デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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顕現する者と、顕現させる者。




第八十一話『白の天使』

 

 

「ぃ……た、ぁ……あ、あんたは……」

 

「通りすがりの精霊兼、人命救助班です。応急処置程度ですが、まあ気休め程度に受け取ってください」

 

 折紙に対して一撃を差し込んだのは見事だったものの、随意領域の力で強引に押さえつけられていた耶倶矢を抱き起こし、夕弦、美九共々、折紙から離れた場所へ運んだ白い少女。傷だらけの三人を手持ちの応急道具で処置する。とはいえ、傷の深さに対して出来ることは気休め程度だが。

 

「わ、私の事より……」

 

「はいはい。八舞夕弦も同じこと言うと思うので面倒です。あなたからやります」

 

「あだだだだだっ!?」

 

「あぁ、すいません。私、解析官ほど治療の経験がないもので。狂三は一人でやってしまいますし」

 

 力加減を間違えたのか、単純に傷に染みたのか痛みに悶える耶倶矢に極めて冷静に謝罪する。知識があるとはいえ、やはり実践が伴われていないとこういった部分は不足な面が出てしまう。村雨令音のように、知識に経験が付加されていれば話は別なのだが、狂三以外に対象がいなかったのだから、耶倶矢には仕方ないが我慢してもらうしかない。

 その唯一である狂三は、怪我をしたとしても【四の弾(ダレット)】があったし、使う霊力が惜しいと大体は自分で処置していた…………包帯を巻くのが楽しくなったのか、全身あらゆるところに包帯を巻いた姿になっていたりしたが、その事は本人が隠したがっているので黙っておくことにしている。

 

「ふ、ふふ……この程度の傷、我にとっては蚊に刺されたようなものよ……それより、我が眷属に力を貸してやってくれ」

 

「…………ああ、夜刀神十香の事ですか」

 

 一瞬、強がる耶倶矢語録を理解するのに時間を要したが、該当者は十香しかいないのでそうなのだと判断して、少女は空を――――――火花を散らしてぶつかり合う、精霊と魔術師を見た。

 

 

「……私が行くと、夜刀神十香の思惑から外れてしまいますから」

 

「え……?」

 

「それに――――――人の身では、あの人(神様)の力には勝てません」

 

 

 十香の勝利の予見、なのだろう。だが、耶倶矢には何故か――――――全く別の〝何か〟の事を言っているようにしか、聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ッ!!」

 

「ふッ!!」

 

 切り結ぶ。切り結べている(・・・・・・・)。〝あの〟夜刀神十香――――――剣の精霊〈プリンセス〉と。

 

 CR-ユニット〈メドラウト〉。DEM最新の技術を使ったこの力で、折紙は十香と刃を交えていた。

 十香が折紙の放つ剣撃と砲撃の同時攻撃を力で弾き飛ばし、折紙に反撃を見舞う。対して、折紙もその攻撃が見える(・・・・・・・・)。見えるだけではない、受け止めることだってしていた。

 完全な〈プリンセス〉は、折紙の記憶通り強大だった。王者たる者の威圧感。絶望的なプレッシャー。一瞬で相手を斬り捨ててしまえそうな剣気。それら全てが、最後に見た半年前の〈プリンセス〉と同一のそれだ。

 しかし、折紙の心にあったのは恐怖ではなく歓喜だった。そうとも、この自身が無力なのだと思い知らされ、ただの一撃で殺されかけた最強の精霊に勝ってこそ――――――折紙は、先へ進める気がした。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

 

「ぜやぁッ!!」

 

 

 十香の天使と折紙の兵装〈クラレント〉が火花を散らす。一刀二刀どころでは無い。目にも止まらぬ連撃が、双方から繰り出され打ち合いを続けていた。

 

 その中で折紙は――――――確かな手応えを感じていた。

 

