デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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私なりに描くヤンデレの形的な何か。手にしたものと引き換えに、彼が生涯背負わなければならないもの。




第六十三話『想いの代償』

「うふふ……ふふふ、はははは……っ!!」

 

 また二人、消えた。消してやった、自らの秘密を知る憎々しい少年の前から。そうして七罪は恍惚とした表情を浮かべ笑う。

 たまらない。たまらない、たまらないたまらないたまらない!! 戦慄、焦燥、何もかもが入り交じったあの顔が。自らの選択のミスで絶望を覚える彼の顔が、たまらない快感をもたらしてくれる。今なお、七罪を探す為に寝る間も惜しんで作業を続ける健気な彼の姿が、哀れで滑稽なその姿が瞳に映し出されている。

 

 足りない。足りない、足りない足りない足りない足りない!! もう、これでさえ満足出来ない。欲しい、全てを諦め膝をつく彼の姿が。欲しい、最高に膨れ上がったその怒りと絶望が――――――その為の最後の布石は、放たれている。

 

「けど、残念……」

 

 僅かな心残りは、七罪が化けた〝存在〟が彼と会話をした時に聞き出すことが出来た、少年の大切でかけがえのない少女。確か、〝狂三〟と言っていた。その少女が未だ姿を現さないというのは少し惜しい。少年が七罪を恐れて存在を隠しているのだろうか? そんな狂三という少女でさえ呑み込んで(・・・・・)しまった時、士道がどんな表情をするのか気になってしまう。

 

 涙するのか。絶望のうちに消えていくのか――――――はたまた、七罪が想像も出来ないほど怒り狂うのか。

 

「でも仕方ないわね。もう我慢なんて出来ないわ」

 

 待てない。待ちきれるわけがない。自らの秘密を知る者を、これ以上野放しには出来ない。これ以上この世界に存在を許しておくことなど耐えられるわけがない。奪って、奪って、奪って、呑み込む。

 

 見つけられない。見つけてくれない(・・・・・・・・)。士道だって同じだ。どうせ、誰も――――――

 

 

「――――――こんばんは、お姉さん」

 

「ッ!?」

 

 

 振り向いた先に、〝白〟がいた。得体の知れない〝何か〟があった。真っ白な外装に身を包んだ、少女がいた。少女だと思えた理由は単純で、その声のトーンと幼さの残る背があったから。だが、それ以外はまるで解らない(・・・・)

 〝何か〟がいるという感覚。目の前にいる、それは間違いない。しかし精霊の知覚領域に存在している白い少女は、それでいてそこにいない(・・・・・・)のだと思わせる特異であり異質な者。

 

「……こんばんは。こんな時間に子供が遊びに出てたらいけないわよ?」

 

「それを言うならお姉さんも同じでしょう? こんな時間に女の子一人で、危ないですよ」

 

「ふふっ、ご心配なく。私、こう見えて結構強いんだから」

 

 動揺を知らせてやる必要はない。不敵な笑みを浮かべて、上っ面だけの会話に付き合ってやる。

 ただの人間ではない。人間が、精霊の知覚能力を回避して真後ろに立てるものか。

 

「それで、何の御用かしら。本当にいけないわよ――――――そんな、物騒なもの(・・・・・)まで持って」

 

 何より、その腰に携えられた〝刀〟。ASTとは思えない。なら――――――精霊。

 白い少女は小さく、それでいて七罪に聞こえるくらい大仰に笑う。彼女を挑発するような道化の笑い。

 

「これは失礼。実は少々、頼み事がありましてね」

 

「ふぅん……」

 

「頼み事というよりはお願いなんですが――――――今から起こること、見逃して欲しいんです」

 

「……!!」

 

 ハッとなり、意識を少女から離れた士道の家へと飛ばす。七罪が白い少女に気を取られた一瞬の間に、誰かが侵入している(・・・・・・・・・)。誰かまでは判らないが、少なくとも目の前の少女と関係があることは明白だった。

 

「……やってくれるわね」

 

