もう六十話かぁと思うと完結までに何話使うんだろうとふと思う時があります。というか自分がここまで続けられていることにびっくりする今日この頃。そんなわけで万由里ジャッジメント編クライマックス、どうぞ。
真っ白な光。敢えて識別してしまうのなら、そんな表現が似合っていると思う。士道たちが見つめる中、〈アンノウン〉はただ右手を翳した。何かを唱えたようにも思えた。しかし、それは〈
士道の視界に映る物を、また敢えてこの場にするなら――――――世界の崩壊、そんなありふれたフレーズ。
「な……なんだ。何が起こってるんだ……!?」
あらゆる空想が具現化したような精霊たちを見てきた士道ですら、その天災足る力を持つ精霊たちでさえも、驚愕と理解の及ばない光景に各々が目を疑っていた。
時間という法則を、条理を盾とする〝無敵〟に等しい力を――――――光が包み込んでいた。
「結界が消えていく……空間に対する攻撃、なの? ああもう!! 狂三、あんたは
「……いえ、わたくしもあの力は初めて拝見いたしましたわ。しかし……わたくしが感じ取れる範囲では、少なくとも〈
琴里の問いかけに狂三はあくまでも冷静に力を分析し、限られた回答を声にした。時間に干渉する力に対抗出来るのは、同じく時間を司る〈
そんな不条理を不条理で打ち砕かんとする非常識に、琴里は焦りながらも自らが最も信を置く令音へ通信を送った。
「令音!!」
『……解析不能』
「……え」
『……彼女が纏う〝天使〟と似て非なる、と言うべきかもしれないね。あの力は、こちらの解析で測れるものではない、別次元。霊力を使った〝何か〟としか表現出来ない』
「なによ、それ……」
最新鋭の
『……だが――――――少し不味いかもしれない 』
「ど、どういうこと?」
それは琴里たちに向けた、というよりかは個人の呟き、独白に近いニュアンスだった。しかしこの状況で、そのような不穏な言葉を見過ごすわけにはいかなった。このまま行けば、
「……ダメ。このままじゃ……っ!!」
その答えをもたらしたのは令音ではなく、焦りの表情を浮かべた万由里だった。
「万由里?」
「あいつの身体が――――――
「な……!?」
万由里の言葉に全員が声を詰まらせる。慌てて声を上げようとするも、その言葉の意味をいち早く理解し、士道より先に万由里に詰め寄ったのは誰でもない……狂三だった。その時、常に誰より冷静さを武器とする狂三の表情に浮かぶ、焦りにも似た物を彼は感じ取った。
「万由里さん。詳しくお聞かせくださいまし」
「……あの力は、〈
『……今まで観測できなかった彼女の霊波が、僅かながらこちらで捉えられた。これ以上は彼女の身体が危険だ』
「そ、そんなのすぐに止めさせないとヤバいじゃん!!」
「……止めろと言って聞くような子ではありませんわ。既に賽は投げられているのですから」
「け、けど!!」
「わかっていますわ……!!」
狂三とてわかっている。こうして声を荒らげることの無意味さを、焦りは冷静さを殺すという事も。
あの子の身体が崩壊する――――――あの子が、死ぬ。自身の選択一つで、自らが背負うと決めた命が消える。時崎狂三は間違える事が出来ない。
鼓動する心臓が嫌な音を聞かせてくる。狂三が取るべき行動は二つに一つ。静観か、莫大な霊力を消耗する賭けに近い力の行使か。
対消滅、と簡単に言うが成功する保証はない。戦闘で霊力を消費してきた狂三が、精霊の霊力を集えた〝天使〟の力と拮抗できる保証もない。先程までの段階なら、狂三は自信を持って出来ると答えることが出来た。しかし、あの子が行動を起こした時点で少女を止めれば全てが水泡に帰す可能性が浮上している。
静観。自らの目的のため、非情にもあの子の危険を見過ごす選択。精霊としての時崎狂三はそれを推奨し――――――少女としての時崎狂三は、それを否定する。
「……っ」
片手に握った銃を見遣り、もう片方の手を血が滲むような力で握りしめ思考する。
ああ、ああ。随分と甘くなったものだ。非情で、最悪の精霊が時崎狂三であったというのに。それが自らの目的を果たすための強さだったというのに。悪魔が人間のような迷いを持ってしまったが故の〝弱さ 〟。最悪の精霊は堕落し、その弱さを持ってしまった。最悪の精霊は、孤独に戦える強さを失ってしまった。
「――――――狂三!!」
「ぁ……」
同時に――――――支えてくれる大切な人を得た。
その〝弱さ〟を肯定して、受け止めてくれる人の手が、痛々しいほど握りしめられた少女の手を優しく解きほぐした。