 強い。〈プリンセス〉は今まで折紙が相対した何者よりも手強い。だが今、折紙はその最強の敵と〝互角〟に戦えている。人類の英知を以て、神如き(・・・)力を持つ世界を殺す災厄と戦えているのだ。

 その事に、充実感を持たない方がどうかしている。折紙が五年間もの間、全てを費やして来たのは無駄ではなかった。この力なら精霊を――――――五年前の精霊(・・・・・・)にだって、刃を届かせることが出来る。DEMが開示した情報によって、折紙はあの時〈イフリート〉以外の精霊が存在していた事が真実だったと知った。

 

 いるならば、探せる。いるならば、殺せる。存在が証明されたなら、見つけ出せばいい。そうすれば精霊と互角に渡り合える、この力で――――――

 

 

「え……?」

 

 

 そうして。

 

 

「はぁッ!!」

 

「あ――――」

 

 

 あまりにも、呆気なく。互角の戦いを演じていると〝錯覚〟していた魔術師(ウィザード)は、また、ただの一太刀で地に落ちた。

 

「く、は……」

 

 数秒前まで戦っていた十香の姿が見えないほどに吹き飛ばされ、地面を転がった果てにようやく仰向けに倒れ込んだ折紙は、見るまでもなくボロボロだった。

 随意領域の防御を軽々と超えた裂傷、打撲――――――〈ホワイト・リコリス〉の時と同じ、脳の限界を超えた代償による目や鼻からの出血。そして何より、心の傷(・・・)が明確だった。

 〝悲願〟を成すための鋼鉄の意思。全てを捨てて得た心に、亀裂が走った。

 

「私、は……」

 

 互角、だと? 何が互角だったのだ。命を削って、僅かな時間を打ち合えただけの分際で、思い上がりも甚だしい。その結果が、この無様な姿。一太刀でさえ通せたか? あの鎧に無様な傷をつけることができたか? それが出来ずに、限界を迎え、逆に一刀の元斬り伏せられた――――――無様と言わず、なんという。

 

 

「わ、たし、は――――――」

 

 

 何をしろというのか。これ以上、何を求めろというのか。手を伸ばした先には、何もなかった。

 縋る神などない。そのようなもの、無慈悲に殺された両親を見たあの日から、折紙の中には存在しない。けれど、折紙にはもう何もなかった。血反吐を吐くような訓練、研究、DEMという悪魔との契約。それらを余すことなく出し尽くして、愛しい少年の手を振り払って、それでもあの天使には――――――神如き力を持つ彼女の、足元にも及ばなかった。

 

 残酷な現実を目の当たりにして、もう折紙に出来ることなど残っていない。白き復讐鬼は、力の全てを以てしても、神には届かなかった。だったら、それこそ――――――同じ神様の力(・・・・・・)に縋るしか、ないではないか。

 

 伸ばした手は、力なく落ちていく。人は神には届かない。復讐鬼の結末は、残酷なもので――――――

 

 

 

【――――――ねえ、君。力が欲しくはない?】

 

 

 

 それを見据える神様(・・)が、立っていた。

 

 

「え――――?」

 

 

 〝何か〟がいた。その神様は、言いようのない、表現出来ない〝何か〟だった。人であるのかさえ、わからない。存在そのものにノイズ(・・・)のようなものが走っている。存在そのものが、そこにいないのではないかと思わせる矛盾。

 そう、それこそ、あの白い精霊――――――〈アンノウン〉のように。

 

「あなたは……()?」

 

 だから、だろうか。折紙は〝何〟ではなく〝誰〟と問いかけてしまった。〝何か〟である存在であるそれを、〝誰〟と定義付けてしまったのだ。その事を〝何か〟がどう思ったのかは、少なくとも折紙にはわかるはずもない。

 

【……私が誰か(・・)なんてことは、今はどうでもいいよ。それよりも、答えて? 君は、力が欲しくはない? 何者にも負けない、絶対的な力が、欲しくはなぁい?】

 

「………………ッ」

 

