デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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ナツーミ回。そういやこの二人原作だと絡み少ないって思ったけど狂三自体そこまで他の精霊と絡みがないんだった。




第七十七話『求める物の先』

 

 

「う……う、うがああああああああああっ!!」

 

 枕に顔を埋めて叫び声を上げる。ついでに言えば、手足どころか全身を使って暴れ回るように転がっていた。何やら、いつか見たような光景の再現である。再現と言っても、そう時間を置いていない辺りが七罪らしいが。

 違いと言えば、場所が五河家隣の精霊用マンションである事と、今回は完璧な自業自得案件であるので暴れっぷりがもう清々しいことくらいか。と言っても、七罪の心に清々しさは欠片もないのは確かだろう。

 

 こんなはずではなかった。何故自分はこうなのだと嘆き苦しむ。士道たちのお陰でちょっと、ほんのちょぉぉぉぉぉぉぉっとだけ、本当の自分を認められるようになってきた七罪は、そうなる事ができた理由……士道たちに少しでも恩を返したいと、まずは朝起きて皆を起こしてあげようと考え――――――最終的に、大人のお姉さんバージョンへ変身して、下着姿になって士道と添い寝していた。

 なんで? と、七罪を知らぬ者なら問いかけることだろう。が、七罪にとっては海よりふかぁぁぁぁぁぁぁぁぁい事情があった……まあ、単純な話、緊張のし過ぎで霊力が逆流し無意識に変身してしまい、大人バージョンに引っ張られてしまったというだけなのだが。

 

 やらかした、やってしまったと頭を抱える。嘘泣きで騙した琴里から逃げ延び、自分の部屋に戻って霊力の逆流が収まったあとは、ずっとこれである。

 

「う、うぅ……」

 

 やってしまった事を悔いても仕方がないと人は言うが、悔いて嘆かなければやっていけないのが人というものだ。それに、今朝偶然出会った狂三のお墨付きをもらって、この始末なのだから後悔するなという方が難しい。士道への誘惑とか、なんと言い訳したら良いかわからなくなる。

 そう、こっそり士道の部屋に忍び込もうとした際、七罪は五河家を訪ねていた狂三と遭遇した。最初こそ心臓が飛び出そうなくらい驚いたが、そこは大人の狂三。落ち着いた対応で、快く七罪と話を合わせてくれた。

 

「七罪さん、埃が舞って掃除が大変ですわ。反省は必要ですが、後の事も大切になさってくださいまし」

 

 そうそう。ちょうどこんな風に気さく…………に………………。

 

 たっぷり五秒。思考停止した七罪が再起動をかけ、部屋の入口で開けた扉にノックの仕草をする狂三を見つけた。

 

 

「――――――なんでいるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 至極真っ当な驚愕だった。驚きながらも、毛布を掴み取り塹壕に隠れる兵士のような態勢へ移行する反応速度は、狂三をもってして褒めたいスピードだった。

 

「鍵、開いていましたわよ。警戒心の強い七罪さんにしては珍しいですわね。このマンションは厳重ですが、不用心は関心いたしませんわ」

 

「あ、うん。ごめん……じゃない!! なんで普通に入ってきてるのよ!?」

 

 多分、大人バージョンで帰ってきて多少の油断はあったのだろう。普段の七罪であれば真っ先に確認する鍵の閉め忘れを、あまりに自然な流れで忠告してくれるものだから、素直に受け入れてしまいそうになる。我に返った七罪は毛布の下から叫びを上げた。それを聞いても、狂三は悪びれた様子はなく肩を竦めて声を返す。

「チャイムを鳴らした拍子で、また天使を発現されては困りますもの。これなら驚いて天使を使う暇もないと思いまして」

 

「その逆転の発想を閃いた、みたいなノリで不法侵入するのやめて」

 

