「こちらが休戦協定の文書となります。納得いただけましたら署名を」
「うむ……」
文書を受け取ったファルスは書面を長い時間をかけて吟味し、読み終えたうえで自国に不利すぎる条項が隠されてないか確認して四半刻ほどで自らの名を末尾に書いた。
アルバレア軍の陣地の天幕でファルスとユーリは第一次ヴァルム大戦の休戦協定の調印を行っていた。仲裁役としてノーヴァ教国のシスターキットと神竜の巫女チキを交えて。そしてなぜかチェイニーまで混じっていた。
ファルスから文書を返されたユーリはファルスの署名を確認すると文書をキットに渡す。すでにユーリは署名を済ませていた。
「シスター殿、こちらがアルバレア・ヴァルム間の休戦協定となります。どうぞご確認を」
キットも文書に目を走らせて両者の署名を確認する。
「……確かに。それでは後ほどこの文書は教皇猊下にお送りします。これでアルバレアとヴァルムの戦争は停止ということになります。……本当は両国には一時的な戦争の停止である休戦協定ではなく、恒久的な和平を保証する講和条約を結んでいただきたいのですが」
「申し訳ない。ある程度譲歩しないとファルス殿は協定を破棄してしまいかねないので」
「フン……戦争は終わったのだ。ひと時でも平和を望むならこれ以上の難癖はつけぬほうがよいぞ」
第一次ヴァルム大戦はヴァルム帝国とアルバレア王国を始め、イストリア王国・ドルマ王国・ソンシン王国・アカネイア王国――以下アルバレア連合――の休戦という形で終わった。
戦力差から見ればヴァルムの敗北は必至で降伏に持ち込むことも可能だったのだが、アルバレア連合側のヴァルムにまさっている戦力のほとんどはアカネイア大陸の国々から来た援軍によるもので、アカネイア軍が撤収した後再びヴァルムが戦争を仕掛ける事態になっては困る。
かと言ってヴァルムが滅びるまで戦争を続けるほどユーリたちは残忍な気質を持ち合わせていない。またそれ以上に東の島にいるギムレーがいつ動き出すかわからないと言うのが最大の理由だった。
ただし降伏した時と同様。ヴァルム帝国にはアルバレア王国へ莫大な賠償金を支払うことになった。ドルマ王国と戦ったイストリア王国にもドルマを通じて支払われる。ソンシン王国は犠牲が少なく、自国を脅かされたわけでもないので後回しで構わないとの事だった。
「まあまあキット。これから仲良くしていけばいいんだよ。私もファルスとユーリが仲直りできるように仲裁頑張るから」
複雑な雰囲気の3人にチキは割って入る。
「仲直りって……無礼だぞ小娘! ヴァルムとアルバレアの問題を子供の喧嘩のように」
神竜の巫女相手にファルスはいきり立つ。
「無礼なのはあなたですファルス様! このお方は神竜族の王女チキ様。竜族の格においてはミラ様やドーマ様より上位にあたるお方なのですよ」
激高するファルスにキットが声を荒げる。
「ファルス様は王権神授――我々の世界の王権神授説とは異なります――をご存じないのですか。ミラ様がソフィア王族の始祖に、ドーマ様がリゲル皇族の始祖に神の代理としてそれぞれの地の統治を認めたから彼らに王や皇帝を名乗ることが認められたのです。皇帝だからこそ両柱亡き後の神であられるチキ様を敬うのが当然でしょう」
「そのミラとドーマはアルムに封印され、両柱ともそれを受け入れアルムにすべてを託したと言うではないか。我はそんな神々にもそこの小娘にも膝をつくつもりはない!」
そう居直るファルスにキットは呆れからため息をつくがようやく戦争が終わったというのに自ら争いの火種を起こしてまで信仰を強要するわけにいかず何も言わなかった。
「ゴホン……しかし本当なのか? ミラとドーマが竜だったとは、先ほども言ったように両柱を崇めるつもりはないが我が一族の前身、リゲル皇族を任じた神が竜だったと言われて面白くはないぞ」
これ以上の意見を引っ込めたキットに続きファルスも矛を納めチキに話をむける。
――が答えたのはチェイニーだった。
「ああ。まだ生まれていなかったチキは何も知らないが俺はあの二人とは知り合いでね。あいつらは神竜の王ナーガと人間への干渉について意見をたがえ、大陸を出ていき西の……この大陸に居つきそれぞれのやり方で人間に干渉し理想通りの国を作らせた」
