デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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繋がれたものは二人だけの想いではない。矛盾を孕みながらも士道を守り抜かんとする精霊、その結実。




第七十三話『繋がれた絆』

 

 

「あった!!」

 

 琴里からの通信が切れてから時間を置かず、士道は目的の場所――――避難用シェルターの入口に辿り着いた。警報発令からかなりの時間が経っているため正面の入口は閉じられている。が、公共のシェルターには、士道のように逃げ遅れた人のために非常用の入口が作られている。ここまで来てしまえば、後は最後の訴えを残すだけだ。

 

「七罪!! ここだ!! 破片が降ってくる前に急いで隠れるんだ!! いいな!?」

 

 張り上げた声は虚空へと消えていき、返される声は存在しない。

 

「士道さん、あとは『わたくし』に任せてくださいまし」

 

「……ああ」

 

 ここまでだ。ただでさえ、七罪が置いていかれないようにと士道は自らの足で非常用入口まで走って来た。これ以上、狂三の手を煩わせて困らせるわけにはいかなかった。悔しいが彼女の言うように、有事の対応力が士道とは違う分身体に任せる他ない。

 心なしかホッとした表情を見せた狂三が言葉を続ける。

 

「では、わたくしのお傍に。一息に〈フラクシナス〉まで――――――」

 

「……どうした? 何か――――――え?」

 

 不自然に言葉が途切れた彼女の様子を不審に思い、釣られるように空を見上げ……狂三が何に気づいてしまったのか理解した。雲の切れ間から覗く、小さな影。

 

「おい、冗談だろ……?」

 

 冗談であって欲しかった。なぜならそれは――――――琴里が撃ち砕くと、撃墜すると宣言した人工衛星そのものだったのだから。震えた声で、それが冗談でもなんでもないことを理解出来てしまっている。欠片も砕かれてはいない巨大な鉄の塊、絶望が落ちてくる結果(・・)など、未来視に頼らずとも見えてしまう。

 その瞬間、士道はシェルター入口から走り出した。

 

「士道さん!!」

 

 だが、走り出そうとした士道の手を狂三が掴んで止める。いつになく、その声は焦りを滲ませていた。

 

 

「っ、止めるな狂三!! このままじゃ……」

 

「どうするとおっしゃいますの!? あの位置では破壊したところで爆破術式が作動してしまいます!! もう手遅れ(・・・・・)ですわ!!」

 

「だからって――――――諦めるのかよ!?」

 

「っ……」

 

 

 どのような形であれ琴里側が迎撃に失敗してしまった。それは、受け入れ難い事だが無傷の人工衛星が落ちていることから確かなのだろう。

 墜落の衝撃と爆破術式。それによって失われてしまうものは天宮市だけではない。クラスメート、朝何気ない挨拶を交わす近隣の人、いつもよくしてくれる商店街の人々……そんなかけがえのない人命が失われようとしている。

 必死になって士道を止めようとしてくれている狂三の手を、彼は握り返せない。その意味、士道を慮ってくれている彼女の切実な願い――――――その想いと同じくらい、この状況を許容出来ないのだ。

 

 

「俺は諦めたくない!! みんな大切なんだ、諦めるわけにはいかない。俺じゃあ何も出来ないかもしれないけど、それは何もしないことの言い訳にはならないだろ!?」

 

「ですが、あなた様を失うわけには……!!」

 

「ああ、俺一人じゃダメかもしれない……だから頼む……俺に力を貸してくれ、狂三!!」

 

「――――――――」

 

 

 葛藤が、あった。

 

 狂三にとって最悪の事態とは、五河士道の命を失うこと。今この場で士道の意見を通してしまえば、その確率は恐ろしい高さまで上昇する。あの琴里が失敗したのだから、人工衛星以外にも何か原因があることは確実だ。

 方法は幾つか思い浮かんでいる。だがどれも確実性を欠く。なら――――――〝なかったこと〟に出来るのなら、ここで士道だけを逃がすのが利口なのではないか。この場をやり過ごし、万全を期してやり直す(・・・・)――――――それで、良いのか?

 良いに決まっている。だからこそ狂三は〝なかったこと〟にする事を目指している。踏みにじる想いも、命も全てを〝なかったこと〟にして――――――逃げるのか。

 

 この程度の絶望から逃げて(・・・)、時崎狂三は〝悲願〟を果たせるのか? 士道の期待に答えられず、彼の心を開けるのか?