 ……まあ、確かに今のテンションだと狂三が言うように多少の驚きで〈贋造魔女(ハニエル)〉を使ってしまったかもしれないし、狂三の不法侵入に驚き過ぎて逆に天使を使えなかったのは事実ではある気がした。

 

「…………で、何の用。朝の事なら悪いと思ってるし、言われたこと一つこなせない情けない私に本当に何の用。こんな私が士道をどうにかするなんて思ってないですごめんなさいしにます」

 

「ジェットコースターも驚く急降下ですわね……」

 

 いつか見た美九の豹変時を超えるジェットコースターな機嫌急降下に、さすがの狂三も眉根を下げた。めちゃくちゃ不器用な警察官が掴めた木綿豆腐すら四散しかねないメンタルである。なんだったら絹ごし豆腐より柔らかい。

 

「今朝の事でしたら、七罪さんが謝るようなことはございませんわ。しっかり士道さんを起こしてくださったではありませんの」

 

「け、けど変身した私が、士道と……その……」

 

「? 何か問題がありまして?」

 

「え」

 

「はい?」

 

 二人揃って首を傾げた。何やら話が噛み合わない。七罪としては殺されても仕方ない。むしろ、私なんかが士道を誘惑してごめんなさい生きててごめんなさい死にますくらいの気持ち表明だったのだが、あっけらかんとしている狂三を見て思わず塹壕(毛布)から出てきてしまった。

 

「……いやいや、下着姿で添い寝よ? 殺されても文句言えないわよ? むしろ死にます本当にごめんなさい生きててすいません」

 

「すぐ死のうとなさるのはやめてくださいまし。別に、七罪さんが士道さんをどう誘惑しようと自由ですわ。わたくし、あの方の恋人ではありませんもの」

 

「……え、付き合ってないの? なんで?」

 

「…………い、いえ。なんで、と申されましても……」

 

 そんなこと訊かれたこともなかった、というように赤面して動揺を見せる狂三。同性の七罪からしても、口元に手を当て視線を逸らす仕草を含めて凄く可愛いと思えた。そうではなく、狂三が士道とお付き合い、すなわち恋人同士ではないという衝撃の事実が衝撃だった。衝撃が二個続くくらいには。

 

「だって……あの距離感で付き合ってないって説得力ないでしょ。士道だって明らかに狂三だけ特別視してるし、何の理由があって……あ、私に事情聞かれるなんて――――――」

 

「ああ、もう。そんな卑屈になさらないでくださいまし。それに、士道さんはわたくしだけ特別扱いしているわけでは……」

 

「いや、してるでしょ……」

 

 その程度、出会って日が浅い七罪にだってわかる。というか、封印前の濃ゆい交流の中で一番士道に近い位置にいて、士道もそれを一切拒んでいなかったのが狂三という精霊だった。

 お人好しの士道は、まず間違いなく精霊全員を気にかけていている。でなければ、毎回命の危機だったと語る精霊攻略なんて酔狂な真似はしない。その中で一際、七罪の目から見ても明らかに特別視され、特別な意味合いを持つのが時崎狂三だった。

 

「そう言われましても……まあ、一言で言葉にするなら、今日のような出来事は七罪さんに限った話ではない。というだけですわ」

 

「え……あ。あー……」

 

 一瞬、狂三の言っている意味がわからず疑問を浮かべた七罪だったが、すぐ彼女の言っていることを理解して声を漏らした。

 精霊に心を開いてもらい、封印する。それが示すものはつまりそういうことで、あのような美少女たちが士道に好意を持っていれば、これまたそういうことである。狂三が妙に寛容な理由もそこにあるのだろう。だが、そうなってくると、やはり最初の疑問が深まってしまう結果になる。

 

 

「……けど、士道が狂三を特別に想ってるのは事実なんでしょ――――――もしかして、前に士道を殺す(・・・・・)とか言ってたのと……?」

 

 