「元々、彼に勝負を挑んだのは我が女王が先です。ああ、あなたの勝負を邪魔するつもりはないのでご安心を。どの道、結果は変わらない(・・・・・・・・)

 

 どちらが、とは言うまでもなかった。七罪は自らが勝つと信じているが、少女は士道が勝つと断言している。そこに細かな説明は必要ない。

 少女の言葉をどう受け取ったのか。睨むように目を細めた七罪は声を発する。

 

「そうね……見逃さなかったら、どうしちゃうのかしら」

 

「……あなたの行動次第、ですかねぇ」

 

 軽く肩を竦めた少女は、七罪の問い掛けに冗談のような気軽さでそう返した。なるほど、ある意味で予想通りの反応。たとえ、七罪がこの場に偶然現れていなくとも、異常が見受けられた時点で彼女は姿を表す他なかった。最初から白い少女はそのつもり(・・・・・)だったというわけだ。

 

 なんとも――――――気に入らない。

 

 

「じゃあ、答えをあげる――――――〈贋造魔女(ハニエル)〉!!」

 

 

 手にした杖にも似た箒状の〝天使〟を掲げた七罪は、その霊力の光を放射状に解き放った。

 同じ精霊であろうと、正体が判らない者であろうと関係ない。己の邪魔をするのであれば、それは消し去るべき敵。そして〈贋造魔女(ハニエル)〉の力は、どのような相手であれ自由自在に矮小なものへと変えることができる光。それを知らずに戦いを挑むなど愚か過ぎる。

 

 少女の存在を書き換え、犯す変幻の光が少女へと迫り――――――

 

「え……?」

 

消えた(・・・)。霊力の光という物体ならざる物が、消えた。効果を発揮したわけではない。だが、少女だけをすり抜けたというわけでもない。光が消えた(・・・・・)。少女の……否、少女の白い外装(・・・・)に光が触れた瞬間に全てが消失し――――――

 

 

「別に――――――私はあなたがどうしようと大した興味はありません」

 

 

 少女の姿までもが、消える。消えたのではなく、七罪の視認能力を超えて移動したのだと気づいたのは、ゼロ距離で声が発せられた瞬間のこと。背に突きつけられた柄頭の感覚が、彼女の思考を一気に現実味のないものへ運び込んだ。

 何が起こっているのか、理解が追いつかない。そんな七罪に冷たく、少女の物とは思えない心の底から恐ろしいと感じられる声を彼女に聞かせた。

 

 

「あなたが五河士道や夜刀神十香たちに手を出して、我が女王の逆鱗に触れるのは勝手です。けれど――――――」

 

 

 トン、と軽く押し出された。その瞬間、防衛本能が働いた七罪は持ち得る最大限の反応速度で振り向き――――――手に持った天使を構える隙もなく、眼前に突きつけられた色のない刃と明確な殺気(・・)を叩き付けられた。

 

 

「我が女王の邪魔をするのであれば……あなたは私の、倒すべき敵だ(・・・・・・)

 

 

 士道に手を出すこと、彼の身内に手を出すこと。それは自由。その結果を受け止めるのは、それを行った本人に過ぎない。しかし――――――時崎狂三(我が女王)へ害をなそうとするなら、白い少女は全力を持って七罪を排斥せねばならない。

 放たれた明確な殺意に対して、精霊・七罪は……。

 

「ひ……ッ!!」

 

予想外なことに(・・・・・・・)、外見や立ち回りに反した幼子のような恐怖(・・・・・・・・)を見せた。

 

「……?」

 

 その行動に対して誰より首を傾げたかったのは、切っ先を突きつける少女自身だった。下手をすれば一戦交えることすら有り得る、そんな風に思っていたのだが……なんというか、彼女の反応に感じる違和感(・・・)が拭えない。

 七罪の外見と、たった今彼女が見せた感情の差。一瞬のことであるため気のせいかもしれない。けれど、どうしてもそうは思えない少女がいた。見た目と一致しない差異に、どうにも身に覚えがあった(・・・・・・・・)。それを考えてしまった時、どうも居心地が悪くなった少女は――――――

