デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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相反し、双極する感情。望みながらも恐れる少女と望みながらも手を取らない精霊。さて、誰の事を言っているのでしょうね。そんなこんなで記念すべき(?)七十話、どうぞ


第七十話『Bipolar emotion』

 

 

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 言いようのない、表現しようのない感情の奔流。七罪を身悶えさせている物の正体が、彼女にはわからなかった……いや、本当はわかっているのだ。ただ当人が頑なに認めようとしない、認める事が出来ないだけで。

 失敗した、これ以上なく失敗した。士道たちが失敗したと、言えれば良かった。それだけで七罪は晴れて自由の身になれたのに――――――出来なかった。それはつまり、『変身』した自分を見て嘘をつけなかったのだ(・・・・・・・・・・)

 

「一体何なのよ……あいつらは……っ」

 

 なぜ士道たちは七罪にここまで構う? 構ってくれるのか、わからない。どうして、こんなにも醜い七罪を、変身していない七罪を……可愛いなどと、嘘でも言えるのか――――――それが、嘘ではないとしたら?

 

 

「……違う。嘘に決まってる。みんなで私を担いでるのよ。は、はは、バッカみたい!! だって私は――――――」

 

 

 被っていた布団を持ち上げ、鏡を見遣る。ああ、そこには醜い自分の姿が――――――

 

 

「…………っ!!」

 

 

 いなかった。いるのは、士道たちにプロデュースされた可愛らしい(・・・・・)七罪の姿。自分を見ただけなのに息が詰まって、思考がごちゃごちゃになる。普段ならそんなことはない。醜い自分が映った鏡をぶち壊してしまいたくなる衝動と、そのような事は無駄だと諦めてしまう心があるだけだったのに。

 今は、違った。違ってしまった。こんなこと、許されるはずがないのに。七罪は醜くて、不細工で、誰に手をつけられてたとしてもそれは変わることがないはずで。そういう風に決まっている。許されないに決まっている(・・・・・・)

 

「……あ、れ……」

 

 ――――――それを決めたのは、誰だったっけ?

 誰が決めた? 誰が許されないと決めた? なんで、そういう風に決まっていると、思っていたのだろうか。

 

「……っ、と、とにかく……何の理由もなく、敵である私にあんなことをするだなんて考えられないわ。絶対……何か目的があるはずよ……」

 

 開きかけた門を閉ざして、己に言い聞かせるように声を発する。そこに、いつものような振り切って逆に自信に満ちた声はなく、どこか震えた声をしている事に気づくことはない。

 

「絶対、あいつらの本性を暴いてやるんだから――――〈贋造魔女(ハニエル)〉」

 

 

 数分後、七罪は容易く監禁されていた部屋を脱出した。まだ傷は痛むため無理は出来ないが、ダミーの人形を用意しながら部屋を抜け出すことくらいなら、〈贋造魔女(ハニエル)〉が使えれば赤子の手をひねるよりも簡単だった。

 人気のない廊下に出た七罪は、即座に自身の姿を変身させる。この場で最も怪しまれる確率が低く、この施設を歩いていて問題がなさそうな人物――――――五河琴里。

 

 小柄な身体に赤い軍服を纏い、真紅の髪を黒いリボンであざといツインテール(・・・・・・・・・・)に括った少女だ。あざとい、本当にあざとい。自分に自信がなければ絶対に出来ない髪型だ――――――そういえば、狂三も霊装時はツインテールだったと思い出した。それも、左右非対称という一見してバランスが悪いと思わせる物を、完璧に、彼女でなくては出来ない形で完成させていた。

 どいつもこいつも嫌になる。あんな容姿を持っているのだ。自分に絶対の自信があって、きっと何一つ自分を卑屈に思わない(・・・・・・・・・・・・・)のだろう。そんなやつが、七罪を可愛いだなんて本心で思っているはずがない。

 

「……ま、こんなところかしらね」

 

 きっちり小さな棒付きキャンディも用意し、琴里を完璧にトレースし切る。そうして、七罪はゆっくりと通路を歩き始めた。偽善を、偽りを、残らず暴いてやるために。

 

 

「――――――きひひ」

 

 

 背後の壁で蠢く〝影〟の存在に、気づくことはついぞないまま。

 

 

 

 

 十香たちの居場所を突き止めるのは、案外簡単だった。同時に、士道たちの目的を知ることが出来たのも収穫だ。どんな腹があるのかと思ったが――――――七罪の霊力を封印する事が目的だったとは。琴里の部下が、特に怪しむこともなく琴里の姿をした七罪と話して得た情報だ、間違いはない。