 思い浮かんだ光景の衝撃は、思い返しただけでも相当なものだ。言ってから、踏み込みすぎたかと後悔を表情に滲ませた七罪だが、そんな彼女でさえ訊かずにはいられなかった。それ程まで、七罪から見た士道と狂三の関係は特別で……それをして欲しくない(・・・・・・・・・・)から、事情を知りたいのだ。

 

 

「わ、私なんかが口を突っ込むべきじゃないんだろうし余計なお世話だってのはわかってる。でも……」

 

「……隠し立てする事ではありませんわ。わたくしは士道さんの霊力()を、士道さんはわたくしの(霊力)を、それぞれ奪い合う関係。それだけ、ですもの」

 

「っ……」

 

 

 憂いを帯びた表情に嘘は見られない。息を呑んで、それでも七罪は言葉を続けた。

 

「……どっちも、好きなのに?」

 

「ええ、ええ。傍から見れば、くだらないお話でありますこと」

 

「……思わないわよ、くだらないなんて」

 

 それを思えるほど、七罪は士道と狂三の関係を知らない。たとえ知っていたとしても、そんなこと考えない。

 士道は狂三の霊力を封印したい。その理由の憶測は立てられる――――――しかし、狂三の理由の憶測は立てられない。何を思って、狂三が士道の霊力()を狙うのか七罪は知らない。 そこまで考えて、もっと肝心なことを七罪は知らないと思い立った。

 

「……ねぇ、狂三は士道の霊力が欲しくて、士道は狂三の霊力を封印したい、のよね?」

 

「そうですわ」

 

「……それ、どうやって決着つけるの?」

 

「それは――――――」

 

 話し合いでどうにかなる事象ではない。好きあっているのに狂三がこうして語っている。それだけでは話が解決しないということに他ならない。

 訊くと、狂三は表情こそいつもの微笑みだが、少々言いづらそうにも見える顔で言葉を返した。

 

「……デートですわ」

 

「……? デートして、どうすんの」

 

「いえ、ですから……デートして、お互いをデレさせて、言わせた方が勝ちというもの、ですわ」

 

「…………は?」

 

 ぽかんと目を丸くして疑問符を浮かべる七罪に、狂三は耳まで真っ赤になって慌てて弁解の言葉を口にする。

 

「し、仕方ないではありませんの!! わたくしだって、改めて説明すると恥ずかしいですわ、照れてしまいますわ!! バカな事をしてると思ってもらって結構ですわ!!」

 

「お、思ってないわよ……決着つかないんじゃないのとは思うけど」

 

「…………それを、おっしゃらないでくださいまし」

 

 口を滑らせると狂三が少しどよーんとした空気を出して落ち込んだ。七罪の予想は、狂三にとっても的を射たものだったらしい。

 当人たちや〈ラタトスク〉は至って真面目だし長らくデートを続けているのだろうが、二人がそうなった経緯を知らず付き合いが浅くフラットな目線で見られる七罪からすると、これ以上どうデレるのか(・・・・・・・・・・・)。そういう結論に行き着くのは最もだ。

 

「何か良い方法はないかと、最近は探しているのですが士道さんは難敵ですわ。七罪さんは、何かご存知ありません?」

 

「良い方法って言ったって……そもそも、その勝負に私なんかが口出ししちゃダメでしょ」

 

「あら、あら。わたくしが良いと言えば良いのですわ。まあ、七罪さんは士道さんのお味方をなさるでしょうから、この質問自体に意味がありませんわね」

 

「わ、私は狂三を助けないなんて言ってないわよ」

 

「――――――わたくしが勝てば、士道さんは死んでしまうのですよ?」

 

 一転して鋭い視線を向ける狂三にグッと怯む。今すぐ毛布に包まって彼女の瞳から逃れたい衝動と、やはり私みたいな下等生物がこの件に関わるのは分不相応だ――――――そんな弱気をギリギリで振り払い、真っ直ぐに狂三の視線を見返した。

 

 

