式典が終わって厳しい表情で通路を歩いているユルゲンを黒髪の壮年騎士が呼び止めた。
「ユルゲン皇子。ペレジア帝国建国おめでとうございます」
彼の名はジェルド。グルニアの将軍の一人でユルゲンの腹心の一人。そして皇女ユミスの夫でもありユルゲンにとっては義弟にもあたる。
「そうかしこまるな。ユミスと結婚する前からお前のことは弟のように思っていた。それに――」
そう言ってユルゲンはあたりをうかがいジェルドを隅に引き寄せた。
「あんまりめでたい気分ではない。この式も奴らのお膳立てによるものだと思うとな」
ユルゲンの言葉にジェルドも声を潜めて返す。
「あの異界から来たとかいう教団の連中のことですか?」
ユルゲンは首を縦に振る。
「パレスを巨竜や屍が滅ぼした直後に奴らは父上のもとに現れた。奴らが竜を操っていると思うと私は糸が切れかけたシャンデリアの下にいる気分だ。それもこの城を吹き飛ばす爆薬のついたシャンデリアのな」
「……」
ジェルドは息をのむ。ユルゲンは続けた。
「新帝国の熱気に浮かされるな。いざというときのためにいつでも戦える心構えをしておけ」
「それは……アカネイアの生き残りとですか? それとも奴らと?」
「両方とだ。今のアカネイアを蹂躙したくはないがアカネイアの巨大さに頭を垂れ続けていた父上がようやく掴んだ栄光の邪魔をするものを許す気にもなれん。奴らについては言わずもがな。ユミスのためでもある。頼む」
真剣に自分の目を見つめるユルゲンにジェルドは言葉を返さずにうなずきユルゲンはジェイドの肩をたたく。あたかも今の会話で新帝国建国を祝っていたかのようなそぶりを装って。
カダインを解放しフェリア建国を見届けたカイルたちはアリティアに向かうアイク傭兵団や砂の部族の捕虜をオレルアンに連行する――死んだほうがましだったと思えるくらいの労役につけるらしい――アイネたち氷の部族と別れグルニアへ旅立った。カイルたちは少数だ。グルニアがクロだったとしても決して闘おうとしてはならないとセネリオに強く言い含められ連絡用にヤクシの石をもらった。この石を持っている者同士なら相手を念じるだけで長距離でも会話が可能になるらしい。
「外にはこんなものがあるのか。とても信じられないな」
ヤクシの石を疑っているのはザンザ。アイネから他の捕虜とは別にカイルたちのもとで馬車馬のように働くことを命じられ彼らと同行している。カーシャの好意で拘束されてはいないが。
「パレスにもねえよ。魔法ってやつか? 俺も嘘としか思えんな」
ザンザに同意してヤクシの石に疑念のこもった視線を向けるルッツ。
「そうだな。ちょっと試してみるか」
二人だけでなく自らも半信半疑だったカイルはヤクシの石を握り傭兵団の中で石を持っているだろうセネリオの名を念じる。
(セネリオ。聞こえるか?)
返事はすぐに返ってきた。
(カイルどうしました? いえ言わなくても結構。石が信じられないから試してみたのでしょう)
速攻で見透かされる。セネリオ達はアカネイア語に十分長けているが思念同士の対話のためか口頭より流暢に聞こえる。
(はは、さすがにお見通しで)
(ヤクシの石の効力はこれでわかりましたね。では僕たちも暇ではないので試しはこれきりにしてください。今アリティアは新国家とやらに統合されて大変なことになってますから)
「新国家!?」
セネリオの思いがけない報告にカイルは声をあげて驚く。周りの仲間も怪訝な目でカイルを見ていたがカイルにとってはそれくらい大きな衝撃だった。
アリティアは英雄王マルスそしてマルスより百年前の個の英雄アンリの故郷である。王朝交代後歴代アカネイア王は代々即位後はアリティアに赴いて祖先の墓に報告と国家への滅私奉公の誓いを立てる習わしがあるくらい現アカネイア王家にとって精神的な母国だった。
(何でもペレジア帝国だとか。まだ戦闘にはなっていませんがそちらでもグルニアがペレジアの領土になっていても驚かないでください)
戦闘になっていないことに安堵しつつカイルはセネリオに尋ねる。
(グルニアがペレジアに? じゃあグルニアは巨竜とは無関係で侵略を受けているってことか?)
