デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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四糸乃編クライマックス。そしてちょっとしたお披露目回


第七話『駆ける希望』

「……精、霊……?」

 

「はい。あなたがよくご存知の〝精霊〟ですよ」

 

 茫然自失な士道の言葉を、ローブの少女は平坦な声色のまま肯定した。

 

 〝精霊〟。特殊災害指定生命体と称され、臨界より現れし者。それは分かる。だが今、士道の頭の中は混乱の真っ只中にある。

 

 〈ラタトスク〉は精霊を保護するための組織であり、そのバックアップを受ける士道は二度に渡り自ら精霊と接触してきた。しかし、彼の命を救ったと思われる〝精霊〟と自ら名乗る少女はこう言った。ご無事ですか、五河士道(・・・・)。と、間違いなく彼の名を呼んだ。

 

 その上で通りすがりと名乗るのだから訳が分からない。何故、士道の名を知っているのか。何故、士道を助けてくれたのか。何故――――

 

『――――士道!! 無事なの!?』

 

「っ……! こ、琴里?」

 

 九死に一生を得て思考の沼に嵌っていた彼を元の状態に戻したのは、劈くような声量で自身の名を呼ぶ妹の声だった。聞き慣れたその声が届いた事で、士道はようやく状況を冷静に判断する事が出来た。そうだ、こんなところで止まっている暇はない。

 

「だ、大丈夫だ、なんとか生きてる。……心配かけて悪い」

 

『……っ、無事なら良いのよ。士道、何があったの?』

 

 〈フラクシナス〉からでも、さっきの冷気の中では事態を把握し切れなかったのだろう。士道の無事を確認し、妹からいつもの〝司令官モード〟の声に戻った琴里の言葉に、士道は少し迷いを見せたが簡潔に起こったことを報告し出す。

 

「えっとだな……その、通りすがりの精霊が助けてくれたんだ」

 

『――――精霊ですって!? っていうか何よ通りすがりって!!』

 

「本人がそう名乗ったんだよ……!!」

 

 士道だって冗談で言った訳ではなく、状況をどう整理してもこう説明するしかなかったのだから突っ込まれても困る。その報告に動揺こそしたもののすぐさま琴里は、少し待ちなさい、と士道に指示を飛ばす。彼としても現状で頼れるのは琴里側の解析のみなので、取り敢えず立ち上がり琴里からの通信を待っていたのだが……。

 

『――――士道。本当に名乗ったのね? 〝精霊〟だって』

 

「……? ああ、間違いない。どうかしたのか?」

 

 数秒程度の時間で琴里から通信は返ってきたが、どうしてか妙に歯切れが悪く士道に問い掛け直して来る。その様子に疑問符を浮かべる士道だったが、程なくして琴里から解析結果が伝えられて来た。

 

『……何も分からないのよ。そこにいるのが精霊かどうかさえ(・・・・・・・・)、ね』

 

「……は?」

 

『士道を助けたんだから、こちらに敵意はないと思いたいわね』

 

 ――――何も分からない事が分かった、という結果だけが。

 

 思わずローブの少女を見る士道だが、少女は悠然と佇むだけで何も語らない。顔も見えないのだから、表情で判断する事すら出来ない。一体、少女はどういう存在なのか……推察は困難を極める。

 

 世界最新鋭の設備を搭載している〈フラクシナス〉でさえ、それは同じことであった。

 

「ダメです!! こちらからの解析を全く受け付けません!!」

 

「どうなってるのよ……令音、そっちはどう?」

 

 〈フラクシナス〉艦橋のスクリーンに映し出された白いローブの精霊。本来、そこには顕現装置で解析された精霊の各種パラメータが配置される……はずなのだが、どういう訳かそれら全てが〝ERROR〟表記になってしまっていた。これでは、精霊の好感度を計る事も出来ないし、あの存在が本当に精霊なのかすら怪しくなってくる。

 

 だが、常識が通じない精霊相手に動揺ばかりしていては〈ラタトスク〉の名折れ。好物のキャンディを舐めたまま、琴里は艦橋下部に座る令音に問い掛ける。

 

