デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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折紙さんの楽しい楽しい時間旅行、始まるよー(白目)





第八十五話『白き復讐鬼の裁き』

「ぅ……」

 

 数秒。数分。或いは、数時間。或いは、一瞬かもしれない。時崎狂三が放った弾が胸に触れた瞬間、折紙は全身がねじ切られるような感覚を感じながら、その意識を強制的に寸断させられた。

 

 そして、目覚めた今。折紙は()に身を投げ出していた。

 

「ふッ――――」

 

 咄嗟の判断で、素早く姿勢制御を行い浮遊をする。感覚としては、CR-ユニットを用いた浮遊と大差はない。魔術師の技術と精霊の力、それら二つが似通ったものなのかは不明だが、精霊は飛べるという非常識の常識を知り、魔術師としての資質を持っていた折紙は幸運だと言えよう。

 弾の影響なのか、まだ鈍い痛みを残す頭に眉を顰めながら、折紙は空から地上へと視線を巡らせた。

 

 そうして、感じる――――――何もかもが、違う。けど、ここは確かに天宮市だ。ならば。

 

 

「――――――五年前の、天宮市」

 

 

 形になった言葉が、興奮と動悸という肉体的な躍動となって折紙を襲う。

 それを、その歓喜を、その放心を、誰が笑えようものか。

 

 

「――――――ああ」

 

 

 戻って、きた。全てを変えるために。戻ってこられた。絶対に不可能だと思っていた、不可侵の領域に。

 五年前の八月三日。精霊によって、両親が殺された日を――――――変える。

 人の尊厳を踏み躙る行為だ。神に挑むような愚行だ。独裁者の論理だ――――――それでも(・・・・)、誓った。

 たとえ、愚かな事と言われようと。たとえ、どれだけの咎を背負おうと。折紙は、〝悲願〟を成し遂げる。

 

 そのために、帰ってきた。

 

「〈絶滅天使(メタトロン)〉――――【天翼(マルアク)】」

 

 己が天使が顕現し、翼の形を作り折紙の力となる。主人の歓喜に応じているのか、心なしか輝かしいそれは折紙を高速で飛翔させる。

 目指すは、南。五年前のこの時、折紙が暮らしていた天宮市南甲町。飛んで、数分とも満たない時間で、強化された折紙の聴覚が騒がしいサイレン(・・・・)の音を捉えた。

 

「これ、は……」

 

 南甲町大火災。火災警報器。消防や救急のサイレン。音だけではない、折紙の眼下で街が燃え盛っている(・・・・・・・)

 早る気持ちを、折紙は押されられなかった。火の粉が、黒煙が、彼女の視界を遮る。それに構うことなく、ひたすらに視線を巡らせた。

 いる、必ず。やつはいる。ここにいる。いないはずがない。

 

「……士道……ッ!!」

 

 先に発見したのは、小学生くらいの少年と、霊装を纏った幼い少女の姿。だが、彼らを見つけるのが重要だった。

 士道の話では、その存在によって五河琴里は精霊になった。折紙も経験した事だ、間違いはないと思っていた。ならば、ならば――――――それならば。

 

 

 

「――――――――――」

 

 

 

 〝それ〟がいるのは、必然なのだ。

 

 

「――――見つ、けた」

 

 

 姿形輪郭、あらゆるものは定かではない。しかし、そこに〝それ〟は存在するという矛盾。〝それ〟が折紙が知っているものと同一存在なのか、それとも中身は全く別のものなのか。そんなことは、どうでもいい。ただそいつは、そこにいる。

 

 

「見つけた。見つけた。見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた――――――ついに、見つけた」

 

 

 言葉は呪詛。折紙に力を与える呪いにして力。

 昂っていた心が、動悸が、不思議と冷たくなった。

 何故か、なんて、当然の話だ。だって、殺したいほど恋焦がれたものを目の前にして、人が何をするかなんて決まっている――――――全身全霊を以て、〝それ〟を殺すのだ。

 

「――――〈絶滅天使(メタトロン)〉」

 

 言葉だけで相手を凍りつかせる術があるなら、今の折紙には容易い事だろう。それだけの冷たさで、彼女は〈絶滅天使(メタトロン)〉から光を警告もなしに撃ち放った。

 

【――――あれ?】

 

