで、お優しい我が女王はこの家臣の私情を、わざわざお手伝いしてくださるのですか?」

 

「ええ、もちろん。それに……わたくしの目的、忘れたわけではございませんでしょう?」

 

「ん、俺だろ?」

 

 

 ――――――なんとも言えない沈黙が、辺りの空気を支配した。少し離れた場所では、今まさに『狂三』たちが天使を抑えていることを考えると、あまりに場違いな沈黙であった。

 周りの精霊たちがなんとも言えない――美九だけは歓喜の――表情で狂三を見遣る中、当の狂三は表情こそ平素を保っているが頬に隠し切れない赤みが差し込んでいるのは、誰の目から見ても明らかだった。

 そりゃあ、カッコよく決めていたところを身も蓋もない真実を言われたら、そうなる。

 

 

「……あなた様は黙っていてくださいまし」

 

「あなた様」

 

「復唱。あなた様」

 

「あなた様!!」

 

『やーん、狂三ちゃんってば、だ・い・た・ん』

 

「………………」

 

 

 耶倶矢、夕弦、そしてやけにテンションが高い美九、よしのんの畳み掛けるようなクワトロ・カルテット。急所に当たった。

 今度こそ耐えられなかったらしく、顔をリンゴのように真っ赤にして、しかし狂三はそれでも顔を背けることだけはしなかった。あまりに強靭な精神力に琴里すら内心で賞賛を送っていたという。ある意味、公開処刑である。

 狂三のフォローに回る白い少女も、流石に言葉が出ない。

 

「……我が女王」

 

「…………士道さんは黙っていてくださいまし」

 

 やり直した。かなり辛そうだがやり直した。

 

「……なかったことにするのは、少々難しいと思いますよ」

 

「わたくしの目的は霊力ですわ。その為に、皆様をり・よ・う、させていただきますわ」

 

「ねぇ、素直になった分ちょっとポンコツになったんじゃない?」

 

「……五河士道が関わる時だけこうなるんですよ。ああいや、昔から割と乙女なところは……」

 

「わたくしの話を聞いていまして!?」

 

「あ、案ずるな狂三!! とんこつ? でも狂三は狂三だ!!」

 

「と……十香さん、ポンコツ、です……」

 

 さり気なく悪意のない四糸乃の十香へのフォローが一番突き刺さった気がした狂三である。全くもってそういう意味合いはないからこそ、流れ弾として割と心に刺さるものがある。

 ちょっと涙目が見えている気がする狂三が尚も言い訳を連ねる中、少し申し訳ないことをしてしまったと士道が苦笑いしていると、呆然とこの和やかな光景を眺めていた真那がぽつりと声を発した。

 

「これが、〈ナイトメア〉……?」

 

「……狂三もさ、変わってるんだ」

 

 真那が出会った頃の狂三は、確かに〝最悪の精霊〟の一面しか見えなかったのだと思う。けど、今はこうして別の側面だって見ることが出来る……だからといって、狂三の犯して来た罪は許されない。真那が、それを許す事は出来ないかもしれない。相容れないのかもしれない。

 

「けど、〈ナイトメア〉は……」

 

「真那が狂三を許せない気持ちがあるのはわかってる。それでも、今のあいつ(・・・・・)がいることを、少しだけでいいから認めてやって欲しいんだ」

 

 〈ナイトメア〉としてじゃなく、〝最悪の精霊〟としてでもなく、何か大切な物を背負って歩き続ける優しくも悲しい時崎狂三という少女がそこにいると、そこにいることを認めてやって欲しい。

 彼女を、その罪を許せとは言わないし、士道にそんな事を言う資格はない。狂三もそれを望んでいない。ただ、狂三を世界から否定しないで欲しいのだ。たとえ許せなくても、この世界に狂三がいることまで否定して欲しくはなかった。

 

「私は……」

 

「――――――ああ、もう!! そろそろ参りますわよ!!」

 

 苛立ちを隠さず、しかしその表情に不快なものはなく狂三が声を上げる。それはまるで、友人たちと慣れない遊びに恥ずかしがる一人の少女の姿だった。

 そんな狂三は銃を構えながら、ふと少女へ視線を向けた。

 

「あなたも、ご友人(・・・)を迎えに行くなら自分の〝翼〟で飛びなさいな」

 

「……友人?」

 

「あら、違いまして?」

 

 友人。友達、ともだち。知識としては知っている。だが、経験としては少女はそれを知り得ない。狂三は〝共犯者〟であって友人という間柄ではないし、狂三だってそう思っているはずだ。

 彼女は、万由里はどうなのだろう。変な話だ。たった数日間、共に時間を過ごしただけの関係なのに、多分万由里は誰より少女の秘密を知っている。世界で一番お互いの秘密を共有する、という意味では……。

 

 

「……まあ、向こうはどう思ってるか知りませんけどね」

 

 

 それを否定する気には、なれなかった。たった数日の、それも人のデートを眺める奇妙な付き合い方だったが――――――少女が万由里のために出来る限りの事をするには、十分すぎる時間だった。

 

「……夜刀神十香。ありがとうございました。ここからは自分で飛びます(・・・・・・・)

 