「……こちらも同じだ。顕現装置(リアライザ)による解析を一つも通さない。あの精霊の能力、と見るべきだろうね」

 

 コンソールを叩き、首を振りそう現状の見解を述べる令音。その表情は、親友として付き合ってきた琴里ですら見た事が無いくらいに〝困惑〟といった表現が適切な物だった。

 

 〝精霊〟。そう名乗った事を信じるのであれば、令音の言う通りあの精霊の〝天使〟が、こちらのありとあらゆる干渉を無力化していると考えるのが自然だ。

 

 結論に達するのは早計だが、あいにく琴里たちには時間が無い。精霊の保護が〈ラタトスク〉の使命だが、刻一刻と迫る〝タイムリミット〟の中で現れた新たな精霊の存在はイレギュラーにも程があった。どうするか、と琴里が思考を巡らせる――――その直後、沈黙を保っていたローブの精霊が声を発した。

 

「五河士道。私を気にするより、あなたにはする事があるんじゃないですか?」

 

「っ、そうだ……四糸乃は!?」

 

『今はASTと交戦中。見てわかる通り、この状況も彼女が生み出してしまったものよ』

 

 琴里の素早い返答に、士道は氷に覆われた街を改めて見渡す。氷結都市と化し、更に先程まで彼がいたマンションは完全に凍り付いてしまい巨大な氷結晶のような状態になっている。少女に助けてもらわなければ、今頃はあの中で氷漬けになっていたのかと思うとゾッとする話だ。

 

「……早く四糸乃の所へ行かねぇと!!」

 

 その恐怖に構っている時間はない。こんな状況、絶対に四糸乃が望んで作り出した物ではないと士道には分かる。あの優しい少女に、取り返しのつかない悲劇を起こさせてしまう前に……はやる気持ちで士道は走り出そうとし――――

 

「はいストップです」

 

「な…………っ!?」

 

 襟首を掴まれ、無理やり引き戻される。士道が抗議の声を上げるより早く、彼の目の前に氷の〝槍〟がせり上がった。あのまま駆け出していたら、確実に足を止められていただろう事が見て取れる。

 

「こ、これは……」

 

『今街のあちこちで出現してるわ。氷柱(つらら)……にしてはデカすぎるけど、四糸乃の霊力で生み出されてるものに間違いないわね。気をつけなさい士道、一歩間違えたら串刺しよ』

 

 琴里の言う通り、人一人分の大きさはある氷柱だ。もし足元に直接出てこられたら、間違いなく大怪我では済まない。こんなものに無差別に出てこられては、地雷原を走り抜けるのと同じだ。

 

「あんまり迂闊に行くと怪我しますよ。と、言っても止まらないでしょうけど」

 

「ああ……ありがとな、また助けられちまった」

 

「……ふむ。手伝いましょうか?」

 

 え? と士道が聞き返すように少女を見るが、相変わらずローブに隠れてその顔の一つも見えない。だが今、少女は手伝いましょうか(・・・・・・・・)、そう言ったのを彼は確実に聞き取ることが出来た。

 

「〈ハーミット〉の元へ行きたいのでしょう? あなた一人で向かったらどれだけ時間がかかるか分かりませんし、お連れするまでは手伝っても良いですよ」

 

 そこから先はあなた次第ですけど、と付け加える少女。その申し出は、今の士道にとって願ってもない物だった。

 

「ほ、本当か!?」

 

『待って士道、危険すぎるわ。まだその精霊について何も分かってないのよ?』

 

 二度助けられたからと言って、士道の味方と確定した訳ではない。善意か、悪意か、それどころか何を目的としているのか、それらが何一つ分からない中で士道の身を完全に預ける選択をさせるのはリスクが高すぎる。少女が士道の目的を把握しているのに対し、こちらはなんのカードも持ち得ていない。

 

「けど、時間がねぇだろ」

 

『っ、それは……』

 

