カイルたちが村に到着したときには村は火の手が上がり、村には甲冑を着た黒騎士と黒いローブを着た司祭たちがたむろしていて村人らしき者は一人しかいなかった。
その者は村で最も美しく、今は異界の神ラーズへの生贄として木の杭に縄で縛りつけられ火あぶりにされようとしていた。
「……! その人を離せ! お前たち、いったい何のつもりでこんな真似をしている?」
カイルが叫んだ途端、この場を仕切る司教カリグラを暗黒騎士が囲んで守る。
「この大陸の原住民どもか。神聖なる儀式の邪魔をするな」
カリグラの狂気めいたたわごとにルッツが憤る。
「儀式だと? ラーマン教の教えに火あぶりを正当化する教義なんてねえぞ」
「ふん、この異郷の原始宗教など知ったことか。人類は皆至高神ラーズに祈りをささげればよい」
「ラーズ?」
カリグラが口にした神の名前にカイルはたじろぐ。アカネイア大陸では全く聞き覚えがない。母ユリナから聞いたユグドラル大陸の神々にもそんな名前の神はいなかった。
「原住民どもにありがたい説法を説いても無駄か。布教を担う聖職者の辛いところだ。ものどもかかれ!」
カリグラが命じた瞬間騎士たちは抜剣し、カイルたちに襲い掛かる。
キィン!
「く……はぁ!」
カイル、ルッツ、ザンザは騎士たちと戦いを始める。斧を持つザンザは剣を持つ暗黒騎士相手に三すくみで不利だったがマーモトード砂漠で鍛えぬいた力量でそれを補い騎士を圧倒し、一人、また一人と倒していった。
そんな戦いのさなか、神官たちは早く生贄の儀式を完遂しようと松明の火をつけ女に近づけていく。火のついた松明をゆっくりと近づけるラーズの流儀は女の恐怖をあおるばかりだった。
「ひぃ! お願い。助けてください。何でもします」
そんな女の命乞いに神官は耳を貸すどころか眉一つ動かさずに火を近づける。そうして焼かれた生贄は魂が浄化され、死後にラーズに帰依し神に仕えることができると信じられているからだ。
そこへ助けが現れる。
ヒィィン!
「はぁぁ!」
キン! ザシュ!
馬にまたがったカーシャが槍で松明を持った神官を串刺しにしたのだ。
「大丈夫? もう安心です」
カーシャは女を抱きかかえる。女はカーシャの胸で泣き喚いた。
「貴様! 異教徒の魂を救うための儀式を『うばえ! そしてわれにちからをあたえよ! ジャヌーラ』」
神官の暗黒魔法がカーシャを襲うが
「やっ!」
ブゥン。
天馬騎士として修業を積んでいたカーシャは手のひらをかざすだけで弱弱しい邪法をかき消した。魔法に耐性を持つ天馬に乗っていなかったため黒い痣が残ったが1時間もしないうちに完治するだろう。
「はっ!」
ザン!
続けて槍が二人目の神官を貫く。
天馬を手に入れるまでソシアルナイトとして戦ってみてもいいかもしれないとカーシャは頭の片隅で考えながら次の標的に狙いを定めた。
「おのれ、ラーズのしもべの面汚しめ。教皇様からもらったこの蟲を使うしかないか」
次々に倒される騎士や神官の不出来に業を煮やしたカリグラは胸元から瓶を取り出す。
瓶の中には何十匹の蟲が入っていた。
「……?」
戦いが一段落し首魁の様子を窺ったカイルはカリグラの様子に眉をひそめる。降参するわけではないようだ。
カパッ!
カリグラは瓶を開き地に放った。
メキメキ。
すると地の底から屍が現れた。殺された村人や先ほど仕留めた暗黒騎士の屍まで動き出している。
「ゆけっ! 汚らわしき亡者ども。異教で染まった魂を異教徒を喰らうことで清めるのだ」
「なっ?」
カリグラの命令を受けて、いや彼の言葉など意に介さず屍は生者たちを襲った。
ガッ!
「ギャァァァ!」
屍はカイルたちだけでなく神官たちまで襲った。
「ぐぅ! カリグラめ、乱心したか。『じゅうりんせよ! くろききりよ! トゥマハーン』」
そして神官たちも屍と応戦を始める。
キィン! ザシュ!
そんな中カイルは屍を切り伏せながらカリグラに迫った。すでに彼を警護していた騎士たちも屍と応戦を始め、カリグラは村の奥地へ逃げていた。
「待て! 邪悪な凶信者。あの屍はアカネイアを襲ったのと同じ現象。お前たちがアカネイアを襲ったんだな」
問い詰めるカイルにカリグラは笑って応じた。
「おうとも、あの竜の力を試すためにな」
「試す? そんなことのためにパレスの人々を!」
カイルは憎悪のこもった表情でカリグラを睨むがカリグラは笑みを崩さない。
「ラーズ神の威光でこの世をあまねく照らすため。そして原住民を真の神の御手で楽園に導くため。むしろあれは神の慈悲によるものだ」
「真の神? あんな竜がか?」
カイルの言葉をカリグラは手を振って否定する。
「違う違う。あの竜はただの道具よ。異教徒を潰すためのな。この大陸を救済しいずれラズベリア大陸を救う。異教徒の国ヴェリアも、ウルバヌス様を不当に追放した帝国もあの竜で滅ぼし創り直すのだ」
カリグラの言葉の後の方は意味が解らなかった。違う大陸のことを言っているらしい。
「お前たちの事情なんか知らない。そんなことのためにパレスとグルニアを……」
カイルはカリグラに剣をむける。生かして捕らえる自信はなかった。
「ふ……もう遅い」
カリグラが地に目を向けた瞬間。地から屍がわいてきた。
「はっ!」
カイルはそれを予期し、真横に跳躍し、
ザッ!