 やっぱり、やっぱり裏があった。何が助けたいだ、偽善者め。十香たちも、封印のため機嫌を取るため本音を隠していたに違いない。内心ほくそ笑んで、七罪は十香と四糸乃、よしのんと接触を図った。そうして、吐き捨てるように七罪自身の悪口を言う。そうすれば、彼女たちも同調して本音をさらけ出すはずだ。醜い七罪を、琴里という免罪符を得て罵倒の限りを尽くすはず――――――

 

 

「――――――琴里。一体どうしたのだ……そんなことを言うなど、らしくないぞ」

 

「あ、あの……七罪さんは、気持ち悪くなんか、ないと……思い、ます」

 

『そうだよー。どったの琴里ちゃーん。司令官業務でお疲れモード?』

 

「な……っ」

 

 

 そのはず(・・)、だったのに。

 

「ど、どうしたのよみんな。いいじゃない、そんないい子ぶらなくても。どうせみんな思ってたんでしょ? あんなみすぼらしい女の機嫌取らなきゃいけないなんて面倒だなーって」

 

「何を言うのだ。そんなことはないぞ? 服を選ぶのもとても楽しかったしな!!」

 

「はい……七罪さん、きれいでした……」

 

『いやー、士道くんと狂三ちゃんのメイクすごかったねー。今度よしのんもやってもらおうかしらん』

 

 楽しげに笑う十香たちを見て、七罪は言葉を失う。動揺で目が泳ぎ、もはや琴里に化けていることさえ忘れそうになった。

 

「う、嘘よ。どうして……」

 

 それほどの衝撃が、七罪のアイデンティティを根本から揺るがすほどのものがあった。様々な可能性(言い訳)が彼女の頭に浮かんでは、消える。いつものように自分の中で説得力を保つ事が出来なかった。彼女たちの笑顔の前では、そのどれもが意味を成さないと思えてしまったのだ。

 

 まだだ。こんなの、彼女たちがおかしいだけなのだ。そうやって、縋るような思いで七罪は十香たちを見つけて現れた耶倶矢、夕弦、美九にも同じように言葉をぶつけて――――――

 

 

「ふん、おかしなことを言っているのは琴里、御主ではないか。一体何があった。月の毒に狂うには、些か時間が早いぞ」

 

「怪訝。琴里とは思えない言葉です」

 

「七罪ちゃんをそんな風に言っちゃだめですよー。あんまり度が過ぎると、私も怒っちゃいますからねー!!」

 

 

 心臓の鼓動が速くなるだけの結果に、渇いた笑みさえかなぐり捨てて七罪は遂に声を荒らげ力の限り訴えた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……あいつは、私たちを鏡の中に閉じ込めて、私たちに成り代わろうとした悪い精霊じゃない!! 普通に考えなさいよ!! なんであんなやつの肩を持つのよ!! あんたたちどっかおかしいんじゃないの!?」

 

 

 もはや琴里に化けている言葉ではない。そんな事は知った事ではないと言わんばかりに、七罪は心のままに声を上げた。おかしい、普通じゃない(・・・・・・)

 

「まあ、確かに七罪ちゃんには怖い思いさせられましたけどぉ……」

 

「でしょう!? なら――――――」

 

 許せないはずだ。仕返しをしようと思うはずだ。そうでなくとも、七罪に優しくなんて出来ないはずだ(・・・)。けど、同調するように声を上げた七罪に対して美九は……いや、精霊たち全員は信じられない言葉を次々と吐いた。

 

「でもぉ……それを言ってしまったら私も結構やらかしちゃいましたしー……水に流そうとか、そういうこと言う気はありませんけど、少なくとも私は、七罪ちゃんと仲良くしたいと思ってますよ?」

 

「おお!! 私もだぞ!!」

 

「わ、私も……です。きっと……仲良くできると、思います」

 

『話によると、変身先によしのんを選んだって話じゃなーい? いやー、違いのわかる女だよねー』

 

「ふん、まあ、我をあそこまで追い詰めた剛の者よ。軍門に置く価値はあろうて」

 

「首肯。見どころがあります」

 

「…………ッ!!」

 

 言葉が突き刺さる。笑顔が見ていられない。よろめくように後退り、もうここにはいたくないと七罪は振り返って――――――誰かに受け止められるように衝突した。

 

「……ぁ」

 