 明らかに、常識を逸した異常な事態。普通の折紙であれば、戯言と一笑に付す問題提起にすら値しないもの。

 

 だが。

 

 

「そんなの――――――欲しいに決まってる」

 

 

 普通ではない折紙は、絶望を吐き出すが如く言葉を形にした。

 

 

「私は……力が欲しい。何をおいても。何を犠牲にしても……!! 私の〝悲願〟を達することのできる、絶対的な力が欲しい!! 何者をも寄せ付けない、最強の力が……欲しいッ!!」

 

 

 この復讐を成し遂げる、力が必要だ。そのためなら、神とだって契約を交わしてやる。

 

 

【そう――――――なら、私があげる。君が望むだけの力を】

 

 

 そうして。折紙は人として(・・・・)の旅路を終えた。

 

 

「ぁ……あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――」

 

 

忌むべきものに成り果てて(・・・・・・・・・・・・)、白き復讐鬼は、皮肉にも――――――もう一人の復讐鬼と、同じ道を辿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、繋がらない……」

 

 周到に周到を重ねる折紙らしく、十香たちが戦っていると思われる地点からはかなりの距離が離れていた。そのため四糸乃と七罪を分身体に任せ、先行する狂三に抱えられ空を飛んでいた士道は、その間に四糸乃から借り受けた携帯で〈フラクシナス〉へ連絡を取ろうと試みていた。

 が、二度試しても繋がる気配を見せず不安に顔を歪めた。普通の回線ならまだしも、これは〈フラクシナス〉の専用回線。基地局が吹き飛ぼうが通信可能な回線が、何故か繋がらない。考えられる理由は、多いものではなかった。

 

「……まあ、そうでしょうね」

 

「そうでしょうね、って……お前、何か知ってるのか?」

 

「簡単な推測ですわ。折紙さんがどこまでDEMの意図に沿って動いているのかはわかりかねますが、〈ラタトスク〉の動きを牽制する程度の連携はあってしかるべきですわ」

 

「そうか……!!」

 

 折紙がDEMの傘下に入り、精霊を排除しようとしているのなら……どういう目的であれ、DEMが折紙の目的を容認しているという事だ。つまり、確定的に邪魔が入る〈フラクシナス〉の動きを牽制していてもおかしくはない。

 

「とはいえ、牽制程度(・・・・)で済む話ではないかもしれませんわね」

 

「え……?」

 

「この時点で連絡が取れないのであれば、相応の相手が〈フラクシナス〉の前に現れたと見ていいでしょう――――――それこそ、琴里さんたちを脅かしかねない程の」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 〈フラクシナス〉は……〈ラタトスク〉の顕現装置(リアライザ)の性能はDEMより上なんじゃ……!?」

 

 〈フラクシナス〉は〈ラタトスク〉の技術を使った最新鋭の空中艦であり、顕現装置(リアライザ)の性能もDEMの数歩上を行くと聞いている。事実、今までもDEMの空中艦を上回っていた。

 そんな〈フラクシナス〉に絶対の信頼を寄せていた士道に、狂三はあくまで冷静な調子で声を発した。

 

「物事に絶対という事はありえませんわ。耶倶矢さん、夕弦さん。美九さん。そして、七罪さん。常にDEMの影があり、常に琴里さんたちは空中艦による妨害を試みてきた。疎ましさ、苛立ちが向こうにもあるでしょう。そろそろ、何かしらの対抗手段を持ち出しても不思議ではありませんわ」

 

「じゃあ、琴里は……っ!!」

 

「……あくまで、わたくしの想像の話ですわ。琴里さんがタダで敗北を喫する組織の司令をしているとは思っていませんし、今もって戦闘中という可能性もありますもの」

 

 ――――――そうは言っても、僅かですら連絡が取れないとなれば、嫌な想像が頭を過ぎるものだが。

 わざわざ、これから折紙を説得に行く士道に対し不安感を煽っても仕方がないだろう。時間が経てば、分身体の偵察による報告もある。楽観は出来ないが、それなりの付き合いになってきた琴里に対して実力面での信頼はしているし、最悪の事態は避けていると、狂三は確信していた。