「落ち着け。時間がないのも、あいつの事が心配なのもわかってる。だから一人で背負い込まないでくれ。みんながいる、みんなで一緒に考えよう」
彼だけではない。周りを見渡せば、皆が……いつの間にか繋がっていた、優しい人たちがいた。
「狂三、私たちに出来ることはないか!?」
「狂三さんに比べたら、頼りないかも……しれません、けど……!!」
「この颶風の御子、受けた恩は必ず返すのが心情よ」
「思考。皆で考えれば必ず何かあるはずです」
「狂三さんとあの子の為なら、私も全力で歌っちゃいますよぉー!!」
十香、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九。誰もが狂三を、そしてあの子の身を案じてくれている。本来、士道を狙う敵であるはずの――――――
「敵とか味方とか、くだらないこと考えてんじゃないわよ」
「琴里さん……」
「――――――〈ラタトスク〉が守る精霊には、ちゃんと
ニッと笑い、琴里は狂三へ言葉を投げかけた。冗談で言った〈フラクシナス〉での会話を律儀に覚えていた琴里らしい台詞。
――――――自分が力を貸している。そう狂三は思っていたのだが、少し思い上がりが過ぎたようだ。士道の理想を、願いを無にしたくないと考えていた自分のように……彼女たちもまた、士道の理想を信じ救われた者たち。ああ、全く……優しいのは、当たり前か。
「……!!」
そして、狂三の思考は新たな答えを見出す。その答えは自分だけの力では成し得ない。誰かを頼る、誰かの力を借りる。土壇場でその発想が出なければ、白い少女を知る彼女だからこそ、皆から力を貸してもらえる〝今〟の彼女だから浮かんだ一つの答え。
ニッと、意趣返しのように微笑んだ狂三が士道の手を握り返し、真っ直ぐに
「ええ、ええ。では力をお借りいたしますわ――――――
「……え?」
「は?」
茶目っ気のある狂三の言葉に場違いなほど間抜けな声は士道で、表情を一変させ恐ろしく低い声を上げたのは誰かは……言うまでもなかった。
『時』が『無』の極光と鍔迫り合い、激しい光を放つ。
「っ……ぁ……!!」
気を抜けば滑り落ちそうになる右腕を左腕で強引に支えるが、それでさえ少女にとっては恐ろしい激痛となって全身を苛む。過剰な力の代償は、少女の不完全な身体を確実に蝕んでいた。
『……聞こえているかい?』
「……なん、です……!! 今ちょっと余裕がないんですけど……っ!!」
付けっぱしにしていたインカムから令音の声が聞こえてくるが、余裕の態度を作る余力を少女は残していない。あるのは、不出来な『時』の壁を持てる全力で削り取る力だけ。
『……君の霊波の乱れが異常な数値を示している。今すぐその力を解除するんだ、それ以上は危険すぎる』
「……ああ、
喉の奥から強烈に迫り上がる嘔吐感。それを耐える力も残していない少女が、夥しい血を吐き出して身体を傾かせ――――――しかし、倒れることはしない。生温かい鉄錆の味を口内に溜め込みながら、白い少女は力の維持に尽力し続ける。
「……今、私が完遂しないと、我が女王が無理をするしかなくなるんでね……!! 引くに引けないんですよ……っ!!」
『無』の天使。〝彼女〟のみに許されるその力を、出来損ないが十全な力で振るうことは出来ない。十全の力を行使した瞬間待っているのは、少女の霊基の崩壊でしかない。故に、今少女が行使している力は本来の
高速で再生する力を、少女の身体を犠牲とした力で押し切らんとする歪さ。〈
『……死が、怖くないのかい?』
「……はっ。生憎、惜しむような命でもないのでね。それ以上に、私には成すべきことがある――――――あなたなら、
――――――命を、大切なものを踏み躙り、どんな犠牲を払おうとも。
『……!!』
「……ほら、ね――――ッ!!」
少女の言葉に令音が息を呑んだ事に微笑みを零したその瞬間、結界を再生させる速度が上がり僅かながら『無』の天使が押し返される。
「……これ以上は、賭けか」
押し切るには再生を超えるだけの、再生すらも『消滅』させる出力が必要となる。だが、そうした時に出力した力を放出する役割の少女の身体が持つかどうか……迷いなどない。
狂三の言葉を、五河士道の言葉を理解していないわけではない。それでもなお、少女は――――――その刹那。
「な……っ!?」
〝焔〟が白い少女を包み込むように燃え上がった。その〝焔〟と、背に当たる手の感触。少女は視線を向けた先でいるはずのない人物を見つけて驚愕した。