 誰なのか、確かめるまでもなく視界いっぱいに広がった黒色が語っていた。琴里を除いてこの場に唯一いなかった精霊。

 

「驚きましたでしょう?」

 

狙いすましたように(・・・・・・・・・)現れた狂三は、微笑みを浮かべて言葉を語る。狂三が現れたことに対してではなく、キョトンとした表情で二人を見る十香たちのことを言っているのだとわからない七罪ではない。

 

「皆様、こういう方なのですわ。ここには、誰一人として七罪さんを否定しようとする方はいらっしゃいませんわ、琴里(七罪)さん」

 

「っ……」

 

 気づいている。今のは琴里ではなく、七罪へ投げかけた言葉だ。狂三は七罪が琴里の姿で皆を騙そうとしたことを、知っていてこうして語りかけている。

 ギリッと奥歯を噛み締め、精一杯の敵意を込めて睨みつける。彼女はそれを見てなお、いっそ憎たらしいと思える優雅な微笑みを崩さない。

 

「許す許さないの話になれば、後は七罪さんのお心一つだと思いますわ。もう、決まって(わかって)いるのではなくて?」

 

「あんたに、何が……っ!!」

 

 何がわかる。何不自由なく綺麗で、着飾った言葉を受けてきたお前に何が――――!!

 

 

「わたくし、士道さんを殺しますわ」

 

「――――――は?」

 

 

 飛び出した言葉は、さも日常会話のようにするりと解き放たれた。士道を、殺す? 誰が? この優雅な微笑みを浮かべたこの少女が? あんなにも、仲睦まじく日常を過ごしていた士道を?

 理解が及ばない、追いつかない。追いつくはずがない。そんなことして欲しくない(・・・・・・・・・・・・)。漠然と、それだけが脳裏を掠めた。

 

「近い未来、わたくしはその道を選びますわ。残酷で、誰にも許されないことをわたくしは行う。慈悲を仇で返した代償は、二度と戻る事はないのでしょう」

 

 それがわかっていて、わかっていながら時崎狂三は道を選ぶ。綺麗だと、嬉しい言葉を投げかけてくれる人たちを未来永劫、取り戻す事は出来ない。全てを〝なかったこと〟にするのだから。嬉しい言葉を、己の言葉で返す(・・・・・・・)機会さえ失うのだ。

 

 

「七罪さんは、どうなさいますの」

 

「っ!!」

 

あなたは選べますわ(・・・・・・・・・)

 

 

 ――――――わたくしと、違って。

 

 突き飛ばすように駆けた七罪の背中に向かって、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――――うるさい!! 死ね!! ばかぁぁぁぁっ!!」

 

「おい、琴里!?」

 

 涙を拭いながら大声で叫んで廊下を走っていく琴里。尋常ではない妹の姿を見て、当然放って置けるはずがない士道は慌てて後を追う。

 一体、何があったと言うのか。精霊を保護に、安全な生活を送ってもらうのが〈ラタトスク〉の使命だと語っていた本人の口から、精霊の力を奪い取る(・・・・・・・・・)なんて出てきたかと思えば、七罪のためにみんなでご飯を食べる場を作れないだろうか……と、提案していたら突然、あの気丈な妹が涙を流し始めたのだ。驚かず、心配しないというのは不可能だった。

 

「あれ……?」

 

 曲がり角を曲がったところまでは捉えていたはずだった。のだが、同じように士道が曲がった時には琴里の姿はすっかり消え去っていた。まるで、幻を見ていたかのような光景に視線を右へ左へとやり――――――地面に落ちた包装を解いていないチュッパチャプスを見つけて、彼女が幻ではなかったことを確信する。

 

「……あいつが飴落としていくなんて、何があったってんだよ」

 

 あまりに琴里らしくない行動の数々だ。心配を深めながら士道は飴をしまい込み来た道を戻っていく。と、道の先から見慣れた人影を見つけて手を挙げて声をかけた。

 

「おう、狂三。お前も来てたのか」

 

「あら、士道さん」

 

 誰かを探していたのだろうか。小走りで廊下を見渡していた狂三が、やはり少し急ぎめに士道の元へ駆け寄ってきた。

 

「ちょうど良かったですわ。琴里さんをお見かけになられませんでした?」

 

「っ……琴里に何かあったのか? あいつ、なんか様子がおかしかったんだ」

 

「……ええ。実は――――――」

 