 琴里は琴里の、狂三は狂三の成すべきことがある。

 

「さて、お話が終わったのでしたら、少々速めて(・・・)行きますわ。心の準備はよろしくて?」

 

「ああ、任せる」

 

 小さく首肯した狂三が、速度を維持したまま影から銃を取り出し――――――

 

 

「な――――――」

 

 

 空中で狂三が足を止めた。

 

「っ、ど、どうしたんだ……!?」

 

 加速どころか停止を選んだ狂三に、士道は彼女を見て驚愕に顔を染めた。

 愕然とした、とでも言えば良いのか。その驚愕は、今まで狂三が見せたことのないものだった。あの狂三が、瞳を動揺で揺らし動きを止めている。その事に、士道までも正気を持っていかれかねない衝撃を受けた。

 

「狂三っ。どうした、何があった!?」

 

「……霊波が、一つ。それも、ここから感知出来る程の霊力が現れましたわ」

 

「な……せ、精霊が静粛現界したってことか!?」

 

 折紙の事で手一杯なこんな状況で、琴里とも連絡が取れないのに新たな精霊が現れるのは――――――が、そんな士道の考えを否定するように、狂三はゆっくりと首を横に振った。

 

「……いえ。恐らくは、違いますわ。十香さんたちがいらっしゃる場所に、今この瞬間、巨大な霊力が現れましたの。予兆も、脈絡もなく」

 

「な、なんだよそれ……折紙もいるのに、そんな偶然ありえ――――――」

 

折紙もいるのに(・・・・・・・)。それを口にした士道が、狂三が何を想像しているのか気づくのに時間は必要なかった。

 

 ありえないなんてことは、ありえない。この世に絶対はない。だが、このタイミングで都合よく十香たちの元に新たな精霊が静粛現界した、という可能性よりも、二人はもっと確率の高い可能性を知っていた。

 

 精霊は二種。隣界より現れし者――――――人が精霊へ変化した者(・・・・・・・・・・)。順序立てされていない、想像の域を出ない憶測が、何故か合っているのではないのか(・・・・・・・・・・・・)と、思わせる予感があった。

 

「折紙さんの説得が目的でしたが、事はわたくしたちの想像を超えているようですわ――――【一の弾(アレフ)】!!」

 

 加速の弾丸を使い、狂三が超加速を行う。何も言わなかった事への言及などありはしない。そんなもの必要がないからだ。

 一刻も早く、折紙たちの元へ。考えていることは、同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、無事か!?」

 

 動きが鈍った折紙を〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の一撃で吹き飛ばし、十香はすぐさま耶倶矢たちの元へ降り立った。まず間違いなく、戦闘は行えないダメージは与えた。折紙を殺す事が目的ではない十香にとっては、白い少女に任せた耶倶矢たちの怪我の具合の方が重要だと判断したのだ。

 美九はまだ気絶しているようだが、耶倶矢、夕弦は白い少女の治療を受け、何とか起き上がって十香に手を振れる程度の気力はあるらしい。ホッと息をつき、白い少女へ声をかける。

 

「すまぬ。耶倶矢たちを治療してくれたこと、礼を言うぞ」

 

「礼には及びません。鳶一折紙をあなたに任せたのであれば、私のやる事はこのくらいしかありませんでしたから」

 

「鳶一折紙か……お前は、あやつに用事があったのではないのか?」

 

「……あなたが彼女の動きを止めた時点で、一先ずは用事がなくなりました。あとは、彼女次第ですがね」

 

「そうか……」

 

 煙に巻くような言い方に、十香は曖昧に返事を返す。少女も少女なりに事情があるのだろう。今、少女が成すべきことがなくなったのなら深く問うことはするまい。

 

「十香……その姿」

 

