デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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久しぶりに数日間書けない環境が続いているなーと。まあストック減ったら三日間隔にするだけだと思います。しばらくは大丈夫です。それでは鳶一デビル編、どうぞ




鳶一デビル
第八十九話『不可逆への介入者』


 暑い。ジリジリと身体を焼く灼熱は、日も既に傾きかけた時間であろうにその力を衰えさせない。

 士道の記憶では、〝今〟は十一月。冬の到来を予感させる寒さが押し寄せてくる頃合いだったはずだが、士道の〝今〟はそれとは真逆。真夏の日差しは、直前まで元の季節を感じていた脳の処理をおかしくしているのではないか、と思えてしまうほど激しい。辺りを観察し、差異のある風景を観測し、ここまで思考を辿ればもう全てを認めざるを得ない。

 

「……八月、三日」

 

 五年前の、天宮市。

 

 人は時を超えることは出来ない。人は時を支配することは出来ない。そんな小学生でも知っているような、絶対不可侵の領域。条理を超える、不条理の塊。彼女は、彼女だけは……この世界で唯一、時崎狂三だけは時の支配を逃れられる。

 彼女に導かれた、士道はここへ辿り着いた。何をするべきなのか――――――同じように、五年前に到達する折紙を見つけ出す。

 

「けど……どうしたらいいんだ……」

 

 五年前の八月三日。ここが〝いつ〟なのかは送り込まれる直前、狂三の口から語られはしたものの、折紙が何の目的で五年前に時間遡行したのか、こちらで何が起こったのか――――なぜ狂三は、犬猿の仲と言える折紙に力を貸したのか。考えるべき事が、欠けている情報が多すぎた。

 

 

『――――――きひひ、ひひ』

 

「……ッ!!」

 

 

 頭をかいて思考を巡らせていた士道に、その声が届く。他者の声ならいざ知らず、彼女の声を士道が聞き間違えるはずがない。そう、それはまさに。

 

「狂三!?」

 

『ごきげんよう、士道さん。どうやら、お困りのようですわね』

 

 声、口調、それらは間違いなく時崎狂三のものだ。一瞬、士道と同じように時間遡行したのかと思ったが、どこを見渡しても姿は見当たらず困惑の表情を深めた。

 それに、声が響くと言ったが、インカムや現実を通しての話ではない。頭に直接響いている(・・・・・・・・・)、ような感覚を覚えた。

 

「お前、一体どこから……!?」

 

『どこ、と訊かれましたら、そうですわね……士道さんとは別の〝時間〟と、答えるべきでしょう。わたくしを主観的な視点として〝今〟というべきかしら』

 

「別の〝時間〟。狂三から見て〝今〟……」

 

 当惑する士道が見えているのか、くすくすと笑う狂三。何だかからかわれているような気がしながらも、士道はハッとある場面を思い起こした。

 五年前に時間遡行したのは【一二の弾(ユッド・ベート)】の力。それとは別にもう一つ、士道に撃ち込まれた銃弾(・・・・・・・・・・・)があったはずだ。〈刻々帝(ザフキエル)〉の数字から数えて、『Ⅸ』の文字。

 

「――――――まさか、これが【九の弾(テット)】の能力、なのか……?」

 

『流石ですわね。お察しの通り、【九の弾(テット)】は異なる時間軸(・・・・・・)の人間と、意識を繋ぐことが出来る弾ですわ。このように用途は限られる弾ですので、わたくしも使い慣れていないのですが……殆ど誤差もなく意識を繋ぐことが出来たのは、幸運でしたわ』

 

「異なる時間軸……じゃあ、ここは間違いなく……」

 

『ええ。相違ありませんわ――――――〈刻々帝(ザフキエル)〉最後の弾、【一二の弾(ユッド・ベート)】は、正しくその力であなた様を五年前へと誘いましたわ』

 

 士道が息を呑んだのも無理はない。信じていなかったわけではないし、視覚で得た情報もそう(・・)だと言っていた。しかし、どこか現実味がなかった現象が、狂三の言葉によって夢幻ではない現実の認識として、ようやく士道の中で正常化されたような気がしたのだ。

 

