デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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七罪編クライマックス。女王様、平然とそういうことするよね。




第七十四話『女王の賭事』

 

「アイク!!」

 

「やあ、エレン。素敵な登場だが、少しノックが荒っぽいのではないかな」

 

 インペリアルホテル東天宮スイートルーム。天宮市を一望できる巨大な窓の一部が四角に切り抜かれ、その向こうからCR-ユニットを纏って滞空しているエレンの姿があった。これをノックと言い張るにはかなり無理があるやり方を見ても、ウェストコットは楽しげに冗談を口にするだけだった。

 

「冗談を言っている場合ではありません。今すぐ逃げてください。先の取締役会での造反組が、あなたを狙ってここに人工衛星を墜落させるつもりです」

 

「ああ、聞いているよ。先ほど私の方にも連絡がきた」

 

 その連絡は意外でもあり、同時にウェストコットの心を踊らせるものでもあった。素晴らしい、と読み違えた相手に賞賛の声を送りたくなるほどに。

 

「まさか、マードックに、これほどの度胸と実行力があるとは思っていなかったよ。暗殺者を寄越すのではなく、廃棄予定の人工衛星を使うという手も面白い。いやはや、彼を過小評価していたかもしれないな。素晴らしい人材だ。イギリスに帰ったなら、褒めてやらねばならないな」

 

 飼い犬に噛まれたというのに、ウェストコットは酷く楽しげだ。いいや、本当に楽しいのだ。自分の予想を超える動きをした、あの者共の足掻きが。ともすれば、エレンに腕を切り落とされたことで(・・・・・・・・・・・・)、それほどの度胸がつくほどマードックという男は狂ってしまったのかもしれない。

 

「……アイク。とにかくこのままでは危険です。私が随意領域(テリトリー)で保護しながら、できるだけ遠くへ飛びます。必要なものを纏めてください」

 

「別に、ここでも大丈夫だろう。何、大したことにはならないさ」

 

「……確かに、私と一緒ならば、随意領域で被害を抑えることは可能でしょう。ですが、万一ということがあります」

 

 何事にも絶対はない。〝最強〟であるエレンとてその法則には囚われる。一生の屈辱(・・・・・)を味わった彼女にはそれがよく理解出来ている。

 こんな事になるなら、アイクに逆らう愚か者たちの腕ではなく首を跳ね飛ばしておくべきだったと、後悔先に立たずの言葉が浮かんでしまう。

 が、ウェストコットはそんなエレンの様子を見ても汗一つ見せず冷静に声を発した。

 

「いや、それ以前に、私はマードックの作戦は失敗すると踏んでいるよ」

 

「どういうことですか」

 

 ウェストコット一人を始末するために、エレンという最強の護衛でさえ対処が難しい人工衛星を使う。更には空間震警報を使い全ての責任を空間震に押し付けることで、DEMは〝被害者〟なのだと大衆に知らしめ会社の乗っ取りを狙う。

 ――――――些か雑ではあるが(・・・・・・)、ウェストコットも驚く合理的な手腕だ。だが、マードックたちは知らない。この天宮市がどのような意味を持っているか。正確には、この天宮市に住む彼ら(・・)の事をマードックは知り得ないのだ。

 

 

「ここ天宮市は精霊たちの生活基盤にもなっている。〈ラタトスク〉の空中艦がいるのもまず間違いないだろう。彼らならば、きっと何とかするだろうさ。何しろ、あのエリオットが作り上げた組織なのだし――――――イツカシドウもいるじゃないか」

 

 

 〝あの〟エリオットが創始者となり生み出した組織が、マードック如きの策略に撃ち負けるはずがない。これこそ些か傲慢な考えかもしれないが、ウェストコットはかつての同志(・・・・・・)に対する正当な評価をくだしているつもりだ。

 それ以上に、あの少年ならば(・・・・・・・)、という不可思議な感覚が、期待と言い換えてもいい想いがウェストコットにはあった。何故なのか、理由は彼自身にもまだわからない。しかし彼は――――――