 すると蠢動した〈ファントム〉が、一瞬の後で折紙の眼前にその姿を晒す。と言っても、相変わらずノイズの塊のようなものの為、それが取る僅かな仕草が知れるだけだったが。

 しかし、折紙に焦りはない。あるのは、ただ純粋な殺意の塊……言ってしまえば、折紙自身が殺意と化している。

 

【しかもその天使――――――〈絶滅天使(メタトロン)〉……? 一体どういう事かな? 私はまだ、その霊結晶(セフィラ)を持っているのだけれど】

 

 首を傾げた問いに、答えるつもりはない。だが、未来の〈ファントム〉が打った失策を察し、折紙には歓喜とも呼べぬ感情が増えた。

 

【ねぇ、君は、誰? 一体どこから来たの? なぜ私を攻撃するの?】

 

「――――――ああああああああああッ!!」

 

 その感情を叩きつけるが如く、折紙は雄叫びのままに力を振るった。

 

【……間違いなく〈絶滅天使(メタトロン)〉、か。だとすると考えられるのは――――――〈刻々帝(ザフキエル)〉の力で時間遡行でもしてきたのかな? もしそうだとしたら……少し意外だな。ううん、驚いた。まさかあの子(・・・)が、他の精霊に力を貸すなんて】

 

 光を避けた〈ファントム〉が、思案するように呟いた。

 

 ――――――これを聞いていたのが、仮に五河士道であったなら。恐らくは、凄まじい形相で問い詰めていただろう。なんでお前が狂三を知っている(・・・・・・・・・・・・・・)、と。

 だが、そのようなIFは起こりえないことであり無意味だ。〈ファントム〉の発する言葉など、今の折紙には彼女の怒りを数段蹴り上げていくものでしかない。

 

「【光剣(カドゥール)】……ッ!!」

 

【……っ】

 

 〈絶滅天使(メタトロン)〉の翼が個々の羽となって、その圧倒的な物量を以て破壊の光を解き放つ。

 全方位に渡る、一撃一撃が必滅の火力を持つ光だ。〈ファントム〉もそれを理解しているのだろう。息を詰まらせて後方へと逃げ延びる。

 

「逃がさない!!」

 

 追う折紙と、逃げる〈ファントム〉。一見して、その火力範囲を維持したまま追い縋る折紙が有利のように見えるが、必ずしもそうとは限らない。

 制限時間。狂三は過去にいられる時間は、そう長くはないと言っていた。こうして追っている間に、折紙が未来へ強制的に送還されてしまえば全ては水の泡――――――それを思い出させた理由は、目の前の〈ファントム〉の動き(・・)のせいであった。

 

わかる(・・・)。紙一重で避けられこそしているが、〈ファントム〉の動きが読める(・・・)。だが、どうして――――――

 

【はあ……どうやら、未来の私は随分と君に恨みを買ってしまったみたいだね】

 

 そんなギリギリの攻防が続く中、〈ファントム〉がうんざりとした様子で声を発した。

 

【……でも、悪いけど、ここで君に殺されてあげるわけにはいかないんだ――――――私にも、叶えなければならない願いがあるからね】

 

「願い――――だと?」

 

 感情の抑えは、とっくに振り切れている。その心のまま、水晶が輝きを増し〈絶滅天使(メタトロン)〉の羽が限界を超え顕現する。展開させていた羽の中に織り交ぜ、折紙は頭に浮かぶ予測(・・)範囲を推し進めた。

 

 

「私のお父さんを……私のお母さんを殺しておいて、願い……? ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな……ッ!! あなたには、願う間さえ与えない。祈る時間さえ与えない。何も成さないまま死んでいけ。何も残さないまま消えていけ。その空虚な心に、後悔だけを抱いてこの世から失せろ――――ッ!!」

 

【君のお父さんと、お母さん……? 何を言っているの? 覚えがないよ。悪いけれど、人違いじゃあないかな】

 

「……ッ!!」

 

 

 今の〈ファントム〉には、そうだろう。何故なら、折紙の両親が殺されるのはこの後。今の〈ファントム〉には覚えがなくて当たり前だ。

 だからその返答は、折紙にとって別の意味を持っていた。

 

 覚えがない。その殺害に、意味はない。計画性もない。道理もない――――――悪意に、理由がなかった。

 

 

「貴――――様ァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 そんな理由のない悪意(・・・・・・・)に、何の罪もない両親が殺された――――――もはや、一秒足りともこの世に〈ファントム〉という穢れた存在がいることを、許しておけない。

