ヴァルム皇宮では明日以降から始まる。ギムレー征伐に向けて英気を養うための宴が開かれていた。
ヴァルム・アカネイア大陸の様々な国の王族・要人・兵士・物資を供給する商人など一部の住人も入り乱れ各々座卓の前に座り、またはあちらこちら移動しながら談笑していた。
「……」
「アイク……いつにもましてすごい食欲ですね」
酒や他の食事に目もむけず肉をむさぼるアイクにセネリオは声をかける。
「ああっ! なんとしてもギムレーを倒さないとな。……もっともギムレーにはファルシオン以外通用しないらしいがな。特にとどめに関しては」
「? ……ではなぜアイクが張り切るんです? アイクはおそらく出てくるだろう屍に専念してギムレーの方はカイルに任せればいいのでは」
言葉とは裏腹に肉を食って力を蓄えるアイクにセネリオは聞く。
「ファルシオン以外の武器でもどうにかなるかもしれん。アスタルテも「お前たちに私は倒せない」とか言ってて、実際一度倒しても蘇ってきたがユンヌの力を借りた俺が渾身込めた一撃を叩きこんで倒した。今度もそうなるかもしれん」
「まあ、女神でもなんとかなったんだから巨竜には通用しないと言う根拠はありませんね」
アスタルテを倒したことを例に出されてセネリオも納得する。
「だろう! ただアスタルテとは違ってギムレーは俺たちが今いる二大陸以外の大陸の存在を知っている。つまりこの戦いにはテリウス大陸の命運もかかっているということだ」
「ええ! あの大陸のためと言われても正直ピンときませんが。アイクの大切な家族を守るためなら僕も全力を尽くします」
妻子のいない今のアイクにとって家族とは――
「グレイル傭兵団か。より強い奴と戦えるかもしれないという好奇心に抗えず知り合った奴らと新たな傭兵団を組織してここまで来てしまったが……ボーレが次の団長で大丈夫だろうな?」
「ミストがなんとかしてくれるでしょう。妻には弱いような男ですし。ティアマトも副団長として居続けてくれています」
「そうか。ティアマトがいるなら安心だな」
未だボーレやミストが団を取りまとめられるのか不安を覚えながらもティアマトの名を出されてアイクは安心する。
「ところでセネリオには俺やグレイル傭兵団以外に守りたい奴はいないのか?」
「……」
言葉を返さないセネリオに悪いことを言ってしまったかとアイクは悔いる。
「悪い。あの戦いで傭兵団以外にも知り合いができたろうし、もしかしたらと思ってな」
セネリオは首を振って否定する。
「いえ、僕にはこの傭兵団があります。ラグズ連合でスクリミル王やライと話すうちにラグズも悪い人たちではないと思いましたからね」
「そうだな。あいつらを送り出してやるためにも絶対に負けられん!」
「はい!」
アイクには話さずじまいだったがアイクの家族であるグレイル傭兵団以外にもテリウス大陸で気になることはあった。
(デイン王太后アムリタ……あの様子からすると……まさかな)
自分に話しかけ気になる反応を見せたアムリタの様子からセネリオはある予感を持っていた。だがそれは頭の隅に置いておく。もし彼女が−だったら自分の−はあの男ということになる。とても受け入れられるものではない。
(それと印付きの隠れ里か)
女神との戦いの更に前の第二次クリミア=デイン戦争のさなかソーンバルケからどうにもならなくなったらグラーヌ砂漠にある里に来ないかと誘われたことがある。
この戦いの後はウーゼルやオルンたちラグズと別れ今の傭兵団は解散になるだろう。アイクもそろそろひとつどころに腰を落ち着けたいと思い始めている。ララベルをアイクの連れ合いとして認めてもいいかもしれない。
そうでなくてもここ数年歳を取らなくなってきた自分が側にいればアイクの重荷になる。そろそろソーンバルケの言う時が来たのかもしれない。アイクの子供を一目見たら帰郷も考えるか。