 

「……信じられません。そんな理由でここに留まるというのですか?」

 

「ああ。いけないかな」

 

「当然です。あなたは自分の重要性をわかっていないのですか」

 

「ふむ……」

 

「アイク」

 

 もはや咎めているのを隠していない。しかし、ウェストコットとてエレンの言いたい事はわかっている。

 

「わかったよ。ではこうしよう。確かに万一ということはある。マードックは周到だ。二の手、三の手があることも十分考えられる。だから――――――」

 

 視線を窓から部屋の中心に戻す。そこには、エレンが現れた当初からいたというのにただの一言も発することをしない、寡黙な少女が立っていた。

 

「彼女を、現場に派遣しておこう」

 

「……彼女を、ですか」

 

「ああ、〈メドラウト〉のちょうどいい試運転になるだろう――――――君の力を見せて欲しい。どうかな?」

 

 刃物のように鋭い双眸が少女を射貫く。

 

 

「…………」

 

 

 剣呑な眼力に見定められ……それでもなお、少女は何も言わず、ただこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 人工衛星を巡る戦況は精霊たちの増援という形で新たな展開を迎え――――――再び士道たちの劣勢を余儀なくされていた。

 

「〈バンダースナッチ〉……!?」

 

「ちっ――――――『わたくしたち』!!」

 

 空の彼方から襲来した無数の〈バンダースナッチ〉。正確な数を推し量ることは出来ないが、少なく見積っても二百、いや三百は下らない。即座に狂三が分身体を呼び出し対抗するが、状況は確実に劣勢の一途を辿っている。

 美九の【行進曲(マーチ)】で力を増した八舞姉妹が、破壊可能な遥か上空まで暴風で押し上げる作戦。当初は上手くいっていたが……限定的な解放なのもあり、時間がかかりすぎる。更に〈バンダースナッチ〉から襲いかかるマイクロミサイルが要の八舞姉妹、落下を氷の壁で防ぐ四糸乃、演奏でサポートをする美九の体力を削りにかかった。

 それぞれが防御を試みるだけではなく、『狂三』が時には撃ち落とし、時には自らを盾にする(・・・・・・・)事で致命傷は防いでいるが……。

 

「みんな!! こいつら――――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 

「十香さん!!」

 

「わかっている!!」

 

「――――【一の弾(アレフ)】!!」

 

 回復した士道が召喚した〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の斬撃。地面を蹴って空を飛んだ十香へ、狂三が加速の弾丸を用いて彼女の動きをサポートする。『狂三』たちの攻勢も含めて、一気に人形を切り裂いて潰して行く。

 

「これなら……なっ!?」

 

 耶倶矢と夕弦たちに声を、と考えた士道はその光景に目を向いた――――――別の方向から、百を超える〈バンダースナッチ〉の増援が襲来した。

 

「多すぎるだろ、なんだよこれ!!」

 

「しかも、ご丁寧に『わたくしたち』は無視して耶倶矢さんたちだけを狙う利口さですわ。忌々しい、忌々しいですわ」

 

 目を細めて迫る〈バンダースナッチ〉を撃ち落とす狂三を見遣りながら、士道も必死に剣を振るって耶倶矢たちに攻撃を仕掛ける人形を切り飛ばす。

 狂三の言う通り、〈バンダースナッチ〉は攻撃を仕掛ける『狂三』には見向きもせず、身動きが取れない耶倶矢、夕弦、四糸乃、美九への集中攻撃を仕掛けていた。この人形の厄介極まるところは、死を恐れないこと(・・・・・・・・)。数の暴力は『狂三』によって痛いほど証明されているが、人形は彼女たち以上に死を恐れず、死を厭わず冷酷に攻撃を加え続けることが出来る。

 

