デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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よく考えたら二重奏どころの話じゃないナイトメアさん。




第六十六話『悪夢二重奏』

 

 七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉は、恐らく汎用性という点では他の追従を許さない。この数日で士道はそれを嫌という程思い知った。破壊力、特徴的な能力と言うだけであれば十香や狂三の持つ〝天使〟が勝るだろう。しかし、有機物、無機物といった制約らしい制約がなく(・・・・・・・・・・)対象を変化させられるのは単純ながら変えが効かず、それでいて驚異的だった――――――それが今は、士道への嫌がらせ(・・・・)一本に使われているというのは、大変嘆かわしいことであったが。

 

「っ……!?」

 

 今だって、買い物に出て商店街を歩いていたら、自らの服が突然光り輝いた。間違いなく〈贋造魔女(ハニエル)〉の力。こんな商店街のど真ん中で、今までのように七罪がとんでもない服装を選んでくれたら通報間違いなしの変質者に早変わりだ。

 だが、抗いようがない。あっという間に士道の服装は言い様のない変態的な装いに変わった――――――のは、一瞬。〝影〟が蠢動し、士道の身体を包み込む。常人であれば見間違いを疑うような速度で、士道の服装は完全に元通りの装いとなった。

 

「……ありがとう。助かった」

 

「いえ、いえ。どうということはありませんわ」

 

 何が起こったかは言うまでもない。七罪の嫌がらせが本格的に始まってからというもの、今のように狂三が〝影〟と分身体を使い片っ端から捌いてくれているのだ。〈ラタトスク〉のフォローも含め、様々な嫌がらせを受けても士道は何とか首の皮一枚を繋げてもらい、社会的に抹殺されずに済んでいる。

 とはいえ、全てがどうにかなっているわけではない。七罪の嫌がらせは日に日に加速している。今のように服装だけなら軽いものだ。学校内での嫌がらせから始まり、士道ではなく周りの人間を全裸の幼女に変える。なんと士道の自宅をドリームなパークや風俗店紛いの風貌に変え、子供をそこに連れ込む彼を演出する。極一部を切り出してこれだ。流石に疲れるなという方が無理がある。

 

「お疲れですわね、士道さん」

 

「まぁな……でも、辛いのは俺じゃなくて十香たちだ。弱音ばっかり吐いてられねぇよ」

 

 隣を歩きながら気遣わしげな表情の狂三へ首を振って空元気を見せる。いや、空元気ではいけない。今言ったように、辛いのは士道ではなく自分のものではない身体に〝変えられてしまった〟十香たちだ。

 今はまだ大丈夫そうだが、これ以上時間が経てば思考が更に身体の状態に引っ張られていく恐れがあった。そんな中でも、皆は士道を気遣って笑顔を向けてくれていた。勝手に身体を変えられてしまう恐怖、それを推し量ることは難しい。だからこそ、士道ばかりがへこたれていては十香たちに合わせる顔がない。そんな彼の様子を見て、クスクスと狂三が微笑んだ。

 

「このような状況でも十香さん達を慮るなんて、士道さんもほとほとお人好しですわね。わかってたことですが」

 

「そんな俺に付き合ってくれる狂三も大概だと思うけどな。俺は頭の中で今からお前に返せるものを一生懸命探しているところだよ」

 

「あら、あら。そのような事、気になさらずとも結構ですわ。どうしてもと仰るのであれば、士道さんが負けを認めてくだされば今すぐに――――――」

 

「それ以外でお願いします」

 

「残念。ではわたくし、美味しいお昼ご飯をご馳走になりたいですわ」

 

「おおせのままに、お嬢様」

 

 戯けるように礼を取って見せれば、狂三が楽しげに笑みを深める。それだけで多少の疲れなど吹っ飛んでしまうのだから我ながら現金なヤツだ。

 

「けど……これ以上大事になったら〈ラタトスク〉でも揉み消せるかわからないな」

 

「ご安心なさってくださいな。世間的な危機に陥った場合、わたくしが責任を持って士道さんを引き取って差し上げますわ。それも一生。ああ、ああ。わたくし、なんて出来た淑女なのでしょう」

 

