デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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作戦会議回。折紙編のあとを書いていると、もう最後が見えてきているんだなぁと感慨深くなる今日この頃




第九十六話『新たなる(再びの)出逢い』

「狂三はどう思ってるんだ、〈デビル〉について」

 

 夕食を終え、日は落ち辺りは暗くなり街灯が照らす光の量が増えている中、士道は狂三と街中を歩きながらそう問いかけた。

 

あれ(・・)が折紙さんであるかないか、という意味では答えあぐねますわね。現状の情報だけでは、断定は出来ないと言うべきでしょうか」

 

 問いかけに対して狂三は、士道が想像した答えと似たような返しをする。それは、そうだろう。狂三は曖昧な情報だけで物事を断定して、答えとなる判断するような人ではない。

 だが……内心では、士道と同じ考えだと思うのだ。だから、その答えに納得しながらも士道は言葉を続けた。

 

 

「なら、直感でいい。狂三個人の意見として聞きたい……〈デビル〉は、折紙だと思うか?」

 

「わたくし個人の直感というのであれば――――――九分九厘で、折紙さんですわね」

 

 

 先程とは打って変わって、ほぼ断定した答え。いつになく真剣な表情に、余裕のある微笑みは見られない。時崎狂三の予測を超えた存在――――〈デビル〉。

 その造形、見間違える余地はない。違う世界だからと、他の可能性を考慮する意味はない。あれは間違いなく、士道たちが消し去った可能性である精霊・鳶一折紙の反転体。

 終わったと思っていた。変えられたと、信じていた。折紙の幸せのためなら、たとえ一生折紙との関わりがなくなっても、それでいいと、思っていたのに。

 

 現実は、世界は、そうではなかった。世界は未だ、折紙に何かを背負わせようとしている。

 

「……何も、終わってないってことだよな」

 

「ええ。世界はあなた様の活躍により、この平穏を取り戻した。けれど、折紙さんを取り巻く運命は、その因果は、変えられていないようですわ」

 

「因果、か……」

 

 見渡せば、平和な街並み。行き交う人々も、街を照らす光も、何もかもが以前の世界と――――折紙が壊してしまう前の世界と、同じ。

 終わったと考えていた。けれど、折紙は再び精霊となって、何の因果か反転体として存在している。あれが折紙でないと、目を逸らすのは勝手だが……そんなことが出来るなら、士道と狂三は世界を変えるなんて無謀な選択をしていない。

 意識せずとも拳は握られ、奥歯を噛み締める。一体どこまで、世界は折紙を責め立てるのか。

 

 この世界の折紙は、どんな生き方をしたのだろうか。そして、一体いつ精霊になったのか(・・・・・・・・)。答えを知るものは、やはり。

 

「折紙は、この世界でも〈ファントム〉の力で精霊にされたのか……?」

 

「こちらも確証はありませんが、恐らくはそうなのでしょうね」

 

 〈ファントム〉。あらゆる事象に於いて元凶として存在し、人を精霊に変える恐ろしい力を持つ者。士道を、狂三を知る者。

 以前の世界で、折紙は〈ファントム〉によって精霊となった。なら、こちらの世界でも道筋は同じなのかもしれない。しかしそれは、〈ファントム〉に対しての疑念を強める結果となる。

 

「……何なんだ、あいつは」

 

「…………」

 

 問いかけの答えは、虚空へ消える。狂三も、答えを持たないのか沈黙を返す――――――否、本当は二人ともわかっているのだ。

 答えを持つかはわからない。だが、答えに繋がる答え(・・・・・・・・)を持つものが、いることを。

 

 白い精霊、〈アンノウン〉。

 

「誰なんだろうな、あいつらは(・・・・・)

 

「……っ」

 

 狂三が息を呑んだのが雰囲気でわかった。士道より遥かに〈アンノウン〉との付き合いが長いのは狂三だ。その思い入れは、当然人一倍強いはずだった。彼女の心境は、士道が測りきれるものではない。

 

 

「誰であろうと――――――わたくしは、あの子を信じていますわ」

 

 

 しかし、それでも狂三の声に迷いはなかった。見上げた彼女と視線が合わさる。その両の眼が、夜闇の中で宝石のような美しさを見せた。

 

 

