アカネイア大陸北部、そこはいまだ未開の地が広がっており野生化した多数の竜と竜の使役の方法を会得した蛮族が巣食っていた。
しかし飛竜以外の竜の扱いは非常に難しく、無数の戦士が食われてしまった。それにこの千年の間に竜は数を減らし、蛮族たちは竜を見限り距離を置くことにした。
蛮族にはマーモトード砂漠に巣食う砂の部族と氷竜神殿に広がる氷の部族そしてフレイムバレルの火の部族がいた。だがフレイムバレルの噴火で火の部族がほとんどが溶岩にのまれ壊滅し、残ったのは砂と氷の部族である。
その砂の部族では王の代替わりが起きていた。
「おらぁっ!」
「げふっ」
若き戦士が王の頭に斧を突き立てる。
「今日から俺が砂の王だ。文句あるやつは出てこい。受けてやる」
部族の誰もが黙り、武器を取る様子も見せない。
彼らにとって次の王とは王の子供ではなく一番強い者。もしくは王を倒した者だ。
うぉぉぉぉ!
歓声をあげ新たな王を称える。外の世界とは違ってひざまずくのではなくこうすることで忠誠を示すのだ。
「よぉし、じゃあメシの調達に行くぜ。俺たちの縄張りのメシは灰にまみれちまった。南の町で狩りをしよう」
蛮族たちの狙いが灰の影響が少しでも少ない南の町、カダインに向けられる。
アカネイアとグランベルの交易開始から2年。
アカネイア大陸各国の市場にはユグドラル大陸の名産品が並ぶようになった。使節団が滞在しているノルダ屋敷もグランベル大使館として認められ、さらなる職員を確保するため増築されていった。
パレス王宮、王族専用の訓練場。
「本日の訓練終了」
例によってジェイクスがクロスの訓練終了を告げる。
「僕はまだやれる。ジェイクス、お願いします」
未だ神剣を振れずさすがに焦ってきたクロスはジェイクスに訓練の続きを頼む。
「これ以上は無理です。腱を切って剣が触れなくなったのでは元も子もありませんから。それにクロス様の剣技はもう十分ではないかと王は考えられております。ひょっとすればマルスのように何らかの試練を乗り越えれば振れるようになるかもしれませんね。」
「試練、それは2年以内に来るものなのか?」
クロスの疑問にジェイクスは肩をすくめる。
「そればかりは何とも、では私も午後は自由時間になっておりますのでどうかお暇を」
「僕の時はあれこれ言っておいて自分に彼女ができた途端これだ」
ジェイクスは咳ばらいをし、
「そ、それは関係ありません。それにクロス様の(愛妾としての)相手が町娘や子爵以下の令嬢で相手も合意の上でなら何も申しません。グランベルと国交を結んだとはいえグルニアを軽視するわけにはいきません。ましてかの国は火山灰の時にアカネイアとの関係を覆すような条件を出してきて二心を持っていることがわかったのです。グルニアとの関係を強化し無理な野心を自制してもらわねば」
「それはグランベルも同じだよ。関係を強化して、アカネイアを見限らないようにしないと」
ジェイクスはおもむろに懐にしまっていた時計を取り出して腕にはめ、――腕時計、これもグランベルからの輸入品だ――
「正午ですな。では約束がありますので、失礼」
ジェイクスは去り、クロスが残される。
「逃げた」
独り身だった時とはえらい変わりようだ。
(僕もユリナと会った後はこんな感じに見えたんだろうか)
訓練が終わり、事務の仕事もない。以前ならユリナを誘いに行くところだが、成人の儀まであと2年、それまでにファルシオンを振れなければ王位継承は不透明になる。もし傍系の親類の中からファルシオンを振るう王が出てくればクロスは平民に落とされることは無いだろうが、新王からは冷遇されるだろう。とてもユリナに釣り合うとは思えない。そのユリナも国交実現以来大使として本当に忙しそうだ。
ジェイクスは心配していたが本当に無理があるなら腕に激痛が走るだろう。
「よし」
クロスは夕方まで素振りを続けその日は本当に腕に痛みが走り、食事まで侍女の手を借りる始末となった。
(ユリナが訪ねたりしていなかっただろうな)
侍女に助けてもらう度クロスはそんな心配をしていた。
数日後、王宮にカダインから使者が訪れた。
「お、お助け下さい陛下。町が、町が」
「落ち着くがよい。陛下、謁見のさなかですが、水を飲ませます。しばしお待ちを」
取り乱す使者を叱りつけ宰相は衛兵に水を運ばせ、使者に飲ませる。水を飲みほした使者はこう言った。
「北の蛮族が我が町を襲い大勢が殺されました。見目のいい女は犯され奴隷扱いです。どうか町を救ってくだされ」
王宮中が騒然となる。グスタフは即座に軍の派兵を決め、その指揮官を募った。その中には。