 小声で反論した士道に、琴里は思わず声を詰まらせる。傍目で見ただけでも、この異常事態が長く続けば深刻な事態が引き起こされるのは士道にだって分かる。加え、〈フラクシナス〉側の予測でもこのまま事態が進行すれば、地盤や人々が避難する地下シェルターにまで影響が出る可能性も高くなると出ている。

 

とある事情(・・・・・)で強力な回復能力を持つ士道だが、それにだって限界はあるし精霊になにかされて対抗する事は不可能に近い。士道の事を知っているなら、油断させて連れ去る事だって十分考えられる。そんな事になれば四糸乃を助けるどころか全ては水の泡だ。

 

 士道に生じる危険性と四糸乃と街の安否。如何に優秀な能力を持つ琴里でも、その両者を天秤にかけて一瞬で判断を下すことは出来ない。

 

「そちらにいる方達の転移装置で直接行っても構いませんけど、この状況ではあまりオススメ出来ませんね」

 

『……こっちの事まで知ってるってわけ。本当に何者なのよこの精霊』

 

 そちらにいる方達(・・)と複数を言及したのだから、どこまでかは不明瞭だが〈フラクシナス〉の事まで知っているのは確実だろう。分厚い雨雲が射線を遮っているので艦の姿を公に晒すことになる上、回収した士道をこの混乱した状況に転送装置で放り出してしまっては何が起こるか分かったものでは無い。士道が走り抜けるよりはリスクが低いかもしれないが、今早く確実に辿り着くにはやはり――――

 

 

「――――分かった。力を貸して欲しい。俺を……四糸乃の所へ連れて行ってくれ!!」

 

 

 琴里の決断より早く、士道は答えを出す。いや、彼の答えは最初から決まっていたのだろう。

 

 自分へのリスクなど承知の上。どれだけ危険があろうと、見ず知らずの精霊の力を借りることになろうと構わない。少年は必ず優しすぎる少女(四糸乃)を救うと心に誓ったのだから。

 

 迷いのない、強い瞳。その真っ直ぐな言葉と瞳に見据えられたローブの少女は僅かに、しかし確かに頷いた。

 

「では行きましょう。――――舌を噛まないよう、気をつけてくださいね」

 

「ッ!!」

 

 突如感じる浮遊感と強烈な風圧。だが先程とは違い、街並みを見渡せるような空中への跳躍ではない。妹の琴里と差がない身長の少女が、容易く士道を背負い恐ろしい速度で疾走して行く。一本二本の話ではない地面から現れる氷柱を軽やかに躱し、時に足場にすらして駆け抜けて行く。士道は少女の背にしがみつくので精一杯であった。

 

「す、げぇ……っ」

 

『――――たくっ。こっちの話も聞かないで決めてくれちゃって』

 

 辛うじて口を開き、少女の身体能力に賞賛と驚愕の言葉を発した士道の耳に、どこか呆れ返った琴里の声が届いた。無理もない、琴里の判断も仰がず士道は突っ走る形になってしまったのだ。

 

「悪い。けど……」

 

『もう良いわよ。士道の無茶をフォローするのも私たちの役目よ。付き合ってやろうじゃない』

 

『――――シン。私の方から、一つ伝えたい事がある』

 

 頼れる司令官様の言葉を引き継ぐように、眠たげな声がインカムから聞こえてくる。自分の名前を変なあだ名で呼ぶその声の主は、間違いなく解析官の村雨令音の物だ。

 

『……君が疑問に思った事を色々と調べてみたが、それはあながち間違ってないようだ』

 

 疑問……と言うと、先日四糸乃が家に訪れた時に感じた〝違和感〟の事だろう。あの後、琴里にその事を伝えたら令音に調べてもらいましょう、と言っていたのでそれの事に違いない。

 

『接触まであまり時間がない。手短に伝えよう。四糸乃は――――』

 

 それは、優しすぎる少女の想い。だが、実のところ士道に驚きはなかった。代わりに彼が得たのは、四糸乃らしいという納得と……四糸乃を絶対に救うという思いが、より一層強くなったという物だった。

 

 己の為ではなく、他人を傷つけない為に力を御する人格を生み出した少女。

 

