デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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願うものと、望むものが相入れるとは限らない





第九十七話『悪夢の願う夢とは何か』

『はぁ?』

 

 なんというか、まさか転入生の話で二度も似たような声色をされるとは、一日前まで想像もしていなかった。もうすぐ半年になろうかという時期の話を思い出し、士道は電話を繋ぎながら奇妙な気分を味わっていた。

 

『ちょっと待って。一体どういうこと? 詳しく説明してちょうだい』

 

「今言った通りだ。〈デビル〉が、俺のクラスに転入してきた」

 

 まあ、そうなるだろう。昨夜話題(・・)にした〝精霊〟が、朝一番で兄のクラスに都合よく転入してきました、などという電話をどう理解しどう信じろと言うのか。しかし、信じてもらわねばならない。これ以上、士道側で何かを動かすには、どうしても〈ラタトスク〉の協力が必要不可欠なのだから。

 

『だから、それが意味わかんないって言ってるのよ。一体なんで〈デビル〉が学校に転入してくるのよ。ていうかそもそも、〈デビル〉は正体不明の精霊じゃない。その名前も、顔すらも確認できていない。なんでその転入生が〈デビル〉だなんてわかったの?』

 

「それは……」

 

『士道――――――狂三と、何を企んでるの?』

 

 不意打ち気味に飛び出てきた狂三の名前に動揺して、思わず声をもらしかけた。何とか堪え、冷静を装い言葉を返す。

 

「……なんでそこで狂三が出てくるんだ?」

 

『あのねぇ……普段していることを避けるってことは、それだけ知られたくない何かがあるってことなのよ。隠れて行動するなら、それくらいわかっておきなさい』

 

「うぐっ……」

 

 どうやら、昨夜の猿芝居は琴里にお見通しだったらしい。

 よくよく考えてみれば、当然。琴里はあの歳で〈ラタトスク〉の司令を全うしている少女だ。妹ながら、頭のキレは士道を軽く凌駕している。その点は狂三にだって勝るとも劣らないと自信を持って自慢できる、優れた妹なのだ。そんな彼女を相手に、下手くそな誤魔化しは通用しない。

 

「ごめん……」

 

『べ、別に怒ってるわけじゃないわよ。いいから、ちゃんと説明してちょうだい』

 

「……今は、時間がない。帰ってから全部説明する。嘘は言わない――――――俺と狂三を、信じてくれ」

 

 打ち明けたい気持ちはある。いつまでも秘密にしておけることではないのだから。だが、今説明するには時間が足りなすぎるのと……やはり、自分たちがしてきたことをどう説明すべきか、士道にもまだ戸惑いがあった。

 無責任な言葉に狂三を巻き込んでしまったのは申し訳ないが、こうすれば士道が本気なのだと伝わるはずだ。

 

『……はあ』

 

「……」

 

『……わかったわよ。こっちで観測機を回すわ。それ以降のことは、その結果如何ってことで文句ないわよね?』

 

「信じてくれるのか!?」

 

『何よ。信じろって言い出したのは士道じゃない』

 

 そりゃあ、そうだけど……と口ごもる。我ながら、説得力の欠片もない頼み方だと自覚はあった。だから、琴里が相手とはいえ、こんなあっさり信じてくれたのは意外だったのだ。

 

『士道が狂三の名前を出すってことは、それだけ本気ってことでしょ。それに、狂三が動いてるってことは、相応の価値があるってことよ。それが〈デビル〉に関してのことなら、尚更ね』

 

「……信じてるんだな、狂三のこと」

 

『しん――――ばっ、そんなんじゃないわよ!!』

 

 一瞬、携帯から耳を離してしまうくらいの声量に顔を顰めて頬をかく。別に、そこまで恥ずかしがることじゃないと思うんだがなぁ。あと、そっちでそんなに大声出して大丈夫なのか、という方向性を間違えた士道の心配はともかく。まったく、と琴里が呆れた口調で呟いて話を戻した。

 

『狂三のことを信じてるわけじゃないわ。ただ、士道のことを信じただけよ』

 

「俺の?」

 

『あなたは、それだけのことをしてきたわ。どんな理由であれ、それを知らなくても信じるに値すると、私は士道を信じたのよ』

 

「琴里……」

 

 狂三風に言うのであれば、士道が信じた狂三を信じてくれた、ということになるかもしれない。多方面から寄せられる信頼には、応えなければ嘘になる。より一層気合を入れる士道の耳に、続けて琴里の言葉が届けられた。

 

