第六十二話『再びの非常識』
変わらない日常というものは、大変得難いものである。これは、士道がこの半年間で学びに学んだありがたい教訓だった。何もない平凡な高校生、五河士道を突如襲った非日常。非常識の塊のような存在。常識に囚われない魔法のような力――――――かけがえのない、出逢い。
そんな数々の出来事を経験した士道が学び得た答えが、皆と過ごす大切な日々だと言うのは当然の結論だと言える。つまり、何が言いたいかと言うと……。
「たくっ、俺に休みはないのかよ――――――!!」
新たな非日常を予感させる出来事が、たった今彼の前で繰り広げられているということである。
走って、階段を駆け上がり、駆け回る。何度かそれを繰り返してそろそろ士道の体力も限界に近づいてきたその時、ようやく学校の屋上という袋小路に士道は辿り着いた。追い詰めた、などとは思っていない。ここから何が起こるか分からないのが、
「よう、意外に早かったな」
「……っ!!」
開け放ったドアの先。青い空の下に、そいつはいた。学生服を着た、青い短髪。悠然と笑うそいつは、
恐らく、非常識に慣れただけの士道であれば慌てふためくところなのだろうが……同じ顔が二人いる、という部分だけ切り取れば彼にとってこの事象は驚くに値しない。何せ、もっと凄い数の
「ほぅ。もう少し驚くと思ったんだがな」
「……残念だったな。同じ顔がいることに関しては、世界で一番の専門家を知ってるもんでね。俺にとっちゃ日常茶飯事さ」
「へぇ……」
興味深い、という風な表情でさえ、その仕草に至るまで『士道』は正しく士道だった。成り代わられてしまえば、きっと愛しい
無論、日常茶飯事と不敵な笑みを浮かべる士道に余裕などない。これまで培ってきた余裕があるように見せかける技術、それを全面に押し出して内心を誤魔化しているだけに過ぎない。相手と、そして
「在り来りだけど、言わせてもらうぜ」
自らを鼓舞し、得体の知れない恐怖を押し殺して、士道は『士道』を睨みつけたまま犯人を追い詰める探偵のように指を突きつけ、告げた。
「お前は――――――誰だ」
「ふ――――あはははははははっ!!」
追い詰められた者の自暴自棄な笑いではない。それは、相手を嘲り笑う文字通り嘲笑に満ちた物だった。
「あーあ、おかしい。そこまで考えられてまだ分からないのか――――――ねぇ、
「っ――――――その、声は」
女の声。変幻自在に相応しい声色の使い分けに驚く士道だったが、それだけではない。その声は、つい先日
識別名〈ウィッチ〉。隣界から現れた新たな精霊。天使〈
「……七罪!!」
「ぴんぽーん!! 大正解。よく出来ましたー」
「お前、どうして俺に化けているんだ!! なんでこんなこと……」
十香や三人娘、折紙、八舞姉妹にタマちゃん先生、殿町……彼ら全員が口を揃えて士道がやったと彼自身に身に覚えのない悪行。その原因、犯人は間違いなく昨日会ったばかりの精霊・七罪が化けた『士道』によるものだ。だが、理由がわからない。精霊である七罪がわざわざ士道個人に化けて嫌がらせをする理由が、士道には思い浮かびもしなかったのだ。
「……本当に、わからない?」
「……!!」
自分自身に鋭い殺気を込めて射抜かれた士道は、思わずその圧力に怯んでしまう。自分に殺気を向けられるという行為もあるが、何より七罪自身の恐ろしいまでの眼力が士道の余裕を削り取ったのだ。
そこに至り、彼はふと彼女が去り際に残した言葉を脳裏に蘇らせることが出来た。
『――――――見られた以上、タダで済ますわけにはいかない……!! 覚えてなさい。あんたの人生、おしまいにしてやるんだから……っ!!』
「あ……」
「ふふっ、やっと思い出した?」
七罪が笑う。凄絶な笑みで、『士道』として士道と相対する――――――自らの秘密を知ってしまった、彼を
「あんたの運命を決めるのは私よ――――――あんたの
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「ドッペルゲンガーって、死期が近い人のところに現れるそうですね」
「縁起でもない事を仰らないでくださいまし」
読んでいた雑誌から目を離しジト目で見遣る狂三に、少女は相も変わらずこれは失礼、と形だけの謝罪を行う。もう慣れた光景ではあるが、すっかり元通りとなった数少ない日常。一度挟まないと久しぶり、という感覚がしてくるものだと狂三は不思議な感覚を覚えた。
「士道さんの元に現れたのはドッペルゲンガーではなく精霊さんですわ。その定説には当てはまりませんわ」
「それもそうでしたね」
「……そもそも、ドッペルゲンガーの定説が正しいのであれば、わたくしはとうの昔に命はありませんわ。毎日顔を合わせていますもの」
「……自分で言います、それ?」