「……すげぇとは常々思ってたけど、ここまでのことが出来ると……尊敬とかそういうのを超えてる気がするな、狂三と〈刻々帝(ザフキエル)〉の力は。過去へ飛ぶとか、未来から意識を繋ぐとか」

 

『き、ひひひひ。お褒めの言葉として受け取らせていただきますわ。【九の弾(テット)】はこうしてお話が出来るだけでなく、士道さんが見たもの、聞いたものも共有することができますのよ』

 

「へぇ……」

 

 試しに手を握ったり開いたりしてみたが、こういうのも狂三に伝わっているのだろうか。士道からはわからないものだが、何とも不思議な感覚だった。

 【一〇の弾(ユッド)】で意識を共有とも言えることをした狂三が相手だからすんなり受け入れているが、そうでなければ奇妙な気分になっていたかもしれない。と、こんなことをしている場合ではないと顔を上げ、狂三に向かって声を発する。

 

「そうだ、狂三!! 五年後の折紙が、この時代に現れるっていうのは……」

 

『事実ですわ。士道さんの遡行に少し余裕を持たせましたから、ちょうどこの五年前に折紙さんは【一二の弾(ユッド・ベート)】によって戻ってきますわ――――――両親の仇を。正確には、仇になる前の敵を討つ、そのために』

 

「…………ッ!!」

 

 五年前の八月三日。折紙が手にした精霊の力。狂三の【一二の弾(ユッド・ベート)】。全てが点と点で結ばれていき、心臓の鼓動を跳ね上げた。

 

「五年前に天宮市に現れた……〈ファントム〉。そいつを倒すために、折紙はここに戻ってくる……」

 

『――――――そうして、〝反転〟してしまう程の〝何か〟があった。或いは……してしまった(・・・・・・)

 

「狂三……?」

 

 どうしてか、自信に満ちたいつもの狂三からは信じられないような、弱気な声のように聞こえた士道は、思わず眉根を寄せた。

 何かが、ある。折紙が反転する程の何かが。そして、狂三はそれに当たりをつけているのかもしれない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。どちらかと言えば――――――どうしても当たって欲しくない。そんな雰囲気が、あった。

 

『なんでもありませんわ。とにかく、折紙さんがああなった原因を探るため。そしてそれを覆すために――――――士道さんには、動いてもらわねばなりませんわ』

 

「……わかった。これしか方法がないなら、俺がやる。けど、その前に……どうして狂三は、折紙に力を貸したんだ?」

 

 それが、士道にとって最大の疑問。折紙の目的からして【一二の弾(ユッド・ベート)】を撃ってもらうことは、恐らくは折紙から持ちかけた事だろう。なぜ折紙の願いを聞き届けるに至ったのか。

 士道へ、というのならわかる。自惚れでもなんでもなく、狂三は士道との先の未来を望むからこそこの行動に出た。だが、それより前の折紙の頼みを受け入れたことに、士道が思いつくような理由がなかったのだ。

 彼女は士道の理想に手を貸してはくれるが、同時に現実主義者の面もある。ここで言う現実主義者というのは、狂三にとって利になるかならないか、だ。彼女が約束事を反故にするのを嫌うのも、元来の義理堅い一面があるからだろう。故に狂三が、折紙のために動くに足るだけの理由は何なのか。それとも、士道も知らないほど折紙と接点があったのか。

 しばらくの沈黙を挟み、狂三が言葉を返してきた。

『……手が滑ってしまった、という理由であれば、士道さんは納得しまして?』

 

「お前はどう思う?」

 

『質問に質問で返すのは、よくありませんわね』

 

「じゃあ今のが、俺の答えだ」

 

『…………』

 

 狂三が隠したいのであれば、それで納得する。そうでないなら、答えて欲しい。曖昧ながらも、意図は伝わると思ってそう口にした。

 沈黙は、長いものではなかった。けれど、その声は、少しだけ震えているように思えてならなかった。

 

 

『証明が、欲しかったのですわ』

 

「証明……?」

 

『同じですわ――――――歴史は、人の力で変えられると』

 

 

