デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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〈アンノウン〉ワースレス編エピローグ。無価値が見出した価値あるものの結末。




第六十一話『万由里』

 〝死〟という物の定義は、酷く曖昧だ。何を以て〝死〟とするのか……それはきっと、万人よって受け答えが違うのだろう。五河士道という少年は、異常の中に身を置きながらその常識的な倫理観を失わない人間だった。自分自身に言わせれば矮小で、普通の考えを持つ存在。

 士道の考える〝死〟は、消滅という定義は果たしてどのような物なのか……そんなこと、深く考えたことすらなかった。

 

 だが、この日、五河士道は思い知った。別れというのは恐ろしいもので、取り返しがつかないもので――――――残された者に対して、残酷だ。

 

 

 

 

 〈フラクシナス〉の艦内に設営された休憩スペース。飲食などをするための場所とは違い、大層な規模ではない。数種類の無料自販機と横長椅子が二つある簡素な場所だ。人通りも他の場所に比べれば圧倒的に少ない――――――今の士道には、それが何よりも有難かった。

 

 

「――――――このような場所にいらしたのですね」

 

 

 誰かが入ってきたのはわかっていた。けど、顔を上げる気にすらならなかった。それでも彼がハッと深く沈んでいた意識を現実へ回帰させたのは、やはり愛する少女の声であったからに他ならない。

 

「狂三……」

 

「探しましたわ。士道さんが検査から抜け出したーと、クルーの皆様が大慌てですわよ」

 

 ゆっくりと顔を上げれば、射干玉の髪を二つに結んで黒を基調としたゴシック風の服を着た狂三が、からかうような表情ながら……彼を見て安堵したような笑みを浮かべていた。

 時崎狂三が、いる。ただそれだけのことが、段々と日常となっている事象がどれほど価値があるものなのか。彼女の姿を見るだけで湧き上がるものを抑え込み、彼はグッと耐え抜いた。

 

「……お前だって検査はどうしたんだよ」

 

「飽きてしまいましたわ。なので、こっそり抜け出させていただきましたわ」

 

「…………」

 

 戦闘後の重要な検査を〝飽きた〟の一言で済ませる精霊がいるらしい。一部分とはいえ霊力の集約に関わったので、他の精霊と共に精密検査が必要なはずなのだが……まあ、正式に封印を施された精霊ではないので自由意志を縛るわけにはいかなかったのだろう。のらりくらりと、いつもの微笑みで〈フラクシナス〉のクルー達を躱す狂三の姿が容易く目に浮かぶ。

 

 ……飽きた、とは言うが狂三の目的を察する事が出来ない士道ではなかった。ここに来たのが何よりの証明だし、恐らく道中で彼女(・・)の様子も見てきた筈だ。

 

「……あいつの様子は?」

 

「命に別状はない、とのことですわ……琴里さんに、大きな借りが出来てしまいましたわね」

 

「じゃあ今度甘い物でもご馳走してやってくれ。あいつ、そういうの好みなんだ」

 

「あら、あら。あの子と同じですわね……まあ、琴里さんがわたくしからの贈り物を受け取ってくださるとは思えませんけれど」

 

 冗談めかした表情で肩を竦める狂三を見て、はははと乾いた笑いを零して……再び、沈黙した。

 数秒、或いは数分。部屋の一室には痛い程の静寂が木霊する。かちり、かちり、そんな小さな音だけが耳に届いて、狂三がそこにいるのだと教えてくれている気がした。それに心から安堵を覚える士道と……今は、こんな自分を見られたくないと思う士道がいた。

 

「狂三、悪いけど今は一人に――――――」

 

 してくれ。そう最後まで言葉を形にする前に、狂三は長椅子へ腰をかけていた。無論、士道の真隣で彼女の香りが鼻腔をくすぐるような距離に、だ。

 

 

「士道さんがわたくしの立場だったとして……士道さんは、わたくしの事を放って置かれるのですか?」

 

「っ……」

 

 

 狂三がもし、今の士道のような姿をさらけ出していたら。狂三に強さの幻想を抱いていた士道なら、ありえないと思ったかもしれない。しかし、狂三にだって脆い部分がある……それを知っているから、そんなこと思ったりはしなかった。その時、自分がなにをするかなんて手に取るようにわかる。

 

「……絶対、見過ごしたりしないだろうな」

 

「ええ、ええ。ですので、わたくしも同じですわ」

 