『……シン。きっと、彼女を救ってやってくれ。こんなにも優しい少女が救われないのは――――嘘だろう』

 

「――――はい!!」

 

 そんな少女が救われない世界など、嘘だ。令音からの激励に、力強く返事を返す士道。

 

「見えました」

 

 そう呟いた少女が、士道の返事よりも早く神速を維持したまま氷の地を踏みしめ、一気に跳躍する。くっ、とその重圧に顔を顰めるも何とか目を開いた士道にも――――見えた。

 

 大きさが変わり、酷い雨粒と霧に遮られてこそいるが、あの鈍重な姿は間違いない。四糸乃の操る天使〈氷結傀儡(ザドキエル)〉だ。

 

「後はあなた次第です。五河士道」

 

「ああ!!」

 

 士道の返事を聞きながら、遥か上空へ跳躍した少女は流れに身を任せるように勢いよく急降下し……四糸乃が通り過ぎるであろうビルの上へ見事着地して見せた。凍っているにも関わらず、その氷を砕きながら衝撃を殺し勢いを止め背負っていた士道を降ろす。

 

 そのまま駆け出し、目一杯ビルの柵から身を乗り出した士道は思いっきり息を吸い込み――――持てる限りの全力を出し声を張り上げた。

 

「四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

「――――! 士道……さん……!!」

 

 士道の声を聞き届けた四糸乃が、氷結した道を滑走していた〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を停止させる。巨大な人形の背に張り付いていた四糸乃が顔を上げる。涙でくしゃくしゃになっているが、彼女の姿を確認出来た士道は思わず安堵の笑みをこぼす。

 

「四糸乃、お前に渡したい物があるんだ」

 

 だがのんびりはしていられない。小首をかしげる四糸乃に、士道は大事にしまっていたパペットを取り出そうとした――――その瞬間の事だった。

 

「五河士道!!」

『士道!!』

 

 ローブの少女の声と琴里の声が重なるように士道の鼓膜を響かせたと同時、士道の後方から四糸乃へ向かって光が空を駆け抜けた。

 

「な――――っ、折紙!?」

 

 四糸乃を掠めたその光線を見た士道が大急ぎで振り向くと、そこにはいつもと違いASTの装備に身を包んだ折紙が巨大な砲門を構えながら対空していた。いや、折紙だけではない……四糸乃を追いかけていたASTの魔術師(ウィザード)達がいつの間にか四糸乃を包囲するように集結していた。

 

『そこの二人! 危険です、避難を!!』

 

 機械を通したのだろう、やけに響く声でASTの中の誰かが士道と少女に警告する。が、士道は様子が変わった四糸乃の声にすぐに視線を戻した。

 

『――ぅ、ぁ……ッ』

 

「四糸乃!!」

 

 

『――――いやぁぁぁぁぁぁああああああああああああッ!!!!』

 

 

 恐怖が、再び少女を支配する。士道の声でさえ、彼女に迫り来る殺意を殺し切ることが出来ない。四糸乃は狂乱状態へ陥り〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を操って辺りへ凄まじい冷気を撒き散らしたかと思えば、人形が音を立て仰け反って何かを溜めるように(・・・・・・・・・)口を大きく開けた。

 

「うわ……ッ!?」

 

「仕事熱心なのも考えものですね……!」

 

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の放つ冷気と凄まじい重圧感に押され、士道は氷に足を取られて尻餅をついてしまう。少女の方からすると無駄に(・・・)仕事熱心と言わざるを得ないASTの動きに皮肉をこぼし舌打ち混じりに士道の元へ駆け寄る。

 

 包囲していたASTの隊員が一斉に攻撃を加えているが、霊力を帯びた雨に阻まれダメージどころか時間稼ぎにすらなっていない。

 

 少女の感覚では、先程の破壊光線じみた冷気よりマシだが、それでも士道一人の命を容易く刈り取ってしまえる規模だと分かってしまう。

 

「くっ――――」

 

 次の瞬間、放たれた冷気の奔流が士道と少女を襲う。

 