「父上、私に行かせてください」
王子クロスが名乗りを上げた。
「クロス、現れるかもわからん海賊への警戒とはわけが違うのだぞ」
今度ばかりはグスタフも渋い顔をする。
「ここで引いては民は私をお飾りとしか見てくれなくなります。それに父上はこぼしていたそうですね。技量が十分な私が神剣ファルシオンを振れないのはまだ試練が訪れていないからだと」
グスタフがジェイクスをにらみつける。ジェイクスは顔の青くして伏せた。
「相手はマルス以前の英雄アンリが踏み越えた試練の道に住んでいる蛮族。身体的な強さは大陸で随一でしょう。これ以上の試練はありません。これを逃せば私はファルシオンを振るえないまま、どうか出陣の命令を」
クロスがグスタフの前に出、ひざまずく。
「指揮を執るからには敵を見た途端逃げ出すなど許さんぞ。蛮族を倒すまで王宮に戻れんと思うがいい」
グスタフは折れ、クロスを指揮官に任命する。
「はっ、謹んで拝命します」
「もし私が戻れなければこちらの手紙を父上に、こっちは大使館のユリナ公女に」
出兵前、兵士たちは家族・友人・恋人に戦死したときに届けてもらう手紙を役人に預けていた。クロスも例外ではない。そして、
「私が戦死したときはペラティ外れの村に住むリンネという少女に渡してほしい。それとこの袋も」
手続きをしているジェイクスを見つけてクロスは彼に声をかける。
「例の恋人への手紙か?」
「これはクロス様。あなたもユリナ様に託されるつもりでしょう。今回ばかりは何も言いませんが」
言ってるじゃないかと声に出さず思ったままクロスは彼女について聞く。
「ペラティ外れ……最近任務に立ち寄って知り合ったのか。通りで今頃になって付き合うわけだ」
「この戦が終わったらパレスに上京させてやるつもりです。折を見て婚礼を」
「では共に生きて戻らなくてはな。お互い無駄な手紙を書いてくたびれもうけをしたと笑いあうために」
クロスとジェイクスはどちらからともなく固い握手を交わした。
カダイン
元は魔道士の修行場として寺院による自治が敷かれていたが、アカネイア連合王国の設立により正式にアカネイアの版図となり、市民に自治権が移譲され、市長をはじめとする議会が運営されている。
2年前はフレイムバレル噴火の火山灰の被害が最も大きい町だったが、ヴァルム大陸からの輸入により、災害を乗り切った。その町へ北のマーモトードの蛮族が侵入、魔道軍の抵抗むなしく町は徹底的な略奪をうけた。
「うぐ、うぐ、かぁー、やはり酒はいい」
蛮族の長ポールは市長邸を乗っ取り、親友のジャスミンとともに酒をあおっていた。
市長夫妻は惨殺され、市長の娘と女の使用人は下着姿でこき使われ、時に凌辱され、今は酌をさせられていた。
「あらかた奪いつくしたし、そろそろ撤収を考えた方がいいんじゃないか」
ジャスミンはポールに対し王となった後も態度を変えることなく忠告する。
「またあの砂漠に戻れってか? この町の上役の王様の住んでる都は遠い。もっとオアシスに居住させろ」
ポールの返事は撤収という言葉に期待を寄せ一時目に生気を取り戻した娘たちを絶望に陥れるもので彼女たちはまた虚ろな目で酒を注ぎ自らもあおっていた。
そこへ戦士が入り込み、
「王、軍隊だ、軍隊がこの町の近くに来た」
ポールとジャスミンは共に立ち上がり、
「撤収時期が来たようだな。俺が奴らを足止めする。ポールは物品を抱えて撤収の準備を始めろ」
「ジャスミン、ですますをつけろとは言わねえが俺に命令するな。今の砂の王は俺だ。ブツは手下に集めさせる。これだけ集めたんだ。多少の横領は許すさ。俺も軍隊の相手をする。箔をつければ「氷」の奴らも俺に従うだろう」
ポールとジャスミンは邸宅から出ていくが、娘たちは最早無駄な希望にすがるのをやめ、彼らが飲み残した酒にむらがり飲み干していった。最早市長の娘と使用人に立場の差も矜持の有無もなかった。
カダインへ接近したアカネイア軍は町の惨状に目を覆った。竜に見切りをつけたびたびカダインやオレルアンに侵入しようとする蛮族には百年以上悩まされてきたが、ここまでの蛮行を許したのは今が初めてだ。欲を出してグルニアが自らの立場を悪くしなければアカネイアに借りを作るべく彼らが征伐しただろう。
クロスは守護神ナーガに祈りをささげ兵に号令を出す。
「蛮族たちを打ち払え、逃げ遅れた住民がいたらすぐに保護しろ。かかれぇ!」