 しかし、それにしたってこの数は異常だ。『狂三』と〈バンダースナッチ〉。数の有利において、圧倒的に力があるのは『狂三』だ。そもそもの保有数(・・・)が違うのだから、こんな扱い方をしていては〈バンダースナッチ〉がすぐ底を尽きるに決まっている。にも関わらず、このような後先考えない愚策を取る理由――――――はたまた、後がないから(・・・・・・)取れる方法か。どちらにせよ、〈バンダースナッチ〉側に勝ち目はない……狂三に対しては(・・・・・・・)

 

「くそっ、これじゃあ耶倶矢たちが……!!」

 

 本来の霊力が扱えない中で、〈バンダースナッチ〉の急襲。今も踏ん張ってはいるが、決して無傷とはいかない。着実に消耗を余儀なくされていた。もう一度、〈颶風騎士(ラファエル)〉を使い人工衛星を上昇させる援護を行うことも考えたが……その場合、士道が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を使い十香と人工衛星を破壊するというプランが取れない可能性があった。

 

「このままじゃ……けど、どうすれば……!!」

 

「…………」

 

 妙案が浮かばない。というより、考えを巡らせる暇すらない。そして、共に戦う狂三は沈黙を保っている(・・・・・・・・)。彼女がこの状況で何を考えているのか、それを想像する時間もなく撃ち漏らした〈バンダースナッチ〉が二人に襲いかかる。

 

「この……!!」

 

 直接戦闘能力は低い狂三と言えど、〈バンダースナッチ〉如き敵ではない。古銃から放たれる影の弾が次々と火花を散らして落ちていく。士道も剣を振るい二体、三体と人形の胴体を切断し捌く――――――が、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の連続使用など今の士道がするには自殺行為に近い。

 

「ぐ……っ!!」

 

 膝をつく。それが戦場においてどれだけ致命的な隙になるのか。素人だろうと理解が出来てしまう。〈バンダースナッチ〉が向かってくるのが霞む視界で見て取れる。当然の判断だ、士道さえ殺してしまえばこの戦いは完全に瓦解する。最も、そんな感情は表情のない死神には存在しないだろうが。

 

「シドー!!」

 

「だーりん……!?」

 

 十香たちが異常事態に気づき声を上げるが、彼女達も〈バンダースナッチ〉の壁に阻まれ身動きが取れない。今動けるのは、士道の周りにはいない(・・・・・・・・・・)『狂三』と――――――

 

 

「――――――え?」

 

 

手を広げ無防備に目の前に立つ(・・・・・・・・・・・・・・)、時崎狂三だけだった。

 

 時が止まってしまったような静寂。士道の感覚から全ての音が消えた。手を伸ばした先で――――――〈バンダースナッチ〉がその剣を狂三目掛けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……、……、……」

 

 鼓動が速い。押し殺す息すら荒くなっていくのを抑えるのがやっとだ。それが誰のものかなど、七罪自身のものだと言うまでもなかった。

 

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。祈るように、縋るように、己に言い聞かせる。士道と狂三があの人工衛星を止めようとし始めた時はどうなる事かと思ったが、駆けつけた仲間たちが彼らを助けてくれた。だから――――――追い詰められているように見えても、大丈夫なはずだ。

 

「はっ……ぁ」

 

 そうだ。危機的状況に見えても、きっと一発逆転の手段を用意しているはず。士道があのエレンに襲われた時、華麗に士道を守り切った狂三がいる。十香たちがいる。なんだったら、狂三の仲間の白い精霊だっているはずだ。今更、七罪がノコノコ出ていって何になる。

 

「……大丈夫よ……どうせ、誰かが助けてくれるんでしょ……? 早くしなさいよ……」

 

 七罪ではない誰かが、きっと(・・・)。そう願っていた彼女の眼前で、膝を突いた士道に向かって〈バンダースナッチ〉が襲いかかる。士道を容易く切り裂く、光の刃の輝き。エレンに切り裂かれた痛みを思い出し、心臓がギュッと縮まったように痛くなった。

 