「気にするな。しかし、お前は……」

 

「……私は飛ぶ事は控えたいと言いましたが――――――飛べないとは一言も口にしていませんよ」

 

 ふわり、十香の手を離れ少女は空を舞った。そして白い少女は、狂三以外の誰もが息を呑むその瞬間――――――〝白〟が、咲いた。

 

 

「――――――天使の、翼」

 

 

 そうとしか、表現のしようがなかった。士道の知識ではその一言で言い表すことしか出来なかった。

 〝白〟。それは、士道が初めて白い少女を認識した時に感じたもの。だが、あの瞬間とは違いその〝白〟は〝無〟ではなく、確かに〝白〟だった。

 白い少女の背から現れた、白い翼。はためく度に舞い散る白い羽根。それが、幻想的な少女の翼を本物だと認識させる。万由里のものとは似て非なる、一対二枚の白き翼。それは正しく『天使』である。数多の神話で語られる『大天使』と言い換えても決して過言ではない。

 小さな少女が背負う大きな翼は、それ程までの神々しさ。少女が神の使徒(・・・・)なのではないかとさえ錯覚させる。

 

 クス、とこの壮大な空気の中、場違いなほど軽い微笑みを狂三がこぼした事で、彼女以外の全員がようやく現実へ回帰した。

 

「美しいですわ、美しいですわ。相変わらず(・・・・・)、あなたには白が似合いますわね」

 

「……だから嫌なんですよ、私だけ悪目立ちする飛行能力なんて」

 

「良いではありませんの。わたくしの従者を名乗るなら、相応の装いというものがありますでしょう」

 

「……従者が目立ってどうするんですか」

 

 テンポの良いやり取りを繰り広げ、すっかり元の調子が戻った二人が見下ろすは〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉。分身体の猛攻をものともせず、力を蓄えながら自らと同じ力を持つ精霊達へ狙いを定めている。

 

「いただいてしまった時間は、わたくしたちでお返し致しますわ」

 

「……先陣を切ります。我が女王、先を視れますか(・・・・・・・)

 

「ええ、ええ。わたくしと〈刻々帝(ザフキエル)〉にかかれば容易いことですわ。あなたこそ、わたくしについて来れますかしら」

 

「何でしたら、我が女王の予知の先へ(・・・・・)飛んで見せましょうか?」

 

「――――――言ってくれますわね」

 

 少女の返しに不敵に微笑んだ狂三が、その背に不可侵にして世界の法を凌駕する〝天使〟を顕現させる。

 文字盤から〝影〟が躍り出る。それは歪曲した線を描きながら狂三の持つ短銃へと装填された。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【五の弾(ヘー)】」

 

 引き金を引き、狂三は未来(・・)を視る。それこそが時の女王にのみ許されし権限。金色の瞳に宿った針が高速で回転を繰り返し、彼女の瞳にあらゆる未来を授ける。

 無限に等しい未来の中から、女王はそれ(・・)を選び、託した。

 

 

「――――――――」

 

「かしこまりました、我が女王」

 

 

 臣下の一礼。女王から託されし神託を、白い少女は次の瞬間(・・・・)には現実のものとしていた。

 

『――――――――!?!?』

 

「な……っ」

 

 士道が驚きの声を上げたその時には、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉が自らの攻撃で(・・・・・・)爆発と共に声にならない苦悶の叫びを上げる。

 

「な……何が起こったんだ……?」

 

「解説。攻撃の瞬間、彼女がそこに割り込んで暴発を促したようです」

 

「うわー、あんなの攻撃が来るってわかってなきゃ出来ないでしょ……」

 

 気づけばその姿が見えなくなっていた白い少女の動きを、同じく神速の領域を持つ八舞姉妹は完璧に捉えていた。

 一翼より放たれる巨大な雷撃。少女はそれがどの翼から放たれるのか知っていた(・・・・・)。雷撃が放たれる瞬間、その翼目掛けて飛翔した少女が刀を近距離で砲身目掛けて投げつけ(・・・・)、突き刺さった刀によって行き場を失ったエネルギーが暴発したのだ。放たれる雷撃に予兆という予兆はなく、ほぼタイムラグが存在しない一撃。それを寸分の狂いもなく自爆に持ち込んだことに、八舞姉妹すらどこか呆れ顔になっているように思える。

 一歩間違えれば雷撃を受けて消し炭になりかねない戦術。先を視る瞳と、その視た未来を過去にしないだけの神速。この二つが揃わなければ成立しない豪胆かつ大胆な業。まさに先陣を切る(・・・・・)とはこの事だろう。

 

 開場の鐘は鳴り響いた。狂三が、士道へ言葉を投げかける。

 

 

「さあ、士道さん――――――わたくし達の戦争(デート)を始めましょう」

 

「ああ……!! 万由里を助け出す――――――みんなの力を貸してくれ!!」

 

 

 誰一人として、その力強い宣言に否定の声を上げる物はいなかった。誰もが士道に救われた者達なのだ――――――その大恩を返す事に躊躇いなどあるはずもない。士道の祈りを叶える為、自分たちの〝想い〟を背負った少女を助け出すため、彼女たちはその刃を振るう。

 