若干間があった。おそらく向こうではセネリオが心の中で首を振る仕草をしていたのだろう。
(わかっているのはどこかの国がアリティアを吸収してペレジア帝国を名乗ったというだけです。マケドニアかそれともグルニアか。マケドニア総督とグルニア王。巷の風聞では疑わしいのはグルニア王の方でしょう。むしろ疑いは強くなったとみるべきかと。くれぐれも気を付けてください)
(ああ、セネリオたちも気を付けて。アイクによろしく)
カイルが念話を切って石をしまうと仲間たちが声をかけてきた。
「カイル様、アイクさんたちと通じました?」
カーシャが尋ねてくる。
「うん、セネリオと話ができたよ」
「で、新国家ってなんだよ? 端から見ると危ない奴だったぞお前」
カイルを心配しながらもルッツはそんなことを言ってくる。
「ああ、あまりのことでついな。そのことなんだけどみんな聞いてくれ」
そう言ってカイルはペレジア帝国のことを皆に話し現地に着いても動揺しないように言い聞かせた。
グルニアの市街に到着したカイルたちは情報収集を始めることにした。酒場にはザンザが、カイルたち未成年は散会して市街の店を回ってみる。
街に入る前にカイルは聖痕を隠すため右目に眼帯をつけているが治安が悪化し怪我人が多く出ているこのご時世怪訝に思うものはいなかった。
そんなカイルに一人の女商人が話しかけてきた。
「はぁい! あなた旅人でしょう? 今は傷薬や武器なしでは外出できないわ。お金なんて命には代えられないわ。惜しまずにここで買って行きなさい」
整っている容姿だがララベルと違って美人というよりかわいいと言った方が似合う赤毛の行商人だった。
「うっ……ごめん。僕一人で決めるわけにはいかないんだ。仲間たちと相談して必要だと思ったらここに来るから待っててくれないか」
「あら、気品があるし旅の貴族かと思ったんだけど。いえ貴族だからこそしがらみがあるのかもしれないわね。わかったわ。決めたらこの市場に来なさい」
商人はすんなり納得し他の客へ売り込みをかけようとするがそこへ、
「あっカイル様! ここにいたんですね。…ってまた美人に押し売りされかけてるんですか?」
あきれた様子でカイルに声をかけたカーシャがやってきた。
「い、いやこの人武器や薬を扱っているみたいなんだ。僕たちの旅には必要だろう。それに仲間と相談して決めるってちゃんと言ったんだ」
「武器と薬ですか。確かに危険地帯を少数で動く私たちには必要ですけど」
そう言葉を交わすカイルとカーシャを商人はしばらく見て
「もしかしてそこの少年。君、右目に模様みたいなのが入ってない?」
「「えっ?」」
商人の問いかけにカイルたちはぎくりとして振り返る。商人はそんな二人を見て答えも聞かずに話題を変える。
「そう、あなたたちがカイルとカーシャね。ララベルから聞いているわ」
「ララベルさんと知り合いなんですか?」
カイルは驚いて商人に近づき言った。
「ええ、行商人は商売のためなら商人同士でも取引をするものなのよ。彼女は私の好敵手にして上客でもあるわ」
「ほんの1月の間でアカネイアとグルニアを行き来していたんですか? しかも屍がたむろする中で、行商人ってたくましいんですね」
何でもないことのように言う商人にカーシャは気圧された。
「それほどでもないわよ。私が旅をしてこられたのもここにある武器と薬のおかげね。恋を自覚する前に死別なんてことにならないようにここでちゃんと準備をしてきなさい」
ちゃっかりと商品を売り込む商人にカイルとカーシャも苦笑し、カーシャはふと尋ねた。
「わかりました。他にも連れがいますので彼らの分も見てもらいます。商人さんのお名前は?」
「アンナよ。この街だけでなくいろいろな町で商売しているわ。辺境にも出歩きしているから物資が足りなくなったらアンナさーんって叫べば現れるわ。……運が良ければ」
らしくもなく小声で付け足すアンナにカイルは首をひねりつつもふと思いつき尋ねる。
「……? そうだ。大陸中を回っているならかなりの情報を持っていますよね? グルニアの情勢を教えてくれませんか? できればアリティアとマケドニアについてもなんでも知っている限り教えてください」
「それなりに取るわよって言ったら?」
「うっ……装備のこともあるのでお安くして頂けると」
カイルは引きながらも値切りを試みてみる。
「冗談よ。お客様に道中で死なれても困るわ。サービスしてあげる」
アンナは笑い飛ばすとふいと表情を引き締め、丸めた紙をカイルに握らせる。
「でもあなた、アカネイアの王子様って話よね。ならここではやめておいた方がいいわ。他の連れの装備も見てみるって言ってたでしょ。それうちの店でやるから日が傾く頃に来なさい。情報はその時に、下手に町の人から聞き出そうなんて思わないで」
