チャキ!
「投降しろ!」
ドルマ王宮の奥の広間でイストリア兵と傭兵団を従えたアイクはチャルロスに剣を突き付ける。
「そ、そんな。城壁にいたシューターと長弓兵は何をしていたの? 侵入できたとしてもこうも早く王宮を制圧されるなんて」
チャルロスの疑問にセネリオが答える。
「ドルマはもうヴァルムと組む気はないそうですよ。自軍があっさりイストリア軍に追い詰められたうえアルバレア軍がヴァルムの滝まで攻め上ったという知らせを受けて、イストリアに降伏しともに戦う決意をしたそうです」
「な、何ですって? ……あの国王、裏切りやがったな!」
敬語どころかいつもの女言葉も捨ててチャルロスはドルマ王を罵倒する。
「王宮に残っているあんたの部下も恐れをなして戦わずして降伏した。あんたはどうするんだ?」
アイクは剣をむけるのをやめずチャルロスに詰め寄る。
「まっ、待って。お願い・・許して・・・ 私は 皇帝の言うとおりにしてきただけなの。私も嫌だったけれど仕方なく、ねぇ・・・だから、たっ・・助けて・・・・ 何でも言う事を聞きますわ。ほら・・・このとおり! 」
そう言ってチャルロスは手を組んで土下座の姿勢を取ろうとし、アイクも剣を握る手を緩める。
「と・・・ 油断させて・・ ばかめ・・・ 死ね!!!」
チャルロスはそう言って短刀を手にアイクの額めがけて飛びかかる。
ヒョイ。
「え?」
ザン!
アイクは短刀を難なくかわしチャルロスの頭を両断する。
「ぐぇぇ」
大量の血しぶきがアイクと広間を汚し、チャルロスだった屍が転がり落ちる。
「団長お疲れ様でした。」
「ああ済まない」
労いをかけながらセネリオが差し出した手拭きをアイクは受け取る。
「しかし女言葉を使う男か……エリンシアを襲った部隊にいちいち金切り声をあげて命令していたベグニオンの貴族を思い出すな」
一段落終えた後アイクは「くすくす」という笑い方をするベグニオン帝国の元老院議員を思い出す。
「キサがリィレと喧嘩してるときに使っていたのを聞いたことがありますよ」
「そうなのか?」
「ええ、ライやリィレのような身近な者以外には普通に話すのであの戦いが終わるまで気付いた者はほとんどいません」
セネリオとそんな話をしていたアイクにイストリアの将軍は声をかける。
「傭兵団長殿、苦労を掛けた。…それでは手筈通り我々はドルマ王都の平定とヴァルムへの攻撃の準備を始めよう」
「そうか。……念のため言っておくがドルマ国民への略奪を始めたら俺たちは即座にあんたたちの敵になる。覚えておいてくれ」
「もちろんだ。ヴァルムと戦うにはドルマの協力は欠かせない。それに略奪など我が王も望んではいない」
将軍はそう約束した後兵を率いて広間から出ていく。
将軍が立ち去った後アイクとセネリオはこの国に来た目的について話を始める。
「では、捜査と行こうか。なるべく住民を不安がらせないように……本当なのかこのドルマに教団が潜んでいるのは」
「確実ではありませんがね……ですが僕とカイルはそう考えています。カイルの話によればこの国はミラ派とドーマ派の住民が混在しているそうじゃないですか」
「ああ……同じ宗教だが別々の神様を祭っているんだったか」
アイクの言葉にセネリオはうなずく。
「元々は違う宗教だったせいだとか……そしてこの2派は和解したように見えてまだ対立は続いている。同じ国に住んでいても交流はないでしょう」
「まあ昔は戦争まで起こしたそうだからな」
「つまりお互いの宗教の儀式や行事を知らない可能性は高い。…この2派ではない別の宗教の関係者が潜んでいても気付かないくらいに」
セネリオの説明にようやくアイクは合点がいく。
「木の葉を隠すならなんとやらか!」
「ええ、彼らは異教を嫌いますがこの大陸では皇帝の協力が得られなかったせいか潜むことに専念している。異教徒の町で生活するのは彼らのとって苦渋のはずですが、順応してしまえば絶好の隠れ蓑です」
「そうか…」
アイクは団員たちに向き直る。
「ここからが本番だ。俺たちの新しい住処になるかもしれなかった大陸を焼き払ったラーズ教団を捜し出し、カイル王子の前に引きずり出す。行くぞっ!」
オオオオオオ!
