ファルスは籠城を捨て帝都の市民を北の街へ強制退去させ、市街地に軍を展開した。
第一次ヴァルム大戦。その最後の決戦はこの帝都で行われる。
未だ帝都が封鎖されている頃ファルスは皇宮の前に軍を集め告げる。
「よいか! 男が天馬に乗っていようが札から魔法を繰り出そうが構うな。うぬらの役目は敵を討つことだ。それ以外に思考は不要! さもなくばこの帝都はアルバレアによって荒れ地と化そうぞ!」
オオオオ!
そこでファルスは兵が戦準備に戻るのを見届け側近に言う。
「うぬはカーシャという捕虜を覚えておるか?」
「はい。いずれ宮中に迎えられるお方ですな。それが如何なされました?」
戦とは関係ないと思われる問いを不平に思いながら側近は答える。
「あやつはフェイスという兵とともに逃亡した。我の連れ合いになる気はないそうだ」
「それで?」
側近もカーシャの逃亡は知っている。だがさすがにこの戦に比べれば些細なことで、今は重要な機密を持っているわけでもない捕虜の追跡にかかる暇はないため命令されても了承するつもりはない。
「戦場に現れるかもしれん。見つけ次第殺せ」
「ははっ!」
ファルスはカーシャを皇宮にとどめている間はいくら振られようと彼女を諦めるつもりはなかった。今までのカーシャは皇帝の興味を失えば捕虜として投獄され尋問や辱めを受けるかもしれない立場、そのうえでカイルの命を奪えば意地を張ってもいられないだろう。そうして関係を結んでなお愛情が芽生えなければ結局自分とカーシャはそれ以上の関係にはなれないと言うことだ。
だが逃げられてしまえば捕虜ですらないただの敵兵だ。
ファルスはカーシャを手に入れることを諦め敵兵として始末することに決めた。
「まさか籠城を捨てるとは……籠れば今の我が軍に負ける道理はないのに」
カイルは城門を開け、市街地に軍を置いたヴァルム軍の行動に驚いていた。
カイルはヴァルム軍が籠城すると踏んでその対策を考えていた。兵力的に今の戦力で籠城したヴァルム軍に太刀打ちすることはできない。
しかしカイルはヤクシの石でセネリオからドルマ落城とドルマ軍の参戦を聞いていた。そのためヴァルムが開城するまでは下手に攻め込まず包囲しイストリア・ドルマ軍がヴァルムまで来たら彼らと合流次第帝都を攻め落とす策を考えていた。
アイク傭兵団も加われば勝てる見込みはさらに上がるのだがラーズ教団の捜索がそうそう早く済むことは無いだろう。
しかしヴァルム側が開城したことで籠城を前提とした策は水泡に帰した。
「包囲されたドルマが降伏しこちらに寝返る可能性も高いと睨んでの事でしょうが、カイル殿もどこかで聞いているかもしれませんがファルスは先帝と妾との間に生まれ、他に皇子がいなかったために仕方なく皇帝に即位させた不義の子です。帝室の縁戚との間で帝位をめぐる争いも何度かあった。その縁戚も全員が失脚したわけではない」
「敗色が濃くなったことにつけ込んだ反乱を危惧しているということですか?」
カイルの推測にユーリはうなずく。
「ええ、籠城は内側からの敵には不利に働く。ならば誘い出して短期決戦を挑み、我が軍を滅ぼしイストリアとの戦に備える。そうせざるを得ないのでしょう……個人的にファルスの境遇には同情していたのですが今回は有利に働きましたね」
「ですが手心は加えられませんね。カーシャを助けるためにも」
カイルの言葉にユーリはうなずくがしかしと忠告する。
「油断はしないでください。今回は市街地戦と言ってこれも敵軍に有利な戦闘です。敵軍はこの帝都の地理をよく熟知しています。それにあらかじめ家屋に身をひそめそこの2・3階から弓や魔法を射かけるという戦術も使えます……それに確実にジーンが出てくるでしょうしね」
ヴァルム一の黒騎士を思い出しカイルも身構える。
「勝てるでしょうか?」
「勝たなくてはなりません。幸い今回はリョウヤ殿もいます。彼の実力は私以上です。それに滝とは違ってここなら多数対一にも持ち込める。その上でカイル殿にお願いなのですが――」
ユーリの頼みを聞いてカイルはうなずく。確かに敵が籠城を捨てたことで勝機は出たものの数の上ならヴァルムの優勢は覆っていない。イストリア軍もまだヴァルム領である大陸北西に上陸していない。この方法で敵軍に敗北を認めさせるのが確実だった。
「わかりました。僕も彼とはサシでケリをつけたかったところです!」
「龍神・辰」
ソンシンの呪い師が札から龍の幻影を繰り出す。
「ぎゃぁぁ!」
敵兵は傷も追っていないのに絶命した。そこへ
ヒュン!