 無駄だと分かりつつも自分を守るように身構える士道に、少女は仕方ないと再び彼を抱えようとして離脱の準備に入る。ASTに目撃されるのは面倒だが、どの道いつかはバレる事だとその身を動かそうとし――――

 

「! これは――――」

 

 突如感知した〝霊力〟に気づき足を止める。

 

 そして――――迫り来る冷気は二人の目の前で〝防がれた〟。巨大な王座(・・)によって。

 

 

「――――さ、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉……?」

 

 

 呆気に取られながらその王座の名を呟く士道。驚くのも無理はない。彼を守ったのは封印した精霊、夜刀神十香が持つ最強の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉そのものだった。なんでこれが……と驚きを隠せない士道の耳に琴里からの通信と解説が響いてくる。

 

 その間にローブの少女は王座を見上げ、先程の感覚は間違っていなかったと確信した。正直、少女としても驚きを隠せない。この短期間で〝天使〟の顕現が成るほど、五河士道の危機にストレスを爆発させるくらいに(・・・・・・・・・・・・・・)彼女は彼を好いているという事だ。流石、〈プリンセス〉の為に実質世界を敵に回す宣言までした少年は違うなと感心する。

 

 そして、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の出現に驚いた四糸乃が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を操り逃走して行くと、ASTも一斉にそれを追いかけて行く。折紙だけは、王座を一瞥したがそれも一瞬の事で彼女らに続いて四糸乃を追いかけて行った。それと入れ替わるように――――

 

「――――シドー!!」

 

「十香!! …………え?」

 

 王座の主、夜刀神十香が現れた。だが、彼女の姿に士道は目を見開いた。宵闇の髪を揺らし、高校の制服の要所要所を光の膜(・・・)で揺らして士道の前に着地した十香。

 

 ふむ、と顎に手を当て、少し離れた場所で十香の姿と霊力を少女は観察する。〈プリンセス〉本来の霊力には程遠い雀の涙ほどの物だが、この間の逆流した状態とは比べ物にならない状態だ。これならばASTを相手にする程度なら戦闘行為すら可能だろう、なんて事を考えていると……。

 

「……わ、悪かった、色々と」

 

「え……?」

 

「私が! よく分からないことで苛ついてしまって……シドーに礼も言えず、迷惑をかけたから――――ずっと、謝りたかったのだ……」

 

「や、あれは……俺が悪いんだし……」

 

 何やら話は進み、喧嘩していた二人が収まったようである。そして、士道が拳を握りしめ、ゴクリと喉を鳴らし何かを決意した様子を見せる。僅かな時間だったが、彼が考えを巡らせている時にチラリと少女を見た。

 

 十香に真正面から向き合った士道が、同じように真っ直ぐ声を放つ。

 

「……十香、頼みがある」

 

「ぬ……? なんだ改まって」

 

「俺に、力を貸してくれ。四糸乃を……助けたいんだ!!」

 

 なるほど。士道の言葉を聞いて先程の視線に納得する。確かに、少女と士道の約束は四糸乃の元に送り届けるまで(・・)という物だった。もう既に効力を失っていると考えたのか、見知らぬ精霊が同じように手を貸してくれる保証はないからか……こうなった以上、霊力が戻った十香に何も説明しない訳にもいかないし悪くない選択ではある。

 

 だが、十香の瞳は彼の言葉を聞いて悲しげに揺れる。

 

「四糸乃というのは……あの娘の事か? ――――そうか。やはりあの娘が大事なのだな……私、より」

 

「っ、違う、そういう事じゃねぇ!! あいつは――――十香、お前と同じ精霊なんだ!!」

 

「っ!? あの、娘が……?」

 

 士道の言葉に、驚きと怪訝が折り混ざったような表情に染まる十香。インカムから琴里が制止を呼びかけて来るが、構うものかと頷き思いの丈をぶつけて行く。自分だけでは、どうしようもない。けれど――――

 

 

「あいつも……四糸乃も、お前と同じなんだ!! 自分の意思じゃどうにもならねぇ力を持っちまって、ずっと苦しい思いをしてきたんだ……!!」

 