「大丈夫よ……狂三が、いるじゃない……」

 

 このままでも士道は死なない。彼を護る精霊が常に近くにいて、その彼女がこの危機を見逃すはずがない。あんな人形の一体や二体、簡単に撃ち壊してしまう。だから、七罪の出番なんて必要ない。七罪の力なんて邪魔になるだけだ。

 ほら、七罪の想像通り、狂三は士道の前に姿を現した。

 

 

「――――――――ぇ」

 

 

 ただし――――――七罪が望む形ではなかったが。

 

 それを見た時、頭が真っ白になった。その瞬間になってようやく――――――七罪は、皆を救える『誰か』は一人しか存在しないことに気づいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――間に合わない。

 

 飛びつくように足を蹴り上げた士道は、そう直感的に悟る。そもそも、士道を守るために前へ出た狂三を、逆に士道が守るためにどれだけ努力したところで間に合うはずがない。

 

 

「――――――飴、玉……?」

 

 

 そう思ったからこそ、狂三と僅か数センチともない距離でレーザーブレードを防ぐ飴玉(・・)を見てポカンと口を開いた。その飴玉の正体が、士道のポケットから飛び出したチュッパチャプスだと気づく間に、それがレーザーブレードを弾き返して〈バンダースナッチ〉の頭部を破壊し――――――

 

 

「な……七罪!?」

 

「…………」

 

 

 数秒と使わず、魔女のような霊装を纏った少女が姿を見せた。街中を歩き回って探していた少女が、まさか灯台もと暗しで潜んでいた驚きと、飛び出してくれた驚きと、狂三が取った行動への驚き。三種の驚きで身体を硬直させた士道の見守る中、七罪は顔を伏せプルプルとその身を震わせたかと思うと。

 

 

「――――――ばっっっっっっっかじゃないのッ!?」

 

 

 小柄な身体のどこから出したのかという大声を上げ、狂三へ勢いよく掴みかかった。

 

「お、おい七罪!?」

 

「あんた何してんの!? あんたならもっと他に士道を助けられるやり方あったでしょ!! なんでこんな……!!」

 

 慌てて狂三と七罪の元へ駆け寄って肩を掴むが、小さく見えても精霊は精霊なのか士道の力ではとても引き剥がせない。当の狂三は至極落ち着いた様子で七罪を見て……ふと、ホッとしたように(・・・・・・・・)息を吐いた。

 

 

「……やはり、士道さんの傍にいてくださったのですね。安心いたしましたわ、七罪さん」

 

「今はそんなこと聞いてるんじゃ――――――ちょっと待って。あんた、まさか」

 

「ええ、ええ――――――こうでもしないと、七罪さんが出てきてくださらないと思いましたから」

 

 

 唖然とした表情になったのは七罪だけではなく、士道も同じだ。彼女が何を言っているか、一瞬理解に苦しんだ。多分、彼女と出逢ってからの理解できないリスト一位に躍り出たかもしれない。つまり狂三は、七罪を引っ張り出すために(・・・・・・・・・・・・)自ら敵の攻撃の前に立ったのだ。

 狂三の霊装から手を離し、よろよろと後退る七罪。彼女の自嘲気味な笑いが響いた。

 

「は、はは……何よ、それ。まんまと乗せられたってわけ……どうせ、私が出なくてもなんかとしちゃったんでしょ? バカは私だったってわけ――――――」

 

「いえ、七罪さんが出て来なかったなら、わたくしは今頃バッサリ斬られていますわ。危ないところでしたわね」

 

『はぁ!?』

 

 七罪と士道が二人揃って仲良く目を剥く。策がない(・・・・)。〝あの〟時崎狂三が、事実上そう言い切ったありえない現実。驚愕に驚愕を重ねられ、思考は停止寸前まで追い込まれたが段々と状況と狂三がしでかしたこと(・・・・・・・)が読み取れた。