 

 

「……止めです」

 

 

 あっさりと殺気を引っ込めて、無防備にも刀を鞘にしまい込んだ。パチン、という僅かな鍔鳴りと共に緊迫した空気が霧散する。無論、それは七罪の警戒を解く事にはならない。

 

「なんの、つもり……?」

 

「だから、止めます。白けました。あなたが戦いたいと言うなら止めませんけど、私に勝つなら夜刀神十香を連れてきた方が確実ですよ」

 

 ヒラヒラと手を振って背まで向けて立ち去ろうとする少女。狂三風に言うなら気まぐれ、もしくは興が削がれた、であろうか。

 

「……私が言いたい事はさっきので全てです。我が女王の邪魔さえしなければ後は好きにしてください」

 

「なん、なのよ……あなた……っ!!」

 

 突然現れて、意味のわからないことを言い出して、去っていく。七罪の視点から言えば本当に意味がわからない、としか表現のしようがない。

 精霊かどうかすら怪しく、嵐のように七罪を襲った理不尽は、去り際に会った時と同じく道化のような微笑みで、告げた。

 

 

「通りすがりの精霊です――――――覚えなくて結構ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…………」

 

 ただひたすら、士道は無心で情報を読み取る。いや、無心というのは正しくはないか。パソコンに表示された記録映像やデータ、デスクや辺りに散らばった膨大な書類を彼は読み解き、一つ一つを丁寧に思案せねばならないのだから。

 

 七罪との勝負から五日目が過ぎ――――――十香が消えてから、二日。士道の精神面はお世辞にも良いとは言えないものだった。寧ろ、よく限界を迎えていないものだと感心する。

 消えたのは十香だけではない。四糸乃。夕弦。殿町。亜衣。麻衣。美衣。タマちゃん先生――――――皆、士道が不甲斐ないばかりに七罪の手に落ちた。これ以上は、消させない。

 〈ラタトスク〉が調べ上げた全てのデータ、記録映像を余すことなく目に通す。何度も、何度も、何度も。何か見落としがないか、それを探すためだけに。

 

「……もう、少し……」

 

 何かがあるはずだ。士道の頭の中に浮かび、掠める違和感。全く証拠を残さない七罪と、残された容疑者(・・・・・・・)。加えて、士道の中にある〝何か〟が致命的な見落としを、浮かび上がらせようとしている、気がする。疲労と重圧で頭が狂っているのかもしれない。だが士道は、それに賭ける他ないのだ。これまでにないストレスに意識を持っていかれそうになりながら、士道は再び資料を手に取ろうとし――――――ふと、それが消えた。

 

 

「――――――あら、あら。よく調べられていますわ」

 

「くる……っ!?」

 

 

 呼び慣れた名前が言葉になり切らず、驚きで立ち上がった士道を吐き気と立ちくらみが襲った。立っていられない……と、地面へ倒れこみそうになる彼を支えたのは〝影〟から伸びた複数の白く細い腕だった。それを指示したであろう張本人は、窓際に背を預け悠然と手に取った資料を眺めていた。

 

「……っ。狂、三……」

 

「ごきげんよう。らしくない姿をしていらっしゃいますのね、士道さん」

 

 霊装のドレスを着込み、時崎狂三は士道の目の前にいた。彼の脳が見せる幻覚ではないことくらい、疲れ切った頭でも理解が出来る。そして、超然とした表情を浮かべた狂三が言わんとしている意味も。

 

「……悪いな。こんな情けない姿見せちまって」

 

 情けない。七罪に良いようにやられ、更にはいつもなら絶対に逃さない狂三が現れる予兆すら感じ取ることが出来ず、醜態を晒している。だが今は、その時間すら惜しい(・・・・・・・・・)

 

「けどすまん。今は――――――」

 

 その言葉を、口に出した時、

 

 

「――――――――」

 

 

