「ああっ」
巨竜を初めてみるユミスはその場で昏倒してしまう。
ウーゼルに乗っていた状態だった上、ウーゼルも受け止められる態勢をとっていたため転落することは無かったが。
「巨竜……まさかこんなところで」
「カイル、あの巨竜を倒せるかもしれない武器を出してください」
カイルはうなずき、敵に奪われないように今まで戦いに出さずに腰にさしたままにしていたファルシオンを抜いた。
「ファイアーエムブレムは潜入するとき没収されないように君に預けていたけど」
「こんな時に備えて」
セネリオは背負い袋を置き、中身を取り出しカイルに渡した。ファルシオン同様戦いの場に出さず有事の際はアンナや傭兵団の倉庫に預けていたファイアーエムブレムを。
2国宝の片割れのファルシオン。この剣は父クロスが即位後王宮に置かずパレスの神殿に頼んで保管してもらい、自身の時のように成人の儀までの試験にも用いられるということもなく神殿の宝物庫に安置されていた。
ファルシオンを振ることができないことによる焦りで経験を積むべく危険な任務に志願しジェイクスを失った自戒による行動だったが、そのおかげで王宮崩壊にも巻き込まれずファルシオンは出立前に神殿を訪れたカイルの手に渡った。
類まれな強度を持つ材質でできているらしく、この千年間戦いに用いられたこともあったにも関わらず柄は何度も補修しているものの刃には傷一つついていない。
「父上は僕の歳まで振ることができなかったと言っていたけど」
ブンッ! ブンッ!
問題なく振れる。日頃の訓練と今までの実戦の経験によるものだろうか?
「よし! 大丈夫だ。カーシャ、僕を乗せて天馬で巨竜に近づいてほしい。危険だけど君しか頼める人間がいない」
カイルは天馬に乗って近くを滑空していたカーシャに駆け寄って頼み込み頭を下げる。。
「そ、そんなことしなくても引き受けますよ。マケドニアには私の家族もいますし。でもカイル様、死なないでくださいね」
「ああ! 必ずあの竜を倒そう」
そうしてカーシャはカイルと一緒に天馬に乗り、巨竜のいる空に向かった。
「あの竜め、なにをぐずぐずしている」
皇宮の屋上でクラウディウスは苛々しながら巨竜を眺めていた。
「早くあの小僧を滅ぼさないか。アカネイアとグルニアの王族さえいなくなれば愚民をまとめられるものはいなくなる。この大陸を破壊しつくせば頭の中でこだまするあの声も聞こえなくなるかもしれない。そしてあの竜を連れてラズベリア大陸へ帰還し、かの地を私が支配する新世界に創りかえるのだ」
そこまで吐き捨てたところで巨竜に近づくものに気付く。
「天馬?」
天馬は女と男を乗せている。男の方はアカネイアで死にぞこなった王子だ。あの王子を誘っているのか? パレスを勝手に滅ぼしたことといい、あの竜はアカネイアの王もしくは妃の血になにか思うところがあるらしい。
(クライネ……来い)
クラウディウスが念じた瞬間、クライネが彼の横に現れる。
魔女に洗脳する際にこうした念話も可能な状態にする術もかけるのだ。
「教皇様、お呼びですか?」
「私とあの竜の頭上に転移しろ」
「危険です」
魔女は洗脳により死を恐れない。クライネが案じたのは自身の命ではなく主クラウディウスの危険だった。
「アカネイア王の先祖は宝玉を飾った剣で暗黒竜とやらを倒したことがあるらしい。万が一のこともあるかもしれん。ここで確実にあの小僧の息の根を止めてやらねば」
「かしこまりました」
一度忠告を無視されたクライネは2度目の命令に従った。簡素な忠告だけが魔女に許された主に意見できる唯一の機会だった。
「わわわっ!」
「カイル様、しっかり捕まってください」
巨竜の羽ばたきで揺れる天馬に乗ってカーシャは必至で手綱を握り、カイルはそんな彼女にしがみついた。揺れのあまりしばしば妙なところに触れてしまうこともあったがカーシャにはそんなことを気にかける余裕もなかった。
問題はどう攻撃するかである。
「天馬に乗ったまま斬れる相手でもなさそうだ」
「じゃあどうするんですか!?」
揺れが激しすぎて叫び声でも上げて気迫を出したいカーシャは叫ぶ代わりにカイルに怒鳴る。
「……僕が巨竜に飛び移って奴の急所を探し、斬る! それしかない」
「ええ?」
突然の珍案にカーシャは驚く。
「頼む! 飛び移れそうな場所まで行ってくれ」
「……確かにそれしかないか、天馬で着陸できるなんて思ってませんよね。だから落ちても恨まないでくださいね」
カーシャは半ばどうにでもなれという気持ちを抱きながら巨竜の胴体に狙いを絞る。
…………ここだと落ちる。
………………くっもう一回!
