アルバレア王宮回廊
「あっ、カイルー!」
戦争に向けての準備をして宮中を駆け回っていたカイルたちの下へチキと彼女に付き従いながら小さな袋を持ったキットが駆け寄ってきた。
「チキ! 久しぶり」
「こんにちは! カーシャも大変そうだね」
ともにアルバレア王宮に逗留している間にすっかり打ち解けたカーシャとチキが挨拶を交わす。
「巫女殿……お久しぶりです」
「むっ」
もうすぐ戦が始まるというのにアルバレアに留まるチキにカイルは戸惑いながら挨拶するもチキはむっとした顔になる。
「あっ、いや……チキ。もうそろそろノーヴァに戻った方がいい。材料もそろっているみたいだしファルシオンのことはもう気にしなくていい」
チキが不機嫌になるのを見てカイルはタメ口で話す。以前からチキにそう接してほしいと頼まれていたのだ。
チキと対等な物言いで彼女と話したらチキを新たな生き神と崇めているバレンシア教徒のキットが許さないだろうと思って彼女に聞いたら、「巫女様は気さくに話すのがお好きなようですのでできればそうしてさしあげてください」と言われ許可をもらった。
チキも機嫌を直し話を始める。
「それがね……ファルシオンの刃がもう出来上がっているのは知ってるでしょう?」
「うん」
神剣ファルシオンの刃は完成しワーレンで作り直させた柄との接合も終わっている。しかしチキが言うにはある部分の不調でまだギムレーなどの竜に効力を発揮できないとの事だ。
「カイル、ファルシオンに埋め込まれている竜玉って知ってる?」
「えっ? ……もしかしてあの柄にはめ込まれていた赤い宝玉の事かな?」
ファルシオンの象徴ともいえる宝玉なのでカイルも覚えていた。だがワーレンの鍛冶屋に作り直させる際そんなに大切な部分だと思えなかったため柄に関しては何も言わなかったのだ。
「うん」
「……もしかしてその竜玉がないからファルシオンではもうギムレーを倒せないとか?」
最悪の事態を予想しカイルは恐る恐る尋ねるがチキは首を振る。
「ううん。新しい柄にも竜玉はちゃんとはめ込まれてた。だけど……」
「だけど?」
「新しい柄が竜玉の力を引き出すために作られたものじゃないからだろうね。あまり竜を斬るための力を出せなくて」
「そんな……」
竜玉はあるにせよ効力を発揮できないのでは同じことだ。だが鍛冶屋に罪はない。竜玉のことはカイルも今知ったばかりなのだ。
「で、ではアルバレアの鍛冶師に竜玉の力を引き出せるような柄を作ってもらい……」
また何週間の時間をかけることを覚悟したカイルの提案をチキは拒否する。
「柄なんて作り直してたら間に合わない。竜玉を作り直した方が早い。それに竜玉のことは竜でなければ分からない。鍛冶師さんには無理!」
「竜でなければ……もしかしてチキはそのためにまだアルバレアに?」
チキはすぐに首を縦に振る。
「私は早く避難した方がいいと言ってるのですが」
今まで沈黙を守っていたキットはため息交じりにそう言った。
「キット、私が新しい神様だか知らないけどギムレーを放っておけばどのみち私たちみんな死んじゃうよ」
「巫女様……」
それでも何か言いたげにしているキットにチキは続ける
「教皇って人が何を考えているのかはともかく、ギムレーは絶対にこのバレンシア大陸を滅ぼす。それにギムレーの翼なら私たちにとって遠くの大陸にもすぐに行ける。ギムレーの破壊本能はすべての大陸……世界を滅ぼすまで止まらないってナーガが言ってた」
「そうですか……余計な口を出してしまいました。お許しを」
説得をあきらめたキットはチキに謝り頭を下げる。
「い、いいよ。わかってくれれば。あっ! そうだ。これの方は改良が済んだからカイルに渡してあげて」
「ああ、これのことですか。わかりました……カイル様どうぞ」
頭をあげたキットは持っていた袋をカイルに渡す。中身は大きめの玉が5つ入っている。
「あれか。……チキ、あの黒いオーブも混ざってたけど大丈夫だった?」
