ヴァルム平野で勝利したアルバレア・アカネイアは軍を進めある街に辿り着く。街の住人は略奪を恐れる者は逃げていき、残ったのはアルバレア軍を歓待することで帝国が負けた際自分を取り立ててもらおうとする商人や街から離れるくらいならともに滅んだほうがましだという頑固者ぐらいだった。
おそらく帝国軍の部隊が避難勧告を出したためだと思われるが、皇帝が命令したものなら残っているものなどいるはずがないので一部の仕官の独断だろう。
ユーリは先頭に立ち兵士たちに命じる。
「今から私とカイル王子が選ぶ者だけ街に入ることを許す。それ以外の者は陣を作って待機、無断で入った者は略奪を企てているとみなし厳罰を下す」
そう言ってユーリとカイルの選んだ一部の者が街に入り、有力者と軍の通過の許可を取るための交渉や物資の注文に当たる。
「しかし、あのカーシャが戦で一番活躍か。俺なんか剣が鎧に通じなくて苦戦してたんだぞ」
「手綱をちょっと揺らすだけで思い通りに動いてくれる天馬のおかげだってば、だからカイル様には天馬へのご褒美にいっぱい人参を買ってあげるようにおねだりしたわ」
「カーシャの動きもなかなかだったぞ。突然敵の前に槍が現れるから槍が翼を生やして動いているのかと思った」
カイルがユーリとともに街に残っている町長と交渉している間、物資の注文など雑用を済ませたカーシャ、ルッツ、ベルモットはそんな話をしていた。
カーシャはアルバレア軍の先勝の立役者としてユーリからアルバレアへの仕官を勧められるくらいの称賛を受けた。冗談だとは思うがカイルはそんなことでカーシャを失いたくはないと思い、カーシャに帰国した後に莫大な報酬の約束とこの街で物資のほかに欲しいものをカイル宛につけて買ってもよいと許可した。もっともカーシャは申し出を固辞して天馬への食事の増加しか頼まなかったのだが。
ドルマ王宮。
客間だった部屋に居座るチャルロスが兵士から報告を受けていた。
「大いなる門が陥ちたですって?」
「は、はい……敵は大した損害もなく」
「そんな? あの門にはドルマやヴァルムの精鋭を配置していたのですよ! あの門は構造上大勢が一気になだれ込むような真似はできない作りになっています。寡戦に持ち込めば質の高い我が軍が負けるはずありませんわ!」
自軍の質に絶対の自信を持っているチャルロスは大いなる門でイストリア軍を壊滅できると踏んでいた。
「……恐れながら寡戦に持ち込んだのが逆に仇となったようです。アカネイアの傭兵団の強さは驚異的です。獣に変身するとかその獣よりはるかに強い大男がいるとか……更にチャルロス様の策をも読んだとしか思えない動きから相当優れた軍師もいるようです」
「は……はは、寝ぼけるのは早朝だけになさい! 私より賢い軍師なんているはずないでしょう! 私はこの大陸でもっとも強い皇帝に認められた帝国一の軍師ですよ! それどころか獣に変身する人間なんて…伝令も寝ぼけてるのかしら? 敵は催眠術の使い手に違いありませんわ。そうです。皆を眠らせているうちに門を通ったのです」
チャルロスは兵士の報告をただの妄言だと言い放ちこれ以上聞く耳持たなかった。
「……それで今後はいかがいたしましょう? 傭兵団の真偽はどうあれ敵軍が大いなる門を抜け王宮へ迫っているのは事実です」
「フフフ心配は無用ですわ。敵軍とドルマ軍の兵数はほぼ同じです。ならばシューターや長弓で守りを固めた王宮に立てこもれば敵は宮殿を攻めれば攻めるほど消耗します。ご存知かしら? 城攻めには守っている相手の3倍の兵力が必要だと言われていることを。住民から食料も供出させましたし1か月は持つでしょう。そこへ海岸からヴァルムの援軍が来れば形勢は逆転。オホホ」
「……」
追い詰められているのに自軍と敵軍が同数というだけでもう勝った気になっているチャルロスに兵は言葉を失う。獣に変身する兵がいるという話は自分も信じてはいないが優れた軍師もいるというのは見落とせない。
「さぁて、では援軍を頼む書状を書きましょう。私が無能だと思われないように内容もじっくり考えて……」
逃げた方がいいと思っている時にこの城から出る口実が見つかった。本国へ逃れるために自分が伝令に志願しよう。
そう心に決めたからには書面を見ながら時候の挨拶を考えている上官に心の中でさっさと書けと言い続けた。
ヴァルムの滝の西。
一度軍の進軍を停止させたユーリは前に街に到着したとき先行させた斥候からヴァルムの滝の様子を聞いていた。ファルスが次に戦場に選びそうなのは戦況が悪くなれば橋を落として敵軍の動きを止めることができるそこだと判断したのだ。
