カイルたちはベルモットを新たな仲間に加えた後、ペレジア執政ジェルドと会談しペレジア王国全域で隷属・監禁されているラグズ・タグエル、加えてまだ他にもいるかもしれない獣の特性を持つ種族を捜索し解放することを要求しジェルドは承服した。
ジェルドもラグズ――兎がいることは知っていたがタグエルの名前は知らなかった――を奴隷として所有している者がいたことは勘づいていたが、そうした者はジェルドたちに見つからぬよう王都を離れ他の地方都市でラグズを囲っており証拠を押さえることが出来ずヴァルム国家との交渉、渡航準備に取りかからざるを得ず動けずにいたが今回のカイルたちの証言、要求により全土への強制捜査を決行することができた。
もしかしたらアカネイア・フェリアでもこのようなことが裏ではびこっているかもしれない。そう思ったカイルは帰国途中にフェリアでアイネに、帰国後はワーレンで領主・マリアンヌに捜査を依頼した。ヴァルム関連の政務も執り行いながら、
ろくに眠る時間が取れないほどの激務にかかりながら一月がたったころに念願のイストリア王国への渡航・調査の許可が下りた。
「死者を操る蟲だと?」
「はい」
老人の問いに男は慇懃にうなずく。
「そんなものを作ってどうする?」
「元老院の意のままに動く兵士を作るためです」
「意のままに動く兵士だと?」
「そうです。決して裏切らず逃げ出すこともない」
意のままに動く兵士と聞いても老人は喜ばずむしろ恐れを抱いた。
「そ、そんなおぞましいことまでして兵士を作ってどうしようというのだ?」
男は手を広げて言った。
「我が国を護るために東の国々を滅ぼすためですよ。特に我が国の近くに版図を広げている――とその国と競い合うように領土を拡大している白夜は厄介です。放っておけば我が国に攻めてくるでしょう」
「考えすぎだ。東の国々は我が国の方に関心をむける気配もないし、我が国の方がはるかに大きい」
「今はね。ですが例えば遠い未来――と白夜のどちらかが相手を滅ぼし領土を広げたり、あるいは――と白夜が滅びて――がそれらを呑み込んだりすればどうでしょう?」
「……」
ありえなくもない未来の光景に老人は閉口した。
「そうなれば勢力は互角に近づく。まともに戦って必ず勝てるとは限りません。そのための秘術がこれです」
そう言って男は懐から小瓶を出した。
「多くの犠牲が出てもこの「屍蟲」があれば犠牲になった者はまた立ち上がる。敵は殺しても蘇る兵士に恐れおののくでしょう。まあ欠点は一度動かした屍が倒されても二度も動かせないことですが、改良できるよう努力しましょう」
「……」
「まあご心配なく、屍蟲に加えてようやく探し求めていたものが手に入ったんです。アトリエに置いてきたままなんですが、なんと竜の中でも一番強い神竜の血なんですよ。我が国が建国される前にこの地で竜の王が没したという伝説があるんですがまさか本当とは、これを使えば完全な生物を作ることができる」
「……」
「執政官にお伝えください。テーベは世界のすべてを支配することができる」
(あ、悪魔だ)
そんなものを使って国を守ることができても世界には屍がはびこり滅亡してしまうだろう。それに男の言う完全な生物というものには不穏な感じしかしなかった。
老人は元老院に訴えて自分の目の前で笑い続ける白い髪の若者の研究を止めなくてはと決意した。
「う……」
妙な夢を見てクラウディウスは目を覚ます。
ギムレーの血を飲んでから声は聞こえなくなったがしばしばこんな夢を見る。
「これがお前を作った者の記憶か……」
夢を見る原因がギムレーならば、夢の男が神竜とやらの血を使ってギムレーを作ったのだ。
クラウディウスは自分の右のひらを見た。そこにはギムレーの姿を模したような赤い文様の痣がついている。
「アカネイアの王子の目にもこんな文様があったな……まさかあの王子も竜の血を飲んだのか? ……ギムレーもしくは神竜の……ギムレーがアカネイアの王子を滅ぼそうとするわけか」
神竜と言えばこの大陸のある地域で崇められている存在がいる。早くラズベリア大陸へ行きたいというのになぜかその神竜を滅ぼしたくてたまらない。
「クライネ……早く来い」
クラウディウスはある場所へ向かうことにした。
ヴァルム大陸。
千年前までこの地はバレンシア大陸という名でほとんどの版図がソフィア王国とリゲル帝国が合併して誕生したバレンシア王国の領土であった。
だが初代王アルムの嫡男は臣下から聞かされる父王の武勇に憧憬を抱くあまり父の崩御と同時に国号を父の名をもじったヴァルム帝国、大陸の名もヴァルム大陸と変えて呼称するように下命。――国や大陸の名をそのまま父の名であるアルムとしなかったのは覇王である父の名をみだりに口にすることに畏敬を覚えたからだった――更には父に倒されたミラ・ドーマ神を敬うそぶりを見せずバレンシア教を軽視する態度を見せた。