千を超える自らの分身体を使役する狂三が言うと、恐らくこの世で一番説得力のある言葉になる。まあ、根本的な話としてドッペルゲンガーなどより余程超常的な存在たる精霊が話していると思うと些かシュールな光景だった。
パタン、と狂三が読んでいた雑誌を閉じた。元々、ちゃんと休憩はしているという諜報から帰ってきた少女へのポーズでしかなかったのだろう。白い少女もそれに合わせて、先程までの冗談を含んだ声色から……特に変えることもなく声を発した。
「〈ウィッチ〉が化けた五河士道を夜刀神十香と鳶一折紙が見抜いたあと、それからですね」
「ええ、ええ。『わたくし』から情報は逐一報告が来ていますが、ここで整理と確認を行いましょう」
士道を狙って『士道』に化けた七罪を暴いた人物。それは十香と折紙であった。内容は……狂三は若干の呆れと同情を、少女は引き気味で乾いた笑みをこぼしたものだとは言っておく。十香はともかく、折紙は本当に人間なのかと三度確認をしたくなったほどだ。完璧に化けた精霊の変身を見抜く方法としては、少なくとも狂三が同情してしまうくらいには理不尽だった。
しかし、この事件は既に終わったことであり少女と狂三には関わりのないものだ。問題はこの先、精霊・七罪が仕掛けた
「十二人の中から私を探し当てろ……ほとほと、彼は精霊とのゲームに縁があると見えますね」
「
「……答え、わかってるんじゃないですか」
「きひひひ、〝目〟の数が違いましてよ」
得意げに微笑む狂三を見て少女は小さくため息を吐く。この手のこと……つまるところ
「勿体ぶってないで教えて差し上げたらどうです?」
「それは出来ませんわね。これは士道さんが七罪さんから受けた挑戦状……加えて、答えをわたくしが教えて差しあげたところで、きっと七罪さんは納得いたしませんわ」
半ば一方的とはいえ、士道たちは七罪の勝負を受け入れて、戦っている。そこに答えだけを持ち込んだ狂三が割って入ってしまえば、七罪の心を解きほぐす邪魔となってしまう。あくまで士道の力で、七罪との勝負を制するのが最善の道筋。士道との関係はあくまで命を取り合うもの。あまり手を貸して馴れ合っているのは好ましくない。
……と、狂三は考えているのだろう。素直になっても素直じゃない彼女に少女は肩を竦めた
「面倒なことですね……一体、五河士道は彼女からなんの恨みを買ったのやら」
「さて、さて。人は誰しも知られたくない秘密というものがありますわ。七罪さんの場合、それが命に関わるほどデリケートなものなのかもしれませんわ」
「秘密、ねぇ……」
少女で言えば、ローブの下に隠した
加えて、勝負の内容も少女としては眉を顰めてしまうものなのだ。同情などの感情が少なからず存在した今までの精霊たちとは、少し事情が異なる。
「……その秘密を守るために何人も
「……元々不利な勝負とはいえ、士道さんの余裕もなくなって来ましたわね」
――――――誰が私か、当てられる?
送り付けられた十二枚の写真と、
〈ラタトスク〉側は士道と関係者をデートさせることで七罪を洗い出そうとしているが……結果は思わしくない。既に半数が七罪の手によって連れ去られ、そのペースも上がっている。静観を決めていた狂三と少女が今一度、情報の整理をしているのもつまりはそういう事になる。
狂三は士道が勝つと信じている。だが、冷静な部分の彼女は士道が敗北する未来も同時に予見している。その未来を看過できないのは、誰よりも彼との
そして、素直ではない彼女に自然な流れで士道の元へ向かわせるのも、従者たる少女の役目である。
「――――――さて、我が女王。これはチャンスですよ」
「チャンス……?」
「ええ。我が女王の最終目的は、五河士道をデレさせること。それが難航している今だからこそ――――――弱った彼に寄り添うのは、チャンス以外の何物でもないでしょう?」
弱みに付け入る。と言うと少々聞こえが悪いが、表現としては間違っていない。友人、教師――――――大切な、精霊たち。彼女たちを理不尽に連れ去られ、その責を一心に背負う五河士道の精神は極限まですり減らされている可能性がある。
少女の言わんとしていること、導こうとしている行動を察した狂三が眉を下げてため息混じりの声を発する。
「わたくしに、士道さんを
「はい。彼にとっては一番の特効薬でしょう。ついでにヒントの一つや二つ上げても良いですよ」
「なぜあなたがその許可を出しますの……精霊の封印を考えるなら、
確かに、精霊が安心して生活を出来るように力を封印するのが〈ラタトスク〉。しかし、狂三や白い少女など封印をされずに、自分勝手に動いている精霊が近くいると言うのは、封印が必要な
あくまでも、精霊封印というメリットが優先。そう頑なに語る狂三に少女はなおも説得を続ける。