「はは、俺を〝いただく〟って前提がなきゃ世界一嬉しい提案ありがとな……あ、いややっぱダメだわヒモはマズい」

 

 ……いや、〝いただく〟という前提がなくとも、世間体が死んでしまった日には一生狂三のヒモという事になるからそれは困るな。と真面目に顎に手を当て考えてしまった。

 

「士道さんなら主夫を営んでいけるだけの技量がありますでしょう? ああ、ああ。主婦でも問題ありませんわね、士織ちゃん?」

 

「大ありだよ!! 人権問題だよ!!」

 

 さり気なく〝ちゃん〟に格上げされている辺り本当に油断ならない。ただでさえ、この前の美九とのデートで士織の完成度が上がっていたことに自分で震えてしまったのだ。

 

 ナチュラルに流しているが、二人揃って同居前提に関しては何一つ違和感を持っていないのだからどこかズレている。だがしかし、それにツッコミを入れられる琴里は園児の世話で手一杯で不在である。いるのは、周りの生温かい視線に気がつかない士道と狂三のみだった。

 軽く買い物を済ませた二人は七罪を警戒しながら帰路につく。警戒と言っても、七罪側がアクションを起こすか、令音と狂三の策が成功するかでしか場を動かすことは出来ない。そのため、会話は専ら七罪のことに関してだ。

 

「七罪はまだ見つかりそうにないのかね……こんな大胆なことしてるのに、とんでもない慎重さだよな」

 

「もうそろそろだとは思うのですが……七罪さんが慎重という意見には賛同いたしますわ。隠れんぼにかけてはあの子と良い勝負が出来そうですわね」

 

 霊波の隠蔽に加え、七罪は自分自身も様々なものへ変身させる事が出来るため、捜索と特定は困難を極めている。普通ならそんな相手を補足することなど士道には不可能。が、士道には不可能でも〈ラタトスク〉及び狂三の協力があれば可能性が出てくる。

 

「士道さんのお傍にいれば、わたくしにも何かを仕掛けてくると思っていたのですが……随分と警戒されていますわね」

 

「やっぱり何かされそうだと分かるものなのか?」

 

「ええ。理屈は士道さんとそう変わりありませんわ。霊力による干渉を霊力によって〝拒絶する〟。自慢ではありませんが、わたくしこれでも霊力には人一倍自信がありますのよ」

 

「……まあ、そうだろうな。そういえば、美九の時もそうだったか」

 

 今まで見てきた狂三を思い返すと、言われずともそうなのだろうと苦笑しながら頬をかく。時間干渉という異次元の力を惜しげも無く使う狂三の霊力は、他の精霊のそれを凌駕するだけの質を持っている。それ一つで優劣が決まるか、と聞かれれば士道も狂三も否定をするだろうが、単純に七罪のような他に干渉を行う霊力の使い方をする相手には単純でありながら有効なのだ。

 これは、以前の美九の〝歌〟を相手にした時に証明されている。思い返せば、あの時も狂三は〝歌〟を聴いて不快感を露わにこそすれど、影響は全くと言っていいほど受けていなかった。

 

 とはいえ自分と同じ、と言われても狂三と違い制御出来るような使い方は出来ない。俺には難しいなぁとボヤくと、狂三は微笑みながら励ますような声を返した。

 

「士道さんも霊力の扱いに慣れれば、何れ分かりますわ」

 

「霊力の扱いに慣れるってどうすりゃいいんだよ……〝天使〟使う度にぶっ倒れてるんだぞ俺――――――ん?」

 

 〝天使〟を使う度に、身体に極端な負荷がかかっている。〝天使〟そのものを顕現させているわけではない〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の焔を除き、自身の身体で身を持って体験してきたことだ。だからこそ、士道の頭で一つの疑問が浮かんだ。

 

未来予測(・・・・)。それほどの力を行使したにも関わらず、精神的な負荷しか残らなかったのは一体どういう事だろうか。そもそも、根本的な話ではあるがなぜ自分が狂三の力を使えたのか(・・・・・・・・・・・・・・・)。封印はなされていない、それは間違いない。ここでまた、何故か(・・・)士道は〝天使〟がそれを行ったのだと、あの時無意識下で感じ取っていた。自分と狂三の事であるはずが、感覚でしか物を語れないなどおかしな話があるものだ。