 

 ――――十香の力を借りられれば、まだ間に合うかもしれない。筋違いな事を、また今一度力を奮って欲しいという酷な事を言っているのは分かっている。だがそれでも、それでも。

 

「約束したんだ……あいつを救ってやるって、ヒーローになるって。けど、俺だけじゃ四糸乃を助ける事が出来ないんだ――――頼む十香。力を、貸してくれッ!!」

 

 頭を深く下げ、必死の思いで助力を求める。そんな彼を見て、夜刀神十香は――――自分の心に刺さった棘が、抜けていくような気がした。いらない子だと、あのパペットに言われて。それは違うと論され、新しい友達として訪れた四糸乃を、しかし十香は歓迎する事ができなかった。

 

 怒る要素などなかったはずなのに〝嫌な感じ〟が胸の中に渦巻いて、そして四糸乃を助けようとする士道を見てやはり私はいらない子なのだと……でも、違う。そうだ、なぜ気づかなかったのか。なぜ、忘れてしまっていたのだろう――――

 

 

「――――――そうだった。私を救ってくれたのは、こういう男だった(・・・・・・・・)のだな……」

 

 

 士道に向けて、という物ではなく思い返すような呟きだったのだろう。その言葉は雨に遮られ彼には届かず僅かに首を傾げる。だが、十香のその瞳にもはや迷いは、ない。

 

「話は纏まりました?」

 

「ッ、何者だ!!」

 

 飛び込んで来た声を聞き、即座に警戒し声のした方向を向く十香。十香が今の今まで気づかなかった辺り、やはり少女独特の雰囲気は士道の思い違いではないのだろうと思いつつ、慌てて二人の間に割って入った。

 

「待ってくれ! この子も十香と同じ精霊で俺が危ないところを助けてくれたんだ!」

 

「精霊……こやつが……?」

 

 ああ、と頷く士道を一瞥し、十香は少女を見定めるように宵闇の瞳で鋭く射抜く。対する少女は武器に手を掛ける事すらせず、士道に名乗った時と全く同じ風に道化師を思わせる語りで声を発した。

 

「はい、通りすがりの精霊です。よろしく……と言うべきでしょうかね」

 

 

「――――分かった、通りすがりの人(・・・・・・・)と言うのだな。私は、夜刀神十香だ」

 

 

 そして、そんな道化師を警戒するわけでもバカにしているのかと怒るわけでもなく、十香はあっさりと受け入れ己の名を名乗った。

 

 これには士道も驚きを隠せず……いや、士道だけではなくローブの少女までどこか驚いている風に思えた。白いローブに隠れ表情が分からないので士道の気のせいかもしれなかったが、何となく彼はそう思った。

 

 呆気に取られる二人を余所に、十香は迷いなく〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の元へ歩み寄ると、容赦なくその王座を蹴り飛ばした。

 

「と、十香!?」

 

「――――乗れ。あの娘を、追うのだろう?」

 

 倒されたことで横になった王座の背もたれ部分に飛び乗り、凛々しい声で士道に言葉を投げかける。促すような十香の言葉に、一瞬ポカンとした表情になる士道だが……すぐに顔を引き締め、力強く頷きを返す。その表情は、どこか嬉しそうなものだった。

 

「ああ!! ありがとう、十香」

 

「礼など要らぬ。行くぞ――――しっかり掴まっていろ!!」

 

 要らぬ、と言いながらも十香もどこか嬉しげな表情で、しかし一瞬で凛々しい顔に戻ると――――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を急加速させ、一気に空中に躍り出た。

 

 ダンッ! と力強い音を立て地面に着地した〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は勢いを衰えさせることなく、まるでサーフボードで波を渡るように氷の道を滑走して行く。ローブの少女が疾走していた時に負けず劣らずな速度に、振り落とされないよう士道は背もたれの装飾に必死にしがみつく。

 

「速度を抑えては見失う! このまま――――」

 

「ッ……十香、前!!」

 