 続きを言葉という形にする前に、狂三から表情が消えた(・・・・・・)。致命的に、何かを間違えた。取り違えたのだと、本能的に感じ取る。

 大事な資料を放り、狂三は士道へと近づいてくる。動けない。囚われた彼の身体が問題なのではなく、その心が動くことを拒んでいる。

 

「ねえ、士道さん」

 

「……!!」

 

 背筋が凍る、などと軽いものではない。全身が凍りつきかねない、そんな絶対的な声色。狂三の細い手が、士道の首に触れる。普段であればか弱く見えてしまう彼女の手が――――――今は、まるで士道の命に手をかけた狂気の腕に見えた。

 

 

「わたくしを、見なさい(・・・・)

 

「……っ」

 

 

 目を逸らせない。魅入られる。狂気の瞳に、囚われる。常に心がけているであろう丁寧な口調を置き去りに、狂三は言葉でも士道を縛り付けた。そう……今、彼は時崎狂三を見ていなかった(・・・・・・・・・・・・)。ほんの少し、僅かな時間であろうと狂三の事を蔑ろにしてしまった。だからこそ、その接近にさえ気づかなかったのだ。

 全てを捨てても救うと誓った存在を、少年は一瞬、刹那の間であろうと喪失しかけた。それほどまでに追い詰められた彼を、しかし狂三は容赦しない(・・・・・)。手に込められた力が、僅かに強まる。強ばる身体と、嫌に乾いた唇が士道の緊張を表していた。彼女の手から伝わる、冷たい温度が彼女の表情そのもののようだった。

 

 

「あなた様の苦しみ。ああ、ああ。どのようなものであっても理解いたしましょう。あなた様の痛み。ええ、ええ。どのようなものであっても受け入れましょう。あなた様の痛みと苦しみを支える事が出来るのであれば、どのようなことでもいたしましょう。しかし、それだけは許さない(・・・・・・・・・)

 

「く、る……み」

 

「許しませんわ、許しませんわ。他者に目を向けることは許しましょう。他者に手を差し伸べること。それはあなた様であれば当然のこと、議題にすら上がりませんわ。ですが――――――」

 

 

 込められる力が更に増し、彼が感じる息苦しさを加速させる。交差する視線が、見たことがない狂三を感じ取らせていた。それをしたのは、させてしまったのは他でもない士道なのだと。

 

 

「わたくしから目を逸らすこと。それだけは、許さない」

 

 

そんな狂三にしてしまった(士道を狂おしいほど愛している)のは、他ならぬ五河士道であるのだと。士道にはその責任があるのだと、一瞬であっても責務を放棄するなと、告げていた。

 

 

「あなた様がわたくしから一瞬でも離れると言うのなら、わたくしはわたくしでいられなくなる。あなた様が、わたくしを忘れようと言うのなら――――――」

 

 

 笑う。凄絶に、狂気を生み出す悪夢の微笑み。全てを呑み込む絶対強者の瞳。生殺与奪の権利を握られた、このような状況でさえ――――――士道は彼女が、世界の何よりも美しいと感じていた。だって、彼女の微笑みは――――――

 

 

「わたくしは――――――士道さんを殺しますわ(離しませんわ)

 

 

 一抹の寂しさを、確かに伝えているのだから。

 

 人から見れば、どうしようもなく歪で。人から見れば、どうしようもなく狂気を感じる愛。時崎狂三という少女の、譲れない使命を背負った精霊の不器用すぎる愛情表現。誰にも渡さない、誰にも譲らない。そうさせてしまった責任を、全てを賭けると誓った〝約束〟を破らせたりなどしない。そんな狂三の厳しさ(優しさ)を――――――自らの手で包み込む事で、答えた。

 

 

「……ごめん、狂三。どうかしてた」

 

「士道さん」

 

「俺が言い出した事を、俺が蔑ろにするのはおかしいよな。どんな事があっても……俺はお前と、戦争(デート)がしたい」

 

 