 士道さん? と首を傾げる狂三にああ、と生返事をしながら彼女ならその疑問にも答えてくれるかもしれないと思い立つ。

 

「如何なさいましたの?」

 

「ん、実はな――――――」

 

 と、その時。二人の耳に付けられたインカムから緊急の通信が開かれた。

 

『――――――二人とも、七罪を補足した』

 

「……!? いきなり過ぎませんか!?」

 

 霊波の予兆を察知したにしても、七罪が霊波の隠蔽を行っている限り早々と見つかるものではない。ましてや、士道への嫌がらせが行われたのは買い物よりも前の話だ。時間差で見つけるにしてもどうやって……。と、士道が驚くのを後目に令音は淡々と言葉を続ける。

 

『……狂三の協力があったからね。まあ、簡単な人海戦術(・・・・)さ。それを解析と合わせればそう難しい事じゃない』

 

「人海戦術って……『狂三』!!」

 

 ご明察、という声が隣から聞こえる。〈ラタトスク〉の解析班が七罪の霊波を読み解きパターンを予測。合わせて分身体の『狂三』による要はゴリ押し(・・・・)だ。

 

「二人とも、いつの間にそんな仲良く……」

 

「気にするところはそこですのね……ともかく、作戦通りであれば今は『わたくし』の一人が七罪さんの足を止めているはずですわ」

 

「良し、ならすぐに――――――」

 

「『わたくし』」

 

「おわっ!?」

 

 駆け出そうとした士道を止めるように〝影〟が蠢き、一人の『狂三』が姿を現した。

 

「驚かせないでくれよ『狂三』……」

 

「申し訳ございません……わたくしも士道さんのお傍にと思いましたので」

 

 よよよ、と凄いわざとらしく泣き真似をする『狂三』に、なんとも言えない表情でそ、そうか……と士道は鼓動が早くなった心臓を手で押えた。わざわざ士道の前でなくとも彼は足を止めたので、意図的なドッキリで心臓を痛めるのは勘弁して欲しいのだが……彼女もまた狂三ではあるので許さないという選択肢はない悲しい士道の性である。

 

「余計なことはしないでくださいまし、『わたくし』」

 

「あら、あら。お顔が怖いですわよ『わたくし』。笑顔、笑顔ですわ」

 

「誰のせいだと……何用ですの」

 

 問いかけに一転して『狂三』は真剣な表情になり、〝影〟から完全に姿を現し声を発した。

 

 

「――――――七罪さんにお客様(・・・)ですわ」

 

 

 たったそれだけで誰なのか、どのような人物を指すのか。狂三は理解したのか眉を不愉快そうに顰めて小さく舌打ちをした。あのお客様は、士道たちと追う対象は同じだとしても、齎される結果は真逆のもので少しばかり厄介だ。

 

 

「狂三、何があったんだ。まさか七罪に何か……!?」

 

これから起こる(・・・・・・・)、というのが正しいですわね――――――では、士道さん。これより先はあなた様にお任せ(・・・)いたしますわ」

 

 

 え、と呆気に取られる士道だが、狂三にはこの先彼がどのような選択肢を取るか手に取るようにわかる。

 

 七罪を救うか、否か。危険を冒してまで七罪を助けに向かうのか。狂三がどちらに賭けるかなど――――――それこそ打算抜きで分かりきっているだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――――もう!! 何なのあの子は!!」

 

 箒のような〝天使〟からストン、とビルの上へ着地した美女が、忌々しいと苛立ちを隠さず箒の柄頭で地面を強く叩いた。魔女のような〝霊装〟を纏った美しいプロポーションを持つ精霊・七罪だ。

 何度目かの嫌がらせをまたもや防がれた七罪は素早く位置を変え、軽く数キロ離れたこの場所で手頃なものを長距離を覗ける望遠鏡に変え、再び士道()を観察する。少年の隣を歩く黒髪の少女。纏う雰囲気、美貌、スタイル……全てにおいて、〝今〟の七罪ですら少し羨んでしまう程の美少女だった。

 

「あの子さえいなければ、今頃士道くんを……」

 

