こんにちは。私、一条蛍は地元の高校に進学して高校3年生になりました。相変わらず元気で暮らしています。あ、もちろん、みんなも元気ですよ。まずは夏海先輩です。夏海先輩は今、大学で教育学を学び小学校と中学校の先生の免許を取るために頑張っています。あの勉強嫌いの夏海先輩がです。意外ですよね?小鞠先輩は来年から大学院に行くそうです。小鞠先輩は政治学の国際関係論を学んでいます。そして、将来は外交官になりたいそうです。小鞠先輩は昔から大人の女性というものに憧れていましたから、もしかして皇太子妃が元外交官だったということも影響しているのかもしれません。夏海先輩の家に遊びに行った時にちょうど皇太子妃の特集のテレビが流れており、それを小鞠先輩も見ていました。確か、その時に皇太子妃が外交官だったということも流れていたと思います。小鞠先輩が外交官になりたいと言い始めたのも確かその時期だったはずです。あの、ただでさえ大人の女性としての魅力溢れる皇太子妃がかつて、外交官としてバリバリ働いている姿を見たら憧れるのも無理もないことです。あ、あと楓さんも元気にしてます。今でもまだ同じ場所にお店を構えています。お客さんは少ないですが、頑張っていますよ。先生は今は市内の違う学校へと転任されましたが、小学校で教鞭をとってるそうです。このみさんとひかげさんも社会人として働いています。とにかく、みんな元気にそれぞれ暮らしています。え?一人忘れてる?れんちゃんはどうしているか?れんちゃんは……今は沖縄県の糸満市米須という辺りにいます。今年もみんなで会いに行くつもりです。きっと元気にしているはずです。きっと……
さて、今日の本題は近況報告ではありません。実は大人になる前に話しておきたいのです。私たちが体験した悲しくて恐ろしい不思議な体験を。実際にお話しするその前に、あなたに聞きたいことがあります。あなたは『時間』というものについて深く考えたことがありますか。普通はそんなことは哲学者でもない限りは深く考えないでしょう。だって、日常は余りにもせわしなく動いていきます。その中ではそんなことを気にしている暇もないのです。『時間』それは、人間が生み出した考え方です。しかし、時間は人間が生まれるずっと前、この宇宙が生まれた時からずっと永遠に途切れることなく刻み続けられています。また、時間というものは片道切符であり、戻ることは絶対にできません。過ぎ去ったら二度と同じ時は戻ってはきません。でも、あの日私たちは確かに時間を遡りました。そして悲しい歴史をこの身で本当に体験しました。この経験は私たちの歩む人生において大きな転換点となり、私たちが自らの将来を考える上で大きな比重を占めることになりました。夏海先輩の教師になりたいという夢も小鞠先輩の外交官になりたいという夢も全てはあの時体験したことから始まっているのです。夏海先輩はあの時のことを思い出してはこう言います。「あの時のことを生徒のみんなに伝えるんだ!」と。小鞠先輩も「もう二度とあの時が繰り返されないようにしないと。そのためには勉強して外交官になる。」と言っています。そして私も、将来は国連で働きたい。そう思って必死で勉強しています。国連職員になりたいだなんてあの体験がなければ思ってもみなかったことでしょう。夏海先輩も小鞠先輩も自分の目標に対しては同じようなことを言っています。
え?さっきから"あの体験"ってどんな体験かですか?すみません。色々と喋りすぎちゃいましたね。わかりました。そろそろもったいぶってないでお話しします。私たちが体験したあの全ての地獄を一度に合わせたとも形容される悲惨な歴史と私たちの逃避行の記憶を。
