デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

93 / 223
もうすぐGジ〇ネ発売なので私は元気です





第九十二話『根源の探求者』

『――――道さん、士道さん』

 

「……っ!!」

 

 頭の中で響く少女の声。螺旋の捻じ巻は、既に消え去った。仰向けに倒れた士道の目に映る、空。場所は、意識を飛ばす前と同じビルの屋上。違いは、『狂三』と〈アンノウン〉がおらず、熱気も一種類。つまり、火災が起きる前(・・・・・・・)の時間軸に相違ない。

 

「戻って――――来た」

 

『はい。今一度、この時へ』

 

 失敗した記憶を持ち、士道は再び舞い戻った。

 

 妹が、精霊になる前の時間に――――――折紙が、両親を殺してしまう前の世界線に。

 ならば、やるべき事は一つ。

 

 

「行こう――――――今度こそ、世界を変えに」

 

 

 今度こそ、絶対に。

 

 狂三が息を呑む雰囲気を感じながら、士道は見下ろす街並みに背を向け、非常階段を下っていく。戻ってきた、そしてこれから起こることを知っている。であるならば、狂三と対策を練る時間を移動中に済ませねばと下りる速度は緩めないまま口を開いた。

 

「狂三。これからの行動を決めたい。いいか?」

 

『…………』

 

「……狂三?」

 

 返事がない。【九の弾(テット)】の効果時間切れか、と一瞬焦るが、僅かな息遣いは聞こえてくるのでそれはないだろう。はて、それならばなんで狂三は返答をくれないのだろうか。首を捻っていると、狂三はようやく声を発した。

 

『……わたくしにはわかりませんわ。なんでしたら、五年前の『わたくし』を見つけて相談に乗ってもらえばよろしいのではありませんこと』

 

「……うん?」

 

 のだが、何やら妙にトゲトゲしいというか、ツーンとしているというか。狂三にしては珍しいタイプの感情表現だった。

 ただ、珍しいというだけあって士道には少しだけ覚えがある声調だった。姿が見えないので、断言できる訳では無いが、これは……。

 

「……おいおい。過去の自分にジェラシー感じてどうするんだよ」

 

『ふーんですわ。士道さんは、あの『わたくし』が良いのでしょう?』

 

「ふーんって、お前本当に可愛いな。ああいや、そうじゃなくて、過去でも狂三は狂三だろ?」

 

 他の精霊たちとの交流では見せない、狂三特有の拗ね方。以前、分身体相手に見せていたそれとよく似ていた。士道としては、感覚がよく分からないのでどうにか機嫌を直してもらうしかない。

 

「自分への褒め言葉なんだから、そこは素直に受け取ってくれてもいいんだぜ。凄い似合ってたんだから」

 

『だから嫌なのですわ。士道さんは、もし過去の自分がわたくしからの賞賛の声を受け取っていて、それが今の自らの記憶には残らないとしたら、どう思われますの?』

 

「どうって、そりゃあ……」

 

 何とか頭の中でシュチュエーションを想像してみる。記憶には残らない、というのがミソなのかもしれない。

 狂三がひたすら自分を褒めていて、それを今の狂三と同じように他者の視点で眺めているとしよう。ふむ……と頭を捻り続けて。

 

「な、何とも言えねぇな。自分のことなのに」

 

『自分の事だから、尚更なのですわ』

 

「……なるほどな」

 

 一瞬詰まりかけた息を整えるため、深く吸って、吐く。なるほど。そう言ったのは、ようやくあの時(・・・)の言葉を少しだけ理解できたからだ。

自分自身だから(・・・・・・・)、とはあの『狂三』もよく言ったものである。結局のところ、想像上での感覚でしかないので、まだまだ完全理解には至らなかったが。というより、複数の自分を持つ狂三にしかわからない感覚なのかもしれない。

 『狂三』は狂三ではあるが、感覚を全て共有しているわけではない。まあ、その辺りの理解は努力不足ということで、これから気を配って――配ってどうにかなるかはともかく――頑張ろう。

 

「ごめんな。帰ったら狂三にもう一回直接伝えるから、許してくれ」

 

『……さ、さり気なく五年前の格好をさせようとするのはやめてくださいまし』

 

「……行けると思ったんだがな」

 

 感覚的には惜しかった。多分、油断して言質を取れるあと一歩、というところだった気がする。やはり狂三は強敵だな、と思いながらそれどころではないと気を取り直して口調を改めた。

 