 爪を唇で噛みながら七罪はそう愚痴をこぼす。士道の身内をやれるだけ子供の姿に変え、慌てふためく彼を観察していたまでは良かった。傑作すぎて捩れるほど笑ってしまったくらいだ。が、あの黒髪の少女が現れてからなかなか上手くいかなくなった。

 こちらの放つ嫌がらせを、あの子は尽く防いでしまうのだ。一部分上手く行ったとしても、それは目的を満たすまでには至らない。

 

「そうよ。許してなんかおけないわ……!!」

 

 自分にあれだけの恥をかかせたこと。誰にも知られてはいけない〝秘密〟を見られてしまったこと。それでいてのうのうと暮らしているだなんて許せることではない。彼の精神をズタズタにして、一生表に出られないくらいの辱めを受けさせてやらねばならない。たとえ同じ精霊が邪魔をしようとも、士道だけを集中して狙い続ければ良いだけの話だ。

 

 ――――――あの〝狂三〟という精霊を狙う、という択が存在しないわけではない。だが、それをするだけのリスクが大きすぎてリターンが見合わないため択として意味をなしていない、というのが正しい。十中八九、あの黒髪の少女と白い精霊が言う〝我が女王〟は同一人物。手を出すということは、必然的に〈贋造魔女(ハニエル)〉が通じない精霊ごと敵対する事に直結してしまう。七罪はそこまで自らの力を過信する愚か者ではない。

 

 嫌なことを思い出したと、鼻を鳴らして箒を構えて様々なイメージを思い浮かべる。あの子が庇いきれない、かつ士道へ絶大なダメージを与えられるやり方。そんなものいくらでも思い浮かぶ。浮かび過ぎて時間が足りないくらいだ。

 

 絶対に許さない。七罪は〝秘密〟を知った者を許すわけにはいかない。だって、それを知られてしまったら七罪は七罪でいられない。許されるはずがない(・・・・・・・・・)

 

 その思考に気を取られた一瞬が、隙となったのか。 カチャリ、と嫌な音がした。

 

 

「――――――ごきげんよう」

 

「っ!!」

 

 

 後頭部に突きつけられた無機質な何か。この短期間で二度目ともなると、彼女も内心はどうあれ平静を保つ事が出来た。だが、僅かに向けた視線の先にいたその〝顔〟は、七罪の目を見開かせるには十分すぎる衝撃があった。

 場違い甚だしいメイド服(・・・・)はともかくとして、黒髪に隠れた文字盤の瞳とその美貌は見間違えようがない。その顔は一秒前まで七罪の視界に収められていた、〝狂三〟と呼ばれる少女そのものだった。

 

 クスリと狂三が微笑みを浮かべる。その顔は、士道の隣で微笑む彼女とどうしてか結びつかない、七罪の背筋が総毛立つ冷たく狂気に満ちた物。

 

「まさか、わたくしまで引っ張りだされるとは思いもしませんでしたわ。七罪さんの用心深さは賞賛に値しますわ」

 

「……こんな簡単に私の背後を取れる子に言われても、褒められた気がしないわね」

 

「あら、あら。そう悲観なさらずともよろしいですわ。あの子の代役(・・・・・・)でわたくしが出てこざるを得ない事そのものが、あなたの優秀さを物語っていますもの」

 

 〈ラタトスク〉の解析と分身体による連携。それでもなお七罪の用心深さは筋金入りだった。そんな相手に『狂三』の存在を気づかれる訳にはいかず、探知は想像以上に難航した。なまじ場所を特定したところで、『狂三』では近づいた時点で察知される危険性が高い。だからこそ、メイド狂三が分身体の要請で引っ張り出されてしまったわけだ。

 

あの子の代役(・・・・・・)、という狂三の発言に七罪がピクリと眉根を上げる。簡単に背後を取られる、そのような警戒心の薄さは持ち合わせていない自負が彼女にはある。なるほど、今もって狂三から白い精霊と同じ(・・・・・・・)感覚を覚える理由。どういう理屈かはわからないが、してやられたと言うべきか。

 もう一つ。士道の隣に狂三がいるにも関わらず、七罪の背後から銃を突きつける狂三が同時に存在している現実。こちらに関しても聞き覚えがあった(・・・・・・・・)