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絶対に忘れることはできないあの日は夏休みの真っ最中でした。私が小学校5年生、夏海先輩が中学1年生、小鞠先輩が中学2年生、そしてれんちゃんが小学1年生のころです。私たちはその日、沖縄に来ていました。夏海先輩と小鞠先輩のお兄さんがデパートの福引で驚異のくじ運を発揮し、見事に沖縄旅行を当てたので、私たちは沖縄旅行を楽しむことになったのです。私たちの目的地は石垣島よりもう少し先にある小さな島、竹富島でした。この島は八重山諸島の一つで昔ながらの沖縄の住居なども残るとても美しい島です。しかし、そこへは直通で行けるわけではなく、一度那覇空港を経由してから離島へ行く便に乗り換えなくてはいけません。私たちは2時間と少しの空の旅を楽しみ、那覇空港へと降り立ちました。"さあ、次はいよいよ離島行きの飛行機だ、目的地まであと少し。"と思っていると空港職員のアナウンスが聞こえてきました。どうやら搭乗予定だった南ぬ島石垣空港行きの飛行機が何かのトラブルで遅延しており定刻通り那覇空港に着かないため出発が遅れるとのことでした。新しく提示された時刻を見ると2時間ほど足止めされるようです。那覇空港に着く前に空の上から見たあの美しい海や島の風景を見ていた私たちはもう、胸を高鳴らせて今か今かと楽しみにしていたのでその2時間はとても長く感じました。特に夏海先輩はじっとしていられない性格なので、空港内を探検しようと言い出しました。私も含めて全員その場でじっとしているのも飽きていたので先生と楓さんに許可をとってひかげさんとこのみさんと一緒に探検をしました。しかし、探検と言っても出発ロビー内の空港全体と比べたら比較にならないほどに狭い範囲しか見ることができません。しばらくはお土産屋さんなどを見て回っていました。私は少しお腹が空いていたので後で食べようとお土産屋さんでサーターアンダギーとご当地のお菓子を少し買いました。夏海先輩たちも各々少しだけお菓子を買っていました。しかし、そんな狭い範囲はすぐに全て周り尽くしてしまいます。やがてまた暇になってしまいました。夏海先輩はまだぶらぶらと空港内を行き来していました。この時までは本当に楽しい旅行になるはずでした。私はそのキラキラとした笑顔で本当に楽しそうな夏海先輩の様子を微笑みながら見ていました。その時でした。突然夏海先輩は目をキラキラと無邪気に輝かせながら走ってきました。
「ねえねえ!あっちで変な扉見つけた!」
「変な扉ですか……?」
「行ってみるん!」
「何見つけたんだよ……」
三者三様の反応を示して私たちは夏海先輩に導かれながらその扉のところへと向かいました。そこには現代的で機能的な空港には似つかない古ぼけた木でできた大きな扉がありました。確かに変な扉です。そこに本来あるべきものではないというか……違和感しかありません。
「ねえねえ、入ってみようよ。」
好奇心旺盛な夏海先輩は入ってみたくてウズウズしているようです。それに対して小鞠先輩は怯えたような顔をして断固反対します。
「え〜……やめようよ……」
すると、夏海先輩はふふっと吹き出すかのように笑っていつものように小鞠先輩をいじり始めます。
「姉ちゃんもしかして怖いのぉ?」
「うっ……そ、そんなことないもん!怖くないよ!私もう大人なんだから!」
小鞠先輩は強がっていますが、態度で本当は怖いということがよくわかります。そんな小鞠先輩を見て夏海先輩は笑いながら言いました。
「大丈夫大丈夫。何かあったら戻ってこればいいんだからさ。」
そういうと夏海先輩はその木の扉を開けます。ギイっと音がして扉が開くとそこはなんだか不思議な空間でした。色々な色をした円状の何かが壁や床全体をくるくると忙しなく動いている光の空間でした。しかし、しばらく歩くとやがて真っ暗闇になります。
「夏海……戻ろうよ……」
小鞠先輩が泣きそうな声をあげますが、夏海先輩は止まる気配がありません。
「大丈夫大丈夫!もうちょっと進んでみようよ。」
そう言ってそのままどんどん進んでいってしまいます。仕方なく、私たちも後を着いていきます。すると、ようやく出口のようなところに出ました。しかし、何かがおかしいのです。だって、今まで昼だったはずなのに出てみたら夜、しかもどうやら屋外のようです。そんなこと有り得ません。だって空港に着いたのはお昼くらいだったのです。そして、歩いてきた時間は10分足らず、そんなに短時間で日が落ちて夜になるなんてことはあり得ません。でも、現実に今この場所は夜です。しかも、おかしなことはまだありました。周りには明かりが全く無いのです。100歩譲って、夜になったことが現実だとしても空港の周りがこんなに真っ暗だなんてことはあり得ません。だって空港は普通、飛行機が発着するので煌々と灯りが着いているはずです。なのに、ただただ怪物のような真っ暗闇がそこには横たわり、私たちを包んでいました。これは絶対におかしいと私の身体は警鐘を鳴らしていました。それは誰もが思っていたことのようで夏海先輩もいつもの明るさを封印して真剣な口調で言います。