「そ、それは嫌だけど……狂三の目的を聞いてからでも判断するのは遅くないでしょ!! どんな理由があったって、士道が死ぬのは嫌だけど、あんたにだって相応の理由があるはずじゃない……」

 

 

どうして(・・・・)。漠然と、七罪はその疑問を浮かべた。今もってその考えはこびりついて消えていない。士道が死ぬのは嫌だ、当たり前だ。人工衛星が落下してきた時、七罪はそれを嫌というほど思い知った。だから、狂三の考えや目的に賛同することは出来ないかもしれない――――――けど、狂三が霊力を求める先を知れば、何かが変わるかもしれない(・・・・・・・・・・・・)

 

「上手く言えないけど……私は、狂三から事情を訊いてから考えたいと思う……だって、私たち、と、と、と……」

 

友達(・・)、ですものね。七罪さんは優しいですわね」

 

「っ……」

 

 優しげな表情で言う狂三。違う、そんなんじゃない。優しいなんて言われるほど、綺麗な気持ちじゃない。ただ、初めて出来た友達の皆を手放したくない。そして、〝変身〟させてくれた友達に少しでも恩返しがしたい。そう思っただけだった。

 今でさえギリギリなのだ。きっと、この気持ちがなければとっくに引きこもっている。ていうか引きこもりたい。友達と言ってもなったばかりで何様のつもりなんだお前は。はいすいませんと今すぐ土下座を決めたい気分だった。明らかに調子に乗りすぎた。と、ガタガタと頭を抱えて震える七罪に何を思ったのか――――――

 

 

「――――――これも全て、〝なかったこと〟になるのでしょうね」

 

「え――――――」

 

 

 気の緩みか、感傷か。どちらにしろ、時崎狂三らしくもないミスだったのだろう。なんでもありませんわ、と首を振る狂三。

 そんな狂三に怪訝な表情を見せ、彼女が言った言葉の意味を考える。七罪は、何度も言うが士道や他の精霊達より狂三との付き合いが短い。しかし短いながらも、彼女が命を懸けて他者を助ける人物(・・・・・・・・・・・・・)なのは文字通り、身をもって知っている。

 だから――――――狂三の目的の先(・・・・)、霊力を手に入れた先にあるものは、彼女が命を懸けるに値する〝何か〟があるのだと思った。

 

 〝なかったこと〟になる。何が……〝なかったこと〟になるのか。このやり取りが? 残酷で、誰にも許されないと語る狂三は、一体何を――――――――

 

 と、その瞬間。ピーンポーンと間延びしたチャイムが鳴り響き、七罪の思考は考察から警戒へと一瞬でジャンピングホッパーをかました。

 

「っ!?」

 

「ただの呼び鈴にそこまで警戒なさらなくとも……この時間の来訪者となると、恐らく四糸乃さんですわね」

 

「な、なんであの子が……ま、まさか……私を……っ!!」

 

 四糸乃のことは知っている。七罪と同じ精霊マンションに住む精霊の一人にして、七罪事件の折、彼女が化けた『よしのん』というパペットの所有者である。人格を持つよしのんは、四糸乃にとって唯一無二の親友。そんなよしのんに化けた汚らわしい七罪に恨みを持っていても不思議ではない……!! と三秒で被害妄想を立てる七罪を見て呆れ顔で狂三が声を発した。

 

「四糸乃さんは、七罪さんが心配なさるようなことをお考えになる方ではありませんので、ご安心を。と言うより、わたくしとは普通に話せるのに、何故そうなってしまうのでしょうか……」

 

「や、あんなことされた後だし…………あんたより、あの白いやつとか、メイド服着た狂三の方がよっぽど怖いし……」

 

 あんなこと、とはもちろん狂三が無茶苦茶な方法でチュッパチャプスに化けた七罪を引っ張り出した時のこと。あの一件があったからこそ、不思議と狂三に物怖じせず話せているのだと思う……のと、何よりあの二人が恐ろし過ぎてこの狂三(・・・・)に対する悪印象が皆無に等しいのだ。