「やあ、アイク、セネリオ。やってるな」
そう思っていた時アイクたちの下へカイルがやってきた。
「……ではここからはカイルに譲りますか。アイク。また後か明日に」
カイルの姿を認めてセネリオは立ち去っていく。
「あっ、セネリオ! ……お邪魔だったかな」
「いや。お前とセネリオは以前話したことがあるんだろう。それで十分ということだ。……ところでお前の持ってるあの盾、ファイアーエムブレムというそうだな」
カイルの懸念を拭い去りアイクはファイアーエムブレムに話題をそらす。
「ああ、うん。本当は封印の盾というそうだが、アカネイアの国宝であるファイアーエムブレムという名称もすぐに捨てる気にはなれないな。でも珍しいな。剣ならともかく盾に興味を示すなんて」
「うむ。ファイアーエムブレムという名前の物なら俺も知っててな」
「えっ? そうなのか」
思わぬ話にカイルは驚く。
「ああ、盾ではなかったが。名称は「エルランのメダリオン」と言うんだが周囲に蒼炎のような光を放つためファイアーエムブレムとも呼ばれていた」
「思わぬ偶然もあったね」
「うむ。……実はそれだけではない。そのメダリオンにはユンヌという女神が封印されていた。封印のなんたらというのもその盾と同じだ」
「そうだったのか、女神って……アスタルテとは違う方の暁の女神の半身かな?」
アイクは首を縦に振る。以前首脳会議でセネリオの話していたアスタルテとメダリオンに封印されていたユンヌが一つだったころがナーガの言っていた暁の女神アスタテューヌなのだろう。
「……信じるのか? もしやその盾にも?」
女神が封印されていたという話をあっさり信じるカイルにアイクはその盾にも本当に何かが封印されているもしくはいたと察した。カイルもうなずいて肯定する。
「この盾自体に封印されてるわけではないけど地竜って人類を目の敵にしている竜を地中に封印するための力を放っているらしい。……チキがオーブを改良してくれたおかげでギムレーを封印する力も備わった」
「そうか、それでその盾の修復にこだわっていたわけか」
納得するアイクにカイルはあることを聞く。
「ところでアイク、よければ君の住んでいたテリウス大陸にある国について聞かせてくれないか」
「そうか。お前も戦いが終われば国王となる身か、いいだろう。傭兵の視点だから役に立つかわからないが」
「もちろんだ。君の視点から見た各国のことが知りたい」
「では――」
それからアイクはテリウス大陸に点在する各国について話した。
「……驚いたな。フェリアみたいに力で王を決めるラグズの国と、女性が王になる国か……」
アイクの国々の話はカイルにとって驚きの連続だった。
とりわけ代々女性が皇帝になることが通例だったベグニオン帝国と王家の血を引いていない平民の女性を女王にしたデイン王国の話は。
「ああ。クリミアは当初先王の弟が次期王になる予定だったんだが、王の弟は戦死していたと思われて王の娘さん、エリンシアが女王となった。先王の弟が生きていたとわかっても変わらずにな」
「ああ王族が女性しか生き残らなかったのならわかる。……アカネイア大陸ではそれでも王女の婿が王になるのがほとんどだがわずかに女性が王になったこともある。グラのシーマ女王とか。……すぐにグラの統治権をマルスに譲ってしまったが」
「そうか。驚いているのはベグニオンの事か。ベグニオンの皇帝は神使とも呼ばれて女神の声を聴ける女が帝位に就いていたからな」
「ああ。それに……」
「デインか……あっちもいろいろ事情があるからな。先王の息子だと思っていた奴は先王とは赤の他人だったと自ら告げて王族は断絶した。そこへ神使並みの能力を持つ「暁の巫女」に女王になってほしいって意見が殺到したんだ。貴族の中には不満な奴らもいるだろうが上手くやれていればいいが」
心配するアイクにカイルはあることを聞く。
「その女王たちに婿殿は?」
