「ユリナ、パレスへ行こう」
「申し訳ありません。公務がありますので」
ユリナから初めて出会った時のような笑顔でデートを断られるクロス。
「そんなに忙しそうに見えないけど、国交を結べなかったのをまだ怒ってるのかい?」
クロスの返しにユリナは頬を引きつらせながら
「クロス様のせいではありません。わたくし達の誠意が足りなかったのです」
「だったら遊びに行くぐらいいいじゃないか」
「クロス様、今期も神剣を振れなかったそうですね。ナンパの真似をしていないで特訓なさったらどうです? 遊びに誘う元気もなくなるぐらいに」
「う……」
ユリナからの反撃にクロスはたじろぐ。
アカネイアの王位継承者は成人の儀までに半年ごとに王の御前でファルシオンを振れるかの試験を行う。クロスはユリナと会ってから2回ほどこの試験の機会があったがいずれも失敗に終わり成人の儀まであと4年に迫っていた。現在のアカネイアでは20歳を迎えて成人となる。
「訓練はしているよ。朝早くジェイクスに頼んで相手をしてもらっていたんだ」
実際クロスの今日の訓練は終わりを告げられていた。手のマメがその証拠なのだがユリナにボロボロになった手をあまり見せたくなくて口だけになり、言い訳じみて聞こえてしまう。
「僕はやることを済ませた。ユリナは? 本当に公務があるなら手伝うよ。これでも王子だ。書類仕事だってできる」
「……。まあ、私も実は終わらせていたり」
これは嘘だ。実務は副官のヨーゼフ伯爵が取り仕切っており、ユリナにはたまに王宮から訪れる客人の接遇くらいの役目しか与えられず、読書か魔法の練習しかすることがなかった。パレスの大きな書店はかなりの蔵書があり、1年前の貢ぎ物の返礼としてパレス高官に頼めば王宮の書庫の本の閲覧や借りることも可能だったので退屈はしなかったが。ただし王宮では監視が付き、借りる際には機密に触れる本が入ってないか点検が行われるのでもっぱら市内の書店で済ませるのがほとんどだ。
ユリナが率いるグランベル使節団がアカネイア大陸に来て1年。
クロスの擁護は実らず。ユリナらは信用できないとして国交は結べなかった。だが恩恵を受けて追い返すのは道理に反するというグスタフ王の意向によって貢ぎ物の返礼の一部としてノルダの郊外にある空き屋敷を譲り受け増設の手配までしてくれた。強引に追い返して復讐されに来られても困るという判断もある。
ユリナは何度も交渉を申し入れようとしたがヨーゼフの「今は滞在が認められただけでも十分かと。何度も食いつくと逆に不信感を持たれます。今はアカネイアの方々とうちとけ信用される時を待つのがよろしいでしょう」という言葉に従わざるを得なかった。
使節団の団長はユリナになっているが実権はヨーゼフが握っており、ユリナが使節団を動かしたり活動の方針を決める際はヨーゼフの許可が必要で、逆にヨーゼフはユリナが持つ権限を代わりに行使することができた。
唯一グスタフが直接統治していないグルニアは王への謁見の許可も下りず、元々西方にあるグルニアはカダイン共々ヴァルム大陸との交易が盛んで国交を結べても交易による利益の見込みはあまりなかった。
「なら問題ない。美味しい店でもきれいな装飾品の店でも案内するよ」
「わかりました。訓練疲れで倒れても置いて行って構わないのでしたら」
ユリナも実はまんざらでもない。せっかくの外交生活、屋敷にこもるよりパレスを見て回る方が有意義に違いない。それにクロスはユリナの好みの方だ。ユリナの好きな伝記の主人公によく似ている。祖母からよく聞かされたあの――
「聖王セリスか」
パレスに来て買うものを選び、注文したものを後日ノルダ屋敷に運ぶように各店主に頼み喫茶店で紅茶を飲んでいる最中にユリナからユグドラルの英雄の話を聞かされたクロスはその名をつぶやいた。
「ええ、我が家では代々子供にセリスの話を聞かせて育てるそうです。セリスがいなければユグドラルは帝国の圧政に苦しみ続け、後に反乱が起こって帝国を牛耳っていた暗黒教団や魔皇子を倒せたとしても遅すぎて疲弊しきって大昔に滅んでいたでしょうね」
祖母に聞かせられた時と同じように自らも熱くセリスの話をクロスに聞かせるユリナ。クロスとしてはセリスに妬みを感じているが、距離が近づいてうれしいような複雑な心境である。