 

 〈刻々帝(ザフキエル)〉は、何も語らない――――――まだ、未来は決まっていない(・・・・・・・・・・)

 

「――――〈神威霊装・三番(エロヒム)〉」

 

 〝影〟が螺旋を描き、紅い霊装を形作る。

 

 大切な命が消えかかっている。だが、まだ消えていない(・・・・・・・・)。なら――――――霊力の消費が少ないもの(最良の結果)を取るのが狂三のやり方である。

 士道を抱き抱え、狂三は絶望の空を飛んだ。

 

「っ、狂三!!」

 

「……撤退は、わたくしの判断でくだしますわ」

 

「え……?」

 

「わたくしも――――――始める前から諦めるのは性に合いませんもの」

 

 そんな物分りの良い精霊なら、多分こんな事にはなっていない――――――ああ、ああ。何度目なのだろうか、士道と狂三自身の物分かりの悪さに呆れ果ててしまうのは。

 

「それって……」

 

「欲張りなあなた様に付き合って差し上げる、と言っていますのよ。ああ、ああ。事が終わったら琴里さんに何と言われるか、想像が出来て悲しいですわ」

 

「すまん、ありがとう……!!」

 

 狂三が猛スピードで落下地点まで飛翔する。段々と、人工衛星の全貌が見えてきた。向こうも凄まじいスピードで落下を続けているのだろう、みるみるうちに巨大すぎる全体像が見えてきた。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【二の弾(ベート)】」

 

 背に出現した文字盤から影が躍り出て、いつの間にか手に収まっていた銃に装填され、狂三は迷いなく撃鉄を下ろした。放たれた弾丸は、あっという間に士道の視界の外まで飛んで行き、恐らくは人工衛星に突き刺さった。

 それがわかった理由は単純明快。人工衛星の落下速度が著しく停滞(・・)したのだ。いつかどこかで見た、緩慢な動き(・・・・・)だ。

 

「これは……」

 

「【二の弾(ベート)】の力は時間の停滞。少しは時間稼ぎになるでしょう。しかし、地表が近すぎますわ。この位置では、やはり……」

 

 破壊は困難。墜落の衝撃はなくとも、爆破術式が作動した瞬間に、アレは超特大の破壊力を以て天宮市をシェルター内部ごと消し飛ばしてしまう。言わばあの人工衛星は、単純な質量だけではなく爆弾としての性質を持つ性悪な代物だった。

 

「【三の弾(ギメル)】で時間を進めて劣化を促そうにも、あの術式が時限式である可能性は否定できませんわ。今の(・・)わたくしに出来るのは、アレの足を止めることくらいですわね」

 

「十分だ!! ここで壊せないなら……」

 

 それに、あれほど巨大な鉄の塊の劣化を促すなど、どれほどの霊力が必要かわかったものではない。もう一つ、【三の弾(ギメル)】と対を成す弾丸は未だ狂三の手には戻っていない。

 著しく緩慢な動きとなった人工衛星の真下。士道たちからは直上の位置に狂三が到達した。

 

 ――――――巨大過ぎる、絶望の体現。人の身には余る障害。狂三(精霊)ならまだしも、本来であれば士道(人間)が立ち向かうには、あまりに士道は矮小だ。

 

「頼む……!! 力を、貸してくれ!!」

 

 確かに、士道は矮小な存在だ。士道自身にアレをどうにか出来る力は備わっていない。だが――――――士道が借り受ける精霊たちの力は、決して矮小なものではない。

 狂三に支えられるように抱き抱えられた士道は、彼女に身体の全てを預け両手を空に向かって突き出した。

 

 幾度か力を借りた十香が持つ絶対の剣、天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。心優しき少女、四糸乃が持つ永久凍土の天使〈氷結傀儡(ザドキエル)〉。どちらも強力だが、破壊と停止では意味を成さない。故に、今士道が望む力はたった一つ――――――

 

 

「――――〈颶風騎士(ラファエル)〉!!」

 

 

 颶風の御子が持つ奇跡の風。全てを薙ぎ払う暴風だ。

 今できる中で最大限効果を発揮できる方法が、この天使の力を借りることだった。押し返す(・・・・)。単純であり最も効果的なやり方。

 雑念を払い、強くイメージする。求めし願いはただ一つ、護る。水晶が如き〝天使〟は、資質を持つ者の想いに答えた。

 