ユーリの傷が癒えたのを確認し、アルバレア軍と彼らに随行するアカネイア軍はリゲル軍が退却した滝を北上し、迎え撃ったヴァルム軍を撃退し帝都の南に到着する。
杖による回復を経た後も戦いに出るのは厳禁とされたユーリに指揮を託しカイルは自ら戦場に立つ。
この戦争を終わらせるため、ヴァルム大陸の疲弊を狙ってこの地を滅ぼそうとするラーズ教団の陰謀を阻止するため、そしてファルス皇帝に捕らわれたカーシャを助けるために。
アルバレア陣地の天幕。
「はい。これが新しいファルシオンだよ」
「これが……」
チキから返却された新たなファルシオンは今までとは全く違った形をしていた。柄の方はワーレンにて元の型を知らない鍛冶師に作らせたのだから仕方ないが……。
「それでチキ……肝心の竜玉が抜き取られてるみたいなんだけど……」
今のファルシオンには竜玉と呼ばれる宝玉がはめ込まれていない。竜玉があったらしき箇所には大きな空洞がむなしく空いている。
カイルの言葉を予期していたチキは人差し指を立てそれを揺らしながら説明する。
「ちっちっちっ、竜玉ならちゃんとあるよ。ただ聖痕を通して盾の力を借りることのできるファルシオンは前のファルシオンより殺傷力が高くなっちゃったうえに命のオーブの力で傷を癒すことができるの。そんな剣の力をいつも使えるようになっちゃったらどうなると思う?」
チキの言ってる言葉の意味をカイルは理解する。
「……僕の子孫の中にこの剣の力を利用して力で民を押さえつけたり他の国を攻め込もうとする者が現れるかもしれない。……ユグドラル大陸で起こったことのように」
カイルの推察にチキはうなずく。
「だから普段はその力を封じ込めておかなければいけない。「覚醒の儀」でギムレーを倒すと誓った者だけがギムレーが存在する期間の間だけ真の力を使えるようにするの。不満?」
「いや……チキの言う通りだ。では竜玉は…」
カイルはファルシオンの柄にある空洞を見ながら話す。
「見えないだけでちゃんと存在する。本来の力を使うときだけ見えるようになってる。これなら竜玉だけを奪うこともできにくい。儀式を済ませたカイルならこの戦いから「神剣ファルシオン」の力を使えるよ」
「そうか……いろいろありがとうチキ。必ずギムレーを倒すよ。…その前に」
カイルは天幕の中からヴァルム皇宮の方を見る。
「カーシャを助けなきゃね……チェイニーがうまくやってるといいけど」
チェイニーはカーシャを助けるため皇宮に潜入していた。
「もし皇帝を追い詰めてもカーシャを人質に取られたら、それに気を取られた隙に僕を殺し、形勢を逆転されかねない。だからチェイニーに頼らざるを得なかったけど……本当に大丈夫だろうか?」
「大丈夫。チェイニーだって竜になれなくても神竜の一人だもん。それに「あの力」は戦いにも使えるし、絶対にカーシャを連れて帰って来てくれるよ」
「「あの力」か……」
「あの力」は潜入に最適な能力だ。初めて見た時はその場にいたもの全員が仰天した。一度見たはずのチキたちの護衛兵もまた目を揉み幻覚を疑っていた。
あれならカーシャの天馬を苦も無く陣地まで連れてこられたことと、チキたちが言いづらそうにしていたこともわかる。
「そうだな。チェイニーを信じよう。チェイニーの頑張りを無駄にしないために僕たちは……」
カイルはファルシオンを携え、封印の盾を持つ。ファルシオンの真の力を引き出すには封印の盾が必要不可欠だ。
「ヴァルム皇宮を制圧する!」
そう宣言したカイルをチキは応援する。
「頑張ってねカイル!」
「ああ、だからチキも僕たちを信じてここで待っていてくれ」
「……うん」
チキは幾分か声を落としうなずいた。チキは戦いに出られない。
大きな傷のついたチキの神竜石は牙の一部を取り出すために一度変身する際に使った直後放射線状にひびが入った。もう何度もどころかあと1回変身すれば竜石は粉々に砕け散ってしまうだろう。
チキのような神竜は他の竜石も使えるらしいが竜にはそれぞれ弱点がある。その上神竜になれたとしてもファルスとは絶対戦わないようにキットは厳しく言っていた。
ヴァルム帝都南の砦近く。
ワァァァァァァァ!