真剣な表情でそう言うアンナにカイルもカーシャもそろってうなずいた。
仲間たちと合流したカイルたちは夕方になってからアンナに持たされた紙に記された店にやってきた。
「いらっしゃいませー! 強い武器も酷い怪我に効く薬も何でもそろってるわよー」
一同をアンナは出迎え早速商品を見せてくる。
「おっ! この剣。鋼でできてる。今じゃ店で手に入ることなんてないぞ」
「この斧もだ」
ルッツとザンザはアンナが出した武器に目を輝かせている。
「これくらい私のつてを使えば楽勝よ。マケドニアに進出する頃には銀も仕入れて見せるわ」
「マケドニアに? まるで今のマケドニアの方がグルニアより栄えてるような言い方ですね」
アンナの意気込みにカーシャが疑問をはさんだ。
カーシャはマケドニアを大切な故郷だと思っていることは確かだが未だに山岳が多いマケドニアは交易で栄えているグルニアより遅れていると知っていてコンプレックスを持っているのも事実だった。
そんなカーシャの心を知らずかアンナはあっけらかんと答える。
「今の帝都の南にあるからね。王様…じゃなくて皇帝もよくマケドニアの街を訪れているらしいわ」
「帝都? 皇帝?」
アンナの口から出た聞きなれない単語をカイルは反芻する。
「ええ、知らなかったようね。グルニアの王様はマケドニアとアリティアを併合してマケドニアの北の砦に移住したの。昔暗黒竜の居城があった場所ね。ドルーアだったっけ? いえ今では帝都ペレジアって呼ばれているわ。もっとも砦以外は小さな町があるだけだから都の機能はマケドニア市が担っているわ。だから今の大陸で一番栄えているのはマケドニアなの」
「……」
セネリオが言った通りグルニアはアリティアを併合していた。いやマケドニアも併合され新しい都扱いになっている。だがマケドニアが栄えていると言われてもカーシャの顔色はさえなかった。
「併合って、マケドニアがグルニアに侵略されたってこと? お父さんとお母さんは? ライトは?」
ライトとはカーシャの弟の名前だ。カーシャはマケドニアの繁栄より家族の安否を心配した。
「侵略ではないわ。アカネイアの王様が死んじゃってマケドニアに赴任していた総督はあっさりとグルニアとの併合に合意したの。圧政も起きていない。むしろ軍隊は住民を守ろうと頑張っているみたい」
「……」
カイルは複雑な思いだった。まだ生き残りがいるアカネイアをないがしろにグルニア王ユベンが新しい国を建てたことに憤りはある。だが彼は混迷しているアリティアとマケドニアを救い、今も守ろうとしているとも見える。フェリア王国を認めたようにペレジア帝国も認めアカネイア王国を復興させた後は手を取り合っていくべきではないのか。そう決めようとしている時にアンナがある話を始めた。
「問題は皇帝に取り入っている教団の方ね。ナーガとは別の神様を祭ってこの街でも改宗を勧められているわ。都市部だと無茶なことはしないけど。皇帝や軍の目が届きにくい村では――」
「焼き討ちだー!」
店の外で大声が響き渡った。気が付けば夜も更けている。
カイルたちは慌てて店の外に飛び出した。
「焼き討ちってどこで起きているんですか?」
「この街の近くの村だ。陛下がこの街にいた時は安全だったんだが遷都した途端、グルニアの各地で」
カイルたちは村の場所を教えてもらいすぐに駆けつける。
村では凄惨な光景が広がっている。
村人への蛮行をラーズ司教カリグラが命じていた。
「ラーズの教えを受け入れぬ異教徒どもを根絶やしにせよ。異大陸であろうと偉大なるラーズ神の威光が届かぬなどあってはならぬ」
建物は燃やされ、抵抗した村人は殺され武器を捨てた者たちは捕らえられカリグラの沙汰を待つ身となった。部下の神官はカリグラに彼らの処遇を尋ねる。
「生き残った村人はこれだけです。いかがいたしましょう。ここまで来て全員殺すだけでは教団に利がありません」
「働き手になる男とそこそこの女は奴隷としてこの地の王の目をくぐって作った流刑地に送れ。一番美しい女はラーズ神への供物として火あぶりにせよ」
カリグラは一切の情を見せずにそう命じ、部下たちも疑いなくその命令を実行しようとしていた。
ジェルド クラス:パラディン
ユルゲンの腹心の騎士。ユミス皇女の夫でもある。
アンナ クラス:商人
市街から辺境の遺跡までどこにでも現れる行商人。並の兵士や屍どころか敵将すら瞬殺できるぐらい戦闘能力が高い。この作品では無数の姉妹はおらず金づるになりそうなカイルたちの行きそうな場所を狙って現れている。
カリグラ クラス:ラーズ司教
信仰心の強いラーズ残党の司教。クラウディウスを不埒者と見下し自ら巨竜を操りラズベリア大陸への帰還を目論んでいる。