 バッと両手を広げた美九が、光の鍵盤を軽やかに叩き戦場の始まりを奏でた。

 

「〈破軍歌姫(ガブリエル)〉――――【行進曲(マーチ)】!!」

 

 かつて士道を苦しめた行進曲は、今は愛しい彼の力に。勇猛なる楽章は聴いた者の心と身体を奮い立たせる。白い少女を除いて(・・・・・・・・)皆一様に力の段階が引き上げられる。戦争(デート)の始まりに相応しい一曲に、彼女たちは声を弾ませた。

 

「うむ、よい開幕だ。往くぞ夕弦、四糸乃!!」

 

「対抗。第二陣は譲りません」

 

「は、い……!!」

 

 耶倶矢、夕弦、四糸乃が〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉へ向かい飛翔する。先程までとは比較ならない三人だが、それは〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉も事を同じくしていた。白い少女の奇襲に警戒を強めたのか、はたまた完全に万由里の力と同調したのだろうか、理由は定かではないが生み出される歯車の数が数十倍(・・・)に膨れ上がった。一つ一つが高い擦傷性を持つ回転する刃。如何に完全な霊装と言えど、まともに喰らい続ければひとたまりも無い。

 

「上等ぉ!!」

 

「協調。今です、四糸乃」

 

「任せて、ください……!!」

 

 しかし、全力以上の力で戦える精霊が、そのような光景に臆する筈がない。耶倶矢と夕弦、颶風の御子が生み出す暴風が力を増し、雲すら吹き飛ばさんばかりの渦を巻く。それを解き放つと同時に、今度は四糸乃が合わせて永久凍土を思わせる冷気を合わせた(・・・・)

 氷の暴風。以前、四糸乃が見せた氷結結界を思い出させる技だが、規模はそれ以上だ。何せ自身の得意分野を合わせた精霊の合わせ技。辺り一帯の歯車を巻き込み、氷結させ、粉々に砕いていく。数などこの凍結領域の前では何の意味も持たない。

 

「いよっし!! 私らにかかれば――――――って、えぇ!?」

 

 耶倶矢が威勢よくガッツポーズをし、完璧すぎる合わせ技を誇らしげに語ろうとしたその時、間髪を容れずに迫り来る(・・・・)光景に目を見開いた。程度の差はあれど夕弦、四糸乃も彼女と同じような反応を示す。

 打ち砕いたとんでもない数の歯車の次に襲来したのは、耶倶矢ですら目を剥くほどの巨大な歯車(・・・・・・)。氷結の暴風の残滓を振り払い、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉本体の大きさすら上回る特大の歯車が高速回転し進行していた。

 

「驚嘆。しかし、安易な巨大化は負けフラグ、というのがお約束で――――――」

 

「何のお約束よ!? そんなこと言ってる場合じゃ……」

 

「――――――任せろッ!!」

 

「援護いたしますわ」

 

 空を飛び躍り出る二人の影。あまりに巨大な攻勢に対し、大胆にも歯車へ向かって突撃するは〝最強〟と〝最凶〟。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【二の弾(ベート)】」

 

 引き金を合図に霊力を込めた弾丸が真っ直ぐに飛翔する。〈刻々帝(ザフキエル)〉・【二の弾(ベート)】。それは、時の概念を歪める停滞(・・)の弾丸。高速回転する歯車へ炸裂した一発の弾丸が、その身に込めた霊力を発揮し目で追う事さえ難しかった回転を極めてどんより(・・・・)とした挙動へと変えた。

 

「ふっ、はぁっ!!」

 

 鈍足となった歯車へ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を一閃、もう一閃、更に一閃と全く同じ箇所へ的確に光の斬撃を飛ばす。それぞれを追うように重なった三つの剣閃が歯車へ激突した。

 十香の鋭い瞳は、確実にこの巨大な歯車の弱所(・・)を見極めていた。重なり合った斬撃は歯車へヒビを作り、ダメージを与えている。

 奇しくも二人の連携は、かつて全くの他人同士であった頃に偶然行った物の、再演。しかし、破壊にまでは至らない。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一の弾(アレフ)】」

 

 

 それさえも、織り込み済み。撃ち放たれし加速の弾丸。その力は――――――狂三ではなく十香へ。これより先は新たな劇。最強(最凶)が織り成す極限の舞台。

 

 

「はあああああああああッ!!!!」

 

 

 踏み込む瞬間すら人の目では捉えられない、音速すら凌駕する神速。十香の絶大なる剣技を狂三の不可逆の力で未知の領域へと引き上げる。美九の強化まで加わっている反則に近い十香の剣が、三つの斬撃を更に押し込む(・・・・)ように叩きつけられた。

 

 巨大な()を凌駕する、驚異的な()。力と力のぶつかり合いを制したのはどちらか――――――次の瞬間、粉々に打ち砕かれた歯車の姿を見れば、誰の目にも明らかだった。 霊力の塊を破壊した影響で爆風が巻き起こる中、煙を払い飛び退いた十香が優雅に佇む狂三の隣へと降り立った。

 

「礼を言うぞ、狂三」

 

「いえ、いえ。わたくしでは出来かねますこと。十香さんのお力があればこそですわ」

 