「ユーリ様! ヴァルム軍はヴァルムの滝北の砦に駐留しているとのこと。それも皇帝自らが指揮を執って」
「ほう。他には?」
「は、はい……それと滝の西にはジーン将軍の部隊が待機しています」
「ジーンだと!」
皇帝自らが指揮を執っていると告げた時以上にこわばった顔で兵士が報告した内容にユーリは慄いた。
ヴァルム軍親衛隊に所属するジーン将軍。代々騎士を出した家系に倣って軍に入り力量を上げ、先帝のころにすでに親衛隊に推薦されるほどの実力を持ち、ファルスの剣術指南まで務めたほど。
皇帝でありながら勇猛で知られるファルスでも未だ届かないと言われる猛将だった。
「……ご苦労、そなたは後詰として待機しているがいい」
「ははっ」
斥候として偵察させていた兵を後方に下がらせるとユーリは隣にいたカイルの方を向く。
「ユーリ様……顔色が優れないのですが……ジーンとはそれほどの強敵なのですか?」
「はい。ヴァルム一の騎士と言えば間違いなく彼でしょう。帝国一という意味でも大陸一という意味でも」
青ざめた顔を直せないままユーリは告げる。
「……ファルスがジーンを温存している間にファルスを討ち取ってこの戦を終わらせたかったのですがそううまくはいかないようです……カイル王子お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
緊迫した表情で言うユーリにカイルは応じた。
「滝での戦いには私も出撃します。無論できる限り指揮も執りますが、カイル殿には後方で全体の指揮を委ねたい。戦争前にすべての兵にはカイル殿をアルバレアの王子だと思って従うように言い聞かせています」
いきなり25万以上の兵に指揮を執る!
5000以下の兵の指揮でもやっとだったカイルにとって無茶ぶりでしかなかった。
「そんな…無理です! 5000人の指揮で精一杯だったんですよ。ユーリ様の方が適任です。それに相手は想像を絶する名将。もしユーリ様が討たれればアルバレア王国は――」
「彼に勝てる可能性がわずかでもあるのは私しかいない。今私が出なければジーンは軍を屠り戦勝の可能性はなくなるでしょう。ギムレーが現れればあなたが出なくてはならなくなる。それと同じです」
「……では指揮はどうするんです? 僕には何十万どころか何万の兵の指揮なんて」
不安がるカイルの肩にユーリは手を乗せ笑う。
「できますよ。先の戦で私がしたことは軍師が出す策の裁可と戦況の確認ぐらいでした。私の天幕と戦場を行き来する副官の方が負担が大きいくらいです。決して楽ではありませんがカイル殿にとっては前よりちょっと忙しくなるだけです」
「……」
カイルは考え込む。これ以上は大きな役目から逃れたいというわがままではないかと。
「国のことはご心配なく。父上は病気で床についているだけでいずれ元気を取り戻します。子の1人また設けてもらいましょう。それにアルバレアは聖王アルムの血を引く名門、断絶しないように縁戚も確保しています。そこのヴィオール公もその一人です」
そう言ってユーリはヴィオールの方を見た。ヴィオールは苦笑し一礼する。
「……強制はできませんがカイル殿が断るなら我々はジーンに勝ち目がありません。軍を退くしかないでしょう。そうなればファルスは本国に待機している軍を加えて攻め込んでくるでしょう。勝ち目はより薄くなる、降伏も検討しなければなりませんね。……どういたします?」
「…………やります。身勝手なことを言って申し訳ありませんでした」
カイルは了承しながらユーリに深く頭を下げ陳謝した。
「なに! ジーンも一人の人間。顔に傷をつければ降参してくるでしょう。それに我々にはカイル殿が連れてきてくれた勝利の女神がいる!」
そうしてユーリは女神いやカーシャを仰いだ。
「え? わたし?」
カーシャは驚いて身をすくめる。
「数で優っていたヴァルム軍相手に少ない犠牲で先勝できたのは君のおかげだ。あの奮闘ぶりにまた期待しているよ」
そう言ってユーリはカーシャの肩を叩こうとしてやめた。カイルとカーシャの仲がいいことには気づいている。ここでカイルからいらぬ嫉妬を買って関係にひびを入れるべきではない。
「あはは……がんばります」
恐縮しきったカーシャはそれだけ言って黙ってしまった。
戦闘が始まってヴァルムの部隊が西の橋を渡ってくる。
「はぁ!」
ガギン!