次第に各諸侯・神官たちの不満は募り独立を表明する国が次々と現れヴァルム大陸は多くの国が点在する地となった。
その中の一国イストリア王国はまだ大陸も国もバレンシアの名で呼ばれていた時代から「砂漠の傭兵王」ジェシーが建国した国である。
「カイル王子、よく来てくれた」
王宮の円卓の間でイストリア王がカイルたちを出迎えた。今は高齢で有事から退いているが若いころは武勇に優れた勇将だった。
「お初にお目に書かれて光栄ですイストリア王」
入国に同行した兵士二人を後方に控えさせカイルは円卓の前に歩み寄り、胸元に手を当てて頭を下げる。カーシャとルッツ、ベルモットは一国の王との会見なので市街で待機してもらっている。
「はっはっ、同じ王族の身だ。そうかたくならなくてよい」
かしこまった挨拶をするカイルに王は豪胆に笑いかけ椅子に腰かけることを勧めた。カイルも勧めに応じ椅子に座る。
「このたびは入国と貴国での調査をお許しいただき感謝します」
そう言って再び頭を下げるカイルを王は制する。
「なんの、東から来た竜には民も不安を抱いていた。そなたを歓迎することを言った舌の根の乾かぬ内に言うのもなんだが……かの竜はアカネイア大陸の国のせいで我が大陸に来たという声が多い」
「いえ、竜が東から来た以上当然の考えだと思います」
遠慮しながらも告げる王にカイルも同意する。
ちなみにヴァルム大陸ではアカネイア大陸と交易を始めるまでは竜が生息していなかったのでギムレーのことを巨竜とは呼ばずに竜と呼ぶ。他に竜と言えば竜騎士の導入のためにマケドニアから輸入した飛竜と20年前ヴァルム大陸にやってきた新たな信仰対象だけだ。
「だから竜を征伐するために非難を恐れず我が大陸に足を運んだそなたらを私は買っている」
「もったいないお言葉、恐縮です」
カイルをほめた後王はふと尋ねて来た。
「ところで貴殿はアイクという傭兵を知っているかね?」
「え、ええ彼とは竜を調べて旅をしている時に行動を共にしたことがありずいぶん助けられました」
カイルは驚きながらもうなずく。
「このイストリアを建国した我が始祖は傭兵でな、そのためか蒼炎の勇者とまで呼ばれている傭兵に興味がわいてこの宮殿まで招いたのだ」
「そうだったんですか!」
仰天するカイルに王は気分良くうなずく。
「我が国一とまで言われる剣士と手合わせさせてみたのだが我が国の剣士は全く歯が立たなかった。はっはっ」
歯が立たなかったという王は全く気分を損ねる様子はない。むしろ晴れやかな感じさえ見せた。
「我が国々が派遣した傭兵が失礼いたしました」
「よいよい……それでアイク殿も調査の許可を取ってからは我が領内で調査をしているが、竜も教団とやらも影も形も表していないらしい」
「そうですか」
カイルもそれは予想していた。ギムレーが現れればこうして王と会見している暇はないだろうし、教団が事件を起こしていればイストリア王都に待機している連絡員から報せがあるはずだ。
「教団なる者たちがこの大陸にいるなら船を使ってこの大陸へ来たのは間違いない。だがそやつらが侵入してきたことはどの国も一切気付いていない」
「……」
「だがそうだな。千年前に存在したという魔女の転移術やワープの魔法があれば大陸近くの島に辿り着いてしまえば気付かれずに来ることは可能だが……おそらく迷信の類だろう」
「そ、そうですね」
王はそう一笑に付すがカイルは魔女や転移術が実在することを知っている。ギムレーの頭の上に乗っていた暗黒魔道士と一緒にいた女。捕虜からも誘拐した女を洗脳して魔女にしたと吐かせている。
「だからそう簡単に見つかる相手ではあるまい。時間がかかっても気に病まぬことだ」
「お気遣いありがとうございます」
カイルは感謝の意を込めて再度王に頭を下げ、王は笑いながらカイルの肩を叩いた。
「カイルの奴遅いな」
「国王と会見しているんだもの。早く終わる方が問題よ」
イストリア市街地でカーシャとベルモットはカイルを待っていた。ルッツは女2人男1人という状況に耐えられず聞き込みだと言って別の街区へ行った。
そんな彼女たちにガラの悪い男が近寄ってきた。
「ほう? 真昼間からお盛んだな。俺の相手をしてくれよ」
男の目は薄い鎧と最低限の毛皮という露出の高いベルモットに向いている。どうやら娼婦だと思われているらしい。
「私たちそういう商売の人じゃないの。そうよねベルモット」
「そういう商売?」
「そ・う・よ・ね?」
首をかしげるベルモットにカーシャは否定するように強調する。ベルモットはこくこくうなずいた。
「おいおい、そんな格好しておいてカタギだと? じゃあ露出狂か? だったらここで全部脱いでくれよ。金ならたんまり持ってるぜ。気の弱そうな男から肩をぶつけられたお詫びにもらったものだけどな。ぎゃはは!」