「いいじゃないですか。その程度のリスクが背負えない五河士道ではないでしょう? それにほら、彼は意外と口が上手いですし。デメリットより彼を攻略するメリットの方が大きいです。我が女王は少しくらい彼を欲張ってください」
「最後の一言は余計ですわよ。わたくしは霊力のために……」
「はいはいわかってますわかってます」
「……わたくし、従者に舐められていませんこと?」
「気のせいでしょう」
棒読みでシレッと躱す少女をジト目で睨む狂三。彼女にとっては霊力が第一目標である事に変わりはないのだ……どれだけ素直じゃないと、言われようとも。
一度決めたら頑固な面があるから、強情だと言われるのだろうなと少女は更にもう一押し付け加えていく。
「……それに、五河士道のことが心配なんでしょう。理由なんて適当にでっち上げて会いに行けばいいんですよ」
「それは……認めるところでは、ありますわ」
気恥しそうに視線を逸らす。霊力を求めるのは本当。だからこそ封印失敗のリスクを懸念する、これも本当――――――それ以上に、士道を案じる気持ちがあるのはもっと本当。
命を狙っているのに命を案ずる矛盾、はたまた命を狙っているからこそ彼を心配しているのか。その議論自体にさしたる興味はない。少女はただ、イマイチ素直になりきらないご主人様の望みを進めたいだけだ。
一歩進んで二歩下がる。という不毛な関係は、この際
「……〈ウィッチ〉は多少強引でも私が抑えておきます。能力上、私が当たるのが一番楽でしょうし――――――」
大体、と前置きを入れながら白い少女は確信に満ちた声を発した。
「どうせ、何が起ころうと五河士道が
既にそれは確定事項。士道は何があろうと、七罪に勝つ。そうして迷いなく語る少女の
「……あなた、未来が見えるんですの?」
「見えるわけないでしょう。狂三じゃあるまいし――――――こんな私を
道化のように、少女は身振り手振り大仰に舞い……いつも通りの従者の礼をして見せた。
未来など、見通す力はない。それは〈
「……ちゃんと、変わっていらっしゃいますわね」
「我が女王が私を信じると語ってくださるのなら……私なりに、少しだけ我儘になろうと思っただけですよ」
全ては、我が女王のために。そこに付け加えられた士道への想い、それを少しでも少女自身に向けてくれれば……内心そう思ってしまう狂三ではあったが――――――今は、
「良いですわ、良いですわ。あなたの
「ふふっ。感謝いたします、我が女王」
従者の願いを聞き入れる、という体裁を手に入れた女王は事件の傍観者でいることを止めた。では少し遅めの――――――
「……ああ。それはそれとして、これが終わったら私は少し気になる事があるので別行動をさせていただきます」
「あら、あら。構いませんわ、構いませんわ。病室を抜け出した数週間前に比べると、やはり成長いたしましたわねぇ」
「……やめてもらえません?」
誰にも気づかれていないと思ったのに〈フラクシナス〉の優秀な解析官様にあっさりバレて、色々と大騒ぎになったのは記憶に新しい上に苦い思い出だった。
七罪ナツーミ可愛いよ七罪的なノリ。
狂三の補正もあって肝が据わってるというか同じ顔程度だと受け流せるというか。まあ自分と同じ顔一人と好きな顔が千人単位でいるとじゃ衝撃度がなかなかね。冷静に考えたら狂三フェイカー編でよくサラッと受け流せたなこれ。
主と従者のいつもの作戦会議。士道への信頼度と介入理由が着々と上がって言っていますが、さてこの作戦会議もどれだけ続く事やら(不穏)
会話を見れば分かるとは思いますが、8巻の展開はかなり端折ります。理由はもうやれ狂三が謎解きに置いて余裕の禁じ手を使うわ原作で正規の謎解きは終わっているわ大人七罪はヘイトを稼ぐわと色々ありますね。
狂三って子は単純に頭脳以外だと数に任せた視界が強すぎるんですよ。謎解きには仕込みが必要ですが、その仕込みの部分を狂三ではない『狂三』が見てしまえばその時点でアウトです。謎解きにならない。ではどうするかと言うと……まあ、士道と狂三ならではの推理話になります、お楽しみに(?) 謎解きパートや精霊たちのデートを楽しめるデート・ア・ライブ8巻『七罪サーチ』を是非よろしくお願いします。
次回は狂三による癒し……と果たしてそれだけかな? この狂三ルートに置いて数少ないバッドエンド条件というのがあるのですが、それは普段の士道ならまずありえないレベルの選択肢です。久しぶりにいつもとは違う、というより原作に近い狂三を書けたんじゃないかなぁと。近いというか私なりのヤンデレ像? バッドエンドの条件、是非予想してみてください。意外と単純かつ明快です。
感想、評価などなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!