「ぐ……このガキ!」
ギン!
ルッツがヴァルム兵と鍔迫り合いをする。その横から
「グァァ」
ズガン!
「ぐぁ」
すでに兎の形態に化身していたベルモットが割って入る。
「サンキュ! ベルモット」
「礼はいらん。来るぞ」
ベルモットは次の敵に備え、ルッツも剣を構えた。
「はっ!」
「ぐっ」
ギィン!
2頭の馬上で槍と槍が交差する。
「いきなり貴殿が来るとはなユーリ王子」
「噂に名高いジーン殿がお越しになっているんだ。応対を怠ってはアルバレアの名の家名を汚すというもの」
西の部隊を率いてきたジーンをユーリが自ら迎え撃つ。
「フッ、私ごときにもったいない。早々に陣に戻るがいい」
ガキィン!
「あれがジーン……強すぎる」
周りの敵を倒し空から戦場を俯瞰していたカーシャはユーリを相手に健闘いや優勢に戦うジーンに震え上がる。
「このままだとユーリ様が危ない。でも――」
一対一でジーンに勝てないのなら大勢で囲んで倒すしかない。でも今自軍が陣取っている場所は狭すぎて少数対少数で戦わざるを得ない。もう少し広い場所に出る必要がある。しかし……。
行先には大きな崖があり1つだけ階段が作られているだけで大勢が登ることが出来なかず、多くの兵が立ち往生している。しかも崖の先には敵部隊がいた。多くはないが階段を上ってきた何人かにとってはひとたまりもないだろう。だがあの部隊を前もって倒しておき、多くの兵が崖の上でジーンを待ち伏せできるようにすれば…。
ブォォ!
決心したカーシャは天馬とともに崖の頂上目指して浮上する。
「! カーシャ! 何やってる? 戻ってこい!」
勝手に北上するカーシャに向かってルッツは叫ぶ。
「そこだぁ」
ザン!
「ぐぁ……ヤロウ!」
そこへ敵兵がルッツを剣で斬りつけた。
ルッツもベルモットもカーシャどころではなくなった。
「天馬騎士め。やはり来たな……方位660……撃てぇ!」
ヒュヒュヒュ!
シューターたちの放つ無数の矢がカーシャに襲い掛かる。
「はぁ!」
ブォォ!
カーシャは巧みに天馬を操って矢をよける。
グサ!
「ぐぁぁ」
カーシャは瞬く間にシュータの懐に入り弓兵を倒していく。
ブン!ブン!ブン!
「ぐぇ」「ぁぁ」「ぎゃ」
「この」
シュ!
ヒィン!
弓兵の放った矢が天馬に刺さる。
「この、喰らえ!」
ザン!
「ぐぁ!」
その弓兵もカーシャの一薙ぎに倒れる。
「弓兵たちが…ぅぅ」
「お前たち女一人に何を怖気づいている! あの女をねじ伏せた者は奴を好きにしていいぞ!」
敵から見たら凄惨ともいえるカーシャの戦いぶりに恐れをなした部下たちを指揮官は彼らの欲望をあおる言い方で鼓舞する。
「…ぐぅ、かかれぇ!」
オオオオオ!
恐怖を獣欲で塗り潰した兵士たちが襲い掛かる。
しかし弓兵もいなくなった今彼らはカーシャの敵ではなくなった。
ギィン!
「ふぅ、ここまで凌ぐとはな。さすがに陛下とアルムの血を分けるだけはある」
「はぁ、はぁ」
息をつきながらユーリはジーンと対峙する。
「グォォォ」
ズガン!
「ぐぁ」
その横からベルモットがジーンに突撃する。ジーンは吹き飛び落馬するがベルモットが再度突撃を試みる前に素早く立ち上がってみせる。
「フッ、半獣か。いいだろう。二人がかりで来るがいい」
「貴様! ヴァルム一の騎士だろうがそんな蔑称を使う奴を見逃すわけにはいかないね。ユーリ、私も参加するよ」
「助太刀はありがたいが危なくなったら逃げたまえ。相手は獅子より恐ろしい騎士だ」
「ハハハ! 獣の例え話が本物の獣に通用すると思っているのかい。さあ奴が馬に乗る前に倒すよ!」
威勢よく言い放つベルモットと槍を構え直すユーリを前にジーンは剣を抜く。
「…馬から落としたくらいで優位に立った気にならないことだ」
「ふぅ、長引いちゃったわね。今薬をかけるから」
あたりの敵を倒したカーシャは矢を撃たれた天馬に騎乗したまま傷薬を塗る。
パカラ!