『ただ、もしちょっとでも気になる女の子の情報を、〈ラタトスク〉に調べてもらおう、だなんて考えてたなら、タダじゃおかないけどね』

 

「し、しねぇよそんなこと!! 俺が狂三一筋だってわかってるだろ!?」

 

『……ふーん。そーね』

 

 さり気なくとんでもないことを口走ってしまった。また一つ弄られの種ができてしまったと思ったのだが、琴里は何やら拗ねたような気のない返事をするものだから首を捻った。

 しかしすぐ元の調子に戻り、電話越しで声を発した。

 

『まあいいわ。じゃあ、すぐに調べさせるわ。ええと、なんて名前だったかしら、その女子生徒』

 

「折紙だ。鳶一折紙」

 

『鳶一折紙ね。鳶一――――――それって……もしかして、ASTの鳶一折紙?』

 

「は……!?」

 

 目を見開いて更に丸くする。AST。陸上自衛隊内にある対精霊部隊の略称。琴里がどうして折紙がそこに所属していたことを知っていたのか、と疑問に驚き……ふと、その理由に思い至った。

 

「……ASTに所属してたなら、もしかして、折紙が十香たちと戦ったことがあるのか……?」

 

『恐らくはね。ASTにそんな名前の隊員がいたと記憶してるわ……でも彼女、ちょっと前に退職してるはずよ』

 

「…………」

 

 やっぱりそうか、と士道はわかっていても(・・・・・・・)眉を下げた。琴里が元の世界の記憶を思い出したのか、と一瞬期待をしてしまったが、考えてみれば当然のことだ。

 士道は、折紙がASTに所属していたことを知っている。当然それは、『狂三』からもたらされた情報だ。そしてその疑念は、今も士道の中で燻っている。

 

『……そう言えば、鳶一折紙がASTを辞めた時期と〈デビル〉が出現し始めた時期は大体一致してるわ。ふむ、もしも退職理由が自身の精霊化であるとしたら……』

 

 因果関係があるかもしれないのか、琴里がブツブツと考察を始める。そんな中で、どのような結論が出ようと士道の心は決まっていた。

 

 断ち切ったはずの、可能性。以前の世界でASTに折紙が所属していた理由は、両親の仇を討つため。その因果は、既に士道が断ち切ったはずである(・・・・・)

 それならば何故、折紙はこの世界でもASTに所属していたのか。一体彼女の中で何が起こって、何が彼女の後押しをしてしまったのか。その答えは――――――この世界の折紙が知っている。ASTのこと以外にも、疑問は数多く存在している。それら全ての鍵を握り、真相を知るのは他ならぬ折紙だけだ。

 

『士道、鳶一折紙が精霊かどうかはこっちで調べておくわ。あなたも、他に気づいたことがあれば報告してちょうだい。でも、もし本当に鳶一折紙が〈デビル〉なのだとしたら、非常に危険な反転体よ。あまり無茶はしないでちょうだい』

 

「ああ……わかってる」

 

 ならば――――――やるべきことは一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 昼休み。士道は折紙に場所指定したノートの切れ端を渡し、ある場所へ呼び出していた。ある場所とは、屋上手前の階段。辺鄙な場所で人通りも少ないが、士道にとっては少しばかり縁がありここなら邪魔が入らないと思っての選択、だったのだが。

 

「……何か用ですか?」

 

 微かに強ばった表情は、この世界の折紙なら当然の話ではある。見ず知らずの男子生徒に、転入早々、このような人気のない場所に呼び出されて警戒しない方がおかしい。以前の世界の折紙なら……まあ、逆に士道が警戒するくらいだったのだろうが。

 

 ――――――ここに狂三がいたら、かつての邂逅での記憶を呼び起こし、皮肉げに笑うのだろうが、それを士道が知る由もない。

 

「あー……」

 

 兎にも角にも、警戒心を強めず話を聞いてもらわなければならない。まずは、話の切り出しからと意を決して士道は声を発した。

 

「なあ、折紙」

 

「えっ?」

 

「……? ――――あ、悪い。鳶一……さん。いきなり名前で呼ぶなんて失礼だよな」

 

 ここでも前の世界の癖が出てしまったと、意外そうな表情の折紙へ謝罪する。昔は、折紙にマウント(物理)を取られながら請われて呼ぶことになったというのに、いざこうなると寂しさを感じさせるのだから慣れとは不思議だと苦笑するしかない。

 

「ううん、ちょっと驚いただけです。えっと……五河くん」

 