 

 

「……ふぅん。士道くんが言ってた同じ顔なら世界で一番の専門家っていうの、狂三ちゃんの事だったんだ」

 

「きひひひ、士道さんらしい表現の仕方ですわね。さて、七罪さんにはその士道さんと話し合いの席を持っていただきたく思いますの。ですので、しばらく付き合ってもらえませんこと?」

 

「断ったら、どうなっちゃうのかしら?」

 

「オススメは致しませんわね。残念ながらわたくし、あちらにいらっしゃる『わたくし』と違ってあまり優しく(甘く)ありませんのよ。抵抗するのであれば――――――容赦は致しませんわ」

 

 

 事実上の選択肢は作られていないという宣言。内心で舌打ちをし、七罪は思案を巡らせる。

 話し合いの席だなんて嘘っぱちに決まっている。こんな事をしているのだから、あいつらが話し合いで済ますはずがない。身の毛もよだつような仕返しをされるに違いない。ここで捕まるわけにはいかない。しかし、白い精霊と同質の気配を持つこの狂三を相手にどうやって――――――

 

「……!!」

 

「ちっ……」

 

 接近する気配。気のせいではない。確実に七罪目掛けて何かが近づいてくる。士道たちの仲間か、とも一瞬考えたが狂三の反応を見る限り違うようだ。そして、それを見遣るより早く七罪は〈贋造魔女(ハニエル)〉を輝かせた。

 

 

「答えは――――――捕まるなんてお断りよ!!」

 

 

 変化させるのではなく、単純な目くらましとして箒から特大の光を放つ。一瞬とはいえ狂三の気が逸れた事もあり、離脱にはこの極光だけで十分だった。素早く〈贋造魔女(ハニエル)〉に跨り、ついでにべーっと下を出して七罪は高速でその場を飛び去って行く。

 

「……まったく。臆病なのやら大胆なのやら、わからない方ですわねぇ」

 

 形だけ構えていた銃をクルクルと遊ばせた後、無造作に投げやると落ちていく銃が〝影〟へ吸い込まれた。追撃しようと思えば簡単に行えたのだが、七罪を傷つけろというオーダーは本体から出ていなかったと聞く。ならこれ以上は必要ない、狂三の管轄外だ。随分と甘い判断をするようになったと思うが、それが『わたくし(オリジナル)』の意思だと言うのなら是非もない。

 

「『わたくし』へのご報告は任せましてよ」

 

「ええ。承りましたわ『わたくし』」

 

 髪を払い、蠢く〝影〟へ向かって声を飛ばす。それと、と言葉を付け加えるのも忘れない。

 

「わたくしが関わった事はあの子にはくれぐれも内密に。小言を言われてはたまりませんわ」

 

「わかっていますわ。ご苦労様ですわ、『わたくし』」

 

 お辞儀をしながら〝影〟へ沈んでいく『狂三』を見送り、狂三は七罪が飛び去った空を見上げてポツリと呟いた。

 

 

「――――――その先は地獄だと、教えて差し上げるべきでしたかしら。き、ひひ。きひひひひひひッ!!」

 

 

 教えるつもりは、毛頭なかったであろうに。そう思えてしまう狂った笑い声と共に、狂三も〝影〟へ姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。

 

「――――――ぇ」

 

 熱い。熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い――――――痛い。

 

「ぁ、あああああああああああああああ……ッ!?」

 

 正気に返った後に待つのは、その痛みという名の地獄だった。切り裂かれた腹部から溢れる夥しい血が、身体の中を苛む鋭い痛みが七罪を地獄の業火で焼いていた。知らない、こんなものは知らない。ありえない、魔術師(ウィザード)が精霊を傷つけるだけの力を持つはずがない――――――普通ならば(・・・・・)

 

「――――――おや、戻りましたね」

 

 悶え苦しむ七罪を見ているのに、それを行った張本人は淡々と小さな身体から元の大きさに戻った身体の感触を確かめている。視線が物語る。狂っている、そう感じるのも無理はない。物を見るような視線が語る……このエレンと呼ばれる魔術師は七罪を見ていない。見ているのは、精霊という利用すべき物の価値だけ。

 