「皇帝以外には二人ともいるな……それがどうした?」
「その婿殿を王にしないのか?」
「いや。二人とも王にならなかったな」
「なぜだ? 女王を立てた国では女王が子を身ごもった時などは王配が女王の執務を代行することになり、結局女王と同等の能力が王配に求められる。それなら王女の婿を王にした方が都合がいいのでは?」
理に適っているカイルの意見にアイクはうなる。カイルも平民だったアイクに言うことではなかったかなと思いこの話を打ち切る別の話題を探っていた。
だがその前にアイクは彼なりの考えを口にした。
「うーむ、そうだな……デインの女王になったミカヤを心配した後で言うのもなんだが王族の血を引いていないというのは貴族連中にとっては大きな問題なんだと思うぞ。特にサザとミカヤ……デイン女王夫妻は二人とも先王の血を引いていない。先王の血を引いていない王は貴族から軽視されるということもあるんじゃないか」
言われてみればそうだ。千年前アカネイアの前王朝の王女ニーナと結婚したハーディンも、二千年前ユグドラル大陸のグランベル王国の王女ディアドラと結婚したアルヴィスもそれぞれ皇帝になったが先王の血を引かないばかりに重臣に軽視された結果、暴君となったり傀儡にされたりしたのではないか。その時のアカネイアとグランベルでは残酷な圧政が敷かれたと言う。
「……そうだな。そんなことも起こっていた。先王の血を引いている者が王になることがそれだけ重要なのかもしれないな」
「そうかもしれん。俺には正解はわからないが……ただ一つ言えるのはお前の子供が女だったとしても落胆はしてやるな。男でも女でも誕生を喜んでやるのは王以前に人として当たり前のことだと思う」
「ああっ! そうだな」
アイクの注意にカイルは大きくうなずいた。
ある座卓ではラグズとタグエルの代表が一堂に会してそれぞれについて話していた。ベルモットは暑苦しいとの事で外套を脱ぎいつもの姿だったが、この宴に集まっている者は彼らが獣に変身することとその強さを知っているのでベルモットが肌をさらしていてもちょっかいを出そうと言う者はいない。
「へえそれじゃああんたたち「獣牙族」以外にもラグズってのはいるのかい」
ベルモットはよく通る声でそう言う。
「ああっ! セリノスって森には鷹・鴉・鷺の「鳥翼族」が、ゴルドアって国には「竜麟族」が、獣牙族にも俺たち獅子やオルンのような狼の他に猫や虎がいる」
獅子の民、ウーゼルがそう答える。
「へえ、でも人間……えっとその、ベオクってのと仲直りしたのにどうして別の大陸に旅立ったんだい?」
コイが新たな疑問を投げかける。コイの疑問にもウーゼルが答える。
「仲直りしたとはいってもラグズもベオクも心の底まで変わるもんじゃない。奴隷扱いされてきたラグズには嫌な思い出もあるしな。いっそベオクがいないかもしれない地を求めて船を出したのさ。あるいはベオクがいてもわだかまりがないからラグズを受け入れてくれるところもあるかもしれないかもとも思ってな。結局あの大陸じゃそうもいかなかったが」
「まったくあんたらの大陸もこっちの大陸の人間も耳と尾があるくらいで差別しやがって本当に器の小さい奴らだよ」
観賞用として監禁されていたベルモットは酒をあおりウーゼルに同調する。
「俺たちはそんな理由でアカネイア…じゃなかったここから東の大陸に来たんだが……オルンよ、お前さんの国ハタリはラグズもベオクもおやな……じゃない混血の子ともうまくやれていたじゃないか。新大陸に興味があるって気持ちはわかるが、後悔してるんじゃないのか?」
ウーゼルはオルンに水をむける。