「何を言う。お前の力があったから――――――ッ!!」

 

 互いの力を讃え合う。本来であれば(・・・・・・)、きっと有り得なかったであろう十香と狂三の関係。そんな二人が何かを感じ取ったように目を見開き、視線を黒煙の先(・・・・)へ向ける。

 

 そこからたった今破壊した筈の歯車が煙を突き破り姿を表した――――――二つ(・・)

 

「まだ来るのかよ……!!」

 

「こうなったら、真那が全力でッ!!」

 

 道が開かれるまで動けない士道が歯痒さを感じる中、彼を支える琴里の代わりに細かな攻撃を弾いていた真那が意を決してスラスターを吹かせる。彼女であれば或いは撃ち砕く事が出来るだろう。が、それを止めたのは同じく露払いを行っていた白い少女だった。

 

「……無駄な事は止めた方が良いと思いますけどね」

 

「無駄かどうかなんてやってみねーとわからないでしょう!!」

 

 声を荒らげる真那に対して、白い少女は極めて冷静に、細かな歯車を打ち払いながら説明が下手な自らにため息を吐いた。別に少女が言いたいのは真那が捨て身であの攻撃を防げない、という意味ではない。

 

 

「……ですから、そんな事――――――必要ないでしょう(・・・・・・・・)

 

 

 意味がないのだ、その行動は必要ないのだから(・・・・・・・・・・・・・)

 

 霊力の密度が膨れ上がり、場の空気そのものを塗り替えた。

 

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉――――――」

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――――」

 

 

 膨れ上がった霊力は、空間に見えない火花を散らしているようだった。迫り来る二つの巨大な力に一歩でさえ引くことはなく、名乗り上げるは、己が最強(最凶)の〝天使〟。

 十香が空中に金色の王座を真っ二つに斬り上げ、粉々に砕け散った破片は剣の刀身へ収束する。狂三が双銃を時計を指し示す針のように構え、その銃口へ羅針盤から影を吸い込む。

 

 

 

「【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】!!!!」

 

「【七の弾(ザイン)】」

 

 

 

 片や熱き雄叫びを、片や冷たさの中にその情熱を隠す絶唱を、それぞれが高々に謳う。

 

 双銃を掲げ、僅かな狂いもなく霊力という名の時間を凝縮した弾丸を放つ。この世で唯一、神にさえ抗う可能性を秘めた帝王の力、その一つ。どれだけ霊力を融合させた物体であろうと、時間(・・)という摂理から逃れうる事は不可能。

 回転する車輪も、切り裂くための巨大な刃も等しく、それだけが世界から切り取られかのように静止(・・)した。

 

 大剣を振り翳す。身の丈の三倍はある特大の剣。それを十香は軽々と振り上げて見せた。当然にして、絶対の光景。この世で唯一、この最強の全てを十全に扱える者、それが夜刀神十香という精霊。

 宵闇の光。目の前には、十香が粒ほどに見えてしまう巨大な物体(・・)。そう、狂三の手でそれは霊力の灯った、ただの物体に成り下がっている。ならば、容易い(・・・)

 

 刮目して見よ。これが、究極にして一。十香は――――――その一刀を以て全てを滅殺した。

 

 

「――――――散れ」

 

 

 ――――――世界から、音が消えた。

 

 士道がそう錯覚した刹那、爆撃のように凄まじい衝撃波が辺り一帯を襲い、遅れて恐ろしい爆音が鳴り響いた。それ(・・)が通ったであろう場所には、塵ひとつとして残ってはいない。文字通りの〝最強〟の一撃は、今の〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉が持ち得る手札を完璧に破砕して見せ――――――万由里への道を作り出した。

 

 狂三と十香は、その圧倒的な力を誇る事もせず、ただ士道だけを見ていた。その瞳が語る言葉はただ一つ――――――行け。

 

「琴里!!」

 

 天をも焦がす天女が如き少女が駆ける。切り開かれた道を、勇者を導き、そして導かれし者として。

 

「焦がせ――――〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!! 」

 

 凄烈なる戦斧を片手で振るい、球体の眼球から放たれる雷撃の針を打ち払い燃やし尽くす。もはや、何者も士道の道を阻む事は出来ない。

 己の兄と一瞬だけ見つめ合う。その瞳には恐れも迷いもない。

 

「士道……頼んだわよ!!」

 

 送り出すのは、妹である琴里の役目。以前までの士道であれば情けない叫び声の一つでも上げていたであろう高空からの落下。しかし、今の士道にあるのは迷いではなく決意。恐れではなく祈り。

 

 

「――――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 

 

祈りを以て、士道は自らが識る最強の剣をその手に顕現させた。振るわれる刃。それが斬り裂く物は鳥籠。運命の翼に囚われた少女を助け出す、信念の剣だった。

 

「万由里!!」

 

「し、どう……」

 

「待たせたな。迎えに来たぜ」

 

 檻となる柱を斬り裂き、白き羽が舞い散る。士道は躊躇いなくその中で待つ万由里へ手を差し伸べた。万由里は微かに手を震わせ、しかし己の運命を知っているからこそ手を取ることが出来ない。一人、運命に逆らいこの想いを抱いてしまった彼女だから。

