デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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鳶一エンジェル編、開幕。日常回です。タイトルが死ぬほど不穏だけど日常回です




鳶一エンジェル
第七十六話『崩壊の序曲』


 

 

 夢を見る。一人の、少女の夢だ。その内容は、どうしてか起きてしまえば何も覚えていない。本当の意味で、一時の夢幻。

 

 夢の中の少女は、幸福だった。裕福な家庭。子煩悩な両親。大切な友人。善良な少女は誰かに恨まれることも、誰かを恨むこともなく平穏な日々を送る。紛うことなき、純粋な女の子――――――それは果たして、士道が見る妄想の産物でしかないのだろうか。わからない。考える前に、この夢は露へと消える。あったのかもしれない。〝なかったこと〟になったのかもしれない。

 

 ――――――少年は、思う。五河士道は時崎狂三を救いたい。だが、狂三は彼の手を取らない。取れない(・・・・)、と彼女は言った。それを取らせるための戦争(デート)であって――――――ある意味では、いつか来る終わり(・・・・・・・・)を引き伸ばすための逃げでしかないのかもしれない。

 

 五河士道は時崎狂三に救われている(・・・・・・)。何度も、何度も、彼女は命を取るべき相手を助けてくれた。士道の理想に、力を貸してくれた――――――救われるだけでいいのか(・・・・・・・・・・・)士道の考えだけで(・・・・・・・・)、救いたいと、それで立ち止まっていいのか。

 士道と狂三は、己が想いに〝答え〟を出した。だが……その先にあるものは、未だ〝答え〟に辿り着いていない。

 

 時崎狂三が真に望むものを、五河士道は知らない。狂三の激情。狂三の願い。狂三の悲願。狂三の、過去(・・)。いつか、いつの日か、狂三の全てを知る時が来たならば、そのとき士道に何が出来るのか。何をしてやれるのか。

 

 今はまだ、士道はその〝答え〟を持たずに――――――

 

 

「ふふ……おはよう、士道くん」

 

「……ん、ああ、おは――――――う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 今日もまた、彼が願う平凡な日々が始まるのだ。

 

 

 

「…………顔、洗うか」

 

 霊力を封印したと言っても、元来の貧弱メンタルのせいか霊力が逆流した大人七罪の寝起きサプライズに頭を痛めながら、七罪を追ってバタバタと階段を降りていく琴里に遅れること数十秒、士道はようやく平穏な朝の一時を迎えた。

 まあ、あの様子じゃ捕まらないだろうなぁ、と階段を降りて洗面所へと向かい顔を洗う。冷たい水を浴び、さっぱりした顔を拭うためタオルを――――――

 

「はい士道さん。タオルですわ」

 

「ああ、さんきゅ」

 

 朝の大切な日課だ。やはり、人間これがなければやっていけないな。と狂三から渡された洗われて柔軟なタオルで一通り顔を拭いて一息をつき……。

 

「………………!?」

 

 ガタガタ、と物音を立てて壁に飛び退いて現実を見た。紅を基準に黒色も取り入れられたエプロン。初めて見る、狂三のエプロン姿。寝起きな士道の頭を完璧に叩き起すには、最高すぎる絵面だった。無論、脳内狂三フォルダにバッチリミナーした。永久保存版である。

 

「士道さん、反応が遅すぎますわよ」

 

「……いや、すまん。あとエプロン似合ってる。可愛い、ありがとう」

 

「っ……う、嬉しいですわ、嬉しいですわ。ありがとうございます」

 

 士道の賛辞には慣れているだろうに、普段とは違うことを違う姿でしたからか、少し照れた顔でモジモジとする狂三にまた心打たれて動けなくなる。

 彼女の夢を見たせいか(・・・・・・・)、数日ぶりの狂三に珍しく気づくことが出来なかった士道だが、何だか慣れ親しんだ関係のようでうん、たまには気づかないのも悪くないなとサプライズの重要性を再認識する。狂三が自然に家に入っていることに関しては、もはや咎める気持ちすらない。

 

「くっ……逃げられたわ。相変わらず逃げ足が早いんだから――――――」

 

 と、予想通り七罪を追い切れなかった琴里がその前を通りかかり、ピタッと足を止めた。眉の動かし、硬い表情をすること数秒。

 