「何――――――へばってんのよ!!」
「……五河、琴里……っ!?」
燃えるような烈火の瞳が真っ直ぐに、少女が怯んでしまうほどの激励を飛ばしている。同時に、少女の全身に白い外装を超えて炎が這う。それは人を傷つけ、焼き尽くすための炎ではない。
「大口叩いたんなら……しっかりやんなさいよ……っ!!」
「っ……何してるんですか!! あなたがここに来たら……っ」
外部的な損傷に留まらず、その焔は外からは見えない少女の傷まで喰らい尽くしていく。美九の歌とは違い、癒しの焔には
琴里が少女のバックアップに回るということは、十香に集中させる霊力を切り上げる事に他ならない。それでは結界を崩したところで〈
「……私の事に構う暇があるならさっさと戻って――――――」
「ばーか。あんたのご主人様は、その程度のことも想定しない奴だったかしら、ね!!」
「……っ!!」
地獄の業火を伴い傷が塞がり、再び損傷し、塞ぐ。ループする痛覚と熱に耐えながら、少女は琴里の言葉が意図している物を読み取り、ハッと視線を上げた――――――その先に、混ざり合う
士道と繋いだ手が万由里へと伝わり、十香へ。琴里が抜けた霊力の穴を補う――――狂三。その行為が誰のためか、なんて言うまでもなくて……あまりに本末転倒な行動をさせてしまった自分自身にため息を吐く。
「……私のために霊力消費してどうするんですか」
「あいつのお説教、聞いてなかったの……!!」
「……聞いてました。聞いてた上で、言ってるんですよ……っ!!」
「あんたも大概頑固者ね――――――言っとくけどあいつ、そう簡単にあんたを見捨てるやつじゃないわよ」
士道と会う前の狂三がどうだったのか、それは琴里が知るところではない。知る必要もないと思っている――――――それくらい、いつの間にか〝今〟の狂三の事を信頼してしまっていた。士道を喰らうと宣言しながら、士道を守る矛盾極まる生意気で頑固者な精霊を。
「意地っ張りで強情で頑固者で、その上わからず屋で駄々っ子な奴だけど……だからこそ、あんたが思うより
「――――――お節介な誰かさんたちのせいで、そうなっちゃったんですよ」
時崎狂三は〝最悪の精霊〟
そんな気まぐれで、素直じゃない精霊が段々と捨てたはずの心を取り戻しかけている――――――それを肯定するのも、また構わないと少女は思うのだ。その優しさに自らが入ってしまったのは……些か、不本意な結果ではあるが。
「……まあ、我が女王の顔に泥を塗るのは私としても本意ではありませんね……!!」
「わかってるなら、ちゃっちゃと気合い入れなさい、よッ!!」
女神の鼓舞は焔となり、加速度的に少女の身体を新生させる。残った霊力の全てを注ぎ込む勢いの琴里に、少女は背の翼を力強く羽ばたかせ答えた。
舞い散る白の羽が焔を纏い、翼は烈火となりて『天使』を支える。
『アアアアアアアアアアアア――――――!!!!』
光が輝きを増し、時を可視化させた壁を浄化していく。〈
水晶が映し出す。映し鏡のような想いは、けれどもう一人の彼女であるように、それだけが万由里の想いではない。その想いに同情しよう。その想いを受け入れよう。その想いが正しいものであると肯定しよう。
「そこを退いて、〝天使〟。その先は――――――我が女王が歩む道だよ」
世界に、光が満ちた。
「やっ……た……っ!!」
目を覆わなければならないほどの白い極光。少女を治癒する手を休めるわけには行かない琴里は目を瞑って耐え、時間を数える感覚さえ炎の制御に回していた彼女は目を開けると同時に、その歓喜の声を上げた。
言い様のない奇妙で歪な〝空間〟が〈
そしてそれは、結界の再生に尽力していた〈
「やば、逃げるわよ……っ!?」
触れていた背の感触が消える。いや、消えたのではなく、正確には少女が前のめりに倒れ込んだことで離れてしまったのだ。驚きながら、咄嗟に少女の身体を掴んで抱え込み――――――
「ぁ……」
純白の外装を
「っ――――令音!!」
『……既に受け入れ準備は出来ている』
「すぐに連れてくわ!!」
残った霊力を燃え上がらせ、少女の身体を再び焔で包み込み、飛び立つ。こんなところで大人しく死なせるものか。そのための〈ラタトスク〉なのだから。
そんな彼女の想いを嘲笑うかのように、蒼い光が臨界へと到達しようとしていた。
「琴里!! くそ……っ!!」
士道が〈
「――――――
カコン。そんな音を立てて、光が色を失い静止した。士道の行動を完璧に読み切った狂三の弾丸。それが意味するものは。