「この時崎狂三。一度口にした言葉を簡単に曲げる女ではありませんわ。あの子が誰であれ、何を考えていようと、わたくしは必ず……わたくしの目的を成し遂げますわ。そのために――――――あの子は、わたくしに必要(・・)ですもの」

 

 

 誰であれ、何を考えていようと。狂三は考えを曲げるつもりはないらしい。

 それを聞いた士道は……少し、少女が羨ましくなって(・・・・・・・)、笑った。

 以前、少女は自らに価値など必要ないと語った。けれど、今少女は狂三から確かな価値を貰った。それが、とても……士道にとっては、手に入れられない価値を持った大事なものだと思えてならない。

 

「……そっか。うん、狂三がそう決めたなら、それでいいと思う。あいつは、何があっても狂三の味方だ。それは保証する」

 

「うふふ。士道さんにそれを保証されるのも、少しおかしな話ですわね」

 

「はは、確かにな!!」

 

 けど、羨ましいのと同じくらい嬉しいのだ。好きな人に信じてもらえている……そんな事実が嬉しくないやつは、普通はいない。〈アンノウン〉も同じだと、士道は思う。

 思い起こされたのは、万由里との思い出。その時の少女は、信じられないくらい必死になって、でもそれは少女の本心だと思えた。士道もそんな少女だからこそ、何を隠していようと信じたいと考えられる。だから士道は、まずこの世界でするべきことを考え、声を発した

 

「〈アンノウン〉のことは、今やるべきことが終わってからだ。今はとにかく、折紙のことを何とかしないと」

 

「ええ。先の事を片付けねば、後の事にも響きますわ」

 

「とはいえ、どうしたもんかな……」

 

 〈デビル〉と呼ばれる折紙。その目的、どうしてそうなったのかを知るために接触をしなければ始まらない。

 まず最初にやったことは、元の世界で折紙が住んでいたマンションと、五年前火災があった天宮市南甲町へ向かうことだった。そこなら、万が一の確率だとしても折紙に会えるかもしれないという思いからの行動。

 夕食後、狂三を送ってくると、インカムをつけないことを怪しまれないよう隙を見て、それとなく琴里以外に告げどうにか抜け出すことができた。

 本来なら、自分を全力でサポートしてくれている琴里には申し訳ないことをしたが……この世界では何の関わりもない折紙の事を探るのに、上手い理由が見つからなかったのだ。いつものようにインカムをつけた行動では、説明しようにも説明できないことを言わなければならない。話すにしても、もう少し情報を集めてからでなければ説得力にも欠ける。

 そこまでして得た情報は、残念ながらゼロだった。どちらも空振りで、今はこうして帰路につきながら考えを纏めている。ガリガリと頭を掻きながら、士道はやるべきことを言葉にした。

 

「どうにかして折紙から事情を聞かなきゃいけない。これは確実だ」

 

「しかし、現状で行動を起こせるのは戦場でのみ。それも、精霊に攻撃を仕掛ける(・・・・・・・・・・)折紙さんを相手にする必要がありますわ」

 

「うーん……ダメだ。いい案が思いつかん」

 

 開始早々、早くも手詰まりだった。以前の世界の折紙なら、話し合いの場に持ち込める可能性はあった。が、この世界の折紙と士道は何の縁もゆかりも無い赤の他人。更に厄介なことに、折紙は〈デビル〉として他の精霊を攻撃していると琴里が言っていた。そこだけ見れば、ASTとして活動していた時と何も変わらない。むしろ、状況が悪くなってしまっていた。

 出現時は必ず他の精霊がいる。その精霊に攻撃を加える。そして極めつけは、対象の精霊が消失(ロスト)して姿を消すと〈デビル〉の姿も忽然と消えているらしい。

 

「わたくしの【一〇の弾(ユッド)】で、折紙さんの記憶を見る、というのはどうでしょう?」

 

 ばぁん、と指を銃に見立てて撃つ仕草をする狂三。【一〇の弾(ユッド)】の能力は回顧。全てを見られるわけではないが、物事を限定して見れば狂三の言うように折紙の記憶、精霊になった瞬間を知ることができるかもしれない。しかしそのためには、乗り越えなければいけない条件があった。

 

「確かにそれなら……けど、危険すぎる。【一〇の弾(ユッド)】は戦いに向いている弾じゃないんだ。撃つにしても、確実な隙がないといけないだろ? 前の世界と同じ反転した折紙相手じゃ……」