「さて、どうしましょうか。私としては生け捕りでも、殺して霊結晶(セフィラ)のみを取り出しても良いのですが」

 

「……ッ、だ、ず……げ……、死に……だぐ、な――――い……」

 

「構いませんが。それはあなたにとって苦痛が増す選択肢になると思いますよ」

 

 慈悲などではない。ただ現実を述べているだけの言葉。恐怖と痛みで思考が働かない。こんなはずじゃなかった、そんな思いが頭を掠めた。追ってきた魔術師達なんて敵ではなかったはずだ。いつも通りおちょくってやり、彼女たちを子供の姿に変えてやった――――――なのに、エレンは容易く精霊の霊装ごと七罪を貫いた。

 逃げないと行けない。でも、身体も頭も動かない。そうしている間にも、他の魔術師たちの変化も解除され囲うように群がってきた。

 

「執行部長殿。いかがいたしますか」

 

「生かして連れて行きましょう。この傷ならば暴れることもないと思いますが……厄介な能力を持っているようですし、念のため四肢を落としておきましょう」

 

「ひ……ッ!?」

 

「すぐに済みます。途中で死なないでくださいね」

 

 振り上げられる剣に、思わず目を閉じた。もう逃げられない。ならせめて、無駄だとわかっていても痛みから逃れるように奥歯を噛み締めた。腕か、足か。どこからか。一秒といらず訪れるであろう未来に絶望して――――――

 

 

「な……」

 

「――――――はぁッ!!」

 

 

 微かな驚きを含んだエレンの声と、幼いながらも(・・・・・・)心の籠った鮮烈な叫びが七罪の視界を呼び戻した。

 

「だいじないか!?」

 

「な、なん……で……」

 

 淡く輝く霊装。身の丈ほどの巨大な剣。それを掲げて彼女は、夜刀神十香は七罪を背にエレンと対峙する。七罪のせいで散々な目にあったはずの十香が、七罪を救おうとしている(・・・・・・・・)

 変化はそれだけに留まらない。勇猛な曲調が、永久凍土を思わせる氷結の結晶が、それに合わせた荒れ狂う暴風が、魔術師たちを手玉に取り翻弄する。降り立った風を操る瓜二つの双子も、七罪の手で幼き姿にされた者たちだった。

 

 痛みと恐怖を上回るほどの困惑。それが正直な思いだ。だって、ありえないだろう。なんの理由があって、自分たちに害をなした精霊を命懸けで助けようとするのか。あまりに理由が見当たらない。七罪の知る理屈にあっていない選択。

 

 

「――――――七罪!!」

 

 

 もっとありえないと思ったのは、一番辛い思いをさせたはずの少年、五河士道がわざわざ七罪に駆け寄って膝を折ったことだった。

 

「血が……!! 七罪、大丈夫か!!」

 

「…………士、道……くん……?」

 

「少し我慢してくれ。すぐに治療してやるからな……!!」

 

「――――――させるとお思いですか」

 

 七罪に困惑と希望を灯したのが士道の声であったなら、その声は恐怖と絶望を齎す物だった。

 魔術師たちが吹き飛ばされる中、ただ一人冷気による凍結を防ぎ、暴風をものともせずエレン・メイザースという〝最強〟は立っていた。

 

「〈プリンセス〉、〈ベルセルク〉、この冷気は〈ハーミット〉ですか。それにこの曲――――〈ディーヴァ〉もどこかに隠れているようですね。なるほど、力の低下した〈プリンセス〉が、不意打ちとはいえ私と打ち合えたのはそういう道理ですか」

 

 数など問題ではない。彼女はこれだけの増援を見ながら、ただ増えた標的の戦力を冷静に分析していた。

 

「六体もの精霊がいて、うち五体は子供状態、残りの一体は重傷ときたものです……アイクからは様子を見るよう言われていますが、ここまでの好機ならば話は別でしょう」

 

「良いのか、エレンさんよ。お仲間はみんな伸びてる。多勢に無勢だぜ」

 

「お気遣いは無用です。彼女らなど最初から数に入れていません」

 