「っ!!」
「うわ……っ!?」
虹色の輪から溢れ出る霊波が衝撃となって万由里を弾き飛ばす。降り注ぐ霊力が目に見える柱となり十香を包み込む。そう、狂三が自由に動けるのは、
今ここに、
「……十、香」
「後は任せろ、シドー」
紫根の瞳を開き、彼女の纏う〝霊装〟に目を奪われた士道へ、颯然とした微笑みで十香は
僅か一瞬で距離を殺し静止した極光の前に、十香は降り立っていた。
四糸乃、琴里、耶倶矢、夕弦、美九――――狂三。そして万由里の全てを束ねた霊装・
七人の霊装の特色を融合させた鎧を身に纏い、威風堂々たる十香は――――――
『ァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアア――――――ッ!!』
「はぁッ!!」
放たれたエネルギーを、その
続けて放たれる流星群のような光子のエネルギー。その量、質ともに顕現したばかりに放った攻撃とは比べ物にならない。
「す……げぇ……」
――――――それすら、今の十香なら捌くは道理。数百を超える雷撃を片っ端から
「ふっ!! はぁッ!!」
あまりの力に呆気に取られ言葉を失う士道の前で、更に十香は二刀を投擲した。明確な意思を持つような動きで飛翔する刃は、〝天使〟の両翼を両断。巨大な〝天使〟に初めてダメージを与えた。
「あれなら……!!」
「いえ、まだですわ」
「なに……!?」
狂三が目を細めて見つめる先は、たった今十香が切り落としたはずの両翼。それが士道にもわかるほどの速度で再生を始めていた。冗談だろ、と呻く士道だが現実は変わらない。白い少女が時空間を歪める結界を消滅させ、十香がようやく力で拮抗できるようになったというのに、あの再生能力があっては……。
「ここまで来て……!! あんなのどうしたら……」
「――――――〈
「!! 万由里さん……」
万由里の言葉、それが指し示す意味。一瞬にして理解した狂三が万由里へ視線を向ける。その瞳に込められたものを、彼女の奥底から呼び起こされたものを感じて……万由里は、フッと微笑んだ。
覚悟は出来ている。勿体ないほど大切なものを、沢山貰ってしまった。だが、ほんの少しの躊躇いと恐怖を――――――万由里は、その行動そのもので打ち消した。
「――――――士道」
「まゆ――――!!」
万由里は全てを――――――愛しい少年に捧げた。脳と身体を蹂躙する圧倒的な感覚……
「〈
霊力の供給をせき止められた〈
――――――消えたくない。根源的な欲求。誰もが持っていなければいけないはずの、想い。万由里はそれを超えて、今目の前にあるのは取り残された残滓。叶えられない願いの水晶。
ああ、ああ。これは、必要のない行動なのだろう。無駄な感傷なのだろう。だとしても、せめて救われぬからこそ――――――その終わりは、どちらも安らかなものであって欲しいと少女は願った。
「――――【
まるで、手向けの花。咲き誇る黒が、苦を取り除き安らかな終わりへの道を作り出す。
「――――〈
高々と掲げた右手に天使の刃が回帰する。万物を塵と化す王の剣。
「――――〈
広げた左手に回帰するは、対を成す双子のような両刃の剣。今この時のみ顕現を許された全てを滅する皇の剣。黄金の装飾、紅、蒼、そして紫根の宝玉が埋め込まれた幻想の極地――――〝天使〟。
二振りの剣を謳い、空が許容の限界を訴えるように震えていた。極限まで溢れた霊力を糧とし、十香が天を駆ける。
切り取られた壁画のような〝天使〟。狂三が創り出した花道を、十香はただ一言。その二刀を振るい、戦士としての破壊ではなく、慈悲を以て鎮魂歌を奏でた。
「――――――眠れ」
『――――――――』
その終わりは、呆気ないものだった。その終わりは、切り取られた時間の中で静かなものだった。
その終わりは――――――安らかな、ものだった。
「――――終わった、のか……?」
〝天使〟が消えていく。螺旋を斬り裂いた十香の斬撃は、それらを構成する全てを滅した。あれほどの力で暴れ回っていた〈
「ま……ゆ、り?」
それが、間違えであると、腕の中で
光が、溢れる。霊装が消え行く時のように、彼女自身の身体から光が満ちて――――――まるで、万由里が語った
「な、んで……どうして!!」
「……私は霊力の結晶体。〝核〟を持たない私に
「封印、って……」
これでは意味がない。万由里を助けるための行動だったのだ。ようやくそこに辿り着いたと思ったのに、待っていたのは彼女の消滅?