男はカツアゲだと隠す気もなく笑う。カーシャとベルモットは目を細めた。男は紙幣を取り出しひらひらさせる。
「ほら、こいつが欲しかったらまずその鎧を脱いで」
「行きましょう。ベルモット」
カーシャはベルモットの手を掴み歩き去ろうとするが
「あっ! ちょっと待てって」
「きゃっ!」
男はカーシャの腕を振り払いベルモットの腕を掴み引っ張り込む。
「おい、離せ!」
「仕方ねえ、こうなったら力づくで宿に連れてって、嫌がっててもこんな格好してる女なら娼婦じゃないなって言い分通らねえだろ」
「……」
ベルモットは獣石を握り化身の準備をする。街中で化身しないように言われているが力づくで金品を奪い自分を娼婦やストリッパー呼ばわりする男に容赦するつもりはなかった。
「そこのお前! 何をしている?」
「え……」
「「?」」
だが化身する直前に青髪の男が現れチンピラに注意を始めた。
「デートには見えないが? どう見ても拉致の現場だ」
「何だお前? そのスカーフ、貴族か? 黙っていても選り取り見取りの貴族様は引っ込んでろ」
「貴族だからこそ困っている民は見過ごせん。ノブレスオブリージュだ。覚えておけ」
「ノブ…レ……?」
聞きなれない言葉に困惑しているチンピラにスカーフの男は拳を構える。
「貴族のたしなみで護身術ぐらい会得している。決闘を望むなら弓を持ってくるが?」
「ぐ……ぐぐ……覚えてろ」
「あ……」
チンピラはベルモットを突き飛ばし逃げ出した。スカーフの男は突き飛ばされたベルモットを支える。
「大丈夫か?」
「ああ、ありがとう。自分で何とかできたけど」
「ベルモットったら、ありがとうございます。うちの連れを助けていただいて」
カーシャは頭を下げるとスカーフの男は青髪をかき上げ言う。
「なに、先ほども言ったが貴族にはノブレスオブリージュがある。礼などいらない」
「ノブレス……?」
「貴族の義務、税を取って働かなくても豊かに暮らしている貴族は民に対し施しを与える義務があるという意味よ」
首をかしげるベルモットにカーシャは説明する。
「ほう、知ってたか。そういえば君は鎧を着ているしどこかの貴族の側仕えなのか?」
「はい。アカネイア王国のカイル王子のお付きをしています。カーシャと申します」
カーシャの自己紹介にスカーフの男は驚く。
「アカネイアの……使者が来ていたとは聞いていたがもうこの大陸に?」
「え?」
「いや、こっちの話だ。紹介がまだだったな。私はアルバレア王国ロザンヌ地方のヴィオール領の公爵だ。近々お会いすることになると思うが王子によろしくお伝えしてくれ」
「あ、あの!」
カーシャは呼び止めようとするがヴィオール公爵は振り向きもせず立ち去って行った。
ヴァルム皇宮
修練場にて一人の少年が兵士に調練を施していた。
「ぬううううん!」
ザン!
「ぐはっ!」
一方的な殺生を調練と呼ぶならだが。
「軟弱な。我が精兵から脱落するわけだ」
「お疲れ様です。陛下」
紙きれのように兵だったものを斬り捨て無様だと吐き捨てる赤髪の少年に兵士は汗拭きを差し出す。少年は礼も言わず剣を収め汗拭きを受取り汗をぬぐった。
「脱落した兵士はこやつで最後か?」
「はっ! 今本土にいる兵士は皆初代皇帝の伝説を再現するために集まった精兵にございます」
少年の問いに兵士は脂汗を流しながら大声で答える。声を張り上げることで身体の震えを止めるために
「うむ、歴代皇帝の悲願を叶える日も近いということか」
「ははっ! 仰る通り」
この赤髪の少年こそ現ヴァルム皇帝ファルス。ヴァルム大陸再統一の悲願を叶えるために隣国へ攻め込み戦死した父帝の後を継ぎ若くして皇帝の座に座る少年皇帝である。
彼は帝国から独立した4国を奪回するため、すぐに戦いを起こさずに国力、特に軍事力を蓄えることにした。
そして彼の目にかなわなかった兵の粛清を終え4国をまとめて敵に回しても戦えるだけの軍がようやく完成したらしい。
気分をよくするファルスに兵士は恐る恐る報告する。
「そ、その……陛下」
「ん? どうした。言ってみよ」
「陛下に謁見したいという者がおりまして」
「ほう」
力を振るい上機嫌のファルスはすんなり来客に会うことにしたらしい。兵士はこっそり息をついた。
ヴィオール クラス︰ボウナイト
「覚醒」のヴィオールの先祖。貴族としての誇りを持ちノブレスオブリージュを実践している。アルバレア王子ユーリとは身分を超えた親友。ヴィオールはファミリーネーム。
ファルス クラス:オーバーロード(魔法戦士)
「外伝」のアルムとセリカの子孫。武勇に優れているが子孫のヴァルハルトほど特化していない代わりに魔法を使うことができる。