二千年前のユグドラル大陸の聖戦の後、ユリアは民の憎しみを一身に集める存在だった。民が苦しんでいる中、ユリアも他の皇族同様父が搾取した富で贅沢して暮らしていたに違いないと思われていたのである。実際にはユリアの兄ユリウスが母ディアドラを殺害、ユリアを追放した後父アルヴィスを軽視しているグランベルの重臣を取り込んで宮廷に根を張り圧政を進めており、ユリアも逃亡中満腹を感じたことすらない生活を送っていたのだが民はそんなことを知る由もなくユリアを憎み、セリスを救世主としてもてはやしセリスが一騎打ちでユリウスを討ったとする詩まであった。そのためアカネイアとは違い王朝交代は順当に進みユリアは夫を迎え公爵夫人となった。
バーハラ家では夫がともに聖戦を戦った関係であることもあり良き妻、良き母のユリアを冷遇することは無かったがやはりセリスの英雄譚が好まれた。ユリアが子らにセリスの話を積極的に話していたのもある。
「そういえばユリナもアカネイア語がうまくなったね。アカネイアで生まれ育ったと言っても違和感がないよ」
セリスへの賛美にさすがに辟易としていたクロスは話題を変える。ユリナはむっとしながらもさすがに熱が入り過ぎたと反省し新しい話題に応じる。
「家庭教師が優秀ですから。時々アルバ先生が何の学者なのかわからなくなるぐらい色々なことに博識です」
アルバはアカネイアの文化・歴史の研究をしながらユリナにアカネイア語を教えていた。屋敷の関係者の中では数少ないクロスとユリナの仲を応援している人物なのでクロスもすっかり仲良くなりよく暗黒・英雄戦争の話を話していた。マルスが妹のようにかわいがっていた神竜族の王女のことも、それでも飽き足らずアルバは王宮の書庫に入り浸り、監視の目も気にせず歴史本を読み漁った。今アルバはマケドニアへ調査に赴いている。
夕暮れになり喫茶店を出たクロスとユリナはふと足を抱えている男を見つけた。
「ううっ……」
「大丈夫ですか?」
ユリナは思わず男に駆け寄る。
「ああ、足を打ってな。く…、しばらく動けなさそうだ。下手すれば今夜は野宿かな」
「見たところ傷はなさそうだが、ユリナ杖は持ってる?」
クロスは履物をめくりあげ足の様子を見ながらユリナに尋ねるが
「ごめんなさい、こんなことが起こると思わなくて」
クロスはユリナにいいと言いながら男の腕に手を添え
「歩けますか。パレスも外れになると夜は危ない。僕たちが付き添いますよ」
「すまないな。せっかくのデートの邪魔をして」
「デ、デートじゃありません。それにそんなところに置いていったら心配で眠れなくなってしまいます」
ユリナはデートという言葉に慌てて否定しながらクロスが持っているのとは反対側の肩を支える。
二人は男を支えながら男が示す通りの方向に歩きいつしか日は落ち、路地裏に入ってしまった。そこで待ち受けていたのは、
「よぉ、いい服着てるな。俺たちみたいな貧民に恵んでくれよ」
数人の男だった。今の時代盗賊は森や山でなく街中で生活を送りながらひっそりと略奪を行うのである。クロスとユリナはお忍びの旅装を着ていたが彼らにとっては縫った跡がないだけで極上の品だった。
「男の方は下着は勘弁してやるからさ」
「おいおい、女は全部脱げってか? いや女は俺たちと酒場で一晩遊ぶだけで許してやろうぜ」
「よし、話は決まった。男は持ち物と下着以外の服を脱いで渡せ。女は俺たちと一緒に来い」
話も何もごろつきたちが勝手に言ってるだけでクロスたちは口を出していない。クロスは男をユリナに任せてごろつきの前に出て拳を振りかぶる。
「どけ、女」
「きゃっ!」
「うぐ……」
クロスは背後からの攻撃にうめく。
クロスとユリナに介助されていたはずの男がユリナを突き飛ばし、クロスを殴りつけたのだ。
「わりいな、おめえら坊ちゃんお嬢ちゃんは恩が仇で返されるもんだって知らないんだろうな」
「貴様!」
クロスは男をにらみようとするが。
「やっちまえ」
「おおっ!」
ごろつきたちが襲い掛かりクロスに殴りかかろうとするのでかなわなかった。
その時
『ほとばしれ!雷光のごとく! ライトニング』
ごろつきの2人が光に吹き飛ばされる。
ユリナが魔道書を手に詠唱を唱えていたのだ。
クロスはごろつきたちがひるんだすきを逃さず一番近くの男の急所を殴りつけ昏倒させ、クロスの気迫にすごんだ男を殴る。