 今に思えば、なぜ不思議に思わなかったのか。数で有利な『狂三』が、不自然に士道の周りにだけいなかった(・・・・・・・・・・・・・)のか。

 

「わたくしも賭けでしたわ。霊装があると言えども、無意味に斬られる趣味はありませんもの。まあ、ここまで追い込まれれば出てきてくださると信じていましたけど」

 

「っ……頭おかしいんじゃないの!? そんなの、賭けになってない!! どうして私なんかをそこまで……」

 

「あら、あら。信じていたのは、七罪さんだけではありませんわ」

 

「え……?」

 

 優雅で大胆な微笑み。士道が見慣れたそれが、向けられたそれが、今だけはあまりにも理不尽で呆れて物も言えない笑みに見えた。そんな士道の心境を知ってか知らずか、狂三は手繰り寄せた未来を誇るように(・・・・・)喉を鳴らした。

 

 

「士道さんが七罪さんを守ろうと……信じているとわかっていましたから――――――七罪さんを信じる士道さんを、わたくしは信頼したまでですわ」

 

 

 ただ、それだけ。全幅の信頼を寄せる士道が信じる人物を、狂三は信じた。それだけでしかない、となんて事ない風に語る愛しい少女の姿に――――――様々な感情が込み上げすぎて、逆に脱力を起こした。

 

「……全部終わったら、説教だからな」

 

「あら、いつも士道さんがなさる無茶に比べれば、現実的な手段を取ったつもりなのですが……」

 

「だからだよ!! 心臓が止まるかと思ったんだからな……っ!!」

 

 士道と違って狙って無茶をした(・・・・・・・・)狂三は相当にタチが悪い。これで自分の安全も確保していたならともかく、全くその事を考えていないのだから本当に怒りが込み上げてくる。人の心配をあれだけしておいて何様なのだと言ってやりたい。

 

「……なんなのよ。なんで、そこまでするのよ……私なんかいなくたって……」

 

「そもそもの前提が違いますわ。今はわたくしより七罪さんのお力が必要だから、こうしたまでですわ」

 

「え……」

 

「わたくしには成すべきことがありますわ。このようなところで、無意味に命を天秤に賭けたつもりはございませんの」

 

 必要だから行う。必要だと思ったから命をかける。全てを救いたいと願う士道と、彼とは目的は異なる狂三。しかし、狂三は士道の理想を尊いものだと感じている。

 

 

この時崎狂三(・・・・・・)が――――――命をかけるに値すると判断したのですわ」

 

「…………ぁ」

 

「わたくし、よく皆様に買いかぶられるのですけれど、一人だと出来ることはそう多くありませんの。だから……七罪さんの(・・・・・)、皆様の助けが欲しいのですわ」

 

 

 誰でもない、七罪の助けが欲しい。彼らを助けられる『誰か』を求めていた――――――それが七罪なのだと、狂三は言う。こんな捻くれて自虐的で良いところがなくて悲しいだけの存在を……この不遜で鼻持ちならない癖に性根が見え隠れしている少女は、必要だと言っている。

 

 でも、結局は判断したのは七罪だ。七罪を変えてくれた士道たちがいたから、『変身』した七罪は狂三を助けた――――――持ちえなかった〝勇気〟を、いつの間にか七罪は手にしていた。

 

 

「そういうわけですので、どうか、非力なわたくしを助けてくださいませんこと――――――可愛い、可愛い、七罪さん」

 

「何が非力よ。ばーかばーか――――――さっさとやるわよ」

 

 

 ドレスのスカートを摘み優雅なお辞儀で畏まった狂三に対し、七罪は帽子の唾で顔を隠して憎まれ口を叩きながらも――――――手伝う(・・・)と言ってくれた。心を開いてくれなかったあの七罪が、やり方はともかく狂三の手腕で確かに心を開いたのだ。

 

「七罪……」

 

「なにボサッとしてんのよ。あのデカいの、壊すんでしょ」

 

「……おうッ!!」

 