 耶倶矢が十香の姿をまじまじと観察している事に首を傾げかけて、耶倶矢の疑問の理由に思い至る。

 

「うむ、皆を助けねばならないと思ったら、力が戻っていたのだ」

 

 そう。今の十香は限定的なものではなく、士道に封印されたはずの完全な霊装を纏っている。折紙を撃退出来たのも、偏にこの力が戻ればこそだった。

 と、何やらその事に不満があるのか。耶倶矢は唇を突き出し拗ねたような口調で声を発した。

 

「……くそう。かっこいいなぁ。何その土壇場ヒーロー的なポテンシャルパワーの引き出し方。眷属が主より目立つんじゃねーし」

 

「羨むことですか、それは……というか、あなた達も夜刀神十香と同じ事が出来ると思いますよ」

 

「ほんと!?」

 

「はい。封印というのであれば、その逆の解放も出来て然るべきでしょう……まあ、無闇矢鱈に試して、五河琴里に雷を落とされても私は責任を持ちませんが」

 

「あ、それは困る……」

 

 キラキラとした瞳は一転。琴里のお冠な姿を想像してしまったのか、サーっと青ざめた顔にスピードタイムする耶倶矢。十香も、少女の言葉を聞いて困ったように眉根を下げた。

 

「むぅ……琴里に叱られるのは、少し困るな……」

 

「……この場合は緊急時です。むしろ、よくやったと褒められるはずなので安心してください」

 

「――――――ていうか、なんであんたそんなこと知ってんの?」

 

 疑問だ、というように、耶倶矢が腕を組み訝しげな表情で少女を見る。言われてみれば、その通りだ。霊力を封印されていない少女が、何故それが戻る秘密を知っているような口振りなのだろうか。

 

「……こんな胡散臭い姿してるんです。皆さんが知らない事の一つや二つ、知っているのが物語のお約束だと思いませんか?」

 

「うわ、なんかそれっぽい理屈じゃん……」

 

「……けほっ、けほっ」

 

 両手を使って肩を竦めるという、見るからに胡散臭い仕草で語る白い少女に遅れて、身体を起こした夕弦が咳き込みながらも視線を十香へ向けた。

 

「……質、問。十香、マスター折紙は……?」

 

「剣の腹で思い切り殴りつけてやった。しばらくは戦えんだろうが、死にはするまい。確かあやつらは身体の周りにテリヤキーとかいうのを張っていたからな」

 

『…………?』

 

 十香としては的確に説明したつもりなのだが、耶倶矢と夕弦は左右対称に首を傾げ、白い少女は首こそ傾げなかったものの、二人と似たような反応をしていた。十香も三人に釣られて、首を傾げる奇妙な光景が生まれる。

 

「……テリヤキー?」

 

「……多分、ですけど」

 

「訂正。……随意領域(テリトリー)のことですか?」

 

「そう、その照り鶏ーとかいうやつだ」

 

『…………?』

 

 夕弦の訂正通りに言ったはずなのに、どうしてか三人揃って首を捻られ、また釣られて十香も不思議そうに首を捻った。

 と、そんな事よりもしなければならない事があった。十香は、未だ目を覚まさない美九へ呼びかける。

 

「美九……」

 

「応急処置は済ませました。取り敢えず、命に別状はないでしょう。あの鳶一折紙を相手にしながら、誘宵美九がこの程度の怪我で済んだのは正直驚きです」

 

「くく……目覚めたならば礼を言っておくがよいぞ、十香。気絶した御主を、身を挺して護っていたのはそやつぞ」

 

「首肯。立派でした。終始足は震えていましたが」

 

「うむ……そうだな。助かったぞ、美九」

 

 美九の〝天使〟は他の精霊に比べて、戦闘向けとは言い難い。だと言うのに、身を呈して気絶した十香を庇うのは並大抵の勇気では成せないことだ。

 聞こえてはいないだろうが、膝を折って美九の顔を覗き込み例を述べる――――――

 

