巡回を切り上げ帰還したユルゲンの率いる騎馬部隊が宮殿に突入してくる。アカネイア大陸史上初屋内に騎乗したままの状態で。
「ユルゲン皇子、戻ってきてしまったか」
呆然とつぶやくカイルにジェルドは剣をむけた。
「ジェルドさん!」
「やはり私は帝国いやグルニアを裏切れない。君たち投降してくれ。カイル王子はアカネイア人へのカードになる。それに陛下は誇り高い騎士王だ。抵抗しない者に手をあげることは無い」
カーシャの言葉に耳を貸さずジェルドは一同に投降を促す。
「そこまでだ! カイルたちに手を出すようなら俺が相手になろう。」
「アイク!」
「新手か!」
ジェルドと対峙している中現れたのはアイクだった。右手に剣を持ちながら左腕でラーズ神官を抱えている。後ろからセネリオと両腕に神官を抱えたオルンも続いてきた。
「ウーゼル。あなたがついていながらまだ脱出できていなかったんですか」
「い、いや俺だったらこいつらなんて簡単に蹴散らしてやったよ。でも嬢ちゃんがそこの騎士を説得しようとしてな」
セネリオに責められたウーゼルはそう言ってカーシャとジェルドの方を見る。
「どれだけ敵が増えようとも王子を逃がすわけには行かない」
「お待ちください」
ジェルドを止めたのは一人の女性だった。
「あなたは?」
「ユミス皇女?」
「ユミス?」
ジェルドとカイルは突然現れたユミスに驚く。
「ユミス、砦に侵入している者がいる時になぜ君がこんなところに?」
ユミスはジェルドに語る。
「最初からここでカイル様たちを待っていました。秘密の通路に案内するために。……ジャンが先に待ち伏せしていたので出てこれませんでしたけど」
「……」
ユミスはジャンから隠れて今まで機会をうかがっていたらしい。当のジャンは気まずそうに目を背ける。
「あなた、彼女の言う通りです。あの人たちを放っておけばグルニアや大陸の大勢の人々が殺されます。生き延びることができても異界の神を崇めることを強要されナーガ様の肖像を踏まされ生き残った人々は神罰に怯えながら生きることを強いられるでしょう」
「教団のことはユルゲン様も危惧されていた。奴らは必ず大陸から追い出してみせる。だが奴らを倒すためとはいえ祖国を仇成すものを逃がすわけにはいかない」
「あなた……あなたにとって祖国とは何ですか? お父様お一人のことですか? いいえ、国に住むすべての民こそが国なのです。かつてお父様は私と兄に教えてくださいました。「国は王のためにあるのではない。そこに生きる民のためにある」中興の祖ユベロに後見人だった騎士が教えてくださった言葉です」
「……」
「お父様の目はグルニアよりはるかに大きいアカネイアへの妬みで曇っています。そんなお父様の言いつけに背いてもそれがグルニアの民のためになることなら私はあなたが祖国を、グルニアを裏切ったなどと思いません」
「ユミス、すまない。私は祖国のために教団と戦おう。君には苦労を掛けるが」
夫の言葉にユミスが首を振る横でセネリオは天馬から離れた。
「皇女たちが話してる間に天馬の治療は追えました。皇女、隠し通路は皇宮のどの方角に出ますか?」
「西です。宮殿の西の外壁中央に出ます」
セネリオはユミスからカーシャに向きを変える。
「ではカーシャ、僕たちが隠し通路を通っている間に君は天馬で宮殿の西の外壁中央で待機していてください。くれぐれも見張りや巡回に見つからないように」
「わ、わかりました」
そこで今まで輪に入れなかった人物が声をあげる。
「ジェルド様、ユミス様、俺もつれて行ってくれませんか?」
ジェルドは驚いてその人物ジャンを見た。
「ジャン、ついてきてくれるのか?」
「はい、ユミス様のお言葉を聞いて目が覚めました。王子たちもすまなかったな」
そう言ってジャンはカイルたち特にカーシャに向かって頭を下げた。
「い、いえわかってくれれば」
カーシャはあっけなく謝るジャンに戸惑いながら彼を許した。
「ではそろそろ行きましょう」
「はい」
セネリオの指示でユミスは壁のくぼみを押す。
すると壁がせり上がり通路が顔をのぞかせた。
「さあ、カイル様もお連れの皆様もこちらが非常時に脱出するための通路です。急いで」
「皇女、ありがとうございます」
「カイル様、皆さん、どうか気を付けて」
カイルたちは通路へ入り、カーシャは天馬に乗って宮殿の西を目指した。
カイルたちは通路へ通って出口へ向かった。
だが――
「今日は勘がよく当たる日だな。ユミス、ジェルド、お前たちが父上を裏切るとは」
「お兄様」「ユルゲン様」
隠し通路の出口で一同を待ち構えていたのはペレジア皇子ユルゲンだった。
萎縮のあまり震えも隠せないカイルにユルゲンは語り掛ける。