 それは、自身が鳶一さんと呼ぶことより不思議な気分だった。あの折紙が、と思うと本当になんとも言えない。士道にとって、世界が変わっても折紙は折紙なのだから、その違和感と寂しさは当然なのかもしれない。

 とはいえ、今はそれを表に出すわけにはいかない。士道は今朝の件は、一体何を言っていたのかと問いかけた。呼び出された要因に納得がいったのか、何かを思い起こすような表情で言葉を返した。

 

「気に触ったならごめんなさい。五河くんが、昔会ったことがある人にそっくりだったから、少し驚いちゃって」

 

「俺が……?」

 

 どういうことなのだろう。折紙が士道と出会ったことは、〝なかったこと〟になったはずである。しかもそれは、〈贋造魔女(ハニエル)〉で小さな姿になった士道だ。そっくり、というなら今の士道そのもの――――――会って、いる?

 あの一瞬、士道は復讐鬼ではない折紙(・・・・・・・・・)に、会っているのではないのか? それに思い至った時、士道は思わずそれを声にしていた。

 

「もしかして、その人に会ったのって――――――五年前の、南甲町の大火災の時じゃないか?」

 

「え……なんで、それを知って……」

 

 士道の予想は当たっていたのか、折紙が驚きで目を見開らき、それからハッとした表情になる。

 

「もしかして、あの時の人は……五河くんのお兄さんですか……?」

 

「へ?」

 

 しかし、その返答は予想外だった。だが、無理からぬことでもある。五年前と言えば、〝今〟の士道はまだ小学生。その年頃の士道とそっくりともなれば、兄弟を連想するのは不自然ではない。

 勘違いをさせたままなのは心苦しいが、信じてもらえることではないし、ここで話の腰を折って台無しにするわけにもいかない。士道は折紙の勘違いを正解とするために首肯した。

 

「まあ……そんなところだ」

 

「……!!」

 

 士道の肯定に、折紙は眉を下げ悲痛な表情になり、それに士道がギョッとして慌てそうになると……彼女が士道の手を取った。

 

「あなたのお兄さんは、私のお父さんとお母さんを助けてくれました。あの人がいなかったら、二人はあのとき死んでしまっていました。どれだけ感謝の言葉を並べても足りないかもしれないけれど、言わせてください。本当に――――ありがとう……!!」

 

「あ、ああ……」

 

 折紙にとっては五年越し、士道にとっては一日前の話だ。なんとも奇妙な体験だが、士道は安堵の息をもらす。折紙の感謝の中に、両親の話が入っていた。つまり、士道の仮説は間違っていなかったと証明されたのだ。

 〝結果〟を変えずに過去を変える。無茶なやり方ではあったが、それだけの価値があったと士道は確信に至った。

 

「あっ」

 

 と、そこで折紙が強く握っていた士道の手を離し、恥ずかしそうに頬を赤くし頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい、いきなり」

 

「いや……大丈夫だよ」

 

 元の世界の折紙なら、ここぞとばかりに捕食者ばりの攻めの姿勢を突き通すところなのだろうが、真逆を乙女な反応にギャップを感じてしまう。可愛いとは、思うが……そんなことよりも。

 

「えっと……鳶一さん。鳶一さんのご両親はその時助かったんだよな?」

 

「はい」

 

「じゃあ、今も一緒に住んでるのか?」

 

「……いえ。両親は、四年前に交通事故で亡くなりました」

 

「な――――っ!!」

 

 亡くなっている? あの時、助けても無駄だと言うように、偶然なのか、世界の意思だとでも言うのか。士道は頭を直接殴られたような衝撃を受けた。『狂三』は折紙の両親に関しては言及を避けていた。その意味が、ようやく形になって理解できる。

 

「そ、んな……」

 

「――――――でも」

 

 その折紙の声に、悲しみはあれど、絶望はなかった。

 

 

「五河くんのお兄さんがお父さんとお母さんを助けてくれてから約一年、私は二人に、たくさんのものをもらいました。それは、五河くんのお兄さんがいなかったら叶わなかった、かけがえのないものです。本当に――――――感謝、しています」

 

「――――そう、か……」

 

 

 無駄ではなかった。そう言ってくれているようで、士道は襲いかかる無力感を押し退けて救われたような気がした――――――けれど、どうしても、思ってしまう。他になかったのか。

 

 本当にあれ以上は、変えられなかったのかと。 

 士道に力があれば、変えられたのではないのかと。

 

 もっと、大きな何かが、あれば。世界を変えられるのではないか。もっと、もっと、世界の意思すら凌駕する力があれば――――――

 