数千年前、神竜王ナーガは人間には干渉せずに見守っていく。その方針を掲げ竜族全てに守らせた。すでに竜族に待ち受ける未来を予期しての判断かもしれない。
だがナーガの判断に異を唱える者もいた。それが若き竜の兄妹ドーマとミラ。
ドーマは力と欲望をもって人間同士を争わせ競わせて強くするように仕向けることを、ミラは優しさから人々が働かずともほんの少し食料を収穫するだけで暮らしていけるようにし自由に過ごせるように助けることを主張した。
この頃から両者の意見は真っ向から相反していたがまずは人間への干渉を禁じるナーガを説得してから話し合うとして竜の兄妹は互いに妥協した。
ガトーやチェイニーなどはそんな彼らの主張を取り入れてもこの二人が対立し、竜族と人間がいくつも割れることになるのではと危惧していたが。
ドーマとミラは反対派に回った若者たちを束ねナーガと長老たちに陳情した。だが彼らの陳情は聞き入れられず遂には争いに発展した。
そしてさほど長くない戦いを経て彼らは倒され、指導者だったドーマとミラは戦犯として大陸から追放された。手向けとしてなぜか彼ら自身を封印できる剣をナーガから贈られて。
竜族に退化の現象が起こる以前の事である。
そして彼ら兄妹は故郷から西の大陸に辿り着いた。そこにはまだ文明を築いていない人間たちもいた。ドーマたちはナーガに干渉されることなく自分たちの理想通りに人間たちを導くことにした。
後はバレンシアの神話や歴史で記されているとおりである。
「そして極端すぎる互いの理想が人間に圧政や堕落をもたらすものだと気付いたドーマは自分たちから人間たちを自立させる必要があると思い、自分が管轄している国の皇帝に自分の血を飲ませファルシオンを使えるようにさせた。皇帝が自分たちを邪魔だと判断したら封じ込めることができるように……ファルス。あんたの右腕にある聖痕がその証さ」
チェイニーの説明を聞き、ファルスは袖をまくり右腕を見る。
「この聖痕にそんな力が……ではカイルの右目の聖痕もあやつのファルシオンを使えるようにするものなのか?」
「そ、それは……」
それは違うと言いかけたもののナーガの聖書を使うためのものとは変質した今の聖痕の力を知らないチェイニーは言いよどむ。
「違うよ。カイルの聖痕はファルシオンの真の力を引き出すためのもの。あの剣の竜玉には竜族の血を持つものしか使えないという封印はもう解かれて、新たに意志による継承の封印がかけられたから。アリティ……じゃなくてアカネイア王家の人間なら、現在の持ち主が相応しいと判断すれば次の継承者が使えるようになる。……その一方ファルスが持っていたファルシオンにはまだ竜族の血がなければ使えないという枷がついたままだったんだ」
チェイニーに代わり夢の中でナーガから聖痕のことを聞かされたチキが答える。
「竜玉……あの宝玉か」
ファルスはファルシオンについていたあの赤い宝玉を思い出す。
だがあのファルシオンは砕けてしまった。それに封印を解いてヴァルム皇族以外の者が使えるようにするようなことをファルスは望まないだろう。
「……まあよい。ミラとドーマが何者だろうとあやつらがこの大陸を統べることはもう無い。千年前からこの大陸はアルムの物だ」
「それに関しては異を唱えますよ。そのようなことをアルムが望むはずはありません。訂正してください。せめてこの大陸は我々人間のものだと」
締めようとしたファルスにユーリが口を挟む。
「ああもう喧嘩しないでってば!」
チキは再び彼ら二人をなだめようとした。
ギムレー征伐に向けて今夜はファルスの賠償の一環として英気を養うべくヴァルム皇宮で宴が開かれる。それまでには二人を収めようと。
竜族の過去について
テーベが白夜と暗夜を警戒してフォルネウスの暗躍を許した話を見てお察しかと思いますがナーガとドーマたちが争った理由がエコーズの設定資料集で書かれたことと異なります。
その理由としてはドーマたちが西の大陸に来たのが数千年前で竜族の退化の現象が起こる前になりますがその時点でテーベが滅びてしまうとフォルネウスはナーガの血を手に入れるのが難しくなり、ギムレーを作ることが困難になってしまいます。ナーガをだましたりすれば可能かもしれませんがナーガがそこまで抜けているとは考えたくありません。