 

「少し面倒ですわね。ASTやDEMの妨害も予想されますし……やはり、情報が欠けすぎていますわ」

 

 〈デビル〉を相手取れる精霊と、話し合える人間。狂三と士道は都合よく該当はしている。だがそれは、狂三を大きな危険に晒すと同じ意味だ。

 この世界で〈デビル〉として活動している折紙のことを知らない士道は、少なくとも今の情報量でその危険を犯せない。士道一人ならまだしも、狂三とペアを組むのに確実性が大幅に欠けたプランなど愚の骨頂だ。

 作戦を組むには情報、状況把握、多数の協力が必要となる。〈デビル〉は単独で出現しない(・・・・・・・・)、という縛りが何よりも動きにくさを感じさせる。

 二人で頭を悩ませるが、なかなか確定的なプランの立案には結びつきそうにもない。

 

 その時、狂三の足元の影が広がり、蠢動する。

 

「っ……」

 

 その体積が増したかと思うと、狂三と全く同じ顔をした分身が這い出てくる。

 特に、その事に関しての驚きはない。一度は経験したことではあるし、狂三本人もよくこの影を活用している。驚いたのは、それを見る前に知覚した自身(・・・・・・・・・・・・・)に対してだ。ほんの一瞬だけではあるが、士道は分身体が現れることがわかった。何故かは、士道にもわからなかった。

 そんな士道の様子を単純に分身体への動揺だと思ったのか、分身へ意識を向けて気づかなかったのか、狂三はそのまま現れた分身に向けて声を発した。

 

「如何なさいましたの、『わたくし』」

 

「ご報告がありますわ。〈デビル〉に関すること――――――」

 

「本当か!?」

 

「……かもしれない、という話なのですが。早いのは女性に手を出す速度だけではありませんわね、士道さん」

 

「人を女たらしみたいに言うのはやめてくれ!!」

 

 思わず前のめりに食いつくと、『狂三』は少し呆れと微笑ましいものでも見るような顔をする。クスクスと、士道の隣にいる狂三にまで笑われると少々気恥しさが出た。

 狂三がいない時は比較的冷静さをたもてるのだが、狂三が相手だとその辺のリミッターが外れてしまっている……ある意味、頼りすぎていると言うべきか。やはり、反省は必要だった。

 『狂三』が視線を狂三に向ける。何かの確認を取る仕草のように思えたのは間違いではなかったのか、狂三は視線を受け止めて頷いた。

 

「このままで構いませんわ」

 

「では――――――」

 

 そうして、士道も交えて『狂三』の口から語られた情報は、士道を大きく驚かせるには十分すぎるものだった。

 

「な……っ!?」

 

「あら、あら……」

 

それ(・・)が本当なのであれば、また新たな疑問が多く生まれる。しかし、それ(・・)が本当なら、事が大きく進む(・・・・・・・)可能性があった。

 

 それも、士道の選択一つで、だ。

 

 

「幸か不幸か……さて、さて。わからないことは多いですが、不明瞭な点を開示できる可能性はありますわね――――――琴里さんたちより一足先に、戦争(デート)のお時間でしょうか」

 

 

 茶化すような口調だが、真剣な微笑みは夜闇に怪しく浮かび上がる。それを見て、士道はごくりと唾を呑み込んだ。

 驚きはある。疑問もある。だが、もたらされた物を考えれば、退路はない。元より、そんなもの――――――真っ先に捨て去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 頭は眠気を催しているというのに、欠伸一つ出てこない。自らが如何に緊張した状態であるのかわかるというものだ。それも、この日常の象徴である学校の教室の中で、だ。

 

この世界(・・・・)は、わからないことが多すぎる。昨日、改めて感じたことだ。士道が変えた〝結果〟は一つ、折紙の両親の死だ。その〝結果〟を変えたことで、世界はどれだけ変化したのか――――――結論を先に言えば、殆ど変化はなかった(・・・・・・・・・)

 琴里たちに話を聞いたり、無理を言って〈フラクシナス〉のデータベースも覗かせてもらった。夜遅くまで漁った甲斐もあり、この世界はほぼ(・・)士道の記憶通りの歴史を辿っている、ということがわかった。ただ一点の事象――――――折紙に関することだけが、いっそ不自然なまでに抜け落ちている。