 ――――――それは、この時代に来る前にも聞いたものだった。思えば、狂三の飾り気のない声と行動を考えれば、答えは出ていたのかもしれない。未来を望んだのは、本当のことだった……けれど、あの問題提起こそ狂三の本質。

 士道と折紙。それぞれに【一二の弾(ユッド・ベート)】を撃った。その理由に差はあれど、その本質に差はない。狂三の心からの願い(・・・・・・・・・)が、撃つに至る行動を導いた。

 

 

『折紙さんは、世界に阻まれてしまった。だから士道さん、わたくしに見せてくださいまし。この救いのない破滅を、希望の潰えた惨劇を、〝なかったこと〟にしてみせてくださいまし。わたくしを信じてくださったあなた様の想い、わたくしは信じたいと思いますの』

 

「それが、お前の……」

 

『その可能性が実現された時、わたくしは――――――前へ進めるかもしれませんの(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 狂三の目的の、先。それを考えた時、士道の心臓が握り潰されるように引き絞られた。これで、三度目。三度目ともなれば、予感は確信へと変わる。

 

世界を変える(・・・・・・)。それこそ、語られなかった狂三の〝悲願〟の果てなのだと、察する事が出来たから。そしてそれは――――――致命的なまでに、士道の目的と相反するものだと(・・・・・・・・)、気付かされてしまった。

 

 

「なら――――――変えよう、世界を」

 

『――――――っ』

 

 

 

 相反するものだとしても、今は。あの地獄を、あの絶望を。

 

 

「お前がそれを望むなら、俺が叶えてみせる。十香たちのためにも、折紙のためにも、俺自身のためにも――――――狂三の、ためにも。絶望しかない未来なんて、変えてやる」

 

 

 〝なかったこと〟に出来るのなら。その奇跡のような可能性を、誰でもない時崎狂三が示してくれるというのなら――――――士道は必ず、答えてみせる。やってみてから決めると言ったが、少し変えよう。やってみせる(・・・・・・)と。

 

「行こう、狂三」

 

『……はい。ありがとうございます、士道さん』

 

「何言ってんだ。こっちのセリフだよ」

 

 もとより、折紙の反転を止めて絶望の未来を回避する方法は、これしか残されていないのだ。なら、やってみてダメでしたは通用しない。必ず、やり遂げる。そのくらいの意思が必要だ――――――限りなく低い可能性を、こんな方法で引き上げてくれたのだ。感謝するべきなのは士道の方と思っている。

 

 目指す場所は、天宮市南甲町。五年前の火災現場であるそこに〈ファントム〉――――そして、折紙は現れる。意を決して、走り出す。

 

『それと、ご忠告がありますわ。走りながらで良いので、耳を傾けてくださいまし』

 

「っ、ああ」

 

『【一二の弾(ユッド・ベート)】の効果は有限。時が来れば、士道さんはこちらに送還されてしまう。その前に歴史を変えたのなら、恐らくは改変後の歴史へ。ですが……その時、士道さん自身が無事でなかった場合(・・・・・・・・・)、どうなるかは想像できませんわ』

 

「……んん?」

 

 要するに、【一二の弾(ユッド・ベート)】が切れて強制送還を喰らう前に、歴史を改変する必要があると言いたいのだろうが、何だかそれ以上に回りくどい言い方に走りながら首を傾げてしまう。

 その様子が伝わったのだろう。微かな苛立ちを含んだ様子で狂三は言葉を続けた。

 

『ですから……此度はわたくしが傍について差し上げることはできません。以前のように、都合よく駆けつける、などということも不可能なのですわ。絶対に、いつものような無茶はなさらないでくださいまし。いいですわね?』

 

「……ああ、要するに心配するから無茶するなって事か」

 

『な……っ』

 

 確かに、八舞姉妹の一件からいつも狂三には助けられてばかりだったし、心配をかけるのも無理はないなと納得する。

 

「悪いないつも。けど、狂三の中での俺のイメージってどうなってるんだ……?」

 

『無茶で無鉄砲で向こう見ずで甘い理想論を振りかざす素敵なお方ですわ。わたくしがついていなければダメなのかしら、と思ってしまうくらいには』

 

「辛辣だな!?」

 

『当然ですわね』

 