「とにかく、雑談は後にしよう。今は、折紙を止める方法を考えないと」

 

『折紙さんを止める……根本的には、折紙さんにご両親の殺害をさせないこと、ですわね』

 

「そうだな。そうじゃなきゃ、戻ってきた意味がない」

 

 両親の仇を取るために五年前のに戻り、自らが両親の仇となってしまった折紙。このループにも似た輪廻の輪を断ち切って、絶望してしまう根本を破壊する。だから、折紙に両親を殺させない――――――言うだけなら、毎回毎回の事ながら簡単なんだがなと、士道は思案を巡らせながら言葉を吐き出す。

 

「折紙を直接止める……のは、俺一人じゃ現実的じゃないな。情けない話、俺の目じゃ折紙と〈ファントム〉を追うだけで精一杯だった」

 

『士道さんは常に精霊の身近にいらっしゃるので、感覚を失いがちですわね。言っておきますが、それが普通なのですわ。今リスクのある手段を取るのはナンセンスなのですから、それを肝に銘じておいてくださいまし』

 

 狂三の言う通りだ。士道は精霊の力を身体に負荷をかけて不完全に再現できるが、それ以外は人間のスペックと変わらない中途半端な存在。狂三が力を貸してくれている状況ならともかく、そうでない今は精霊同士の戦いに追いつくのは愚か、止めることさえ難しい。

 加えて言えば、復讐の完遂を目の前にした折紙は、士道の言葉すら届かなかった。あと一度のチャンスを賭けるには、無謀の一言だ。

 

「なら……折紙の両親をどうにか手を尽くして安全な場所に逃がす、とか?」

 

『先程よりは現実的な案ではありますが、説得できる自信はありますの?』

 

「……時間が足りないな」

 

 まさか、馬鹿正直に全部を説明して信じてくれるのは、それこそ精霊であり時間遡行の力を持つ狂三くらいだ。普通、未来から来た、ここは危険だから自分を信じてついてきて欲しい……などという話をされたら、まず正気の程を疑い下手をすれば警察沙汰。そんなことをしていれば、時間が来てしまい天宮市は火の海。そこで折紙の両親を逃がす事ができる、という可能性も生まれるが……。

 

『それに……万事が上手くいったと仮定しても、それで無事に済むとは限りませんわ』

 

「え……? どうしてだ?」

 

『世界というのは、わたくしたちが想像しているよりも強固……これは当然、覚えておいでだとは思います。ならば、折紙さんのご両親の死という最大の分岐点――――――世界は、そこに収束しているのかもしれませんわ』

 

「それって……歴史の修正力、みたいなもんか?」

 

『信じたくはありませんけれど、そういう解釈もありえますわね。〝因果律〟、と呼んでも差し支えないかもしれませんわ』

 

「因果律……?」

 

 創作上のゲームなどでは聞いたことはあるが、詳しくはわからない。首を傾げた士道に、狂三はそのまま言葉を続けた。

 

『簡単に言えば、その〝原因〟が生まれたからには、その〝結果〟があるということ、ですわ。この場合、折紙さんが光線を放ったという事実が〝原因〟。その光線の下に折紙さんのご両親がいる、というのが〝結果〟ですわね』

 

「〝原因〟が生まれるから、同時に〝結果〟に結びつく、ってことか……」

 

 折紙の光線という〝原因〟がある以上、それが放たれてしまった場合、折紙の両親をどこへ避難させようと〝結果〟として、二人の元に攻撃が届いてしまうかもしれない(・・・・・・)、ということなのだろう。

 あくまで仮説的な可能性。だが、歴史を知っていると言っても、ここに士道が現れた時点で元の歴史とは既に異なるのだ。記憶通りに戦闘が行われる、と考えるのは危険だった。

 

「つまり、〝原因〟さえ取り除ければどうにかなるかもしれない、か。けど結局、折紙を止めないとそれは叶わないしな……」

 

『……〝原因〟を取り除かずとも、歴史を変えられる可能性はありますわ』

 

「ほ、本当か!! どんな方法なんだ!?」

 

『…………』

 

「狂三?」

 

 またもや、沈黙。さっきとは違い、何かあって拗ねてしまったという雰囲気でもなさそうだ。

 

『士道さん、絶対に反対いたしますわ』

 

「そんなの聞いてみなけりゃわからないだろ。反対したとしても、何かのヒントになるかもしれないしさ」

 