 殺人的な風圧に耐え、十香の言葉を遮り士道が叫ぶ。

 

 疾走する〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を通さないと言わんばかりに、巨大な氷柱(・・)がいくつも現れ道を塞いで行く。

 

 十香とて言われずとも分かっている。が、速度を落としては追いつけるものも追いつけなくなる。彼女が素早く剣の柄を引き抜こうとする――――よりも速く、神速が駆けた。

 

「む――――通りすがりの人か!!」

 

「まあどういう呼ばれ方でも構いませんけど――――道を開きます。あなた達はそのまま進んでください」

 

 分かった! と迷いなく答える十香に対し、士道は少女が抜き放った〝それ〟に目を奪われていた。高速で駆ける〈鏖殺公(サンダルフォン)〉をその神速で容易く抜きさり、二人の前にある氷柱を鮮やかに斬り伏せて(・・・・・)行く少女。

 

 その手に握られている、一刀。白い鞘から抜き放たれた〝それ〟は色がなかった(・・・・・・)。いや、表現が出来ない色だった。白、透明……近い気がするが、やはり違う気もする。

 

 〝無〟だと、少女に感じた印象がそのまま移ったようにその刀身に士道は目を奪われた。

 

 

「あれはなんだ!? シドー!!」

 

「な……!?」

 

 少女が立ち塞がる氷柱を片っ端から斬り飛ばし、その助けもあって速度を維持してひたすら駆け抜けた二人の前に、思わず目を見開く光景が飛び込んで来る。

 

『……四糸乃が構築した結界だね。ふむ、よく出来ている』

 

 他人事とも思える口調の令音からの通信を聞きながら、士道はその〝暴風〟を改めて確認した。その半球形は吹雪によって構成されており、魔力と霊力を感知して自動で迎撃行動を取る四糸乃が作り出した〝結界〟だと令音が掻い摘んで説明してくれた。

 

 普通に考えれば誰も近付けない。魔力や霊力を纏っていては論外だし、かと言って生身で精霊の作り出した暴風域に入れば……言うまでもないだろう。そう、普通の人間ならば(・・・・・・・・)

 

「五河士道、夜刀神十香! 上です!!」

 

「んな……っ!?」

 

 少女の声に導かれ咄嗟に上を見上げると、ビルが浮遊している(・・・・・・・・・)のが目に入った。正確には、ビルの先端部を折紙が運んでいる光景だ。そして彼女は躊躇い無く――――それを振り下ろした。

 

『随分と思い切った真似してくれるわね!』

 

 

「――――シドーの邪魔は、させん!!」

 

 驚きと苛立ちを含んだ琴里の言葉から間を置かず、十香が動く。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の先端から生える柄を握りそれを抜き取ると、その剣を軽々と持ち上げ一気に折紙の放ったビルへ向けて飛翔して行った。

 

「十香ッ!!」

 

 だが、僅かに間に合わない。既に賽は投げられている。十香が斬撃を飛ばし、ビルを断ち切るのとほぼ同時……いや、ほんの少しの差だが彼女の攻撃より先にビルが吹雪に直撃してしまう。

 

 

 間に合わない。直感的に感じ取った士道の視認する先で――――――時が、止まった。

 

 

「――――――え?」

 

 

 次の瞬間、ビルは〝結界〟に到達すること無く十香の斬撃によって真っ二つにされ、その分割された破片さえも十香によって粉微塵に切り刻まれていく。

 

 間に合った……? そう、普通の人の目には見えただろう。だが、士道の目には見間違いではなく確かにビルの落下が一瞬緩慢な動き(・・・・・)になったように見えて――――

 

「――――全く、あの子(・・・)はもう!!」

 

「い……っ!」

 

 勢い余って吹雪に突っ込んだ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が、その霊力を感知され触れた部分から段々と凍り付いて行く。手前を走っていた少女が、急いで士道を抱えて地面に舞い戻る。その手前、少女が何かを言っていた気がしたが雨と吹雪の轟音にかき消され士道の耳には殆ど届かなかった。

 

「悪い、また助けられたな……」

 