 それだけを口にして、狂三はただ士道の隣で行儀良く座るだけだった。精巧に作られた人形のような人ならざる美しさ。でも、微かに感じる彼女の温もりが生きているのだと、感じさせた。

 

 ああ、ダメだ。たったそれだけの事で、抑え込んでいた感情が決壊してしまいそうだった。 強く拳を握りしめ、唇を噛んで耐え抜く。それ(・・)を流してはいけない。流してしまえば……それで、終わってしまう気がしたのだ。

 

 

「……士道さん」

 

「――――――泣かない」

 

 

 ただ一言。強くて、脆い一言だった。泣かない、泣いてはいけない。泣いてしまったら、万由里が死んだのだと。

 

「俺が泣いたら……本当に、万由里が……」 

 

 消えてしまったのだと、受け入れてしまう気がして。受け入れてしまったら、涙と一緒に彼女がいた事まで存在しなかったことになりそうで。

 

 

「だから、絶対に泣かない。俺は――――――」

 

 

 ――――――ぎゅ、と。柔らかな感触が士道を包み込んだ。それが彼女の胸に抱かれたものなのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。その抱擁があまりにも優しくて、温かくて、慈しみに満ちていて……瞬間、決意が崩れ去ってしまいそうな感覚を覚えて、最後の抵抗のように首を振って声を発した。

 

「やめ、てくれ……!! 俺は、俺……はっ!!」

 

「万由里さんは、その〝想い〟は消えていませんわ」

 

 彼女のゆったりとした声にハッと目を見開き、身体を震わせる。

 

 

「万由里さんを構成する物は消えてしまったのでしょう。ですが、万由里さんを生み出した根源は……決して、消えてはいませんわ」

 

「……狂三たちの、〝想い〟……」

 

「はい。わたくしたちの〝想い〟が消えていないように――――――万由里さんの〝想い〟も、また残されているはずですわ」

 

 

 万由里を構成した霊力という存在は、狂三の言う通り消えた。士道の中に一つ残らず封印され、その結果として万由里という精霊は消失した。

 

 だが、同時に霊力から生み出されたのなら――――――狂三たちの〝想い〟から生み出された存在であるのなら、その〝想い〟が消えない限り万由里は〝いる〟。

 

「けれど、あなた様がそうしていては、万由里さんが浮かばれませんわ。受け入れて(・・・・・)、差し上げましょう」

 

「っ……くる、み……」

 

 万由里は〝いる〟のだと、士道や狂三たちの中で生きているのだと……そうして受け入れてやらねば、万由里という存在は本当に消えてしまう。

 

「俺は、あいつを……救って、やれなかった……!!」

 

 取りこぼしてしまった。そして、彼の手から零れ落ちてしまったものは、もはや何をしても取り返せない。

救えなかった(・・・・・・)。そうして後悔を口にする彼を抱きしめた狂三は、髪を優しく撫でながら静かに首を振り言葉を否定した。

 

 

「いいえ、いいえ。士道さんは、救ったのですわ。最後に、万由里さんの心を。あなた様に逢えたという――――――変え難い幸福を」

 

 

 世界のどんなものでさえ、その幸福の前では霞むものだと狂三は知っている。狂三が知っているのなら――――――万由里も知っている。彼女が自らの残酷な運命を受け入れられたのは、彼が彼女の全てを受け入れたからだ。消えたくない、精霊たちのように共にいたい、この〝恋〟を知って欲しい――――――その全てを受け入れてくれた少年の手の中で、万由里は満たされたのだ。

 

 自分は決して……消えるために生まれたのではない、と。

 

 

「だから、泣いていいのですわ(・・・・・・・・・)。その涙は万由里さんを消すものではなく、受け入れるものなのですから」

 

「――――――ぁ、ぁ」

 

「士道さんがそうであるように――――――わたくしも、あなた様が辛い時はその支えになりたいのですわ。だから、今はわたくしの胸の中で……どうか、どうか……」

 

 

 その、涙を。

 

 そこが、限界だった。士道の傍に〝いる〟。決して失いたくない大切な存在を震える手で掴んで。決して失ってはいけなかった存在を――――――

 

 

「ぅ、ぁ――――あああ、あああああああああああ――――――ッ!!」

 

 

 自らの中に〝いる〟のだと、強く刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 精霊にとって〝睡眠〟というのは必ずしも必要なものではない。まあ、強制的に意識が落ちる事を睡眠と呼ぶのは、些か語弊があると思うが。

