デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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四話から六話を一話分で終わらせようとしてたのガバガバ想定にも程がある


第六話『名無しの精霊』

 

 悪意。殺意。悪意。殺意……それは少女の心を蝕む物。優しすぎる少女、しかし彼女だけではその強大な殺意を受け止めることが、受け流すことが出来ない。

 

 回る、廻る、世界が、己が、狂っていく。

 

「……!」

 

 声にならない叫びが、雨の降りしきる曇天の空にこだまする。彼女の周りにあるのは悪意、殺意、ただそれだけだった。

 

 勇気をくれるヒーロー(よしのん)はいない。

 

 優しく抱きしめてくれるヒロイン(狂三)もいない。

 

 助けてくれるヒーロー(士道)は――――未だ来ない。

 

「きゃ……っ!」

 

 霊装がなければとっくに四糸乃という存在が塵になっているであろう、彼女を殺すためだけに放たれた弾丸が衝撃と共に弾け飛び、少女の幼い身体を地面に容赦なく叩きつける。

 

 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……! 誰か、誰か、誰か誰か誰か誰か誰か――――誰も、いない。

 

 

「ぁ――――――――」

 

 

 殺意が、降り注ぐ。恐怖が、全てを呑み込んで行く。少女の優しい心が――――塗り潰される。

 

「――――〈氷結傀儡(ザドキエル)〉……ッ!!!!」

 

 蹂躙が、始まった。

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 その〝天使〟を目の当たりにした時、ローブの少女は思わず素っ頓狂な声を上げた。ウサギの耳がついた人形(・・)。言うまでもなく、以前目撃した〈ハーミット〉の〝天使〟、それは間違いない。

 

 だから、少女が一瞬とはいえ呆然とその人形を眺める事になったのは理由がある。その人形は恐ろしい程に――――

 

 

『クゥォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 ――――巨大すぎた(・・・・・)

 

「いや、大きくなりすぎでしょう。軽くビル超えてるじゃないですか。成長期でもこんな伸びませんよ、普通」

 

「あら、あら、普通では無いのが精霊の〝天使〟なのですから当然ですわね」

 

 着地したビルで遠くから眺めていても、その大きさは圧倒的だ。少女とて精霊の〝天使〟が規格外なのはよく知っているし、驚きというより呆れの方が強い。狂三の方はさして驚いてもいないのか、凍りついた(・・・・・)地面を確かめるように踏みしめている。

 

「それはそうですけど、だからってあそこまで大きくなります? 軽く見積もって元の数十倍ですよ、あの天使」

 

 辺りを見渡せば、単純に〝天使〟が大きくなっただけではないのが彼女たちには直ぐに理解出来た。

 

 〝天使〟の咆哮は人形を中心に冷気を放出し続け、際限なく天宮市の街並みを氷結させ始めている。更に、あの人形が顕現してから強くなった豪雨の粒は、地面に触れた瞬間から氷の領域を広げ続ける。そう、際限なく(・・・・)だ。

 

 もはや、この天宮市は人が生きていける場所ではなくなってしまっている。見渡す限り、氷の世界だ。

 

「――――セーフティ、だったのですわ。よしのんさんは」

 

 ポツリ、そう零した狂三が人形を――――四糸乃を見つめるその瞳は、どこか物憂で……酷く、悲しそうだと少女には思えた。霊装によって護られている左右非対称に縫われた髪が、冷気に当てられても艶を衰えさせることなく揺れ動いている。

 

「よしのん……あのもう一つの人格を宿したパペットが、〈ハーミット〉の力を抑えていた、と?」

 

「ええ。以前、心の支えではないか……そうあなたは推察いたしました。ですが、それだけではありませんわ」

 

 狂三の推察は続く。それは――――あまりに優しく、あまりに歪な少女の真実であった。

 

「自分がされて嫌な事は、相手にも味わわせたくない。そんな子供のような夢物語を、四糸乃さんはよしのんさんという存在を作り出し、実現していたのですわ」

 

「っ……あの子……」

 