 これだけ聞くと、狂三がダメ男の世話で大変な世話焼きの女の子でしかない。そんなにか……? とも思うが、妹様にも自分を勘定に入れろと怒鳴られているのを思い出して、そんなにだな、と少しだけ落ち込んだ。

 

 

 ……まあ、狂三の顔が見えない士道には、照れ隠しだとわからないのも当然だった。

 

 

 そうして、ひたすら走り続けて、息も絶え絶えになった士道は、強く見覚えがある場所に辿り着いた。

 

「南甲、町……」

 

 大火災に見舞われる前の、天宮市南甲町。その風景は、士道が二度と現実で見れるものではないと思っていた光景そのものだった。

 

「あ……」

 

 当然。その家はある(・・・・・・)。臙脂色の屋根をした二階建ての一軒家。それが重要なのではない。そこが、五年前に士道が住んでいた家(・・・・・・・・・・・・・)、というのが重要だった。

 

 

 ――――――変えられるのではないか?

 

 

 ふと、過ぎる。今、士道の目の前にはその鍵がある。五年前の悲劇、〈ファントム〉によって妹が……琴里が精霊にされた事実を〝なかったこと〟にできるかもしれない。

 方法なんて、いくらでも思いつく。五年前の琴里を公園、つまりは〈ファントム〉と接触した現場に近づけさせない。たったこれだけで、変えられてしまう〝可能性〟がある。悲劇の連鎖を、断ち切る可能性がある。自分の妹を――――――

 

 

『士道さん』

 

「……ぁ」

 

 

 ――――――気づけば、庭の裏手にいた。無意識のうちに、旧五河家の敷地内に入っていた。

 強く、どこか咎めるような口調で名前を呼ばれて我に返る。そして、自分がしようとした事に愕然となる。思わず身体から力が抜けてしまい、近くの塀に背を預けた。

 

「…………狂三」

 

『はい』

 

「……怖い(・・)、な」

 

『……ええ』

 

怖い(・・)。琴里が精霊にならなくていい現実に目が眩み、それを実行しようとした自分が。それによって、どのような影響が出るか(・・・・・・・・・・・)も、考えられなかった自分が。

 

「ここで琴里の過去を変えられたら……そう考えたら、身体が勝手に動いてた――――――十香たちを救えた〝今〟が、なくなるかもしれないのに」

 

 琴里が精霊でなくなればどうなるか。決まっている。〈ラタトスク〉の司令官ではなくなる。その結果どうなるか――――――決まっている、士道の能力は発見されない(・・・・・・・・・・・・)

 十香、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、七罪たちの力を封印した事実さえ、〝なかったこと〟になってしまうかもしれない。

 

 それ以上に思い至ることもあったが、それは恐ろしさのあまり口にすることさえ憚られた――――――もっとも、士道が恐れると言っていい。

 

「……カッコつけて意気込んでたのに。情けないな俺」

 

『いいえ。過去をやり直すことができる可能性というものは、人を狂わせる美酒にして毒杯。士道さんを責められはしませんわ』

 

 どこか悟ったように狂三は言う。その口振り、自戒のようなものを感じて、士道は眉根の下げた。

 美酒にして毒杯とは、よく言ったものだ。その通りだろう。何せ、今士道の手にはあらゆる可能性が握られている。誰もが望み、誰もが恐れる権能と言っても過言ではない――――――その引き金に、常に指をかけている狂三の心情には、一体どれ程の重圧があることだろうか。少なくとも、士道が推し量れるものではない事だけは、確かだった。

 

 けど、狂三は。狂三はその苦悩を、苦痛を、自戒の意志を持ちながらも〝何か〟を変えようとしている。士道を喰らってでも、狂三は世界を壊そうとしている(・・・・・・・・)

 

 

「なあ、狂三、お前は――――――」

 

 

 その先を問う資格は、今の士道にあるのだろうか。

 僅か一瞬の躊躇いだった。しかし、世界は彼の躊躇いを見逃さないかのように、強制的に話は打ち切られた。

 

「五河さーん、隣の鈴本ですけどもー」

 

「……!?」

 

「いないのかしら……ちょっと入りますよー」

 