 

 

「私は……」

 

「大丈夫だ、安心しろ。皆わかってる」

 

「あ……」

 

 

 だが、そんな万由里の手を取り、熱のある温もりを与えるのが士道という少年だった。差し伸べた手で、必ず精霊の手を掴んで見せる。その手を絶対に離したりしない……皆を愛する者が士道なのだ。無条件の優しさを、温もりを、万由里は識っていて――――――この瞬間、記憶ではなく自らの主観で感じ取れる喜びを全身で感じた。

 

「万由里、五河士道を!!」

 

「っ……!!」

 

 言葉と共に色のない刀が二人の頭上に突き刺さる。それは再生しかけていた檻の〝核〟を穿つ一撃となり、万由里を捕らえていた全てを完膚なきまでに破壊する。鳥籠より解き放たれし『天使』が勇者の手を取り、今高々と舞い上がる。それに続くようにもう一人の『天使』も飛翔した。

 

「無事だな、シドー!!」

 

「ああ、万由里もな!!」

 

「……ごめんなさい」

 

 全員が集まる中、万由里は突然神妙な表情で頭を下げた。何の謝罪か、言うまでもない。自らの秘めた想いのせいでこんな事になってしまったのだ。もし、士道に会おうなどと高望みせずに一人で消えていればこんなことには――――――

 

 そんな彼女を、白い翼を羽ばたかせた少女がコツンと、優しく頭を叩いた。

 

「え……?」

 

「……こういう時に言うべき言葉、あなたは識ってるんじゃないですか」

 

 記憶にあるはずだ。誰かに救われ誰かの手を取り、その時救われた者たちが言葉にしてきた物。それを万由里は識っている。この場に相応しい、たった一言を。

 

 

「――――――ありが、とう」

 

 

 辿たどしく、それでも万由里は言葉を紡ぐ。誰もがそれを受け入れて、微笑みを浮かべた。彼女たちもまた、士道に救われて来た精霊であり、想いを同じくする者。だから必要なのは謝罪なんかではなく、感謝。安堵の笑みを見せた万由里のその表情こそ、最大級の見返りであった。

 

「……お姫様も助け出せた事ですし、後は……」

 

アレ(・・)を何とかする番ね」

 

 万由里を救い出せたことで憂いはなくなった。士道たちが再び〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉へ視線を落とすと……〝天使〟が産声(・・)を上げた。

 

 

『ァァァァァァァァァァァアアアアアアア――――――ッ!!!!』

 

 

 悲鳴が木霊し、絶叫が残響する。その天使の嘆きは力となり、苦しみは形となる。球体を中心として渦を巻くように〝天使〟が収縮し、自らを作り替えていく(・・・・・・・)。より強く、より鋭く、螺旋のネジ巻きにも似た物へ進化(・・)する。

 

「何よ、あれ……!!」

 

「――――【ラハットヘレヴ】」

 

 万由里がその名を呟いた瞬間、ドリルのように渦を巻いた〝天使〟の先端が光り輝いた(・・・・・)

 

「っ……皆様、衝撃に備えてくださいまし!!」

 

 狂三が警告をしたその時、閃光が士道たちの目を覆い隠し――――――裁きの雷撃が薙ぎ払われた(・・・・・・)

 街を、山を超えたその先から爆炎と衝撃波が彼らを襲う。地形そのものを変動させたそれは、地獄のような火の海を生み出し一瞬にして焦土へと変貌させた。たったの、一撃で。

 

『こいつ、さっきより全然強くなってる……!!』

 

「霊力の大半を特化した攻撃に転用いたしましたわね。六人の精霊の霊力が合わさった存在……単純ながら厄介ですわ、厄介ですわ。正直、わたくしたち一人一人では及びもつきませんわね」

 

「冷静な解説どうも。もう少しポジティブな意見が欲しかったわね!!」

 

「あら、あら。それは申し訳ありませんわ。でもわたくし、このような場面で都合の良い希望を言葉に出来る女ではありませんの」

 

「いつも奥の手隠してそうなやつが何言ってんだか……」

 

 狂三の予測が正しければ、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉が持つ莫大な霊力を今の攻撃一つに集約させているということ。つまりは、あの姿は最終攻撃形態であると同時に〝天使〟が持つ奥の手ということになる。奥の手を使わざるを得ない状況までは追い込んだ。しかし、狂三が言うようにあまりにもその奥の手とあの〝天使〟の再生能力の壁が高かった。

 

「令音!!」

 

『……解析結果が出た。あの〝天使〟には、通常の攻撃ではまともにダメージを与えられない』

 

「なんですって!?」

 

『……君たちの霊力を結集させた一撃を一点に集中させることが出来れば、或いは……』

 

「霊力を集中って、そんなのどうやって……」

 

 十香の【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】や八舞姉妹の【天を駆ける者(エル・カナフ)】、琴里の【(メギド)】――――各々の精霊が持つ最強にして究極の一撃。令音はそれでさえも〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉を討滅するには至らないという。全ての霊力を結集させ、究極を超える一を作り出さねばならない。だが、そんなことどうやって……と、突然一人の精霊に声をかける者がいた。