「五河くん……?」

 

「っ……」

 

 呼びかけに顔を上げると、心配そうに折紙が士道を見つめていた。

 何をしているのかと、浮かんだ考えを頭から振り落とす。恐ろしい考えだ。人ひとりがしていいことではない。こんな誘惑と、狂三は常に戦っているのか――――――そしてこれからは、世界の意思で捻じ曲げられていく恐怖とも、彼女は戦っていかねばならないのか。

 

「なんでもない。じゃあ、どうして――――――」

 

 今は、折紙のことを。狂三にもそう言われた。目の前のことを後回しにする人間が、あとのことを解決することは難しい。

 折紙の両親の死因は、交通事故。そこに、精霊が関与する余地はない。ならどうして彼女は。考えはそこに行き着き、緊張を交えて士道は声を発した。

 

 

「……どうして、鳶一さんはASTに入ったんだ?」

 

「え――――――」

 

 

 折紙が復讐鬼となる〝原因〟は消えた。だが、元の世界の折紙ほど過剰な面は見られないにしろ、今の世界の折紙もASTに所属していた、という事実がある。なら、その〝原因〟はなんなのか知らなくてはいけなかった。

 

「なぜASTのことを――――――もしかして五河くん、空間震警報が鳴っている時、外に出ていたことあります?」

 

「え……? あ――――――」

 

 感じた不信から行き着いたことなのだろう。表向きは一般人の士道がASTのことを知っていることを突っ込まれると思っていたが、考えてみれば士道の活動をAST側が目撃しているのは当然の話だ。折紙が、その事を知っていても何ら不思議な話ではない。

 

「あ、ああ……実はな」

 

「……やっぱり。あれは見間違いじゃなかったんですね」

 

「へ?」

 

「何度か、隊内でも話題に上がっていたんです。危険地帯に一般人が残ってるって。〝あの時〟の人に似ているとは思ってましたけど、まさか五河くんだったなんて」

 

 士道自身が想像する以上に目立っていたのか、あまり嬉しくない注目のされ方をしてしまっているらしい。

 

「非常に危険です。今後控えてください」

 

「え、ええと」

 

 はいそうします。と、軽々しく言えない立場な上に、こういう時でも咄嗟に嘘はつけないのが士道だった。狂三か琴里が見ていたら、馬鹿正直さに呆れていることだろう。

 幸いにも、それ以上の追求が行われることはなく、代わりに打って変わって――それこそ、以前の世界を思わせる――強い意志を持って折紙は声を発した。

 

「私がASTに入った理由……でしたよね」

 

「ああ。もしよかったら、教えてくれないか?」

 

「……五河くん。ASTを知っているということは、空間震の原因もご存知なんですよね?」

 

 よく知っているとも。だが、深く話をして怪しまれる危険性を侵す意味はない。一言、その存在を口にした。

 

「……精霊」

 

「そうです。特殊災害指定生命体、精霊。そして、もう既に調べているかもしれませんが、五年前の火災の時、あなたのお兄さんを殺したのも、精霊なんです」

 

「それは――――」

 

 その消し飛ばされたそっくりさんと、目の前の士道が同一人物とはまさか夢にも思うまい。だからこそ、折紙は拳を強く握りしめ思いを告げた。

 

 

「あの人は、私のお父さんとお母さんを助けるために犠牲になってしまいました。今の私があるのは、あの人のおかげです――――――だから、私は思ったんです。もう、あの人のような人を作ってはならない、って。精霊から人を守ることのできる人間になろう……って」

 

「――――――ぁ」

 

 

 〝なかったこと〟にしたはずの事象が、存在していた。その事に疑問を強く覚えていた士道だが、そもそもの〝原因〟は士道にある(・・・・・)

 確かに、復讐鬼は消えた。復讐鬼を復讐鬼足らしめんとする〝原因〟は消え、しかし代償として置き換えて発生した士道という〝原因〟が、折紙を精霊から人を守るASTに所属させる道を辿らせた。

 あの時は、この方法しかなかった。それは確実だ。〈刻々帝(ザフキエル)〉の予測を再演算させる(上回る)力を士道は持たなかったのだから。〝原因〟そのものを取り除ける圧倒的な力(・・・・・)があれば、或いは――――――

 

「……五河くん? 大丈夫ですか……?」

 

「ああ、いや、何でもない……大丈夫だ」

 