「……夜刀神十香、下がって」

 

 と、白い少女が十香の肩を掴んで、警戒心を剥き出しにした警告を鳴らした。

 

「なに……?」

 

「――――――起きていますね、誘宵美九」

 

 断定する口調の少女に十香と八舞姉妹が目を丸くしていると、一瞬遅れてビクッ、と身体をわかりやすく揺らした。誰が、とは言うまい。隠し切れないと踏んだのか、薄目を開けて美九が声を発した。

 

「……あーん、なんでバラしちゃうんですかー。もう少しで十香さんのプリティリップに届いたかもしれないのにー」

 

「なっ……何を考えているのだ、お前は!?」

 

 真面目に感謝と心配していたというのに、隠れてとんでもないことを狙っていた美九に指を突きつけて十香が叫ぶ。

 

「えー。これでも凄く怖かったんですよー? ちょっとくらい、ご褒美があってもいいじゃないですかー」

 

「ぬ……そ、そうなのか……?」

 

「そんなわけないでしょう。ただこの人がやりたいだけです。真面目に悩まないでください」

 

「あーん、白い人が私にだけ厳しいですよぉ。じゃあせめてぇ、あなたの素顔だけでもー」

 

「やっぱりそれが本音じゃないですかっ!!」

 

 だから警戒していたのだ、といつぞやのように十香を盾に起き上がった美九へ抗議の声を上げた。美九は美九で、えへへーと反省の余地が見られない。

 とはいえ、その顔は隠し切れない疲労に満ちていた。半笑いで見守っている耶倶矢、夕弦も似たようなものだ。

 

「とにかく、皆傷は浅くない。〈フラクシナス〉で治療してもらおう。誰か――――――」

 

「――――――――――え」

 

 遮るように呟かれた一声は、酷く〝らしくない〟ものだった。耶倶矢でも、夕弦でも、美九でもない。ならば、白い少女のものでしかない。

 なんと言えば、良いのだろうか。年相応の幼い声(・・・・・・・)で、本当に驚いている声だった。それこそ――――――生き別れの親類にでも会ってしまったかのような。

 表情はわからない。が、少女は真っ直ぐにその方角を見ていた。見えなくなるまで(・・・・・・・・)十香が吹き飛ばした、鳶一折紙がいる方角を。

 

「……どうかしたのか、通りすがりの人」

 

「ああ、ああ。そうか、油断していました。彼女もまた――――――」

 

「お、おい……」

 

 聞いていないのか、聞こえていないのか。ただ呆然と何か、わからないことを呟き始めた少女は……天を仰ぎ見て。

 

 

「そうですよね。私であっても、そうします――――――私も彼女を選ぶよ(・・・・・・・・)

 

「なに……っ!?」

 

 

 ――――――光が、差した。

 

 〝白〟がいた。少女と同じ、〝白〟。美しき〝白〟――――――『天使』ような〝白〟。

 

 天を浮遊する一人の少女。纏われた光のドレス。それが大きく広がるスカートとなり、浮遊したリングから伸びたベールは、まるで花嫁(・・)を思わせる純白。飾り気のない〈アンノウン〉のものとは正反対の〝白〟。

 

「……ッ、あれ、は――――――」

 

 しかし、十香が目を奪われたのは、その装いではない。〝霊装〟を纏う少女の正体が、問題だった――――――鳶一折紙。数分前まで戦っていた魔術師だった(・・・)少女。

 

「折紙……?」

 

「確認。やはり耶倶矢にもそう見えますか」

 

「ですねー……あれ、でもあの姿って……」

 

 眉を顰め訝しげな表情で口々に、現れた折紙とその姿への疑問を語る。何も言わないのは、折紙を見つめるだけの白い少女だ。何を考えているのか、誰にもわからない。それを考える前に、折紙の視線(・・・・・)が十香たちを突き刺した。

 

『……っ』

 

 視線だけ。僅か、それだけで。たった、それだけで。あの者が、人知を超えた〝怪物〟だと思い知らされた。

 