 何をやっている五河士道。苦難がなんだ、責任がなんだ。たった一つの物事に意識を取られ、狂三をおざなりにするなんて自分で自分を殺したくなる。苦難の一つや二つ、全部背負い込みながら――――――狂三を愛する。そう決めたのは士道なのだ。

 

「し、どう……さん」

 

「うん、大丈夫。俺は、お前を見てるよ」

 

 目を逸らしたりなんか、しない。見つめ返される瞳に震えたのは、誰でもない狂三だった。その動揺を表すような手の揺らぎを、士道はそっと包み込む。

 

「ごめ、んなさい。このような女で、わたくしは……」

 

「言ったろ。悪いのは俺だ。色々、焦りすぎてた」

 

「いいえ、いいえ。あなた様は何も……」

 

 衝動的だった。その言葉を口に出された瞬間、狂三は全身が熱を持ち燃え上がるように狂った。自分では止めようのない激情、狂気。気づけば彼の首元に手をかけ、自らの秘めたる感情を生にぶつけていた。こんなにも追い詰められている、彼へ。

 期待と不安は表裏一体。この程度の試練を乗り越えなければ、時崎狂三を攻略など出来ないという期待。こんな辛い思いをしている士道を追い詰めているのは、他ならない自分なのではないかという不安。

 取り留めのない言葉を零す狂三を、士道は優しく受け止めていく。

 

「もう大丈夫だ。久しぶりに狂三の姿見て、安心した――――――っと」

 

「士道さん!!」

 

 いつの間にか影の腕の支えを失っていたらしく、緊張が解けたのもあり体勢を崩した士道を今度は狂三本人がしっかりとその手で支える。彼から伝わる体温、体重、心臓の鼓動。その全てを全身で感じ取り顔を赤らめた狂三は……すぐにその表情を険しいものへ変えた。

 

「……士道さん。食事と睡眠はしっかり取られていらっしゃいますの?」

 

「え、いやそりゃあ……取らないと生きていけないからな」

 

「それにしては、随分とお変わりになられましたわね(・・・・・・・・・・・・・)

 

 なるほど。数日間、狂三が私情を押し殺して息を潜めている間に随分と様変わりしたものだ。体重も、顔色も、数日前の五河士道はこのようなものではなかったはずなのに。これでは頭が回らないのは当然の筈だ。

 うっ、とバツが悪そうに士道が呻いたのが答え。嘘は言っていないが、必要に足る量を取れていないのは明白だった。

 

「この数日は……特に、十香が消えてからはな。ダメだって判ってるんだけど……」

 

「……もう。わたくしがずっとお傍にいないとダメなのですか」

 

「はは、そうかもしれないな……俺はそれでも嬉しいけど」

 

 もちろん本気じゃない軽い冗談だ。だが、士道の強がりをどう思ったのか……にこり、と笑った狂三を見て嫌な予感に身震いを起こす。

 

「では――――――少しだけ、士道さんの願いを叶えて差し上げますわ」

 

「は――――――おぉっ!?」

 

 その予感が間違っていなかったと確信したのは、宙を舞う(・・・・)自らの身体を認識した時だった。

 

「一名様、ご案内ですわ」

 

「………………」

 

 声も出ない。とは正にこんな状況のことを言うのだと思う。華麗なコントロールでベッドの上へダイブした――しっかり〝影〟によるフォローのおまけ付き――士道の眼前には、少し気恥しげに微笑む狂三の顔があった。そう、目の前……いつもですらこの距離は長時間保てないような距離に狂三がいる。形としては――――――添い寝、と言うやつだった。

 

「……狂三、サン?」

 

「あら、あら。わたくしの添い寝だけではご不満ですの? お望みならいつも通り服も脱いで――――――」

 

「滅相もないです!! 大変満足です!!」

 

 いつも通りってなに? いつも通りってなに? 狂三は眠る時服着ないの? そうなの? 士道は自分の想像力がロックオープンしかけるのを慌てて揉み消した。その鍵を開けるのは大変にまずい。理性という名の禁断の果実を食べてしまった先にあるのは想像に難しくない。