 今だから言えるが、怖かった。大人バージョンでも怖かった。本当の本当に怖かった。もし素の七罪で脅されたらきっと三日三晩寝込んで夢に出てくるくらいの恐怖度があった。テラーなメモリもびっくりな恐ろしさである。

 指をつんつんと合わせ顔を青くする七罪に、狂三は表情をひくつかせながら口を開いた。

 

 

「……一体、何をしでかしましたのあの子とあの『わたくし』は――――――四糸乃さんがいらっしゃるのは、ちょうどいいですわね」

 

 

 後半は何を言っているか聞き取れなかったものの、鳴らされたチャイムの事を思い出し七罪は慌てて玄関へと駆けた。無駄に足音を殺すことも忘れずに。

 

 

 ――――――結論から言うと、七罪が心配してたことは何一つ当たらず、四糸乃の神的な慈悲に当てられ少しでも悪く考えた自分自身の薄汚さを後悔することになった。

 

 ちなみに、赤くなって恥ずかしそうにしながらも友達だと言ってくれた四糸乃に、うわっ、何この子、結婚してぇ……とか、思わず口に出してしまったのは七罪だけの秘密である。ガッツリ聞かれてしまったのは言うまでもないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「な……」

 

 マンションの一室。確かに鳶一折紙が住んでいた(・・)部屋だった。士道の記憶に間違いがあるはずもなく、彼は鍵の開いた部屋に一縷の望みを懸けドアを開け放った――――――そこには、何もなかった。

 

「何なんだよ、これ……」

 

 廊下、リビング、寝室。設置されていたはずの物に至るまで全て、空っぽ。まるで、世界から折紙が消えてしまったかのような錯覚に陥って、士道は力なく座り込んだ。

 携帯なんて、当然繋がりもしない。住んでいたはずの部屋はもぬけの殻。かつては何なんだと愚痴を吐いた逃亡防止用のトラップでさえ、今は恋しいと思ってしまう。

 

「どこに……行っちまったっていうんだよ、折紙……」

 

 ――――――慢心、とでも言えば良いのか。士道は、DEMの装備を纏った折紙を見ていたというのに、心のどこかで思っていた。いや、願っていた。

 折紙なら、士道に事情を説明してくれるはずだと。折紙なら、勝手にいなくなったりしないと。折紙なら……折紙がいる日常は、そう簡単に消えたりしないと。

 それが独りよがりでしかなかったのだと、後悔と無力感と共に押し寄せてくる。

 

「折紙……」

 

 けれど、放ってはおけない。大切な友人として、自身の無力感に言い訳して諦めたりはしない。とにかく、折紙の手がかりがありそうな場所を徹底的に当たるしかない。考えられるのは、陸上自衛隊駐屯地。だが、可能性としては微々たるものだ。ASTは一般的には秘匿の存在であり、仮に以前の折紙のような問題が起きていたとしたら……尚更、彼女の行方など教えてはもらえないだろう。

 他に可能性がないのなら、その僅かな可能性に縋るしかない。可能性がないのであれば(・・・・・・・・・・・)

 

 

『……いえ、どうかお気をつけて』

 

「狂三、お前は……」

 

 

 時崎狂三なら、或いは。分身体による独自の情報網を持つ精霊が、果たして折紙の事を知らなかったのか。否、狂三は士道と共に折紙の姿を見ている。用意周到な彼女が調べていないはずがない。

 今朝、最後に会った時の狂三の様子は、何かを知っていたからではないのか? 勘ぐりが過ぎるのかもしれない、考えすぎなのかもしれない。それはかもしれない(・・・・・・)に過ぎず、やってみる価値はあるということだ。

 

「よし……」

 