「カイル王子お久しぶりでございます。あなたが子供のころにお会いして以来、立派に成長なされましたな」
「ユルゲン皇子……」
ユルゲンは槍を構えカイルに向ける。
「ご無礼お許し願いたい。しかし今の私はアカネイア王の臣下ではなくアカネイアに代わり大陸を統べるペレジア帝国の皇子、不穏分子たるあなたを帰すわけにはいかないのだ」
「ユルゲン殿、僕たちは帝国を潰したいわけじゃない。大陸を滅ぼしかねない巨竜を操る教団を倒したいだけなんだ。頼む、そこをどいてくれ」
ユルゲンは槍を下さず首を振る。
「教団の方は私が父上を説得し、この帝国から追放しよう。王子、あなたは人質として利用できる。他の者も捕らえはするが拷問などは決してしない。我が名にかけて約束する。どうか投降してくれ」
「父君を説得できたとしてもあの巨竜はどうするつもりです? ユルゲン殿がどうにかできる存在じゃありません」
そこでユルゲンは槍の穂先を回して見せた。
「これはアカネイアに伝わっていた三種の神器の一つ「グラディウス」。一か所に集めるのは危険だと考えた英雄王マルスの判断で各地の神殿に奉納された。誰にも在り処を教えずにな、おかげで見つけ出すのに苦労した。三種の神器はファルシオンが失われたときに備えて、その代りの武器としてナーガがしもべに作らせたものだと聞く。あの竜の弱点を掴みこの槍で攻撃すればかの竜を討つこともできるかもしれん」
「そんな……楽観的過ぎます」
「だがやるしかない!」
そこでアイクは大きなため息をつく。
「どうやらこいつはジェルドより頭が固いらしい。ジェルド、教団の捕虜を頼む」
アイクはジェルドに捕虜を放り投げ今まで使っていたのとは別の剣を抜きカイルとユルゲンの間に割り込む。
「ぐぇ」
「う、うむ」
投げられた拍子にうめく捕虜をジェルドは受け止めた。
「こいつは俺が食い止める。カイルたちは先に行け。俺もすぐに後を追う」
「わかった。みんな行こう!」
「え…でも」「皇女さん、早く」
大陸一だと噂されるユルゲンの力を知るユミスはアイクを心配し逃げるのを渋るがそんな彼女をウーゼルは引っ張る。
「ま、待て……くっ」
今の力量を身に着けてから自分を前にして降参するものはいても、目の前で堂々と逃げようとするものが現れたことなどないユルゲンは慌てて呼び止めようとするが、相手がそんな自分の隙を突こうとしていることに瞬時に気付きアイクに向き直る。
「片手間で倒せる相手ではないな。彼らが君を頼るのも無理はないか」
「かかってこないのか? 時間が惜しい。俺から行くぞ」
言い終わる間もなくアイクはユルゲンに斬りかかる。
「ふっ」
ユルゲンはアイクの太刀をかわす。
「はぁ!」
キン!
ユルゲンの突きをアイクは剣で受け止めた。
「グラディウスを受け止めただと? その剣はいったい?」
「ナーガ様とやらとは別の神が加護を与えていた剣だ。今は加護を失って使っていくうちに傷つく強いだけの剣だがな」
アイクはその剣「ラグネル」でグラディウスをはじきユルゲンを斬りつける。
カキィン!
だが鎧をかすめただけでユルゲン本人には傷をつけられなかった。
「ほお、この十年程は私の鎧を傷つけるものなどクロス王ぐらいだったぞ」
「そうか、お互いまだまだ未熟だな」
ユルゲンの賛辞をアイクは互いに未熟の一言で流し、攻撃の手を緩めない。
キン! キィン! カキィン!
そのとき隠し通路から足音がする。
ダダダダ!
兵士たちが開いてる隠し通路に気付き下りて来たらしい。さすがに階段を馬で降りることはできないのか徒歩の状態だ。
「ユルゲン様? ユルゲン様に加勢しろ!」
ユルゲンと侵入者の戦いを見るなり、兵士たちはユルゲンに加勢しようとする。だが
「ここは私だけでいい。お前たちは外へ逃げたカイル王子を捕まえろ。ユミスもいるが構わんあいつも捕らえろ」
「はっ!!」
ユルゲンの命令を受け、兵士たちは一目散にカイルたちが逃げた方へ向かった。
アイクとユルゲンは獲物を退き仕切り直しの構えをとった。
「どうやらぐずぐずしていられないらしい。あんたとはもう少しやり合ってみたかったが次で決めさせてもらうぞ」
「ふっ。褒められているのかけなされているのかわからない言い方だな。油断していると倒れるのは君の方だぞ」
アイクとユルゲンは同時に仕掛ける。
ザン! キィン!
ユルゲンの穂先はアイクのわき腹を傷つけ、アイクの剣はユルゲンの鎧にぶつかる。
また鎧に傷をつけただけとユルゲンは一瞬思っていた。
ギィン! ザシュ!
「ぐわぁ!」
しかし剣は鎧に深く食い込みユルゲンをも斬った。
「はぁ!」
ギィン! ザシュ!