 吹き荒れる風が意思を持つように渦を巻き、特大の暴風領域を創り出した。

 

「い――――――けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 巨大な物体に向かってぶつける士道のイメージをそのままに、竜巻は人工衛星へと真っ直ぐに迫る。まさにその時、【二の弾(ベート)】が効力を失い衛星の速度が一気に加速し(元に戻り)――――――真っ向から激突した。

 

「ぐ……が……っ!!」

 

「士道さん!!」

 

「だい、じょぶ……だっ」

 

 激突の衝撃その物が伝わったような痛みが士道の全身を襲う。顔に苦悶を浮かべた彼を案じる狂三に、口角を上げて強がってみせる――――――人工衛星が勢いを増した。

 

「あ――――がっ!!」

 

「っ……無茶はやめてくださいまし!! これ以上はあなた様の身体が!!」

 

 全身の骨が砕け散ったのではないかという痛み。それを強制的に癒そうとする〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の炎。肉体を内部から痛めつけて炎が燃える地獄の釜に放り込まれる。拷問ならさぞかし効果的だろう。

 

 

「まだ、だ……っ!!」

 

 

 最も、この程度のことで音を上げるほど士道は諦めが良くない。人工衛星とドッキングしているスラスターの出力が上昇し、暴風を押し切らんとする。負けじと士道もイメージに込める力を強めるが――――――加速度的に疲労を蓄積していく士道と、軽く見積って数トンの重量を持つ推進する物体。齎される結果は火を見るより明らかだ。

 

 だとしても、士道は諦めない。伝わってくる、愛しい少女の温もりが。こんなところで、死ねるか。こんなものに、全てを潰されてたまるか。

 

 

「俺たちの……街に……ッ!! 落ちてきてんじゃ――――――ねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 全身全霊の力を引き出すように、士道は押し返される両腕を大きく広げた。拮抗していた風が、衛星を押し返す。が、そこまで。〝天使〟という人には過ぎた力を扱う代償で、士道は声を発する力すら奪い取られる。

 暴風が方向を失い散っていく。狂三が奥歯を噛み、苦渋の決断を下そうとしたまさにその瞬間――――――一陣の風が、凪いだ。

 

「……!?」

 

「く――――ははははははっ!! 我らの力を使ってその程度か、我が従僕よ!! まっこと情けないことよな……しかし、その心意気は見事だ!!」

 

「奮戦。夕弦たちの活躍はこれからです」

 

「ちょっ、それ打ち切り漫画のセリフじゃん!!」

 

「耶倶矢さん、夕弦さん!!」

 

 霧散しかけた風が、資格者である八舞姉妹の手によって再び暴風へとその姿を変える。待ち望んだ援軍に狂三は喜びを隠さず二人の名を呼ぶ。

 

「ふっ、喜べ吸血鬼よ!! 集いし者は我らだけではないぞ!!」

 

「集結。燃える展開です」

 

 大仰な芝居がかった声と平坦ながら力の籠った声が、これほどまでに頼れる日が来るとは。本当に、狂三は変わってしまったものだ。ああ、ああ。二人に言われずとも気付いている。冷気が混ざった風(・・・・・・・・)。その暴風を支えるように、氷で編まれた壁が仰ぎ見る空にあることも。

 

「士道、さん……狂三……さん……!!」

 

 狂三が士道を抱えながら振り向く。そこには、ウサギの人形にしがみついた四糸乃の姿があった。ようやく声を出せるまで焔で回復した士道が、痛む身体を忘れ驚きの声を上げた。

 

「四糸乃……耶倶矢に、夕弦まで……なんでここに!?」

 

「御三方だけではありませんわ」

 

「シドー!!」

 

「だーりん!!」

 

 狂三の言う通り、間を置かず聞き慣れた二人の声が響いたと思うと、光を纏った限定霊装を着た十香と美九まで姿を現した。

 

「十香に……美九も……!!」

 

「うむ、琴里にシドーや狂三、皆が危ないと聞いて急いで転送してもらったのだ。間に合って良かったぞ」

 

「琴里さんは? あちらで何かトラブルがあったのでしょう?」

 

「敵の空中艦と戦ってますよー。まあ、多分そっちは任せておけば大丈夫だと思いますけどー」

 