 そう言って、門を開ける音が士道に耳に届く。これが、五年前の士道なら何も問題はない。親切にも田舎から送られてきた品をお裾分けしてくださる、仲の良いご近所さんが訪ねて来たというだけの話だ。が、今の士道は五年前ではなく五年後の士道。どう好意的に考えても、不審者以外の何者でもない。

 

『士道さん。一度どこかへ隠れられませんの?』

 

「どこかって言ったって……」

 

 あるわけがない。家の中ならまだしも、家の裏庭に高校生の少年が隠れられる場所など確保してあるはずもなかろう。しかし、ここで見つかって時間を浪費するわけにもいかない。どうするか――――――一つ、可能性が脳裏を掠めた。

 

 

 

 

 

「………………はぁっ。上手くいったか……」

 

 鈴本さんが庭から去るのを見届けて、あどけなさを感じさせる声(・・・・・・・・・・・・)をそのまま、士道は大きく息を吐いた。

 

『うふふ。七罪さんの〈贋造魔女(ハニエル)〉を上手く使ったものですわね』

 

「成功してくれて良かったよ……自分以外だったら、無理だったかもしれないな」

 

 汗を拭う腕も、見慣れたものではなく記憶にある自身の身体からは一回り小さくなっている。

 そう。士道は封印した精霊の力を扱うことが出来る。ならば、七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉で子供の自分に化ける(・・・・・・・・・)、ということも可能なのではないかと即興で試してみたのである。結果は、多少違和感は持たれたが上手く誤魔化すことが出来た。

 昔の自分でさえ、こうして雰囲気に違和感を持たれてしまったことを考えると、他人を完璧に演じられる七罪の才能と実力はやはり驚嘆するなと思う他ない。まあ、これを本人に伝えたとして素直に受け取らないのは目に見えているが。

 

「余計な時間を取っちまったな……行こう――――――ん?」

 

『いかがいたしましたの?』

 

「いや…………なあ、狂三。これ、どうやったら戻れると思う?」

 

 咄嗟に能力を引き出し変身する事に成功こそしたが、そこからが全くわからなかった。琴里の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉のように、一部分の能力を使用しているからなのか、いつも感じる身体への負担は皆無に等しいのだが……その分、七罪のように天使を召喚して自由自在に、とはいかない。つまるところ、情けない話だが、戻り方がわからなくなってしまった。

 はぁ、と少し呆れたような声を発した狂三が言葉を続けた。

 

『そうですわねぇ……天使の基礎理論は以前話したものと同じですので、元の姿に戻りたいと強く念じる、元の士道さんを想像して能力を重ねがけする、などの方法が予想できますが……下手に触れると、全く意図しない姿になってしまう可能性もありますわ』

 

「意図しない姿……?」

 

『たとえば、士道さんが意識を集中する瞬間、わたくしが士織さんのお話をしたと過程しましょう。すると、瞬間的に想像の置き換えが発生。必然的に士道さんのイメージは士織さんに引っ張られ、本当に女性の身体に変身してしまうということですわ』

 

「それ聞いただけで戻れる気がしなくなったんだがっ!?」

 

『大丈夫ですわよ。わたくしが口を出さなければ……きひひひひひひ』

 

 出す気があるとしか思えない含み笑いに、士道はげんなりと肩を落とす。女装だけでも大概なのに、本物の女性に変身するとか士道にとっては身の毛もよだつ拷問だ。

 とはいえ、これからの事を考えれば戻らないわけにもいくまい。精神を集中するため目を閉じようとして――――――視界が、赤く染った。

 

「……!?」

 

 天へと昇る特大の火柱が、弾ける。灼熱は雪崩の如く街を呑み込み、痛々しい悲鳴と絶叫が町中から響き渡った。

 

「これは……琴里の!?」

 

『どうやら、そのようですわね』

 

「く……!!」

 

 身体を元に戻すだけの時間はない。火災が始まってしまったということは、琴里が精霊化してしまったということでもある。そしてそれには、〈ファントム〉が関わっている。ならば、必然的に折紙も現れるということだ。

 避難する住民。崩落した家屋が道を塞ぎ、子供の身体では上手く進むことが出来ない事に苛立ちで舌打ちしつつ、迂回路を通りながら士道は件の公園にようやく辿り着いた。

 