「フッ! お人好しなことだ。馬など死んでも買いかえればいいものを」
カーシャが天馬の傷口から声の方へ視線を向けるとそこには、
「あなたは……」
「うぬか……やはりここまでくると思っていたぞ。天馬なら崖など楽に越えられるからな」
カーシャの前に赤い髪の少年……ヴァルム皇帝ファルスが親衛隊とともに来ていた。全員馬に騎乗している。
「ヴァルムの皇帝? 砦にいたんじゃあ?」
「うむ、視察すると言って出て来たんだがずいぶん止められたぞ。崖から下には行かないと約束してどうにか出て来たんだが。ジーンさまさまだな……ま、連れてくる気のなかった連中も一緒だがな」
「っ……」
自分についてきた臣下を指してファルスは笑う。
「型破りな皇帝ね……皇帝?」
その時カーシャはユーリの言葉の一部を思い出す。
(ファルスを討ち取ってこの戦を終わらせたかったのですが)
そうだ。今皇帝を捕まえるか討ち取ればジーンを倒せなくても戦争は終わる。だがファルスの周りには親衛隊もいる。今までの連中と違って楽に倒せる相手ではないだろう。皇帝を討ってもその後自分も殺されるかもしれない。それとも……。
(……生け捕りにされた際の覚悟はしておくか)
女が生きたまま捕まったらどうなるかは容易に想像がつく。だからカーシャも戦いに赴く際は常に自決用の短刀を隠し持っていた。このことはカイルも知らない。知っていたら絶対にカーシャを戦場に出さず騎士を辞めさせようとするからだ。
カーシャはかすかに震えながら短刀のある懐を手で覆う。
(…………よし、覚悟はできた)
そんなカーシャの様子を見てファルスは鼻を鳴らし馬から降りた。
「……?」
ファルスの様子をカーシャは訝る。ファルスは剣を抜き告げた。
「そこの女、戦を止めるために我を討ち取るつもりだろう? ジーンを倒すよりは楽だと…癪だが我の方がジーンより弱い。そうだろう?」
「!?」
カーシャの思惑をあっさり見抜いたファルスに彼女は動揺する。
「なに! 無礼な」「陛下、このような娘我らが」
兵士たちは立腹しカーシャに斬りかかろうとする。
「引っ込め、これは我と女の決闘だ。それにこのような娘に討たれるようではうぬらの主君を名乗る資格はないだろう。これは我が大陸を統べるに足る器かを試す試練である」
「…はっ!」
「……」
兵を叱責するファルスと不服そうな様子を見せながらも大人しく引き下がる兵を見てカーシャは一瞬呆然と見ていた――がすぐに取り直し槍をむける。
「来い。早くせねばユーリが死んでしまうぞ」
「はぁぁぁ!」
ファルスの挑発を受けカーシャが槍を振るう。
ザン!
「うぐっ」
ジーンの斬撃を受けユーリが倒れる。もうすでに彼の馬を首を落とされ息絶えていた。
「ユーリ!」
満身創痍だがまだ動けるベルモットが駆け寄る。
「ベル…モット殿……早く逃げ…」
「そこまでだ。降伏されよ」
そこにジーンが剣を突き付け迫ってくる。
「く……」
自分を半獣と呼んだこの男への怒りは未だある。だが実力に大きな差がある。ゴールドナイトが馬から落とされて槍から剣に持ち替えても力量が落ちた気を感じさせない。
「どうした? これ以上は手心を加えられないのだが、ユーリ王子を生かしたまま捕らえた方が外交上大きなカードになるのだが殺すなとは言われていない」
そう言ってジーンは一歩詰め寄る。
「手荒いが我慢しろ」
ベルモットはそれだけ断って前足――人間形態での手――も使わず乱暴にユーリを背に乗せる。
「ガァァアァ」
ベルモットは雄たけびを上げて崖を登るための階段のある方へ向かう。
「……しまった。馬に乗ってから投降を促すべきだったか」
兎のタグエルは獣牙族のラグズより遅い。だが人間よりは早い。彼女に追いつくにはあらかじめ馬に乗っておくべきだった。
もう馬に乗っても遅いだろうし、自ら兎になっているベルモットなら階段を登れるだろうが馬に乗ったまま階段を登るという芸当はジーンにはまだ無理だった。
「……此度の戦の趨勢は決まった。無理に追うまでもないだろう。……この勝敗が覆るとしたら陛下が何者かに討たれたらか」
ジーンはあっさり追跡をあきらめた。ベルモットを逃すきっかけとなったミスといい、彼らしくもない失敗だったがそれはこの戦に疑問を持つジーンの心の迷いが原因だった。
ギィン!