 狂三の意見を聞く前から突っぱねるつもりはない。何であろうと、聡明な彼女の考えなら士道自身よりずっと頼りになるはずだ。

 士道の声に何やら難しそうに黙り込んで数秒後。彼女は重い口を開いて声を発した。

 

 

『――――――折紙さんにご両親が死んだという事実を〝観測〟させない。という考えは……これならば、〝原因〟は変わりませんが……』

 

「………………おぉう」

 

 

 なんというか、なんと、いうか。確かにそれは、士道が確実に反対する意見だった。

 

『……わかっていますわ、わかっていましたわ。どうせ、わたくしはこのような役に立たない作戦しか思い浮かびませんわ。人の心がわからない冷血女ですわ』

 

「き、気にするなって!! 狂三が可能性の話をしてるのはわかってるから!! そりゃあ……採用はできないけど……」

 

 要は、未来が崩壊する原因となる折紙の絶望。それ〝だけ〟を阻止する。確かに、この方法ならば折紙は絶望する事はないかもしれないが……五年前の折紙が両親の死を見てしまうことには変わりなく、結果的に堂々巡りになってしまう可能性が高い。歴史は変わるが、それだけだ。

 〝原因〟ははっきりしているのに、解決方法が思い浮かばないというのはもどかしい。狂三の言った方法は置いておくとして、やはり〈ファントム〉を追う折紙を――――――

 

「あ……」

 

『? 何か思い浮かびましたの?』

 

 思わず足を止めた士道に、狂三が問いかける声が響く。足を止めてしまうほど、見落としていた事実が存在したのだ。

 士道では折紙〝は〟止められないかもしれない。だが、もしも、もしも、だ。

 

 

「狂三――――――〈ファントム〉を、追い払えると……思うか?」

 

 

 あの『何か』が相手であれば、もしもが生まれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

『――――――しかし、思い切りましたわね』

 

「まあ、な……」

 

 数分後、士道は公園の植え込みに身を隠し、ブランコに座る幼い少女の姿を見守っていた。形だけであれば、翌日には注意喚起が配られるような不審者でしかないのだが、もちろんそうではない。

 物憂げな表情で、寂しくブランコを揺らす少女は、琴里。士道は待っているのだ……琴里を狙って現れる〈ファントム〉の事を。

 

『〈ファントム〉の存在がなければ、折紙さんは攻撃の目標を失う。すなわち、〝結果〟に至る〝原因〟そのものの消失……あとは、〈ファントム〉を追い払う事が出来るか、ですわね』

 

「……できることなら、話してみたいんだがな」

 

『あの〈ファントム〉と……話、ですの』

 

 士道が呟いた言葉に、意外、困惑を含めた様子で狂三が言う。

 

『琴里さんや士道さんの運命を狂わせた原因……そんなお方と、話がしたいと?』

 

「思うところがあるのは、否定しない。琴里たちを精霊にしたやつを、何も知らないまま許すつもりもない――――――けど、何も知らないから(・・・・・・・・)、俺は〈ファントム〉と話がしてみたい」

 

 敵意、にも似たものがあることは否定しない。琴里、美九……折紙。彼女たちと世界の運命を大きく変えてしまった〈ファントム〉――――――だが、士道はそれしか知らない。その行動に意味があるのか。愉快犯か、狂三のように譲れない目的があるのか、その一欠片すら知らないのだ。無知なまま否定してしまったら、それは。

 

 

「何も知らないまま決めつけたりしたら、十香や四糸乃たちをただ災害としてしか見ない連中と一緒だ――――――お前の事だって、同じだったから」

 

『…………』

 

 

 知らないと決めつけ、逃げるのは簡単だ。だが、それをしてしまったら最後、士道は精霊たちの前に立てない。

 したら、自分が許せなくなる……狂三の事を知って、知りたいと思った士道がいるから、今こうして大切な繋がりができた。その今までを、〈ファントム〉が憎いからなんて理由で裏切りたくない。

 

『誰であろうと、手を差し伸べるのですね……士道さんは』

 

「誰でもってわけじゃないさ。俺は、助けたいと思うから、助ける努力をしてるだけだ」

 

『うふふ……そんなあなた様だから、わたくしにここまでの事をさせるのですわ』

 

「そりゃあ、俺をそういう風に産んでくれた誰か(・・)に、感謝しないとな」

 

 とはいえ、士道の人格形成には五河家に来てからの方が大きく関わっているのだが。まあ、きっかけに誰か(・・)が関わっているのは間違っていない――――――それを乗り越えているからこそ、士道はこうして軽口を言えるのだ。

 