「ウーゼルたちには話したはずだがな。忘れたか? ハタリだって争いがなかったわけじゃない。大洪水以前は他の地と変わらずラグズとベオクが争っていたんだ。当然遺恨は残る。ラグズの親の力を奪って生まれる混血への忌避感もな。そこに女王は砂漠の西に国を移そうと言うんだ。西のベオクや混血とのいさかいが起こるかもしれないから誰もが賛成してるわけじゃない。この旅についてきた狼はみんな女王に反抗して袂を分かとうという奴らばかりだ。一度ベオクと揉めたからってテリウスに帰って女王に頭を下げる気はない」
オルンの主張を聞いてふとコイは疑問を出す。
「そうか。さっきまでタグエルとラグズは実は同じ種族だったんじゃないかって思ったけど。人間そっくりの子供が生まれて親の力が奪われるって現象がラグズに起こるんならタグエルとは違うのかもしれないな。ラグズは力があふれていれば獣石がなくても化身できるみたいだし」
「えっ? タグエルは違うのか? 獣石のことは置いといても俺もラグズとタグエルは同じ種族だと思っていたんだが」
ウーゼルは前のめりになってコイに聞く。
「うん。大昔、妖狐やガルーは人間との間に子供が生まれたことがあるんだけど、その子は親と全く同じ狐やガルーとして生まれて来たんだって。兎の方はどうだよ?」
「私たちには人間と交わったって話はないね」
尋ねられたベルモットは首を振る。
「そうか。ではラグズとタグエルは異なる種族になったのかもしれないな。大本は同じかもしれないが長い年月の間に異なる進化を遂げたんだろう」
オルンがそう結論を出したところでベルモットはさっきのウーゼルの話を思い出し真意を尋ねた。
「ところでウーゼル。さっき東の大陸を見限ったような言い方をしたけどもしかしてまた別の場所へ旅立つ気かい?」
「おうよ。連合軍について来て東の大陸から移ってきた同胞と相談して決めた。あの大陸で共存は無理みたいだし、この大陸もお前ら狐が隠れ住むのでいっぱいいっぱいだしな。また長い船旅が続くぐらいですくみ上るほど俺たちはヤワじゃない。……そこでだベルモット、コイお前たちも俺たちと一緒に来ないか?」
そこで思い切ってウーゼルは新たな旅にタグエルたちを誘ってみた。
「私たちが?」「ラグズたちと一緒に?」
酔いも忘れて二人は聞き返す。
「ああ。鳥翼族と竜麟族に比べてお前たちタグエルは生活様式など俺たちに違いはない。せいぜいベオクとの子供が同じ種族に生まれるか、ベオクに近い姿で生まれるかって違いだけだ。どうだ。俺たちとともにベオク……人間から隠れずとも暮らせる地を目指さないか?」
ウーゼルの誘いに二人は考え込む。十数えるほどの時間をかけて
「断るよ」
ベルモットの方から返事を出した。
「つれないな。ほんの少しの旅が嫌かい?」
ウーゼルは意地悪な笑みで聞いてくる。
「タグエルをヤワな人間と一緒にするな。……違うよ。人間の中には私を閉じ込めたり、仲間に暴力を振るった奴みたいに嫌な奴らが多い。……でもカイルみたいに私たちを人と同じだと言って変わらずに接してくれる奴らもいるんだ。私はあいつらみたいな人間が増えるかもしれないことに希望をかけてみたい」
「そうか。……コイ。おまえはどうだ?」
ベルモットに断られたウーゼルは今度はコイに聞いてみる。タグエル同士ベルモットと同じ答えが返ってくるだろうなと思ってダメもとだったが。
「うーん……考えてみる」
「え?」
「ほう!」
ベルモットとオルンは意外そうな反応を見せる。
「お前さんは乗り気か。そのわけは?」
予想外の好感触にウーゼルは尋ねてくる。
「いやあソンシンというかラムの村人は今は結構好意的なんだけど。千年前までは妖狐なんてラムにいなかったわけでしょう。みんながみんなそうでもなくて、村を守ってくれる侍が連れて来たから仕方なくってところもあるみたいで。時々居心地悪くなるんだよね」
あっけらかんという風に語るコイに
「そうか。気が向いたらともに来るといい。新たな同胞を俺たちは歓迎するぞ」
そう言ってオルンはコイの肩に手を置く。まんざらでもなさそうにコイは照れ笑いした。
宴はまだまだ続く。