デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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長めのプロローグの終わり


第八話『矛盾の心』

 

 

「――――私だけで動きます。そう言いましたよね?」

 

 ふわり、軽やかな足取りで未だ止まぬ雨の中帰還したローブの少女が怫然とした面持ち――と言っても顔は見えないのだが――で声を放った。器用にもローブを着たまま腕を組み、どういうつもりだと言わんばかりに狂三を見据える少女だったが、当の本人は苦労を労わるように微笑んでいた。

 

「あら、あら。おかえりなさいませ。無事、士道さんを送り届けられたようで何よりですわ」

 

「ただ今戻りました。……これで話を逸らせると思ってます?」

 

 労る狂三の気持ちはまあ、それなりにはこもっているのだろうが、それとこれとは話が別だ。はぁ、と溜息を吐いて頭を抱える。いつもの事だが、この女王様は気まぐれを盾に自由すぎる。

 

「……【二の弾(ベート)】。あの時(・・・)使ったでしょう。僅かな時間とはいえ、崇宮真那に気づかれますよ」

 

「さて、なんの事やら。わたくしにはさっぱりですわ」

 

 あくまでシラを切り通すつもりらしい狂三に、全くもう……と少女は小さく息を吐く。崇宮真那がこちらを嗅ぎつけるのは、言っておいてなんだが大きな問題ではない。彼女程度に狂三は()れないし()らせない。狂三の分身体を無意味に削られるのは腹立たしさもあるが、それも狂三の〝悲願〟に支障は出ない。

 

 どの道、押し問答を続けて狂三が白状したところで気まぐれ(・・・・)で通されるだけだろうな、とは少女にも分かっていた。狂三が燃費の悪い自分の天使を使ってまで、あの時手を貸したのも……想像はついていた。

 

 狂三が士道と接触した先日、彼女の存在が〈ハーミット〉の精神を非常に安定させていた。そう、あまりにも安定させすぎた(・・・・・・・)。安定していた精神が、拠り所を失い絶望へと一手に転じれば――――言うまでもない。精霊の霊結晶はその感情に答え過剰に力を発揮する。

 

 本来、狂三の介入が無ければここまでの事態にはならなかったかも(・・)しれない。所詮はもしも(IF)の話。だが狂三は聡明であり……色々と気まぐれ(素直じゃない)な子なのだ。

 

「ほんと、強情な子ですね」

 

「あーら、何か仰いまして?」

 

「いーえ。別に何も」

 

 ――――ふと、雨が止んだ。

 

「これは……」

 

 あれだけ空を遮っていた曇天が、その力を失ったように消えていき……光が、射した。

 

「終わり、ましたわね」

 

 眩い太陽の輝きに目を細め、空にかかった美しい〝虹〟を見つめる。ああ、終わったのだと――――誓いは、果たされたのだと狂三は悟った。

 

 

「本当に――――――お優しい(残酷な)人」

 

 

 ――――あなたでなければ、良かったのに。

 

 

「もう用はありませんわ。帰りますわよ」

 

「狂三?」

 

 スカートを翻し、光に背を向け歩き出す狂三。少女はそんな彼女の様子を見て訝しげに声をかけた。

 

 ふと、狂三が足を止める。一陣の風がその黒髪を揺らす。まるで、彼女の心を表しているかのように揺れ動く。煩わしげに髪を無理やり手で押さえつけ、振り向かずに彼女は告げる。

 

「精霊三人分の霊力を溜め込んだ〝器〟。えぇ、えぇ、待ち焦がれ過ぎてわたくし死んでしまいそうでしたわ」

 

「…………」

 

頃合い(・・・)ですわ。わたくしが士道さんを『いただき』ますわ。――――きひ、きひひひひひひひひひッ!!」

 

 楽しげに、しかしその狂った笑い声はどこか芝居がかったようだと少女は思う。

 

 彼女の言葉にある矛盾に少女が気づかない筈がない。狂三の〝悲願〟を……その目的を考えれば、三人程度の霊力では果たして完全にそれを遂げる事が出来るのかどうか。不安が残ってしまうのは狂三だってよく分かっているだろう。

 

「……ええ。私は狂三の選択に従いますよ」

 

 だが、少女はその事に触れることはしなかった。仮に霊力が足りなかったとしても、いつも以上に(・・・・・・・)己がそれを補えば良いだけのこと。例え、全てを使い果たそうとも――――〝計画〟の為にも。