そして反撃する間もなく2撃目が繰り出される。
「ぐぉぉ」
アイクの奥義「天空」がユルゲンを斬り伏せた。アイクはユルゲンが息をしているのを確認すると
「ふぅ、まだ生きているようだな。正直殺してしまったと思ったが。」
アイクは傷ついたわき腹に傷薬をかけ残りが入っている瓶をユルゲンの側に置いた。
「あんたに死なれると帝国の協力が得られなくなる。それにまた手合わせもしてみたい。次は天空なしでやり合いたいもんだ」
そう言い残して気絶しているユルゲンを置いてアイクはカイルたちの下へと向かった。
一方、謁見の間ではユルゲンとともに帰還した騎士がユベンにユルゲンの帰還と騎乗しての王子捜索を報告していた。
「騎乗したまま、城を捜索だと?」
「は、はい。徒歩では半獣に追いつけないとの皇子の判断です。お止め出来なかったのは私の責任です。なんなりと処罰を」
首を垂れる兵士をユベンは止める。
「いや、ユルゲンの判断はもっともだ。今はなんとしても王子を捕らえるべきだ。余の考えが固すぎるのだろう」
「い、いえ、決してそのようなことは」
「陛下、よろしいですかな?」
またひれ伏そうとする兵士をユベンはなだめる。そこにクラウディウスが現れる。
「クラウディウス。いつの間に? いやちょうどよい。聞いたぞ」
ユベンの言葉にクラウディウスは首をひねる。
「何を?」
白々しい異界の教皇にユベンは顔を赤くして怒鳴る。
「グルニア市の近郊の村で虐殺を起こしたそうだな。無理な布教はするなと言ったはずだ。いやこれはもはや我が国への敵対行為だ」
「申し訳ありません。弟子がやり過ぎてしまったようで。どうかお許しを」
クラウディウスは深く頭を下げるがユベンの怒りは収まらない。
「貴様、わしの国をどうするつもりだ?」
クラウディウスはユベンの問いに応じず逆に問う。
「ところでアカネイアの王子が来たそうですな?」
「? うむ、そうだが。それが今の話とどう関係がある?」
「今この帝都とやらにはこの大陸の王が二人揃っている。まとめて始末するのによい頃合いだということですよ」
「? …貴様!」
突如本性を現したクラウディウスにユベンは驚愕する。
『さまよえるあしきたましいよ!! ザッハーク』
ガァァァン!
「ぐふっ」
クラウディウスの唱えた強大な暗黒魔法がユベンに直撃した。
「よくも陛下を!」
いきなり主に攻撃したクラウディウスに兵士は剣で切りかかる。
だが兵士はクラウディウスの前で動きを止める。
「か、体が……動かない?」
「プレリュードも聖剣もないこの大陸で私を斬れるものなどいない」
『ザッハーク』
動けない兵士をザッハークが直撃し、兵士は存在しなかったかのように霧散した。
クラウディウスは右手を高々と上げ呼びかける。
「出でよ、巨いなる竜…ギムレーよ」
カイルたちは外に出てカーシャと合流し南のマケドニア市を目指していた。
「あの方、お兄様相手に大丈夫でしょうか?」
化身したウーゼルに乗ったユミスはアイクの安否を尋ねる。
王宮生活で体力のなかったユミスは走り疲れてしまい、無理して走ろうとするが体は根をあげてしまい倒れる寸前だった。
そこでウーゼルは化身し自分に乗るようユミスに言ったのだ。化身を見た直後は遠慮して自分で走ろうとするが体は動いてくれず、追手が迫っているかもしれないことと自分の偏見で皆の足を止めていることへの負い目から渋々ウーゼルに乗った。それからほどなく獅子の乗り心地にも慣れ口を開く余裕もできた。
「団長なら大丈夫です。ユルゲン皇子がアカネイア一の騎士なら団長はテリウス一の戦士です」
セネリオの返事を聞いてもユミスの不安は収まらない。
「……でもそれだけではありません。お兄様が今使っている槍はグラディウス。性能ならファルシオンの上をいく大陸で並ぶ武器は二つしかない神器なんですよ」
「団長が使っている剣もラグネル。テリウス大陸で最も強大な剣の一振りです」
「……」
テリウス大陸のことを知らないユミスはアイクがテリウスで最も強いと言われても、ラグネルが最も強い武器の一つと言われてもピンと来ない。ただこの少年が自分たちの主のことを強く信じていることだけがわかってもう何も言えなかった。
グラグラグラ!
そこで強く大地が揺れる。
幸い転倒したものはいなかったが、
「お、おい! あれを見ろ」
ウーゼルが顎で地震の元になった方を指した。
「あ、あれは?」
帝都から少し離れたけれどその巨大さでカイルたちはもちろん皇宮でも、帝都と呼ばれている町でも、マケドニア市からもそれの姿はよく見えた。
とてつもなく巨大で3対の翼と眼球を持った黒い竜。
それが地を割り、マケドニアの上空に現れたのである。