『……士道さん、ご両親のことは――――いえ、無遠慮でしたわ』

 

「いいよ。もう昔の事だし、狂三が気にしてくれるだけで嬉しい。どんな人かも、覚えてない(・・・・・)しな」

 

 五河士道には、記憶がない。正確に言えば、五河家に引き取られる前までの(・・・・・・・・・・・・・・)、自身の記憶が忘却の彼方へ消えている。捨てられた、と失意のどん底に堕ちたこともある……しかしそれは、既に乗り越えたこと(・・・・・・・)だ。それ故に、士道は今の自分を作り狂三との関わりを齎してくれた事に、実のところ見も知らぬ両親に感謝の念すら感じる。

 加えて士道は、微かに残った自身の記憶(・・・・・・・・・・・)は、親と呼べる存在に無慈悲に捨てられたなどとは思っていない。所詮は、希望的観測でしかないのかもしれないが。

 

 だが、同時に。

 

「でも、俺は――――――」

 

 その疑問を言葉にする前に、切る

 

「…………っ」

 

『――――現れましたわね』

 

 琴里の前に現れた、一つの『何か』。年齢、背格好、性別すらもわからない『何か』。

 だが、それは。そのノイズ(・・・)のような『何か』に、士道は強い既視感を覚えてしまう。

 

「狂三、あいつは……」

 

『っ……ええ』

 

 誰よりも、きっと彼女が感じている。纏う力の形、雰囲気、能力。そのどれもが――――――〈アンノウン〉と、酷似していた。

 

 それを感じた士道の目に、〈ファントム〉が赤い宝石のようなものを差し出したのが見えた。琴里が、それに触れた――――――瞬間。

 

「あ、あ、ああああああああ……っ!!」

 

「ぐ……!!」

 

 襲いかかる熱波。直立する炎。今すぐ琴里に駆け寄ってやりたい……そんな思いを必死に堪え、士道は身を守り凌いだ。士道がするべきなのは、この先だ。

 

「琴里……すまん」

 

 琴里のこと、〈ファントム〉の事情。様々な事が絡み合っている。だが今、優先しなければならないことは。

 

「――――――おい!!」

 

【……ん――――?】

 

 〈ファントム〉を追い返し、折紙が絶望する〝原因〟を取り除くこと。

 〈ファントム〉の後ろに飛び出し、叫びを上げた士道に反応したのだろう。モザイク状のシルエットが、微かに動いたように見えた。似ている、とは言ったものの、〈アンノウン〉以上にどうなっているかがわかりづらい。

 それでも士道は、意を決して人間で言う顔に当たるであろう部分を睨み、声を発した。

 

 

「よう、会いたかったぜ――――――〈ファントム〉」

 

 

 正体不明の、『何か』。皮肉ではなく、士道は本心でこの出会いを望んでいた。琴里たちを精霊となる道へ誘い、士道の運命を変えた元凶にして、『何か』との相対を。

 一方的な因縁だろう――――――そう、思っていた。

 

 

【――――――――え?】

 

 

 思っていたのに、違う。

 

 

【……うそ――――、君は……どうして、君が……】

 

「……は?」

 

『――――――っ』

 

 

 それは、動揺や、狼狽に近い物に思えて仕方がなかった。『何か』は揺れ動いている。この『何か』は――――――

 

 

「お前は……お前()……俺を、知っているのか……?」

 

【――――――】

 

 

 なぜ、知っている。何を、知っている。どうして、〈アンノウン〉のような感情の発露を――――――この超越的な存在であると思っていた〈ファントム〉が、行うのだ。

 

 この『何か』の中身(・・)は……誰だ?

 

【……、……】

 

 ノイズがブレる。いや、〈ファントム〉が身体を動かして逃げようとしている。動く、というより地面を滑っているとでも言うべきか。

 急ぎ足を動かし――――その視界に、泣き崩れて兄を呼ぶ琴里の姿を入れてしまった。

 

「……ッ、く――――」

 

 足を止めるな。この琴里を救えるのは、救うのは、士道であって士道ではない。すぐに琴里を探して現れる、五年前の士道だ。今琴里を気にして留まってしまえば、歴史にどんな影響を与えるかがわからない上に、〈ファントム〉を見失ってしまう。

 躊躇い、後悔。それらを振り切り、士道は〈ファントム〉を追走する。その最中、狂三が声を響かせた。

 

『……予想外の反応でしたわね。士道さん、あの方との面識は?』

 