 

「狂三!! お前の〈時喰みの城〉なら……!!」

 

 狂三の〈時喰みの城〉の城は踏んだ者の意識、及び時間を吸い取る結界。狂三は常々、自らの目的は霊力であると公言していたことから霊力(・・)を吸い上げることも可能なのではないか、士道はそう推察を立てたのだ。だが、一瞬だけ思考するように表情を歪めた狂三の答えは、無常にも頭を左右に振るうNO、というものだった。

 

「〈時喰みの城〉なら皆様の霊力を集約させることだけ(・・)ならば可能ですわ。しかしながら、わたくしと〈刻々帝(ザフキエル)〉では莫大な霊力を攻撃へ転用、出力させる事は……」

 

「くっ……」

 

「莫大な霊力を物理攻撃(・・・・)という形で顕現させられるだけの精霊……せめて十香さんに譲渡することが出来るなら。ですがそれには時間が……」

 

 こちらに狙いを定めた二射目を放つために動きかけている〝天使〟を相手に、悠長な事を考える暇はない。狂三の思考スピードでさえ時間が惜しい。アレの足を止めていられる間に、円滑かつ完璧に十香へ霊力を集約させる手段――――――白い少女と万由里が視線を合わせたのは、その時。

 

「……万由里!!」

 

「わかってる」

 

 万由里が羽を羽ばたかせ、十香の手を取った。その瞬間、黄金の波動が精霊たちを包み込んだ。

 

 それを起点とするように十香の紫紺の波動、琴里、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九。士道に封印された精霊たちの霊力が波動となり、虹色の輪を作り出した。天使の輪のように一同を包むその光は、万由里の意志と同調して十香へ力を与える。

 

 

「霊力が、集まっていく……!?」

 

「力が――――――湧いてくる」

 

 

 光が集う。まるで、精霊が霊装を顕現させる瞬間の光。それは間違っていない。ただ霊力を集めているのではない。士道の、万由里の、精霊たちの想い全てを結集させ……霊装と天使を生み出している(・・・・・・・)。再構築されていく十香の霊装。しかし――――――

 

「兄様、〝天使〟がっ!!」

 

「くそ……っ!!」

 

「今こられても!!」

 

「焦燥。お相手、出来ません……」

 

 〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉が真っ直ぐに霊力砲の狙いを定めている。同じ霊力を持つ者たち、精霊へ。六人の精霊に迎撃手段はない。その力は全て、十香へ集約され攻撃に転用しなければならない。今あの霊力砲を受けてしまえば、士道たちの勝利は消滅する。

 

「『わたくしたち』!!」

 

「させるか、ってんですよ!!」

 

 故に防がねばならない(・・・・・・・・)。狂三の号令とその内容を正しく受け入れた『狂三』が、それと全く同時に真那が飛ぶ。〝天使〟の霊力砲が収束する地点、死地(・・)へ向かって迷わず。

 

 霊力砲、【ラハットヘレヴ】の二撃目。それは一撃目より強い閃光を伴い、解き放たれた。町一つを軽々と焼き尽くす雷撃――――――真那は正面から砲撃を受け止めた。

 

「く……あああああああああっ!!」

 

 防性随意領域を全面へ。世界で五指に入る魔術師の鉄壁の随意領域を、雷撃は容赦なく削り取る。鉄壁を誇る魔術師の随意領域も、数多の精霊の霊力を持った一撃では意味をなさない。脳が限界を超え、オーバーヒートを起こした機械のような熱と頭が割れそうになる痛みが真那を襲う。

 押し切られる――――――直感的に悟った真那を支えた(・・・)のは、憎たらしい(・・・・・)霊力の壁だった。何の皮肉だ……あれだけ殺そうとしていた相手に、救われる日が来るなんて。フッと痛みすら忘れて、真那は皮肉な笑みを浮かべた。

 

 

「……まさか、あなたに助けられる日が来るなんて、屈辱でいやがります」

 

「こちらの台詞、ですわね」

 

 

 瞬間、閃光が煌めく。随意領域と霊力の壁に大半の力を吸われた砲撃が、悪足掻きと言わんばかりに巨大な爆発を巻き起こした。

 

「真那、『狂三』!!」

 

「ここまでか……!!」

 

 〈ラタトスク〉が誇る最新鋭のCR-ユニット〈ヴァナルガンド〉が、その力を示したと同時に、力尽きたように機能不全を起こしていた。飛行すらままならず、吹き飛ばされた『狂三』たちに目を向けた真那は、地に落ちる前に士道の隣に立つ狂三へ叫びを上げた。

 

 

「兄様、どうかご無事で!! それと、兄様を傷つけたら何がなんでも殺してやりますよ――――――時崎狂三(・・・・)!!」

 

「っ……その減らず口、確かに承りましたわ」

 

 

 お互いに笑みに友好なものなどない。皮肉げな表情を受け止める薄ら笑い。だが、あの(・・)時崎狂三が承る(・・)と言ったのだから――――――それだけは、ほんの少しだけ信じてやるべきか……段々と遠くなる視界の中で、真那は後を託すように墜落して行った。

 

「……我が女王」

 