………………………駄目だ!
…………………………グラッ! くそっ!
………………………………………………今だ!
「行けーー! カイルーー!」
限界までの緊張と重圧と恐怖と揺れで口調も繕わずカーシャは怒鳴る。
「あああああーーー!」
カーシャの怒鳴るのと同時にカイルは天馬から飛び降りた。
ガン! グラグラ!
「うわーー!」
飛び降りた瞬間揺れでカイルは巨竜の背中を転がり巨竜から落ちそうになる。
「カイル!」
ガシ!
間一髪で取っ手状になっている鱗を両手でつかみカイルは九死に一生を得た。
ほっ、カーシャは思わず息をつく。
グラグラ!
「キャッ! しまった」
ほんのひと時の間に巨竜が羽ばたいてカーシャを吹き飛ばしそうになるが、何とかこらえた。
「カーシャ、もういい! そこから離れろ!」
鱗をつかみながらカイルはそう叫んだ。
カーシャもさすがに内心やっとここから解放されると思いカイルに返事も返さずここから離脱する。
カイルは鱗から片手を離しても態勢が取れることを確認してもう片方の手も鱗から離し棒立ちになる。
「剣も盾も落としてないな」
地上にいる時から竜に飛び移る羽目になると予想しておいたので鎖で鞘と刃を括り付けたファルシオンとファイアーエムブレムを厳重に縄で腰に巻き付けてから天馬に乗った。二つとも無事だ。
そこに屍たちが現れた。
「あいつは!」
その奥、巨竜の首元にはローブで顔を覆った若い男と空いた胸元とスリットから太ももを出した露出の高い服を着た女がいた。
「小僧、貴様さえ殺せばこの大陸は私の意のままにできる。かかれ」
男の命令を受けて屍がカイルに襲い掛かる。
ガン!
カイルは屍の頭蓋骨を殴りつけながらファルシオンに巻いた鎖をほどく。完全に腐敗してない屍を殴りつけたせいで脳漿が手や顔にかかる。
ブォン! ガン! ブォン!
ガチャ! スチャ!
屍が繰り出す刃をよけ、屍を殴り、ようやく鎖が解け神剣を抜く。
「よし、反撃開始だ」
ザン! シュゥゥゥ。
拳の時と違い剣で斬り付けると屍はあっさり霧散する。
ザン! ザシュ! ザシャ!
シュン!「!?」
『なんじ、しのふちよりきたれり! デス』
突然カイルの前に転移した女が死神の姿をした幻影を繰り出し、カイルを攻撃する。
「うわ!」
カイルはかろうじて鎌をよける。
「この!」
ザン!
「くっ」
斬りつけられた女はかすかにうめくもののひるむことなくカイルに次の詠唱を繰り出そうとした。
「よい! お前はここで見ていろ」
だがローブの男が女を制止し、さらなる攻撃を禁じる。
「貴様ごときに私の女を犠牲にしてたまるか! 『さまよえるあしきたましいよ!! ザッハーク』」
男は怨霊の幻影を繰り出し、カイルに襲わせる。
ジュウウ。
「ぐわぁぁ!」
攻撃をまともに喰らったカイルはその場に膝をつく。
「クク…『さまよえる」
ガタ! 「はぁぁぁ!」
ザシュ!
立ち上がれてもザッハークの呪縛で動けまいと高を括るクラウディウスを前にカイルは素早く立ち上がりクラウディウスに斬撃を浴びせる。
「ば、馬鹿な……なぜ私を斬れる?」
斬られた衝撃で倒れたクラウディウスは驚きの目でファルシオンを見る。
「まさか……その剣はユトナの聖剣と同質のものだというのか?」
「ユトナ?」
グララ!
新たな単語にカイルは首をかしげるがその隙を狙ったかのように巨竜が揺れ動く。
「うわわ! ……くっ、とどめも捕まえる暇もないか」
よろめきながらもカイルは足を踏ん張り巨竜の首の上へ向かう。
「教皇様!」
女は男を抱きかかえる。
「地上へ転移します」
そう告げて女は男とともに掻き消えた。もう屍もいない。
「はぁはぁ……これで最後だ。父上、母上、これで終わりです。はぁぁぁ!」
ザ!