 とはいえ、身体の状態を適切に保つ事が出来る精霊と言えど、睡眠行動を取る方が遥かに効率が良い事は確実だ。余計なエネルギーの消費を避ける事が出来るし、取らないよりは取る方が遥かに良い。何より歪で出来損ないであるならば、尚更。

 

 だが、少女は就寝という行為が酷く苦手だった。別に、眠るという行動自体に苦手意識があるわけではない。ただ眠った先にあるもの……人間で言えば、夢を見る(・・・・)という事象が問題だった。

 

 

『――――――やれやれ、困ったな。私は嘘を吐いているつもりはなかったんだが』

 

 

 死神が放つ、一発の銃弾。悪夢はいつも、そこから始まる。悪夢(ナイトメア)の従者が悪夢を見るなど、なんとも皮肉な事があるものだ。

 凶弾が〝彼〟の胸を貫き、倒れる。それを自分ではない自分が、見ていた。絶望の光景を、見ていた。取り返せない選択をしてしまった彼女が、見ていた。

 

 繰り返す、繰り返す、繰り返す。繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返す。世界の始まりを、旅路の始まりを、悲劇の始まりを、全ての始まりを。ひたすらに、繰り返す。

 

 少女にとって〝記憶〟とは主観的なものではない。正確に言えば、主観的なものであってはいけない(・・・・・・・・)。そうでなければ、少女はきっと壊れていた(・・・・・)。少女は万由里のように強くはなかった。それが始まりだったのだと、そう客観的に受け止めなければならなかった――――――その生まれながらの回答を、一体何度少女は後悔し、呪ったことだろうか。

 

 しかし主観的なものでない、と言ってもある程度の影響は受ける。何せ生まれながらに持った〝記憶〟というのは、それだけでその人物の構成に関わる重要なものだ。こうやってこの悪夢を嫌い、睡眠が休息になり得ないのが何よりの証拠。

 

 悲しみと絶望を再生し、涙と悲鳴を上げる。そんな悪夢を識るからこそ、少女は愛しい女王に皮肉と受け取られようと投げかけるのだ。

 

 

 どうか、眠りの中では――――――良い夢を。

 

 

 

 

「………………」

 

 悪夢からの目覚めは悲鳴というのが定番ではあるが、今の少女にとっては必ずしもそうではなかったらしい。見えもしない自分の顔を覗き込むその人物の顔に、驚きすぎて逆に声を発し損ねたというのが正しいか。

 そりゃあ、分厚い隈を飾った目の美女が寝起きで目の前にいたら思考停止の一つや二つはするであろう。生憎と、少女だけはそんな理由に留まらないのだが。

 

「……何してるんです?」

 

「……ん。君がうなされていたものだからね」

 

「……ああ、そうですか」

 

 いまいち答えになってないような答えを聞いて、少女は力の感じられない声を発した。声を発して、ベッドに横たわって会話が出来る。少なくとも、生きてはいるらしい。

 

「……私、死に損なったんですね」

 

「……琴里に感謝するといい。医療用顕現装置(メディカル・リアライザ)の効果が極めて薄い(・・・・・)君の為に、残った霊力をほぼ全て費やして治療してくれたのは彼女だ」

 

「…………それはまた、余計な苦労をかけてしまいましたね」

 

極めて薄い(・・・・・)という回りくどい言い回しからして、顕現装置が効果を発揮しなかったというわけではないらしい。顕現装置の効果を僅かでも受け入れてしまったと思うと、自分が思っているより危険な状態まで陥っていたのだなと他人事のように感じていた。まるで、そうなることを望んでいる(・・・・・)かのように。

 

 ああ――――――引っ張られかけている(・・・・・・・・・・)。自覚した衝動を強引に抑え込みながら、少女は言葉を続けた。

 

 

「――――――万由里は」

 

「………………」

 

 

 沈黙が、問いの答えだった。

 

「……そう」

 

 無感情とも非情とも取れる、そんな呟きだった。別れは既に済ませていた……万由里を見捨てたのは、自分自身の選択。それを後悔するわけにはいかない。気がかりな事はあったが、それは万由里の最後を看取ったであろう人に聞くべきだろうと思った。

 

「……狂三と、五河士道は」

 

「……二人とも検診だ。精霊たちは皆、全員――――――君も、含めて」

 

 ピクリ、と指が動いた。隣に立つ令音を視線だけを動かし目を合わせる。その動作を見られたかは定かではないが、見透かしたように彼女は静かな声を発した。

 

「……悪いが、君の〝天使〟が弱まっている間に調べさせてもらった」

 

「……知ってるのは、解析官だけですか?」

 

「……ああ」

 