「ええ、ええ。託されたからには――――――わたくしの名にかけて死守いたしますわ」

 

 時崎狂三のプライドにかけて、受け取ったからにはその言葉を反故にする事は出来ない。いや、しない。それが狂三という精霊であると、冷静でありながら誰よりも責任と情を持つのが彼女なのだと知っているが故に、白い少女は返答の代わりに隣へ翼を羽ばたかせた。

 

 三発目のチャージが始まっている。撃たせはしない。霊力の集約が終わるまでの間、あの〝天使〟を止めるのが狂三と白い少女の役割……だが。

 

 

『ァ、ァァァ――――――aaaaaaaaaaaaaaaアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

空間が軋む(・・・・・)。比喩的な表現ではなく、間違いなくそこ(・・)が歪んでいると彼女だけは解る(・・・・・・・)

 

「っ!!」

 

「狂三……!?」

 

 思考する時間は必要なかった。本能に従い、狂三は銃を抜き放って自身が信頼を寄せる一発を装填、引き金を引いた。

 

「――――【七の弾(ザイン)】!!」

 

 黒の一撃。それは物理攻撃ではなく、ある種の空間攻撃(・・・・)。今までありとあらゆるものを、その法則を不条理に捻じ曲げてきた絶対の弾丸。時間という〝無敵〟の事象を司る〈刻々帝(ザフキエル)〉が誇る禁断の力。

 

「な……っ!?」

 

 故に――――――〝無敵〟の力を破れるのも、また〝無敵〟のみだった。

 時崎狂三が動揺を顕にする。それがどれほど異常な光景なのかは、白い少女や士道なら簡単に判ることだった。その動揺と、絶対無敵の【七の弾(ザイン)】の行方を見た士道たちは彼女以上に驚いていた。

 

弾丸が消えた(・・・・・・)。弾かれたわけではない。ただ、あの〝天使〟に届く前に空間に呑まれたように消えた。絶対の力を持つ時間停止の弾丸が初めて役割を果たさず跡形もなく消失したことに、しかしそれでも狂三はすぐに動揺を収めて冷静さを取り戻す。

 

「っ……令音先生」

 

『……これ、は……』

 

「……解析官。アレ、なんですか。霊力の障壁……って言うなら簡単で嬉しいんですけど」

 

 ありえない冗談を口に出してしまうくらいには、少女もローブの下の動揺を隠しきれていない。どんな密度の霊力障壁だろうが、時間停止の弾丸から逃れられる理由にはならない。〝無敵〟を破るに足る理由がなければ、法則を超える現象を上回ることはない。

 

『……こちらの計測が正しければ、〝天使〟の周囲の空間が異様な数値を示している。本来ならありえてはいけない数値をね』

 

「異様な数値? 令音、どういうこと」

 

『……時間の流れが歪んでいる(・・・・・・・・・・・)。そうとしか言えない』

 

「ちょ、ちょっと待って。時間って……!!」

 

時間(・・)。絶対不変、不可侵の領域、人の身では未だ干渉する事さえ出来ない事象。その時、誰もが彼女を……この世で唯一、その不可侵の法を打ち破ることが出来る精霊を見た。

 

『……時間がない。これは私の推測だが、あの障壁は触れた物を別の時間軸(・・・・・)、例えば――――――過去(・・)に飛ばす事が出来る物だと仮定することが出来る』

 

「触れた物を、って……そんなのどうしたら!? それにどうやって狂三みたいな力(・・・・・・・)を……!!」

 

『……理由はわからない。だが、このままでは霊力を一つに集中させても意味がない。あの障壁は、恐らくどんな物理攻撃も別空間へ飛ばしてしまう――――――私たちの知らない、いつかの過去へ』

 

 令音の分析に誰もが言葉を失い絶句する。それはつまり、詰み(・・)。希望が見えた先に立ちはだかる絶望。こちらを超える物理火力に加え再生能力、更には攻撃を実質的に無力化してしまう結界まで展開されてしまっては、もう士道たちに打つ手はない。

 可能性があるとすれば、令音の言葉に心を落ち着けるように目を閉じ、そうして己が〝天使〟を見遣る……時間を操る(・・・・・)狂三しかいない。

 

 

「――――【一二の弾(ユッド・ベート)】」

 

「一二の……弾?」

 

 

 その名の意味を識る者は、この場において狂三以外では白い少女――――――狂三の推測が正しいのなら、万由里も識っているはずだった。敢えて士道の問いのような呟きには答えることなく、彼を支える万由里へ視線を飛ばす。そんな狂三の考えを肯定するような形で万由里は頷いた。

 

 

「そう……なら、わたくしが後始末を付けねばなりませんわね」

 

「あなたのせいじゃない。私が……」

 

「最初に惹かれてしまったのは――――――わたくしですもの」

 

 

 全く、いつ自らの霊力(・・)を彼が受け取っていたのか。どう言った理屈なのか、たった一部分であれほどの時空間を歪められる理由……推察するには何もかもが足りない。万由里にのんびり訊ねる時間も既に失われている。

 確かなのは、あの障壁には狂三が関わっていて、狂三が責任を取らなければならない(・・・・・・・・・・・・・・・・)、という事だけだ。

 