「――――――長い作戦会議は終わりまして? 『わたくし』」

 

 〝影〟が蠢いて『狂三』が姿を現す。ハッとなって上を見上げると〈バンダースナッチ〉の数がかなり減ってきている。が、押し返していたはずの人工衛星はジワジワと風と氷を押し返し始めていた。

 

「ええ、ええ。世話をかけましたわ『わたくし』」

 

「まったくですわ。色ボケしすぎたのではなくて?」

 

「……今回ばかりは、否定できそうにありませんわね。十香さんをこちらへ」

 

「承りましたわ」

 

 珍しく分身体への皮肉を受け止めながら、狂三は分身へ指示を出す。十香をこっちへ、ということは人工衛星を破壊する算段なのだろうが……。

 

「けど、どうするんだよ。あれを壊したら爆破術式が……」

 

 八舞姉妹の余力も残り少なく、当初の押し返すという手段は使えない。このままでは天宮市は火の海へまっしぐらなのだ。そんな士道の様子に慌てる事なく、すっかりいつもの調子に戻った狂三が返事を返す。

 

 

「あら、あら。お忘れですの士道さん。七罪さんがどのような〝天使〟をお持ちなのかを」

 

「――――〈贋造魔女(ハニエル)〉!!」

 

 狂三の言葉を引き継いで答えたのは七罪だ。箒型の天使を掲げ、展開された先端から目を覆ってしまう眩い光が溢れた。

 

「わっ、ちょ、なにこれ!?」

 

「驚愕。ブタさんです」

 

「な……っ」

 

 耶倶矢と夕弦の声に一瞬遅れて、士道も二人と同じような驚愕の声を上げた。光が溢れる前と今。僅か一秒程度の間に、あの絶望を齎していた人工衛星が超巨大なブタさんのマスコットに変貌していたのだ。

 

「流石は七罪さん。ご期待通りですわ、ありがとうございます」

 

「無理に褒めなくていいっての――――――ほら、早くしなさいよ」

 

 苛立たしげに、しかし僅かながらではあるが照れたような声色で七罪は言う。

 ふと思い出したのは七罪と最初に出会った時のこと。あの時の七罪は、ASTに襲われて今のようにミサイルを全く別の物体に変化させていた。その時、着弾したミサイルは素っ頓狂な爆発しか起こさなかった――――――七罪の天使〈贋造魔女(ハニエル)〉は物体の外見だけでなく中身まで自在に変化させられる。

 それを正確に頭に入れていた狂三が狙ったのは、まさにこの力で破壊できる状況だったのだ。破壊できる状況さえ作ってもらえれば、この奇跡の体現たる〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の力があれば――――!!

 

「シドー!!」

 

「十香!! 七罪のお陰でアレを破壊できる……力を合わせてやるぞ!!」

 

「うむ!! ――――――その前に、狂三」

 

「はい?」

 

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構えながら、十香が視線だけを狂三に向ける。剣を構えたままだと、異様に迫力があるというか……否、構えだけでなくその目力のせいだと気づいた。整った顔立ちに凄まれると、下手なプレッシャーより余程効果があってちょっとだけ後退りする。

 

「……な、何かありまして?」

 

「――――――あとで皆と(・・)狂三に言いたいことがあるから、待っていろ」

 

「…………」

 

 何を言われるか、聡明な狂三にはよくわかる。彼女がこの瞬間に思い起こしたのは、以前エレンを相手に分身体を犠牲にして十香に殺人タックルを喰らった時のことだ。その際は分身体を使うという合理的な判断を下したが、今回は士道ごと騙す必要があったため本体が意図的に囮役を担った――――――要するに、全員お怒りらしい。

 士道に助けを求めようにも、困ったことに説教が内定している。拒否する以前に答えは聞いてない、という感じなので、わかりやすくどうしようもなかった。

 

 

「……善処すると出来るだけ控える以外の言い訳、考えておいた方が良いのでしょうか?」

 