「ぐぁ」
呪い師の頭上から矢が射かけられ彼は戦死する。
住人が逃げて無人となったはずの民家2階から弓兵が矢を放ったのだ。
「はぁ!」
ズガン!
「ギャァ」
その弓兵も眼下から斧を投げかけられ民家のバルコニーから転落する。そこへ別の兵士が彼を斬り刻む。
「街中で戦いか。市民が逃げたとはいえ心が痛むな」
弓兵に斧を投げつけたルッツはそうひとりごちながら周囲を警戒していた。
「……」
ベルモットは人間形態のまま棒立ちしている。戦のため外套も脱ぎ捨てたから露出の高い彼女は戦闘中にかかわらず兵士の目を引くことも多い。それは敵にも言えることで、
「おっ! 女だ、殺すなよ。後で山分けだ」
「かかれぇ!」
できるだけ傷つけずに捕らえようと弓もいかけず敵兵が民家から強襲する。
ブォン!
そこで初めてベルモットは兎に化身した。
「なっ?」
ズガン!
一度の突進で民家から出てきた兵全員が吹き飛ぶ。
「軟弱なニンゲンめ! 相変わらず単純な奴らだ。……まさか私が色仕掛けなんて使う日が来るとはな」
人間形態に戻りながらそうため息をつき、別の場所から現れた敵兵の視線を感じ取り彼らがおびき寄せられる時を待つ。敵に有利な場所ではできるだけ敵の優位をかき消すのが得策だった。
ヒュン!
キィン!
シュ!
「ぎゃぁ!」
カイルに射かけられた矢は彼の盾に防がれ、カイルが従えている兵が弓矢で彼を狙った弓兵を返り討ちにしていく。
「カイル様、ご無事ですか?」
「ああっ! 構わず前進を続けてくれ。敵が市街地戦に慣れ数を投入する前に皇宮へ急がないと」
カイルはこの戦闘を終わらせる最短の方法を達成するためにヴァルム皇宮を目指していた。
「今だ!」
ゴォォォ!
「ぐわっ!」
カイルを守っている兵の一人が業火に焼かれる。
「敵襲! みんな構え…」
「遅い! 死ね!」
違う方向から弓兵や魔道兵がカイルや兵士たちを狙う。魔法攻撃は盾では防げないうえ弓もどこから飛んでくるかわからない状態だ。
至る所からカイルたちへ攻撃を射かけようとする。
『ひかりよ、てらせ オーラ』
ゴォォ!
そこへ新たに乱入した女司祭が敵兵に向かって光を。
「この槍お借ります!」
「えっ? 君は!」
カイル付きの兵から槍を奪い取った少女が槍を投げつけ、
「はぁぁぁ」
ビュン! キン!
途中で馬を調達した女騎士が槍を手に矢をはじきながら敵に向かっていき。
「ぎゃあ!」「ぐわぁぁ!」「ぎえええ!」
それぞれ敵を打ち倒していく。
「君たちは一体? ……それにそこの女騎士はまさか」
敵軍を攻撃した謎の一団に兵士が戸惑い、そのうちの一人が以前活躍したカイルの側付きにしてユーリご贔屓の天馬騎士だったと思い出し始めるころ。
「…………カーシャ!」
カイルは敵に捕らわれていたはずの仲間の姿に驚愕する。
「不詳カーシャ。ただいま戻ってまいりましたカイル王子殿下!」
「カーシャ脱出できたのか? じゃあ二人のどちらかが…」
カイルはカーシャとともにやってきた他の二人の方を見る。
「初めましてカイル様。バレンシア教の司教ティーナ……とは仮(借り)の姿、その正体は!」
カイルを見て一礼してきた女司祭は体を上げた途端いつの間にか赤毛の少年に早変わり、
「謎の美少年チェイニー! 捕らわれのお姫様を王子様の下へ届けにここに参上!」
「じゃあそこの騎士殿は?」
「あの……突っ込みはなしですか?」
美少年を名乗るチェイニーに付き合わずカイルは初めて見る騎士を見る。
先ほど倒した敵の中で唯一一命をとりとめ気絶している兵士を拘束した後辺りを見回し敵兵の姿がないと確認しながら騎士はカイルに名乗る。
「初めまして、ヴァルム騎士のフェイスです。主君を諌めるため一時だけあなた方に味方します」
「アカネイア王子カイルです。カーシャを助けていただいたようで感謝します」
「いいえ、それでは私は後方に向かわせてもらいましょう。アルバレア軍の要を潰すためにあの方が出てくるでしょうから」