 やはりか、という風な表情を見せた狂三が口を開きかけたその時、士道のポケットで携帯が震えた。ちょっとすまん、と携帯を取り出すと――――着信画面には『五河琴里』の名が示されていた。今、噂の人物からの連絡に慌てて通話を開いた。

 

「もしもし? 琴里、大丈夫か?」

 

『……は? 何が大丈夫なのよ』

 

「いや、だってさっき……」

 

 話が噛み合わない。これが付き合いの短い者ならわからなかったかもしれないが、今聞いた琴里の声色はさっきまでの様子とは打って変わって、士道が何を言っているのかわからないというものだ。

 隠し事でもあるのだろうか。一瞬そう考えた士道だったが、それ以上に彼を驚愕させる言葉を琴里は紡いだ。

 

『それより、緊急事態よ。今そっちの管理室から連絡があったんだけど――――――七罪が、部屋から逃亡したわ』

 

「な……!? 逃げたって、一体どうやって!! まだ〝天使〟は使えないはずじゃなかったのか!?」

 

『こちらの目算が甘かったか……不完全な状態でも変身能力を使う手段があったのか……ってところかしら。布団の中に、ぬいぐるみを変化させたと思われるダミーを残して、姿を消してしまったわ。恐らく、何者かに変身して逃亡を試みているはずよ。何か心当たりはない?』

 

「心当たり……って言われても――――――あ」

 

 ある。咄嗟に視線を送ると、狂三が冷静な表情で首肯を返した。それが、まさに答えそのものだった。

 

 

 

 それからおおよそ二時間。必死の捜索も虚しく、七罪を見つける手がかりは一つとして見つからず士道は狂三を伴って帰路についていた。元々、七罪のために泊まり込みをしようと地下施設に向かったので、必然的に士道の役目はなくなってしまった。これ以上、あの場にいても邪魔になるだけだ。

 

「七罪……」

 

 結局、士道では七罪の心を開く事が……本当は、優しさを欲しがっているであろう彼女の心を解きほぐしてやることが出来なかったのだろうか。

認めて欲しいと思っている(・・・・・・・・・・・・)。〈アンノウン〉が言った事は、士道もそうなのではないかと思っていた。七罪は、ただの一度も笑顔を見せることはなかった。士道たちが何をしても、だ。しかし、それが本心からの行動だとは、どうしても思えなかった――――――七罪が逃げ出してしまったからには、思いたくなかったと言うべきなのかもしれないが。

 

「士道さん、お顔が暗いですわ。七罪さんの思考が移ってしまったのではなくて?」

 

「……あ、悪い。顔に出てたか」

 

「ええ、バッチリと」

 

 指摘された士道は悪い、ともう一度謝ってから表情と一緒に暗い方向に向かっていた思考を、軽く頬を張って仕切り直した。

 

「お気持ちはわかりますが、七罪さんにも考える時間が必要なのだと思いますわ」

 

「考える時間、か」

 

「逃げ出すのであれば、他に手段があったはずですわ――――――自らが信じていたものが、違うのだと気づいてしまうというのは、辛いものでしょう」

 

「……っ」

 

 ――――――かつて、士道が信じた狂三が正体を明かした時のように。

 

 士道がそうであったように、狂三は七罪もそうなのだと言っている。だから、あの時の士道やその後の狂三のように、七罪がそうなのだと思っていた考えを……違うのだと、そうではなかったのだと自ら受け入れる時間が必要なのだ。

 固定化されていた思考が、信じていた考えが根本から完膚なきまでに覆されるというのは辛いものだ。それを考えた時、士道は息を呑んだ。

 

 

「狂三も――――――そういう経験あるのか」

 

 

 気がつくと、自然と言葉が漏れ出ていた。

 

 彼女にも、あったのだろうか。自らが裏返ってしまう(・・・・・・・・・・)。そんな、想像が及ばないような経験が。

 立ち止まった狂三と見つめ合う。血のように紅い右目が士道を映し、影に隠れた金の左目が時を刻み彼を射貫く。

 

「……経験があるからと言って、簡単に人の気持ちがわかるとは言えませんわ」

 

「…………」

 

「しかし、受け止めて進む(・・・・・・・)だけの時間が必要だと言うことは、真実だと思っていますわ」

 

 それがどのような形であれ(・・・・・・・・・)。心を持つものは先へ進む。同じ自分嫌いでも(・・・・・・・・)……人から受けた傷(・・・・・・・)でそうなった七罪と、自ら犯した罪(・・・・・・)でそうなった狂三とでは話が違う。

