カイルとカーシャは天馬に乗ってガルダまでやってきた。念のためルッツも同行した方がいいのだがさすがに天馬に三人も乗れなかったし、賊も無人の荒野より街の近くか街中で暴れる時代だ。今はとにかく早く夢の声にギムレーを倒す方法とファルシオンを戻す方法を教えてもらわなくてはならない。
ガルダに着いてまず目に留まったのがタリス島があったはずの場所だ。島は跡形もなくなっていた。あそこは英雄王マルスの出立の地でマルスの妻シーダの故郷。何より父と母が出会った場所だ。ガルダもまた町は壊滅し残骸だけが残っていた。黙祷とギムレー打倒の誓いの捧げカイルとカーシャは夢の声が言った高い地層を見る。
そこは見たところ山だった。頂上から地上に虹が差し込めている。だが壊滅前のガルダにそんな山はなく、ギムレーのブレスがもたらした破壊によって砕けた地層が山のように盛り上がったのは明らかだった。
「さしづめ「虹の降る山」ですね。天馬では頂上まで飛べなさそうです」
「なら登ろう。カーシャはここで待ってる?」
「そんな訳ありません。お供させていただきます」
従者として主だけ登らせるわけにいかなかったし、盗賊が出る可能性も皆無ではない。二人一緒にいた方がお互い危険は少ない。カーシャは考えるまでもなく同行を買って出た。
天馬と天馬の食料をふもとに置いて地層を登り日も沈みかけたころようやく地層の頂上に辿り着く。
頂上にはもちろん何もなかった。
「カイル様、本当に神様がここに来いって言ったんですか?」
「ああ、そのはずだけど……」
頂上から眼下を見ると景色が一望できる。影も形もないタリス島があった海も。
寝ぼけて見た夢に踊らされこんなむなしい景色を見に来たのだろうか? そう思うとカイルはいたたまれなくなる。
その時
<オーブをはめ込んだ封印の盾を持つ今なら「覚醒の儀」を行うことができます>
「!?」
頭の中で声がした。
<今から言う言葉を復唱しなさい>
「え? ……」
<我、資格を示す者>
「わ、我、資格を示す者」
従うつもりはなかったが突然のことにカイルは思わず復唱する。
<その火に焼かれ>
「そ、その火に焼かれ」
<汝の子となるを望む者なり>
「汝の子となるを望む者なり」
<我が声に耳を傾け、我が祈りに応えたまえ>
「我が声に耳を傾け、我が祈りに応えたまえ……!」
声と同じ言葉を復唱した途端、カイルの体を蒼い炎が包む。
「ぐぁぁぁ!」
「カイル様!」
ターシャは慌てて駆けよるものの、水と言えば水筒くらいしか持ってない。ならば衣服で火を消すしか!