「ええ、改良が済むまでは誰かがあれに触れないようにしっかりと見ておきましたから」
尋ねられたチキではなくキットが答える。
この宮殿に逗留する際ギムレーを封印するために改良する必要があると言われてチキにあるものを貸した。封印の盾に埋め込まれていた5つのオーブを。
改良自体はもう終わっていたもののその時はヴァルム皇帝と会見しにヴァルム平野まで言ってたのでカイルに返す暇がなかったという。チキたちが今さっきまで宮殿を練り歩いていたのもそろそろオーブを返しておかなければと思いカイルを探していたのだそう。
「改良したこのオーブをはめれば盾は更なる力が引き出せる。地竜たちに加えてギムレーを封印する力も……それだけじゃないよ。これらのオーブが盾から外れてばらばらになっても封印の力を維持できるようになった。さすがにギムレーを封印する際は盾にはめておかないといけないけど……そのかわりオーブ1つ1つが持つ特殊な力はもう使えない。闇のオーブの強すぎる力も」
「……いや、盾からオーブを外しても封印を維持できるならありがたいよ。アドラ…がオーブを外して地竜が復活し大陸が滅びかけた悲劇がこれで防げるのなら……それに闇のオーブの力がなくなって正直安心した。誰かがうかつに触れてしまったらと考えると」
幼いころからアドラをアカネイア王国の真の建国者だと敬ってきたカイルにとって彼が盗賊だったとはいまだに信じたくない部分もあり、つい彼の名に1世をつけてしまいそうになりながら話す。
そのアドラを含め複数の人間をゆがめてきた闇のオーブを自分の不注意のせいで自分や誰かが触ってしまったらと思うと封印の盾から目を離したくないことが多くなり、これでようやくこのオーブから解放されたというのが今の気持ちだった。
「あ……うん。ただ盾は持っていた方がいい。ギムレーが復活したときに聖痕とファルシオンの力を引き出すために5つのオーブを束ねるものが必要になるから」
「……そうか! ナーガの加護とやらは長くは続かないのか」
チキの言葉からそれに気付きつぶやくカイルにチキはうなずく。
「うん。ユグドラルって大陸では聖痕がもたらす強すぎる力をそのままにしていたせいで多くの争いや力による支配が続いてきたから、これからはギムレーが現れた時みたいに人だけではどうしようもなくなった時のごく短い間だけにしておくってナーガが」
「ユグドラル……そうか母上から聞いた「神の怒り」はそのためにナーガ様が引き起こしたものだったのか」
「怒りって……むしろ人への思いやりだと思うけど」
思わず神の怒りなんて単語を口にしたカイルにチキは苦笑する。
「ああごめん幼いころに聞いた言葉だからつい、いやナーガ様も愚かな人間のためによく尽くしてくれるな」
「守護神や神竜って呼ばれているからね」
ナーガの娘だというチキは胸を張って言う。
「あとはファルシオンの竜玉だけか。あとひと踏ん張り! じゃあまたねカイル、カーシャ」
右手をあげて元気よく駆けるチキとついていくキットをカイルとカーシャは手を振って見送った。
ヴァルム帝国からアルバレアにアルバレア王国とアカネイア王国にあてた宣戦布告の書状が届いてまもなくドルマ王国もイストリア王国へ宣戦布告したという。ヴァルム皇帝の統治によって大陸に秩序をもたらすために。
おそらく奪い取ったイストリアの領土を統治してもいいという盟約が交わされているのだろう。皇帝ファルスはドルマの国力が帝国に迫るようなことを恐れる人物ではない。
そこでカイルたちアカネイア派遣軍はアルバレア軍とともに、アイク傭兵団はペレジアとの契約を破棄してイストリア軍と契約しそれぞれヴァルム・ドルマと戦うことにした。
アルバレアもイストリアも王や王子以外のほとんどはラーズ教団とギムレーを知らない。東西両方にアカネイアから来た人間を配置する必要があった。
それにおそらく教団が潜んでいる国は……。
3日後の正午が第一次ヴァルム大戦の開戦日時となる。