数の上ではアカネイア軍が圧倒的だったが、「アンリの道」の一門マーモトード砂漠に住まう蛮族は精強で一人討つのに2・3人の兵が犠牲になるのもままあった。そこでクロスは蛮族一人に対し複数の兵士が一斉に攻撃する方法をとり、建物を奪還したらその2・3階から兵に弓矢や魔法を射かけさせた。
次第に数を減らす手下に業を煮やしたポールは敵の指揮官を殺し、士気の低下を試みた。
「さっきから命令してる奴は…小僧だがあいつが指揮官に違いない。おいジャスミン!」
クロスの横を突如大男が突進してきた。あまりの出来事に受け身をとれず、クロスは転倒する。
「死ねぇぇ!」
大男ジャスミンは斧をクロスの頭めがけて振り下ろそうとする。クロスは死を覚悟し目をつむった。
「クロス!」
だが斧はクロスに届かなかった。クロスをかばったジェイクスのどて腹に刺さったのである。
「ぐっ……はぁ!」
ジェイクスは最後の力を振り絞り剣をジャスミンに振るう。
ジャスミンの首は胴から落ちた。
「ジェイクス! 大丈夫か」
あおむけに倒れたジェイクスにクロスは駆け寄る。
「先ほどの呼び捨て、ご無礼いたしました。」
「そんなことはいい。待ってろ今司祭を。誰か杖を使えるものをここへ」
必死に怒鳴るクロスにジェイクスは力なく
「今は戦の最中です。私などにかまけている場合は」
ジェイクスはそこで思い出したように
「ああ、これだけは。今のアカネイアならユリナ様とのこともどうにかなるでしょう。グルニアはまあ適当に持ち上げておけば」
「そんなこと、お前らしくないぞ。恋人は? リンネさんが待っているんだろう?」
「彼女なら大丈夫。強い娘だ。私がいなくともパレスで立派に、うっ……」
「ジェイクス。ジェイクスゥー!」
クロスの絶叫が響き渡る中、ジャスミンを失ったポールも呆けていた。
「ジャスミン。こんなはずじゃあ。」
力がすべてを支配する部族だった。父の顔は知らず、母もポールの父親が誰なのか知らないようだった。おそらく複数の男に回されて子を産まされたのだろう。ポールが力をつけた時は母を暴力で支配し、自らも部族の女や襲った村の女を犯して回った。いつも奪う側だった。だが今初めて奪われた。王になっても変わらず接してくれた親友を。
「野郎!」
激昂のあまり死にかけてる騎士と指揮官に襲い掛かろうとする。
だが、複数の兵が指揮官に駆け寄って断念せざるを得なくなる。
ポールは手下に宝を集めさせていることも忘れ、北の砂漠へ逃げて行った。
パレスに帰還したクロスは父王に蛮族の敗走を報告し、ジェイクスの家族に彼の戦士を告げた。ジェイクスの両親に罵倒されてもクロスは不敬罪に問うつもりはなかったが、老いた両親はただ泣き伏せるばかりだった。
ペラティの村のリンネにはジェイクスの手紙と上京資金の入った袋が届けられたが彼女はパレスに行かず後年村の男と結婚したと言う。
その一月後、新たに試験の機会を得たクロスは父の前でファルシオンを振るうことに成功したが、その顔は晴れぬもので自分を責めているのは明白だった。
ワーレン某所
再び例の店でヨーゼフとアルバが落ち合っていた。
「いいニュースと悪いニュース、どちらから聞きたいです」
そういう言い方をするには悪いニュースとして竜の隠れ里が見つけ出せず命乞いにいいニュースとして適当な財貨の場所でもいうつもりじゃないだろうな。そう思いながらヨーゼフは
「いいニュースから頼む」
いいニュースとやらから聞くことにした。
「竜の隠れ里が見つかりました」
想像とは裏腹の報告にヨーゼフは驚嘆した。
「では悪いニュースは?」
アルバは意地悪く笑いながら、
「これ以上アカネイアを探し回る口実がないことです。隠れ里以外にも竜の遺跡が見つかることを期待していたのですが」
アルバの返答にヨーゼフはせせら笑い、
「隠れ里まで案内した後は好きなだけ探していろ。アカネイアとは同盟国なんだからな」
「そうなんですが、竜の血を飲んだ人間がどんな力を得るのかの方が興味ありましてね。閣下が竜の血を飲むところをぜひ見てみたいんですよ」
「いいともいいとも。あの王子から聞いた竜の王女。あの娘の血を飲めばかつてのヘイムと同等の力がわしの手に」
50代初老を迎えた伯爵がついにその野心を口にする。
その伯爵を横目にアルバはこうも考えていた。
(ユリナ様かクロス殿に飲ませてみるのも面白いかもしれない)
ポール クラス:蛮族
砂の部族の王 部族で一番強く好き放題していた中、ジャスミンと喧嘩になって引き分けて以来、なぜかジャスミンを気に入り、王になった後も対等な物言いを許している。
ジャスミン クラス:蛮族
ポールの参謀的で彼の唯一の友人。蛮族では珍しく引き際を心得ている。