 

「……ぅ」

 

 ふと、力が抜ける。極度のストレスと過度な負担。それを連日受け続けた士道の身体はとうに限界を超えていた。肉体がそれに応じて休息を求めるのは当然の行為。普段の士道であれば、妙に露出度の高い霊装姿のまま肌が密着するような距離での狂三を目の前にして眠れるようなものではないのだが、今は彼女の体温、心音……何より、彼女に感じる安心感が闇に落ちる意識を加速させていた。微笑む狂三の姿が、段々とボヤけていく。

 

「わたくしが傍におりますわ。おやすみくださいませ、士道さん」

 

「だ、めだ……まだ、何も……」

 

 もう少しで〝何か〟が掴めそうなのだ。それなのに休むことなど――――――しかし、髪を掬う狂三の指先があまりに心地よく、抗えそうにない。

 

 

「以前にもご忠告申し上げましたわ。冷静にならねば、救える方も救えないと。今の士道さんに必要なのは焦りを消すための休息。その後には、必ず士道さんの求める〝答え〟が見えてくる、はずですわ」

 

「こた、え……」

 

 

 士道の中の〝何か〟が告げようとしている、導こうとしている道。〝答え〟に繋がるもの。

 

 

「士道さんなら必ず、辿り着けますわ。どれだけ巧妙に隠されていようと、士道さんが目にした物の中に真実は隠されていますわ」

 

「おれが、目にしたもの……?」

 

「ええ、ええ。既にあなた様は答えを視ている。除外するべき不可能なもの、起こりえない事象こそ〝偽り〟――――――わたくしを(・・・・・)暴き出した士道さんにとっては、そう難しいことではありませんでしょう?」

 

 

 何が視えている。士道の眼は、何を目撃したのか。これから先、何を視るのか。

 意識が落ちかけている。もはや思考がままならない。まだ、彼女が何かを話していた。

 

 

「士道さん。愛しい愛しい、士道さん。殺したくないと思うのに、わたくしだけのものにしたくなる(殺してしまいたい)、可愛い士道さん。この試練を乗り越えて、早くわたくしを――――――」

 

 

 わたくしを――――――その先は、なんだったのだろうか。

 

 落ちる。深い眠りに、落ちていく。けれどそれは、久方ぶりに感じる……安らぎに満ちた、ものだった。

 

 

 





その関係が深くなれば深くなるほど、もう後戻りは出来なくなる。
他の女性にうつつ抜かしてもまあ何とかなります。人を助けることはそもそも時崎狂三が士道を好いている理由の一つであり、力を貸す理由にもなっているので平気。しかし、それだけは地雷です。特大です。最後まで言葉にしたら終わりです。
今回は十香がいなくなったのが大きいというか、士道が初めて救う事が出来た精霊なので存在はかなり大きい。自覚は薄いかもしれませんがめちゃくちゃ追い詰められてます。普段なら絶対ならない状態になった原因ですね。引き戻されなかった場合、バッドエンド直行便です。救いはないですね、はい。そしてさり気なく添い寝イベントこなしていく辺りね。

余談ですが、私は或守インストール等で見られる狂三の笑顔大好きです。十香と琴里に目がいってしまった時、狂三が見せたあの凄絶な笑顔がもうストライクなんですよね。アレに近いものを目指しました。展開上、見せる事は少なくなっていますが(というか狂った面は原作でかなりやっている)やはり狂三と言えば病み気味な笑顔だろうと。その奥に潜む一人の少女としての顔がまたry

狂三だけでどんだけ語ってるんだという事で白い少女と七罪について。能力相性です、以上。いや、本人もチラッと言ってますけど本当に能力相性が極端なんですよこの子。この辺はまた近いうちに描いて行けるかなと。少なくとも少女の天使は絶対無敵な能力ではありません。

感想、評価、お気に入りありがとうございます。大変励みになっておりますのでいつでもお待ちしていますー。次は8巻決着編。士道にある変化が……? 次回をお楽しみに!!

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