 

 

 けど少しだけ、ほんの少しだけ――――希望(士道)の可能性に、賭けてみたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「んぅ……良い天気だな」

 

 玄関を開けると、溢れんばかりの太陽の眩しさが飛び込んで来た。その日差しの暖かさを、ん、とのびのびと身体を伸ばし久しぶりに感じた日常の快晴を堪能する士道。

 

 はぁ……と満足げに息を吐き出す彼の表情はとても晴れやかな物だった。色々あったが謎の精霊と十香の助けもあり、四糸乃の力を無事封印し彼女を救う事が出来てから数日。五河家に戻ってきた士道は、ようやく平和な日常を取り戻したのだ。あまりに無茶をしたので妹には泣くほど――本人は否定するだろうが――心配をかけてしまったが、取り敢えずは一段落と言えるだろう。

 

「これから、か」

 

 十香を、四糸乃を、士道は救う事が出来た。最初は巻き込まれて無茶振りをさせられた事から始まったものだったが……二人の件で士道の心は既に決まっていた。それに――――

 

『――――シドー、お願いだ。もし今後、私や四糸乃のような精霊が現れたなら……きっと救ってやって欲しい』

 

 約束がまた(・・)増えてしまったから、反故にする事だけは絶対に出来ない。

 

 ……どこか複雑そうな顔をしていた十香が気になったが、その後の彼女の行動を思い出し〝唇〟を押さえ顔を赤くする。何回経験しても、この感覚と男としての罪悪感は拭えそうになかった。

 

 ふぅ、と何度か深呼吸して高まった気持ちを整える。やると決めた以上、例の方法に慣れていかなければ行けないと思うのだが……頭に浮かぶ黒髪の少女の顔を思い出し、やっぱ無理そうだなぁとガックリ肩を落とした。

 

 そう言えば、その彼女は元気にしているだろうか。まだ検査の途中で自由に出歩く事は出来ない四糸乃も、きっと彼女に会いたいことだろう。士道としても、無事よしのんを見つける事が出来たことを伝えてやりたかった。

 

 近いうちにまた会えると良いな……そう思いながら、こうしちゃ居られないと買い出しに出るため塀を通り抜け……。

 

 

「お元気そうで何よりです、五河士道」

 

「らびっとぉ!?」

 

 

 その声に心臓が飛び出そうなくらい驚いて跳ね上がった。ウサギ耳を見たからか戦車と続きそうなとても奇妙な叫び声になってしまったが、何とかバクバクとうるさい心臓を落ち着かせ声の報告へ振り返り、その人物を見て士道は目を見開く。

 

「無事〈ハーミット〉を救うことが出来たご様子で。ひとまず、賛辞を送らせて頂きます」

 

「お、お前……なんでこんな所に……」

 

 相変わらず気取った言い方で彼に賞賛を送るのは、白いローブを纏った少女。いつから居たのか、塀に背を預け腕を組んで我が物顔で五河家の前に居座っていた。いや、顔は見えないのだが。

 

 少女を見て呆然と問う士道だが、驚くなという方が無理な話だった。士道が少女と別れた後、少女はあっさりとその姿を消したと聞いていた。それも〈フラクシナス〉の感知システムをあっさりと振り切って。

 結局、少女は何が目的だったのか、どういう〝精霊〟なのか、なぜ士道の事を知っていたのか……全くの〝正体不明〟のまま消えてしまった。だと言うのに、たった今また士道の前に姿を現したのだ。空間震による出現ではなく、恐らくは少女自身の意思で。

 

「どうして、ですか。勿論、あなたに会いにですよ」

 

「お、俺に……?」

 

「えぇ。あなたに用事があって来ました」

 

 その言葉に用事?と困惑する士道を見てふふ、と可笑しそうに笑う少女。用事とはなんなのか……グッと拳を握り気を引き締める。インカムは持っているが、少女と向き合っていては付けることが出来ないし、少女は〈フラクシナス〉側の事も知っているようなので取り敢えずは自分一人で会話を試みるしかなさそうだ。

 

 例え正体不明であろうとも相手は〝精霊〟。なら、士道のやるべき事は変わらない。自分に会いに来てくれたというのなら、望むところだと腹を括る。十香との交わしたばかりの約束も、効いていたのかもしれなかった。

 

「そうか……じゃあ俺から先に言わせてくれ。……ありがとう。あの時、お前がいなかったら本当に危なかった。改めて礼を言わせてくれ」

 