ガン!
グォン!
「ふっ! はっ!」
「えいっ! がぁぁ!」
ゴン!グァン!ギン!
しばらく剣と槍が交差する。
そこへ
ブォン!
「ぬがぁ!」
天馬がファルスを蹴とばす。
「しめた! はぁぁ」
ギン!
――がファルスは剣を振るい槍から身を護る。
「まだだ。ぬぅん!」
ガス!
ギン!
ザン!
「うぐっ」
ファルスの剣がカーシャを浅く刻む。
「このワルガキぃ!」
ブォン!
斬られたことで逆に激情に駆られたカーシャは槍を突く。
ドゴ!
「ぐぬ!」
ファルスは槍を受けながらも鎧に助けられたようでひるまず剣を突く。
ギン!
「はっ」
グァン!
そこでカーシャの槍がファルスの剣をはじき、衝撃でファルスは手から剣を取り落とす。
「しまっ――」
「今だ……だぁぁ!」
カーシャは勝利を確信しファルスに槍を突き立てようとする。
「くっ」
ファルスはうめいた後何事かつぶやいている。辞世の一言だろうか? いや違う。
『きせきのかぜよ!さけ!しっぷうのごとく! エクスカリバー』
ファルスが早口でエクスカリバーを唱えた途端、疾風がカーシャと天馬を襲う。
「きゃぁぁぁ!」
ヒィィィン!
無数の風に刻まれカーシャと天馬は地に落ち倒れる。
「加減が出来なかったな……生きておるな」
「ぅぅ……」
ファルスはカーシャに近寄り呼吸をしているのを確認すると胸元に手を入れる。
「……」
今まで戦いを見ていた兵士はファルスが捕虜を犯すのかと思ったが、
ゴソッ、
「こいつか」
ファルスはカーシャが隠し持っていた短刀を取り出し馬の下へ行き気絶したカーシャを乗せ騎乗した。
「陛下?」
ファルスの行動を訝しんだ兵は彼に尋ねる。
「捕虜を皇宮まで連れていく。異があるのか?」
「い、いえ」
兵士は首を横に振り否定する。
「ではまず砦に戻るぞ。あ、そうだ。雑務がある故我が捕虜から目を離すことがあるだろうが……」
「??」
「女に不埒を働けば即座に首を切り落とす」
「め、滅相もありません」
邪な考えはないと訴える兵にファルスはうなずくと
「うむ、このことは砦にいる皆にも伝えておけ」
「ははっ!」
そう言ってファルスは砦に戻ろうと馬首を傾ける。
そこへ――
「おまえは! カーシャをどうする気だ?」
「うぬは…アカネイアの兵だったな」
現れたルッツの姿をファルスは覚えており返事を返した。
「野郎! カーシャを返せぇ!」
ギィン!
「がはっ」
そこへファルスの臣下がルッツを跳ね飛ばす。
「陛下! この無礼な小僧は我々にお任せを」
「うむ。生かすも殺すも好きにせよ」
ファルスは兵に後を任せ馬を走らせその場を後にする。
「くそ、逃げるな皇帝!」
「ルッツ!」
そこへユーリを乗せたベルモットが階段を駆け上がってやってくる。
「う、兎?」
初めてみる大兎の姿に兵はうろたえる。
「ベルモット! ちょうどいい。加勢しろ。カーシャを取り戻す」
「カーシャを? …いや今は無理だ。陣まで退避する。崖を降りる。お前も乗れ」
「けどカーシャが――」
「乗れ!でないと皆死んでカーシャを助ける者もいなくなる!」
「くっ!」
ベルモットの剣幕に押されルッツはすぐに彼女に乗る。
「ユーリを支えろ。二人とも落ちるなよ」
ルッツはベルモットに言われ気絶しているユーリを支えながら自らも必死で捕まる。
「ガァァァ!」
階段なしに人間では降りることのできない崖の斜面を大兎のベルモットが駆け下りる。ファルスの兵は階段を降りて追うことも忘れ見入っていた。
そんな戦場を遠くから赤毛の若者が見ていた。
「久しぶりに故郷に帰ったら大変なことになってたし、巨竜が逃げてきた西の大陸でも厄介なことが起き始めてるな」
戦場の近くにある巨大な大樹の頂上から双眼鏡もなしに若者は戦場の様子を細かく正確に見通していた。
「俺が味方するべきはあっちの軍だな。ぴったりの仕事もありそうだし」
そう言って若者は姿をくらます。
滝での一戦はヴァルム軍の撤退とアルバレア軍の敗走つまり痛み分けで終わった。が実質的にはアルバレア軍の敗戦だった。