「と、十香……!!」

 

「――――――逃げろ。守りながらでは、戦えない」

 

 三人を折紙の視線から隔てるように立ち、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構える。

 〝あれ〟は、そういうものだ。〝怪物〟を〝怪物〟たらしめる力がある。先程まで戦っていた魔術師など、足元にすら及ばない――――――人ならざるものだ。

 

「十香、白い精霊よ、すまぬ……!!」

 

「祈願……ご武運を」

 

「あっ、ちょっと二人とも……うきゃ!?」

 

 一瞬にしてそれを理解できたのだろう。八舞姉妹は足手まといになる前に、十香と白い少女を残して美九を抱え急速離脱を試みる。

 幸いにも、折紙は離脱する三人には興味を示さず、二人を見下ろしながら唇を開いた。

 

「〝精霊〟……倒す。私が」

 

「……折紙、貴様」

 

 折紙が、右手を天に掲げた。天使が、己の武具を呼び起こす仕草のように――――――否。武具そのものが〝天使〟だ。

 

 

「――――〈絶滅天使(メタトロン)〉」

 

 

 幾つもの光が降り注ぐ。それらは次第に物質となり、細長い〝羽〟のような形を作り、円状に連なって折紙を祝福する〝王冠〟を抱かせるものとなった。

 

 霊装、天使。間違えようがない。鳶一折紙は、今正しく――――――

 

「……折紙。貴様、なぜ――――――精霊になっている(・・・・・・・・)!!」

 

「精、霊……」

 

 それは、忌むべきもの。それは、倒すべきもの。

 

「そう……やはり、そう(・・)なの」

 

 白き復讐鬼は、忌むべきものに成り果てた。

 

 

「ならば――――――それでも構わない」

 

 

 しかし、歩みを止める理由にはならない。神如き力を振るう者が〝精霊〟ならば。

 

 

「――――私は、精霊を倒すためにこの力を振るおう。精霊を殺す精霊となろう。そして全ての精霊を討滅し――――――最後に一人残った(精霊)をも、消し去ろう」

 

 

 その神如き力を以て――――――(精霊)を殺そう。

 

 

「〈絶滅天使(メタトロン)〉――――【日輪(シェメッシュ)】」

 

 

 折紙が広げた両手に合わせ、王冠も先端を広げ円環を作る。その日輪は太陽を思わせる光を解き放ち――――――光の粒を振り撒いた。

 

 百、二百などくだらない数字ではない。千を軽く上回り、万を超える光の粒が、辺り全てを覆い尽くして降り注ぐ。破滅の光は美しく、万物を消し去る裁きの雨。対象に選別などない。万象を粉々に打ち砕き、光が全てを呑み込む光景の中で――――――

 

 

「――――〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉」

 

「――――――!!」

 

 

 折紙は、この世で初めて少女の〝天使〟の名を耳にした精霊となった。

 万を超える光から逃れ、折紙の頭上。白き〝翼〟を持つ『天使』。

 

 

「精霊でありながら、精霊を殺す女王よ。我が女王の往く道を阻む者よ――――――」

 

 

 〝白〟と〝白〟がぶつかり合う。『天使』は『天使』を裁かんと羽を広げ、『天使』は『天使』を討滅するため翼を広げる。

 

 

「あなたは、私の〝敵〟だ」

 

 

 完全なる〝精霊〟と出来損ないの〝精霊〟は、譲れないもののために――――――殺し合う。

 

 

 






第一天使名解錠・〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)
何がとは言いませんが最後の読み方に差異があるのは仕様です誤字じゃないです。

白の『天使』と白の〝天使〟。表現がハチャメチャにややこしいですね。台無しな感想だなお前。初登場補正込みの折紙にどこまで戦えるのか、見物ですね。
というかさり気なく〈ファントム〉が初登場。わらず暗躍中です。

次回、『VS〈絶滅天使〉』。感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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