「リミッター。自身に襲い掛かる者だとしても、その方を傷つけないために四糸乃さんが生み出したもう一つの人格(・・・・・・・)。精霊の力を抑え込み制御する者……それが、わたくしが導き出した結論ですわ」

 

 聖人。そんな言葉が少女の胸を過ぎる。その優しさに見返りはない。何故なら、人類は彼女の優しさを殺意を持って返しているのだから。しかし、それは仕方の無いことだ。

 

絶対的脅威(・・・・・)。それが、精霊に対して彼らが出した結論なのだから。

 

「――――なんて、優しい(歪な)子」

 

 その優しさに救いはなく、その優しさに見返りはない。理不尽だと思う、同情もする……しかし、狂三ならまだしも少女に彼女を救う力はない。彼女を今この時代(・・・・)で救えるとするなら、それはこの世でたった一人――――

 

「!!」

 

「あら」

 

 ダンッ、と力強く地面を蹴り上げたのは少女で、ふわり、踊るように宙に舞い上がったのは狂三。違いはあれど、両者が飛び上がったその直後、氷結した地面から氷柱(・・)がせり上がった。人を一人串刺しにしてもお釣りが来るであろう氷柱は、もはや氷の〝槍〟と言っても過言ではない。

 

 それが一本、二本。更にもう一本……次々と出現する氷柱は加速度的に増え続けていく。そのうちの一本に器用にも着地した少女の隣に、狂三は並ぶように空中に浮遊したまま四糸乃を見やる。

 

「そして、よしのんさんがいらっしゃらない今……四糸乃さんは自分を抑えることが出来ませんわ」

 

「その結果が〝天使〟の本領。そしてこの銀世界、というわけですか」

 

 辺り一面の氷、氷、氷……天宮市を優に呑み込み閉じ込める〝結界〟となったこれは、正しく侵略する四糸乃の〝城〟そのものだ。

 

 ――――ASTなど寄せ付けぬ圧倒的な力を奮っていた氷結傀儡(ザドキエル)が、二人が見守る中その動きを変える。けたたましい咆哮を上げ、その身を大きく仰け反らせる。何かを取り込むよう(・・・・・・・・・)大口を開けたまま体勢を維持している。

 

 狂三にも、そして少女にも先程までとの違いが肌で感じ取れる。この感覚、少女は覚えがあった。そう――――一か月前、激昂した〈プリンセス〉が見せた〝天使〟の中でも特別な〝究極の一〟が解き放たれようとしている、まさにその瞬間の感覚……!

 

 

「――――あれは、不味いか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 士道が鳶一折紙の家に訪れて得たものは、パペットだけではなかった。

 

 折紙の想い。彼女が何を背負い、何を想って精霊と戦っているのか。士道はそれを知る事が出来た。

 

(五年前、天宮市で起こった大規模災害)

 

 士道も朧気ながら覚えている。その火事によって、彼は今の家に引っ越して来たのだから。その火事は――――精霊によって。引き起こされたものだと、折紙は言った。

 

 そして――――その火事の最中、彼女は両親を奪われた。

 

 悲劇を繰り返させないために、両親の仇を討つために、鳶一折紙は戦っているのだ。それを士道は間違っているとは言えなかった、言う資格などなかった。

 

 だって彼女は、自分と同じ境遇の人間を作り出さないために武器を取ったのだ。それを、その気高さを誰が否定できようか。

 

(けど、俺は……!!)

 

 十香も、四糸乃も、折紙も……どうして、あんなにも人を思いやれる優しい少女たちが、殺し合わなければならないのか。折紙は、精霊の反応が確認できない限り、攻撃を行うことは出来ないと言っていた。そして、その条件を満たすことが出来る存在は自分自身(・・・・)なのだ。

 

 迷いはない。決意を胸に士道は折紙の住むマンションを飛び――――

 

「――――なんで玄関にトリモチが仕掛けられてるんだよ!!!!」

 

 ――――出そうとして、何故か仕掛けられていたトリモチ(トラップ)に苦戦を強いられた。

 