「なめんな」
ごろつきのリーダーがクロスを斧を取り出し、クロスへ振りかぶるもクロスはそれをよけリーダーのみぞを殴りつけるが斧を取り落とすも一発ではのびず、クロスを殴打し、怒声をあげる。
「おめえら出てこい。男は殺せ、女はこの場で犯す」
クロスたちが逃げた時のために周りを囲んでいたごろつきの応援が姿を現す。
「へへっ、そう言うのを待ってたぜ。酒場へ連れて行って怯える女と飲むのもいいもんだがな」
舌なめずりをしながら迫る男たちを前にクロスとユリナはなんとか逃げ道を探っていると。
「お前たちそこでなにをしている!」
ごろつきたちの背後から別の声がしてきた。
それと同時に屈強な男たちが彼らを包囲した。いや、女も一人混ざっている。
「自警団? くそ、いいところで」
ごろつきたちはせめてもの抵抗を試み、自警団に襲い掛かる。しかし相手にならず次々と取り押さえられていく。
「く、邪魔だ」
ドカッ
「う……」
「ユリナ!」
クロスたちをだましていた男はユリナを殴りつけ、クロスが駆け寄っている隙に逃げようとした。しかし、
グラグラ……
あたりの地が揺れ、男は転び続く地震で身動きが取れない隙に自警団に捕縛された。
「ユリナ、大丈夫か! それは!?」
ユリナの様子にクロスが戸惑っていると横から声をかけられる。
「大丈夫か?」
自警団の団長らしき男だった。
「はい、ただ彼女が」
団長はユリナに駆け寄る。
「君、怪我をしたのか」
ユリナは額を抑え首を振るばかりだった。
「ハロルド、どきな」
女団員が団長を押しのけユリナの体を調べ怪我がないことを確認するが顔は覆って見せてくれない。
「顔にけがはあるかい。薬草を置いておくから傷があるなら連れの男に塗ってもらうんだ」
そう言い薬草袋を置いて女はユリナから離れ団長とともにクロスと対面する。
「ありがとうございます。あなたたちが噂のアカネイア自警団」
クロスは団長と女に礼を言い自警団か尋ねる。
「おお、俺は団長のハロルドだ」
「副団長のエルフィだ。災難だったね…と言いたいがデートは時間と場所を考えてするもんだ」
「面目ないです」
謝るクロスにエルフィは肩をバンバンたたき、
「でもアンタ数人相手に筋がいい方だ。どうだい? 彼女を守る力をつけるためにも自警団に入って町の安全を守るってのは」
そんなことを言うエルフィにハロルドは彼女の手をクロスから離し、
「やめとけやめとけ」
そうエルフィに言った後クロスに向かって
「あんた、アカネイアの王子だろ。王様から勲章をもらったときあんたの顔を見たことがある」
「はい。僕はクロス。この国の王子です。アカネイア自警団の活躍は子供のころからあこがれていましたから」
アカネイア自警団。兵士とは別にアカネイア王国の治安を守る組織である。設立は千年前にさかのぼり最初はアカネイア自由騎士団という名前だったが、一世代後には騎士でない構成員がほとんどを占めアカネイア自警団に改称した。
クロスが王子だと聞くとエルフィは肩をすくめ、
「なんだ。王子様を自警団に入れるわけにはいかないね」
「では彼女は王子に任せて我々は市内を回ろう。さっきの地震の被害はかなり大きそうだ。王子、あんたもデートはいい加減切り上げてさっさと帰るんだ。また地震が来るかもしれない」
クロスに別れを告げハロルドたちは自警団を引き連れて去っていく。
クロスはユリナに告げる。
「もう誰もいないよ。大丈夫だ。顔をあげて」
ユリナは恐る恐る額からは手を離さず顔を見せる。
「クロス様……見ましたか?」
クロスはこくりとうなずく。自警団の活躍のことではない。
殴られた拍子でサークレットが割れ露わになったユリナの額からは文様が浮かんでいた。
「ナーガの血を濃く受け継ぐものの証、「聖痕」というものです。この聖痕からもたらされる力により私たちの一族は光魔法の力を強く行使できる。二千年前と比べたら弱体化したそうですが」
二千年前のユグドラル大陸、聖戦の後もかの地ではヴェルダン平定、アグストリア統一戦争などの争いが続いていた。そんな中後者のアグストリアの戦争のさなか、突如その現象は起きた。聖戦士の血を引き継ぐもののうち神から授かった血の因子が少ない者からはその力が失われ、聖痕を持つ者もかつての因子が少ない者並みにその力が弱くなった。神器も同様である。この現象を人々は自分たちが与えた血の力で争いを続ける戦士たちへの「神の怒り」と呼んで恐れおののいた。