「死ねぇぇぇ!」
ギィン!
敵兵が振りかぶった剣をカイルは盾で防ぐ。今までの戦いで出してこなかった封印の盾を。
「はぁぁぁぁ!」
ギュィィィン!
カイルが念じるとファルシオンに光が走り、空洞からは蒼い竜玉が出現する。
「な、何だ?」
「はぁ!」
ズガァン!
剣の様子を訝る兵士をカイルは容赦なく斬り伏せる。
「はぁはぁ……これが神剣の力…なるほど普段は封印しておいた方がいいのもわかるな」
そこへ、
「うらぁぁぁ!」
ギィン!
「ぐっ」
別の兵が斬りつけてくる。
「へっ! 大層な装飾だが光らせても戦いの役にはたたねぇぜ……死ねぇ!」
先ほどのように剣を振りたくても剣で防いではかなわない。咄嗟のこととはいえ盾で防ぐべきだった。
ズガン!
「ぐぇ」
そこへ不可視の何かが兵に直撃した。
「王子、大丈夫かい?」
兵に突撃した不可視だった何者かが姿を現す。
それは最初狐の姿をしていた。その狐はすぐに人間の形態を取る。
「あなたは!」
「妖狐の長コイ。ソンシン軍とともにヴァルムの野望を止めに来たぜぃ」
ソンシンに住むタグエルの一種、妖狐のコイだった。
「ソンシンの……ヴァルムの布告状が届いたのか。…それにしては早すぎる」
「ああ、それは…」
「はぁ!」
ザン!
「ぐぁ…」
リョウヤの一刀に敵兵は倒れ伏す。今度はリョウヤは敵を倒した後も刀を鞘に納めない。
そんなリョウヤを遠くで狙うものがいた。
「…………そこだ!」
ヒュ!
「ぐぁ!」
リョウヤを狙っていた弓兵は別の方から飛んできた矢に額を撃ち抜かれ死んだ。
「王! 敵兵が王を狙っていました。ご無事ですか?」
「そうか。殺気を感じていたからもしやと思ったがな。助かったぞタクマ」
リョウヤを助けた灰色の髪の弓将タクマは肩をすくめ視界外にいる気配を察し気を引き締める。
「大勢の気配がします。これからは礼は抜きにしましょう」
「ああ! もう百年は戦争を起こす気をなくすようにヴァルムに一泡吹かせてやろう」
ヒュン!
「ぐぁ」
天馬に乗った騎士?にヴァルム兵が討ち取られる。
「天馬騎士か……え?おと…ギャア!」
ザク!
近くのヴァルム兵が天馬に乗っているのが男だと気付いた瞬間に別方向から現れた天馬に乗った武者に兵は討ち取られる。
「ソンシンの天馬は男女えり好みしないんだよ」
兵を討ち取った天馬武者の赤髪の女指揮官ナノハはそう啖呵を切った。
ヒュン!