「全身隠してる知り合いなんて、一人いれば十分だな……!!」

 

『同感ですわ、ね……』

 

 狂三にも、少なからずの動揺が見られた。彼女は彼女なりに、思うところがあるのはわかる。しかし、それに気を向けてやれる余裕が、今の士道にはなかった。

 厳密に言うのであれば、〈ファントム〉と面識は、ある。だがそれは、この直後の話だ。狂三が言う面識とは、士道の事を向こうが知っているかどうかのものだろう。

 

「……っ」

 

 心臓が、鼓動している。いつになく、嫌なものを感じさせる鼓動だ。これは、そう――――――恐怖、なのかもしれない。

 〈ファントム〉、〈アンノウン〉と、もう一人。士道を見て、おかしな反応を示した人物がいた。DEMインダストリー業務執行取締役(マネージング・ディレクター)、アイザック・ウェストコット。

 士道が気に入らないと難色を示すあの男は、士道を見て大層おかしなものを見たような笑いをし、去り際にこう言った――――――タカミヤ(・・・・)、と。士道の妹を自称する、崇宮真那と同じ名前を。

 

 あまりにも、わからない。自分のことなのに、わからない。なぜ、自分すら知らないことを誰かが知っているのか。そもそも、精霊を封印する力(・・・・・・・・)とは、なんなのか。

 何一つ、理解ができない。士道は、士道は……俺は。その疑問が、強く、なる。

 

 

「俺は――――――誰なんだろうな」

 

 

 こぼれ落ちてしまった、疑念。

 

 

『っ、あなた様は!!』

 

「狂、三……?」

 

 

 そんな、呆然と、独り言のように呟かれた言葉に、彼女は、時崎狂三は叫びを上げた。

 

 

『あなた様は、あなた様ですわ。他の誰でもない、五河士道なのです。どうか、忘れないで、恐れないで。誰が何を言おうと、何を知っていようと、あなた様はわたくしの愛する――――――五河士道(・・・・)なのですわ』

 

「ぁ……あ、――――――」

 

 

 沈みかけた心が、すくい上げられる。士道は、誰だ? 精霊を封印できる力を持つ、生まれもわからない男は――――――けれど、愛されている。

五河士道(・・・・)は、愛されているのだ。

 

 

『何があっても、それを忘れないでくださいまし。士道さんに何があろうと、どんなに恐れる真実(・・・・・)があろうと――――――わたくしは、士道さんを愛しています』

 

 

 こんなにも、愛されている。それだけで、自分が自分でいられる気がした。足に力を込めて、逃げる〈ファントム〉を追いかけながら、士道は感謝の言葉を返す。

 

「……ごめん、こんな時に。それと、ありがとう」

 

『いえ……ですが、士道さん。無理に、知る(・・)必要はありませんわ。このまま、〈ファントム〉を追い返す事だけに注力してくださいまし』

 

「わかってる……けど、できることなら、俺は知りたい」

 

『……知らない方が良い真実。しかし、人はどうしても知りたがる――――――誰であれ(・・・・)、同じなのかもしれませんわね』

 

 自らもが、そうであるように。暗に狂三は、そう言っているような気がした。

 士道は、誰かなのか――――――五河士道(・・・・)だ。狂三が愛してくれている、五河士道でしかない。何が挟み込まれようと、その真実に変わりはない。

 

 だから、尚のこと知りたかった。自らに、何が秘められているのか――――――狂三の言う、知らない方が良い真実(・・・・・・・・・・)が、あるのか。その答えが、今目の前にあるというのなら。

 狂三の真実を知ろうとするのに、自らの真実を知ろうとしないのは、士道にはできない。

 

 

「〈ファントム〉、お前は――――――」

 

 

 俺の何を、知っている?

 

 炎に包まれる街を走り続けながら、精霊に愛された少年は、その問いかけを〈ファントム〉の背に、突きつけた。

 

 

 






まあ士道にもう一人の自分でもいないと理解するのは難しい嫉妬かもしれませんね。ええ、ええ。

因果律に関しての知識は10割スパ〇ボからの受け売りなので私が作る作品の中ではこんな感じなんだなぁと思っていただければ……それはそうとこの二人、ここぞとばかりにイチャついてやがる。

あんまりにもお前の知らないお前を知ってるムーヴされたらそら疑念も多くなります。それをしっかり支えるのも寄り添えるヒロインの役目。

次回、過去編クライマックス。士道と狂三は世界を変えられるのか。感想、評価、お気に入りなどなどぜひともお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。