 いけない。どうにも余計なことに気を取られてしまう。今見なければならないことは変えた過去ではなく、これから先の未来だ。

 ASTに折紙が所属していた。これは変えられなかった過去だ。けれど、〝原因〟が違った上に折紙の様子から見ても希望はある。彼女は、名前も知らない少年の死に奮起して世界を守ろうと立ち上がった者。無論それは、以前の世界の折紙にもその一面は存在していたものだが、別の要因であった復讐心が強すぎて士道では止められなかった。

 しかし今なら、或いは。死んだと思っている士道を生きていると知らせることができれば……その前に、知らなければいけないことがある。

 

 精霊化した、彼女のこと。何故、精霊になったのか。何故……反転しているのか(・・・・・・・・)。目の前の折紙からは、何かに絶望してしまった雰囲気など感じられない。

 

「もう一つ……訊いていいか?」

 

「なんですか?」

 

 小首を傾げた折紙に、唾を飲み込んで緊張を解きほぐす。無茶をするなと言われたばかりだが、それを知れば大きな進展が得られるはずだ。

 

 

「――――――なんで、鳶一さんは……精霊になったんだ?」

 

 

 放たれた矢を、折紙は――――――

 

「はい?」

 

心底不思議なことを言われた(・・・・・・・・・・・・・)、というキョトンとした表情で声を発した。

 

「えっと、精霊になった……? どういうことですか?」

 

「え?」

 

 士道が言っている意味が理解できていない。惚けている様子もない。折紙が、一番知っているべき彼女が(・・・・・・・・・・・・)、そのことについて知らない?

 

「どういうことだ……? 確かにあれは……」

 

 士道と狂三の予想が外れていた、という可能性。なくはないが、他の可能性を考える方が余程大ハズレを選んでいるとしか思えない。

 と、考えを巡らせているうちに予鈴のチャイムが鳴り響いた。昼休みめいいっぱいを使ってしまったようだ。

 

「昼休み、終わりみたいですね。先に戻ってます――――――ありがとうございます、五河くん。お話ができて、良かったです」

 

「あ――――も、もう少し、話せないか?」

 

「でも、もう授業ですよ?」

 

 階段を下りていく折紙をどうにか引き止められないものかと思案する。聞かなければいけないこと、知りたいことがまだ山ほどある。だが、折紙の言うことは至極真っ当な正論。引き止める術はない――――――咄嗟に、出たのは。

 

 

「今日じゃなくてもいいんだ!! 空いてる日があったら、また――――――会えないか?」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「……どう考えても、デートの誘い文句だな」

 

 なんと言うか、〈ラタトスク〉的には計画通りなのだろうが、士道的には咄嗟にそんな言葉しか出てこなかったのが複雑だった。まあ、他に上手い誘い方が浮かばなかった辺り、士道元来の才能の可能性もあったが、それは考えないようにした。

 

「土曜……か」

 

 だが、結果的にはそれが功を奏したというべきなのか。放課後の屋上で一人、士道は壁に寄りかかったまま紙を空にかざし、そこに書かれてある返答(・・)を目に入れた。

 

『今週の土曜日なら空いてます』

 

 小さな文字で連絡用のアドレスまで書かれたそれは、昼休み前に誘った士道と同じように授業中に隠れて渡されたものだ。事実上のデートに誘った時の反応も含め、相当可愛らしい女の子、という前の世界の折紙に失礼な評価をしてしまった。

 

「いや……あれが、本当はそうなるべきだった折紙なんだろうな」

 

 合理的で冷静で、それなのにどこか頭のネジが外れたとしか思えないとんでもなくアグレッシブな性格は、両親の死という〝原因〟があったからこそのもの。一年とはいえ、両親からの愛を受けて育った折紙は、元来の感情を表に出すことが出来ている。

 それはいいことだし、可愛らしいとも思う……けど、どうしてか士道は寂しさを含んだ笑みを浮かべてしまう。

 

「ふぅ……」

 

 元の世界の折紙のことだけでなく、今の世界の折紙のことも考えなければいけない。

 折紙に精霊化の自覚がなく、それでいて反転までしているなどありえるのだろうか。確かに狂三は断定はできないと言っていたが……。

 

「まさか、折紙が二人に増えてたりしてな…………まさか、な」

 

 実際、幾人にも自身を増やせる精霊が存在しているのだから、ありえないとは言えないんだよなぁと士道は冷や汗混じりに呟いた。特徴的な笑い声で増える折紙…………全員が鉄仮面で想定されているため、恐ろしい絵面だった。