「……なら、私が言いたいことわかりますよね」

 

誰にも言うな(・・・・・・)。五河士道にも、五河琴里にも――――――狂三にでさえ、告げるな。全て言わずとも伝わったのだろう。令音がほんの僅かに眉を顰めたような仕草をする。

 

 

「……だが、君は――――――」

 

「――――――黙っていてくれるなら、あなた(・・・)の利になる提案をします」

 

 

 今度は、令音が身体を僅かに揺らし少女を見遣る番だった。彼女なら……いや、彼女は絶対に(・・・)この提案を呑む。そんな確信が少女の中にあった。

 

「……何かな?」

 

「……これから先……まあ、仮にどうしようもない事が起こったとしましょう。その時は、何が起ころうと――――――私が〝彼〟を守ります」

 

「……!!」

 

 ここ一番の、驚き。とはいえ、令音の感情の機微というのは非常に分かりづらく、その動揺は少女だから感じ取れた事だ。

 彼女は断らない。彼女が〝彼女〟であるから、断れる筈もない。

 

「……答えは言わなくて構いません。聞かなくてもわかりますから。ま、こんな約束しなくたって五河士道の事は守りますから、ちょっとズルいとは思いますけどね」

 

 少し卑怯だとは思いはしたが、使うものは使うべきだ。こんな約束をしなくても、というのは既に士道が〝計画〟の根幹に関わってしまっている……というのも嘘ではない。だが、それだけではないのが本音。

 

 

「……私、彼の事は結構気に入ってるんですよ」

 

「……理由を聞いても、構わないかな?」

 

「……ええ。それなりに理由はありますけど、一番は――――――狂三の全てを、心から愛してくれていることです」

 

 

 たった、それだけ。狂三を愛した彼だから、狂三を守ると言った彼だから、その事に嘘偽りを持たない彼だから。少女は、希望に賭けると決めた。賭けてみたいではなく、賭ける(・・・)と。

 次に声を発するのは、どちらが先か。答えの先か、答えの返答か……結果は、どちらでもなく医務室の扉が開く音と二人分の足音、だったのだが。

 

「――――――お目覚めのようですわね。気分はいかがでして?」

 

「……狂三。五河士道」

 

 ローブで顔を隠していたところで、狸寝入りをする事は出来ないらしい。少女が意識を取り戻している事に、あっさりと気づいた狂三が優雅な微笑みで言葉を発する。後ろには士道の姿もあった。

 

「令音先生とどのようなお話をなされていらしたのかしら。わたくし、気になりますわ」

 

「……五河士道がどれくらい素晴らしい人物なのか。そんな話題ですよ」

 

「は!?」

 

「あら、あら。それはそれは、とても素晴らしいお話ですわ。わたくしも混ぜてくださいな」

 

「いや絶対そんな話してないだろ!?」

 

「……いえ、しましたよ。どんな内容かは教えて差し上げませんけど。ね、解析官?」

 

「……ああ、そうだね。シンには教えられないな」

 

 秘密だ、と言うように揃って人差し指を口元に当てる仕草をする二人に、どこか釈然としない表情の士道。そんなやり取りを見た狂三がクスクス、と口元に手をやり笑った。

 

「ふふっ……その分では、もう心配は不要ですわね」

 

「……ええ。迷惑をおかけしました。結局、霊力を余計に使わせてしまいましたね」

 

「構いませんわ。気になるのであれば、後で利子を付けてお返ししてくださいまし」

 

「……そうさせていただきますよ――――――ごめんなさい」

 

「……それは、何に対する謝罪ですの?」

 

 勝手に行動した事への謝罪か、狂三の心配を知っていてなお無茶をしたことへの謝罪か。真剣な表情で少女の言葉を受け止め、待つ狂三に少女は言葉を続ける。

 

「……色々、ですね。多分、私はこれからも変わりません。私は私が成すべき事のために、この命を使います。あなたの申し付けを、守れないかもしれません。話せないこと(・・・・・・)だって、あります」

 

「…………」

 

「……そんな私でも、お傍に置いてくださいますか――――――我が、女王」

 

 これから先、狂三の信頼を裏切るかもしれない。心優しい彼女の優しさに報いることは出来ないかもしれない。それでも、自分の全ては時崎狂三(我が女王)のために。

 

 

「本当に――――――仕方のない人」

 

 

 そんな少女の愛を、狂三は少女の手のひらを淡く包み込んで受け止めた。全てを捧げるというのに、狂三の所有物だと言うのに、言うことを聞かないなど言語道断……などと、器量の狭い女ではない。