「……!!」

 

 公園にいたのは、三人。霊装を纏い、泣きじゃくる琴里。地面に倒れた五年前の士道――――――二人を見下ろす、ノイズのような『何か』。あれが、あれこそが。

 

 

『あの方が……』

 

「――――〈ファントム〉……!!」

 

 

 直で見るのは、恐らく初めてだった。いや、あるにはあった。五年前の記憶が戻った時に、琴里の記憶とリンクした士道は〈ファントム〉と対面した時の記憶を持っている。しかし、あくまで五年前の記憶。生の感覚で『何か』を感じ取るのは、事実上初めてと言っていい――――故に、それ(・・)の既視感に、強く違和感を持った。

 

『……っ』

 

 視覚と聴覚を共有しているのだから、その感覚は狂三にも伝わっている。いいや、狂三はもっとわかるはずだ。〈ファントム〉を見て息を呑んだ仕草が、士道の脳に直接ぶつけられる。

 

「っ!!」

 

 だが、その疑念の答え合わせをするよりも早く、〝彼女〟が現れた。正確に言えば、彼女の放った一条の光線(・・・・・)が〈ファントム〉の姿をかき消した。

 

「折紙……!!」

 

 天を見上げて、放たれた光線のその先に彼女は、純白のドレス(・・・・・・)を纏った折紙はいた。

 激情、憤怒、憎悪。それらが綯い交ぜになりながらも、折紙はそこにいる(・・)。まだ反転したものを見せていない。その事に、士道は思わず叫びを上げた。

 

『士道さん。二人を追えますか?』

 

「ああ!!」

 

 攻撃を逃れた〈ファントム〉目掛けて、折紙は追撃を繰り出す。それを逃れた〈ファントム〉が回避行動を取り始めた事で、その様相はさながら一方的なドッグファイトだ。

 追うしかない。否、追うだけではダメだ。折紙はまだ(・・)反転していない。つまり、これから〝何か〟が起きてしまうのだ。鳶一折紙が、気丈な少女が世界を破壊する悪魔と化してしまうほどの〝何か〟。それを阻止するために、士道はここにいるのだから。

 

「折紙!! 折紙!! 俺だ!! 聞いてくれ!! ダメなんだ、このままじゃ!!」

 

 届かない。折紙の目の前にいるのは、五年間焦がれた恩讐の仇敵。士道の声が届かないのも無理はなかったが、これでは五年後の未来と同じ(・・)だと歯噛みする。だからといって、諦めるわけにはいかない。

 

「折紙!! 折紙!!」

 

「――――――折紙!!」

 

「え……?」

 

 必死に叫び続けた士道だったが、自分以外の誰か(・・・・・・・)が折紙を読んだことに気づき、足を止めた。

 夫婦と思しき男女が、燃え盛る家から命からがら逃げ出している。そして、士道が呼ぶ折紙と彼らが呼ぶ折紙は違う(・・)と、〝少女〟を見て気がついた。

 

「お父さん、お母さん――――!!」

 

 目尻に涙を浮かべた五年前の折紙(・・・・・・)が、両親の無事を喜んで駆け寄ろうとしている――――――その瞬間、士道は直感的に〝何か〟を察した。

 ここまで見聞きした情報を、組み立てるだけの力が身に付いていたのか。はたまた、先を視た(・・・・)のか。その瞬間のことを、士道は深くは覚えていない。ただ、心臓が潰れかねないほど重く黒く、淀んだ〝何か〟を視てしまった。

 

 

「ま――――――!!」

 

 

 反射的に手を伸ばし――――――刹那、閃光が全てを終わらせた。

 

 いや――――――ここから、全てが始まっていた(・・・・・・)のかも、しれない。

 

 

 






主に変化しているのは狂三が素直になっているのと、士道の心境に変化があることですね。狂三への好感度、刻々帝への理解、そして望むべき未来……さてさて。

次回、復讐鬼の始まりへ。感想、評価、お気に入りありがとうございます!素直に嬉しくてモチベーションにも繋がるのでありがたいです。いつでもお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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