跳躍方向にいる屍を切り捨てた。その隙にカリグラは背を向ける。
「見抜きおったか。だがわしが逃げられればそれで充分。ではな小僧。次はあの竜でお前の魂を清めてやろう。……!?」
だが逃亡しようとするカリグラの前を屍が躍り出た。
「バカな! わしの命令すら聞かんのか」
「はぁぁ!」
ザシュ!
そしてカイルはとどまっているカリグラの背に剣を突き立てた。
「……ぐぐ、クラウディウスめ、とんだ欠陥品を……」
教皇への恨み言を口にしながらカリグラは果てた。
カリグラが召喚した屍を薙ぎ払い村の広場に戻ってみると屍との戦いは終わっており、生き残った村人は閉じ込められていた倉庫から助け出され、屍の猛威から生き残った神官たちは若干いたが戦いが終わって一息ついた隙を見計らっては歯に仕込んだ毒で自決したようだ。
彼らの所持品だったものを調べてみたが魔法を行使していたにもかかわらず魔道書はなかった。代わりに用途不明のオーブを持っている。アンナやセネリオに聞いてみる必要があるだろう。
そしてこの村は存続できないだろう。身分を伏せたうえで村人を保護したことと村の被害状況を報告し、彼らを受け入れてもらえないか市長と相談した。市長はグルニア総督と連名で帝都に使いを送り教団の蛮行を皇帝に報告し奴らを牢獄に入れさせると息巻き、村人の受け入れを約束した。
(セネリオ、以上が今回の事件の顛末だ)
(そうですか。報告ありがとうございます。アリティアでも似た事件が起こっていましてね。奴らの狂信ぶりは相当なものでしたよ。ペレジア軍は一切関与していないようです。どうも皇帝は教団を監督しきれていないようですね。女神の加護がなく国ぐるみでないだけ正の使徒よりましですが)
(? ……そうか、アリティアでも……)
事件後、カイルは事件の報告と今後の相談をするべくヤクシの石を使ってセネリオと念話していた。アイクたちはテリウス大陸でラーズ教団より厄介な敵と戦ったことがあるらしい。
(アリティアを併合した国ですが……やはりグルニアでした。グルニアにいるカイルたちはもう知っていますよね?)
(ああ)
(あなたたちはやはりドルーアいえ帝都ペレジアとやらに行くんでしょう。奴らが屍を召喚した以上教団は巨竜を使役している可能性が高い。アリティアにはもう教団の影は見えませんし僕たちもマケドニア半島へ向かうつもりです)
(ありがとう。君たちが来てくれれば心強いよ)
(アカネイア大陸で暮らすつもりの団員の引退後の生活のめどを立てるのも団の仕事です。それに団長は目の前で起きている理不尽を放っておけない人です。あなた方とは利害が一致している。それに現在の覇権国家が相手では亡国の王子とそのお仲間では荷が重いでしょうし。お付き合いしますよ)
(わかった。アイクによろしく伝えてくれ。それで半島のどこで落ち合う?)
(帝都北西の山間の村……と言いたいですが、山をうろついている間に屍に襲われる危険もあります。カイルたちはマケドニアの街で待機していてください。もう情報も集めましたので勝手な真似をしないように)
(ああわかっているよ)
カイルたちではまだ屍の大軍に囲まれたときに逃げられる保証はない。それは事実だっただろうがセネリオのことだ。マケドニアにいるカーシャの家族の安否を確認させてくれる時間を設けてくれたんだろう。
カイルはその意味を含めたうえでセネリオに礼を言うとそこで気になったことを切り出す。
(ところでセネリオ、魔法って魔導書以外の方法で行使できるのか?)
(…教団の司祭が持ってたオーブの事ですね)
(ああ)
(僕も驚いています。書物や杖ではなくオーブを使って魔法を使うなんて)
セネリオの声には驚きが含まれていた。テリウス大陸にもない技術らしい。
(ラズベリア大陸か……かなり高度な文明を持つ場所らしいな)
(ええ、くれぐれも気を付けてください。僕たちの知らない芸当を繰り出してくるかもしれません)
(ああ)
それからカイルとセネリオは再会を約束し念話を切った。
マケドニア某所。
そこの地下でクラウディウスは巨竜と相対していた。
頭の中には邪念がささやき続けている。
《飲め……その竜の血を飲め。さすれば1800年前の我のように神のごとき力が手に入るぞ》
「……」
クラウディウスはもうガルバザンの言葉に抗おうとすることもやめ黙って聞き流している。
クラウディウスの手元には短刀が握られている。
ドラゴンキラーの刃と同じ材質の刃をつけた特製の短刀だ。
その短刀を目にしても巨竜は黙ってクラウディウスを見ていた。切りかかってこいというように。
(幻想上のラーズとは違う神のような力)
短刀を振りかぶって巨竜にあてようとした瞬間その思念を遮るものが現れる。
「教皇様」
「クライネか。なんだ?」
クライネが転移の術を使ってクラウディウスの後ろに現れたのだ。
「カリグラ司教が亡くなられました。生贄の儀式を整える前に」
クラウディウスはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「それがどうした?」
「いえ、それだけです。お邪魔でしたか?」
クラウディウスはカリグラに興味を持っていなかったが邪念が自分を侵食している最中にクライネが声をかけてくれたことには感謝していた。
「邪魔ではない。退屈していたところだ」
そう言ってクラウディウスは短刀をしまい、クライネと地下を出て行った。
(まだ早い。この竜を動かすまでは)