 言いながら剣を構えるエレン。その言葉に偽りはなく、七罪の目から見ても彼女の優位がこの程度で崩れるとは思えなかった。それほど、エレンという魔術師は異常な強さを誇っている。精霊の一人でも全力を出せれば、彼女に拮抗出来ようものだが十香たちはその全力を出せないのだ。

 しかし、七罪が見つめる士道の顔に焦りはない。命の危機に瀕した極限の緊張による汗は見えるが、焦り(・・)の二文字はその表情に存在しない。いつか見たあの瞬間のような、不敵な笑みを浮かべて声を震わせた。

 

 

「そうかい。なら――――――」

 

「――――――遠慮はいりませんわね」

 

 

 瞬間、士道の〝影〟が動いた。彼だけではない、ここにいる全員の影が集まるように(・・・・・・)円の形を成した。流石のエレンも目を剥き――――――影の主を的確に呼び当てる。

 

 

「〈ナイトメア〉――――!!」

 

『きひひひひひひひひひひひひひひッ!!』

 

 

 この光景がエレンにとって悪夢でなければなんであろうか。〝影〟より現れる無数の少女。全員が全く同じ顔をした、狂気を感じさせる異様な集結。誰もが笑い、誰もが唄い、誰もが凄絶な叫びを上げる。その中でただ一人、士道の隣に立つ狂三だけは異様な中で悠然と微笑んでいた。

 

「如何なさいまして? あなたの求める精霊がこんなに沢山いらっしゃるのに、浮かない表情ですわね」

 

「またあなたですか……!!」

 

「ええ、ええ。あなたが数など無意味だと仰ったものですから――――――」

 

 軽く数えるだけで両手でも数え切れない程の『狂三』が飛び掛かり、銃弾を放つ。先程までの余裕の表情はどこへやら、苛立たしげな表情でエレンは迎撃のために剣と随意領域を解き放つ。

 〝最強〟の魔術師であるエレンと、所詮は分身体である『狂三』。普通ならば相手にすらならないが――――――

 

 

「今宵は特別。悪夢と歌姫の二重奏(デュオ)ですわ――――――存分に踊りなさいな、〝最強〟の魔術師(ウィザード)さん」

 

「ち――――」

 

 

 その全てが(・・・)、美九の〝歌〟を受けていれば話は別だ。

 倒し切るには至らない。なれど、〝最強〟の足を止めるだけには十分すぎる。

 

「琴里!! 今だ!!」

 

「な、に……」

 

 士道が誰かに合図を飛ばした瞬間、七罪の身体を不思議な浮遊感が包み込む。と、同時に温かな〝何か〟が身体の中に流れ込んだ。出処は、言うまでもなく七罪の身体を支える黒髪の少女からだ。

 

「これで、少しは楽になるはずですわ」

 

「傷口が痛むかもしれないけど、ちょっと我慢してくれよ……!!」

 

 え、という声はのどを震わせるには至らず届くことはなかった。〝何か〟の正体など、言うまでもなく精霊に必要な〝霊力〟。わざわざ七罪の痛みを和らげるために、狂三は自己回復を促進させるための霊力を注いでいる……どうして(・・・・)

 

 とことんまで意味がわからない。なぜ自分にそこまでする。なぜ自分を助けようとする。なぜ彼らは――――――そんな、士道たちにとっては当たり前で、七罪にとっては異常な行動の答えが分からぬまま、変身させていた身体が元に戻る感覚と同時、上方に引っ張り上げられる感覚を覚えながら……意識を闇に閉ざした。

 

 

 





ナチュラルに階段すっ飛ばしてイチャついてない????

数ある分身体の中でも突出した特異個体であり特別に扱われるからこそ、狂三の中で唯一彼女だけが七罪の背後を取れました。彼女以外だと警戒されているのでいくら『狂三』でも無条件では無理があります。本体に微妙に辛辣なただのメイド個体と思うなかれ。謎のメイドさんが特異個体なのだ(謎すぎるこだわり)

大っぴらに戦えると不意打ちからやりたい放題できるから困るね。数が必要ないとか煽るから悪い(責任転嫁)

次回からようやく七罪登場という感じですね。果たして攻略の糸口を誰から得るのか。
感想、評価、お気に入りありがとうございます!どれも励みになっておりますので幾つでも待ってます!!次回をお楽しみに!!

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