「いえ。夜刀神十香の助けもありましたが……約束は果たしましたよ、五河士道」

 

「ああ。ありがとな、色々と。本当に助かった」

 

 少女がいなければ、士道は十香と仲直りも出来ず命を散らしていた。短く、しっかりと礼を言い士道は持ってきたパペットを大事そうに服の中に移動させる。

 

 この中に四糸乃はいる。なら、士道がこの先取るべき行動は一つだけだ。結界へ向かって、士道は一歩前に足を踏み出した。

 

『士道、待ちなさい! 生身で結界に入りつもり? 回復力頼りで? 無謀過ぎるわ、やめなさい!!』

 

「おいおい、俺が撃たれた(・・・・)時はお前、全然動揺しなかったって聞いたぞ?」

 

 司令官モードでいるのに何時になく焦った様子の琴里に、士道は冗談交じりに言葉を返す。そう、理由は分からないが文字通り一度死ぬような怪我を負っても(・・・・・・・・・・・・・・)彼は蘇った。アンデッドモンスター顔負けのチート能力を五河士道は持っている。

 

 だからこそ、琴里は以前士道が撃たれた時も動揺する様子を見せなかった。

 

『あの時とは状況が違うわ!! 一発切りの弾丸じゃない……散弾銃を撃たれながら進むような物よ! しかも、結界の中で〝霊力〟を感知されたら凍らされるわ! 途中で傷を治すことも出来ないのよ!?』

 

「霊力……か。俺の回復能力ってのは、精霊の力なのか」

 

『……ッ』

 

 琴里が息を呑むのが分かる。琴里の心配はよく分かった。兄として、妹に心配をかけたくない気持ちは勿論ある。だが――――彼は、止まらなかった。

 

 

「琴里――――行ってくる」

 

『ダメ!! 止まっておにーちゃ――――』

 

 

 インカムを耳から外し、ポケットにしまう。そして、また一歩吹雪へ向かって歩みを進める士道の背に声が投げかけられる。

 

 

「――――あなた、死にますよ」

 

 

 ぶっきらぼうに、淡々と事実だけを突きつける少女。フッ、とそれを聞いた士道が笑う。ああそうだろう。馬鹿な行動だ、無謀にも程がある。少女が呆れるのも無理はない。けれど――――

 

 

「約束、したんだ。四糸乃を救うって。俺があいつの――――ヒーローになるって。それを嘘になんて、絶対にしない」

 

 

 ――――だから、死んでる暇なんて、ない。

 

 その言葉を最後に、彼は再び死地へと迷いなく足を踏み入れていく。その背中を見送りながら……ああ、あの子(・・・)が惹かれた理由が分かってしまったと、少女は思った。

 

 眩し過ぎる。あの子が闇に生きる少女なら、士道は光そのもの(・・・・・)だ。人の絶望も、苦悩も、彼はその身に受け入れて手を差し伸べるお人好し(バカ)な少年なのだ。それを無意識か、はたまた違うのか……感じ取ったあの子は彼に惹かれてしまった。

 

 ――――惹かれあってしまった、のかもしれない。

 

 確信する。間違いなく、少年(士道)少女(狂三)の前に立つ。想定とは違う出会いをした二人が、どのような結果になるのか、その出会いが幸か不幸か、少女にだって分かりはしない。

 

 しかし、希望(・・)は新たに見い出せた。この希望が実るならば――――そうして少女は、彼の背中へ、言葉を放った。

 

 

「――――――また会いしましょう。五河士道」

 

 

 確信に満ちたその声は……吹雪へ消えていく士道と共に吸い込まれて、消えた。

 

 

 




メインヒロインのきょうぞうちゃんの出番が今回は珍しくなかったですねー(棒)

四糸乃の結末や十香ちゃんの未知の感情による複雑な心境や可愛さがもっと詳しく知りたい方は是非デート・ア・ライブ第二巻『四糸乃パペット』をご購入ください!

あと偶然かもしれないけど前話が今までで一番お気に入り伸びたの死ぬほど嬉しかったりしてます感想もお待ちしております。

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