 美九の説明で合点がいく。人工衛星が欠片も損傷せずに地上へ落ちてきたことはそれが原因なのだろう。必然的に、艦による妨害が存在していると見るべきだ。厄介だが、しかし十香たちが来たからこそ戦いはようやく無謀から勝利の可能性があるスタート地点に立つことが出来たと言える――――――まだ、欠けているピースはあったが。

 

「すまん……助かった。みんなが来てくれなきゃ、正直ヤバかった」 

 

「何を言う。私たちを助けてくれたのはシドーではないか。これくらいでは返せぬ恩を、私たちは既に受けている」

 

 その想いと恩は皆同じなのだろう。十香の言葉に皆が残らず頷いた。

 

「みんな……」

 

「ふふっ、素晴らしいですわ士道さん。これも全て、あなた様の想いが繋がれた結果ですわね」

 

 士道が諦めなかったから、誰一人としてその手を離さず駆け抜けたからこそ、今この場においての希望となった。そう言って微笑む狂三に対し、十香は更に言葉を繋げる。

 

「何を言っているのだ。それは狂三も同じだぞ」

 

「……わたくし?」

 

 キョトンとして目を丸くする。そんな狂三を見て、うむ! と何度も頷く十香。いや、またもや十香だけでなく全員がそれに賛同していた。

 

「シドーは私たちを助けてくれた。だが、そのシドーを護ってくれたのは狂三、誰でもないお前だ」

 

「士道さんを、助けてくれて……ありがとう、ございます……」

 

「わ、わたくしは別に……」

 

 ただ目的のために、士道の霊力のために彼を護っている。彼女たちのように純粋な想いだけではない。しかしそんな狂三の考えを知ってか知らずか、八舞姉妹や美九までここぞとばかりに乗っかってきた。

 

「うむ、我らも狂三には救われたと言っても過言ではないな。その上、我が従僕の士道を護るとはやるではないか」

 

「……な、成り行きでそうなっただけですわ」

 

「慧眼。照れています。狂三のこんな姿は珍しいです」

 

「やーん!! 狂三さんの貴重な照れ顔を拝むチャンスですかー!?」

 

「待った。それ見ていいのは俺だけだからな!!」

 

「な、な……っ」

 

 訂正。士道まで悪ノリしていた。こんな状況だと言うのに、全く能天気が過ぎると狂三は咳払いを一つして、隠し切れないほど赤く染った顔を背けながら声を発した。

 

 

「団欒を楽しんでいる場合ではありませんわ。今はどうか、皆様の力をお貸し下さいませ」

 

「ああ、頼む……みんなの力を貸してくれ!!」

 

 

 あの絶望を止めるために。絶望なんかに士道たちの希望を消させはしない。全員が頷き、霊力の高まりは十分。微かな希望が彼らの手の中に――――――しかし。

 

 

「…………」

 

『…………っ』

 

 

 紅と金の瞳が見据える未来への条件にはそれだけでは足りない(・・・・・・・・・・)。その瞳に映せし未来を掴むために賭けるもの(・・・・・)は――――――一つしか存在しなかった。

 

 

 

 






やり直せる、と言っても狂三は十二の弾を一度も使ったことがないのでホントのホントに奥の手なんですよね。これ、〝なかったこと〟に出来る弾丸なのにその性質上、二回目三回目を前提にできるのか、って不安要素あるので。
下手に過去改変して逆に詰んで霊力足りねぇとか普通に有り得ますし。という事情もあり本人が思ってるより士道の安全確保は重視しちゃってます……まあ、どっちかと言えば個人の感情の方が強いとは思いますけど(小声)

前までの狂三ならあくまでギブアンドテイクな感じで人に頼ったりはしなかったかもしれませんけど、この辺は万由里編でも一人の限界を認識してます。それが狂三にとってどうなるのか……なんでも出来ると思わせるのが時崎狂三で、それをする必要が無い立場になった時何をしでかすのでしょうね。

ちなみに完璧に狂三最強無双で書くとしたら四の弾で大体解決するんじゃねぇかなって身も蓋もないこと思ってます。霊力の限界はあるにしろ便利ですよねダレット、便利すぎて困るくらいには()

次回、絶妙に不穏な引きを残しながら七罪編クライマックス。感想、評価、お気に入り大変励みになってます、ありがとうございます!どしどしお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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