「戻ろう。」
そう言ってさっき来た道を戻ろうと後ろを振り返りました。でも、そこにはもう何もないようでした。ただ、ガサガサと茂みが揺れる音がするだけです。
「夏海!どうすんのよ!帰れなくなったじゃない!」
小鞠先輩は泣きながら夏海先輩の身体をポカポカと叩きながら非難しています。そんなこと言われても夏海先輩も戸惑ってしまいどうすればいいかわからないようです。とりあえず、空港に戻らないと。そういう思いは皆、共通のようでとりあえず身体を動かして戻る道を探そうとしました。その時でした、突然光の玉が花火のように何発も打ち上がり、辺りを真昼間のように照らします。私たちが立っている場所はどうやら浜辺近くのようでした。その光でようやく見えたのですが、海の方向には無数の真っ黒な船が浮かんでいました。その船から突然、赤く光ったと思ったら赤い火の玉が飛んできます。その火の玉はヒュンヒュンと風を切る音を立てて飛んできます。私たちはそれをただ呆然と見ていました。そして、ドカンと大きな音がして、私の頰に何かが当たります。すると、また辺りが昼のように明るくなりました。今度はその船から真っ直ぐに私たちの立っている方向に火の玉が飛んできました。今度は音もなくです。すると、男の人の怒鳴り声が聞こえました。
「危ない!」
その声と同時に、私は突き飛ばされて私の身体は硬いゴツゴツとした何かに押しつぶされました。それと同時にまた、顔に硬い石のようなものが当たった感覚がありました。すると、また空が明るく光りました。
「立て!逃げるぞ!」
男の人の声はそういうと私の身体は何かに引っ張られて茂みのようなところに連れていかれました。すると、またすぐ近くでドカンという耳をつんざくような爆音が響き渡ります。そして、また怒鳴り声が聞こえてきました。
「おまえたち!民間人か?!何をしておるか!ここは嘉数の最前線だ!すぐ近くに鬼畜の米兵どももウヨウヨいるんだぞ!おまえたちのような女子供が居ていい場所じゃない!一刻も早く南部へ逃げろ!」
そういうと駆け出していくような音が聞こえてその男の人の声は聞こえなくなりました。すると、また光が空を明るく照らします。そしてまた爆音と揺れ。その間にみんなを見るとみんな無事なようです。怯えたみんなの顔が浮かび上がってきました。私はあまりにもびっくりしてしまって何も言えなくなってしまいましたが、とにかくここにいてはいけないことはわかりました。立ち上がろうと手を後ろにつくと手に何かの液体がぐしゃりと着いた感覚がしました。何かと思ってその手を見るとべっとりと何かが付着していました。何だろうと思って手を顔に近づけるとほんのりと鉄のような匂いがしてきました。ですが、そんなことを気にしている暇はありません。とにかく、この場所は"カカズ"という辺りでありここにいては危険で"ナンブ"に行かなくてはいけないようです。少なくともそこはここよりも安全だそうです。早く行かないと。私は夏海先輩たちに促し、立ち上がり歩き出そうとしました。また、空が明るく昼のように光りました。すると、座っている時には気がつかなかった周りの様子が見えてきました。その茂みの奥には更に深い森が広がり、私たちが座っていた近くには人の形をした何かがたくさん倒れていました。それが何なのかその時はわかりませんでしたが、それが何たったのかわかるのにそんなに時間はかかりませんでした。
しかし、私たちはその時はまだ何も分かっていませんでした。一体自分たちの身に何が起きているのか、そしてここがどこで今がいつなのか。私たちはまだ、ここは変なところだなという感覚しか持っていませんでした。あの男の人の言葉の意味さえもわかっていなかったのです。私たちが体験した恐ろしくあまりにも悲惨な逃避行はこうして始まりました。