 何とか脱出する頃には、それなりに時間が経ってしまっていた。けど、妙なトラップだなと首を傾げる。まるで内部から逃亡する(・・・・・・・・)者を足止めするような設計をしているのだ、このトラップは。加えて、ゴミ箱に捨てられていた高級〝精力剤〟の数々だったり、折紙の行動を考えて導き出される答えは――――

 

「うん!! やめよう!!!!」

 

 これ以上は危ない。よく耐え切ったぞ五河士道と自分を褒め称える。本当に危なかった、頭に浮かぶ黒髪の美少女の蔑んだ目――勿論、士道の妄想――がいなければ即死だった。主に、士道の貞操が。

 

色々な物(邪念)を振り払い回収したパペットを携え、扉を開けた士道の目の前に広がったのは……。

 

「なっ……なんだよ、これ……」

 

 一面に広がる氷の世界。つい数時間前まで存在していた、普通の街並みだった天宮市はそこにはなく。美しい銀世界が士道の目の前に飛び込んで来たのだった。

 

『し、……ど――――』

 

 あまりの景色に呆然としていると、折紙の家に入ってから沈黙を保っていたインカムから雑音混じりの声が聞こえてくる。ノイズが酷く僅かにしか聞こえてこないが間違いない、妹の琴里の声だと彼には分かった。

 

「琴里!? パペットは確保出来た!! 四糸乃は――――」

 

『に――――て、しど――――――逃げて!! おにーちゃん!!!!』

 

「え?」

 

 ノイズが晴れた瞬間、ハッキリと聞こえてきたのは司令官としての体面などかなぐり捨てた妹の絶叫。

 

 

「――――――――ぁ」

 

 

 そして、視界を一瞬で覆い隠すほどの、白い〝冷気〟。

 

 ――――これは、ダメだ。

 

 悟る。逃げ切れない。まるでスローモーションになったように、士道の視界いっぱいをそれは包み込む。これはダメだ、何をしようとも士道はこの冷気の奔流に呑み込まれて〝死ぬ〟。

 

 走馬灯のように、人の顔が浮かんでは消えていく。ダメだ、こんなところで死ねない。四糸乃が、士道の助けを待っている。十香を、一人にしてしまう。琴里を、泣かせてしまう。それに――――彼女に、まだ何も伝えられていない。

 

 時は止まらない。無情にも迫り来る死の波に、彼は思わず目を閉じ――――

 

 

「――――え?」

 

 

 刹那、浮遊感(・・・)を感じ閉じた目を開けた士道の瞳に飛び込んで来たのは、死の奔流ではなく銀に染った天宮市の街並み(・・・・・・・)だった。

 

「おわ……っ!?」

 

 更に、また次の瞬間には急速に落下しマンション近くの地面に着地……したと思えば、氷の地面に投げ出され、そのまま尻もちをつく。

 

「――――ご無事で? 五河士道」

 

 いてて……と何が何だか分からず声が聞こえた先を士道は見上げ、そこいたのは――――白。

 

「――――君、は……」

 

 同じ問いを投げかけた少女が、士道にはいた。だが、士道が呆然と声を発したのは、その少女(十香)とは全く違う理由だった。

 

 白い。一点の穢れもなく白いローブを纏った少女。背は妹の琴里とそう変わらないと見え、そのローブはまるでRPGに出てくる魔法使いのようだった。

 

 しかし、その腰に携えているのは杖などではなく一本の〝刀〟。その刀も、鞘、鍔、持ち手に至るまで全てが〝白〟だった。

 

 その白は純白……というより、透明さすら感じられる。そう、まるで〝無〟だと漠然と彼は感じた。呆然としてしまったのも、ローブの少女の存在感故。

 

 狂三、十香、四糸乃。彼女たちは三者三様に強烈な存在を士道へ叩きつけてきたが――――少女は、真逆だ。まるで、そこに存在しないかのような存在感。

 

 〝いる〟のに〝いない〟。矛盾……その特異な雰囲気を纏う少女は、ふむ、と士道の問いに少しだけ考える仕草をすると――――道化のように、気取った声を発した。

 

 

「――――通りすがりの、精霊ですよ」

 

 

 




ついに士道くんがご対面。次回、四糸乃編クライマックス

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