 仕方ない。意思を持った存在なら当たり前で、当然の行動であると彼女はそれすら〝是〟であると告げよう。

 

 

「当然ですわ、当然ですわ。わたくしの共犯者。けど、変わらない事はありませんわ。わたくしがそうであったように、あなたもそうであるとわたくしは思います」

 

「……さて、どうでしょうね」

 

「き、ひひひひ!! ただ一つ変わらないと言えるのは、わたくしがあなたの命を預かる存在である、という事だけですわ。そうでしょう――――――わたくしの全てを、肯定する人」

 

 

 変わらないという少女を、変えてみせると言う。自分を否定する少女を、狂三は肯定(・・)して見せよう。時崎狂三が変わる事が出来たように――――――愛しい少年が、それを成してきたように。

 そして、そんな狂三の考えを否定する事が出来ないのが白い少女なのだと彼女は知っている。

 

「わたくしの悩み抜いた考えを、答えを、どのようなもの(・・・・・・・)であれ……あなただけは肯定してくださるのでしょう?」

 

「……ほんっと、そういう使い方は良くないと思うんですけどねぇ」

 

「使えるものは使うのがわたくしの主義ですわ。ご存知のはずでしょう」

 

「……よく知ってますよ」

 

 昔から、ずっと。狂三は目的のためであれば手段を選ばない……そうでなければならないと強要され続けてきた子であり――――――約束を反故にする事を、嫌う子でもある。

 ここまで言われてしまうと、少女は降参どころの話ではない。それこそ、仕方がない(・・・・・)とため息混じりに声を発した。

 

 

「……かしこまりました。我が女王」

 

「ええ、ええ。信じて(・・・)いますわ。謎の多い、わたくしの従者様」

 

 

 戯けるように、からかうように、狂三は微笑んだ。どのような存在かも不明瞭な少女を信じる、そう言いきれるだけの確信が、優しさが何処にあるのか――――――その答えを、ホッとした表情で二人を見守っていた彼に、見てしまった気がした。

 元々優しさを持っていた人が、その隠していた優しさをこじ開けるほどの人物に影響されたらどうなるのか……少なくとも、これから苦労するだろうなと少女はローブの下でため息を吐き――――――少しだけ、嬉しそうな頬笑みを浮かべた。

 

「……ところで、二人とも検査はどうしたんだい?」

 

 話の区切りを読んだ令音の鋭い指摘が唐突に場を貫いた。解析官らしく空気が読める良いタイミングではあるが……狂三〝は〟素早く人当たりの良い笑顔を浮かべ問いに答えた。

 

「それなら先程、しっかりと受けて参りましたわ。そうでしょう、そうでしょう、士道さん」

 

「お、おう!! バッチリな!!」

 

「……そうか。なら再検査をしよう。二人とも(・・・・)だ」

 

 ……まあ、狂三がいくら上手く誤魔化したところで、士道がやべぇ、という表情を全く隠し切れてないのだから全く意味がないのだが。

 仕方ありませんわね、と元から誤魔化す気があったとは思えない表情の狂三に対し、士道は流石にバツが悪そうにしていた。

 

「す、すみません令音さん……」

 

「……いや、君への配慮が足りなかった。こちらこそ、すまない」

 

 士道が……いや、士道と狂三が検査を抜け出して何をしていたのか。それは彼の目を見れば簡単にわかることだった。頭を下げる令音に、士道は慌てて首を振る。

 

「そんな……俺なら大丈夫ですよ。いや――――――もう(・・)、大丈夫です」

 

「……そうか」

 

 その表情は、悲しみを含んだものだった。けれど、それだけではないものだった。立ち止まってしまうものではなく、進み続ける。そんな強い瞳と表情を士道はしていたのだ。

 令音は少しホッとしたような雰囲気を見せてから、ふと狂三へ視線をやり軽く頭を下げた。彼女が関わったことはお見通しなのだろう。最も、狂三はなんの事やらと肩を竦めるだけだったが。

 

「……五河士道」

 

「なんだ?」

 

「……あなたに、お聞きしたいことがあります」

 

 彼がこの場を去る前に、どうしても聞いておかねばならないことがある。その最後(・・)に立ち会う事が出来なかった少女が知らないそれを、士道は知っているはずだった。

 

 

「万由里は――――――最後に、泣いていましたか?」

 

「っ……」

 

 