 世界が大幅な改変を拒んだのか、人の生き死に一つで変えられるのはそれだけなのか……だが、結果としては大きな分岐点であった反転した折紙による世界の破壊は防ぐことができた。それは大きく他では成し得ない変化だ。世界の破壊だけは(・・・・・・・・)

 

「なんで、それ(・・)だけが……」

 

 だからこそ、解せない。普通の世界で、普通の女の子として生きているなら良かったのに。しかし、この世界で突きつけられた現実は違った。肝心な部分が残ってしまっていた。残ってしまったものを見過ごすことは出来ない。五河士道が持つ使命は、世界を変えた責任はまだ終わっていないのだ。

 

「はい、皆さんおはよぉございます。今日も張り切っていきましょう」

 

「…………」

 

 タマちゃん先生が実年齢を考えれば驚くほどの童顔を笑顔に変え、朝の挨拶をしている。

 いつも通りの変わらない朝。いつもと変わらない日常。だと言うのに、士道の心境は精霊と対話を試みる時と同じくらいの緊張感と精神になっていた。

 同じなのは、当然。だって士道は、これから精霊と会うのだから(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「あ、そうだ。今日は皆さんに新しいお友達を紹介しますよぉ」

 

「――――っ」

 

 入ってきてくださぁい。と、タマちゃんの声に教室の扉が開かれ、一人の少女(・・・・・)が現れた。

来た(・・)。士道は知っていた。転入生が来ることを。知らなければ、今頃は転入生に対しての興味を向ける余裕さえなかったことだろう――――――まさか、思うまい。

 

 その転入生こそ、士道が追い求める相手。

 

 その転入生こそ、世界の運命に翻弄された少女。

 

 

「――――――鳶一折紙です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 

 その転入生こそ――――――折紙その人であるなどと。

 

 深々と頭を下げた折紙に、クラス中がザワザワと色めき立つ。単純に彼女の容姿に惚れ惚れするやつもいれば、昨日士道が発した〝折紙〟という名に反応して士道に様々な視線を向ける者もいた。

 

 

「――――――――」

 

 

 今の士道に、そんな下世話な話題に対しての視線を返す余裕はなかった。

 わかっていた。『狂三』から聞いた話の中で、一番の衝撃を伴った情報だったのだ。覚悟もしていたし、出来すぎた偶然(・・)に思考が停止しかけた。だが、それを行っていてなお、士道は思考に空白を作ってしまったのだ。

 

 鳶一折紙。精緻な顔立ち。銀の髪は背を覆い、どこかのお姫様とさえ錯覚しそうになる。ああ、そうだ――――――折紙が、いる。

 精霊となり、反転体として存在しているはずの折紙が……今、転入生という形で士道の前に姿を見せた。途切れてしまった因果の糸を、再び結びつけるように。

 

「えぇと、じゃあ鳶一さんの席は……五河くんの隣が空いてますね。あそこに座ってくれますか」

 

「わかりました」

 

 折紙が士道の元へ向かってくる。正確には、前の世界と同じ、士道の隣の席へだったが。予想以上の衝撃で、ずっと折紙を凝視してしまっている士道だが、恐らくは他の生徒と変わらないだろうと思った。

 因果の糸は繋がったが、だとしても士道はこの世界で折紙とは初対面。隣の席になる転入生を見ていることは不思議ではないし、折紙も特別意識することはないだろう――――――そう、思っていた士道の心臓は。

 

 

「――――うそ、あなたは……」

 

「――――――え」

 

 

 ドクンと、大きく鼓動を鳴らした。

 

 

 

 〝原因〟があるから、〝結果〟は生まれる。因果で結ばれたこの関係は、消えてはいない。

 それは――――――置き換えられただけ(・・・・・・・・・)、なのだから。

 

 

 





簡単に諦めないから非常に困った状況になってしまっているのですが、そこは主人公も同じなのでどっちもどっちということで。〈アンノウン〉のことは一時的に棚上げですが、士道が少女を狂三の絶対の味方だと信じているからこそです。さて、皆様の目に〈アンノウン〉はどう映るのでしょうか。

さあついに登場デビ紙という名のエンジェル折紙さん。いよいよ折紙編後半と言ったところでしょうか。
感想、評価、お気に入りありがとうございます。とても励みになって嬉しいです。感謝感激……! これからもどしどしお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!

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