「十香さん達はそのまま霊力の集中を。あの結界は、わたくしの手で打ち破りますわ」

 

「何か方法があるのか!?」

 

「ええ、ええ。アレが万象を過去へ誘う結界だと言うのなら、同質の力(・・・・)で対消滅を狙いますわ」

 

 十二番目に定められた力。狂三の最後の弾丸にして、秘中の中の秘。こんなところで使うには不本意極まりない。だが、こんなところで(・・・・・・・)――――――戦争(デート)を終わらせてしまうなど、もっと不本意だ。

 

 右手に力を込め、全神経を集中させる。羅針盤が震え、十二番目の文字が一際輝いているのを全員が見つめ――――――

 

 

「我が女王」

 

「っ!?」

 

 

 〈アンノウン〉は狂三の右手を己が手で包み込み、その集中を霧散させた。

 

「……時間が惜しいと言うのはわかっていらっしゃると思いでしたが」

 

「惜しいからこそ止めたんですよ。私がやります(・・・・・・)

 

「は……?」

 

 何を言っているんだ、そう表情だけで訴えているのは誰もが同じだった。ただ一人、万由里だけを除いて。そんな彼女を見て、表情が見えない代わりか声に出した得意げな微笑みを少女は聞かせて声を発した。

 

「……言ったでしょう。最悪、私がなんとかすると。今がその時です。それに、狂三の方法では霊力の消耗が激し過ぎます。あなた、一応は霊力の為にここへ来たのにそれでは本末転倒でしょう」

 

「一応、は余計ですわ。ですが、【十二の弾(ユッド・ベート)】を使う以外の方法がありまして?」

 

「……なかったら止めてませんよ。私個人としても、狂三の力をあんな雑な使い方をするのは癪に障ります。簡潔に言えば、不愉快です」

 

 今度は少女が力を込めるように翼を一振り薙ぐように羽ばたかせ、その手に持った刀を鞘へ戻した(・・・)

 

 そもそも、白い少女に言わせればあんな結界は〝無敵〟でもなんでもない。ただ、〝無敵〟であったものを歪めた出来の悪い紛い物だった。

 

 

「……時間というのは、目に見えないから〝無敵〟なんです。それをあんな風に目に見える形にした時点で、それは〝無敵〟の概念を失っていると思いませんか?」

 

「あなた、一体何を……」

 

「――――――あなたは美しいということですよ、我が麗しの女王」

 

 

 そうして、少女は白い翼を羽ばたかせ舞い降りる。〝天使〟を『天使』が見下ろす。傍から見れば異様な光景だろう。不可思議で幻想的な光景だろう。壁画の一枚のような絵を、少女は今より打ち崩す。

 

「――――〈――――〉」

 

鞘を手放し(・・・・・)、名を告げる。真っ白な刀が空へ落ち、光となって少女の身体へ溶けて消えた。

 

 〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉が悲痛な叫びを上げ、その翼を動かし飛翔を始める。触れた物を異次元へ飛ばす結界を纏いながらの進行。しかし、少女に焦りはない。悠然と、白い翼から羽を散らし、淡々と語る。

 

「……私の前で狂三の力をそのような使い方をするのであれば、覚悟は出来ているのでしょうね、不敬」

 

 時間は不可視だから〝無敵〟の力を持つ。それを自らを守るために可視化してしまうなど、滑稽。

 

 それは、そこにある。

 

 それは、存在している。

 

 それは、目の前にある。

 

 万象の法則に乗っ取られる形に貶めたそれは、物体という輪廻に囚われてしまった哀れなそれは、少女の目前に存在(・・)している。ならば――――――『無』から逃れられるものではない。

 

 右手を前に突き出し、唱える。

 

 

 

 

 

「――――〈   〉」

 

 

 

 

 

 ――――――『無』が、顕現した。

 

 

 




生きているなら、神様だって殺してみせる。


Q.狂三と十香が組んだら大体何とかなっちゃわない? A.(物理最強と変則最凶が揃ったら)そらそうよ。

あなた様って呼び方意外と誰も突っ込まないなーとか思いながらこの回まで来たのでちょっと満足です。確か25話を境くらいに変えてた気がします。それまでは地の文で士道への二人称が丁寧なくらいだったので、まあ、私の趣味です(プロフェッサースマイル)

【最後の剣】は本当は予定になかったんですけど出したかったので出しました(瞬瞬必生) 好きな技なのでどうしても出してあげたかった…だってカッコイイじゃないですかハルヴァンヘレヴ。

私が自分で作ったキャラにこの要素を盛らないはずがないと言わんがりの白い翼。創作始めた8年くらい前からこの辺の趣味は変わってない……いやちゃんと理由はあるんですよこの翼。先に翼出せるって決めてから考えた後の先ですけど()
さり気なくこの小説だと名前が出るのは初な【十二の弾】。とはいえ燃費最悪レベルなので撃たせるわけにはいかない。ということで少女が繰り出した力はまさかの……そんな所で次回へ続く。果たしてこの行方は如何に。

感想、評価などなどくださるとめちゃくちゃ喜んでめちゃくちゃ喜びます。次回をお楽しみに!!

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