「……ほどほどにしなさいよ、バカップル」

 

「狂三がいる事へのツッコミは無しか!?」

 

「この程度でいちいちツッコミ入れてたら切りがないのよ」

 

 それはそれで、妹の適応力に複雑な気持ちになる士道であった。そんな兄妹のやり取りを見て、くすくすと可笑しそうに笑う狂三。『いつも通り』とはいかないが、狂三がいるなんてことはない朝の一幕だった。

 

 

「――――――で、狂三。朝からどうしたんだよ。いや用事がなくても大歓迎だけどさ」

 

 場をリビングに移して、朝食を準備しようとしたら強引に座らされた士道が、先程からテキパキと動く狂三へそう問いかける。

 

「いえ、ふと思い立ったのですわ。士道さんにわたくしの手料理を食べていただきたいと」

 

「ありがとう。それだけで俺は一生戦える」

 

「そ、そこまで喜ばれても困ってしまいますわ……」

 

 ガッツポーズをして目を光らせる士道に狂三が苦笑を見せる。いやいや、何を言うのか。狂三の手料理、しかも朝食ときた。

 

「何言ってんだよ狂三。女の子が作る朝食とか、全高校生の夢だろ」

 

「あなたの場合は〝狂三の〟、が付くからでしょう。まったく、朝からデレデレして情けない」

 

 フン、と不機嫌な顔で椅子に座る琴里に見ても、悪いとは思うが上機嫌は揺るがなかった。勿論、他の精霊のみんなが同じことをしてくれたとしても士道は心から喜ぶし感謝するだろうが、やはり狂三は特別だと言えた。

 精霊をデレさせる人間が、一人に入れ込むのはどうかと思うのだが……琴里は彼がちゃんとみんなを見ていることを知っているので、軽口だけで済ませておいた――――――先日の一件で残った、一つの不安(・・・・・)を考えれば、士道が少し無理をしているのは琴里にだってわかる。

 

「ふふっ、わたくし、これでも料理は得意でしてよ。そんなことを仰る琴里さんも、唸らせて差し上げますわ」

 

「どうかしら。私、士道のお陰で舌は肥えてるのよね。正面から受けてたってやるわよ」

 

「おいおい……」

 

 士道を評価してくれているのは嬉しいが、素直じゃない黒リボンの琴里にそこまで言われると背中が擽ったくなる。まあ、一流シェフとは言わないまでもそれなりに料理に自信がある士道としても、普段はない誰かに作って貰った料理を食べるというのは、狂三が作るという理由がなくとも楽しみだった。

 

「そういや、狂三がここにいるってことは七罪と一緒に来たのか?」

 

「ええ、ええ。ちょうど七罪さんがいらっしゃったので、共にお邪魔いたしましたわ。士道さんを起こしていただこうと思ったのですが……」

 

「……なんで、それだけなのに霊力が逆流するんだよ……」

 

 元々そのつもりで来てくれていたのか、そうだとしても狂三に頼まれたのなら卑屈になる理由は一つもないはずである。士道だって七罪の善意は嬉しいに決まっているのだから。

 

「まあ、色々と考え過ぎて緊張が高まってしまったのでしょうね。士道さんなら大丈夫、と念押しはしたのですけど……」

 

「あの子の弱メンタルには困ったものだけど、最初よりは余程良くなってるから時間をかけるしかないわね」

 

 はぁ、と言葉通り困った表情でため息をつく琴里を見て士道は頬をかいた。七罪はコンプレックスの塊で、些細なことで機嫌を崩す子ではあるが一体何を考えたのやら……逆に、士道が例えば狂三の寝起きを起こそうとする心境を想像してみる――――――色々と危ないし、若干の犯罪臭がするので男女が逆では参考にならないなぁ、と締めくくった。そもそも狂三の寝起きを拝んだ事がない士道にとっては、夢のまた夢というやつである。

 

「お待たせいたしました。どうぞ、お召し上がりくださいませ」

 

「おぉ……!!」

 

 用意された朝食は、シンプル・イズ・ベストという名に相応しいものだった。白米、魚、味噌汁、その他定番の物を揃えながらも、これが狂三が作ったと言うだけで士道の目線からは輝いて見えた。と、置かれた皿の中で一つだけ控え目な小皿に目が行く。それは本来であれば、主食に該当するものであったので、士道は小首を傾げて狂三に訊いた。