そう思って鎧を外し衣服を脱ぎカイルに被せようとしたところで、
「はぁはぁ!」
炎は突然消えた。カイルの体にも服にも燃えた跡も焦げたところもない。
そこへ、
「覚醒の儀を行いし者よ。我が炎に洗われた心に残った願いは邪悪なる者を滅する力を欲す。我が炎にも焼き尽くされぬ強きその想い、確かに私に届きました」
長い緑色の髪をおろした不思議なドレスを着た女性が現れた。幽霊のようにうすぼんやりと透けている。
「そ、そんな……本当に……あなたが神様?」
驚きおののくカーシャに神?はゆっくり首を振る。
「私は神ではありません。暁の女神アスタテューヌなら万物を創造した神と呼ぶに相応しいお方でしょうがあのお方でさえ万能ではありませんでした。それを証明するようにあのお方はご自身が住まわれていた大陸以外のすべての地を沈めたと思い込み、他の大陸の繁栄を知りませんでした。その上半身に分かれた状態とはいえ人の子に敗れ今は目覚めの時を待っている」
「でも守護神ナーガ様なんですよね?」
神の言っている言葉が理解できなかったカイルは創造神とやらは置いておいて彼女がナーガかどうか問うた。
「そう呼ばれています」
「ギムレーを倒す方法を教えてください」
ナーガであることを肯定した神にカイルは頭を下げる。
「かの者……ギムレーと呼びましょうか。ギムレーを滅する力は授けました」
「何も変わっていないように見えますけど?」
ナーガはカイルの右目を指さす。
「あなたのその聖痕に加護を与えました。それで我が牙……ファルシオンの力を引き出すことができるはず。聖痕を持たぬ前の持ち主にも使えなかった力を」
「でもファルシオンは粉々に砕けて」
「人の子の助けを借りたあの子なら修復できるはずです。西の大陸へ行きなさい。ギムレーも異界の教団もそこに潜んでいます」
西の大陸、それはカイルも名前だけは知っている場所だった。
「ヴァルム大陸に?」
「今はそう呼ばれていますね」
「……バレンシア大陸」
カイルは西の大陸のもう一つの大陸の名をうそぶく。
ヴァルム大陸は千年前はバレンシア大陸という名前だった。アカネイアやグルニアと交易している国の中には名付け親であるヴァルム帝国に反目して今でもバレンシア大陸の名を使っている国も多い。だからカイルもバレンシアという名前も知っていた。
「ただ、忠告しておかなければならないことがあります」
「?」
忠告というナーガの言葉にカイルは思わず首をひねった。
「真の力を引き出したファルシオンをもってしてもギムレーを滅ぼすことはできません」
「え? じゃあどうすれば」
カイルの疑問にもナーガは首を振るうのみだった。
「私にもわかりません。私やファルシオンができるのはギムレーを千年間封じ込めておくだけ、千年過ぎれば蘇ってしまいます」
「そんな……」
カイルはうなだれるがナーガは厳しく告げる。
「かと言ってそのままにしておけばギムレーはすべてを滅ぼすでしょう。この大陸も、西の大陸も、他のすべての大陸も、それが破壊衝動に囚われたギムレーやかの者と組んだ怨念の望みですから」
「怨念?」
「そちらは事が済めば私がなんとかしておきましょう。娘ミラドナが封じ込めきれなかったものの後始末も私の役目ですから」
役目……。
ナーガの言っていることの最後の方はまた意味が解らなかったが役目という言葉はカイルを奮い立たせる。
「竜を倒す役目、マルスと同じ役目を僕は持っている。……そうだ。そうだった」
カイルは立ち上がりナーガに誓う。
「やります。僕がギムレーを封印する」
「お願いします」
それだけ言ってナーガは消えていった。
「ゆ、夢じゃありませんよね?」
呆気に取られてみていたカーシャはそう言う。あんな非現実的な光景、夢のはずだと思い込む。
「いや、夢じゃない。僕はギムレーを倒す力とナーガからの願いを託された」
だがカイルは間違いなく現実だと確信し断言した。
「僕はヴァルム大陸へ行くよ。そこですべての決着をつける」
カーシャはそんなカイルを見てなぜか頬が熱くなった。
「はい、アカネイア王国、いえ大陸のみんなのためにギムレーをぶっとばしてやりましょう」
恥ずかしまぎれにカーシャもそう誓った。
「カーシャ……!」
そこでカイルはカーシャを見るがすぐに視線をそらした。
「あ、あのさカーシャ」
「何です今さら?」
カイルは気恥ずかしそうに自分の服を指さす。
「ふ、ふ……」
「ふ?」
そしてカイルに倣って自分の着ている服があるはずのところを見ると。カーシャはさっき脱いだ服を驚きのあまり手から落としてしまっており、今彼女は下着姿だった。
「きゃああああああああああ!」
その日はもう夜も暮れ頂上で泊りとなったが就寝の際カーシャは自分が見えるところにカイルを寝かせてはくれなかった。もっともそれでも夜を一緒にしたのはそれだけカーシャの中でカイルへの想いが強くなったのだろう。