 とにかく、士道一人で考えていてもどうにもならない。琴里たちに説明する前に、放課後の屋上で待ち合わせをしている狂三と話し合う必要がある、のだが。

 

「ふああ……」

 

 壁に背を預けていたのが良くなかったかもしれない。昨晩、まともに寝ていないのもあり、目を開けたり閉じたりしながらこくりこくりと眠りに誘われる。

 

「ん――――」

 

 何度か抗いはしたが、これはダメだと諦めて目を閉じる。意識が落ち行く最中――――――優しい香りが、士道の鼻腔をくすぐった。

 

 

 

 

 

 

「あら、あら」

 

 黒髪の少女は、己の膝の上に眠る少年の髪に触れ、遊ぶようにくすぐる。それが気になるのか、僅かに声をもらし眠る彼の姿にくす、と少女は微笑んだ。

 

「……可愛いお方」

 

 少女は、時崎狂三は普段からは想像もつかない気の緩んだ顔で士道を受け止めていた。待ち合わせをした相手がうたた寝しているとなれば、拗ねてしまうのが年相応の少女らしい行動なのかもしれないが……生憎、そこまで子供ではない狂三にとっては、むしろ彼に休みを取る意思があったことにホッとしているくらいだった。

 無理をするなと言えば無理をして、無茶をするなと言えば無茶をする。少し目を離したら、遠くへ駆け抜けて行ってしまうのではないか。そんな風に思わせる人が、あどけない寝顔を晒しているというのは、どうしても可愛らしさを感じさせるのだ。

 

 安らかな寝息が、触れた手首から感じる小さな脈動が、狂三にとてつもない安心感を覚えさせた。

 

 

「――――――生きて、いますわ」

 

 

 ああ、ああ。それだけなのに、それだけで、今自身の心は満たされている。結局のところ、狂三は何一つ成長していないのかもしれない。この場所で、死の淵に立たされたあの瞬間から、何も。

 

 世界は変わった、変えられた。その証明は、精霊の心の炎を燃え上がらせるのに十分すぎる火種だった。同時に、少女の心を突き落としかねない劇薬だった。

 危険があるのは織り込んだ上で、【一二の弾(ユッド・ベート)】を撃った。そんなことは百も承知していた。だが、承知していたのは精霊であって、少女ではなかったのかもしれない。

 何を叫んでいたのか、自分でさえ覚えていないくらい取り乱していた。どれだけ大切な存在なのか、思い知らされるようだった――――――それでも、時崎狂三は、五河士道を殺す(・・・・・・・)

 

「…………ああ」

 

 吐息が空に舞う。ああ、大切だ。愛している。ずっと一緒にいたい。皆と笑っている、五河士道が好きだ――――――少女がそれを一番としているように、精霊にも譲れない一番がある。

 

 どれほど少女にとって大切だとしても、精霊を覆すには至らない。覆すには、狂三は少し長く憎悪に浸りすぎていた。辿り着いてみせよう――――――皮肉にも、自身の願いを手折ろうとした少年が示した証明の果てへ。

 

「んん……」

 

「あら」

 

 ただ、今はまだその時ではない(・・・・・・・)

 何の夢を見ているのやら、士道が少し苦しげに表情を歪めている。眠りの中で怖い精霊に追いかけられる夢でも見ているのか……適役としては、過去の自分くらいしか思い浮かばないが。

悪夢(ナイトメア)が人の夢見を案じるとは、何とも焼きが回りすぎているとは思うが、今更だろう。こういう時は、〝子守唄〟でも歌って差し上げるのが良いかもしれない。狂三の声なら、そう邪険にはされないだろうという自信もあった。

 

 小さく声を整え……ふと、思い立って狂三は士道の顔を覗き込んだ。祈るように、少女は囁く。

 

 

「あの子ではありませんけれど――――――どうか、眠りの中では良い夢を」

 

 

 せめて――――――夢の中では、皆の幸せな未来を。

 

 祈りと、叶うことのない願いを込めて。少年にだけ向けて奏でられる少女の独奏曲が、誰もいない屋上に響いた。

 

 

 





悪夢は幸福な夢を見れない。だから、せめて、と願う。

結果的には士道のせいで狂三の悲願がより強固なものになっていってるという。まあ、士道は士道で思うところがあるようですが。あと琴里があんな露骨な士道に気づかないわけないじゃないですかやだー。
デビ紙なのにエンジェル的折紙とはこれ如何に。ここだけ見ると攻略簡単そうなんですけどねー(棒)

感想、評価、お気に入りなどなどお持ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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