 

「狂三、これは?」

 

「そちらは、わたくしの試作品……というべきものですわ。試作品と言いましても、きちんと食べられるものなのでご心配なく」

 

「それは別に心配してないけどな」

 

 今更、狂三が何かを仕込むとか考えられない。まあ、少しのイタズラがあるとかなら可愛いが、それだって仕込むにしても嫌がらせの類でない事は目に見えて予測できる。

 

 

「けど、懐かしいな。親子丼(・・・)か。四糸乃と一緒に食べた時を思い出すな」

 

「ええ、ええ。そうでしょう、そうでしょう。ですから――――――是非に(・・・)、食べていただきたいのですわ」

 

「ああ、それじゃあ……いただきます」

 

 

 手を合わせ、せっかくなので狂三が是非にと口にした親子丼の小皿を手に取る。懐かしさを覚えさせるこの金の輝き、一口分を士道は咀嚼し――――――

 

 

「――――――!!」

 

 

 目を、見開く。特別な味がしたとか、何かが仕込まれていたとか、そういったものではない。そう、ただ一つシンプルで鮮烈で究極の答え。

 

「――――――美味い。これ、すげぇ美味いよ」

 

美味しい(・・・・)。士道の歓喜を表すなら、その一言に尽きる。肉と卵の黄金比。それは完璧な調和(ベストマッチ)な関係を示すものだ。例えば兎と戦車、バカと天才、そんなベストマッチ……いや、アルティメットマッチな奴らとこの親子丼は一緒。それだけではない。恐らく調理法、調味料、処理の仕方まで士道とてここまで考えられるかは自信がない。それほどの力を、この親子丼から感じた。

 なんかちょっと士道のテンションがおかしくなりすぎて過剰な気がするが、とにかく士道はこれが世辞ぬきに〝美味い〟と言い切れる。

 

「あら、あら。ありがとうございます。ですが、まだまだ修行中の身ですわ。そのように褒められては照れてしまいますわ」

 

「いやいや、本当に凄いって。なぁ、琴里――――琴里?」

 

 謙遜が必要ない完成度だと士道は琴里へ同意を求めるが、肝心の琴里が同じく小皿を手にぷるぷると身体を震わせていた。

 

「お、おい、大丈夫か琴里……」

 

「――――――まだよ」

 

「は?」

 

「この程度で士道を超えたと思わないことね!! 私はまだ認めてないわよ!!」

 

「……は?」

 

 突然立ち上がり、ビシッと狂三へ指を指しそう宣言する琴里に士道は二度目を丸くした。ちなみに、箸ではなくちゃんと指で指す辺り行儀が良くておにーちゃん嬉しい、ではなくて。

 

「ふ、ふふ……琴里さんならそう仰られると思っていましたわ――――――ですが次こそは、琴里さんを唸らせるものをご用意いたしますわ」

 

「ふん、いいわ。いつでも受けてたってやろうじゃない――――――私は士道ほど甘くないわよ」

 

 ふふふ……と揃って怪しく睨み合う二人。なんだこれ、なんだこれ、と頭の中で言葉を反芻して。

 

「…………二人とも、ほどほどにな」

 

 やっぱりよく分からないので、冷めないうちに料理をいただくことにした。仲が良さそうなやり取りを止める理由はないだろう。よく分からないので思考停止した、とも言う。うん、これが当たり前の日常になれば良いな、なんて士道は思うのだった。

 

 

 朝食を済ませた後はいつも通りだ。一通り準備を済ませ、家を出る。違いと言えば、見送りに狂三がいるくらいか。

 

「では、行ってらっしゃいませ」

 

「…………」

 

「士道さん?」

 

「ああ、うん。なんでもない。行ってきます」

 

 ただ、なんか良いなと感動に浸ってしまっただけだ。これはなんと言うのだろう――――新婚さんプレイ? 言い方次第で、何とも不健全に聞こえてしまうから不思議だ。

 

「狂三はこの後どうするんだ?」

 