「ふふ、律儀な人ですね。ではそのお礼、ありがたく受け取らせていただきます」

 

「――――それと聞かせてくれないか? どうして俺を助けてくれたんだ?」

 

 別れ際の時は急ぎで短い物になってしまったので、きっちりと頭を下げて礼を述べる士道。そして何より彼が、いや彼だけでなく〈ラタトスク〉メンバーも気になっていた質問を投げかけた。一体、どういう理由で少女は五河士道を助けたのか、せめてその理由が知りたかった。

 

 単純な善意、と言うのが一番話が早いのだが、十香と四糸乃とはあまりにも違いすぎる精霊の少女に対しては甘すぎる考えだろうか。士道の問いに、僅かに考える仕草をした少女は、さして時間をかけず答えを返して来た。

 

「そうですね……まあ、女王様の気まぐれ(・・・・)と思ってください」

 

「女王……様?」

 

 士道のポカンとした返答に少女は大真面目にええ、と声を発する。女王様という風貌の少女にはとても見えないので、どうやらはぐらかされてしまったのだろうか。少し直球過ぎたのかもしれない、そう士道が思っているとさて、と塀に背を預けていた少女がローブを揺らし士道へ向き直った。

 

「今度は私の番ですね。あなたを助けた代わりに、一つお願いがあるんですよ」

 

「お願い……?」

 

 一体どのような見返りを要求されるのか。思わず身構える士道に、少女は変わらず平坦な声で言葉を続けた。

 

「そう警戒なされずとも大丈夫です。ただ質問に答えて貰いたいだけですから」

 

「……質問? そんな事でいいのか?」

 

「はい。五河士道、あなたは夜刀神十香と〈ハーミット〉という二人もの精霊を救いました。ですが、彼女たちは〝善〟と言える方達でしたね?」

 

 あ、ああ……と戸惑いながらも少女の質問を受け止める士道。十香も四糸乃も、望んでもいないのに空間震を起こしてしまい、そして理不尽に排除されようとしていた。誰かを思いやる事が出来る優しい存在なのに、その理不尽さが許せなくて士道は彼女達を救うと決めた。その想いは今も変わっていない。しかし――――

 

 

「ではその逆……〝悪〟を成す精霊。万人が揃って〝悪〟と断じ、その身が地獄の底へ堕ちようとも(・・・・・・・・・・・)歩みを止めない。そんな〝最悪の精霊〟がいるとしたら――――あなたはどうしますか、五河士道」 

 

「――――な、んだよ、それ」

 

 

 ありえない想定だ、そう彼は断じたかった。けど出来なかった。身体が軋んでしまったように鈍く感じる。少女の質問の一部分はどこか聞き覚えがある(・・・・・・・)物で、否定しきる事を身体が拒否しているとも思えた。

 

 即座に答えることは、出来なかった。士道は前提として、理不尽な思いをする精霊を救いたいという意思で動いているのだ。その恐ろしい質問に、少年はまだ答えを持っていなかった。

 

「答えは今すぐじゃなくて構いません。そうですね……次に会う時にでも聞かせてください。それではまた会いましょう――――期待(・・)していますよ、五河士道」

 

「あ……」

 

 一方的に言いたいことを投げかけた少女は、手を伸ばす士道の先であっさりとその姿を消した。じっとりと汗ばんだ手を戻し、ふとそれを見つめる。なぜこんなにも不安になっているのか、自分自身でも訳が分からない。

 

 八つ当たりのように髪を掻き毟るが、やはり気は晴れない。先程までの晴れやかな気分は消え去っていて……士道の感情に呼応して何故か天気まで悪くなっているように思えた。

 

 

 少年は気づかない。気づきたくなかっただけかもしれない。問いの中に感じた既視感は決して間違いなどでは無かったということを。少年は、思い知る。あんなにも会いたかったのに、今は何故か会うことに不安を感じている。

 

 

 少年を狂わせる(・・・・)少女との再会は――――――すぐ、そこに。

 

 





四糸乃編エピローグ兼次回へのプロローグ。そして次回はいよいよ……

やってみるとやはり展開の都合上改変出来る部分が薄くうーんな場面が多くなってしまったなぁと思った四糸乃編。力量不足を感じますが、これからも頑張っていこうと思うので感想などありましたらお送りいただけると凄いモチベーションに繋がりますのでよろしくお願いします(媚び媚びスタイル)

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