 足に気力を灯して立ち上がる。狂三が何を考えていたのか、会ってみればわかること。士道に何も話さなかったのであれば、相応の理由があってしかるべきだ。あの冷静な狂三が、なんの理由もなく躊躇いを表に出すとは思えない。士道は狂三のそういった面を信頼している。

 とにかく、足を動かさなければ始まらない。時は有限なのだから――――――そう思っていた士道は、マンションのエントランスを出た瞬間に脚を止めることになった。止めざるを得ない事情があった。

 

 

「――――――折紙!?」

 

 

 マンションの入口を正面とした路地。そこに立つ一人の少女の姿。短めに切りそろえられた髪、精巧な人形のような表情のない顔。見間違うはずもない。士道の探し人、鳶一折紙その人だ。

 大声で名前を呼びながら、必死に走って彼女元へたどり着く。そうして折紙の両肩を強く掴んで、捲し立てるように声を上げた。

 

 

「一体どこに行ってたんだ!? いきなり転校ってどういうことだよ!! 部屋もがらんどうで――――――」

 

「――――――二人で話がしたい。ついてきて」

 

「え……あ、お、折紙!!」

 

 

 掴んでいたはずの肩がするりと抜け去り、折紙はいつもの調子でそう言って裏路地の方に歩いていった。士道が声をかけても止まる気配はない。

 

「く……」

 

 追いかけないわけには、いかない。表情を引き締め、早足に折紙の後を追う。元々、彼女と話すために探していたのであるし――――――どうしてか、またどこかへ消えてしまいそうな雰囲気があったのだ。

 だから、歩き続けて人気がなくなっていく(・・・・・・・・・・)事に疑問を口にはすれど、折紙を疑う事はしなかった。

 

「あれ……?」

 

 そうして、何度目かの角を曲がった時。一瞬前に同じように角を曲がった彼女の姿が消えた事に、士道は目を丸くした。

 

 

「折紙? どこへ――――――ッ!?」

 

 

 ――――――五河士道という男は甘い(・・)。彼は非日常を生き抜くには甘すぎるが、それでも敵とあらば、誰かを守るために覚悟を決める強さがある……鳶一折紙を〝敵〟と認識しないが故の油断、とも言うべきか。それが士道の美徳であり、性根であり、付け込まれる要因でもある。鳶一折紙が、士道の為なら手段は選ばない(・・・・・・)と知っていたはずなのに。

 

 口元を覆った布から刺激臭が士道の感覚を遮り、意識を反転させる。ゆっくりと倒れ込んだ彼を、折紙は強く、しかし壊れ物を扱うような繊細さで抱き抱える。

 それを止める者はいない。一般の目撃者などいるはずもない。折紙はそこまでを考慮に入れて行動に移している。

 

 

「…………」

 

 

 一人。〝精霊〟だけが、黙って折紙と連れ去られる士道を、白いローブ(・・・・・)を風に靡かせ、ただ黙って見つめていた。

 

 

 






ぶきっちょ刑事すら掴める木綿豆腐よりメンタルが柔らかい女、七罪。まあ冗談はさておき、50話近くやっててようやく決着つくの?というツッコミ。今更過ぎない?とも思いますけどもう言えそうな人が七罪くらいしかいなくてね……フラットな目線で行くと、なんでこいつら付き合ってないのって意見は至極当然という。七罪が狂三と遠慮なく話せてるのは一種の吊り橋効果みたいなもんですはい。比較対象が比較対象なので平気になってるこの子……。

さてさて狂三と〈アンノウン〉は何を考えているのか。折紙編、まだまだ始まったばかりですが頑張ります。
評価、お気に入り登録ありがとうございます!死ぬほど嬉しいです!それはそれとしてストックが11話くらいあるので二日投稿にしてみようかなーとか何とか。
三日だと長いけど二日だと短い気がするうーんこの。投稿ペースを落とさない為に評価、お気に入り、感想などなど物凄くお待ちしております。どれも来たら大喜びで書き進められます(承認欲求お化け再び)
それでは次回をお楽しみに!

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