「七罪さんを訪ねてみたいと思いますわ。きっと今頃、今朝の出来事を後悔して自己嫌悪しているでしょうけど」

 

 そう優しく微笑んで言う狂三に、士道は彼女に気づかれない程度で内心驚いていた。狂三が士道を介さず霊力を封印された精霊に会いに行くのは、士道の知る限りでは初めてだと思ったからだ。だが、意外と言えど嬉しくないわけがない。狂三が精霊たちを気にかけ仲良くしてくれるのは、士道も望むところなのだから。

 

 

「……ん。そっか。七罪も喜ぶと思うぜ」

 

「さて、さて。わたくしに会ったところで喜ばれるとは思えませんけれど……まあ、七罪さんを刺激しない程度に努力はしてみますわ」

 

「そうしてやってくれ。俺個人としては――――――また、お前と学校へ通ってみたいんだけどな」

 

 

 冗談半分、ではない。飾り気のない士道の本心を狂三の目を真っ直ぐに見て告げる。狂三は彼の言葉を聞いて目を丸くして、それから少し寂しげな微笑みを見せた。

 

「そうですわね……士道さんとの戦争(デート)、短期間で決着をつけなければならなくなったら、また士道さんのご学友になってもよろしくてよ」

 

「……実質、俺が狂三の霊力を封印するしかないって事か」

 

「ふふ、そういうことですわ」

 

 割と真面目だったのだが、あっさりと振られてしまい士道は肩を落とす。狂三の言う〝短期決戦〟なんて状況は御免蒙る以上、士道が狂三を完膚なきまでにデレさせて霊力を封印し、〈ラタトスク〉が考える幸せな生活を送ってもらうしか方法はなさそうだ――――――本当に、それだけ(・・・・)でいいのか?

 

「っ……じゃあ、今度こそ行ってくる」

 

 チクリと頭を刺すような思考が浮かんだ……かと思えばすぐに消えた。それを振り払い、口惜しいが遅刻をするわけにもいかない。士道は狂三に手を振って踵を返し門の扉を開けた。

 

「あ、士道さん」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 と、呼び止められた士道は振り返る。何か言いたいことがあるのだろうか……歯切れが悪い躊躇うような表情。狂三にしては珍しいなと首を捻った。

 

 

「……いえ、どうかお気をつけて(・・・・・・)

 

「……? ああ、狂三もな」

 

 

 結局、そんなやり取りを交わして士道は狂三と別れた。その言葉の意味を、深く考えることもないまま。漠然と、いつも通りの日常を過ごす。

 

 ああ、だから――――――油断があったのかもしれない。手に入れた平和が、あまりにも自然すぎて。心の中で、〝彼女〟はいつものようにいるはずだと思い込んでいたのかもしれない。士道にとってはそれほど、〝彼女〟は学友としてだけではなく日常に溶け込んでいたのだと、後になって気付かされる。

 

 士道の席の左隣。〝彼女〟が彼の右隣の十香と無言で睨み合う日々が続いていたのも、その苦笑いを生む対決すら日常と化していたのも、遠い過去の話ではない。それが、まあ多少の限度はあれど士道の日常となっていたのだ。

 

 

「――――――実は、鳶一さんが急な都合で転校することになってしまいまして……」

 

「――――――――は?」

 

 

 そうして――――――呆気なく、士道の日常から鳶一折紙という少女は姿を消した。

 

 

 






大体七十話前の親子丼ネタ覚えてる人とかいるのだろうか。初期からここしかねぇと思っていたとはいえここに来るまで遠かったような短かったような……ベストマッチネタは個人的に納得行かなかったので絶対もう一回やろうとか思ってたこだわりです。お前飯ネタにビルドネタするの好きね。

五河士道が狂三を救うと願ったのは己のエゴ故です。それは狂三フェイカー編でも語ったこと。そして、そのエゴを肯定しながらも悲願は相反するものだからこそ、二人は本当の意味では相容れない。いつか二人は、答えを出さなければいけない。それが今あるものなのか、それとも全く別のものになるのか……これを組み込むと、終わりが近づいてきてるんだなぁと思います。

ちなみにもう鳶一エンジェル編はほぼ書き終わってます。ペース配分という言葉を知っているか???? 二日ペースの投稿もありなのかなと思ったり思わなかったり。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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