 だが人から傷を受けたなら、それを癒すのはまた人であるのだと信じている――――――信じる事が、狂三は出来るようになった。一度傷を受けた者が他者の優しさを受け入れるのは、存外勇気がいるものだ。士道が七罪に漏らした真実を聞いて、その時間が必要だと思ったからこそ狂三は彼女を探すことをしなかった。

 

 

「ですけど……」

 

「けど?」

 

「――――――七罪さんは悪い方向に考えすぎるきらいがありますから、やっぱりわたくしたちで探して差し上げましょうか」

 

 

 狂三はそう言って、冗談めかして微笑んだ。一度呆気に取られた表情でぽかんとなった士道だったが、彼女に釣られるようにその顔を笑顔へと変えた。

 

「ぷっ……くくく!! そうだな、また凄い方向に勘違いして捉えられかねないし、俺たちでこっそり探しに行こうぜ」

 

「ええ、ええ。でェも、ひとまず士道さんの美味しいお料理が食べたいですわ。もしかしたら、羨ましがって七罪さんがひょっこり出てきてくださるかもしれませんわよ」

 

「そうなるように腕によりをかけて作らさせてもらうよ」

 

 二人とも、七罪に聞かれている可能性を入れての会話だった。聞いているなら、今頃はそんなわけないでしょ!! とかいやこれも私を嵌めるための……とかネガティブな思考を巡らせているのかもしれない。まあ、それで万が一にも彼女の余分な悩み(・・・・・)が薄くなってくれるなら、それで良い。

 善意の押し付けかもしれない。余計なお世話かもしれない――――――でもやっぱり、放って置くことが出来ないのが五河士道という男なのだ。

 

 そうやって戯れているうちに自宅が見えた。今はまだ誰も帰っていない、と門を開け鍵を扉の鍵穴に挿入して……。

 

「……ん?」

 

 鍵を回したというのに、鍵が開いた手応えが全くない。みんなまだ地下にいるはずだし、琴里も〈フラクシナス〉で七罪の反応を追っている――――――考えられる一つの可能性に行き着いて、士道は目を見開いた。

 

「まさか七罪……!?」

 

 ありえない話ではない。七罪は士道の家を知っている。まさか、とは思うが確かめるべきだと勢いよく玄関を開けようとし――――――

 

 

「――――――お下がりくださいませ」

 

「狂三……っ!?」

 

 

 手で、その勢いを殺された。否、その細く華奢でありながら力強い手のひらだけではない。狂三の瞳が違う(・・)。それは、日常を過ごす彼女の瞳ではなく、何かを喰らう(・・・・・・)精霊のものだ。

 その狂三が告げている。この先にいるのは七罪ではないと(・・・・・・・)

 

「士道さんはわたくしの後ろに――――――絶対に(・・・)、一歩であろうとわたくしの前に出てはなりませんわ」

 

「……わ、かった」

 

 緊張で唇が渇いて言葉が詰まったが、何とか返事を返す。纏う雰囲気を一変させ、狂三は玄関の扉を開け放ち真っ直ぐにリビングへと向かう。

 彼女に続く形で靴を脱ぎ歩みを進める。なんだ、彼女にここまでの空気を纏わせる〝モノ〟はなんなのだ――――――その疑問を氷解させたのは、リビングのソファに腰掛けた〝人間〟の姿だった。

 

「な……」

 

 先程までとは違う驚愕が士道の顔を染上げる。狂三は……どこか、不愉快そうな微笑みをこぼした。

 

 

「――――――失礼、お邪魔していますよ」

 

 

 金色の髪と碧眼。一度見たら嫌な意味で(・・・・・)忘れられない人間……いいや、魔術師(ウィザード)がいた。

 

 

「――――――エレン・メイザース……!?」

 

 

 いるはずのない者。それは、DEMインダストリー〝最強〟の魔術師。エレン・メイザースその人だった。

 

 

 






残酷だと、悲しませるものだと知っていながら悪夢は諦めない。原初の絶望を〝なかったこと〟にするために。けれどそれは……おっと、ここから先は皆さんにとっては未来のお話でした(黒ウォズ感)

そんな狂三は自分とは違い救いの道を選べるのだと七罪に指し示します。そろそろクライマックスが見えてきましたが、この章は特に狂三の動向にご注目。狂三の大胆さ、葛藤、そしてまさかの手段にご期待いただければ幸いです。

次回、ポンコツもといエレンさんとの相対。そしてその先は……感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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