 〈絶滅天使(メタトロン)〉の羽が輝き、無数の光線を〈ファントム〉へ叩きつけた。それを紙一重で躱す〈ファントム〉を見て――――――折紙は、冷静な憤怒の中で疑惑を核心へと変えた。

 

 

「【砲冠(アーティリフ)】――――ッ!!」

 

 

 避けた先へ、誘い込む(・・・・)。紙一重で避けたということは、躱すことが出来る場所はそこにしかないということ。どれだけ速くかろうと、どれだけ攻撃を感覚で避けようとも、その事実を変えられはしない。

 

 極大の光。まるで裁きの柱(・・・・)。それが、〈ファントム〉に向かって上空から叩き落とされた。

 

【……ッ】

 

 初めて、〈ファントム〉が狼狽を見せる。が、それはあまりにも短かった。〈ファントム〉を包む霊力の壁と、無数の光線(・・・・・)が激突し、目が眩むような凄まじい光が辺り一帯を包んだ。

 

「――――――今のは、お見事だったよ」

 

「……ッ!?」

 

 若い、女の声。もっと言うなら――――――少女。

 男か女かも判断がつかなかったはずの声が、酷くクリアーになる。驚きで目を見開いた理由は、その声が誰かと似ていたからだった(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「流石に避けきれなかった。まさか、こんなにも見事に〈絶滅天使(メタトロン)〉を使いこなすなんて――――――でも、不思議だな」

 

 それだけではない。〈ファントム〉を覆っていたベールが剥がれ、長い髪を靡かせた少女が、折紙に背を向けていた。

 

 

「君は、初めから私の動きを予測していた(・・・・・・・・・・・・・・・)。もしかして……未来で『私』と戦ったことがあるのかな?」

 

「――――――な」

 

 

それ(・・)は、折紙が真っ先に考え、真っ先に切り捨てたものだった。

 〈ファントム〉の言う通りだ。折紙は、彼女の回避パターン、回避の癖を知っていた。厳密には、見たことがあった。忘れるはずがない。僅か数時間にも満たない間に(・・・・・・・・・・・)、折紙の記憶能力が劣化しようはずもない。

 

 何故なら、その回避パターンは――――――折紙と戦い、折紙を送り出した〈アンノウン〉のものと、同一と言っていいほど酷似していた(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……しかし、困ったな。そうなると、未来でも自分に弓引く可能性がある少女に霊結晶(セフィラ)を渡さないといけない、か。けど、これほどの力を振るえる少女に渡さない、ということは考えられないし……」

 

 仇を前にして目を見開き、身体を硬直させた折紙の様子を背でどう受け取ったのか。もしかすれば、それすら見えていたのかもしれないが、〈ファントム〉は困った様子で声を発した。

 

 

「まあ、それも仕方ないか。力ある精霊の誕生は歓迎すべきことだしね。それが、反逆の精霊だとわかっていても、ね。この一撃は、甘んじて受け入れるとするよ。全ては――――――私の願いのために」

 

「あなた、は――――――」

 

「じゃあね。私はこれでおいとまする事にするよ。今日の目的は取り敢えず達したしね。本当は君の力をもう少し見たいのだけれど……これ以上ここにいても、いい事はなさそうだ」

 

 

 少女の姿が虚空へと掻き消える。間違いなく逃げようとしている〈ファントム〉を見て、ハッと正気に返った。

 

「……ッ!! 待て!!」

 

 〈絶滅天使(メタトロン)〉に指令を下し、追撃の光を放つが、それは間に合うものではなかった。

 光線が、〈ファントム〉の影だけを射抜く。文字通り、幻影のように少女は消えていった。

 

「……どういう、こと……?」

 

 両親の仇を逃がしてしまった苦々しさは、ある。だが、それと同じくらいの疑念が折紙の頭を支配していた。

 

 ――――――未来の『私』。

 

 間違いなく、〈ファントム〉はそう言った。しかし、それはない。未来から来た折紙に、〈ファントム〉との交戦経験など一度たりともなかったのだから。けれど、〈ファントム〉自身がそう誤認してしまうほど――――――〈アンノウン〉は彼女と同じ回避の癖(・・・・)を持っていた。

 