ふざけるな。そう、憤りと悲しみが溢れる心と、万由里のもたらした言葉に疑問を覚える。心を通じ合わせ、想いを通わせるのが霊力封印の条件だったはずだ。
「お前は俺と、出会ったばかりの筈じゃ……!!」
「……ぷっ。あははははは!!」
「え……」
消えてしまうとは思えないほど明るい笑い声だった。士道に見せることはないと思っていた、万由里の心からの笑い。本当の
「あんたがそれ言っちゃうんだ? 本当、士道らしい」
「――――――ぁ」
小さく声を漏らして、気づく。出会ったばかりで、心を開いている。それは何より、そして誰より士道が知っている事だったのに――――――初めて会った少女に心惹かれて、〝恋〟をした男が、自分であるのだから。
ようやくその事に行き着いた士道を見て、万由里は彼のそんな仕方のない部分も愛する、愛してしまう者達の〝想い〟を受けた一人の少女として、言葉を紡いだ。
「それに、私は皆の霊力から――――――〝想い〟から生まれたんだよ。あんたのこと……嫌いなわけ、ないじゃん」
それを主観的に受け取ったが故に、システムの管理人格でしかなかったはずの彼女は万由里という一つの〝個〟を得た。だから、それが根底にあるから、彼女は――――――
「生まれた時から――――――愛してた」
定められた運命の中で、彼を愛する事もまた……自ら定めた存在なのだ。
光が加速する。天へ帰るように、『無』へ消え行くように。
「っ、待て万由里!! 消えるな……消えないでくれっ!!」
「そうだ……
「そんなの自分で言えよ!! 満足したなんて、簡単に言うな!! 死んだら……死んじまったら、何も……っ!!」
「……ううん。残る。士道たちが、残してくれる」
生まれて、消える。それだけの価値だった万由里は、こうして愛しい少年に抱かれながら、見守られながら消えていく〝価値〟を得た。
ああ、なんて――――――幸福なのだろう。
「私はもう、消えるために生まれた存在じゃない。あんたに――――――逢えたから」
〝価値〟を持つ事が出来たなら、残せるものがあるのなら、万由里は意味のある終わりを迎えることが出来る。諦めではない、恐れでもない……幸福の中で、逝く事が出来る。
頬を撫で、愛しさを感じる。
「それだけで……」
それだけで――――――充分だ。
「万由里……!!」
「ありがとう……」
万感の〝想い〟を、誰のものでもない自身の〝想い〟を込めて、最後の言葉を紡ぐ。
その、最後の表情は――――――
「――――――さよなら、士道」
天へ、還る。
「ぁ……ぁ、ぁぁ……」
もうそこに、万由里は
「士道さん!!」
「……っ。ぁ、あああ……!!」
狂三に抱えられた事にさえ気を向ける事が出来ず、士道はただただ首を振る。自らが掴み取れなかったものを、零れ落ちてしまった存在を、その証明は彼の手に残った物と、温もりでしかない。
「――――万由里ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――ッ!!!!」
少年の慟哭が木霊する。
黄金の羽が風に吹かれ――――――消えた。
孤独という強さが失われたのは弱さなのか、変わる事が罪であるのかどうか。リビルドはある意味で狂三が変わっていく物語でもあります。まあ変わらないものもあるというか、彼女は時崎狂三なのだと言うのは次章で見せられるかなと(意味深)
前半の展開は結構うーんうーん悩みながら書いてました。納得が行くものを書くのは本当難しい……ちなみにお察しの方もいらっしゃるでしょうが、十香劇場版限定フォームは設定で語られている通り狂三の霊力が加算され時計の意匠が追加されている形です。補足すると琴里が霊力の大半を譲渡した後、足りない部分を狂三が補った形ですね。〈
本来ありえない狂三が紡いだ歩みが、今後ともどのような影響を及ぼしていくのか注目していただければ幸いです。
原作と違って出逢ったばかり、という言い訳が一番通用しないのが士道自身というのは書いてて自分でもなるほど、と思いました。自画自賛だな????
次回、エピローグ。感想、評価などなどお待ちしておりますー。あるとめちゃくちゃモチベに関わります(媚びを売る) 次回をお楽しみに!