ファルシオンは巨竜の首に刺さった。だがまるで手ごたえがない。
「!? そんな……ファルシオンが通用しないのか?」
絶望に打ちひしがれるカイルの頭の中でふと声が響いた。
<かかったな。我の元となった竜の血を引く者め>
カイルは驚く。
まだあの男の手のものがいたのか?
そう思ってあたりを見回す。だが誰もいない。
「まさか……竜、お前なのか?」
その言葉に答えるようにまた頭の中で声が響く。
<そうだ。我はギムレー、破壊と絶望の……竜だ>
「ギムレー?」
<我を倒す機会だと思ってまんまと剣と盾を持ってきてくれたな。この大陸を破壊したくてたまらなかったのをこらえて待っていた甲斐があったぞ>
「待っていた? どういうことだ」
<我を封じ込められる代物を破壊するためさ。こうやってな!>
そんな声がした直後、竜は巨体を傾ける。
「うわぁぁぁ!」
カイルは抵抗しようもなく竜から投げ出され宙を舞う。ファルシオンとファイアーエムブレムとともに。
グオォォォォォ!
高笑いをあげるように吼える巨竜はそんなカイルを見ようともせずに眼下の半島へ降り立っていった。
「ううっ」
クライネによって地上の皇宮近くの町広場へ転移したクラウディウスは瀕死の重傷を負っていた。もう薬も治癒魔法も効かない。
クライネはそんな主を感情のない瞳で見つめている。
「おのれ……あと少しで……これまでか」
「うわぁぁぁ!」「あの竜がこっちへ来るぞ」
そんな中町の住民は突然四方へ逃げて行った。
あの巨竜が町へ降りてくるのだ。
ドズン!
そして逃げ遅れたものを家ごと潰しながら巨竜はクラウディウスの前に首を差し出した。
「? ……何のつもりだ。竜め」
途端頭の中を例の声がする。
<飲め、お前が助かるにはその竜の血を飲むしかない>
「?」
頭の声に呼応するように巨竜はクラウディウスに首を近づけたまま動かない。
<死にたいのか? ラズベリアを、それ以外の大陸を……世界を手に入れずに死にたいのか>
「そんなわけがない……本物の教皇たちが…得られなかった栄光を…手に入れるのだ」
クラウディウスはクライネを見る。
クライネはその意を察し、竜を傷つけるための短刀を差し出す。
<飲め、竜の血ならお前を生き永らさせ神の力を得られるぞ。ラーズなどと空想とは違う真の神の力を>
この距離なら倒れたままでもほんの少し腕を振るっただけで竜に届く。クラウディウスは返事を返さず短刀を握り、最後の力を振り絞って短刀で竜を傷つける。
シュ! たらり。
ファルシオンでも斬れなかったのが嘘のように竜の皮膚は裂け、血が流れだす。
クライネはその血を両手ですくいクラウディウスの口元にそそぐ
「うぐ……うぐ……!」
途端、クラウディウスの傷は治り、彼は立ち上がった。
「これが竜の血か」
クラウディウスは呆然と自分の体を見、
「ふ、ふはははははは! あははははは!」
高笑いをあげる。それを怪訝に思うものはいない。この町の人間は逃げたか、圧死したか、生き埋めになっているか。それ以外には感情のないクライネが呆然と主を見つめているだけだ。
クラウディウスはあたりを見回し、潰れていない建物を探した。
「くくく、ついて来いクライネ。そこでいい。お前にもその竜の血を与えてやろう。お前自身が飲むわけではないがな」
これから相手をしろという意味だろう。クライネは嫌がりも喜びもせず粛々とクラウディウスの後へついてくる。
竜はこれから色欲に耽溺しようとする人間を見つめ羽根を揺らした。
そして精神下でクラウディウスに憑依していた魂と会話する。
<これであの男も我が眷属か。ご苦労だったな。ガルバザン>
<お前とは利害が一致しているからな。憎き人間どもを滅ぼす我が悲願をかなえるにはお前は絶好の協力者だ。ギムレー>
<剣も盾も砕けた。そろそろこの大陸を破壊しよう>
<せっかく眷属にした男を殺す気か?>
<いや、この大陸にひびが入る程度にしておくさ。虫けらのような人間を潰す以外の楽しみのために人間の視点を持つあの男は必要なのでな。それに男とまぐわっている女の方ももしものための借り腹としての役目もある>
<そうか。好きに楽しんで来い>
そして巨竜ギムレーは空高く飛び立つ。ギムレーは大陸を俯瞰するほどの高さでとどまった。
ゴォォォォ!
そして大陸の各地にブレスを吐き散らかした。
この日大勢の命が奪われ、大陸はその形を変えていった。
その翌日、巨竜は教団とともにアカネイア大陸から忽然と姿を消す。