グサ!
ヒィィィン!
そこへどこかから飛んできた矢が天馬に刺さる。
「あっ、ヤロウ!」
ヒュン!
ナノハは矢の飛んできた方向と気配を探って薙刀を投げつける。
ザク!
「ギャァァ」
串刺しにされた弓兵は城壁から転がり落ちる。
『かのものにすくうふじょうをはらいたまえ 冬祭』
ナノハの天馬に桃色の髪の巫女スモモが祓串を振り神通力で天馬を癒す。
「ナノハさん! 油断しないでください。ヴァルムとの決戦の最中ですよ!」
「ごめんごめん。ソンシンの天馬が女しか乗せないスケベ馬ばかりだと思われてるのが癪でね」
他のいくさばでもソンシンの侍が、呪い師が戦場を荒らしまわる。
ヴァルムやアルバレアの予想よりはるかに早いソンシン王国の参戦。彼らはヴァルムからの宣戦布告を受け取らずにヴァルムを攻撃しに来たのだろうか? いやリョウヤはそんな卑怯な真似を許さない。
ならばなぜソンシンがこんなに早くヴァルムの戦場に?
ソンシンは最後通牒とその返事は普通に受け渡ししていた。ソンシン(ラム村)にいる村長が。
その後アルバレアに滞在していたソンシン軍が宣戦布告状を持った使者を捕らえ書状を回収し、ソンシン王国とヴァルム帝国が交戦状態となったことを確認。国に戻るなどの真似をせずにすぐにヴァルムへ向かったのだ。
なおヴァルムの密偵が確認したソンシン王らしき男はやや豪華な服を着ていたため国王だと思われたラム村への伝令である。
リョウヤ個人は卑怯なことはできない、したくない。だが同胞や同胞を受け入れてくれた村人をヴァルムという巨大な国から守るためこのくらいの腹芸をこなすぐらいの清濁を併せ飲むことはしなければならない。
ヴァルム兵は噂では聞いていたものの初めて敵に回すソンシン独自の戦法や兵種に引っ掻き回されていた。
深夜。
ドサ!コンコン!
「? ……!」
誰かが倒れる音と扉を叩く音でカーシャは目を覚ます。
カーシャは寝台から飛び降り、武器になりそうなものを探す。
フェイスなら扉を叩いた後必ず一声かける。ならば扉を叩いたのは別の人間。しかも誰かが倒れる音までした。普段この部屋を守っているのはフェイスだが彼女も常に飲まず食わず眠らずでいるわけではない。
だから倒れたのがフェイスとは限らない。別の兵士の可能性も高い。
だが誰かが倒れた以上この皇宮の関係者の可能性は低い。
アルバレア軍やカイルたちの誰かが助けに来たのか?そんな単純に楽観視できない。帝国に渋々従っているドルマや敵対しているイストリアが何らかの企みでヴァルムを探っているのかもしれないし、捕虜になった自分を足手まといだと思ったユーリが暗殺者を差し向けたのかもしれない。
今になって思えば自分を過剰に称賛していたユーリは自分を士気を上げるための神輿として利用しようとしていたようにしか見えない。
考えている間に扉を叩く音は止み、声をかけられる。
「失礼します」
「え?」
カチャ!
声はカーシャのよく知っている声だった。兵から奪った鍵を差し込む音がする。
キィィ!
月明かりに浮かぶその顔もカーシャが知ってるある人物のものだ。
「ティーナ様!?」
「お助けに参りましたカーシャ様。帝都にいる兵士はアルバレアという国との戦いに駆り出されました。ですから今が逃げる好機です」
「??」
兵を昏倒させ部屋に侵入してきたのはバレンシア教の司教という立場にいるはずのティーナだった。
タクマ クラス:弓聖
ナノハ クラス:聖天馬武者
スモモ クラス:戦巫女
ソンシン王国の名門一族の当主たち。白夜の王族の血を引いている。