これはナーガの思念体の認可により起こった「ゲッシュ」の一部解除で竜の血を争いに用いることへの戒めであり、このとき竜の血の因子の多くを洗い流すことで当時聖痕を持つ者が存在しないロプトの血も完全に消し去る目論見もありそれは成功した。
「この聖痕のことは誰にも言わないでください。ユグドラル人なら知っていることですが聖痕を他人に直接見せてはならないという家訓がありますので。私の一族もアカネイアの王子であるあなたの口を封じることはできないでしょうがもうこうして会うことはできなくなります」
ユリナは強くクロスに忠告する。
「わかった誰にも言わない。送っていこう。さ、手を取って」
「ええ、でも屋敷が見えたら別れましょう。一人で散策している間にサークレットを落としたと言い訳しますから」
クロスとユリナは途中馬車を拾いノルダへ戻っていく。
城ではジェイクスがクロスを待っており早速今日のお咎めを受けた。
「ご無事ですかクロス様? パレスも夜は安全とは言えません。せめて日が昇ってから一刻半には帰り支度を始めていただけませんか」
「ごめんなさい」
クロスは素直に謝る。
「それで、またユリナ殿とデートですか。クロス様には婚約者もいるのですよ。ただの平民や位の低い貴族なら愛妾にすることもできますがユリナ殿は危険すぎます」
「ジェイクスまでユリナを疑っているのか。詐欺師や賊があんなに上品な振る舞いができるものか。それに彼女らが持ち僕らに与えたものはアカネイアにもヴァルムにもないものだ」
「賊ではないでしょうな。1年彼らの様子を見れば誰でもわかります。ですが本当ならなおさらです。相手は他国の人間で公爵令嬢です。愛妾など向こうの家が許さないでしょう。それにクロス様の婚約者グルニア王女ユミス様はどうされるのです? グルニアもアカネイア連合ではごく小さいので反抗はしてこないでしょうが、グルニアを軽視しているとアカネイアが弱体化したときに厄介な火種になる」
ジェイクスの説得にクロスはたじろかず、
「その時はグルニアに僕から謝罪する。土下座だってして見せるさ。そうすればグルニア王も自分たちが軽視されてるなんて思わないだろう。むしろユグドラルの貴族と縁を結び彼らの力を借りることができるようになればアカネイアは弱体化どころか発展だってできる。眼鏡をかけるようになった重臣たちを見たかい? 彼らは以前よりはるかに効率よく書類を片付けてくれるようになった」
「そう簡単な話ではないのですが、まあおいおい話し合いましょう……その代わり数日間は外へ出ないでください。訓練も中止、素振りをするにしても木刀でです」
出入りだけでなく訓練まで中止となるとデートのお咎めの罰ではなさそうだ。
「地震のことか?」
「ええ、いつ再発するかわからない。せめて原因がわかるまでは。ユリナ殿にも同じ注意がされているでしょう。デート中に大怪我をするユリナ殿を見たくなければ絶対に守ってください」
クロスは大きくうなずく。
一月後、地震の原因がフレイムバレルの噴火によるものだと判明し地震はあれから起きることは無かったが、何千年噴火しなかった火山の噴火はすさまじく火山灰が大陸中に降り注いだ。特にカダイン・オレルアンの被害は深刻で住民は食糧危機に見舞われた。
国王グスタフはすぐに救援を送ったが、アカネイア本国も食料が充足しているとはいえず困り果てていた。そんな時謁見を求めたユリナは視察団が蓄えている物資の供出とユグドラル大陸からの救援要請を申し出た。
グスタフは藁にすがる思いで協力を求め、数月後ヴァルムと交易している西側はともかく東側は食糧が付きかけ、グルニアが援助と引き換えに自国に有利な条件を出し始めていた時だった。
ユリナとの約束通り、ユグドラルは援助物資をもって来たのである。これによって東大陸は困窮を免れユグドラルも自大陸の存在を証明した。
このときからアカネイアとグランベル王国は国交を結び交易を開始した。
ハロルド クラス:勇者
アカネイア自警団の団長。エルフィとは友達以上恋人未満。
エルフィ クラス:剣士
アカネイア自警団の副団長。ハロルドとは以下略。