 辛いものだと、不躾な問いだとわかっている。けれど少女は知らねばならなかった。少女が変えたいと、変えてしまったその終わりが、果たして万由里にとってどのようなものになったのか。望みは、叶ったのか。

 息を呑み、しかし士道は決して目を逸らすことなく言葉を紡いだ。

 

 

「――――――笑ってた。万由里は、笑顔だったよ」

 

 

 それは、少年が見た万由里の最後の表情。〝恋〟を知りながら生まれた少女が見せた、万感の〝想い〟。避けられぬ終わりを受け入れた少女は、それでも幸福だったと笑っていた。満たされた(・・・・・)と、微笑んでいた。

 

「私はちゃんと、満足した――――――万由里が、お前にそう伝えて欲しいって」

 

「……そっ、か。あの子は……満たされて、笑って逝けたんですね」

 

 彼女を救わなかった少女は、せめて残酷な結末は嫌だと叫んだ。それが果たされたのだと伝えられて……その罪を一つ数えた。少女は、救わなかった者を背負って生きていく。救わなかった事への涙は、少女には許されない。それは、救わない選択をした少女には許されないことであり、救われるわけにはいかない。そう、言葉にした万由里への侮辱であるから。

 

「……五河、士道。あの子の事を――――――忘れないで、いてくれますか?」

 

「忘れないさ。忘れたりなんて、するもんか」

 

 胸に手を当てて、士道は思う。忘れない、忘れるわけがない。士道が、士道たちが忘れなければ万由里はここに〝いる〟のだと。彼は信じているから。信じる事が、出来るから。

 

 

「みんなの霊力から生まれたあいつは、みんなの中にいる。十香、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九。俺や狂三……お前の中にだって、万由里はいる。俺は、そう思う」

 

「……ああ。あなた達らしい、素敵な答えです」

 

 

 人はそれを感傷や現実逃避だと笑うのかもしれない。もしかしたら、その人物がいない事を認めず、摂理に抗ってしまうのかもしれない。けど彼は、彼らは受け止めて、彼女が〝いる〟のだと心に刻んだ。その〝強さ〟を、少女は彼が言うのなら受け入れる事が出来た。

 

 

「……ありがとう――――――士道」

 

 

 その時、少女がどんな表情をしていたのか――――――彼は初めて、そのローブ越しでもわかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なーにが必要性を感じないですか。この意地っ張りめ」

 

 トン、と。真っ白な少女が境内へ降り立った。視線の先には、結ばれた〝おみくじ〟が――――――二つ。一つは五河士道の物であるはずだ。なら、隣にあるもう一つの〝同じ〟物は――――――気まぐれで素直じゃない彼女が残した、いじらしい証明。蓋をしようとして、出来なくて、たった数分にも満たないデートを望んだ彼女の〝想い〟。

 

 

「……私も、すぐにそっちに行くでしょうから」

 

 

 そう長くは待たせることはないだろう。物語を取り巻く運命は、少しずつ終わりへ近付こうとしている。だから、それまで。少女は、〝友人〟への短い言葉を、放った。

 

 

「……また会おうね――――――万由里」

 

 

 それまでどうか、安からに。

 

 まるで返事のように、黄金の羽が白い羽と交差して……飛んでいた。

 

 

 

 

 





というわけで無事アンノウン編もとい万由里編完結と相成りました。わーわーどんどんぱふぱふ。いかがでしたでしょうか。後半から感想がなくて内心やっぱあかん、あかんのか?と半分めちゃくちゃ不安になったりしてました。半分はじわじわお気に入りが増えるのをニヤニヤしながら拝み倒してました、私は元気です。

オリキャラでありながらメインヒロインじゃないとか言うやたら回りくどいキャラ付けのアンノウン。そんな彼女の謎に迫る章となりました。五十話以上溜め込んだのもあって相当な数ぶちまけましたね。明かしながらも複線は幾らか残っていたり新しく出したりと忙しい。彼女が何者なのかまでは予想つく方も多いのではないでしょうか。

章が進む事にガンガンと関係性が進み続ける主人公とヒロイン。さて新たなターニングポイントは……? お互いに力を貸しながらも素直に終局には至らない二人にまだまだご注目いただければ幸いです。

次回はお待たせしました。本当にお待たせしました。七罪編です。どう言った構成になるかはまた次回。まあ……その、狂三がいるのに真っ当な謎解きになるわけないよねとは。詳しくは次回!

感想、評価などなどお待ちしておりますー。くださると筆者のモチベがカメンライドしてムテキになりイリュージョンしてクロックアップします。次回をお楽しみに!!

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