「わ、私に聞かないでよ――――〈贋造魔女(ハニエル)〉!!」

 

 

 体のいい建前を用意するまで待って欲しい気持ちがある狂三を後目に、七罪は後詰の準備を始める。こうなったら出し惜しみはなし、もうやけっぱちだと名乗りを上げる。

 

 

「――――【千変万化鏡(カリドスクーペ)】!!」

 

 

 謳うは秘術。〈贋造魔女(ハニエル)〉が持つ最大にして反則に近い奥の手。他の対象ではなく天使そのもの(・・・・・・)が形を変えた。磨き上げられた鏡面のように輝く箒が、粘土のようにその姿を変貌させる。

 

「は……!?」

 

「ぬ!?」

 

 変貌を目の当たりにして目を丸くする士道と十香。それはそうだろう。何せ、天使が形を変えて顕現したのは一本の『剣』。幅広い刀身、黄金に装飾された外装。何を隠そう――――――天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉そのものだった。

 

 

「やるわよ――――――士道に悪戯していいのは、私だけなんだから!!」

 

 

 それを掴んだ七罪が士道の隣に並び立つと、不機嫌そうに見える目付きのまま彼を見遣り声を上げた。どのような理由であろうと、七罪が自分の意思で力を貸してくれている。その事が嬉しくて、士道は笑顔で彼女の想いに答えた。

 

「ああ――――――行くぞ、二人とも!!」

 

 ――――――三つの奇跡から光が溢れる。本来であればありえない奇跡の具現化である最強の一振。一振しか存在し得ないはずの剣が、十香、士道、そして七罪の三人の手にある。

 それによって齎される結果は――――――同時に振り抜かれた天使によって奇跡は現実となった。

 

 

『――――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!』

 

 

 めいいっぱい振り抜かれた剣の軌跡に沿うように、三つの斬撃が重なり合い対象へと迫る。最後の悪足掻きにも似た随意領域(テリトリー)がその力を逸らそうと展開されるが――――――

 

 

「おね、がい……!!」

 

「ついでに、持ってけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「渾身。えいやー」

 

『――――――――ッ!!』

 

 

 凍土が、暴風が、更には美九の勇猛な行進曲が。それぞれ最後の力を振り絞り斬撃の後を追う。不可視の壁は大きな音を立て砕け散り、残されたのは巨大なだけのマスコット。

 全ての力が集束するようにマスコットへと到達し、コミカルな音を立てて弾け飛ぶ――――――まるで祝福の雨のような無数のチュッパチャプスが辺りに降り注いだ。

 

 そのうちの一つを手に取って、クルクルと遊ぶように外装を剥いだ狂三が、茶目っ気たっぷりに飴を口に含んだ。

 

 

「皆様、全力を出しすぎですわ。わたくしの出番がありませんことよ」

 

「……可愛く食べても、許さないからな」

 

「――――――あら、残念」

 

 

 そうやって、一番のイタズラ娘(・・・・・)は困ったように微笑んだ――――――本当に困るのは、可愛すぎると言う事だと(・・・・・・・・・・・)士道は呆れたように安堵の息を吐いたのだった。

 

 

 

 




×人の心がない 〇段々と心を取り戻してるからこういうことを平然とし始める。

善処する(八舞編参照)(やらないとは言ってない)士道たちに黙って平然と命を天秤に置くの狂ってますね。HAHAHA、なにを今更。
別に狂三が恐れを知らないとか、命をどうとも思ってないとかではなく、狂三が士道に全幅の信頼を置いているから。それを選んだから士道が信じる七罪を信じただけの話なんですよ。やり方はともかく。やり方は、ともかく(大事な事なので) 狂三ちゃん、凝った演出大好きなのでね。

そんな七罪編の裏でちょっとだけウェストコットのお話。原作との違い、少しですが分かるかな?といったところで次回、七罪編エピローグ。
感想、評価、お気に入り、どしどしお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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