 どういう事だ、と疑問ばかりが強くなる。〈ファントム〉と〈アンノウン〉が同一人物だとでも? 否、折紙が精霊の力を受け取った時、白い少女は夜刀神十香たちの元にいた。更に補足するならば、万が一にも、そうだとしたらならば……〈アンノウン〉は過去の自分自身を消そうとする折紙を(・・・・・・・・・・・・・・・・・)わざわざ自らの霊力を使って支援した(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、という馬鹿げた話が出来上がる。

 

 何よりも、折紙には――――――自らに向けられた殺意(・・)も、()も、嘘だとは思えなかった。

 

「――――あ」

 

 しかし、その解消不能な深い疑問も、直後に溢れ出た歓喜に打ち消された。

 そうだ、仇は取れなかった。でも――――――両親を殺した精霊を、追い払うことが出来た。

 

「――――――あ、あ」

 

 それは、つまり。折紙が微かな希望を辿ってここまで来た目的が、果たされたということだ。

 

 

「お父さん……お母さん……」

 

 

 封じ込めていた涙が、目尻に滲む。

 

 取り戻せた。取り返すことが出来た。証明されたのだ、歴史は変えられると。失ってしまった両親を、折紙は自らの手で取り返した。ああ、ああ。これで、希望は繋がって――――――

 

 

「――――――――――え?」

 

 

 なぜ、あと数瞬、その悦楽に浸っていられなかったのか。

 

 

「あ……、あ、ぁぁ……」

 

 

 なぜ、あと数瞬、その優れた視界を閉じていられなかったのか。

 

 なぜ、全てを理解してしまえる、その優れた頭脳を持ってしまったのか。

 

 なぜ、神に見定められる力を鍛えて、極地へ至ってしまったのか。

 

 

 

「あ、あ、あ、あ、ああ、あ……」

 

 

 

 なぜ、無意識に――――――時崎狂三と、己を重ねてしまっていたのか。

 

 鳶一折紙は、変わる。変わらなかった狂三が変わったように、変わる。だがそれは、十数年の時を超えた事象の逆転。奇しくも折紙は、過去(狂三)の再演を行ってしまった。折紙と狂三の違いは――――――この絶望を、巻き戻せない(・・・・・・)こと。

 

 故に、折紙は見る。故に、折紙は知る。故に、折紙は――――――真実(もうどく)に、犯される。

 

 

 

『――――――――』

 

 

 

五年前の少女(鳶一折紙)が、見上げている。

 

 何を――――――人の形をした、『天使』を。

 

 

 

『――――お、まえ、が……お父さんと、お母さんを』

 

 

 

五年前の少女(鳶一折紙)が、全てを捨て去る復讐鬼へと生まれ変わる。

 

 なんの為に――――――裁きの光(・・・・)で、肉片に成り果てた両親(・・・・・・・・・・)の仇を、討つために。

 

 

 

『――――許、さない……!! 殺す……殺してやる……ッ!! 私が――――――必ず……ッ!!』

 

 

 

五年前の少女(鳶一折紙)が、呪詛と怨嗟に満ちた叫びを上げる。

 

 知っている――――――だって、それは。

 

 

 

「……わ、たしが……お父さんと、お母さん、を――――――――――」

 

 

 

五年後の少女(鳶一折紙)が、幾度となく繰り返した復讐の言葉であったから。

 

 

 削り取られた、破壊の痕。そこに、両親だったものがいて。どうして、その道は失われてしまったのか――――――〈ファントム〉を討滅するために使われた、〈絶滅天使(メタトロン)〉の極光によって。

 

 五年後から舞い戻った、天使によって(・・・・・・)

 

 

 

 わたしが、ころした。

 

 

 

 

「あ、あ、あ、」

 

 

 

 時は巡り、時は流れる――――――神は、摂理に抗う者に罰を与える。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 しかし、それを罰と呼ぶには、あまりに救われぬ、あまりに残酷な――――現実(呪い)だった。

 

 

 




裁きを受けたのは、どちらだったのか。ほぼ変わりはないけどカット出来なかった事情回。フラグ回ともいう。しかし真っ先に〈ファントム〉に疑問を感じた折紙さん、ここで一旦脱落。未来の『私』……一体どんな白いやつなんだ(棒)

鳶一エンジェル編も終わりへと近づいて参りました。狂三以外のヒロインは2巻分を1章にまとめることに定評があるこの作品恐らく唯一の2章構成。ほんと色々一気に進展しますね折紙編は。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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