「あの方……ジーンが後方を狙ってくると?」
「カイル殿がヴァルム軍を崩すためあのお方を倒そうとしているのと同じです。ヴァルムにとってもアルバレアの指揮官を討つのが戦勝への最短の道のはず」
後方は陣を守るためリョウヤを始めソンシンの名将が戦っている。だがジーンには彼らでも足りない。それに敵が弓を主力の一つにしているためナノハを主戦場に出すことができないでいた。
「フェイス殿……お願いします」
そこでカーシャがカイルに声をかけた。
「あのカイル様、申し訳ありません。私もフェイスと一緒に後方へ行っていいですか?」
「え? …ああ! 脱出してきたばかりなんだ。無理に戦わなくてもいいが…気を付けるんだよ」
「ご心配いりません。私が女性一人守れない無力な騎士に見えますか?」
フェイスはそう言ってカーシャに手を伸ばした。
「さあカーシャ捕まれ。後方へ急ぐぞ!」
「は、はい」
「さあ、危険な戦場からおさらばしようぜ」
フェイスはカーシャを馬に乗せいつの間にかフェイスの後ろに捕まっていたチェイニーの姿を確認し後方へ馬を走らせた。
「……よし行くぞ! ヴァルムの偽帝ファルスを捕らえる!」
オオオオ!
らしくもなく後方へ戻ると言ったカーシャの様子に引っ掛かりを覚えるも、今まで捕まっていた場所に戻りたくないのが普通だろうと思い直しカイルは兵に号令をかける。
「君の性格ならカイル殿についていくと言い出しそうだと思ったのだがな」
「あはは……らしくないですよね」
フェイスの言う通り以前のカーシャなら捕らわれになっていただけなら前線から身を引くとは言わないだろう。しかし今のカーシャの頭にはファルスの言葉がこだましていた。
(うぬらが今まで殺した敵は何だ?主張が違えば殺してよいのか?敵対するものは殺してよいのか?)
「……」
先ほどはカイルの身に危険が迫っていたため反射的に動いてしまったが、今のカーシャには相手の命を奪ってまで戦う意義が見いだせないでいた。
この戦いがギムレーを倒しアカネイア大陸に平和を取り戻すため避けられないものだとわかってはいるのだが。
先ほど死なずに気絶した兵士もカーシャが攻撃した兵だった。
「まっ、命からがら逃げだしてきたばかりなんてこんなものだろう。それより早く後方まで行った方がいいんじゃないか」
蒼白になるカーシャの様子にチェイニーは彼女の内心を察しながらも触れずにフェイスに先を進むよう促す。
「ああっ! ソンシンの将たちとともに私もジーンを迎え撃つ。急がなければ!」
フェイスは二人の内心に気付かないまま馬の速度を速めた。
ドルマ王国郊外。
「ここだ」
ドーマ派が手放した寺院をオルンが示す。
「ご苦労様です」
オルンの報告を聞き、セネリオが応じる。
「内部に何人かいるのか?」
「ええ。確実にここで間違いないでしょう」
アイクの問いにもセネリオは間違いないと主張する。
「根拠は? ミラ派が手に入れたのかもしれないし、ドーマ派が取り戻したのかもしれないぞ」
「ここは町から少し離れミラ派ともドーマ派とも接触することがほとんどありません。双方とも相手に関わろうとしない状態とはいえ、どちらにも与しないラーズ教団にとっては接触は必要最低限の方がいい」
「それだけでは弱いな」
アイクの顔は渋い。それだけでは突入どころか探りを入れることもできない。
「そう思ってここをラグズ団員に見張らせてここから出てきた司祭らしき男を尾行させ僕が探りを入れてみたんです。傷を負ったのでヒールの魔法をかけてほしいと」
「ヒール? そんな魔法聞いたことが……あっ! それはラズベリア大陸の魔法か!」
「ええ、捕虜から聞き出したヴァルムやアカネイア大陸にはない魔法です。相手はオーブで魔法を使うところを見せたくないのか言い訳してすぐに去っていきましたけどね。ヒールという魔法名に疑問を覚えない時点でほぼ確定です」
「そうか。では最後に探りを入れて突入といこう」
ドルマでもすべてを終わらせるべく戦いが行われようとしていた。